1. 内向ゲイと左右と上下(#ヨコタテラジオ)
  2. #120 配信者同志で雑談共演 ×..
2025-08-12 1:05:28

#120 配信者同志で雑談共演 ×「友達ってなに」×…

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Host

上坂あゆ美/ひらりさ著『友達じゃないかもしれない』を読んで

・脳みその呼吸-自己開示斬り-

・友達のグラデーションと箱

・関係性に名前をつけない努力

・"逆"Be My Last

・不快の共有と愛想笑いの使い分け

・言語化の教科書を読まない甘え

・友達ルートと恋愛ルート(と風紀委員思考)

とかとかそんな話。


▼ご意見・ご感想はハッシュタグでお待ちしてます

#ヨコタテラジオ 120

サマリー

ポッドキャストエピソードでは、友情の概念について深く掘り下げており、リスナー同士のつながりや自己開示の重要性が探求されています。特に、「友達とは何か」というテーマが中心で、さまざまな視点からの意見が交わされます。このエピソードでは、友達や親友の概念について考察し、友情の期待や共有の価値観が関係性に与える影響が探られています。また、箱のメタファーを通じて、友達としての期待の管理についても考察されています。 さらに、友達や親友の定義についての議論が行われ、友情における感情やコミュニケーションの重要性が強調されています。聞き手と話し手の間に存在する距離感や感情の爆発、関係性を維持するためのルールについても議論されます。このエピソードでは、友人関係や恋人関係における言葉と行動の不一致について深く掘り下げ、信頼や裏切りの感情が与える影響が探索されています。また、親友と一般的な友達との関係についての考察も行われています。 ポッドキャストのエピソードでは、友達関係についての議論が展開されており、配信者同士の関係の特異性や価値が探求されています。そして、友達という定義やその感じ方についての内省が進められています。このエピソードでは、配信者たちが友達の定義や関係性について語り合い、コミュニケーションの重要性を強調しています。

