広島市在住のシャオヘイが、飲食店と顧客の間にある様々な課題や問題に対する僕の考えや、特定の料理についてお話します。
その他には個人的な体験や経験なども。
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快食ボイス814・飲食店の生シラス丼が、おいしくない理由がやっとわかった。
ワールドカップが始まった ついにワールドカップが始まった。 僕も今朝5時に起きて、日本対オランダの試合を見た。 すごかった。 三笘選手や遠藤選手、南野選手といったエース級が離脱している状況でどうなるのかと思っていたが、常にビハインドの展開を二度も追いついて、勝ち点1をもぎ取った。 オランダは過去に何度も準優勝している強豪だ。 そこといきなり当たって、この内容。 もしかしたら僕が生きている間に、日本がワールドカップで優勝するのを見られるかもしれない。 そんな気持ちにさせてくれる試合だった。 世界トップレベルのスポーツの祭典というのは、いつ見ても圧倒的だ。 年齢的な制約を抱えながら、超人たちが人生をかけて培った技術とメンタルを、一瞬にかける。 あの美しさは、生命のほとばしりだと思う。 ちなみに今回から32チームが48チームに増えて、試合数が100を超えている。 いちいち全部は見ていられないので、NHK ONEの「2分ハイライト」を使っている。 1試合をシュートシーンだけ2分で見せてくれるやつだ。 本当はゴールの前後にこそサッカーの面白さがあるのだが、時間的にこれくらいがちょうどいい。 さて、前置きが長くなった。 今日話したいのは、生シラスだ。 --- 生シラスの季節がやってきた 広島も、生シラスの季節になった。 今日、ダイレックス福島店の鮮魚売り場に行った。 フエダイがよかったので買おうかと思ったが、この時期だからやっぱりカタクチイワシ(コイワシ)かな?処理は面倒だけどやるか、と一度は決めた。 それで店長の武田さんに「今日はコイワシにするわ」と声をかけて、売り場を離れようとしていた。 そうしたら後ろから武田さんが声をかけてくれた。「生シラス来たよ」と。 ちょうどそのタイミングで、今朝上がったばかりの生シラスが届いたのだ。 これは非常に珍しい。 本当にその日の朝に上がった生シラスというのは少ない。 生シラスを出している店はあるけれど、本当の朝獲れは...ということだ。 これ以上は言わない。 とにかく、これはいいね、ということで買って帰った。 --- 0度の氷水で洗う 帰ってすぐ、氷水を作った。 浄水器の水ではなく、水道水で作る。 塩素で殺菌するためだ。 キンキンに冷えたところに塩を入れて溶かす。 本当に0度くらいの氷水の中に生シラスを入れて、全体を洗う。 海から上げただけなので、汚れているし、なんなら小さな木の枝みたいなものも入っていたりする。 それを、目の細かいアク取りで、金魚すくいの要領ですくっていく。 ここで大事なのは、本当に0度くらいの水でやること。 そうしないと身が崩れてしまう。 洗ったものを、分厚く敷いたキッチンペーパーの上に出して、上からも紙を伏せて、水を切りながらチルド室へ。 凍るか凍らないかぎりぎりの温度で保存した。 そうやって仕込んだやつを、夜に食べた。 --- これまで食べた中で、一番うまかった これまで何度か、飲食店で生シラス丼を食べたことがある。 それも、生シラスを食べさせる専門店のようなところで。 でも、ぶっちゃ……いや、そんなにおいしいと思ったことがなかった。 身がボソボソしているし、苦味が強いし、ちょっと生臭い。 そういう印象だった。 ところが、自分で今朝取れたばかりのものを処理して、塩水の氷水で洗って、水を切って食べると、まるで違う。 すっきりして、おいしい。 生シラスってこんなにおいしかったのか、というのが今回の感想だ。 臭みもなく、苦味も少なく、甘みがあって、味がすっきりしている。 食材のピュアな味がする。 雑味がない。 これは僕の今回の経験なので、全部がそうだとは言わない。 