広島市在住のシャオヘイが、飲食店と顧客の間にある様々な課題や問題に対する僕の考えや、特定の料理についてお話します。
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快食ボイス799・説明のない「無添加」という虚言を看板にしてもいいのか
ずっともやもやしていた 無添加を売りにしている飲食店を、ちょこちょこ見かける。 「無添加だから体に優しい」「添加物不使用だから安心」という言葉が、SNSやメニューの中に出てくる。 それを見るたびに、僕はなんかもやもやするんだよな、という気持ちが続いていた。 なぜもやもやするのか、今日はそれをちゃんと言語化してみたい。 飲食店の「無添加」には法的定義がない まず前提として、食品添加物は食品衛生法によって定義されていて、国が認可したものだけを使えるというルールになっている。保存料、着色料、甘味料、乳化剤。僕たちが「添加物」として頭に思い浮かべるものには、使っていい量と方法の基準がある。 問題はここからだ。 加工食品における「無添加」の表示には、食品表示基準に基づいた定義がある。 だが飲食店の「無添加」には、法的な定義も、業界の統一基準も存在しない。 つまり、何をもって無添加とするかを店が自分で決めていい。 保存料だけを指しているのか。 人工の着色料や甘味料も含むのか。 市販の調味料に含まれる添加物まで対象なのか。 食材に使われた農薬は含めているのか。 どこまでを「無添加」と呼ぶかは、店によって全く異なる可能性がある。 そしてその定義を、SNSにも店のウェブサイトにも書いていない店が、僕の調べた範囲ではほぼ全部だった。 無添加は「悪魔の証明」だ そもそも「無添加」を完全に証明することは、論理的に難しい。 「〇〇がない」という否定命題を証明するためには、考えられるあらゆる可能性を一つひとつ排除しなければならない。これを「悪魔の証明」と呼ぶ。 「うちは無添加です」と言い切るためには、あらゆる原材料・工程・調味料・食材の履歴を完全にトレースして、全ての段階で添加物がゼロだと確認しなければならない。 それは現実的に非常に難しい。 「信じるか信じないか」という構造 定義がなく、証明も困難で、説明もない。 そうなると残るのは「信じるか信じないか」だけだ。 添加物には体に悪いというイメージがある。ナチュラルなものが安心だという感覚は、意識が高い人たちの間で広く持たれている。その不安を刺激しつつ「うちは無添加だから安心です」と言い、しかし何がどう無添加なのかは説明しない。検証する手段を与えない。批判もできない。 これはほとんど宗教だ。 教義を信じるかどうかを問うのが信者への入り口で、「神は本当にいるのか」と根拠を求めることが、そもそも的外れな問いとして扱われる。 だが飲食店と客の関係は、教祖と信者の関係ではないはずだ。 善意は免責にならない 全ての店が意図的に不誠実なことをしているとは思っていない。「無添加は体にいいことだ」と本気で信じていて、その信念からやっている店も多いはずだ。 だが善意があれば不誠実な構造が許されるか、というと、そんなことはない。 「地獄への道は善意で舗装されている」というヨーロッパの格言がある。 善意からやっていれば、その結果まで正当化されるわけではない。 自分のビジネスの看板を定義できていない まとめてしまえば、これは不勉強の問題でもある。 イタリアンレストランを経営しながら「イタリア料理って何ですか」と聞かれて「よくわかりません」と答えるようなことだ。自分のビジネスの看板にしている概念を定義できていない。 法的な統一基準がないなら、なおさら自分で定義して説明する責任が店側にある。 「私の考える無添加とは、これこれこういうことです。具体的には、〇〇は使わないが△△は使っています。その理由は〜〜です」 これを言えることが、客への説明責任であり、本当の意味での信頼を積み上げることだと思う。 そこまでやって初めて、無添加という言葉に責任が持てる 念のため言っておくと、添加物が好きなわけでも万歳したいわけでもない。無添加を目指す方向性の気持ちはよくわかる。だからこそ、中途半端なままにしてほしくない。 デタラメや誤魔化しが嫌だから無添加でやっているはずなのに、それと同じことを自分がやってしまっていたら本末転倒じゃないか。 あなたの店の無添加とは、具体的に何がどこまでどのように無添加なのか。それをちゃんと定義して説明することが、客との誠実な関係の出発点だと思う。 そこまでやって初めて、無添加という言葉を看板に掲げる資格があると、僕は思っている。 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/664b04d7316143a77174b611
