志向の喫茶店って聞いてくれてます?
はい、全部聞いてます。
ありがとうございます。
じゃあ、この質問してもいいかなって思うんですけど。
はい。
あんちゃんの恋愛はどこからですか?
えっと、実はですね。
この志向の喫茶店の恋愛について収録しました。
え?
なんと。
嬉しい。
嬉しい。
お便りとか。
あ、そうですそうです。
狂気の参加日連続配信。
狂気の。
めっちゃ嬉しいよ。
お便りとかコメントだとやっぱ文字数がかなり多くなるし、
伝えきれない部分あるなと思ったんで。
かつ、沢ちゃんの方が恋愛トークとか恋愛相談とかをしてほしいっていうのがあるんで。
じゃあ、もうそのトークテーマについてちょっとしゃべろうって言って。
なんなら今日撮りましたね。
すごいタイミング。
ほやほや。
じゃあそれは待った方がいいんですかね?
そうですね。月曜日に配信します。
あ、なんと。
嬉しいですね。
番組としてやってくれるのはめっちゃ嬉しいですね。
そこでの補足とか、あそこで言い切れなかったことをここでポソッと言っていただけたりしたりしませんか?
そうですね。一応結構恋愛についてというより自分が思ってるというか、
二人というか相手がいての話をしたんですけど、
恋愛についてじゃなくなったかなとは思いつつ。
だけど、一応恋愛はどこからスタートだと思うとか、終わりはあると思うとかっていう話はして。
なんで一応質問の答えで言うと、恋愛の始まりはお互いが意識しあった時かなと私は思ってます。
あ、ちょっとじゃあ私に近いですね。
そうですね。
私以外だね、だいたい。
片思いは入らないってやつですね。
まだ付き合ってないんだけど、意識し合ってる状態から恋愛かなっていうふうに思います。
両方思い的な。
そうですね。
なんかこの恋愛について、このメンバーで喋ってるときに感じてたことを、
なんかどっかでこういう感じのことを思ったなと思って思い出したのが、
三種で親友とかいるみたいな話をしてて、
でもうちで友達っていうテーマで話してるんですけど、
なんか親友って難しいなみたいなのを思ってて、
そのときね、友達っていうテーマで喋ったときとか三種で親友の話をしてるときに難しいなって思ってた感覚と、
恋愛っていう話をして、いや恋愛ってふわっとしすぎじゃないみたいな結論になって、
それと似てるなと思って、
だから結構お互い、それこそうちら親友だよねとか、
うちらお互いに思い合ってるよねみたいな感じにならないと成立しない者たちだなって思うように思ってて、
だからそういう意味で言うと親友っていうのも、
片思い的に私はこの人のことを親友だと思っているみたいな人もきっといるかもしれないし、
お互いにうちら親友だよねみたいなことを、
儀式みたいな意志の卒をもって親友って思ってる人もいるんじゃないかなって思ったんですよね。
っていう話でした。
なんかやっぱ確かめ合う儀式が必要なところなのかなと思っていて、
それこそ付き合うために告白という儀式が必要だし、
親友っていうところのハードルの高さが多分各々であって、
軽くではないですけど、うちら親友だよねって言ってくれる人がたぶんそばにいてくれたら、
親友っていう儀式を共有できた感覚にたぶんなれて、
親友っていうコミュニティに入った感覚になれるんだろうけども、
なかなかそういう人がいなかったら、親友って何なんだろうっていう疑問を持ったまんま、
ふわっとしてる人たちが多いのかなと思ってて、
ましてや自分は友達すら何?って思ってるタイプなので、
その友達はたぶんもっとふわっとしてるというか、
その儀式すら必要ないものであるからこそ儚いなと思っていると、
そのさらに深いところにある親友はたぶんもう何?っていう疑問につながっちゃう。
神聖化されてる。
ふわっとしすぎて何だろうみたいな。
サンタネの友達会を聞いてて、
友達がなかなかできにくい人からすると、
友達っていうのを気軽にそういう存在を作れる人からする、
友達っていうのがなかなかできない人からする、
友達が簡単にできるって言ったらなんだけど、
できやすい人からすると親友って思えるくらいの存在が、
友達がなかなかできない人からする友達なのかな、みたいな。
