で、多分この数回前に、私、しょうごのひとりがたりでの振り返り回を出してるんですけど、
まあそれはポムさんにはまだ聞いてないはずなので、
バイアスなしでもう1回2人で振り返りをしたらどうなるかという、
そういう感じでもありますので、興味ある方はサブも見ていただけるといいかなと思います。
はい、って感じでじゃあポムさんなんかどんな感じでいきますか?
私ちょっとね、とりあえずね、私めっちゃ考えてきたんですけど、
素晴らしい。
はい、なんか表面的な、なんか自分の身体感覚的な話でいうと、
なんかね、ポッドキャストを知らない人とやるのはむちゃくちゃ難しいなって思いました。
ははは、そりゃそう、そりゃそう、当たり前だ。
ちょっと本当に難しい、いやなんかこんなに難しいと思わなかった、逆に。
あ、そうだった。
私なんかそう、初対面の人と話すの結構好きだから、よくやってるから、
なんかその感覚でいけるかなって思ったけど、ちょっと難しかったなって。
一応話しておくと、この回、わかんない、知ってる人は一定は知ってると思いますけど、
僕とポムさんは全然知り合いでもないところから、
まあ細かいところに第2回を聞いてもらえると確か話してると思うんですけど、
そこからポッドキャストを始めてますので、
お互いのことはほとんど知らないという状態で始めましたっていう感じですね。
そうなんですよね。
ポッドキャストは定石としては、普通に知ってる人同士でやるのとか、
仲良い人同士の話を盗み聞くみたいなところでの良さみたいなのが多分あるはずで、
それとは明らかに外れたポッドキャストをこれはやっているというのが前提ですね。
そうなんですよね。
でもそうなんだ、なんか別に僕正直あんまりそんなにめっちゃ難しいなってほど難しいなと思ってないんですけど。
なんかね、これ回によるんですよ。
で、私の回によってちょっと分類したんです、自分の中で。
それをじゃあちょっと発表しようかな。
発表、はい。
私、もうざっくりね、ざっくり私の中で難しかった回と、
まあまあまあ、難しくはなかったというか、比較的難しいのに比べたらスムーズにいったなみたいな回を2分しました。
で、比較的スムーズっていうか、そんななんか難しくないなと思ったのは、
初回の3回はあんまり感じなかったんですよ、それは。
初めて視聴なんか、初めて喋るにしては、なんか喋れる話はずなのか、そんなというか話せたなみたいなところ。
で、あとは、ヨハチュウってそのなんか、結構私今これから話そうと思ったんですけど、15回周期で振り返りをした方がいいかなみたいなことも思ってて。
15回周期、はい。
はい。でも実際今そうなんですよ、袖で着てるんですよね、ヨハチュウって今実は。
ああそうなんだ、知らなかった、はい。
はい、実はなんか15回目ぐらいでちょっと1回ね、なんか2人の認識合わせをして、これからヨハチュウをどうしていこうかみたいなことを話し合ったんですよ。
で、それが15回。で、なんかそれの、あとそれを得た会は結構なんかその話を得たから、なんか自分の中でもこうしたいとか気持ちがまとまって良かったなっていう会です。
で、それ以外は結構ちょっと難しかったなっていうのがあって、そうなんですよね。
で、あと直近のこの前のホメル会とMBTIと休息は私が調子が悪いかつ準備をあんまりしてなかったので、ちょっとなんか話が始まらなかったなっていうのは思ってます。
で、で、その良くない会はちょっと私はなんかいろいろ自分の中でも分析はしたんですよね。
ちょっと待ってくださいね。1個だけ。さっきの15回周期つってるのは15回目が、えっと、2025年神ハンキーベスト音楽のこの3編で、で、16回目が初対面は人見知りフレンドリーどっちってところだから、ここでちょっと趣向を思い切り変えてるってことですね。
ちょっとなんかたてつきを変えたので、それですね。で、30回目っていうのは、この前メモフリートさんからめっちゃ嬉しいお便りいただいたんですけど、
このヨハチュールでは私がね、マニフェスト宣言をしたっていうふうに、私の発言を読み取ってもらって、私の発言に新しい意味を浮遊してくれたってことが本当に私はありがたかったんですけど、
それに対して、なんか私の気持ちも1個変わったんですよね。これに対して、ヨハチュールに対して、こういうふうにやっていこうみたいな。だからそれが今なんか15回周期で来てるんですよ。
なるほどね。あれですね、メモフリートさんのやつはDiscordで書いてくれたやつですけど、まあ褒めるの回、褒めると存在承認の違いみたいな回の中で、
ポムさんが、この間全然褒めるの話しなかったんですけど、なんかいろいろあってしなかったんですけど、最終的にポムさんが結構たどり着いたところはマニフェスト的だったんじゃないかって、
メモフリートさんが言ってくれたっていう。なるほどね、その解釈はしてなかったけど、面白いなと思ったっていう話です。
そうなんです、そうなんです。
なるほど。
そういう感じで進んでいってますと。
はい。
