完璧主義や最上志向を持つ人との出会い
こんにちは、三浦由佳です。 先日、「音声発信力プラス」という音声配信について、本も出されている井原詩佳林さんの講座で、添削会があったんですよね。
そこではね、私と同じように、最上志向とか、完璧主義なのかな、というメンバーも結構多くいらして、
なんかね、私がSNS上でつながっている方って、 やっぱりこうした最上志向とか完璧主義の方多いなぁって思ったんですよね。
もちろんね、それはそれで、自ずと基準値のレベルが高くなるので、 いい環境だなぁとは思っています。
ということで、最上志向とか完璧主義について考えたことがあったので、 その扱い方について、私なりに思うことをお話したいと思います。
話し手と完璧主義のギャップ:小学生時代の忘れ物ワースト1
このチャンネルでは、自分らしく企業・副業をうまくいかせたい方に向けて、 外見ブランディングを軸に、私のズル賢くて計算高い、でも信頼される、 そんな印象戦略をお話していきます。
はい、ということなんですが、私もね、そのストレングスファインダーでは、 この最上志向っていうのが結構上位にありますし、
周りの方からも、ゆかさんって結構完璧主義なんですよねってことをね、 よく言われるんですよね。
でもね、実は私ね、小学生の時、 クラスの忘れ物ランキングっていうのがあって、それの女子ワースト1だったんですよ。
よく考えたらね、確かに、 教科書とか前日の夜までにはランドセルとかに入れて、 皆さん準備すると思うんだけど、
私はいつも朝になって投稿する直前に、 焦って詰め込んでいたから、しかも時間割とか見ないで、
今日はこんな時間割だったような気がするっていう、 想像でやってましたからね。
それはね、忘れ物につながりますよねっていうことが分かってるんだけど、 いつも確認しない。
本当に今と全然違いますよね。
じゃあ、そんな超適当人間だった私が、 なぜ今そうじゃないのか。
完璧主義への転換点:中学受験の苦い経験
そのギャップはね、実はね、とある苦い経験にあるんですよ。
その苦い経験とは何ぞやってことなんですけど、 それはね、私立の中学受験でした。
私は当時、福岡に住んでいたんですよね。
福岡でね、西南学院中学っていう、 多分福岡では名門と呼ばれる学校を受験することにしたんですよね。
今でこそ、特にね、都内では私立受験って割と普通にあるんですけど、
当時はクラスの中でも受験する子は、 1人か2人ぐらいの少数派だったんですよ。
で、じゃあ何でそれをしようとしたかっていうと、
きっかけはね、母の何気ない一言なんですよね。
受けてみたら、みたいな。
それでね、軽い気持ちで、やってみるかっていうノリで始めました。
とはいえ、一応ね、理由があって、それが2つあったんですけど、
1つは制服が可愛かったからっていうね、 すごいもうその時点でミー派なんですけど、
別にそのファッションに敏感だったってわけじゃないんだけどね、
とにかく効率の制服がね、私的にはね、 すごいなんかねダサいというか、
全然着たいと思わなかったんですよね。
夏服が水色のジャンパースカートで、 スカート丈もね、膝下の、なんかすごいダサいんですよ、とにかく。
ほんと着たくないと思ってました。
で、冬は冬でね、セーラー服なんですけど、
それもね、なんか野暮った田舎のセーラー服って感じだったんですよね。
今はね、どうなってるかはわかんないんですけど、
当時はね、ほんとに私の主観だけど、着るなら私立の制服の方がいいなっていう、
そんなね、めちゃめちゃ単純な理由でした。
で、動機の2つ目は、これはね、ちょっと子供らしいというか、
単純に母が喜ぶと思ったからです。
私は3人兄弟の真ん中なんですよ。
で、土日とかは兄が少年野球をやっていたので、
その応援で両親はほぼ不在なことが多くて、
だから少しでもね、関心を持ってもらうというか、
自分が喜ばせるにはどうしたらいいかなっていう時に、
少しばかり頭がいい方がいいんだろうなって当時思ってたんですよね。
はい、なんだけど、中学受験はね、ほんとに甘くなかったです。
中学受験の過酷さとストレス
というのも、もう私は生後にして、
エリートとはね、頭の作りがそもそも違うっていう現実を思い知ったんですよ。
当時の塾のクラスメイトは、なぜかね、将来、
なだ中とか改正中っていう超名門に行くようなレベルの子が普通にいたんですよね。
だから一緒に勉強するって本当にしんどかったし、
毎週日曜日は朝から一日中塾なんですよね。
だから小学校で仲良かった友達とも全然遊べないんですよ。
塾に友達いたかっていうと、それほど仲のいい友達もできなかったんですよね。
だから孤独の中で、しかもエリートたちと学ぶっていうのが本当に苦痛で、
私、生後にしてストレス性の過敏性胃腸炎で救急外来に駆け込んだこともあるくらいなんですよね。
そんなストレスで胃腸をやられる小学生っていないですよね、普通にね。
でもそれぐらいストレスだったんですよね。
なのでそのうち、やっぱり塾行きたくないなって思うわけですよ。
だけどここで辞めるっていうと、それまでお金をかけてくれた親に申し訳ないって思ってしまって、
だって夏季講習だけでも何十万とかですよね。
それが2年間あるわけなので、総額で考えるとちょっと震えますよね。
親も別に裕福だったからとかいうわけでもなくて、
私がやるって言ったから、それを叶えてくれるために退金を支払っているわけなんですよ。
だからその申し訳なさと、でも行きたくないっていう狭間でね、
それはストレス性の過敏性胃腸炎になるわって感じですね。
そんなある日、私は毛病を使いまくってたんですよ。
そしたらある日、母にいい加減にしなさい。
