はい、コメント論。
待って、すいません、私その前にちょっと1回宣言しておきたいんですけど、
このポッドキャストで宣言しておきたいことがあります。
これをちょっと。
すいません。
まず1個は、1個はまずちゃんと手前のところから話すっていうのと、もう1個は合図中はしないってことです。
そうなの?
はい、これをちゃんと言っとかないと、私は毎回心がけてはいるんですけど、いつもの自分の体の流れでこれをやっちゃうので、ちょっと注意してやりたいです。
ここでツッコむのが悪いんだけど、1個目はお任せしますけど、2個目ってそんなに合図中多いと思ってないですけどね。
本当ですか、なんか自分でそのポッドキャストを聞き直したときに、なんか結構多いなって思って、そこでかぶって、なんかこのかぶるとリモートだと音声が途切れちゃうみたいなところがあるのかなって自分では思ってて。
なるほど。
そうでもないならいいんですけど、ちょっとそこは。
わかりました、お任せします。
なんかしょうごさんの方からも宣言しておきたいことありますか?
宣言?宣言なあ、別にないなあ、別にないけど、なんだろうなあ。
だからちゃんと会話をしたいですよねっていう感じかな。だからなんか、ちょっと待ってくださいね。
前回このポッドキャストとして、1つ軸があったらいいかもなあっていう話をしたときに、会話とか対話っていうのを真ん中に置いたらおもろいのではみたいな話をしたと思っていて。
でまあ、普通にそのとき面白いな、僕は面白いと思ったからそう言ったんですけど、100%面白いと思ったかっていうとまあそうでもない部分もあり、ちょっと悩みながらやってたんですけど、ちょっとまだ聞けてないですけど、だから今朝かな、TBSポッドキャストでも会話とか対話って言い方じゃなかったと思うけど、雑談とかっていうのをテーマにした文化系ライフだったかな。
あんま僕聞いてないやつですけど、とかでもテーマになってたりして、やっぱりなんかこれってこういうのが今必要なのではみたいなふうに思ってきたので、だからやっぱりこうちゃんと重要視していくのはおもろいかもと思っており、はいなんかちょっとそこらへんは改めて意識していきたいなとは思ってますって感じかな。
はい、オッケーです。文化系のそのラジオ出てる、今回出るチューヒーチョールさんも結構人類にとって会話って大事なんじゃないかっていうことを言ってて、私はまだそのチューヒーチョールさんの本は難しくて読めてないんですけど、そういうのもちょっと読みながら、なんかアカデミックなとこもなんか読みながら、あとは自分の日常の会話でも私の会話ってどうしたらいいんだろうってことを考え、それってなんか本当人類に普遍のことだから、結構考えてるの面白いって思いますね。
そういうのちょっとやっていきたいなって思いますね。
はい、いいと思ってます。
はい、オッケー宣言ありがとうございます。
宣言かわかんないけど、なんか今考えてること、はい。
はい、オッケーです。じゃあ本題に入っていきますね。
はい。
はい、本題はコメント論について話そうです。
はい。
これは多分しょうもさんが持ってきたのかな?
まあそうだったかな。あれ、記憶にないですが。
でも今の話とつながっていて、インターネット時代の会話みたいな見方をしたときに、コメントっていうものが非常に重要になってきている気がします。
し、ここ10年重要だったんだろうと思ってます。
きっかけだ、コメント論って言葉は、ききかいかいのダンチのタイタンがやってる回覧版から持ってきたと思うんですけど、
まあなんかそこでも確か、ちょっと文脈は忘れちゃいましたけど、コメント論みたいなのやったらいいかもな。
あれか、トークイベントについてのダンチラジオを撮ってたと思ってて、
なんかそこの流れだったような記憶がありますけど、
コメントみたいなのもちょっと考えたほうがいいよね、みたいなことがあったと思います。
話すぎるとあれなんじゃないですか、ダンチのディスコードとかでもコメントみたいなのは結構、
まあいろんな視点から語れるような気がするし、さっきも言った通りコメントっていうのが今重要になってきてる気がするので、
改めてそもそもコメントってなんだっけみたいな話とか、ちょっとコメントについて考えてみたいなと思った気がします。
そうですね、思い出しました。実際そのダンチの回覧版でもタイタン氏が複数回コメントが欲しいみたいな、
で、それはどうやってやったらいいのかっていうのを言ってて、
それに対してその回覧版の感想とかを書くところもあるんですけど、
私も実際に書いたんですけど、その時の回覧版の感想を結構他にも書いてる人いたので、