収録の始まり
ということで、今回はちょっと緊急で配信を撮っているんですけれども…。
ごめんなさいね。
ちょっとお気づきの方はいらっしゃるかもしれませんが、
普段より反響とか音質が良かったりと、マイク違うのかな、環境違うのかな、みたいなところもあるかもしれないんですが、
ちょっとそこら辺もおいおい説明できればと思いますので、
そんな感じで始めていければと思います。
この番組は、いろんな意味でマイノリティ、30代年後人間の感動を悩むや、共感できるようでしかれない、そんな趣向を配信していきます。
横軸、縦軸の広がりから生活に奥行きを開放させていけたら嬉しい、そんなゆるラグナーコンテンツです。
ということで、今回はちょっと一人じゃない、ちゃんと人間の方々が来ていただいている一人じゃない会なんですけれども、
お話し会という会がありまして、そこで3人の会があるんですけれども、
そこのお二人に来ていただいておりまして、ちょっといろいろあらゆることとお話しできればと思うんですが、
まずちょっと早速ですね、自己紹介からお願いできればと思います。
じゃあまずお一人目の方お願いします。
大変お疲れ様です。グリーンルームダイアログのテツです。よろしくお願いします。
今普通に本名を言い損ね、フルネームの名前を言い損ねちゃった。すみません。もう一回言っていいですか。
大変お疲れ様です。グリーンルームダイアログ、ハッシュタグG-LOGのテツです。よろしくお願いします。
ということでG-LOGのテツさんが来てくれています。
ありがとうございます。ではお二人目お願いします。
飼い犬にパンを噛まれるパンの人、シュウです。よろしくお願いします。
お二人とも来ていただきましてありがとうございます。
こちらこそ。ありがとうございます。
ちょっとね、いろいろ詳細を省くんですが、いろいろ経緯とご縁がありまして、今回こういう会が実現しております。
ちょっと自分としてもすごく嬉しく思って、本当に嬉しく思っているんですが、伝えきれない気持ちはあるんですけれども、
ただこの3人で話すということが決まった後に、何を話そうか、何を話したいかということを考えたんですね。
その時に考えていることとか、この3人で話すことということで、パッと考えついたものが10個くらい出てきたんですね。
例えば、旅の楽しさって何なのかとか、年齢的語だっていう論は何なのかとか。
なるほど。そこからギブ定する感じ。
2日酔って何に似てるかっていうのも話したくて、僕は大酒を飲んだけど2日酔ってしたことがないので、それで何に似てるんだろうみたいな話とか、
あとは内省についてみたいな話とか、ざっくりしたものもありつつ、一番上に書いたのが今回話したいなと思う内容でして、
それが友達って何っていう話。
これがやっぱり最近ちょっといろいろ考えてたことでもありまして、そもそもポッドキャストでお二人と知り合ってというか知って、
今ここで3人で収録するという関係性につながって、そもそもポッドキャストでお二人も聞いてくださっている方々も、
ポッドキャストで新しくできたつながりとか、もともと知っていた人だったけど新しい面が見られましたとか、
そういうことってただ起こっているなと思ったので、そういうことを広く関係性みたいなものを捉えた中で、
友達って何なんだろうみたいなことをちょっとお話を聞いてみたいし、自分としてもお話ししてみたいというのがあります。
あとは本にも関係しておりまして、そもそも僕がとある本で植坂あゆみさんと平梨沙さんというお二人の方が協調で出されている
友達じゃないかもしれないという本がありまして、それはそのお二人の往復書簡というか交換日記みたいな内容なんですけれども、
それも読んでいたのもあって、友達って何なんだろうというか、他の人がどういうふうに捉えているんだろうみたいなのを聞いてみたいという時期でもあったというのがあります。
すごい本ですしね。
そうですね。ぜひ読んでいただきたいというか、そこの話もお言いしつつではあるんですけれども、
一旦それに端を走っているというのはあるんですが、一旦そこからフラットに友達って何っていうテーマで一旦話してみたいというのがスタートなんですけど、
ちょっと僕から話すと、過去に僕は友達って何っていう回を撮っていて、それが第62回だったと思うんですけど、
それタイトルにも入っているんですが、僕は高校の時に家庭科の女性の先生の授業を受けている時に、
友達って、友達が自分に何をしてくれるかみたいなことで捉えることもあるしできるけど、
逆にその人に対して自分が何をしてあげられるか何をしたいかっていうのが友達っていう基準だよみたいな話をポンと出されたんですけど、
本当にそれって数あった授業の中のヒットマークでしかなかったんですが、今でもずっと覚えてるし、
でも確かになというか、自分がその友達と対峙する時に頭に降りてくるというか、そういうこともある考えで、
そういうのもありつつ、そもそも友達って何かどういう風に作ってるかなとか、そもそもこの人とこの人、自分って友達かなとか考えることもあるんですけど、
他の人がどういう風に考えてるのかなっていうのも聞きたいと思ってお二人と話してみたいというテーマとして選んだという感じです。
友達の概念の多様性
その先生すごいよね。小学校の時でしょ?
高校です。
ごめんなさい、小学校って言っちゃったから、高校です。
家庭科?
高校で家庭科?
家庭科ありましたね。
高校で?
あったかな?私ちょっと学生の時の記憶消してるので。
たぶん苦言して。
俺の時は男子は技術だった気がする。
家庭科って、小中?
中ないかも。
家庭科じゃないのかな?
家庭科って聞いて、これも勝手にながらなんとなく家庭科の先生イコール小学校時代の話かなと思っちゃったけど。
そうですよね。
でも高校だったのは間違いない。
高校だったらその発言はありっていうか、別に小学校だったらありじゃないっていうわけじゃなくて、
伝わるだろうなっていう。
小学校の時にその話されても、たぶんピンとこないと思う。
そうですね。
まさに僕はその先生の話が毎回面白くて、家庭科の内容は覚えてないけど。
その話以外の話も面白かった?
そうですね。
授業の最後にみんなにコメントをくれるんですけど、
オリベー君はいつも私の話を頷きながら聞いてくれているのが印象的でしたって書かれて、
なんか出てたんだっていうのもそれも本名で覚えて。
先生だったら超嬉しいだろうな。
確かに。
でも本当に今思うとひとりポッドキャストみたいな先生で、
面白かったんですよね。
お話がね。
そうそうそうそう。
なんかどういうふうに。
自分語り系のってこと?
そうそうそうそう。
その時は独身だったんですけど、
でも卒業してからあの先生結婚されたらしいよみたいな話とかが自然と聞こえてくるぐらい。
生徒からも相当人気だったなって。
なるほど。
そういう方が言ってて、だからってわけでもないですけど覚えてて、
自分もそれを考えることが多いなって思って日々過ごしているというか。
なんか広く友達だけじゃないかもしれないですけど、
いるなっていうのがちょっと一旦、
なんか自己開示なんですけど。
来たや。
自己開示のバトルが来た。
開示請求が。
開示請求がね、開示請求がね。
お話が開示請求し合う会ですね。
そうですね。