なんかそんな感じで、振り返りを15回周期でやれたらいいなってことで、今回そのちょうどね、それを得た後での30回前後だから、いい機会かなって思ってます。
なるほど、はい。
で、ちょっとね、なんかどこから話そうかなって思うんですけど、なんかその、ちょっと後々そのニハチルの設計的な話もしたいなって思ってて、
あんまり良くなかったっていうか、難しかったなって思ったところが、なんか要因がね、いろいろあるなって思ったんですよ。
うん。
で、なんか私がね、すごく単純な要因としては、私はやっぱり準備をした方が良いのだっていうことを、
へー。
うん。
へー。
なんかそれがね、なんで思ったかって言うと、最初はその準備をせずに、ここでなんか立ち上がるものを見たいみたいな気持ちがすっごいあったんですよね。
で、と思ってました最初は。
で、えーと、私そのなんか準備をやるやらんっていうのが結構自分の中で何回か変化したんですね。
最初はやらない方がいいって思いました。
で、次になんか、やらない、やらないでやってきたから、あ、じゃあそのベスト回の時に準備を、じゃあ今回なんかやろうみたいな。
えーと、それは自分が話す、自分がなんか手動で話す場でもあったから、
ベスト回は振り返りだから、なんかある程度は準備しとかないと話にならんって思ったので準備をしました。
で、その結果があんまり良くなかったなと思って、準備をしたらなんかプレゼン的になっちゃったんですよね。
そうですね。
いっぱい飛ばしちゃったから、それがほんと良くなかったなって思いました。
だから、えーと、だからこそ私はその後準備をあんまりしないっていうので、やっぱりなんかそこで立ち上がるものを見ようみたいな感じになったんですけど、
なったんですが、やっぱあのなんかMVTI会をやった時に、なんか調子が悪いかつ準備をほんとにその時はしてなくて、
もうなんかざっくり、自分はなんかざっくりっていうのでもないな、ほんとになんかほんとに準備をしないっていうのはほんとに考えないってことなんですよ。
それやっちゃうと、それやっちゃうとなんか会話になんないなって思って、
なんだろうな、私はそもそもなんか自分の中である程度の当たり前を洗い出しておかないと、なんかその、
自分が考えているってことを洗い出した上で、そのね、しおうさんと話して、考えが変わるとか、こういうなんか新しいに到達するとかはすっごい良いなって思うんですけど、
なんかその、まずさ、その当たり前を表面化させるっていうのが会話の中では到達しにくいって思ってたんですよね。
一つはですね、その当たり前に到達するには会話を重ねないといけないし、会話を重ねないといけないけど、ある程度自分の中で事前に当たり前が掘り出せるなら、
それは掘り出してから臨んだ方が、もうちょっとなんか豊かな会話ができるし、その当たり前を掘り出す時間っていうのは自分でとっておいた方が、そこで2人で話す中で掘り出すのももったいないなって思ったんですよね。
あともう1個は、本当に本当になんか自分が知らない間に内面化してしまっている規範っていう意味の当たり前っていうのに、もしその会話の中で辿り着いたとしたら、私はこの前の褒め会みたいにフリーズしちゃうなって思って、
それはなんか、ちょっとなんか対応としては言ってないんじゃないかみたいな。あの間はあの間よりめちゃくちゃ良かったんで、私は良かったなって思うんですけど、なんかそういう状態だなって思ったので、私はやっぱりなんかこの褒め会っていうのは自分の中で洗い出した上で望むものだと思って、今回その今日撮ったんですけど、それは自分の中である程度洗い出した上でできたので、それはまあ良かったかなって思ってます。
その点で、なんかその2人で話すことで初めて到達できる地点っていうのを私は見ることにめっちゃ興味がありなって思いました。
なるほど、共有会というか。なんだろうな、聞いていて思ったのは、だから前提として僕は本当にここ、さっき言った15回以降はほぼほぼ準備してないと言っても過言ではないと思います。
テーマだけ決めて、準備してないんですけど、まあでも多分ちょっと違いは、僕は準備はしてなくてもなんとなく考えてることはあるので、それで話すことはできてるのかなという感じが、もしかしたらポムさんとはちょっと違うのかもと聞いていて思いましたかね。
ショウさんって多分本当にずっと考えてるんだろうなって思ってて、で私は逆に考える機会がないと考えないなって思ったんですよ。
前なんか超相対性理論で渡辺さんとか深井さんは、自分は話してるときじゃないと考えないって言ってて、話せないと考えないって。それは私はちょっとわかんないんですけど、私はなんか話しながら考えるっていうのはちょっと苦手ではあるので、それはわかんない。
その機会がないと考えないっていうのは私はすごく思ってて、なんかショウさんって私のすごいイメージなんですけど、いつでも考えてるみたいなことがあるんですけど、私はじゃあものを書きますとか、こういうふうに話しますとか、そうじゃないと真剣に考えない。それ以外は逆になんか自分のストップさせておきたいみたいなところはあるんですよね。
