広島市在住のシャオヘイが、飲食店と顧客の間にある様々な課題や問題に対する僕の考えや、特定の料理についてお話します。
その他には個人的な体験や経験なども。
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快食ボイス700・麩の焼き→文字焼き→お好み焼の神話を解体する(前編)
はじめに 今回はお好み焼の話をしよう。 お好み焼と聞いて、多くの人が一度は目にしたことがあるであろう言説がある。 千利休が安土桃山時代に作った「麩の焼き」が、江戸時代に文字焼きとなり、そこからお好み焼が生まれた。 とりわけ大阪あたりでは、半ば定説のように語られている話である。 千利休が堺の人なので、支持されやすいのは理解はできる。 しかし、資料を集め、時代背景を整理し、事実を積み上げていくと、どうしてもこの話には強い違和感が残る。 今回はその「なぜ納得できないのか」を、順を追って整理してみたい。 話がやや長くなるので、2回に分けることになるだろう。 今回はその前編である。 --- 小麦という作物の出自 まず前提として、小麦という作物について触れておく必要がある。 小麦の原種が見つかっているのは、メソポタミア文明圏である。 小麦は農耕文明の成立を支えた、極めて重要な作物の一つだ。 一方、日本は伝統的に米食の社会である。 米の原産地は、中国雲南地方、ミャンマー北部、あるいはタイ北部あたりとされている。 湿潤で水の多い環境に適した作物であり、日本の気候条件とは非常に相性が良い。 実は、日本に米と麦が伝来した時期自体は、ほぼ同じで、弥生時代とされている。 それでも、その後の日本で圧倒的に主流になったのは米だった。 --- なぜ日本は「米の国」になったのか 理由は単純である。 同じ1ヘクタールの土地で栽培した場合、米はおよそ5トン、小麦は約3.5トンしか収穫できない。 日本は山が多く、平野部が少ない。 水は豊富だが、耕作に適した土地は限られている。 その条件下で、より収量が多く、水を活かせる米作りが選ばれたのは自然な流れだ。 さらに重要なのは、水田は連作障害を起こさないという点である。 同じ土地で延々と米を作り続けても、問題が起きにくい。 これは他の作物では非常に珍しい特性だ。 小麦には連作障害があり、土地を休ませながら作る必要がある。 広い土地がない日本では、明らかに不利な作物だった。 --- 粉にする、という途方もない手間 もう一つ、決定的な違いがある。 米は脱穀すれば、玄米のまま粒として食べられる。 一方、小麦は粒のままでは美味しくもなく、消化も悪い。 食べるためには「製粉」という工程が必要になる。 これは現代人が想像する以上に大変な作業である。 昔はすべて人力で、石ですり潰し、何度もふるいにかけ、粒度を揃えなければならなかった。 ヨーロッパで水車が発達したのは、まさにこの製粉のためである。 それほどまでに、小麦を食べ物にするにはエネルギーが要る。 つまり、日本において小麦粉は、基本的に贅沢品だったのである。 --- 千利休と「麩の焼き」 千利休が活躍したのは安土桃山時代、16世紀後半である。 彼が茶菓子として供したとされる「麩の焼き」は、何度もふるいにかけた白い小麦粉を使った、極めて贅沢な菓子だった。 当時、砂糖はほぼ使えないため、味付けは味噌が中心だったと考えられている。 それでも、小麦粉そのもののおいしさは十分に人を喜ばせただろう。 ここで重要なのは、「麩の焼き」は徹頭徹尾、茶の湯の世界の菓子だという点である。 客を思い、時間をかけ、心を尽くす。 その文脈の中で成立した食べ物である。 --- 300年の空白 問題はここからだ。 文字焼きが史料に登場するのは、江戸時代後期、化政文化の頃である。 つまり、千利休の時代から約300年が経っている。 この300年間「麩の焼き」がどこで、誰に、どのように食べられ続けていたのか。 それを示す連続した記録は、ほぼ存在しない。 京阪の超上流階級の茶菓子が、江戸の町民、しかも子どもが食べるストリートフードになる。 その社会的落差はあまりにも大きい。 ここを説明せずに、「似ているから繋がっている」と言ってしまうのは、あまりにも雑である。 それなら小麦煎餅でも同じではないか、という話になってしまう。 --- 麩の焼きは、ちゃんと残っている さらに言えば、麩の焼きは「消えた」わけではない。 尾道の老舗和菓子屋「中屋」には、「ふなやき」という菓子が今も残っている。 小麦粉を薄く焼き、餡を包んだ、明らかに茶菓子の系譜にある存在だ。 滋賀、九州の柳川や久留米周辺など、似た菓子は各地に点在している。 使われる場面も、文脈も、連続している。 だからこちらには納得感がある。 --- なぜ、ふの焼きは文字焼きにならないのか まとめると、問題は三つある。 一つは、300年に及ぶ時代のミッシングリンク。 さらに二つは、社会階層と地域の断絶である。 これを説明しない限り「麩の焼きが文字焼きになった」という説明にはならない。 文字焼きからお好み焼へ、という流れは解明されている。 しかし、その前段を雑に繋げてしまうのは、歴史の扱いとして誠実ではない。 もう一つ、非常に重要な視点がある。 それについては、次回あらためて話したい。 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/664b04d7316143a77174b611
快食ボイス701・麩の焼き→文字焼き→お好み焼の神話を解体する(後編)