胸を開くのを求め合う会という。
はい、じゃあちょっと順々にお話聞いてとか。
ごめんなさい。
一人で受けないでください。
わかんないから。
ちょっとでは仕切り直して順番に聞いていきたいと思うんですが、
テツさん率直にその友達って何とか、
なんかそういうカテカノ先生の話じゃないですけど、
もう聞いても聞かなくても、
友達について何か思うこととか、
何か思うエピソードとかありますでしょうか。
友達。
なんか今回この友達のお題をいただいて、
友達って何だろうってそれこそ考えた時に、
結局言葉が、
結局定義が曖昧というか、
なんかこれって言ったものが特になくて、
思ったのは人によって違うなっていうのはまず一番思ったんですよね。
相手によってってことですか。
だからシューちゃんの言う友達と堀辺さんの言う友達と、
何だったら俺が持っているか持ってないかはっきりしてない友達と、
まあ人によって違くて、
俺多分相手の言っている友達の概念に合わせていつも喋っちゃう。
へえ。
だから今回みたいに、
で、お前は?
えっと、俺はないです。
みたいな。
相手と会話の中で、
この人にとっての友達ってこういう役割こういう意味合いなんだろうなっていうので、
多分喋っちゃってる気がすると思って、
恥ずかしながら己の中にそんな確たく定義が。
友達はない。
そうなんだ。
友達って何?みたいなのはあんまり考えてないかも。
だからもう友達とかっていうか、
私とあなたとの関係性、また違う方との関係性っていうのをそれぞれ個別に。
個別にも捉えてるし、
だから知人か知人じゃないかはすごいはっきりあるじゃん。
知ってる知らないとか。
会ったことがある会ったことがないとか。
事実ベース。
事実ベースで分けられる。
で、その回数が多ければ多いほど親しい知人と、
まあ疎遠とは言わないけど別にそんなに親しいわけではない知人と、
まあ知人って言っても会ったら挨拶するぐらいだけどねという知人と。
なんかそのグラデーションははっきりあって、
割と自分の人間関係の中でそのスペクトラムに置いてる感じはなくはないんだけど、
そこに友達っていう概念はかぶさってこないんだよね。
じゃああんまりその自分の中でその箱に入れないというか、
この人はまあ友達という箱に入れる。
この人は知り合いかなってそういうなんか先引きみたいのはしないんだ。
そこはあんまりしてなくて、
流動的にスペクトラムなので、
グラデーション。
で、箱があるのは唯一あるのは親友はある。
親友は別個に箱があるんだけど、
突然現れた親友という概念。
グラデーションのでも先にあるって感じなんですか?でもない?
多分ね、今回これで考えたんだけど先にない。
なるほど。
すごい極端な例で言えば、
多分1,2回しか会ってないけど、
俺ら親友だよねってなる時も、
人生では起こり得ると思っている人。
俺ら親友だよねって本当に実在する言葉なんですか?
そうですね。
なんか概念的な、なんかドラマチックな話かと思ってたんですけど。
でもそれをお互い感じざるを得ないというか、
ってことなんですね。
ちょっとこっち、この方。
今しゅうさんに次聞こうかなと思って。
しゅうさんがゴソゴソしてたみたいな。
でもなんか、
でも俺ら親友だよねは、
それに近しいセリフは会話はしたことあるかも。
本当?
うん。
それって、うんって帰ってくることがもう分かってるって言わないと言えないですよね。
だから確認どっちかっていうと、
親友と思ってていいんだよねとか、
俺は少なくとも親友の箱に入れ始めてるよみたいな。
親友の箱があるから、
いいですか?みたいな。
それもさ、
なんていうの?
私たち付き合ってる。
レフの勘違い話と一緒で。
今聞いてて思ったのは、
その箱はいくつあるんですか?っていう。
いくつ?
何個もできる。
え?
友達の定義と期待
別に箱は一個だけど、
そこに何人かは入るよ。
良かったとか、別に良かったとかじゃないけど。
恋人とか私とかだったら、
椅子は一つだけど、
一つじゃない人もいるけど、
親友は箱っていう感じ。
それって、
確認することによって生じる、
契約感みたいなのあるじゃないですか。
友達だよねっていう、
小学校低学年女子が、
お互い縛り合うみたいな感じ?
あなたは裏切らないでね、私のことみたいな。
マラソン大会の友達だよねみたいなそういうやつ?
一緒にゴールしようみたいな。
それは怖くないんですか?
そこが怖くないかな?
と思えたかな?
でもそれは何かのきっかけで、
箱から出る時もあるかもしれないし。
そうだよね。
それは全然あると思うけど。
もちろん喪失感はあると思う。
ショエルというか、
堀部的に言うとショエルってことですよ。
そうそうそうですね。
ちょっと感覚的には、
恋人の箱と、
感覚はちょっと一緒。
堀部さんが、それこそ友達の会でさ、
性的対象と友達とか、
自分の場合は同じ性別だけど、
でも自分は割とそこは、
風紀員として活動ができるぐらい。
かぶらないと。
いろんなコミュニティで風紀員やってるんですよ。
怖すぎ。
友達と言うなでくっついたり、
イチャイチャするなぐらいな風紀員をされてらっしゃる。
ただ僕はだから、
同年代とかの人が、
そもそもそういう対象になりにくい。
っていうのがあるからだろう。
あるからそんなこと言えるんだろうな。
そうなんだ。
でも割と上とか、
今はまた変わってきたかもしれない。
自分の年齢が変わってきた。
なるほどね。
同じコミュニティ内で、
理解しました。
その話の中で、
割と最初から、
分岐してるというか、
僕の場合はかぶらないんですよ。
っていう話をされていたんだけど、
かぶらないところの感覚は、
俺は似てて、
最初からこの人と親友になれるかもって思うと、
親友の箱に割と入りやすい。
へー。
なんかそれこそ運命的っていうか、
それこそっていうか、
さっき野良でしてた話を言っちゃったけど。
なんか、
それって、
パートナーとかに似てるなとやっぱり思う。
つまりそれって、
信じよう、
この人を決めるみたいな。
なんか信用できるなとか、
信じられるなの、
その先にあるかな。
なんかその、
もちろん最初は、ただの知人から
スタートはして、
頻度が上がって、
よく知ってる知人のポジションに
いるけど、その先に行くっていうよりは、
急に別軸に行く感じで、
親友になれるかも。
本当特別な場所みたいな感じ。
うん。
画編みたいな。
画面が何で起きてるかっていうと、
価値観の共有だったり。
その条件はある?
ある。
条件というか、後から振り返ってみれば?
みたいな話ですかね。
そうかな。
でも、
割と自分が大事にしている価値観で、
あまり人とは共有してもらえないだろうな、
と思っている部分が共有できたりとか、
あと堀部さんの会の話の中で、
一緒に失敗体験するみたいな話があった。
友達みたいなところの話で、
条件というか、
それが一つタームになるよね、
みたいな話があったと思ったけど、
それは割と僕の中では強くて、
同じような失敗体験をしている。
恋愛において。
とかだと、
いわゆる傷の舐め合いが安心してできるみたいな。
そこで批判されない?批判されない?
やっちゃうよね、
わかるわかるみたいな。
そのわかるわかるが、
割と深いレベルで、
価値観のベースが一緒だったりとかして、