快食ボイス797・ウナギの完全養殖と密漁&ヤクザの闇
大分県の水産会社が、完全養殖ウナギを販売する めでたいニュースがあった。 大分県の水産会社が、ウナギの完全養殖に成功し、一般向けに1匹5000円で販売するという。 https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015125271000 研究開発が始まってから60年以上。 完全養殖の成功自体は2010年に発表されたが、それからさらに16年かけてようやく店頭に並ぶところまで来た。 関わってきた研究者たちの執念に頭が下がる。 --- 現在の養殖ウナギは、天然の稚魚から始まっている まず前提として知ってほしいことがある。 現在スーパーや専門店で食べられている「養殖ウナギ」は、天然の稚魚から始まっている。 シラスウナギと呼ばれる稚魚を、川や河口で捕まえて、養殖池に入れるところからスタートする。 養殖とはいっても、稚魚を自前で生み出すことはできていない。 天然に依存している。 シラスウナギは半透明で、太さは爪楊枝ほどだ。 マリアナ諸島近海で生まれ、黒潮に乗って日本の沿岸にたどり着く。 かつては年間200トン以上の漁獲があったが、2024年時点では7.1トン程度にまで落ち込んでいる。 95%以上の減少だ。 需要が増えても天然の稚魚は減り続けているから、価格は跳ね上がる。 かつて1キロ100万円を超えることもあったシラスウナギは、今では1キロ300万円前後まで高騰している。 「白いダイヤ」と呼ばれるゆえんだ。 --- 香港に、シラスウナギが取れる川はない 希少で高値がつくものには、必ず闇がある。 シラスウナギも例外ではない。 鈴木智彦氏の著書『サカナとヤクザ』(小学館)は、この問題を丁寧に取材した一冊だ。 ウナギの流通に暴力団が深く関わっている実態が書かれている。 https://amzn.to/4e03uOf 大まかな構造はこうだ。 密漁や無報告で捕られたシラスウナギを、中間業者が買い取って合法的な流通に乗せる。 マネーロンダリングと同じ発想だ。 国内の養殖池に入るシラスウナギのうち、多ければ7割程度が密輸や無報告の漁獲によるものだという指摘がある。 高知県では、県に報告されている漁獲量の5倍は実際に取っているという証言もある。 もうひとつ、台湾と香港をめぐる話がある。 台湾は2007年にシラスウナギの輸出を禁止した。 ところが禁輸前に台湾から日本に入っていた量とほぼ同数が、禁輸後は香港から入ってくるようになった。 香港にシラスウナギを捕れる川はない。 漁師もいない。 それでも大量のシラスウナギが香港から日本に入ってくる。 台湾から香港を経由して産地をロンダリングしているのではないかというのが、業界最大のタブーとして『サカナとヤクザ』の中でも指摘されている。 --- それでも完全養殖は、有効な「迂回路」だ では完全養殖が普及すれば、これらの問題はすべて解決するか。 おそらく、そうはならない。 アワビやナマコなど他の水産資源でも同様のことが起きているが、養殖品が市場に出回っても、天然物というブランドは消えない。 むしろ稀少性が高まれば単価は上がり、密漁の旨味もそのまま残る。 完全養殖が普及したとしても、密漁と暴力団によるロンダリングは縮小はするだろうが、根絶はしないだろう。 ただ、「縮小する」だけでも、意味は大きい。 食文化というのは本質的に保守的なものだ。 ウナギには土用の丑の日の記憶があり、特別な日のご馳走としての情動的な蓄積がある。 絶滅危惧種だから食べるなというのは正論だが、それで食文化が変わるほど人間は合理的ではなかった。 現実がそれを証明している。 そうであれば、食べたいという本能に折り合いをつけながら問題を迂回する経路として、完全養殖は非常に有効だ。 倫理で人を変えるのではなく、仕組みで問題を小さくする。これが現実的な解だと思う。 --- コストはあと半分まで来ている 完全養殖の課題はコストだ。 かつてシラス1匹あたり4万円かかっていたコストが、現在は1800円まで下がってきている。 