1. 余白のエクリチュール
  2. 「会話」「対話」を真ん中に置..
2026-02-20 26:59

「会話」「対話」を真ん中に置くPodcastって何?

#41 / これからのよはちゅるを考える回 / 真ん中にあるのは渡邉康太郎の「コンテクストデザイン」的思想 / これは雑談Podcastと何が違うんだっけ?というジレンマ / 改めてキーワードは「対話」「会話」では? / 「対話」「会話」を真ん中に置くPodcast / Podcastブームで増える「会話」 / フィルターバブルで噛み合わない「会話」 / 身の回りにあるありふれた「会話」「対話」にフォーカスしたい / 哲学対話 / 意図が読めない質問ってどう答えるのがいいんだろうね? / いろんな事例が出てくると面白そう / とはいえ難しそう / なぜなら「対話」はコンテクストが大事だから / 『人文知の現場』、皆話がうますぎでは? / 団地の回覧板で書かれていた「コメント論」 / ニュースメディアでも読者のコメントが重要になっている / ヤフコメを見に行っている感 / 批評的になりすぎずに引き受けて語ること / 他Podcastのテーマを借りてやってみるのも面白いかも 


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▼「余白のエクリチュール」(通称:よはちゅる)とは?

異なる時間や場所を生きてきた2人が、まだお互いをよく知らないところから始めたPodcast。

発信が溢れる時代だからこそ、“聴くこと”に価値を置く。様々なテーマの感想や解釈を起点に、埋まりきらない“分かり合えなさ”さえも楽しむ余白をあなたも。


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やぎしょーご Shogo Yagi @sho5_midday ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://x.com/sho5_midday⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠

𝑃𝑜𝑚𝑃𝑜𝑚 🍮@pompomreading ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://x.com/pompomreading⁠⁠⁠

サマリー

このエピソードでは、ポッドキャスト「よはちゅる」の今後の方向性として、「会話」と「対話」を番組の中心に据えるというアイデアが議論されます。雑談ポッドキャストとの違いや、現代社会における「会話」のあり方、フィルターバブルの問題点などが語られます。また、具体的な事例として、意図が読めない質問への応答や、ニュースメディアにおけるコメントの重要性、さらには「会話のアート」といったテーマが挙げられ、これらを深掘りしていくことで、より本質的な「分かり合えなさ」を楽しむ余白を生み出す可能性が模索されます。