わかったりすると、
はあ、なんか、
これはちょっと、
この、
縮んべくとるから一個軸がずれる感じ。
より安心っていう。
より自分の
持っているものを多く見せられる。
でも別に恋愛に限らず、
なんか、
今までそんなにないけど、
例えば、
政治的な、思想的な、
そういうところでも、もしかしたら、
そういうパターンはあり得るかなとは思ったりもするけど、
とりあえず自分のその、
割と深いところの価値観の、
共有とか一致みたいなものを感じると、
おほほうってなる。
うーん。
なんか、その頻度っていうのも、
僕はなんか一つテーマだなと思うんですけど、
でも、
そもそもなんかその、
話す、理解し合うのに時間って必要だから、
そのためになんか、
回数とか頻度って、
まあ、比例するものではあると思うんですけど、
でもさっき冒頭で言ったように、
1,2回会っただけでもそうなる可能性があるのは、
たぶん1,2回会っただけで、
そこまで一致の深い位置を発見もし、
何か偶然に回数こなしてないけど、
あの、
おおここかみたいなところがもしあったとしたら、
まああり得るかなっていうのは、
個人的には思ったりする。
まあまあ今本当に堀江さんがおっしゃったように、
確率的にはね、頻度が、
頻度が多ければその発見につながるから、
まあある程度は比例してるとは思うけど、
例外的にそういうことが、
もし偶然に深いレベルでの位置を、
1回目2回目で発見したときは、
その中でパッと軸が
映るかもしれない。
深遊コースに。
深遊の箱に、
ポンってちょっと手前の方に入れて、
可能性として入れうることはあるかも。
なんか、
科学反応ですね、本当に。
そうだね。
なんかその、1回の中で理解し合える密度が、
なんか濃い相手がいるっていう感じですね。
うーん。
なので、まあ
友達というよりは、親友って何?って言われると、
まあ今みたいにいろいろ話せるなあと思ったけど、
友達ってなると、
なんか手にボワンとして、
なんかちょっと難しいっていうのが、
一応最初のフリのお答えです。
友達の箱の認識
ありがとうございます。
はい。
ちょっと僕はなんか、親友も近い概念だと思いつつ、
結構なんか親友に
を語るのはなんか怖いというか、
なんかちょっと恐れ恐れ
近づかないとっていう感覚は
あったので、
そこまで逆に伺えて、
はい、よかったです。ありがとうございます。
ありがとうございます。
まあ今、てさんの話を伺いながらいろいろ
出てきたところもあるんですが、改めて
しゅーさんの方も、
箱の話とかはあって、
結構そこは対照的というか、
違いがある部分ではあるのかなと思ったんですけど。
しゅーさん そうだね。
なんか、
自分は、
話を聞いての
リアクションになるところが多いんだけど、
てっさんに比べて、
信用できないんだなっていうのは
すごい思ったというか、
相手のことだったり、
関係性のこと。
僕結構、
3人のグループラインでも言ったけど、
相手を、
例えば、
自分の中に確認できた、
僕もてっさんと同じ、
すごく漠然としてるし、
あんまり
見ないようにしてきた部分というか、
なんか友達って、
自己の中で、
その友達の箱の中に入れちゃうと、
相手に期待することが
多くなっちゃうんですよね、僕。
僕はその思考の
癖として、相手の
行動を、
自分だったら、
この相手にはこういう行動を
するのがベターだなっていう。
だから、相手にもそれを
求める。友達だったらこれは
するのがベターだよね、みたいなのを
自分の鏡として
求めてしまう癖がある。
それをそのように行動してくれない
ってことはどういうことなの?
みたいな感じですごくストレスになっちゃうんですよ。
理解できないとというか。
で、僕割と理解できない人の方が
好きだし興味があるので、
その思考パターンに
当てはめちゃめちゃストレスなんですよ。
なんかその、分かんないから。
そう、だから
分かんない人のことを
友達の箱に入れちゃうと
理解しようと
すればすれほど
ストレスになっていくというか。
だから
そういうのが結構重なって
友達って認識するから
いけないんだっていう。自分が
友達の箱に入れなければ
相手に対して期待をすることも少なくなるのではないか
っていう
ことを結構最近考えていて
最近そういう
出来事が何回かあったので
これは自分が求めてる
自分のマナーというか
友達に対するマナーみたいなのを
相手にも自動的に
求めてるんだなっていうのはすごい思って
それだったら
その、なんていうの
友達っていう箱に入れなければ
相手と良好な関係を
もっと今より気付けるんじゃないかっていうので
結構その箱を消していく作業を
関係性の構築とその挑戦
今してるって感じなんですよね。
消していくこともできるんだ箱って
だからそれをちょっと挑戦中って感じですね
だから結構2人に
聞いたけど
その、なんていうの
友達に対して期待をせずに
関係性を構築
していくことって可能なの?っていう質問を
したんですけど、それはそういう背景がある
自分の中で
さっきてつても言ってたけど
知り合い
友達で
よく
仲良い友達
上位概念として
親友ってあるけど
親友っていう言葉に対してすごく拒絶
反応があるんですよね
それは多分
なんかその
友達でさえめちゃめちゃ期待
しちゃうのに、親友になったら
もうなんかチェック項目ありすぎ
みたいな。これしてくれる、これなきゃ
親友じゃない、これしてくれなきゃ親友じゃない
みたいなのが多分めちゃめちゃ
巨大な
ガチガチのルール
みたいなのが多分あって
それめっちゃキモいなっていうのは
分かってるから
自覚して
自分が思ってる親友という言葉自体に
契約めいたものが
すごいあるから
そこは排除してた
今まで。今までというか今も
だから
なるべくその
関係性に名前をつけない
っていう感じ
自我が出過ぎちゃうから
っていう感じかな
聞いてて
思ったのは
やっぱり友達っていう
ワードに切り取るとそうだけど
結局は仲良くなりたいとか
近づきたいとか
関係を続けていきたいとか
そういう期待は
先にあって
だけどそれを友達っていうのに
いわゆる友達みたいに入れちゃうと
友情の定義
健全じゃないというか
見過ごせないからそうしないけど
気持ちとしては別に仲良くなりたいっていう
気持ちはあるってことですね
めっちゃ好きなんだと思う
自分が仲良くしてくれてる
人のことを
すっごいたぶん好きで
考えすぎちゃうんですよね
基本
僕の人との接し方って
あんまり会いたくないっていうか
離れたとこから
見てたいみたいな感覚がある
でもすごい好きだから
会ったときに結構爆発しちゃうんですよね
好き好き好き好きみたいなのが
たぶん出ちゃう
友達に対して
それは伝わってないにしても
たぶんそういう
感情があって
会った後
一人になったときとかに結構
ああみたいな気持ちになることが
多々あるから
なんかたぶん期待しすぎないように
自衛してるんだと思うんですけどね
会うまでは抑えられるんですね
会いたいとかって
爆発させる手前に
だから会いたい
みたいになるわけでもない
それはたまっていって
会いたくなる時期が
来るって感じ
日々の中で
話したいこととか聞いてみたいこととか
会ってやりたいことみたいなのはたぶん
いっぱいある