なんかもしかしたらいろんな人が興味持っているところかなって思います。
なのでちょっと今回話してみましょう。
はい、ってことで最初なんですけど、最初ね、もうざっくり各々のコメントとの距離感、
どういうところにコメントしてるかとかっていうところから話してみたいんですけど、どうですかね。
ちょっと。
うーん、そうねー。
そういう意味だと多分僕はそんなにコメントしてない気がするな。
ちょっとどこまで話すかあれなんですけど。
僕は基本的に書くものはXに8割ぐらい寄せてる気がしており、
なんかね、多分この後話が出ると思うんですけど、
いわゆるコメントみたいなのってYouTubeのコメントみたいな話とか、
さっき言ったDiscordのコメントみたいなのもあるし、
Spotifyにも最近コメント欄が出てきてみたいな話で、
いろんなプラットフォームに散らばってるのがあんま好きじゃないんですよ、僕個人的には。
だから、いわゆるコメントって言うとあんまなんかしてない気がするんだけど、
Xではいわゆるコメントっぽいことは結構してるっていうのが僕の感じかな。
うん、ちょっと気になってるんですけど、
確かにしょうごさんは1個のXのアカウントでいろんなことを雑多につぶやいてるなっていうイメージはあるんですけど、
その散らばってるのがあんまり嫌だっていう感覚が私はなくて、
私はいろんなプラットフォームがあれば、一方じゃとこにコメントをするっていうのをやってるので、
そこちょっと違うなって思って、何が嫌なんだろう。
それは結構明確にあって、これは感覚の問題かもしれないですけど、
プラットフォーム、Xはなんで大丈夫なのかって話はちょっと置いとくとして、
散らばると自分のものにならない感覚がめっちゃあるんですよね。
あー、なるほど。
なんか文脈違うけど、アンケートみたいなのも近しいと思っていて、
何かアンケートを書くみたいな自由記述欄とかあると思うんですけど、
例で出しますけど、セミナーとか講座を受けた後にアンケートみたいなのがよくあったりすると思いますと、
そこの自由記述欄とかにあんまり書く気になれないんですよ、個人的に。
それは何でなんだろうって思うと、アンケートみたいなのって、
そこに書いてイベント主にとっては非常に重要だし、そこに貢献したいという気持ちはあるんだが、
どうしてもそこに書いてあんまり自分のものにならないなーみたいな感じがあり、
あんまり書く気になれないんですよ。
それが多分さっきの話に全部つながっていて、
僕はXにいろいろ情報を載っけてるから、そこに載せることは僕としてのアーカイブになる感じがあるんですけど、
いろんなところに散らばっちゃうと、結局何かあんまり自分のものになってる感がなくて、
どうも乗り気になれないんですよね、っていうのが多分ある。
そういう自由記述のところで書くところは、
自分のローカルとかで整理して、このイベントのこの数はこうだったみたいなところを書くようにしてるんですか?
いや全然そんなことあんまりしてないですね。
単純にあんまり気が乗らなくなるっていうだけなので、
書くことは書くけど、なんか積極的に書きたいなという気持ちにもなれない。
逆にXはなんかあるんですよ。
俺の思考だみたいな感じが多分あるから、結構自由に勝手に書くみたいな。
別にこれが見られても、例えばイベント主、イベント主催者に届いてもいいし、
別に届かなくてもいいしぐらいみたいな感覚を持ってるんで、
ある程度自由に勝手に書くみたいな感じがある。
ノートでたまに僕はライブとかトークイベントとかの感想を書きますけど、
あれもすげえ勝手に書いてる感じがある。
えー、そうなんですね。そこね私と全然違うなって思って。
多分ね、俺の感覚がおかしいんだと思う、これは。
なんかそれは聞きたいと思って。
自分のまず思ってね、私は自分のものにしたいという感覚も分かる分かるけど、
それ以上にその人に伝えたいという気持ちが上回るんですよ。
なのでその人に直接書きます。
アンケートの自由記述もここが良かったとか、改善してほしいとことかもあるから、
そういうのは気付いたら書く。
だし、Twitterだと、逆に私Twitterであんまりその人に届けたいって思って書くことはなくて、
もしあればYouTubeとかDiscordで書くようにしてます。
なんかそっちのほうが、
そういえば私が書くのはこの音楽を作った人がめっちゃいいっていうときは、
YouTubeに書くと、そのMVとかに書くと見てもらえてるなってのが分かるから、
書きますね、書きますね。
あとなんか、私がTwitterに書くのは私は逆に嫌で、