なるほどね。なんか前回言ってると思いますけど、多分僕はずっと考えてるタイプなんだろうなと思うし、ここ数年はそれが加速してるかもしれなくて、喋ってないかもしれないけど、Xに書いた記憶はあるんですが、なんか前の会社の上司と話してて、その上司は僕はすごいすごい尊敬してるしすごい優秀なプレイヤーだったなと思っていて、
なんか僕からするとその上司もすごいいろんなことをよく考えてる人だなと思ったんで、なんかいつそんな考えてる、しかもめちゃめちゃ忙しい人だったから、いつそんな考えてるんですかって言ったら、考えてるっていうか、パソコンでいうバックグラウンドで処理してるみたいな感覚はずっとあるかもみたいなことを言っていて、それは僕の中でめちゃくちゃ風に落ちたというか、
なるほどねって思って結構意識してるかもしれず、意図して考えるっていうよりかは何かテーマなりなんなりは自分の中に持っておいて、それをバックグラウンドで意識せずとも処理、施行してるみたいなことはあるのかもなという気が最近してますかね。
あ、そうなんだ、なんかちょっと話ずるいけどそこちょっと深振りたいって思うんですけど、意識せずとも考える、感覚がちょっとわかんなくて。
なんだろうね、これなんか言語化できないかもな、なんかわかんないけど、でも、わかんないけど、まあでも、あれ、なんかまあめっちゃ売れた本で思考の生理学っていう本があった気がします。
そうそうそうとかも言ってたと思うんですけど、なんか思考を熟成させるみたいな考え方は僕ずっと好きなんですよね。なんかこう置いとくみたいな感じ、わかんないこととかも、なんか考えるってよりかは一旦置いとくと、なんかいつの間にかそれがこういうことだったかもって思う時が来たり、
なんか一目にしたものとか、なんか聞いたものを見たものがそれとつながるかもって思ったり、みたいなことはあると思っていて、それも一緒のそのバックグラウンド処理かもなぁと思ったりしますけどね。
そうなんだ、その本読んだけど、そんなこと書いてたって今。
確かね、書いてあったと思う。熟成させるみたいなことは言っていたと思いますね。
卵読みたいなこともあの人は確か肯定してたと思いますけど、それもいろんなものをとりあえず入れといて、そしたらそれがいつの間にかちょっと違うものに変わるみたいな、そういうことを肯定的に捉えてた人だったんじゃないかなと思うので、そういう感覚をずっと持ってます。
しろくじ中、これとこれを結びつけて考えてるのかなという印象があったんですけど、そうじゃなくてストックだけはとりあえず置いておいて、ある時何かを起点にしてそれがつながるとか、そういう感覚なのかな。
それはそんな感じかなというのと、あえて言えば、僕はなんか全く根拠はないですけど、睡眠学習みたいなのが結構あるんじゃないかなと思っていて。
とりあえず頭の中に入れといて寝ると、なんか変わってるかもなって感じは。別にそれが実態としてこういう例がありましてとか言えないんだけど、なんかそういう感覚はあるから、やっぱりその例は一つの例かも。
ですね、実際その夢っていうのは思考を成立しているものというのがあるので、私はそういう学説はありますね。
だからなんかそういう、僕はだから意図的な、ちょっとパオさんがさっきどういう準備をしてるのかっていうのは聞こうと思ってるんですけど、その意図的にこう考えるみたいなのは、
まあでも仕事の時はするか、仕事の時は資料を作るんだったら、一旦じゃあこういう感じで作るかとかって考えることはあるけど、でもそれでも俺も仕事資料を作るときとかも、例えば1時間で資料を作りきるみたいなことはほとんどしなくて、
なんかとりあえず5分とか10分でアウトラインだけ作って、一旦寝かしといて、なんかまたちょっと別のタイミングでそれを肉付けしてって、ちょっとずつ作るみたいなことはよくするんですよ。
はい、あ、それは私も同じですね。全く同じだ。
でもそれは、なんか意図して考えてるっていうよりかは、なんとなくこう、まあ最初に考えたことはあるけど、そこから先はなんかちょっとずつこう勝手に出てきたものをうまく肉付けしてってるっていう感覚なんだよな。
うん、あ、わかりますね。それちょっとなんか休む回のでも話、ちょっと通じるんですけど、なんか仕事をやっていて、その時間内で何かアイディアがふわーって浮かぶタイプではなくて、
まず時間を置いて何かしら触れることで、それがアイディアとなって、なんか自分の中に、なんかちょっと使い方しとって変換して、それを資料に残し込めるみたいなのが私もあるなぁ、すごく。
そこはじゃあ似てるんだろうな。そうした時にぽんさんが言ってる準備ってどんなことしてるんですか?
えっと、準備は、私がなんかそもそもこれに対してどう思ってるかみたいなことを、ちょっと待って、ちょっとまとめよう。
準備は、なんか自分のいろんな感じ方のレイヤーがあって、そのレイヤーごとに何を考えてるかっていうのをざっくり用意しておくって感じかな。
例えば?