目標は800円だという。 あと半分まで来ている。 投資が続いているのは、需要があるからだ。 みんながいまだに食べ続けているからこそ「完全養殖が実現したら必ず売れる」という確信が生まれ、お金が集まる。 逆に言えば、絶滅危惧種だからと誰も食べなくなっていたら、このような研究に投資する人はいなかった。 食べ続けてきたことが、解決策への投資を引き寄せたとも言える。 1匹5,000円が1,500円になれば、多くの人が「天然にこだわらなくていい」と感じ始める。 品質の安定性という点でも、養殖の方が扱いやすい。 天然物はばらつきが大きく、対応には高い調理技術が必要になる。 ジビエと畜産の違いに近い。 ほとんどのウナギが完全養殖になり、品質が安定し、食文化が守られる。 そういう未来はそう遠くないと思っている。 60年かけてここまで来た研究者たちを、本当にすごいと思う。 --- 本能に配慮した問題解決が、一番強い この話を通じて改めて思うのは、本能に寄り添った問題解決の重要性だ。 「絶滅危惧種だから食べるな」は正論だ。 ただ、食欲という本能は正論で折り合えなかった。 食文化はそれほど簡単には変わらない。 であれば、その本能を否定するのではなく、本能が向かう先に正当な選択肢を用意することの方が、はるかに現実的な問題解決になる。 完全養殖は、まさにそのアプローチだ。食べたいという気持ちを悪者にしない。 食文化を壊さない。 それでいて、天然のウナギへの負荷を減らしていく。 ウナギをめぐる流通の闇がすぐに消えることはないだろうが、少なくとも今よりはマシになっていく。 そのための一手として、完全養殖の実用化は本当に意味がある一歩だ。 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/664b04d7316143a77174b611
快食ボイス795・混ぜ麺とパスタの間にある、越えられていない壁
「よく混ぜてからお召し上がりください」という呪縛 混ぜ麺を頼むと、必ずといっていいほど一言添えられる。 「よく混ぜてからお召し上がりください」 これが混ぜ麺というジャンルの、最初にして最大の問題だと思っている。 料理を提供した時点で、完成形の主体が料理人から客へと移行している。 つまり、完成させる責任を客に投げてしまっているわけだ。 パスタと比較されることの多い混ぜ麺だが、パスタと一緒くたにできない理由がここにある。 その理由を、少し丁寧に説明してみたい。 パスタが到達した「マンテカーレ」という技法 イタリア料理には、マンテカーレという技法がある。 シェフがフライパンの上でパスタとソースを煽るように混ぜ、茹で汁の澱粉をバターや油脂を加えながら攪拌し、乳化という物理的現象を意図的に起こす。 温度管理とタイミングの見極めが必要な、熟練した作業だ。 こうして乳化が完成した状態で皿に盛られ、客のもとに届く。 客に届く時点で、料理は完成している。 何百年もかけて試行錯誤してきた歴史の中で、イタリア料理はこの技法にたどり着いた。 ちなみに僕が子供の頃の日本には、茹でたパスタの上にミートソースをかけるだけという丼式のパスタが普通に存在していた。 今はほぼ見かけなくなったが、あれだって長い変化の過程の一コマだったのだと思う。 丼の中で混ぜることが、麺にとって優しくない理由 では混ぜ麺の場合はどうか。 丼の中で中華麺をぐるぐると混ぜ返すと、麺肌が荒れる。 混ぜている間も温度はどんどん下がっていくので、摩擦係数が上がる。 荒れた麺肌はタレを過剰に吸い込む。 丁寧に時間をかけて混ぜれば混ぜるほど、温度は下がり、麺は傷み、味は劣化していく。 つまり「混ぜれば混ぜるほどおいしくなる」は、構造的に嘘だ。 この矛盾を知っている人は、ある程度混ぜたらすぐに食べ始める。 完全に混ぜ合わせた状態を目指すのではなく、必要最低限の混合で食べ進みながら、少しずつなじませていく。 それが現状における「正解」の食べ方だ。 ただ、それは自分で学ぶしかない。 店が教えてくれることはない。 四川の担々麺が成立する理由 「でも担々麺だって混ぜて食べるじゃないか」という指摘があるかもしれない。 広島の汁なし担々麺は、四川省の小吃(シャオチー)文化をルーツに持っている。 小吃というのは軽食・間食に近い文化で、量が少ない。 僕が成都市で食べた担々麺は、日本の小さなお茶碗ほどの器に入っていて、くるくると混ぜてつるつると食べれば、あっという間に食べ終わった。 