でも、専門店で食べたものより、自分で処理したもののほうが圧倒的においしかった。 食べていて思ったのは、釜揚げシラスに近いということだ。 じゃこのように干したものではなく、釜揚げのほう。 ああ、釜揚げシラスってこの延長線上にあるんだな、というのがよくわかる味わいだった。 --- 中途半端な生シラスより、いい釜揚げちりめん たぶん、僕がやった処理は、普通の飲食店だと手がかかりすぎてできない。 もちろん高級店ならやるだろう。 きれいに洗ってピュアな味を出そうとするはずだ。 でも、安価な店では人件費を考えると無理だと思う。 だから、本当においしい生シラスを食べたいなら、選択肢は二つだ。 かなりの高級店に行くか、この時期に魚屋でその日に上がったものにたまたま出会って、自分で丁寧に処理するか。 今回の僕は、後者にたまたま出会えた、というだけのことだ。 ただ、そこまでの努力をしなくても、という話もある。 広島なら石野水産のような、ちゃんとしたちりめん屋の釜揚げちりめんがある。 あれをご飯にまぶして食ったら、そっちのほうがスッキリしておいしい、ということが普通にあるのだ。 釜揚げシラスは、技術も鮮度もすごく重要で、素人にはできない。 プロが海から揚げてすぐ、素晴らしい状態で釜揚げにする。 その瞬間に、おいしさがフリーズされる。 とどまる。 一方で生シラスは、どんどん劣化していくし、手入れも面倒だ。 そこに難しさがある。 だから僕の個人的な意見としては、状態のよくない生シラスを食べるよりは、状態のいい釜揚げシラスを食べるほうが、断然おいしい。 今回、僕は幸いなことに、生まれて初めて本当に状態のいい生シラスを手に入れて、その本当のおいしさに出会えた。 裏を返せば、生シラスというのは、それだけ難しい食材だということだ。 中途半端な店で食べるくらいなら、いい釜揚げシラスのほうが絶対においしい。 僕はそう思う。 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/664b04d7316143a77174b611
快食ボイス812・米卸の赤字を嘲っている場合じゃない、時間制限付きの課題なんだ
雨漏りした水が、今どこに落ちているか 米の卸売業者が大量の在庫を抱えて投げ売りするしかなくなっている、という話がXのトレンドに出ていた。 これに「高い時に買い占めたんだから自業自得だ」「ザマーみろ」というコメントがとにかく多い。 気持ちはわからなくもない。少し前まで米は高かったし、儲けていたはずの業者が損をすれば溜飲が下がる。 ただ、これは米問題の本質から外れている。 たとえれば、屋根から雨漏りがしている。その水滴が頭の上に落ちてくる。これが米が高かった時代だ。 今、その同じ水が卸売業者の頭の上に落ちている。次はまたこっちに落ちてくるかもしれない。 大切なのは、どこに水が落ちるかではなく、屋根を直すことだ。 「買い占め」という言葉が、実態に合っていない 卸売業者は、農家やJAから米を仕入れて、スーパーや飲食店に卸す。仕入れて在庫を持って売るのは商売そのものだ。 彼らが高く買ったと言うが、好きで買ったわけではない。 米の値段は農家への支払いの段階で決まっていて、卸はその値段でしか仕入れられない。安い米はその時売っていない。 スーパーに米が並ぶのは、卸が間に入って調整しているからだ。みんなが個別に農家と交渉する話にはならない。 去年の秋に新米を仕入れた時点では、誰もこの暴落を予想できていなかった。直前まで米が足りないと言われていたのだ。 それが豊作と米離れ、在庫統計の発表と重なって相場がひっくり返った。それだけの話だ。 ボラティリティの高さそのものが問題 米相場は、減反政策、補助金、消費量の減少など、いろんな要素が複雑に絡んで乱高下する。 ボラティリティ、つまり上下の振り幅がとても大きい。これはこれからも直らない。 少し需給が崩れるだけで値段が跳ねたり崩れたりする。 このボラティリティの高さそのものが問題で、誰かが買い占めたから悪い、という話ではない。 