例えばスポーツ界だったら、自分は結構その感覚っていうのをレイヤーで分けています、自分の中で。身体感覚があって、感情があって、ロジックがあって、想像があってみたいな。
で、それに対して自分が何を思うかっていうのをざっくり考えるとかね。
そこはなんかごっちゃにすると、分からなくなっちゃうって感じかな。
まとまらない話をしていても、今って自分ってどのレイヤーの話してるんだ?って分かんなくなっちゃうから、
それは最低限洗い出すと、結構スムーズに情報が出てくるなみたいなのは実際思いましたね、さっきスポーツ界やってて。
へー、面白い。その感覚が僕には全くないかもしれない。
あ、そうなんだ。
なんかレイヤーっていう感じで考えることはないかな。
そうか。
なんかもうちょっと違うかもな。
なんかどっちかというと、あるとしたら観点の違いっていう言い方の方が僕の方が分かりやすい。
いろんな人がいろんなことを考えてるはずで、こういうタイプの人はこう考えるであろう、こういうタイプの人はこう考えるであろう。
じゃあ自分はどう考える?みたいなことは頭の中で考えてるかもしれないけど、感情とか身体みたいな感じでのレイヤーでは考えたことないかもな。
へー、そうなんだ。今ちょっと質問がかかったんですけど、どのタイプの人だとこういう考え方をするみたいなのが生活の中にあるってことですか?
いや、ないですね。それも多分物によると思います。
スポーツ界だったら、スポーツがそもそも好きじゃない人はどう考えるんだろうとか、さっき言ったスポーツをよく見る人。
だから例えばそもそもJリーグ、地域にチームがあって、その人、そういうのを応援してる人はどういうふうにJリーグというものを見てるんだろうとか、
それは物によっていろんな切り口があると思うから、それはなんとなくパッと思い浮かぶもので、いくつかのパターンで考えるってことはしてるかもなーって感じ。
あー、その人なんか属性ごとに考えるって感じなのですかね?
属性かもしれないね、言い方を変えれば。
それに対して何らかの仮説を持っていくみたいな感じなのかな?
自分が持っている情報の中で、おそらくこういうふうに考えるんだろうみたいな仮説を持っていくっていう感じかな。
なるほど。
なんかね、そうしない、それはなんでそうしてるって聞かれると難しいんだけど。
でもなんかやっぱり、結局自分の現在地を把握するには、他の情報がいろいろある中でどこに位置づけるかっていう話な気がするから、
いろんな考え方があるはずだよねっていう、そのいろんな考え方っていうのを少し整理するために、
しょうごさんはレイヤーなのかもしれないけど、自分はもう少し人とか具体のイメージをした上で、そっちをベースに考えるっていう感じかな。
違いますね。今聞いて思ったのは、しょうごさんは比較的外部との比較をしながらやってる。
そうかもね。
私はあんまりそれじゃなくて、自分の内部のレイヤーの違いって感じ。
そうかもね、そう整理するのは結構合ってるかもしれない。
そんな感じだ。へー、なるほどね。
私はしょうごさんと一緒にいる、結構また別の考え方が出てくるかもしれないし、しょうごさんもちょっと考えてみると面白いかもしれない。
そのレイヤー的に。
そうですね。
何の話だったっけ?
何の話だったか分からない。
飛んで行っちゃったの?
飛んで行っちゃったって話か。
レイヤーの話だったんだけど、まだ振り返りの話を戻すと、何か準備してきたことはあるんですか?他に。
他に準備、そうそう、今回のね、今回の他に準備してきたことは、
私はね、これをPodcastを通して、私が会話をどう考えているのかっていうのを改めて今回考えたんですよ。
へー、なるほど。
なんかそれがね、ちょっとそれは面白いというか、私の中でそうなんだって納得に落ちたんですけど、
なんか私がその会話をやっていて楽しいなって思うところがですね、
これは私はそもそも会話以前に何がなんか自分の中で人生の興奮かっていうと、新しい自分に出会った瞬間なんですよ。
これはもうなんか変わらないんですよ、ずっと。変わらないっていうか、ある時芽生えたかもしれないけど、
なんか自分の無意識に気づきたいとか、あとはなんか私はなんかその他者から言葉によって殴られたいみたいな気持ちがあります。
なんかね、小説をね読んでいて特に思うんですけど、なんか小説のそれを目的で読んでるってところはあるんですけど、
なんか自分のその新しい自分に出会うっていうのは何が起点になるかっていうと、他者との差異なんですよね。
それをなんか得たいなっていうのがあって、私はなんかそれを感じ続けたいみたいな気持ちがあるなっていうのを自分の気持ちを深くっていく中で感じました。
で、ちょっと思ったのは、なんか私は人の話を聞くのが好きなんですけど、
それってなんか実際なんか自分の話を聞くことで内部にどういうのが生まれているのかって思ったんですけど、
それって話を聞いて、この人と私はこれが違うんだみたいなことを、
その差異を確認しているみたいな、それを確認し続けているんだなみたいなことを私は思ったんですよね。
なので、それをするために自分の中にある当たり前だと思っている自分が今無意識化に沈み込んでいるけど、
それを言葉にして自分が意識をしておくことで、その当たり前を洗い出すっていうことで、
他者の情報を取り入れたときに、なんかここは違うなみたいなことに気づけるから、
それを洗い出す作業っていうのはすごい大事だなって、やっていきたいなって思ったからですし、
でも私がそれを行き着いてすごく思ったのが、自分の中で話をしていて、
差異を感じることがすごく楽しいって思ってるんですけど、私はおそらくそれをあんまり出せてないなって思ったんですよ。
それを出さないと、出すことで次のまたそれを聞いている相手の言葉が引き出せたり、
そこからまた新しい差異が生まれるなみたいな、そこのなんか循環を生み出していきたいって、
そのためにもその差異を感じたときに、それを言葉にするってことを私はもっとやっていきたいなってことを
私はさっきのスポーツの話もそうなんですけど、
自分の感情とかをダイレクトに出すっていうのがしにくいんですよ。
他の人と比べてみてて。
感覚が思ったことを出しにくいみたいな。
うまく言ってもできないんですけど。
絶対自分の言葉に置き換えたら出るみたいな感じ?
