1. 余白のエクリチュール
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2026-01-09 24:11

四国 美意識をめぐる旅~ぽむ1人語り回~

#35 / 2泊3日の四国旅行 / 美意識をめぐる旅 / 美学と芸術哲学の違い / ベンス・ナナイ『美学入門』 / 対象ではなく経験の仕方 / ショパンの原体験 / 感性と知識の相互作用 / 個人性の発露としての美 / イサム・ノグチ美術館 / 魚豊さんのベストバイ(「あかり」は室内のインテリアとして紹介) / 新見隆『イサム・ノグチ 庭の芸術への旅』 / モダニズムとポストモダン / ホワイトキューブ批判 / 運動的な舞踊身体 / 評論と記録 / 鷲田清一 / 『白い巨塔』の江口洋介はかっこよすぎる / 『今ここにある危機と僕の好感度について』 / 庭としての芸術 / 作品と空間の円環 / 地中美術館 / 杉本博司の時の回廊 / 安藤忠雄建築 / 均質性と管理 / 閉じた空間の美しさ? / クロード・モネ「睡蓮」 / ジャクソン・ポロック「ナンバー・ペインティング」 / 表象の解体 / 抽象の行方 / アートと制度 / 教育と資本 / 村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』いるかホテル的世界 / 豊島美術館 / 渡邉康太郎『コンテクストデザイン』 / 思索を起動する装置 / 人間は境界線にいたい? / 規範と逸脱 / 無意識との対話 / 自然と人工 / 調和概念の再検討 / 数学と情緒 / 森田真生『数学する身体』 / 岡潔『春宵十話』(「しゅんしょうじゅうわ」でした)/  布施英利『美の方程式』 / 調和ってなんだろう? / 美意識とは更新され続けるもの / あなたにとって美しさとは何か


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▼「余白のエクリチュール」(通称:よはちゅる)とは?

異なる時間や場所を生きてきた2人が、まだお互いをよく知らないところから始めたPodcast。

発信が溢れる時代だからこそ、“聴くこと”に価値を置く。様々なテーマの感想や解釈を起点に、埋まりきらない“分かり合えなさ”さえも楽しむ余白をあなたも。


▼クレジット

やぎしょーご Shogo Yagi @sho5_midday ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://x.com/sho5_midday⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠

𝑃𝑜𝑚𝑃𝑜𝑚 🍮@pompomreading ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://x.com/pompomreading⁠⁠

サマリー

ぽむは四国を2泊3日で巡り、自身の美意識を再発見する旅について話します。高松の勲野口美術館を訪れ、美がどのように感じられるかを考察し、芸術と空間の関係にも触れています。四国の美術館やアートを巡った体験を語り、特に直島の地中美術館や安藤忠夫の建築に言及しながら、美に対する認識が深まったことを振り返ります。友人との記憶の共有や個人的な感想を通じて、美意識の形成について考察します。また、四国の旅を通じて、美意識に関する新たな視点や調和の概念について、参加者たちとの対話を通じて学びました。