「会話」「対話」を軸にするという提案
はい、余白のエクリチュール。今回のテーマは、これからのよはちゅるについて方向性を考えようです。よろしくお願いします。
はい、お願いします。
はい、お願いします。
今回これを持ってきたのは、しょうさんの方から、このよはちゅるを一回ちょっとブレイクダウンして、
会話対話を真ん中に置いた番組にしていったら面白いんじゃないか、みたいなことを言ってもらいました。
で、それをちょっと考えてみようかなって思う場です。
テキストで話すよりも、ここでプロセスエコノミーPodcastとしては、これを見せていった方が面白いんじゃないかなって私は思ったので、
ここで話してみようって思いました。
はい、そうですね。
ちょっとどういう話でいくか、あれなんですけど、今の話を補足するというか、改めて話すと、
ずっと思ってるんですけど、余白のエクリチュールっていうのは、余白っていうキーワードあったりエクリチュールっていう話はあったし、
渡辺幸太郎のコンテクストデザインみたいな話っていうところは多分かなり根本にあって、それぞれがちゃんと解想解釈をちゃんと言うと、
そこの中できっと分かり合えない部分とかもあるから、そういうものを話していきましょうねっていうところは多分根本として一歩あるんだと思うんですけど、
はい、あります。
普通に聞く人からしたら、分かりづらいっていうか、いわゆる普通の雑談ポッドキャストと何が違うんだっけっていうのはあるでしょうと思っていました。
ちょっとそう、私もそれ思ってて。
それでもいいかなと思ってたんですけど、思ってたし、別に今もそれでも思ってるんですけど、
ふと思った時にもうちょっと軸がないかなと思っていて、ふと思ったのが会話とか対話みたいなキーワードですと。
そうですね。
やっぱりその余白なエクリチュールで今の話の根本はあっていいんだけど、もう少しじゃあ一踊れ何か言えるものがあった時に、その会話とか対話っていうのを真ん中に置いてるものなんですっていうような話にできたらちょっと面白いかもなと思って言ってみましたと。
はい、そうですね。それなんかもらって、ジェミンに実際投げたものもらったんですけど、それ見た時に私はすごい面白いなって思って、それはやっていきたいなっていうのは一つありました。
現代社会における「会話」と「対話」の現状
で、ちょっとその話に行く前に、さっき収録した対話会の話をしたんです。
はい。
ちょっとそれで、私はさっきの対話会でやったことと、この会話対話をプリミティブに捉えようみたいなところって逆にあるんじゃないかなっていう話をしたんですよ、さっきの収録の終わりに。
その時にしょうごさんが、それはなんか逆だと思ってないっていう話をしていたから、ちょっとなんかそこが気になって、私はなんかちょっとずっとその会話のプリミティブが何なのかっていうのが、ちょっとなんか自分の中で整理できてないなっていうのは思ってて、
しょうごさんからテキストでこういうふうなことをやったら面白いんじゃないかって言われた時に、そのプリミティブのところちょっと気になるって言ったんですけど、なんか実際なんか私が多分、なんだろうな、あんまなんか見えてなくて、
なんかさっきの話をして。
とりあえずちょっともうちょっと話すと、さっきの続きなんですけど、会話対話を真ん中に置くっていうのは結局どういうことっていう話だと思っていて、僕はイメージしてるの、イメージしてるというか、やっぱり今の社会状況的な僕の感覚としては、
ポッドキャストブームになってるかはちょっと置いておくとして、でもそういった風潮は一定あるはずで。
番組は増えてるんですね。
会話とか対話みたいのは一定求められてるし増えてるんだろうなっていう感覚があります。
一方でやっぱりなんか、僕はこういう言葉を使っちゃうんですけど、フィルターバブルみたいのが完全に極まっていて、それぞれがやっぱそれぞれで考えてること見てるもの全然違うよね。
その中でSNSみたいなのがあると、それはよくわかんないバズ狙いのものばっかりになったり、結局そこの中でやりとりがなされたとしても、かみ合ってないよねみたいなのを散見するなと思っています。
会話対話みたいな話をしたときに、哲学対話みたいなのもちょっとあるんですけど、そういうのとは違った、もうちょっとここでさっきポンさんが言ったプリンティティルって言葉を使ったんですけど、もうちょっと俗的なって言い方がいいのかな、わかんないけど、
そういったSNS的なものもそうだし、ポッドキャスト的なものもそうだし、普段我々が見聞きする会話とか対話でもいいんですけど、なんかそういった、なんかもっとありふれた会話とか対話っていうものにフォーカスをしたいなって思って、この話を僕は出しています。
なので、さっきのポンさんの質問のプリンティティブって何っていう話は、なんかここで言いたかったのは、なんかもっとありふれた会話、対話みたいな、言い換えるとしたらそんな感じ。