数口分だ。 あの量なら、麺肌が荒れるとか温度が下がるとか、そういう問題が起きる前に食べ終わる。 提供されてから食べ終わるまでの温度変化など、ほとんどない。 つまり四川の小吃文化は「量を少なくする」ことで混ぜる構造的問題を解決していた。 意図的に設計したのか、文化的な積み重ねの結果なのか、どちらかはわからない。 だがいずれにせよ、合理的に機能していた。 日本の混ぜ麺が量を増やさざるを得ない理由 日本には小吃のような食文化がない。 食事には「次のご飯までお腹が減らないだけの量を食べたい」というニーズが当然ある。 スープがない分、麺の量で満足感を補わなければならない。 場合によってはラーメンより多いくらいの麺量にしないと、1食分食べた気がしないと思わせてしまう。 だからタレが麺に絡みきらないように設計して、ご飯を後から投入させることで最後まで楽しめる形にしたりする。 これはこれで一つの工夫だが「一つの料理として完成させる」という方向とは真逆のアプローチだ。 パスタを食べ終わった皿に少しだけソースが残れば、パンで拭って食べる。 それもまたおいしさの証だが、ジャブジャブにソースが残るパスタは、そもそもソースが麺に絡んでいないということだ。 完成形を提示できない料理の行方 ここで一つ訊いてみたいことがある。 「よく混ぜれば混ぜるほどおいしくなる」と言っている店に「では最適に混ぜた状態で提供してください」とお願いしたとして、それができる店はどれだけあるだろうか。 これが完璧ですという完成形を料理人が自ら示せないのに、完成させる作業を客に委ねている。 これは構造的におかしくないか。 混ぜ麺は歴史がまだ浅い料理だ。 浅いということは、発展途上ということでもある。 パスタだって、手で掴んで食べていた時代があった。 そこから何百年もかけて今の形にたどり着いた。 混ぜ麺は少なくともそのレベルよりは上にいるわけだから、まだまだ伸びる余地はある。 ただ、その道を歩むには「客に完成を委ねてしまっている」という構造の問題から目を背けないことが必要だと思う。 なぜ混ぜさせるのか。 厨房で完成させた状態で提供することはできないのか。 料理人として答えを考え続けることが、料理としての発展につながるはずだ。 混ぜ麺の名店が出てくる可能性がある 現状への批判を書いてきたが、混ぜ麺というジャンルに可能性がないとは思っていない。 むしろ逆だ。 歴史が浅くて、構造的な問題がまだ解決されていない。 ということはつまり、解決した店が出てきたとき、それは本物の名店になり得る。 「混ぜ麺といえばここ」と語られるような店が、これから生まれる余地は十分にある。 そのためには今の形を「これでいい」と思考停止しないことだ。 現在の混ぜ麺が抱えている問題を直視したうえで、自分なりの回答を模索し続ける料理人が現れたとき、混ぜ麺は一つのジャンルとして確立するのではないかと思っている。 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/664b04d7316143a77174b611
快食ボイス794・森の大将が68歳にしてたどり着いた答え
プロフェッショナル仕事の流儀で「はまんど」が出た NHKの見逃し配信でプロフェッショナル仕事の流儀を見た。 まさか「はまんど」が出るとは思っていなかったので、番組表で見たときには目を疑った。 香川県のラーメン店で、僕が何度も足を運んだ店だ。 放送は既に終わっているが、見逃し配信が5月23日(土)の10時44分まで公開されているので、ぜひ見てほしい。 ラーメン好きはもちろん、うどん好きにも強くすすめたい。 それくらいの内容だった。 https://www.web.nhk/tv/an/professional/pl/series-tep-8X88ZVMGV5/ep/RMK677G72Z --- 讃岐うどんブームが始まる前から、香川に通っていた 「はまんど」の話をする前に、香川との関わりを少し書かせてほしい。 讃岐うどんには20代後半からハマっていた。 ブームになる前だ。 きっかけは「タウン情報香川」という地域情報誌が出した「恐るべき讃岐うどん」という本で、讃岐うどんの面白さを掘り下げた内容だった。 これが全国的に話題になって讃岐うどんブームの火付け役になっていくのだが、僕は香川県でしか手に入らない時期からこの本を取り寄せて、食べ歩きに行った。 