四国の旅の始まり
今回は、私、ぽむの一人語りです。
よはちゅるは毎週更新を目指していて、スケジュールの都合が合わないときは、こうして一人語りを挟みながら、毎週更新を続けていきたいなって思います。
今回は、四国に2泊3日で旅をしてきた話をします。これは後から振り返ってみると、結果的に自分の美意識をめぐる旅だったなと思っています。
私はとにかく美しいものに興味があります。これは美しさを表彰している対象そのものへの興味ではなくて、美しさに触れたときに自分の心がどう動くのかという興味です。
その規範をアップデートすることで、自分が何にどう美しさを感じるのかが変化します。
だから、自分の美の規範をアップデートすることに興味があって、そのために思想の本を読んでいます。
これは美学的な関心であると言えます。美学と芸術哲学の違いについて簡単に整理すると、ある芸術作品を対象に、これは何かを論じるのが芸術哲学で、
芸術作品に限らず、美を感じる経験そのものを論じるのが美学です。
ベンス7位の美学入門という本を今読んでいるのですが、この中にフランスのキュビス部の画家であるフェルナン・レジェの話が出てきます。
美はどこにでもある、おそらく18世紀のリビングルームや形式ばった美術館よりも、キッチンの白壁を背にした片手鍋の並び方の中に。
人によって、何に美を感じるのか人それぞれで、つまり美学の主題は美しい経験であり、ある経験を美的なものにするのは経験の対象ではなくて、経験の仕方であるということが書かれています。
例えば私はショパンが好きなんですけど、その原体験は小学生の時の教室に電子ピアノがあって、そこで自動で流れてくるものでした。
だから今でもショパンに関しては、ホールで聴くショパンより、自分の小さな部屋でイヤホンで電子信号に変換された音楽としてのショパンが好きだし、
逆にオーケストラはホールで聴く方が好きで、それは小学生の時に初めてホールで、ベートーベンの公曲を聴いたからだと思います。
私が美しいものにしか興味がないという時、つまりそこには美しいものを美しいと思う時の心の微細な動きの方に興味があるというわけですが、
なぜそこに興味があるかというと、その時美しいと思うその感情の背景には、私が知覚しているといないとに関わらず、私の経験や思想があるからで、そこには個人性が宿っています。
私は人の個人性を愛していて、人が何に美しさを感じるかということは、つまりその人がどういう経験や思想と共に生きてきたかの表出。
そこに個人性が発露しているので、人にとっての美しいって何?を問いかけることに興味があります。
だから今回のポッドキャストを聞いてくださった人にも、あなたにとっての美しさって何?ということをぜひ聞いてみたいです。
じゃあ私の旅の話に戻りますが、この2泊3日の四国の旅は、私が何に美しさを感じるのか?という美意識をめぐる旅でした。
勲野口美術館の魅力
1日目は高松の勲野口美術館、2日目は直島の地中美術館と時の回廊、3日目は手島の手島美術館に行きました。
そこで美を感じる私の心が一番くすぐられたのは勲野口美術館でした。
勲野口は20世紀を代表する彫刻家で、庭や公園などの環境設計、家具や照明のインテリアから舞台美術まで幅広い活動を行いました。
香川県の石野山地である群れを訪れた勲野口は、そこにアトリエと住居を構えて、以降20年余りの間、ニューヨークを行き来しながら活動したとのことです。
この前、魚人さんが2025年のベストバイ記事をまとめてましたけど、その中に勲野口がデザインした灯という和紙を使った照明が選ばれていました。
実際に訪れてみると、そこは彫刻を展示した蔵とか住居とか、彫刻庭園といって石の彫刻がたくさん並んだ庭園などがそのままの形で残っていて、
勲野口が造形した巨大な丘とか、周囲の自然の木々と馴染むように石を川の流れに見立てた風景がその敷地にはあって、その敷地を全体を一周ぐるっと歩いて回るという体験をしました。
私はこのポッドキャストでも何度か言っているのですが、ロジックと感性が満たされたときにとてもハッピーで、
例えば前提知識なしで感性伸びで芸術作品を味わうことはほぼ不可能です。