その中に、なんかそこに何か面白みを見出せると、なんか一つ違った形が出せるかもなっていうのが一旦の回答かな。
「会話」と「対話」をプリミティブに捉える難しさ
オッケーです。一つは、そのポッドキャストをやるにあたって、確かにその会話にフォーカスしたものは、あんまり私の知ってる限りではないなって思ったんですね。
で、それができたら面白いなっていうのは、思ったっていうのは一個あります。
で、それはそれとして、なんかちょっと私さっき、このプリンティブなものとさっきの会話っていうのが逆なんじゃないかなって思ったことの理由は、
さっきの私の会話は、自分の中ではプリンティブなものじゃなくて、哲学対応に近いものだと思ったんですよ。
で、なんかそれはそれであってよくて、で、なんかそれをなんかその話した時に、しょうごさんは別になんかそれは逆だと思ってないって言ってたから、なんかそこの、そこはなんかどう、
私はなんかちょっと方向性が、なんか違うとこにあるかなって思ったので、なんかそこが気になったかな。
僕は哲学対話っていうものはあまり知らずに適当な使い方をしたっていうのがまず一個あるんですけど。
哲学対話っていろんなとこで言われてるもんだ。
なんか私がその、
ようはないんですよ。
そうですね。
なんかその水中の哲学者っていう永井玲さんの本があって、それはなんかすっごいよかったんですけど、あれはその哲学対話をしようって言って、その実践の本なんですよね。
で、それは小学生とか中学生がやってるんですよ。
で、大人がやってるのもあるけど、それは大人同士でやるんじゃなくて、子供の中に大人が混ざってやるっていうのが書かれてて、で、私がなんかそれで思ったのは、その哲学対話っていうのは、
その、なんだろう、雑談とも全然違うし、で、多分それ何をもって哲学って言ってるかというと、丸々ってなんだろうみたいなところを、
生きるってなんだろうとか、楽しいってなんだろうとか、仲がいいってなんだろうみたいなテーマを掲げて、それに対して自由に話していく。
テーマを掲げて、自由に話す。
で、それがなんか、世の中の正しさとか規範とかをもう考えずに自分の思いを自由に話すみたいなのが哲学対話で、
で、なんか、それで言うと、それができるのって、やっぱ小学生とか中学生になるから、その、まだなんか規範が生まれてなくて、
多分大人になると全然それって、なんか、できなくなる。できなくなるっていうか、ちょっと待って、私が今、どういう方向に自分がその話を持っていきたいのか分かんなくなってるんですけど、哲学対話っていうか。
哲学対話、今の話聞いてて、僕は哲学対話についてよくわかんないんで、そうだと知ったときに、やっぱり別に僕がやりたいのって、生きるってなんだろうとか、そういうでかい話は全然ないわけです。
もっと身近な、本当にありふれた話でよくて、例えばですけど、僕が最近思ったことの一つに、本当は具体的な例があるといいと思うんですけど、
僕は最近ちょっと、親族関係の集まりに行きましたと。そこで、僕いろんな人と会話するわけですけど、まあ会話はかみ合わないわけです。
結局、例えば、多分何十年ぶりぐらいに会った人とかに、今どこに住んでるの?みたいなことをいきなり聞かれたときに、僕はフリーズしたんですよ。
それは何でかっていうと、何でこの人こんなこと聞くのかなっていうのがあんまりよく読めなくて、それに対してどう答えたらいいかがよくわかんなかったんですよ。
数秒フリーズして、普通にここら辺、都市の方に住んでます、とか適当なこと答えたんですけど、
こういうのは結構、例えばこの話を深めるとすると、いいとか読めない質問に対してどう答えたらいいんだろうね、みたいなのは結構難しいなと思っていて、
ただやっぱり、いいとか読めない質問っていうのは結構世の中にありふれてると思うから、なんかそこら辺ってどういうことなんだろうね、みたいなことはちょっと気になったりするんですよね。
なるほど。
みたいな、なんかそういう普段のありふれた話の中で、その会話とか対話の中で気になったこととか、そういったものにフォーカスしながら、そっから話を広げていくっていうのができると結構面白いんじゃないかなと思ったっていうのが、
なるほどね。
僕の話の一つの具体で。
具体的な事例と「会話」へのアプローチ
なんかそれさ、めちゃくちゃ興味深くて、面白いなって思いながら聞いてて。
まず一つは、そのポッドキャストの話で言うと、たぶん今の話的に、たぶんお互いのこれ気になるっていうのが、たぶん違ってくるなっていうのは今はちょっと想像できたから、それは面白いなって思いました。
で、もう一個その、この話に限定して言うと、糸が見えない会話が、なんだろうなっていうのはわかる、その質問に対して疑問を感じるのはわかるんですけど、そこにも疑問を、今住んでる場所の質問に対しても疑問を感じるっていうのは話はなかったから、へーって思って、面白いって思って聞いてました。