あんたにどれだけお金を使ったと思っているのって感じで叱られたんですよ。
もちろん母も悪気があったわけではないと思うし、何より傷つけたいって思ったこともないとは思うんだけど、
でもその時はやっぱりね、私も分かってたからお金もかかるし負担かけてるなって。
だからとにかく罪悪感がすごくて、本当にもう消えたかったんですよ。
ってぐらい本当に追い詰められてました。
その時も本当に受験間近だったので、もう辞めるわけにもいかず、成績も当然落ちてるけど、
最後までせめてやるっていうことで受験はしたんですね。
なんだけどね、当然のごとく不合格という結果に終わりました。
その時思ったのが、不完全燃焼、受験の覚悟のないままに安易にやってしまったこと。
それが強烈に自分への反省として刻まれたんですよね。
中学受験の経験から完璧主義へ
だからね、こんな苦い経験があったからこそ、中学校になってからは私は激変したんですよ。
もうとにかくやるなら全力で、もうぬかりなくやると。それが私のルールになりました。
だからやっぱりね、結果もついてきますよね。
テストの結果もクラストップは結構ありますし、学年でも3位以内は普通にキープしてました。
あとは学級委員をしたり、部活動でも副部長をしたりと。
とにかく優等生ってやつですね。
誰が見てもこの子がんばってるって認められる自分であろうとしたんですよね。
これは中学校受験の罪悪感の裏返しだったんですよ。
だから私の完璧主義になってしまうという動機は正直ネガティブですね。
だって私にとっての完璧主義っていうのは、自分に後悔したくない。
頑張れたら手にできたものがあったのに、頑張りきらなかったことで結局妥協して欲しい結果が得られない。
それを避けたいっていう強烈な恐れから来ているんですよね。
でもそれが悪いっていうふうには思ってなくて、
完璧主義との向き合い方:特性の理解と活用
この自分の完璧主義はこういう背景でできてるんだなって認識しているなら、
これはこれでいいと思っています。
よく心理学で思い込みやトラウマを書き換えようとか、
そういうカウンセリングもありますよね。
それによって完璧主義を手放せみたいなこともあるんだけど、
私はこの特性をやめる必要はないと思っているんですよ。
なぜなら、それで得られていることも実際多いからです。
特に仕事に関しては、ゆかさんに任せたら大丈夫って思われることも多いですし、
そういう信頼性とか、まさにこれですよね。
コミットすることとか、結果を残すっていうのは、この完璧主義が働いているからなんですよ。
だから、その使いどころを考えるっていうのは意識しています。
つまり、ここでこの完璧主義を発動させるかどうかということですね。
これはメタ認知的、つまり自分を客観視する意識を持っているっていうことなんですね。
例えば、自分の役割としてさほど大きくない場面では、
あえて自分を最大限に使うっていうよりも、ここは6割程度にとどめるとかね。
あとは、自分の完璧主義とは関係ないところ。
例えば、お客様の満足度とかね。
それって別に自分が完璧主義であるかどうかっていうよりも、
結果的にお客様が満足していればOKっていうところもあるので、
そこは完璧主義でありたいとか、それを貫きたいっていう自己満は結局エゴでしかないので、
優先度を考えて加減するようには意識しています。
完璧じゃなくても大丈夫と思えた経験
でもね、これができるようになったのは、逆説的なんだけど、完璧じゃなくても大丈夫って思えたからなんですよね。
この苦い中学受験の失敗も、その時の私がダメダメすぎたからっていうだけじゃないんですよね。
だって当時小学生ですからね。
今の私なら、まだ小学生の私にもっと手を差し伸ばして支えてあげないと無理だっただろうなって思いますし、
親もね、結局は私がなんだかんだやりきる子だって信頼もしてくれてるわけなんですよね。
だから完璧じゃなくても、私は周りの人から信頼もされていたし、親からもちゃんと愛されていたんですよね。
だから中学生の時は、その罪悪感の反動からすごく努力も根性も身につけて結果を残してきて、
それが多分社会人になってからも引き続き続いていたんだけど、
ある日ね、それをやりすぎてバーンアウトしたっていう経験もあってね、
恐れからね、完璧にやらなきゃダメだっていう風に走ることもやめようっていう風には思ったんだけど、
でも今はね、やっぱりそれによって得られたことも大きいから、
その使い方とか受け止め方ですよね。
そこさえ理解していれば、すごく有効に使えるものだなって思ってます。
完璧主義の根源を探り、戦略として活用する
なのでね、もし皆さん聞いている方がね、自分は完璧主義だからちょっとどうかなって思っている方がいたら、
一度聞いてみてほしいんですよ。
なぜ自分は完璧主義になっているのか。
そしてそうじゃなかったら何が怖いのか。
それを一度深掘りした上で、それでじゃあ自分はどうやっていくか。
それで完璧主義でいくんだって決めるんだったら、それはね、私は立派な戦略だと思うんですよね。
だってメリットがあるから、あえてそれを選んでいるわけですもんね。
はい、ということで、今日は完璧主義、最上志向にも通じるとは思うんですけど、
それについての深掘りをちょっとしてみました。
完璧主義に限らず、どんな資質も強み遣いと弱み遣いというのがあると思うんですよね。
大事なのはやっぱり、どうして自分がそういうことになりがちなのかっていう、
自分の根源みたいなところを探ることかなと思うんですよね。
はい、そんなわけで、今日も最後までお聞きいただきありがとうございました。
また次回の配信でお会いしましょう。