でも何かしらの知識を入れたら、そこから想像を広げてそれなりに楽しめるタイプです。
今回の勲野口美術館は友達が行きたかったところで、私は事前に何も調べずに石の彫刻に魅力を感じられるかなと思ってたんですけど、
敷地を回る前にそこにあったある本を読んで、それが新美流さんの「勲野口 庭の美術への旅」という本だったんですけど、
これがめちゃくちゃ面白くて、私はこの本のおかげで勲野口の作品体験を良きものにできたかなって思ってます。
300ページくらいあったんですけど、その巡る前にこれをめちゃくちゃバーって読んで、とりあえず3つのこと。
1つ目は勲野口が生命の円環を造形したこと。
2つ目は西欧文明の基本がアポロ的な立地構成とディオヌソツ的な常年の揺らぎの傾向であって、勲野口は後者の運動的な舞踊身体を表していること。
3つ目はホワイトキューブ的美術館でのモダニズム彫刻じゃなくて、開かれた芸術としての庭に向かったことにポストモダン的なカウンター性があるということだけを頭に入れて、その後の作品を見ました。
芸術作品との対話
勲野口について何も知らなくても、とりあえずこの3つだけ押さえておけばめちゃくちゃ楽しめるんじゃないかなって思います。
私も本当に何も知らなかったんですけど、この3つだけ押さえてみたらすごく楽しめました。
この本を書いてきてから読み返したんですけど、新美流が最初に提示した運動的な舞踊身体って本当にそうなのかなってことを、新美流自身が迷いながら書いている本でめちゃくちゃおすすめです。
私は評論とかの手をなしている本に何かしらの著者の迷いみたいなものが入ってきたときに、それがただの評論じゃなくて、著者自身の記録みたいになる瞬間が好きで、
和志田清和とかもそんな感じだと思ってるんですけど、作者の妥交とともに自分も妥交するみたいな体験ってめっちゃいいなって思ってます。
で、ちょっと脱線するんですけど、迷いの話で言うと、今白い巨島を見てて、その白い巨島の中で2人人物が出てくるんですけど、
自分の起業に絶対の自信を持って野心を原動力になり上がっていく財前五郎と、意思としての在り方に日々迷いながら自分の正しさを追求する江口洋介っていう、この対立なんですけど、この江口洋介めちゃくちゃかっこいいから是非見てほしいです。
で、私そのモチーフとして主題、モチーフじゃなくてその主題として政治があるっていうドラマがめっちゃ好きで、白い巨島を好きな人なら松坂トーリーが主演した
今ここにある危機と僕の好感度についてっていうドラマがめっちゃ面白かったんですけど、これらが好きな人で、他にオススメのドラマがあったら是非教えてほしいなって思います。
ちょっと旅の話に戻るんですけど、私はその芸術作品と空間の関係性っていうのにすごく興味があって、伊勢室口美術館を実際に回って、その考えがアップデートされたのが良かったなって思ってます。
私が好きな芸術作品といって頭に浮かぶのは中根錦作が策定した庭園なんですけど、庭園は自分と作品との間の空間というより、自己が庭園という空間そのものに取り込まれるイメージがあります。
で、伊勢室口美術館を回った時に自己と作品の間に空間が立ち上がることとか、そこから自己と作品の間で円環的な対話が生まれることの趣を知りました。
私は今まで人間は一人一人音差を持っていて、対話をする中でその音差が共鳴し合うイメージを持ってたんですけど、実は芸術作品にもその音差があって、響き合うことで一つの空間が生まれます。
それをある石の彫刻の前に立った時に強烈に感じました。
それは鏡台、鏡の台のような造形をしてて、縦に長い立方体みたいな造形の上に三面鏡みたいな形で石が配置されて、近くに行って覗き込むとその立方体の上部に穴が開いていて、井戸のような空間があります。
これが無垢造で針が大きいアトリエの中に入って、少し進んだところに置かれてたんですけど、なので必然的に鑑賞者はその作品と対峙する形になります。
私はこの三面鏡の側面が自分とその作品の間に隔てられた一つの空間を演出するように思いました。
そこで向き合って進んで、よく見たらここの立方体のところに井戸のような空洞があって、これは私は人間を表してるんじゃないかなって思いました。