僕近づきすぎると
磁石みたいにバンってなるタイプなんですよね
それはなんでかっていうとたぶん
求めて
それに答えてくれない
ってことはみたいな
感じに勝手になってる
だから
一定の距離を保ってたいみたいなのは
自衛のためにとか
関係性を維持していくために
だから親友
っていう箱に入れちゃったら近づきすぎて
近いままいないと
親友じゃなくないみたいな
のがたぶん自分の中に枷として
あるから
その箱はなるべく
関係性をなるべく
意識以外に置きたいというか
あなたと私
それだけみたいなのが
ベスト
この関係性に名前つけたら
その関係性の
ルールが自分の中にはめっちゃある
それって
相手も同じように思ってる
わけないと思うんですよね
それが
テツさんからするとそこが
共有できたら親友になる
のかもしれないんですけど
基本的に僕はたぶん
めちゃめちゃ
相手にめっちゃ求めるタイプだったもんで
だからそういうのなくして
一時期の
強いつながりを求めるよりも
薄く
長く続くのが好きなんです
それが優先ってことですよね
そうそう
だから相手に求めすぎないようにするには
その関係性を除外した方が
いいんじゃないかみたいな感じ
なのかなっていうのは今回
考えました
友達から学ぶこと
今思ったこと言っていいですか?
ダメですって言っていいんですか?
逆ビーマイラストだなって
思いました
ごめんなさい
ごめんなさい
ドラヒカルの
ドラヒカルのビーマイラストの
歌詞の中で
なんだっけ
ベロディーが
長く続くより今夜1時間会いたい
っていう歌詞があるんです
それが結構象徴的なんですけど
車に跳ねられて死んで
MVのやつ
そうそう
それの逆だなと思いました
だからドラヒカルの歌詞にあまり共感はできない
というのが結構ある
すみません
思ったこと言っていいですか?
ありがとうございます
今のしゅうちゃんの話は
友達だったらもっと言えば
親友だったら
自分を不愉快にさせないはずだが
最初に前提としてあるよね
だからそれに
気付いて
だから
すごい結構嫌な気持ちになった
友達について考えれば考えるほど
結構しんどい作業だったんですよね
だから今回
読んだ植坂さんと
平岡さんのやつも
結構読んでて
めちゃめちゃいろんな吹き出しが
自分の脳内で出たというか
あんまり読んでて
うえって思う感じだったのは
多分自分の中でそういう
友達は
みたいなのが
多分強くあるんだろうなという感じでしたね
その文脈に乗った形で
言葉にするなら
なんで不愉快にさせるのって
気兼ねなく言えるのが友達だったりするかも
そうなんですよね
なんか嫌なことされたいとかすると
いやいやいや
嫌なんだけど
パッと言える
友達じゃない人は愛想笑いする
そうですね
確かにそうだな
だからなんか不愉快なことされること自体
不愉快になったこの時代は
割と
友達でも怒りうるかな
怒りうる前提ではある
めっちゃ多分それ
そこと
今回考えてて
通ったなっていうのを思い出したんです
結構僕
言っちゃうんですよそのまま
例えばレフとか
とずっと話してて
なんか嫌な気持ちになったら
言っちゃうんですよね
話し合いになるんだけど
なんかその時間
マジ無理なんですよね
ネガティブな話題コミュニケーションすること
僕人と争うのが
マジで苦手で
なるべく喧嘩をしない方向の方が
いいんだけど
なのに結構
ふっかけるタイプというか
だからその
自分の不快な状態が
まあちょっとむずいなこれ
なんて言えばいいんだろう
思ったら言っちゃう
言うのを我慢できないんですよ
もちろんその知り合い程度だったら
愛想あれするっていうのは
僕も同じスタンスなんですけど
つまり
言える人が
友達なんじゃないかっていうのは
自分もすごい
そうだなと思った
という話です
不愉快にさせられた時に
理解しようとして
理解できなかったとしても
その時に
俺は
自分の価値観とか
相手の持ってる世界というか
そっちに
そのまんま寄り添っちゃうんだな
さっき僕は親友の箱の入る時に
こういうことが起きてたかも
って話はしたけど
あれ全然条件じゃないしルールじゃない
割と
友達ももっと言えば親友もだけど
相手に求める条件がないんだよね
友達だったら多分
もっとないから冒頭のもやっとして
自分は誰かと友達の話をするとき
相手の友達感に
合わせてしゃべっちゃってるから
自分の友達感が確立されてないのかも
って話をしたと思うんだけど
割と
関係性を続けたいか
続けたくないか
続けるためには
相手の価値観とか
相手のルールに乗った方が
続くなって判断をして
そこに乗る
そうですね
今の話がすごい踏み落ちたというか
さっき
不快に思ったら
言える関係
が友達
なのかなって
自分で思って
つまり僕の中の友達の定義って
今現在
僕が思ってる
仲良しの
人たちについて考えると
自分の気持ちに
とか相手の気持ちに
向き合って
それを
その気持ちを相手に対して
きちんと言語化して伝えられる
伝える気持ちがある関係
行動と態度の重要性
が友達だなっていうのは
自分で確認できたかな
って感じです
それが良いものだったとしても
ネガティブだったら喧嘩になるし
良いものだったら
でも良いものも自分は伝えたい方というか
限りがあるから
言えるときに
言っておかないと
気持ちって流れていくじゃないですか
だからそれはどっちも
向き合いたいって思える
とかが友達だなっていうのは
僕も思いました
たぶんそれを伝えたら
ちゃんと受け取ってくれるなっていう
信頼みたいのもある
っていう感じですか
でもそこまで自分考えてない
もう伝えたいっていう
多分手が早いっていうか
手が出ちゃうタイプで
とりあえずさっきのテツさんの
話でもそうだったけど
我慢できないんですよね
不快に思ったら不快ですって
言っちゃうし
その後の反応は
あなたにお任せしますみたいな
その関係性をどう構築していくかは
なんかあんまり
そこは考えて
言ってないかもしれない
やっちゃうみたいな感じですかね
友達って
仮にここで定義がカチッとできました
じゃあ今後友達になりたい人には
その条件をやっていきましょうっていう
話し方ってそうじゃ全然ないじゃないですか
気がついたら
友達って思えるし
たぶん周りからも友達って思われてるだろうな
っていうので
あの人は友達じゃないってなってて
その友達の中で
今いる友達の中で
共通点を見つけるとすると
みたいな話で
どっちかっていうと
一個一個の条件を積み上げていくっていうよりは
この人との関係を
築いていきたいっていうのが先にあって
それを自分なりに
やっていくし
相手も同じことをしてくれてるみたいな
そうですね
確かに僕も
でもただ
気持ちを伝えるみたいなところは
やんなきゃいけないなと
思いつつ
でも結構態度で分かってみたいな感じで
背中で語る
僕は
なんだろう
ここにきょう来てることが
もう答えなんですけどっていう
好きって言わないタイプ
なんで好きって言ってくれないのって
でもそれ言われたことあります
人と付き合ってる時に
なんか
終電が終わった後とかでも
会いたくなっちゃったとか
送るよね
送ったほうがいいよみたいな
教科書に書いてあるから
なるほどね
言語化したほうがいいよ
ちゃんと教科書読み直してって
言われたよね