今聞いていて思ったのは、僕は違和感とかを表明するのの達人の一人が渡辺幸太郎っていう人だと思っていて。
あの人の違和感の表明の仕方のトーンとかニュアンスみたいのは毎回毎回すげえなって思う。
それはあれなのかな?
自分で言うのもあれだけど、自分自身はそういう違和感を表明するのは比較的できる方だと思っているし、やってる気がする。
もしかしたら世の中の人はそういう筋肉があんまりないから、そもそも難しいのかな?
そんな気がしていて、私は。
やっぱり日本人的な思想はあると思うんですけど、
違和感を表明せずに自分の中で留めておいて、そのことで場を円滑にするとか、そういう精神性があるじゃないですか。
あるという言い方はあると思います。
その中で生きていると、やっぱりそっちの方が美徳で、そっちの方が良いではないんですけど、
集団にとってそっちの方があった方が良い規範みたいな意識はあると思うんですけど、
その中で生きていると、やっぱり違和感を表明するための筋肉が衰えていくみたいなのがあるのかもしれない。
今の話は、聞いていて思ったのは、数回前のなすびさん回で話していた、
自分が本当に持っていることというよりかは、社会的に容赦されることを言っちゃうみたいなのとも通ずるところはあるんですか?
通じると思いますね。
完全に一とは言えないと思うんですけど、
結構、社会的な規範を内面化してしまうっていうところはあるんだと思いますね、私自身。
普通の人って言い方は言うことないかもしれないけど、そうなんだろうな。
だからずっと僕が違和感なのは、会話とかをしてても噛み合ってないけど会話を進むとか、
それは仕事もそうだし、仕事業もそうだと思うんだけど、そういうので、
全然会話になってない気がするが、何で当人たちは自然と話ができてるんだろうみたいなのがすごく気になっちゃうんだけど、
当人たちはそこに対して感覚がそもそもないし、自然と自分の中で良きように解釈して進んでるんだろうなって感じなのかな。
そこの、多分、違和感を感じることそのものがノイズになっちゃうから、それを無意識に避けたくて、
自分の中で整合性を取るっていう作業をすごくやってるんだと思います。
認知的不況みたいな話なのかもしれないけど、そうなんだろうね。
そうな気がする。やっぱりだからこそ、それは、それをしない。
違和感を表明するっていうのを、このポッドキャストでやっていきたいというのは、私は改めて思ったって感じかな。
うんうん、そうね。それは良いと思います。
そうなんですよ。なんか、そう、私は際を感じて楽しくて、楽しいんですよ、私はね。
それは、それって結局楽しさが自分の中で閉じていたの?みたいなことを思って、
これを投げかけると、もうちょっと話が進むな、みたいなことを考えたので、
これをやりたいなと。
いいと思うというか、僕の最初の初期の構想というか、今もそうだけど、やっぱりそれはそういう話だと思うから、
いいなーって思うかな。ちょっと僕の話をすれば。
だから、ひとりがったりの回でも話したことにちょっと近いんだけど、やっぱなんかね、世の中、いいんだと思うんだけど、
なんだろうな、違和感を表明するとか、そういうものよりかはもう少し滑らかに、
どちらかというと2人で話すんだとしたら、その2人の話してることが、お互いを駆動させるというかスピードアップさせるというか、
なんかドライブさせるというか、なんかそういうものがやっぱ増えてきてる気はするなぁと思っているんですけど、
やっぱこのPodcastではそうじゃないことをやりたいとずっと思っているので、
なんか今言ってくれたような話は、僕としてはすごくしっくりきている。
で、ちょっと話外れるんですけど、最近見てよかったYouTube動画の一つに、
宇野恒弘さんと野村孝文さんが話してるPodcastの時代を迎え撃つためにやっている話で、
正直別に中身はあんまりちゃんと聞いてないって言うと怒られるんだけど、
なんかあんまりあれだし、別に話してること自体にめっちゃ資差があったかっていうと、そうじゃないんだけど、すごくよかったなと思ったのが、
結構序盤に宇野さんが今日語るべきことは、なんでYouTubeじゃなくてPodcastなのかっていうことを問いかけて、
そこで野村さんがめっちゃ詰まってる感じがしてる。それに対してどう回答すべきかっていうのをすごく春秋してるし、
だからそっから先はずっとそういうトーンで話が進んでて、と俺は思って、
かつぶっちゃけあんまり会話がかみ合ってる感じがしなかったんですよ、僕からするとね。
なんだけど、やっぱこういうのが僕はいいなとすごく思ったんですよ。
なんかめっちゃ多分野村さんは、僕これ勝手な解釈だけど、おそらくいろんなメディアで話してる、
今なぜPodcastが人気なのかどうすればいいのかみたいな話をしようと思ってたんだろうなって思うんだけど、
宇野さんからされたアジェンダ設定がちょっと想定外だったから、