井戸って村上作品に起きる無意識のメタファーだと私は思ってるんですけど、私はその石の作品を見て鑑賞者が自分の中に抱える無意識の部分とか、
自分の中の欠落とか不在とか喪失と向き合う機能を果たしているのかなみたいな気がして、この作品がむちゃくちゃ好きでした。
私は自分の中でこの作品を見た時にすごく不思議な環境が沸き起こりました。
その後、イサムの口が地球を彫刻したとされる広大な丘とか光を彫刻したとされる明かりという照明のインテリアを見ました。
自分が中根錦作の庭園が好きなのは、あくまで自然を自然のままどう形作るのかに力点が置かれてて、
そこに自分の力で自然を造形させるんだっていうエゴがないところが好きなんですけど、
イサムの口の空間にもそれを感じました。
私はわからないなと思ったことをすぐそこの人に聞きたくなる立ちなので、
の口が地球を彫刻するとか光を彫刻するとかっていう概念は自分が知っている彫刻の概念と違うんだけど、
どういう思いを持ってイサムの口は彫刻をしたんですかっていうことを聞いたんですが、
美術館巡りの体験
その時にの口は彫刻は万人に開かれたものだと捉えてて、
そこには自分が日米の根結であるというアイデンティティの不確かさから自分の居場所を求めたというふうに話されてて、
それを聞いたらまた作品に新たな文脈が付与されて見方が違ってくるなみたいなことを思いました。
すごく面白かったです。
2日目の直島は自分一人で行ったんですけど、
これ友達と事前に話してそれぞれ別の場所に行って、
帰ってきてからそれぞれの記憶を共有しようみたいな試みをしました。
それもすっごい楽しかったです。
友達は民芸に興味があるので高松の商店街とか高松城の庭園を巡ったりしたそうで、
後から高松版の松平家の歴史の話を語ってくれてめっちゃ面白かったです。
で、私の話なんですけど、
直島は私は杉本博士の時の回廊と地中美術館に行きました。
これどっちも安藤忠夫の建築なんですけど、
個人的には勲室美術館の経験と杖になるような経験ができたのと、
今の時点の自分が何に美を感じるのかっていうのが、
より明確になったのが良かったなって思ってます。
地中美術館の印象
時の回廊っていうのは建築のインスタレーションで、
コンクリートで作られた回廊にフィルム写真が展示されています。
地中美術館は自然と人間との関係を考える場として、
瀬戸内の景観を損なわないように建物が地下に埋設されています。
で、これは安藤忠夫の建築を見たことがある人はわかると思うんですけど、
どっちも安藤忠夫の建築全としているものです。
金質的で無装飾で内部の空間が外部の自然と遮断されていて、
モダニズム的な趣があるんですけど、
ここが伊佐室口のポストモダン的なカウンター性のある
開かれた庭を作ろうとする試みと、
決定的に違うところかなって私は思いました。
時の回廊も地中美術館もめっちゃ期待していったんですけど、
私はその安藤忠夫の2つの建築物にはあまり環境を得ることができなくて、
そこに気づけたのも良かったなって思ってます。
時の回廊にはガラスの茶室って言って、屋外の火の当たる場所に
全面ガラス張りの中に茶室が展示されてて、
その時の回廊は時間を空間として経験させるっていうコンセプトがあるらしいんですけど、
茶室って障子とか針とか含めて趣があっていいのに、
それを壁全部取っ払って、これが茶室ですって言われても、
何の感動もないなって思いました。
あと、地中美術館は内部の構造が結構複雑で、
これ私が方向音痴ってことを抜きにしても、
今どこにいるのかがよくわからなくなるって構造になってて、
そういうふうに人工的に作られた空間を歩くことの没入感みたいなものは得られたんですけど、
一番楽しみにしてた、
モネのスイレンもあんまり楽しめなかったなって思う自分がいました。
これちょっと私の適当話で、これ本とか読んでないので事実と違うかもしれないんですけど、
地中美術館に収められたスイレンって晩年のもので、
スイレンって初期、中期、後期で結構作風が変わるんですけど、
初期は風景を描写した抽象画であるのに対して、
後期はスイレンっていうモチーフが交代してて、