その先にある、もっと大きな問題 問題のさらに先には、日本で米作りを続けられるのか、という大きな問題がある。 これは待ったなしで、もうタイマーが鳴りそうな時間制限付きの課題だ。 主食を輸入に頼るのはめちゃくちゃ危ない。ウクライナの戦争で、小麦の穀倉地帯ゆえに影響を受けた国は多い。 主食を人質に取られると、相手国に強いことを言えなくなる。 日本のカロリー自給率は4割に満たないが、米だけはほぼ自分たちでまかなえている。 小麦は2割を切り、大豆や油はもっと低い。何かあった時に米がある、というのはすごく重要なのだ。 米を作る力が、どんどん落ちている その米を作る力が落ちている。補助金を出すから作るな、という歪な減反政策もあった。 小規模農家は高齢化し、その耕作地は耕作放棄地になっていく。 続けられる規模の経営に収束させる必要があるが、進んでいない。 米は規模がないと収益が上がらない。小さな田んぼをたくさん持つ形では難しい。 棚田のような文化的景観も、これからの農業では文化的価値でしか残せなくなるだろう。 そして一番怖いのは、用水路を含めて全部が田んぼだということだ。 誰かが途中でやめると水路の管理ができなくなり、ドミノ倒しに集落の田んぼがバタバタと潰れていく。 数字で見ると、もっとはっきりする 日本の米を食べる量は激減している。1962年が118キロ、2024年が53キロ。半分以下だ。 人口減で需要はどんどん減る。それに合わせて需給を取るだけだと、作り手がいなくなる。 作り手がいなくなれば、外国から輸入するしかない。 その国が占領を企てたり、戦争を始めたり、海を封鎖したら——という話になる。 燃料と、肥料と、種を残しておく 日本は島国で、トラクターの燃料も肥料もほぼ全量を輸入に頼っている。リンのような地下資源がないからだ。 だから作る形だけ残しても、という面はある。 でも燃料も肥料も種も貯蓄はできる。これをやっておいて、何かあった時に自国で米だけは作れる形にしておかないとまずい。 第二次世界大戦のきっかけは、戦前の日本が石油の約8割をアメリカに頼り、それを止められたことだ。 資源がないとわかっていたから大陸へ出ていった。それは、いまだに解決されていない。 米は、戦略的な作物だ 米を増やせ、安くしろ、という話ではない。農家は縮み、食べる人も減っていく。 その中で、米を生産する力をどれだけ残すか、という話だ。人も、ノウハウも、田んぼの設計や水路も全部含めてだ。 日本の農村風景は米作りに特化して最適化されている。それが今、イノシシやシカに荒らされている。 一度野に帰ると、このシステムを作り直すのにめちゃくちゃ時間がかかる。一回壊したら戻らない。 だから今のうちに、ここは残す、こう生産する、と決めておかないと、なし崩しにダメになる。 関係者は理解していて国も取り組んでいるが、全然間に合っていない。 卸の赤字をザマーみろと笑っている状態ではない。石油は備蓄していたから今そんなに困っていない。同じことを米でもやっておかないとまずい。 あまり短絡的に溜飲を下げるんじゃなくて、米って結構やばいぞ、という危機感を、ある程度の人は持った方がいい。 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/664b04d7316143a77174b611
快食ボイス810・アテンションエコノミーの教科書みたいな開店劇