何を話すべきかみたいなので、ある意味困ってたんだと思っていて、
この感じがコンテンツとしていいのかどうかはちょっとさておき、僕としてはめっちゃいいなと思って、
こういうのがいいなぁと僕は思ったので。
うち気になるなそれ。
これはめっちゃいいなと思ったんだよ。
編集もあえてしなかったのかもしれないけど、
なんかねすごい普通に野村さんが黙ってる時間とか普通に数秒残ってたりするから、
多分普通のPodcastだったら切るんじゃないかなと思ったんだけど、
なんかねその感じとかが残ってて、いいなって思ったんですよね。
いいですね。
私もそこにめっちゃ良いなって思うタイプなんですよ、私は。
それはなんだろうな、でもそれはなんか一般的に起きるとかもう考えないですね、私は。
そうなんですよね。
ちょっとなんかその設計的な話をするとですね、
私が考えてる中で、これが理想だなみたいな思ったんですけど、
まずは話していく中で、私の何かしらの差異が自分の中で生まれますね。
その後に意見が変わったりっていうことは全然あると思うんですけど、
最後に新しい問いが生まれればまたそれはそれにすごく良いなって思って、
それが自分の中で目指すところかなみたいなことを改めて思いましたね。
で、なんかその中で解決しなくても全然いいみたいなことを思って、
それは最初から言ってたと思うんですけど。
どうする?
それを改めて思ったかな。
その後思ったのが超相対性理論の最近の回で、
誰だっていけなーって思った。
重力になったかな、ちょっと待って。
ちょっと調べてほしいんですけど、なんか西洋OSと東洋OSみたいなことを話して、
その時に4回なんですけど、最後にまとまらなかったんですよね。
まとまらなかった。
あったかもね。
そうそう、その3方も全然答え出なかったねみたいなことを言ってたんですけど、
それがすごい良いなって思ったんですよ。
超相対性理論ってそもそもなんか答えを、
微薄な答えは出さないんですけど、
その中でその、まあ、
順々というか、これこんなんじゃない、こんなんじゃないみたいなことを話すのがすごく良いなって思ってるんですけど、
その中でも、実際最後の答えはです。
これまた考えていきましょうみたいな、落ち着いたんですけど、
このヨハチュールでも、なんか答え出ないけど、それが出ないことがまた新たな問いを生み、
それをまた別の回で考えるっていうのは、なんか続けばすごく私は良いなって思ってるんですよね。
そういうことをやっていきたいなってのを思いましたね。
いや、いいんじゃないですか。全く同意というか。
まあ、やっぱり超相対性理論って変な番組だなって最近も聞いて思ったっていうか、
なんかちょっと違うんだよなと、あの番組。普通の最近のポッドキャストの感じでちょっと。
私が思ったのが、私はこれをなんか当たり前のようにめっちゃ良いと思って最初から聞いてたんですよ。
けど、なんかハッとしたのが、この番組に寄せられたお便りで紹介されてたのは、
なんかこの番組って、なんでこんなふうになんか答えもなんか出ないまま、
なんかその、ああだろうこうだろうって、なんでこういうふうに話してるんだろうってお便りが来てて、
そういうのが疑問だったらしいんですよ。
でもその人は、ある時、これってその話す順番の過程に意味があって、
そういうふうに迷いながら、寄り道しながら話すことが楽しいっていうことが分かって、
で、それが分かって初めて、この番組の良さが分かりましたみたいなお便りをしてる人がいて、
あ、そうなんだって。そういうふうに思うんだって。
私はびっくりして、やっぱなんか、他の人ってそうなんだって思ったんですよ。
それが当たり前すぎて、あんまり考えたかったっていうか、自分の意識の上に浮上してなかったんですけど、
それがやりたいということを改めて、私は今また宣言したいと思いました。
そうなるとおりなんじゃないですか。やっぱりなんか、解を出すみたいな、分かりやすさみたいなのに寄っている中で、
その中でも、あえてこういうことを使えば極差というか、かなり分かりづらさみたいなものを重要視しているのが、
超操作体制理論だと思うし、
危機解解とかも比較的、その春秋みたいなのを出しつつも、
でもあれは結構解を出すことにもこだわってる気がするから、中道、中道だなって感じがする。
だからそれが人気を削してるっていうのも、なんかまあ時代っぽいなという感じするじゃん。
そう、危機解解はそこが好きなんですね、私。
そう、答えを出すのも好きだけど、やっぱずっとなんか悩んでて、ずっとなんかフラフラフラフラしながら喋ってるのがめちゃくちゃ良いなって、
その奇跡が記録されてるし、その2人が話すことで、それがなんかこういうことかなみたいな、こういうことかなみたいなことを、
なんか永遠にやってるのはすごい好きなんですよね、私は。
いいと思います。やっぱりそういうところがやっていければ。