それはなんでかっていうと、
Twitterでその感想をツイートしたときに、
例えばそのハッシュタグつけてツイートしたとして、
見つかったとして、そしたらその人が私のプロフィールに飛ぶ可能性があると思うんですけど、
その可能性がもう嫌すぎて、
私が個人的なこともTwitterに書いてるとしたときに、
それを見られるのが本当に嫌だから、
なんかメンバー悪いって思って、
それが嫌すぎて、もう私はほぼ書かない。
書くときは、固有名詞を出すときは絶対に届けっていう気持ちで書いてるんです。
それを外したことはないです。
私が届けって思って固有名詞を書いたとき、
ほぼ100%いいねが来ます、その人から。
そこにはいろいろと思うことはあるけど、言ってることはわかるからいいや。
ちょっと待って、今のが結構僕の中では、
結構カルチャーショックで、
それはなんでだろう。
ちょっとそもそも多分僕の持ってる感覚、
さっきの話の感覚と今のポンさんの感覚に違いがあり、
それがどういう違いなのかっていうのは、
今話せる気がしたからそれを話そうと思ったんだけど、
その前に今のプロフィールに飛ばれたくない、
自分の文脈を知られたくないみたいな、
そういう感覚があるんだろうなと思っていて、
それはちょっと今の僕の話そうと思ったこととは、
ちょっと相互が起きる気がしたんで、
そこをまず聞きたいんですけど、
それってどんな感覚かもう少し教えてもらっていいですか。
私が届けたいときに、
私がその人をいいって思った、
その情報だけを届けたいんですよ。
私が誰で、私こういう文脈を持った、
自分がこの人に対してこう思ってるよっていうの込みで伝えたいんじゃなくて、
あなたが作ったこの作品は素晴らしいですっていうことだけを、
ナチュラルに届けたいっていう気持ちです。
そこで私がツイッターで、
別のいろいろ作品がいいねって言ったこと以外のことを呟いてるんですけど、
それは見たらその人にとってノイズになるんじゃないかっていう気持ちがある。
なるほど、動機2つ聞きたくて、
1個目は、それはポムさん独自の感覚だと思いますか?
それとももう少し、例えば同年代とかに共有されている感覚だと思いますか?
どうかな、あんまり私が、あんまりちょっとわかんないんですけど、
今までこのポッドキャストを収録するにあたって、
私の周りの人に聞いたんですけど、コメントしてるかみたいな。
あんまりツイッターでコメントしてる人いなくて、
YouTubeでコメントしてるって人が多かったんですよ。
で、そこでは別に文脈運動の話には至らなかったので、
全然意図はわかんないんですけど、
YouTubeだと、YouTubeの方が届く感がある、みたいなことを言ってる人はいました。
なるほどな。
じゃあもう1個、もう1個の方を聞くと、
なんか僕の肌感は、世の中の人は知られたい欲がむしろあるような気がしていて、
プロフィールに飛んでほしいとかっていうのはちょっと置いとくとして、
なんか僕がイメージしたのは、例えば結構僕よくわかんないんですけど、
サイン会みたいなのって結構人気だなと思っていて、
そういうのってどっちかというと、私のことを認知してほしいみたいな感覚が一定あるんじゃなかろうかと思っており、
それはさっきのポムさんの文脈を知られたくない、
ただこの言葉だけが届いてほしいっていうのとはだいぶ違う感覚な気がするんですけど、
それってどう思います?
なんか多分その人は文脈があると言いつつも、
多分そのアカウント、そのある特定の作品用のアカウントを作っていて、
その作品についてしかつぶやいていない、
その作品をめっちゃマスターしている人として認知されたいみたいなのがあると思っていて、
その認知されたいっていう気持ちはわかるんですよね。
確かに私がやっているK-POPのアカウントとかでも、
それはもう雑多に書いている人ってほぼいなくて、
私はK-POPのことだけを書くんで、
ライブ行きました、サイン会行きました、グッズ買いましたとか、
本当にその自分の純粋の愛をアピールしているっていうのがあって、
そういう文脈といっても、それってオタクとしての文脈なので、
それはなんかわかるなって感じです。
私は逆に、そっちだとそうだけど、アカウントによって違うかも。
そっちだとその気持ちわかるし、そうだけど、
今の私がTwitterに載せている、ポッドキャストに載せているアカウントだと、
別に雑多のことをつぶやいているから、そこの文脈が知られなくていいやって。
でも、聞いていて思ったのは、ノイズをできるだけ排除したいみたいな感覚は、
今聞いていてあるのかなと思いましたが、あってます?