先日Xに投稿したアテンションマーケティングの話が、じわじわと閲覧されている。 ずいぶん届いているようなので、今日はこの話を掘り下げてみたい。 きっかけは、数日前に開店した豚骨ラーメンの店だ。 この店、開店前からアテンションマーケティング全開だった。 インスタグラムを開くと、いきなり画像の真ん中に「ふざけるな」と書いてある。 いわゆる炎上商法だ。 「すごい火傷をしながら作ったスープなんだ」とも書いてある。 普通の社会人なら何を言ってるのかな?と感じるだろう。 もちろん努力はしなくてはいけない。 だが努力は自分のためにするのではなく、お客様のためにするものだ。 努力が評価されるのは義務教育まで 何かの仕事でプロになろうと思えば、人よりも能力を上げていかなくてはいけない。 タクシー運転手に「昨日始めたばかりなので道がわかりません」と平気な顔で言われたら「いや待て」となる。 それと同じで、ラーメン店をやるならおいしいラーメンを作らなくてはいけない。 どれだけ努力したかが評価されるのは、義務教育までだと僕は思う。 そこから先は「頑張ったね」と褒められることはなく、結果を出してなんぼ。 厳しいといえば厳しいが、社会はそういう仕組みで動いている。 その中で「ふざけんな、俺はこんな火傷しながら仕事してんだ」という調子で出されると「いやいやいや」となって、みんなそこに引っかかる。 これがまさにアテンションマーケティングというやつだ。 注意を引っかけて興味関心を持っていき「そういう人が作っているのはどんなものなのか」と思わせる。 「99%の人が知らない」に手が止まる理由 YouTubeやインスタグラムの動画でも、まったく同じことが行われている。 「知らないと損」「99%の人が知らない」「実は○○だった」。 そういう言葉、めちゃくちゃ多いでしょう。 「99%の人が知らない」と言われると、その続きが見たくなる。 これは人間の脳の仕組みだ。 どの動画も似たような言葉ばかりなのは、どんなキーワードが注意を引くかが解明されているからだ。 料理をゆらゆらっと揺らして撮る映像もそうだ。 何かが動いていると「獲物かもしれない」「敵かもしれない」と思って目が行く。 人間にはまだ野生の本能が残っていて、そこを刺激しているのがこの手法というわけだ。 開店初日に行く人、行かない人 そのラーメン店は、初日から大行列だったらしい。 僕は最初から行く気がない。 というより、元々僕は新しい店には行かないのだ。 新しい店は最初、必ず荒れる。 味も荒れるし、オペレーションも荒れる。 だからある程度時間が経たないと行かない、というのを自分のルールにしている。 ただ、友人で日本ラーメン協会会長の大崎裕史さんは、開店してすぐに行く人だ。 「次々に店が出来る東京なんだから、あえて開店すぐに行かなくてもいいのでは」と僕は聞いたことがある。 すると大崎さんはこう言った。 「初日にその店のいろんなものが透けて見えるんだ」と。 本質的なダメなところも、いいところも、結局初日に全部出ている。 これには納得感があった。 ただ僕の場合は、広島というローカルな場所で食べ歩きをやっている。 首都圏のような超激戦区ではないから、できるだけいい店は救いたいという思いがある。 だから、良い部分が出てきて悪い部分が隠れた時に食べに行くようにしている、というだけだ。 今回、開店すぐに行った人たちが見た荒れた状態も、その店の潜在的な一面なのだろう。 僕がサイレントオープンを勧める理由 僕は飲食店の人から相談されると、いつもサイレントオープンを勧めている。 プレオープンも何もせず、ひっそりと店を開けること。 「あれ、この店いつできたんだろう」と通りかかった人が初めて気づく。 それでいい。 プレオープンをやると、友達を呼んでわーわー騒ぐ。 気持ちはもうそこで弾けてしまっている。 グランドオープンの日に、気が抜けた状態で「いらっしゃい」とやる。 これが良くない。 誰にも知られず準備して、ひっそり開けた店にお客さんが入ってきたら、めちゃくちゃ嬉しいでしょう。 「ありがとうございます、来てくださって」「どうやって見つけてくださったんですか」となる。 このフレッシュな気持ちが失われるのがいけないのだ。 その後辛いことがあっても、知らないお客様が来てくださった時の喜びを忘れないためだ。 最近はプレオープンにインスタグラマーを招待して、いいことを書いてもらうやり方もある。 これもアテンションエコノミーの側だ。 トラストエコノミーという考え方 僕がアテンションエコノミーに対して、僕なりの言葉を作るとしたら、トラストエコノミーだ。 信頼である。 