でもやっぱりそういうのがいいと思っている人は絶対いるはずだし、
これからもっと重要になるでしょうみたいな話も僕としてはあるので、
そういうのがやっていけたらいいんじゃないですかね、と思いますかね。
ちょっと待って、私あともう1個話したいことがある。
どうぞ。
私にとってのその幸せっていうのが、そのなんか才を生み出すって言ったじゃないですか。
はい。
考えてたんですよね。
で、翔子さんの良しとするものは想定外のものを生み出すってことじゃないですか。
で、そことのマッチングにはしなくてもいいんですけど、どうやったらできるのかなみたいなことを思っていて、
最終的にはね、私が思ったのが、翔子さんがこの前ツイッターで、
超相対性理論の渡辺さんのこの発言が良かったみたいな感じで、
言ってたのが、アンチテーゼを提唱できない人が人体図に至れるわけがないみたいなことを言ってて、
それは良いなって思ったんですけど、覚えてます?この話。
全然覚えてない。
全然覚えてないって。
覚えてたんですよ。で、その時に私の解釈は、翔子さんにとっての想定外っていうのは、
この話がぶつかり合った中で、ぶつかり合った上でその発言が、
その講師の意見に浮かぶみたいなところに面白さがあるのかなって思ったんですよね。
私のイメージとしては、それが発言が水平にきて、それが垂直に上に向かっていくようなイメージを持ってたんですけど、
私はそれよりもっと採用が循環することに楽しさを覚えるみたいなところがあったから、
これ本当は私の解釈前提で話してるから、翔子さんがそうとはわかんないかもしれないですけど、違うかもしれないですけど、
そこの、それってどういうふうにマッチングしていけるのかなって、みたいなことを思ったんですね。
はいはい。
思ってて、それの中で、自分の中で答えてるかって聞いたんですけど。
そうですか。
そしたら、私が採用を提示すること自体が、その人にとっての人体制になるから、違う、アンチテーセになるから、
それでいいんだよって、私が採用を提示すれば、話は進んでいって、その価値観同士はバッティングしないよみたいなことを、
チャッピーが言ってたから、なるほどなみたいなことを思ったって話。
なるほど、ちょっと待ってね。まずもって、もしかしたらポムさんは俺のツイートを勘違いしてるかもしれなくて、
今調べたけど、アンチテーで云々みたいなツイートはなさそうだから、何を見たのかわかんないけど、
でも間違ってはないと思うから、それはよしとしましょうと。
で、もう一個は、チャッピーはやっぱり優秀だなと聞いていて、おっしゃる通りで、
普通に生活してて、ポムさんはさっき言ってくれた通り、
なんかその考え方違和感なんですけどみたいな話って、ほとんどできないと思っています。
仕事の場ではあるかもしれないけど、それはあくまで仕事上のロジックの話であって、
もう少し深いレベルでの思想とか考え方とか、そういったものに対しての会話なんてする機会はほとんどないと思うから、
それだけでもポムさんが何らかこういう違和感を提唱してくれるということは、
僕としては想定外なので、チャッピーおっしゃる通り、それだけでもいいなと思いますし、
もう一個言えば、ポムさんが意識的にやってるのかわかんないですけど、
たまになんか持ってきてくれる、周りの人に聞いてみたんですけどみたいなのは、
すごい面白いなと思っていて、よくそんなことできるなと思うし、
僕とは属性が違うような人たちでしょうから、そういう人たちがどういうことを考えているのかっていうことを知る一端にもなるので、
そういうのが面白いなと思いますけどね。
いいですよ、私もこれすごい自分も面白いなって思ってて、
これ、ポッドキャストがなかったとしても私は聞くんですけど、
ポッドキャストきっかけで、今度はスポーツの話をするから、他の人に聞いてみようみたいな感じで、
今回聞いてみたんですよ。
それが私は全然全くストレスなくいけるとか、
それが自分にとっても楽しいから、それは良いし、
ポッドキャスト、これからもポッドキャストきっかけで、他の職場の人に聞いてみたとか、
ポッドキャストにとっても良いし、私の職場の人との関係ができるっていう意味でも良いから、
20人、30人良いから、すごい良いなって思ってる。
それは良いし、それ多分特技じゃないですかね。
あんまりできる人いないと思う。
本当ですか。そうなのかな。
それは人の話を聞くという、
それは抽象化しすぎてるけど、その中での何かのスキルがたぶん長けてるんだと思うので、
そうですね。
それってやっぱり努力で維持されるものだと私は思うから。
そうだと思いますよ。
そこに対して努力のリソースをどこまで差付くかみたいな言い方をしてもいいのかもしれない。
だからそこに割り振る努力の感じがあんまり僕は割り振れてないなって思うかな。
なるほどね。
それを何かやっていきたいなのは?