疑問というか、糸が読めないから、どう返してあげたらいいんだろうっていうのは難しいっていうことですね。
なんか私はもう瞬時にその糸を、じゃあこれはもうただただ、あの、なんか場を持たせるための質問で、ただなんかそこからなんか広がっていけばいいなぐらいに相手は思ってるんだろうなと思って、なんか答えるんですけど、こういうとこに住んでて、今こういう得物が美味しくて、こういうふうなことをやってますと、なんかこういう自然が綺麗ですみたいなことを言えばいいのかなって思って私はそういうふうに返すんですけど、
なんかどうだろう、しぼこさんは別にそういうところは、それよりもなんかもうちょっと、なんか糸がわからないっていうふうに、その気持ちが大きいのかなって、今なんか思ったんですけど。
僕は単純にそういう返しが苦手なんだと思うんですよね。そういうのに慣れてないっていうのがあるかもしれないけど、なんかだからそこに対して、なんか普通の普段の中でどこ住んでるみたいな、あんまり構えてなかったっていうのもあるかもしれないけど、
あまりにも、あまりにも属性が違いすぎる人、だからそのもう80とかの人とかに聞かれたから、属性が違いすぎる人に対してどういう言葉を返すのが良いんだろうかみたいなことをちょっと考える。
そうなんだ、なんか全然違いますね。私はなんかそれも楽しんで答えるな、すごく。属性が違うからこそ、その人ってなんかどういうふうなことを思ってるのかっていうのはすごい気になって、なんかあんまりなんか違うからどう答えたらいいのかってあんま考えないかも。どうだろうな。
なんかそこにそういうのあるかもしれないね、みたいな話とかができれば良いな。これはあくまで一つの具体例だし、なんか正直あんまり一応いい例だと思ってないんだけど、まあずっととかみたいな。
もう少し喋ると、なんかこういう気になる会話とか対話をそれぞれ集めてきて、なんかそれに対してどう思うとか、なんかそういう話ができるといいなと思っており、でまあとりあえずこういう話をすると、その日頃のいろんな普段の生活の中で出てくる会話とか対話で、
それにアンテナ貼って、なんかこういうの気になるねとか、なんかそういうちょっと今までとは違ったアンテナの貼り方ができるかなと思ったので、まあそういうのをやってみたらなんか面白そうな、今の事例はちょっと僕の的にはだいぶイマイチなんだけど、もう少し事例とかが出てきたりするのかなとか。
それなんかね、すごい面白そうですね。私もなんか、会話自体は私も興味があるからいいなって思ってるし、なんか私あともう一個ポッドキャストやろうって思ってて、それがその、なんか人とのその会話を記録したい、集めたいみたいな私はすごい気持ちがあるから、
なんかそれでやってる中で、たぶんなんか気づけることも、もしかしたらその洋波中とそのもう一個のポッドキャストやるとした時に、なんかそこで双方向的に気づけるものが自分の中で生まれるんじゃないかっていうのを思ってて、それはいいかなってすごい思ったかな。
うん。
うん。
って感じ?
うん、そういう感じかな。
なんか、なんだろうな、いろいろこれ、えっと、私がメモしてきたところはあるんだけど、えっと、なんだろうな、
あ、えっと、そっか、私一個思ったのが、そのなんか、えっと、ずっとそのプリミティブっていうのがちょっとピンときてはなかったんだけど、このなんか洋波中のここの二人のその話自体をプリミティブにしていくっていうことじゃなくて、その取り上げる題材としてプリミティブに。
うん、ってことが今私理解できたなって思いました。そこがなんかちょっと見えなかった。
あ、そこが伝わってなかったとしたらたぶん全然違いますね。
はい、そこは全然おっしゃる通り、今の理解です。
うん、あ、よかったよかった。なんか、だからその、え、なんかこの洋波中をなんかもうちょっと、なんか普段の雑談っぽくすることなのかみたいなことも私思っていて、
なんかそれは別になんかちょっとこの洋波中の方向性とちょっと違うのよっていうのを、ちょっと勘違いしてたなっていうか、勘違いというか思ってたなってわかったから、それはなんかよかったかな。
うん、そうっすね。
うん。
まあ、っていうのが、であればまあ、全部が全部そういう回にする必要は全然ないと思うんですけど、なんかそういった気になる会話とか対話があれば、それを真ん中に置きながらそこから広げていくっていうのは結構面白そうだなと思っていて、
まあ、試行実験的にいくつか僕が最近気になったのを挙げていくと、
おお、気になる。
好きそうな話題だと、いや別に大したあれじゃないですけど、なんかね、正直ちょっとこれを出してから1、2週間考えてみたんだけど、むずいなって思ってます、あのぶっちゃけ。
そう、これ対話とか取り上げてやることが。