お客さんとの信頼を紡いでいく。 それが飲食店の本道だと僕は思う。 特に今のような厳しい時期になればなるほど、そうだ。 物価が上がっているのに給料は増えず、みんな外食にお金を使わなくなる。 そういう時に「あの店、また久しぶりに食べに行こうかな」と思ってもらえるのは、お客様との信頼関係なのだ。 行ったらきっと「お久しぶりです」と喜んでくれるんじゃないか。 そう思える信頼関係だ。 「お前のやり方は古い。今時はイニシャルコストを1年かそこらで回収して、バーッと稼いでパッと撤退し、また次の店を出すのがビジネスだ」と言われれば、もう「見解の相違ですね」と言うしかない。 僕はそういう店をあまりいいとは思わない。 長い付き合いができる店がいい 僕は若い頃から食べ続けている店が続いてくれていることに、すごくありがたみを感じている。 そういう店は特別だ。 だって思い出がたくさんあるもの。 古いですかね。 まぁ、昭和のおっさんですからね。 でも、そういうのがいいと思いませんか。 深い付き合いでなくても、長い付き合いができる店の方が、僕はいいと思うな。 アテンションエコノミーは人間の本能を刺激するマーケティング手法だ。 ライフハックと言うこともできるのかもしれない。 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/664b04d7316143a77174b611
快食ボイス808・食の本質が「もったいない」にあることを理解しないごっこ遊び
「塩っぱい」「薄い」「ぬるい」は批評じゃない 「美食家」という言葉が好きじゃない。 「グルメ」でも同じことだ。 なんとなく「美味しんぼ」の海原雄山みたいに「この味付けはなんだ!」と怒る人物像が伝説的に語られている感じだ。 だが、本当に料理の味がわかる人間は、そういうことはしない。 よく言われる「味が濃い」「薄い」「ぬるい」といった指摘について考えてみる。 塩気が濃いなら調味料を控えればいい。 薄ければ足せばいいし、お湯をさして薄めることもできる。 ぬるければ温め直せばいい。 それだけで改善できておいしくなる料理なら素晴らしいと褒めるべきだ。 問題なのは、そういう表面的な部分ではなく、料理の構造そのものがダメなケースだ。 薄くすればおいしくなるとか、温度を変えればおいしくなるとか、そういうレベルは本質とは関係がない。 --- 味のロジックを理解した上で語れ 漬物はある程度、塩っぱいものだし、塩辛もふりかけも同様だ。 そういうものだということを前提に食べている。 実際、塩っぱすぎる塩辛もあるが、そういう時は少しだけ食べればいい。 塩味、あるいは甘味が強い味付けにすると、出汁や香りがある程度弱くても料理としてバランスする。 逆に、薄味にするなら、それを補う香りや出汁、旨味の要素が必要になる。 こういう味のロジックを理解した上で語らないと「薄い」「濃い」「ぬるい」はただの感想だ。 批評にならない。 もちろん、一般の人にそんなレベルは求めていない。 ただ、自らをグルメ、インフルエンサー、フーディ、美食家と名乗るならば、そういう料理の基礎ぐらいは押さえておいてほしい。 --- 食文化は「もったいない」から発展してきた もうひとつ、重要なことがある。 食材を贅沢に使えば使うほどいいという発想が、食文化の歴史からすると歪(いびつ)ということだ。 食べ手に対する敬意や配慮を示す場面で、贅沢さでその意志を表すという行動は理解できる。 だが、料理というものは基本的に、目の前の素材を大切にするところから生まれてきた。 塩辛は、漁で得たものを長く食べるための工夫だ。 ヨーロッパのハムやベーコンも、豚を屠畜した後に無駄なく保存するための方法として生まれた。 コンフィも、塩で下処理をして油で煮て油の中に漬けて保存するという技術だ。 飢えないための工夫から、料理は発展してきた。 パンも似たような経緯がある。 小麦は精粉して乾かして保存し、食べるときに水を加えて焼いていたが、ある時、練ったものをしばらく放置したら発酵した。 