めっちゃあります。
そうなんだろうな。
そうですね。
私の感想以外のことは知られないでいいよ、みたいな感じ。
なるほどな。
なんかね、ちょっとまだあんまりしっかり来てないんだけど、
まあ、何か多少はわかった気がしていて、
で、さっきちょっと話そうと思ったのは、
僕の感覚とぽんさんの感覚は決定的に違うものがあるなと思っており、
その話を少しだけしたいんですけど、
直近読んだ記事、エックスの記事で、
クックパッドがなんでこんなダメになったのかっていう、
超威厄だけど、なんかそれについて書いてる人がいて、
めっちゃ面白かくて、結構バズってた。
読んだ気がする。
なぜか読めないのをちょっとなんか忘れた。
で、超ざっくり僕の理解としては、
だからインターネットってそもそも結構誰でも参加ができ、
自由に発言ができて開かれた場所だっていうのが、
当初というか2010年代とかの感覚だったように、
僕も思っています。
なんで、SNSみたいのも2010年代としては、
本当にいわゆるツイッターですよね。
つぶやきみたいなどうでもいいものとか、
そういったものが比較的普通に許容されていたもの。
クックパッドもその時代のものであるので、
本当に素人の別にレシピでよくて、
どっちかというとクックパッドの中で求められていたのは、
そこで発生するコミュニケーションみたいなもの。
そういう素人同士でも発生するコミュニケーションみたいなものに
価値があったんじゃないかみたいなことを書いてあったと
僕は理解してます。
ただ、2020年代になってって言うと、
そこが多分決定的にインターネットのコミュニケーションが
変わってきた感覚が僕もあるし、
その人もそう言っていたんだけど、
そこで言っていた言葉の言い方は忘れちゃいましたけど、
インフルエンサーと私みたいな、
そういう感じになってきている。
あえて言っちゃえば一対一みたいな、
今まではN対Nみたいな感じだったのが、
結構一対一的な、
そういう感じにすごくなっている気がしていて、
その世界観ではクックパッドの2010年の素人の中で
コミュニケーションするみたいなのはもはやノイズでしかなくて、
そんなのよりかは、
より専門家と私みたいな、インフルエンサーと私みたいなのが
直接ダイレクトにつながれるっていうことが、
今の結構求められている感じなんじゃないか、
みたいなことが書いてあった気がします。
僕の理解。
それは今のポムさんの感じと僕の感じに
全くフィットしていると思うんですよね。
完全にフィットしていると思う。
フィットしている。
私は全然分かっていないです。
分かっていない。
どこから分かります?逆に。
インフルエンサーと私っていうところで、
それを私とフィットしているって話ですかね。
しょうごさんとフィットしている。
ポムさんとフィットしている。
それはやっぱりインフルエンサーって言葉を使ったのはあれですけど、
要はだから、
制作者とそれを受けてっていうのが
ダイレクトにつながるっていうことに
やっぱり結構価値を持っている。
そこで感想を伝えることに
ノイズが入ってほしくないっていうことを
言ってるんだと思っていて、
そこの、
それはすごく
ぽいなと思う。
僕はあんまりそういう感覚ないんですよ。
その人に伝えたいっていうのがない?
ない。ないね、あんまり。
ただ、
ただただそこに共有するように
感想を置いておいて、
それがいつの間にか伝わっていたら
それはそれでいいなみたいな話。
そっちの方が近い。
言い方を変えると、
そもそも多分、
今までのインターネットって
不特定多数、
日暗の刑事版とかもそうだけど、
不特定多数に見られるっていうことが
大前提で、
そこでやり取りするようなもの。
単純にシステム設計とかアーキテクチャ的に
そうでしかなかったんだけど、
最近はそうじゃなくなってる気がしていて。
僕はインスタのDMみたいなのも
結構そんな感じはしてるんですけど、
結構やっぱり今は
ツイッター上、
X上でやり取りするっていうよりかは、
XのDMでもいいんだけど、
やっぱりその1対1でやり取りする
みたいなことの方が多いのではないか。
Discordも含めて。
閉じられた空間の中で
やる方が多いんじゃないかっていう気がしていて、
ちょっとどちらかっちゃったかもしれないけど、
やっぱりコミュニケーションのあり方とか
考え方が根本的に違う。
だからもうちょっと
2010年代の人は
やっぱりこう、なんだろうな。
インターネット上にこう知識があって
誰でも検索できたら嬉しいよねとか、
それが価値だよねみたいなことを
結構無批判に思っていた気がするんだけど、
なんかやっぱりそうじゃなくなってる感じが
結構すごいというか、
っていう感じ伝わります?
ちょっとどちらかとか。
伝わります。
なんかしかもそれは
世代的なものもあるけど、
多分これはヨハチュレで前話した
しょうごさんにとっての
雑魚論のところとかなり近いのかなと思って。
そうかもしれない。
私は逆にしょうごさんの方が、
私は自分のような考えを持っている方が
今の時代は多いって思ってるし、
世代に限らず
本当に誰でも
アーティストに届けられるようになったから
っていうのもあると思うんですけど、
それ以上にこの
私としょうごさんのお話の中では
そっちのしょうごさんの雑魚論の
考え方の割合の方が
高い気がするなって思いながら
聞いてましたね。
それもあるかもしれないけど、
なんか結構
世代っていうか
やっぱり時代が進んできたことで
決定的に変わってきた感覚な
気がするなっていうのを
ククバとネット読んでも思った
って感じかな。