抽象ですらなくて、絵というものを解体している時期の作品っぽいです。
で、別の作品でジャクソントロックのナンバーペインティングって作品があるんですけど、
これって絵画が何かを表彰するものであるっていう前提を壊した作品って言われてます。
これが私が地中美術館で見たモネにも通じるところかなって思ってて、
その何か具体なものを表彰していることを楽しむんじゃなくて、
絵の具の色の重なりとかテクスチャーを楽しむ系の作品な気がするんですけど、
こういう作品が白い壁にかけられて展示されていることで、
その作品の運動性が失われるんじゃないかみたいなことを私はすっごく感じて、
イサム野口の作品はある建物の中じゃなくて、
元のアトリエとか庭とかに展示されてたのがめちゃくちゃ良かったんだなって思います。
作品と作品が置かれている空間の関係性って大事だなって思いました。
この作品を壁に展示することについては、
ロザリンとクラウスっていう批評家が、作品は床に置いたら物に見えるけど、
壁に展示することで作品に見えるようになって、
つまり壁に立てかけることは物を作品に高める消化の効果があるって言ってるらしくて、
それも一例あるなって思いました。
この話は地中美術館で言ってた地中トーク美を生きるって本に載ってて、
この本もめっちゃ面白かったので変えて良かったなって思いました。
手島美術館についての考察
別に合わなかったから嫌だなと私は全然思ってなくて、
むしろこれ合わないんだなって思える自分の心に気づけたので、
美学的に言うと自分の経験の層がまた一つ積み重なったかなっていうことで、
めっちゃ良い経験だったなって思います。
あとこれ極めて個人的な所感なんですけど、
直島はベネッセグループによって運営されてて、
教育のためのアートの島っていう理念が掲げられてきた場所なんですけど、
実際私が見た時、そこに来てる大半って外国人観光客で、
日本人を見つける方が難しかったです。
地中美術なので教育を掲げるアートが結果として選ばれた大人のための
観賞の消費行動になっているみたいな帰りのことが私は結構気になりました。
地中美術館でもう一つ気になったのが、
スタッフが全員全身白い制服を着ていることで、
それが洗練されて清潔で管理されているんですけど、
これが同時に品質化されてるってことにもなってて、
その個人の顔のなさみたいなところが、
村上春樹のダンスダンスダンスっていう小説に出てくる
イルカホテルっていうのを思い起こさせました。
このイルカホテルって物語の中で資本主義の象徴みたいな形で出てきたと、
私は記憶してるんですけど、
またこの小説を読み返したら、
この直島に対しての思いが深まるのかもしれないなって思いました。
3日目は直島美術館に行きました。
これは渡辺幸太郎さんのコンテクストデザインの中で紹介されていて、
気になって行ってみたところです。
これは彫刻家の内藤玲人建築家の西沢隆衛の美術館です。
建物自体は鎌倉型の空洞状になってて、
天井にある2箇所の開口部から空が見えます。
床は平らじゃなくて少し波打ってて、
小さな穴が無数に開いてて、
超撥水加工が施されてて、
穴から出た水がコロコロと転がり出す、
そういう空間です。
来場者は靴を脱いでそこを自由に歩き回ることができて、
座ったり立ち止まったりしてました。
渡辺さんが言うには、
この作品が何なのかもよくわからなくて、
何かを見つめることが大事で、
来場者自身が無意識的に事故との対話をすることの方が
大きな意味を持つのではないかと言ってました。
何もしない美術館でめちゃくちゃ興味深いなって思って、
友達にそこに行って、
お互いがどういう気持ちになるのかを話してみたいって言って、
一緒に行ったんですけど、
手島はフェリーの数とかが限られてて、
その時間の関係で、
手島の滞在時間がトータルで2時間くらいしかなかったので、
だいたい30分ちょっとしか美術館の中にいられなくて、
施策を深める前に時間が来てしまったんですけど、
個人的に面白いなと思ったことが3つあって、
1つはそこに座っている人がみんなだいたい同じ場所に座ってて、