でもそういうのあるけど
ある意味それって多分
それで伝わると思ってる
というか
言ってしまうと
甘えかなっていう
自分の姿に対して甘えてる
結果が自分はそういう感じに出るタイプ
でも僕も多少分かるというか
言葉よりも
行動のほうが
めちゃめちゃ代なりというか
あんま言葉信じてないっていうのは
自分の中ではあるんだけど
でも行動のほうが
信用できるっていうのは自分もある
言葉はいくらでも言えちゃうというか
首を横に振ってる
方がいらっしゃるので聞いてみましょうか
言葉はさ
それは悪意を持って使えば何でも言えるけど
ふと出た言葉にも
真実はあるよ
そうですね
悪意は
言葉と態度とか行動が
不一致だと問いただしちゃうけど
一致してる時は全然両方とも
信じられる
言葉もちゃんと重みを持って受け止めるよ
言葉だから
嘘かもしれないとか
価値が薄いとか
言葉と行動の不一致
老人でも言えるよなって思わないかも
例えば
僕すごい
性欲強いタイプなの
ご存知だと思うんですけど
配信内でお伺いしております
数々書きをしてばれてっていう
でも恋人のことは
めちゃくちゃ好きなんですよね
もう
言ったらセックスの比重が
死ぬほど軽いってことなんですけど
お茶するぐらいの
お茶をする方がむしろ
すごいハードル高いっていうか
だけど
それを伝えても行動が
不一致だから
ってことですよね
不一致だと
不一致だと一回理解しないといけないじゃん
こっちが
自動水準では理解できないので
どういうことっていう風には
なると思う
そこで言葉を尽くして説明してくれて
風に落ちればそれはそれで
行動の方が真であるってことだったら
もう浮気したら一発アウト
行動も言葉も同じように信じてるんだったら
言葉を頑張って
尽くしてくれれば理解しようがある
ってことだもんね
親友との関係性
だから怖いって時々ね
相手が浮気をすると漏れなく裁判が
改定されるので
ヤンヤン・絶対言うなよ
意見陳述どうぞ
それはそれでやめた方がいいよって
友達にはすごい言われるけど
ああでもそっか
それってそこを巧みにくぐり抜けてくれる人いるんですか
そうなのよ
いる可能性はあるんですか
あるんじゃない
あるけど
その時は最終その境地の
俺の気持ちは
騙されてもいいやって思った俺が
負けたなっていう
その時にはなったりはすることある
これもしかしたら
言葉なんていくらでも言えるし
巧みにくぐり抜けて
誤魔化して言ってるのかもしれないって
ちょっとよぎった時に
でもまあ騙されてもいい
と思った俺が
もうすでに負けているので
とりあえず今回は
行動も本人の言ってることも
それぞれ重きを置いた上で
腹をくくるシーンは
なくはないけどね
はいはい
それって
今はわりとパートナー寄りの話
ではあったけど
友達とかでも
わりと感覚は一緒
一緒ですよね
裏切りっぽい
何かに置き換えてっていう
言葉
でも確かに
友達とかの方がもうちょっと
そこまで追求しないかもしれない
関係性がその分浅い分
でも親友だったら
ちょっと同じモードになる
だから親友でも別に
なんか
自分が親と思うことをする可能性は
あるっていうことですね あると思う
俺が大事にしてると思う価値観を
知ってわかってて何なら共有もできてたはず
なのにそこを踏みにじるような
裏切るようなことをした時は
多分裁判が
改定されます
ジェントして始まる
どこ始まるんだろうと思って
ちょっとなんかカチカチカチ
ロックエースにしまって
裁判官の服着て
コンコンコンみたいな
その一つが急に
言葉がデスマス調になるみたいなのがあるかもしれない
敬語タイプだ
裁判官降りてきてる
証拠を集める機関があって
それを一個一個
冷静に並べててはいどうぞ喋ってください
わーいたー
私は今まで
ワイプしていた
そういう方が今までワイプしていた
まあまあそんな風に
言葉と行動
それぞれ見るかなと思ったけど
さっきのしゅーちゃんの
ネガティブな
気持ち感情とかがあったら
割と伝えちゃうっていう話が
あったと思うんだけど
その伝え方とか伝えた背景に
それこそ関係を続けたいから
これ言ってるっていうのが分かれば
俺は多分言われたら
ありがとうって返せるんだよね
言ってくれてありがとうって言えるんだけど
多分そこが
こいつ関係を壊そうとしてるというか
もう絶縁状の代わりに
言ってんなっていう時には
喧嘩になるというか
ちゃんと喧嘩をしてお別れの儀式として
喧嘩をするかもしれないけど
俺だからそこで
嫌な感情をうまく言われた時に
一つありがとうって言えるのも
友達だなと思った
確かにそうですね
でも自分もそうかもな
言われたら
確かに
うっとはなるけど
言ってくれてありがとうみたいな
結構正直信仰みたいな教育で
育ったので
割とそういうネガティブなことを言ってくれる
人のことって
すぐ本音だと思ってしまうというか
何々って話なんですけど
っていうのはすごい
理解し
踏み落ちた感じでしたね
ある意味ポジティブに
受け取れるっていうのは
強さというか
仮にクレームとかでも
貴重なご意見ありがとうございますみたいな感じで
できるっていうか
受け分として
っていうことでもありますよね
それは本当そうだと思う
だからさっきしーちゃんが言っちゃうんだよねって
ネガティブな感情を友達に言っちゃうこと
ネガティブなニュアンスで言ったけど
いやいや俺受け手側だったらむしろネガティブじゃないから
言っちゃうみたいな風に
受け止めなくていいよってありがとうってむしろ思ったりするよ
っていうことを言いたくなった
それ受け入れてても
確かにそれできる関係理想だなと思いつつ
自分は
そういうことを
思ってるよって言わずに
そういうことをしてきたなとかも
思ったと
悪意を持って言ってる風に
受け取られちゃってた
かもみたいな
でもやっぱ言わなきゃいけないというか
言った上で
ネガティブに
一見見えることを
伝えるときには
前提みたいなのを話しといた方が
結果よく伝わるみたいなこともあるのかなと
聞いてて思ったというか
そうしてみたいな
みたいなのは思いましたね
恋愛と友情の境界
親友だとそれが言えて
友達だと時々
これは言ったら壊れるなって思って
言えなくなったりすると
ここは友達ではあるけど
まだまだだなって思ったりすることもあるかもしれない
先ほど堀江さんが言ってたことは
あんまりネガティブな
感情を持ったときに
相手に言語化して伝えるというよりは
態度で示すということですか
ネガティブなことを伝えるのは言語なんですけど
それが
長く続けていきたいが
ゆえに言ってることだよっていうのは
どっちかというと態度派だから
そこがメッセージとしてちゃんと伝えてなかったという感じ
そうそうそうそう
あの人一緒にいても楽しくなさそうだし
私にこんなこと言ってくるし
環境を壊そうとしてるんだ
と捉えられちゃっても
仕方がないことも
あったのかなというか
客観的に見えるものだけ集めたら
そういう風に取れちゃう
なるほどね
そういうときは言葉の方が
効力を発揮するよね
これは関係性を続けたいがゆえに言ってるんだよ
とかっていうのはね
そうですね
言わない理由がないというか
なんか
ちょっと
高額のためにというか
さっきてつさんの話も出てきたし
僕の話も出てきた
友達ルートと恋愛ルートみたいなの