もったいないから焼いてみたら、フラットブレッドよりもふっくらと香ばしくおいしく仕上がった。 インドのナンやチャパティの原型から、発酵パンへの移行も、失敗と節約の産物だ。 豚骨ラーメンが乳化した白濁スープになったのも、諸説あれど「間違えて沸かしてしまった」という話が残っている。 僕はこの話を少し疑っているが、食文化史にはこういう「失敗から生まれた発見」の構造が頻出する。 醤油も、味噌を作っていたら上にたまりが浮いてきて、使ってみたらおいしかったことから発展した。 無駄にしない、副産物を生かす、その積み重ねが今日の食文化を作っている。 --- 失敗してよかったと思えるとき 実際の話をする。 今日、生成AIのClaudeとやりとりしながら山椒オイルを作った。 山椒の実を漉した後、絞りかすがたくさん残った。 もったいないので、ちりめん山椒に転用できないかと考えた。 作ってみたら、しびれるほど辛いものができてしまった。 Claudeに向かってかなり憤ったが(笑)、今もまだ「これを何とか使えないか」をずっと考えている。 捨てたくないのだ。 山椒オイル自体はちゃんとおいしくできた。 でも失敗した方の副産物も、何かに使えるはずだと信じている。 食文化ってそういうものだ。 この構造——無駄にしない、失敗を生かす、素材を大切にする——が、世界中の食文化のほとんどを支えている。 贅沢なものを贅沢なまま食べることが食の豊かさだという感覚は、この大きな文脈の中では例外的な一部に過ぎない。 --- 泥臭くやってみないと、永久にわからない チャラチャラした美食の話だけというのは、本当にもったいないと思う。 手がかかるもの、食べにくい部位、使いにくい食材を、どうおいしく仕上げるかを考え、実際に手を動かしてみる。 伝統的な料理のほとんどは、そういうところから生まれている。 その感覚を自分の手で体験しないと、料理のことは永久にわかるようにならないと僕は思っている。 失敗した料理から何かを生み出せたとき、それが快心の一作になる。 そこにこそ、豊かな食があるのだ。 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/664b04d7316143a77174b611
快食ボイス807・グルメ情報を35年をやってきて、口のないAIには負けられない
10年以上続く人はほとんどいない 広島の飲食シーン、グルメ情報発信の世界を、僕は35年近く見てきた。 だが、10年以上続いている人はほとんどいない。 個人ブログの時代、食べログの時代、Twitterの時代、そして今のInstagramを中心としたグルメインフルエンサーの時代。 プラットフォームが変わるたびに、顔ぶれが入れ替わってきた。 でもやっていることは、本質的にまったく変わっていない。 「この店はこういう店です」という場所の情報を打ち続けるだけだ。 これはグルメ情報に限らず、情報発信全般に共通する構造だと思っているが、飲食の世界ではそれが特に顕著だ。 なぜ続かないのか。 理由は単純で、場所の情報だけを発信していれば、それは誰かに代替される。 訪れた人なら誰でも同じ情報が得られるし、より多くの人が訪れれば訪れるほど情報は分散していく。 個人が場所の情報を蓄積する構造は、もともと弱い。 プラットフォームが変わるのは、言い換えれば主戦場が変わるだけだ。 個人ブログで積み上げた人が食べログに移り、そこで積み上げた人がInstagramに移る。 毎回リセットされて、毎回また場所の情報を打ち始める。 その繰り返しだ。 中身が変わっていないのだから、同じことが起き続けるのは当然だ。 --- AIがその仕組みを加速させている これをいま加速度的に進めているのがAIだ。 いまのAIにたとえば「広島でこういう雰囲気の店を教えて」と聞いても、トンチンカンな答えしか返ってこない。 使い物にならないが、AIが使われ始めてまだ3年経っていない。 その進化の速さを考えれば、3年から遅くとも5年以内に「広島グルメAI」的なものが実用レベルに達するだろうというのが僕の感覚だ。 