そうそう、多分むずい、結構むずいと思う。
それは何でかっていうと、この前の回でも言った通り、やっぱり会話とかそういう対話っていうのもめんどくせえな、対話、対話、対話にします。
対話って、やっぱりそのコンテキストが大事なんで、なんかそのある対話の一部分だけを持ってきたところで、やっぱなんかちょっと違うなってなると思うんですよ、おそらく。
その人とその人の関係性とか、やっぱそういうところ込みでの対話なはずなんで、そこをうまく拾いきれるかっていうところは結構心配で、
なんかある種切り取り的になっちゃうとちょっと危ういなと思ってはいます。
なので、なんかそこはちょっと少し考えてみる必要があるかなと思ってるっていうのがまず前提なんですけど、
コメント論と「会話」の関連性
ただとはいえ、僕は今ここで受ける対話っていうのはものすごく広く、広い概念で捉えようと思ってるので、なんかそういう例で話してみると、
これを聞いてる人は比較的好きそうな、あの人文地の現場ってトークイベントあったと思うんですけど、
あれはなんか面白い対話だったなと思うわけです。
で、ぽんさんにはこう食った気がするけど、あれはなんか普通にみんな話うますぎではと思っていて、
そういう意味での、そういった視点からあれを考えるっていうのは、
一つちょっとアクロバティックだけど、今の話の流れからできるなと思ったりしてます。
なるほどね。
他にも一旦ざっと言っちゃうと、もっと広く捉えると、
最近タイタンやってる、タイタン玉城さんがやってるランチとかでもコメントについて考えるっていう回答版が出てましたけど、
コメント論みたいのも今の話に結構、何とか無理矢理つなげればいけるなという気がしていて、
やっぱなんかそのコメントって何なんだっけみたいな話とか、
コメント、最近読んだブログでもニュースメディアでも読者のコメントが大切になってきてるみたいな話もあるみたいで。
そうなんだ。そういうの全然わからないな。
でもあれじゃないですか、ヤフコメとかもそうじゃないですか。
あれも結局やっぱり、結局なんだっけ誰かも言ってたと思うけど、谷川さんだったかな。
ヤフコメ、ヤフーのニュースもヤフコメ見に行ってる感あるよねみたいな話をしてて、
なんかそれはね、ヤフコメ見てない人はわかんないかもしれないけど、僕は多少見るんでわかるんですよその感覚。
へー、そうなんだ。そんな話ないからわかんない、でも確かにそうかもしれないもん。
人が何を思ったのかっていうことの方がニュースよりも大事って。
そうそうそうそう。
とかね、それを解説してる人とかもいるから、そっちの方が面白かったり、ニュースピクソーもそうだったんだけど、あれもピッカーみたいな人がいるはずで。
これもなんか、ちょっとこれはさらにアクロパティックだけど、会話として括ってみても面白いんじゃないか。
いやー面白そうなの、確かになー。それはめちゃくちゃ面白そうですね。
なんか解釈の方が気になるっていうのはそれはそうだし、コメント論で言うと確かにそれはそうなんだよね。
でもそういうコメント論を語ると、私たちが今からやろうとしていることを語ることにもなると思うんだけど、
実際なんかそのね、言ったことに対して結局なんか自分がそれをどこまで拾った上で果たせるかっていうのはすごいなんか、
そこはなんか慎重にならないといけないというか、なんだろう、慎重になりすぎると何も言えないことになるかもしれないし、
どうだろうな、なんか難しいですね。でもなんだろう、さっきのジミニの話でも見たんですけど、
なんだろう、それがなんか人の話に対して語るってことが過度にその客観的になって、
批評的になる恐れがあるので、それは注意しましょうみたいなこと書いていて、
それはめちゃくちゃそうだなって思ったんですよね。結局なんかその会話で、
それがなんか立ち上がった背景とかでこっちは見えないから、見えないところでなんかやいのやいの言っても、
それってすごい的外れかもしれないし、でもなんかそれに対してその的外れにはなるかもしれないから、
そこはまあ注意はする必要あるんだけど、でもなんかその上で、それをなんかまあ引き受けた上で、
自分がじゃあその会話に対してどう思ったのかっていうことをなんか語る、
もうそれをなんか引き受けた上で、それを自覚した上で語るってことは価値があるかなって思うので、
そういうなんか前提が上だといいかなって思いますね。なんか面白そうだなっていうのは思うな。
今の話は全く同意で、批評的になったら全然ダメなこの例になっちゃって、
だからそれに対してまあそれはそれで、多少それについて話すってことは全然あってもいいと思うんだけど、
最終的にはじゃあそれを我々がどう解釈するとか、自分たちに置き換えた時にどうかみたいな、
なんかそういう話の流れにできればまあいいのではという感じかな。
そうなんですよね。
「会話のアート」と今後の展望