の違いがあるみたいな
そういうのも出てたんですけど
しゅうさんはその辺どうですか?
僕ない
もう完全ないという感じ
どうなんだろうな
ちょっとその辺ね
あんまり
今までの経験上
すっごい仲良くなって
恋愛感情も別に起きないけど
ある瞬間からいきなり
恋愛モードになった
相手はいた
友達とイチャコラしちゃダメみたいな
倫理感はゼロ
付近的な
人か人か別にないってことですよね
でもなんか
ちょっとこれも
考えながら
喋るんですけどあまり考えてこなかった
ただ
友達がわいわい楽しくやってる
友達の空気ってあるじゃないですか
その中で
イチャイチャというか
なんか色なんじゃないみたいな
人たちがいると
空気悪くなるというのは
すごい敏感なんですよ僕
だからその場では
やらないようにする
後からやるタイプというか
結構空気を
すごくその他のもの
よりもこの空気感みたいなのを
結構
重視してしまう部分ではあるけど
友人を
恋愛対象として見れない
見ちゃいけないみたいな価値観は
ないかもしれないですね
ある意味上手いというか
見習いたいなというところも
ありつつではあるんですけど
確かに自分もでもなんで
そんな空気みたいなことしてたかというと
やっぱりその空間のことの方が
大事だったからっていうのは
分かる分かる
この空間を
壊させやしないみたいな
謎のキャラクターが出てきて
人格としてはそうですけど
言動はしないけど
でも見てるよっていう
見てる人いますよっていう感じ
ぐらいですよ
それはチクチクやったりするんですか
チクチクっていうか
そういう雰囲気になりそうになっても
行きませんよそっちっていう
ある意味
自分が言うことをやりたいっていうか
やれんならやりたいみたいな気持ちも
あったのかもしれない
別にそれは友達同士で
イチャコラすることが
いけないんじゃなくて
この空気を壊すことが
それより勝手に優先しないで
っていうことかもしれない
ただそこは
一致できたのか
分かり合えるところはあるのかな
そこは似てると思います
僕は一方で
友達から例外関係に行くというか
デミセクシャルの人
精神的なつながりを感じる
相手に対しての未成的要求を感じ
いわゆる友情とか
そういった共有できるところから
じゃないと恋愛が発動しないとか
恋愛関係が発動しないという
セクシャリティというかそういう傾向の
人もいるのは全然理解はしてるので
友達だから
しちゃいけないという倫理があるとは
あまり思ってない
倫理的な問題じゃない
そうですね
倫理というよりかはエゴかもしれない
エゴの方が強いのかもしれない
ありがとうございます
ちなみに時間ってどれくらいですか
1時間くらいですかね
本当ですか
友達とは何か
でも結構聞こうと思ってたこと
締めにしていけば
あればと思うんですけど
ポッドキャストの相手について
聞こうと思ったけど
それも話して出てきてくれていた
気もするし
テスのテスさんと友達の話をしてくれていたので
じゃあ最後に
そもそも聞いてみたかった問いを
投げかけちゃうんですけど
私たちってどういう関係?
聞いてみたいなというか
話していて別に
友達とか
そこを一直線に目指すべきものなのか
そうでもない気もしてきて
結局は
テスさんも言ってくれたように
個々の関係の
集合の呼び名でしかないのかな
とか
そういう話も浮かんで
僕は最初
大手を振って
お二人を友達だっていうのは
言えないなっていう
気持ちがあったんですけど
それはやっぱり
友達として
知り合ってないというか
のもあって
配信している姿は知っているけど
それ以外で
特にしゅうしゅさんとかは会うことは
なかったし
一般的な友達みたいなのでは
ないかなと思って
たのと
関係性の特異性
もあったんですが
ただこの話を
この前植坂さんと
植坂さんの
トークイベントに行って
お話する機会があって
友達じゃないかもしれない
読みました
今交換日記やってるんですよ
って言ったら
この本から始める
交換日記でよかったんですか
いやでも確かに
日の玉往復書館みたいなの言われてますけど
それもそれで
面白がれてますみたいな感じで言ったら
それができる関係って
めっちゃ友達ですねって言われたんです
そうだから
友達かもしれないっていう
すごい
うまい
ただ僕の
友達っていうのがはばかられるっていうのは
あったんで
交換日記の中ではまた違う
言葉を使って
お二人の
関係性を言ってみたりしたんですけど
でもやっぱり
自分がどう思うかっていうのは
やっぱりやってることって
友達だったんじゃん
っていうところに
そうですね
だって平日の
ビルマンから
有給取って
これは豊かな時間として
すごくありがたい
本当にそうですね
有給取るとかもあれですけど
会うまでにこんなに
やり取りして
テーマについてとか
内省して自分の気持ちはどこにあるのとか
考えてそれをまた
言語化して伝えてみたいな
そうするのって特殊すぎる
と思っていました
逆にだから
友達でもそんなことしないよっていう人も
もちろんいると申します
そういう人も多いと思うんですけど
だから
言っちゃっていいのかも
言っちゃっていいですかというか
そういう終わりに
してみようかなというか
でも
何だろうな
友達って言っていいのかなって
はばかれるとか
言うってことは言いたい
ということでもあるのかな
自分の中で
でも別に友達であることが
最良でもないというのも
変わらずではあるんですけど
でもこういうことができる関係はすごく
ありがたいし
関係の未来
逆に僕がこの会をやった
意味というか
として
二人の
Podcastとか
以外でのお友達が
いらっしゃると思うんですけど
その人たちから見ても
こういう一面があったんだとか
こういう考えをしてたんだ
こいつらみたいな
思ってくれたら
ありがたいなというか
配信した甲斐があったなと思います
ちょっと待って
交換日記で
どう変えたかとかはまた
別の配信で
できればと思いますが
ちょっと一旦
一周というか
僕が話したかったことは
お話できたし
伺えたかなと思いますので
友達とはというものに関しては
ここで終わりに
できればと思うんですが
最後に感想というか
感想じゃなくてもいいんですけど
まだ言い足りないとか
今の話を聞いて物申すみたいなのが
あっても
いいんですけど
じゃあまた順番にてつさんから
はい
今最後お二人がおっしゃったように
こういうことが共有できること自体が
友達って呼べるんじゃないかって話を
聞きながら
俺はどっちかというとこれを楽しいっていう風に
思えるその価値観が
共有できているのがほぼ奇跡だな
って思っていて
この時間が
今日集まる前も
そうだし集まる前はこれが楽しい
集まりに向けては
きっと集まったらその続きができて
楽しいんだろうなって予想してる
っていうこと自体がお互いが
ないよね他に
とは思った
それと
あとはそれをしてるから友達
じゃないのって今のウエストさんの
話があったけどでも逆は違くて
友達だからこれをやってるわけじゃないな
っていうのはすごく思った
そうですね
条件から積み上げていくもの
じゃないっていう
なんかしゅーちゃんも
友達だと思ってるからホリペさんも
友達だと思ってるからこれをやってる
それはもう違うしっくりこない