もちろんありますよ。
全く意識してないとか努力してないかと言われればそうじゃない気もするんだけど、
まあまあなんか、
すごいそういう、なんていうかね、
友人、知人が多い人はすごいなと思います。
だからそういうのをちゃんとやってこないとそうはならないだろうなと思うから。
別に友人は多くないですけど、知人が多いっていうのはそのおかげかなと思って。
それ何が障壁になるんですか?
ちょっと待ってすごい話があるんですけど。
何が障壁なの?
意外と人って全然話聞いてくれる。
障壁とかじゃないんだと思うよ。
さっき言った通りリソース配分の話であって、
それを優先順位としてどこまで位置づけるのか。
ちにこ前に言った話をすると、
例えば映画を見るとか本を読むとかとそれをするっていうのの
どっちを優先順位を高くするかっていうただそれだけな気がする。
そっか。
あんまり優先順位の感覚が私ないんだよな。
それはもしかしたらそうかも。
それはぽんさんは聞いてるとそんな若干あるのかもしれないね。
それはどこかで話したいキャパ問題とかと話があるかもしれないけど。
キャパシティー、少なくとも僕は今普通に仕事をして、
読みたい本があってとかそういうのの中で
普通に自分キャパオーバーだなって思ってるから
その中で何を捨てるか、家事をやるとかそういうのも含めて
何を捨てるかみたいな話を考えざるを得なくて
なるとそこに対してリソース作みたいなのはあんまりできてねえなって
やっぱり思っちゃう。本も読めてないしみたいな。
なるほどね。
なるほどな。あんまり私はそれ自体を全てをお台所上に並べて
何かがトレードオフみたいな考えをしてないのかもしれないな。
わかんない。
それはね、すごい。それはそれですごいっていうか。
でも多分ね、自然と何かがトレードオフにされてるんだと思うんだけどね。
いや、多分自分が気づいてないだけかも。
そういうことをキャパ論で話そう。
そうそう、キャパ。そういうのは結構今の話な気がしてきており
キャパという概念が気になっています。
なるほどね。
うん、これはちょっと何かいろいろ話せそうだな。
うん、そうね。何か1個だけ話しとくと。
何かね、僕がずっと思ってるのは何かね、仕事の話なんだけど
仕事が優秀な人っていうのはいっぱいいると思います。
ただ、何かこれも大きく2つに分けられると思っていて
すごい優秀な人でも逆に仕事をめちゃめちゃ抱えすぎて
締め切りは過ぎちゃうとか、そういう人もいると思うんですよね。
ただ、あまり抱えている量がめちゃくちゃ多いから
最終的なアウトプットとしてはすごい良いというか
量とかも含めた上ですごく良くて評価されるっていうパターンと
抱える量は多くないんだけど1個1個をちゃんとこなすみたいなタイプ。
締め切り。大きく2つに分けられると思っていて
僕は明確に多分後者なんですよ。
電車の人のタイプが分からなくて
ネットとかも多分キャパロンとして語れる気がする。
なるほどね。
ちょっと今、自分がどっちだろうと考えてよく分かってないんだけど
ちょっとそれは面白そうな気がする。
それはちょっと考えてみると面白いかもしれない。
じゃあ、他話しておくところありますか?大丈夫ですか?
大丈夫かなって感じですね。
とりあえず振り返り会だったね。思ったよりも長くなり
思ったよりも違う話をいっぱいした気がしていて
これはこれでいいかなと思いますが
実は僕はヨハチュル始めてから
金曜日朝5時を1回も落としてないことに結構価値がある気がしていて
継続に価値がある。
これは1回も落としたくないなって今思っているので
落とさないようにしたいです。
ただスケジュールが合わないことも多々あるかもしれないので
その場合はお茶にごしをして
それでも金曜日朝5時に出すことに意味があると思うので
それをやりたいなと思うので
来年もそんな感じでやっていけたらなと。
やっていきましょう。
その後にさっそくオムさんの一人語1回を入れたいなと思うので
ぜひ。
民宿を巡る旅をね。
そんな感じでいきたいなと思います。
じゃあ終わりますか。
ということで今回はここまでです。
ヨハチュルではDiscordに行って2人の放送後の感想を書いていたり
エピソードの中に出てきた参考リンクを載せていたりします。