最初に行った頃は「山越」も行列などなかった。 広島からわざわざうどんを食べに来たと言えば、地元の人に「なんでそんなところから?」と驚かれるくらいの時代だ。 その後は現在に至るまでの大ブームになった。 --- 香川でラーメンをやると決めた理由 森さんという人は、ずっとラーメンをやり続けてきた人だ。 香川県でラーメンをやるというのは、相当な覚悟がいる。 競合相手は讃岐うどんだ。あの圧倒的な食文化の蓄積を前にして、ラーメンで勝負しようというのだから、普通の人間ではない。 ではどうしたか。 森さんは「香川でラーメンをやるなら、まず香川のうどんを知らなくてはいけない」という結論を出した。 そして実際に香川中のうどんを食べ歩いた。 ライバルを研究するというより、この土地の食の核心を自分の体で知ろうとした、ということだと思う。 これがぶっ飛んでいる。 --- 伊吹イリコ一本で勝負する 香川のうどんのだしは、ほぼ煮干し(イリコ)と昆布だ。 森さんはそのことをよくわかった上で、ラーメンのスープを伊吹イリコ一本で作っている。 伊吹島という香川の離島で揚げられる煮干しで、日本のイリコのトップブランドのひとつと言っていい。 ラーメンのスープに使えるのは最高級品ではなく、ランクが少し下がるものだ。 ピカピカに輝く最高級の銀色の煮干しは料亭向けで、脂がのっていないものがベスト。 それを惜しみなく使えばいいというわけでもないのがまた難しいのだが、それでも伊吹イリコにこだわり続けている。 うどんのだしとほぼ同じ素材で、ラーメンのスープを作っているということになる。 なんでそんな難しいことをするんだ、と思わなくもないが、それこそが香川でラーメンをやる意味だということなのだろう。 --- 昔は怖い人だったが、今は違う 番組を見ていると、森さんの若い頃の話も出てくる。 ものすごくストイックな人で、当時は近づきがたいような雰囲気があったし、僕もそれは覚えている。 味への妥協を許さないタイプが、そのまま人に対しても厳しく出ていたということだろう。 それが現在68歳になって、変わっていた。 一番大事なことはおいしい料理を出すことだが、それ以前に「気持ちのいい食空間を作ること」だ、というのが今の森さんの答えだ。 お客さんが入ってきたら気持ちよく声をかける。 帰るときにしっかり挨拶する。 笑顔で料理を提供する。 そういう当たり前のことが、味や見た目よりも手前の、前提として存在している。 番組の中でお客さんがみんな楽しそうに食べているのが印象的だった。 --- 味半分、見た目半分。でもそれは正解じゃない。 森さんが到達した言葉がある。「味半分、見た目半分」だ。 料理の美味しさは味だけでは決まらない。 見た目が半分を占める。 これ自体はわかる話だが、番組を通して見ていると、その言葉の後ろに「当たり前にやっておかなくちゃいけないことが山ほどある」ということが透けて見えてくる。 森さんにとって「味と見た目」の話は、もっと手前のことが全部できていて初めて語れる次元の話なのだ。 これはラーメンという食べ物を通じて、彼が一生かけて出した答えだ。 ただし、正解ではない。 最近、みんな正解を求めすぎると僕は思っている。 万人に対する正解というものは存在しない。 人によって、その時々によって、答えは違う。 森さんがたどり着いたのも「正解」ではなく、森さんの「答え」だ。 だから美しい。 人生というのは、そういうものにしかなり得ない。 ラーメンを通じて人生まで見せてくれる番組だった。 配信は残り1週間弱しかない。 ラーメン好きもうどん好きも、ぜひ。 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/664b04d7316143a77174b611
快食ボイス792・タクシーの迎車料金入力ミスと返金トラブル