でもマジでそうですね
ホリペさんとしゅーちゃんだから
3人でこれができてるけど
友達だからできてるわけじゃないな
ってすごく今の最後の話を聞いて
思いました
確かに僕の中で
すごい遊び相手
っていう感じがすごいして
なんかその
朝に
てつやさんが言ってた
これをしてて楽しいって楽しくない?
みたいなのが
期待できるというか
そういう遊びを
できる人たち
みたいな感じかな
その期待はしてくれてていいんだよ
だからそれを
でも私たちって友達なの?
っていうホリペさんの問いに対して
考えたのは僕の中では
定義付けしちゃうと
自動的に相手にめちゃくちゃ求めるから
なんか本当この場限り
の関係性を連続してたいみたいな
感じなんですよね
今回やったから
またやろうねとかは
それって僕の中ですごく
悲しい縛りだなと思ってて
僕それを多分すごい
返帳する自動的に多分
そういうタイプなんだと思うんですよ
重きを重りとして
多分すごい自分の中に置いてしまう
というか
相手に対して求めるだけじゃなくて
自分が相手に対してまた
これやろうって言わないと
失礼なんじゃないかみたいな
ループに入っていくんですよね
だから友達という箱に
入れたくないっていうのもまさにそれで
本当にこの場を
楽しいよね
楽しいはずだろう
みたいな感じで
セットしてやってみて
良かったねみたいな
良くなかったかもしれない
これは終わり
また
やりたかったら
集まろうよみたいな
その感情が生じた時に
やろうよとか
それでその時に誘いやすくは
なるなと思った
この回があることによって
その楽しいね
っていう時間を
そこから
派生して
関係性に繋げたりとか
違う感情に繋げたりしたくない
この尊い時間を
バンってなって
良かった思い出というか
良かった記憶が
あってそれを
連続させたいみたいな気持ちはある
この関係性があるから
次の感情とか
またいつか
これをやらなければみたいな
友達とはそういうものである
長く続けさせるためには
これでこれで
やらなきゃみたいなタイプだから
だからここはここで集結させて
例えば
次やりたいってなったら
もう一人増えてるかもしれないし
もう一人減ってるかもしれない
それって分かんないじゃないですか
この形を維持していくことが
ベストだとは思わないというか
こことここ
みたいな気持ちは僕はすごいある
こことかっていうのは
一対一の気持ち
テイさんに対して一対一の気持ちとか
多分思ってる感情はあるんだけど
それをなるべく意識外に置いておきたい
みたいな感じ
僕の性格的に
だから友達ですかって
この関係は
友達ですかって言われたら
もう友達ですって
全ての関係に対して言っちゃった方が
深くて減らないみたいな
特別視しない方が
逆に
っていう
なるほど
分かりました
全然まとまらない
そこで
友達っていう方に寄ってくれるんだ
というのは思いました
ログビーさん関係性っていう
名もないログビーさん関係性というよりかは
そこに一旦
広く友達という
そうそうそうそう
そこは
結構聞いてて僕も思った
というかやっぱりこのやり取りとかを
続けてたのも一旦
今日に向かってというところに
行ってたっていうのはあったなと思って
逆になんか僕
あんまり
何気ないやり取りの連続とかって
しなくて
僕も全然しない
だからこれをずっと続けてくださいって言われたら
これいつ終わるんだろうってことしか考えられなくなっちゃったり
とか多分してたなと思うから
一旦今日という
着地点があってよかったなと思うんですけど
でもやっぱり
それをやれる関係が特別で
本当に奇跡に近くて
ということは
本当に思うし
ホットキャストとかをやっていてよかったな
と思うところ
広くホットキャストという概念に
ありがとうという感じ
それは思います
俺は多分お二人と違ってこの関係性を
だらだら続けようと思ったらやれる
タイプの人
だけど相手が望んでないのが分かったりすると
てか分かるから
そういうときはもちろんしないし
そこは逆に相手に乗るから
僕はいつも
さっきで言えばいちいちももちろん
あるけど今回奇跡にできた
3人のは3人でやっぱり
友達の定義と関係性
ちょっとひとつあるんだよね
僕もどちらかというとそうかもしれない
だからここが
次俺が一人いなかったら
それなりの気持ちで
一瞬落ちていきます
せめて裏方でいいから
機材出しだけでもさせてほしい
だらだら続けていく
だらだら続けていく
っていうのの
タイムスパンの話
で悪くもしれないけど
僕もなんか
続くだろうなっていう
感じはあるというか
自分はそう
思うよというか
それも態度で今後
示していきたいなという感じかもしれない
全く多分僕テスさんが
言ったことと
僕が言ったことって
逆の方向性のことかなと思ったんですけど
思念というか
私の思いというか
思いです
根本は同じで
めっちゃ特別なんです
ありがたすぎる
関係性
こういう
会議
お話会みたいなのが成立すること
自体特別すぎて
特別すぎて
それを
特別だって思っちゃうと
いけないんじゃないか
みたいな気持ちがあるから
あえてそこを
焼き物としてほぐり去って
いた方がフラットに
多分重すぎるからなんですよね
それを直視できない
でもその気持ちは
分かるしそのバランスのトリガーとも分かるし
切な切なを
繋げていった方が
居心地が良くなるっていうか
かえってプラスなんじゃないかっていうのを
すごくよく分かる
僕にとっては多分その方がいいんだろうな
自分にとってもそうだし
自分がストレスを感じたら多分自動的に
それを与えるだろうなっていうのは思うので
意識しないようにしてるっていう感じ
ありがとうございます
だから
無理に
ラベルをつけるというよりかは
僕はここ
友達って
友達だと思ってた人も
友達になろうと思ってというか
いつの間にか振り返れば友達だったな
みたいなことも多いし
そういうもんだのかなと思うし
別にそれって
友達じゃないからどうしない
という話でもないので
やっぱり楽しい
時間を今後も
やっていけたらいいなというのは
真実
ここにおける真実ということで
それを胸に一旦
この配信を
締められればなと
思いました
横立てラジオの始まり
どういう締めとったっけ
そうですね
またお二人の配信で
また違うお話をするか
と思うんですが
このお話し会としての横立てラジオ会は
以上になります
ここまでお付き合いいただきましてお二人
そして聞いてくださった方々ありがとうございました
ありがとうございました
バイバイ
もう撮ってるんですか
ちなみに
10分くらい経ってますよね
始めます
そうですね
そうですね
確かに横立てって
スタートの決まり文句ないもんね
始まるよみたいなの
なくて
始まるよ
横立てラジオ始まるよ
分かりました
今回は緊急で配信を
撮っておりまして
お気づきかもしれないんですが
マイクの音質が良くなっております
ということでいつもと
いつもと違う
状況とか
なんとなく把握していただければと思うんですが
今回も横立てラジオ
いってみよう
ちょっと待って
これいいかな
ということで
この番組は
ですね
いろんな
01:05:28

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