あともう一個、これは結構面白いなと思った例を挙げておくと、
ちょっと有料記事だからあれなんですが若干ネタバレしちゃうと、
まあフトピックの宮崎さんが書いてるお有料記事、僕は課金してるんで見てるんですけど、
その中で会話のアートについてっていう回があって、これ結構面白くて。
会話のアート?
アートについて。
アート。
まあなんかこのタイトルの意図はあんまりすっきり来てないんだけど、
なんか面白かったのが、なんかそのニューヨークで草野さんと宮崎さんが食事した時に、
あいせきだったんですって。
で、なんかそのあいせきになった時に、
前提があって、やっぱりなんか人と会話する時に深掘りの質問っていうのがあるといいよねみたいのが、
結構研究とかでもあるらしくて、
そういうのが前提としてあって、
だからやっぱり人と話す時もお仕事は何ですかって聞くよりも、
今あなたにとって最もエキサイティングなことは何ですかって聞いた方が、
なんかこう話が広がるんじゃないかみたいな。
これはできるかどうか置いとくとしたら、みたいなことが流れていて。
で、さっきの話で、
あいせきになった時に宮崎さんがその話をしたんですって。
そしたらなんかすげー盛り上がったってことが書いてあって、
これはめっちゃ面白いなって思うわけですよ、こういう話。
だからこういうね、それで盛り上がったんだったらなんで盛り上がったんだろうねみたいな話とか、
逆にこれ盛り上がらなかったんだったらなんで盛り上がらなかったんだろうねみたいな話とか、
こういうのとかは結構普通に面白いなって思うから、
みたいなのを話せるといいかなと。
面白いな。
私がもともと思ってたのが、
他のポッドケース、例えば超相対性理論とか、
既存テーマがあった時に、
それを自分たちでやった時にどういう風になるのか、
それをやってみて何が良かったのかとか、
どこで自分たちはこういう層が生まれたんだろうかとか、
そういうのを観察してみるっていうのをやってみると面白いかなって思ったんですね。
そういうところにも通じるかなって思ったんですけど、
もうさっきの、
それで会っておけばいいかもしれない。
そうですね。
面白い質問を集めて、自分たちでもやってみようとか、
それ自体、その質問自体めっちゃ面白いし、
どういう会話が生まれたのかすごい気になるなって思いましたね。
手な感じで、だから具体動向みたいな話ではまだないんですけど、
とりあえずこういうのにアンテナを張りながら、
やってみると良さそうではないかと思ってますっていうぐらい。
そうですね。
私が目指すところとしては、
1回ブレイクダウンをするはいいんですけど、
またね、もう一度その余白のエクリチュールっていうところに、
いずれ何か戻ってこれたらいいな。
いずれ戻ってくるっていうか、それを相互にやっていってもいいと思うんですけど、
そういうところに、1回何か立ち、最終的に立ち戻るけど、
1回何かちょっと、また寄り道的なところで、
やれるといいかなって思いましたね。
寄り道ではないかもしれないけど、それも続いてるんでしょうけど。
それはそうじゃないですか。
あくまでこういう、テーマ軸の一つぐらいだと思ってるんですけど、
一旦は。
そうですね。
そういった感じで、これがうまく気取りに乗るんだったら、
もう少しやり方書いてもいいかもしれないけど、みたいな感じで、
そういった感じかなと思いますね。
はい、そうですね。
やっていけたら面白いかもしれない。
番組の締めとリスナーへの呼びかけ
はい。
じゃあそんなところ、他の話とか。
そんなところですかね。
OKです。
ちょっと対話とかについては、少しアンテナ張ってみましょうかという感じかなと思います。
OKです。やってみましょう。
じゃあ終わりましょう。
ということで今回はここまでです。
よはちゅるではディスコードにて、2人の放送後の感想を書いていたり、
エピソードの中に出てきた参考リンクを載せていただきますので、
ぜひお気軽に覗いてみてください。
お好きな場所であなたの感想も聞けると嬉しいです。
Xではハッシュタグはひらがなよはちゅる。
Googleフォームでもお便り募集しています。
ディスコードと合わせて概要欄にURLを記載していますので、
ぜひお待ちしています。
Spotifyをお使いの方はコメント欄でももちろんお待ちしています。
お願いします。
面白い対話とか会話とかあれったら送ってもらえれば、
それを取り上げるというのはありかなと思いますので、
そういうルートも考えていますのでお願いします。
こういうことを話したら面白いんじゃないかとか、
そういうのも待ってます。
はい。
じゃあここまで聞いただきありがとうございました。
次回もぜひお会いしましょう。さようなら。
ありがとうございます。
26:59

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