それが開口部から光が射すんですけど、
その光が射している場所と光が入ってこなくて、
鍵になっている部分のだいたいその境界線上に座っているってことです。
その真理って何なんだろうなってすごく思いました。
みんな境界線上が好きなんですかね。
で、もう1つは湿度の関係で水たまりができてるから、
美術館の端の方にはいかないでくださいって言われてたんですけど、
自分はそういう風に禁止されたらそれを破りたくなるので、
端の方に行って2回くらい注意されたりしたんですけど、
みんなその境界線上に座っている中で、
自分はその開口部の光の中心に行きたくて、
ズンズンと歩いて行ったりしました。
で、その明文化されている禁止事項じゃなくても、
人の行動によって形作られていく規範みたいなものがあって、
それが現状として立ち上がっている場所かなって思ったんですけど、
そこも破りたくなる自分の心みたいなところに気づきました。
で、3つ目は手島美術館って明らかに作品を展示するための美術館じゃなくて、
その自分の試作を起動させる装置として働いてるんですけど、
個人的にはそういう風な建築物じゃなくて、
自然の中に自分を置いた方が試作が深まるなみたいなことを思っていて、
その違いってどこから来ているんだろうってことも気になりました。
っていう風に手島美術館ではめっちゃミクロなレベルなんですけど、
自己の再認識ができるかなって思っています。
新たな発見の共有
で、その今まで話してきたことが私が旅をして得た環境なんですけど、
これちょっと後日談があって、本屋さんでおすすめの本を紹介し合うイベントがあったんですけど、
その時にまた新たな発見がありました。
で、私は手島美術館の本を持って行ったんですけど、
参加者の方が森田雅夫さんの数学するからだと、
岡木よしの春宵中話っていうのを紹介してました。
で、2人とも数学者でありながら情緒のことを考えているのが、
その参加者の方が好きって言ってて、
だから私は数学は形式的なもので、情緒は形式がないものだと考えてるんですけど、
あなたの中にもそういった対立するものを同時に見れる気持ちはあるみたいなことを聞いてみました。
そしたらその人が、数学もそもそも調和を求めているということに本を読んで気づいたので、
自分にとっては対立するものではないという風に言ってて、
あ、なるほどな、そんな見方があるんだなって思いました。
で、また別の参加者の方で、なんか私の人生の先輩みたいな方がいるんですけど、
その方が伏瀬秀人の美の法定意識っていう本を読んだときに、
宇宙はそもそも調和を目指していて、
広大な宇宙の一部の銀河系の中の地球の中で、
西洋や東洋だって対立するのは良くないということを最近思う、みたいなことを言ってて、
なんかもしかしたら私が自然と調和してないなって思った直島の建築群も、
別の視点から見たら、何かしらの調和を目指しているのかなって思ったりして、
紹介してもらった本をまた読んでみたいなって思いました。
美意識についての語り
で、今回私が美意識に触れる旅ができたんですけど、
これを受けて今度しょうごさんとも美意識について語る会をやりたいなーって思ってます。
私はしょうごさんのことを自分の美学を持った人だと思っているので、
どんな話が聞けるのか楽しみです。
ということで、今回はここまでです。
ヨハチュルではディスコードにて、2人の放送後の感想を書いたり、
エピソードの中で出てきた参考リンクを載せていたりするので、ぜひお気軽に覗いてみてください。
お好きな場所であなたの感想も聞けると嬉しいです。
Xではハッシュタグはひらがなヨハチュル。
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ディスコードとも合わせて概要欄にURLを記載していますので、ぜひお待ちしています。
Spotifyお使いの方はコメント欄でももちろんお待ちしています。
ではここまでお聞きいただきありがとうございました。
次回もぜひお会いしましょう。さよならー。
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