パドルの段違いっていうか。
定義が全然違うというか、
友達をどういう、どの範囲を友達と呼んでいるのか。
例えば、SNS上でやりとりをする関係の人たちとか、
月1回のみに行く人か、週1回のみに行く人なのか、
遊びに行こうと思った時に誘える人とか、
何かしらのカテゴリーというか、
こういう人がだいたい友達っていうのが、
人それぞれバラバラだったりして、
私は結構気軽に、わりと友達っていう言葉を使いがち。
多分何を持って友達って言ってるかって、
多分顔を知ってて飲んだことがあるとか、
そのぐらいでも。
そういう人を知り合いっていうのか、
はたまたフォロワーって言っちゃうのか、
っていう言葉の違いかなと思ってて、
その辺がみんなバラバラだったりするのかなと思って。
友達っていう言葉に結構とらわれちゃったりとかすると、
友達がいませんみたいな、
ちょっと卑屈なように聞こえるけどね。
思ってるレベルとかハードルがそれぞれ違うのを、
友達っていう言葉に当てはめようとするから、
不才が生じるのかなと思って。
なるほどね。
当てはめようとするからっていうのは確かにありそうですね。
子供の時ならさ、
クラスメイトの中でもよく遊ぶ友達とか、
一緒にいる時間が長い人が友達ぐらいの認識だし、
学校か家かみたいなぐらいしかコミュニティがなかったから、
なんかわかりやすかった気がするんだけど、
大人になって今のSNSとかで普通に人とつながれる時代になると、
よくわからんっていうレイヤーが多すぎるし、
関係性もやっぱりSNS上でしか付き合いのない人と実際に会う人とではやっぱり、
情報のやり取りの親密度とかも全然変わってくるが故に違うなと思って。
そうね、友達会した時も、
私たちは友達ですか?みたいな恥ずかしい質問を投げたぐらい、
私もそこはやっぱり自信持って友達だよねって言えないタイプなんで、
ふんわりさせとくみたいな感じなんで、
もちろん親友もいないよなって思ってたんですけど、
結構そういう大人は多いんじゃないかなっていうか、
改めて考えたことないだけで、
いないっていうのは自分が寂しくなっちゃうから言えないみたいな、
っていう人は多いんじゃないかなって想像しますけどね。
自分はよく3人とか5人とかになった時に、
自分以外の2人ずつが仲良い、そこに加わってるやつみたいな、
そういうタイプだったんですよね。
なんか、いつも3人とか5人とかで集まるんだけども、
特段他の2人が仲良いみたいな。
なぜ奇数なのか。
なんかそういう感じだったんですよ。
で、別にそこに何も不満もないし、
何も特に思うことはないんですけど、
自分のそういう立場で思うと、
友達とか親友とかっていうのは、
リアルで会う必要があって、
かつ年齢が比較的プラマイで近い相手でしか、
友達って言いにくいみたいなところはあるなと思っていて、
10個上とか20個上とか、逆に下もそうですけど、
そういう人と友達とは言わないよなって思うし、
実際に顔を合わせてお話を、
ネット上とかオフラインの状態とかでもいいんですけど、
そのSNS上だけで友達って言っていいんだろうかっていうところは、
結構思うんですよね。
そういう定義が自分の中であるから、
みんな友達をどこまでカウントして言ってるんだろうっていう疑問はあったっていう。
今もその気持ちは?
今もですね。
だから、その友達だよね、私たちって言える人、眩しいなって思ってますね。
言い合いができるのって相当ハードルが高いなって。
大人になるとそれって言わないっていうかさ、
子供の時とかだったらまだ友達になろうよとか、
同じクラスとかだったら無邪気に言えるけど、
大人になってからその辺ってなんだろう。
恥ずかしいよね、普通に。
言うこともないし、それこそSNSとかオフラインで会う人とかと、
そういう文化自体がまだ歴史としても浅くて、
そういう人たちをどう呼び合うかみたいなのがまだないんだろうなっていうところで、
気恥ずかしさみたいなのとか、
友達という定義に当てはめていいものなのかっていうのが。
大人になってからの友達っていうのが特に難しい。
友達っていうワードは子供にしか当てはまらないような気がしてきた。