DiDiで乗って、降りてから気がついた 今年の2月、広交タクシーに乗った。 DiDiを使って配車し、降りるときに領収書ももらった。 そこで終わりのはずだったが、DiDiからの通知を見て「おかしいな」と気づいた。 領収書の金額と、DiDiから来た請求金額が違う。 DiDiの方が高いのだ。 どういうことだろうと不思議に思い、DiDiで配車した場合は運転手さんの電話番号がわかるので、直接電話をかけてみた。 聞いてみると、迎車料金の入力を間違えたとのことだった。 本来は200円のところを、2000円で入力してしまったという。 ああ、なるほど、それは確かにあり得る。 手打ちで数字を入れるような仕組みになっているなら、そういうミスは起きる。 当たり前だが、わざとではない。 「わかりました、返金の手続きをしておいてください」とお願いして、電話を終えた。 --- 4日後にメールしたら「処理中」と返ってきた そこから4日ほど経ったが、返金の通知も電話連絡もなかった。 そこで、広交タクシーの公開されているメールアドレスに連絡してみた。 返事はちゃんと来て「その件については把握しています、少しお時間をいただきますが処理は進行中です」という内容だった。 それならよかった、と思った。 返金処理には時間がかかるだろう。 特にDiDiとPayPayカードが絡んでいて、自社だけで話が完結しないから、複数の会社をまたいで処理が必要になる。 それが面倒なのもわかる。 時間がかかるのはしょうがない、ちゃんと動いているならそれでいい、と思っていた。 --- そこから3ヶ月、音沙汰なし それが2月の話で、5月になった。 ほとんど忘れていて、ふとした拍子に思い出したが、そういえば返金になったという通知は来ていない。 DiDiの支払い画面を見ても、金額は元のままだ。 どこかにお金が返ってきているのか、処理がどこまで進んでいるのか、履歴を確認したがわからない。 メールアドレスも電話番号も、知っているのだから、処理が終わったなら終わったで連絡してほしいと思いつつ、仕方がないので、もう一度メールで「あの件はどうなりましたか」と問い合わせた。 それから1週間経ったが、返事はない。 --- 金額の問題ではない 金額は2000円にも満たない。 スルーしようかとも思った。 2000円弱のために、これ以上時間と手間をかけるのは面倒だ。 ただ、こういう問題をなかったことにしてしまうと、同じミスがまた起きる。 ヒューマンエラーというのは、何も対策をしなければ必ず繰り返される。 それを組織の中でちゃんと「ケーススタディ」として残し、次に同じことが起きないようにする。 それをしないまま放っておくのは、組織として良くない。 だから語っておこうと考えた。 --- 悪いのはミスをした人ではなく仕組み そもそも、迎車料金を手打ちで入力させるような仕組みに問題がある。 200円を2000円と打ち間違えるのは、そういう入力方式にしている以上、絶対に起きる。 運転手さんが悪いのではなく、そういうミスが起きやすい仕組みを放置していることの方が問題だ。 自動で料金が反映される仕組みにすれば、そもそもこの種のエラーはなくなる。 Excelに例えるなら、数式が入っているセルに直接数字を打ち込まれたら困るので、入力できない場所はブロックをかけておく。 入力できる場所は赤枠で区切って、触ってはいけない場所に警告を表示する。 それと同じことをタクシーのシステムでもやるべきだということだ。 若い頃、タクシーに乗車した際、高額紙幣しか持っていなくて「兄ちゃん、タクシーに乗るときは千円札をを持っておかなきゃダメだ」と叱られたことがある。 その指摘は教訓として今も残っている。 しかし今は、小銭がなくてもキャッシュレスで払えるようになった。 技術によって、昔の「常識」が不要になった。 それはいいことだ。 ただ、キャッシュレスはまだ過渡期だ。 複数の会社をまたいだ決済が絡む返金処理が大変なのも、そういう過渡期の課題のひとつだ。 大変なのはわかる。 だからこそ、こういうトラブルが起きたときに正面から向き合って、仕組みを改善していく機会にしてほしい。 --- タクシー業界全体の話 これは広交タクシーだけの問題ではない。 今のキャッシュレス環境の中でタクシー業を営むすべての会社に、同じような課題がある。 手打ち入力のミスは起きる。 返金処理が複数社をまたぐと時間がかかる。 それが長引いたときに、お客さんへの連絡が途絶えてしまうことがあるのかもしれない。 なかったことにするのではなく、こういうケースをきっかけに、ミスが起きにくい仕組みと、起きたときの対応フローを整えてほしい。 お互い気持ちよく使えるようになるために、改善を進めることが大切だと思う。 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/664b04d7316143a77174b611
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