その学習データはどこから来るか。 Googleマップであり、食べログであり、Instagramであり、個人ブログだ。 構造化されたデータが整っているGoogleマップや食べログは、AIが最も食べやすい形になっている。Googleがすでに口コミをAIで要約して出してきているのは当然で、Geminiを開発しているGoogleが自社サービスのデータをAIに食わせないわけがない。 これはGoogleに限らない。 プラットフォーマーはみな同じ方向に動いている。 個人ブログもnoteも同じだ。 丁寧に積み上げた情報は、プラットフォームの規約上、AI学習に使われることを許諾している。 情報を蓄積すればするほど、結果としてAIの学習データになっていく。 この快食ボイスも例外ではない。 ただ僕はそれでいい、むしろ食べてもらって構わないという感覚で話をしている。 Instagramは画像中心だからテキストとしては薄いが、メタが運営している以上、画像そのものがAI学習に使われている。 どこに積み上げても、同じことだ。 --- 代替されない部分はどこか ではAIに食われないものは何か。 それは自分なりの解釈と、それを支える知識の重ね合わせだ。 この店の料理を、食文化の文脈の中でどう位置づけるか。 この一皿に、どんな歴史や技術的背景が重なっているか。 体感として、その料理を受け取った経験から何が言えるか。 AIには体がない。 食べることができない。 そこだけは、今のところ代替できていない。 たとえば僕がある料理を食べて「これはあの時代のあの技法が変形したものだ」と気づくとき、その気づきの背景には、これまで食べてきたものや読んできたものや、料理人から聞いた話が全部重なっている。 それは僕の中にしかない情報だ。 AIはその情報をどこかから集めることはできても、その集め方は僕とは根本的に違う。 身体知の記憶と、テキストから抽出したデータは、同じ情報ではない。 税理士や公認会計士がAIに置き換えられると言われて久しいが、トップレベルの人間は残る。 法の趣旨や、税務調査のギリギリのラインの感覚、将来的な動向の読みは、AIには出せない。 イラストも音楽も同じ構造だ。 ボトムレベルの仕事はAIに食われる。 だが上位に入っている人間はしばらく大丈夫だろう。 グルメ情報の世界でも、まったく同じことが起きていると思う。 フリーランス向けのマッチングサービスが軒並みやられているのも、同じ理由だ。 代替できない仕事をやっているフリーランスは生き残る。 AIに代替されやすいものをやっていれば、やられる。 シンプルな話だが、自分が今どちら側にいるかを正確に把握することは結構難しい。 --- それでも戦い続ける フォロワーが増えているのに影響力が落ちている。 そういう状況が徐々に見えてきた。 フォロワー数は増え続けているが、実際の集客効果や店との関係性は薄まっていく。 AIがさらに賢くなれば、この傾向は一層進む。 情報を出せば出すほどAIの餌になる。 それは分かっている。 でも別に悲観しているわけではない。 あらゆる分野で同じことが起きているのだから、グルメ情報だけが特別に悲惨な話ではない。 問題は、その構造の中でどう立ち位置を取るかだ。 動画にするとか、速さで勝負するとか、そういうことも考えられる。 でも多分、それも全部AIにやられる。 突き詰めれば、AIに食べられない情報を出し続けるしかない。 AIには口がない。 おいしいものを食べて感じることができない。 長年、情報発信してきた人間として、口のない奴に負けるわけにはいかない。 勝てないかもしれないけれど、僕は戦い続けるつもりだ。 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/664b04d7316143a77174b611
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