はじめに 前回に引き続き「麩の焼き」と「文字焼き」の関係について考えていきたい。 一般には、麩の焼きが文字焼き、ひいてはお好み焼きの源流である、という説明がなされることが多い。 しかし、史料を丁寧に追い、文化の文脈を考慮すると、どうしても腑に落ちない点がいくつも浮かび上がってくる。 本稿では、その違和感の正体を、歴史・階級・地域、そして江戸文化の性格という観点から整理してみたい。 --- 300年の「ミッシングリンク」 最大の疑問点は、時間の断絶である。 麩の焼きが登場するのは、千利休の時代、すなわち安土桃山期である。 一方、文字焼きが都市文化として姿を現すのは、江戸後期から幕末にかけてである。 このあいだには、実に約300年の空白が存在する。 しかも問題は、単なる時間差だけではない。 - 食べられていた地域が異なる - 享受していた階級が異なる - その300年間に、麩の焼きがどこで何をしていたのか分からない という、三重の断絶がある。 分かっているのは、麩の焼きが茶事の世界、すなわち上流文化の中では連綿と生き残ってきた、という事実である。 茶の湯の世界は「型」と「継承」を重んじる。 千利休に由来する菓子が、オマージュとして残り続けるのは、むしろ自然なことだろう。 しかし、それが庶民文化へと降りていった形跡は、少なくとも記録の上では確認できない。 --- 「庶民も食べていたのでは?」という仮説への疑問 「記録に残っていないだけで、実は庶民の間でも食べられていたのではないか」そう考える人がいるかもしれない。 だが、江戸時代、とりわけ後期という時代を考えると、この仮説は弱い。 江戸後期は、驚くほど記録が多い時代である。 食べ物、風俗、流行、戯作、見世物──ありとあらゆるものが書き残されている。 その中で、文字焼きについての記述は存在するにもかかわらず、「麩の焼きがルーツである」と明記した史料は、今のところ見当たらない。 誰かがそう考えていたのであれば、誰かがどこかに書き残していてもおかしくない。 だが、それが見つからない。 これもまた、無視できない事実である。 --- 上流の食が庶民化するには「理由」が要る 確かに、上流階級の食文化が庶民に降りてくる例は存在する。 砂糖がその典型だろう。流通革命が起き、沖縄や奄美で生産された砂糖きびが大量に入ってくることで、価格が下がり、一般化した。 小麦粉も、製粉技術の進歩によってコストが下がり、近代以降は巨大産業となった。 寿司もまた、保存食・高級食から屋台食へと姿を変え、庶民のものとなった。 重要なのは、必ずそこに技術革新や流通構造の変化といった「理由」があるという点である。 では、麩の焼きに関して、同様の理由は存在しただろうか。 現時点で、それを裏付ける材料は見当たらない。 --- そもそも江戸とは、どういう場所か ここで視点を大きく変える必要がある。 江戸は徳川幕府の所在地であり、政治・行政の中心ではあった。 しかし、日本の「首都」はあくまで京都であり、それを経済的に支えたのが大阪である。 京と阪は文化的にも極めて近く、「京阪文化圏」を形成していた。 その京阪から見れば、江戸は新興の都市であり、武士の田舎者が集まる場所だった。 「東夷(あずまえびす)」という言葉が象徴するように、どこか野蛮で、洗練されていない存在として見下されていた。 つまり江戸は「伝統」を持たなかった。 その代わりに、江戸は自分たちの文化を自力で作り出す必要があったのである。 --- 江戸文化は「アンチ京阪」である 文化文政期、いわゆる化政文化の時代に、江戸の町民文化は一気に花開く。 この文化の根底にあるのは、明確なアンチ京阪の精神である。 京阪が「伝統」や「技の粋」を誇るなら、江戸は「当世」「今様」を掲げる。 「通(つう)」という言葉が好まれたのも、その表れだろう。 食文化も同じである。 京阪が鱧や鯛を尊ぶなら、江戸は鰹を誇る。 京阪が洗練された伝統的な料理なら、江戸は蕎麦を自らの食と定義する。 これは模倣ではない。 対抗であり、自己定義である。 --- 「粋(すい)」と「粋(いき)」の違い 同じ漢字でも、意味が違う。 京阪の「粋(すい)」が技術や芸の到達点を指すなら、江戸の「粋(いき)」は、生き方そのものを指す。 表に出さない美学。 裏地に凝る着物。 あえて説明しない態度。 これは、プラスの美学ではなく、どこかマイナスの、内向きの美学である。 長く田舎者として扱われてきた者たちが、ようやく手に入れた自分たちの文化。 そこには皮肉と反骨が染み込んでいる。 --- 麩の焼きが文字焼きになる、という違和感 この江戸文化の文脈において考えると、疑問はさらに強まる。 京阪の、しかも上流階級が楽しんでいた茶菓子を、江戸の町民がありがたがって真似るだろうか。 江戸文化の成り立ちを見れば、その可能性は極めて低い。 江戸は常に歯向かってきた。 蕎麦も、鰹も、味付けも、生き方も、すべてが「俺たちは違う」という宣言だった。 その江戸が、三百年前の京の上流文化を下敷きに、自らの粉もの文化を作った── どう考えても、納得できない。 --- 結論として 以上の理由から、僕は次の二点を大きな根拠として、 - 300年に及ぶミッシングリンク(時間・階級・地域の断絶) - 江戸文化そのものがアンチ京阪として成立していること この二つにおいて、麩の焼きが文字焼きの直接的なルーツであるとは考えにくい、という結論に至っている。 もちろん、これは現時点で僕が調べ得た範囲での結論に過ぎない。 新たな史料が見つかれば、考えを改める必要があるかもしれない。 だが、ファクトを積み上げていく限り、今のところは、この結論以外に行き着かないのである。 本稿が、皆さまが粉ものの歴史を考える際の、一つの視点となれば幸いである。 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/664b04d7316143a77174b611
快食ボイス699・まぜ麺の現在地と、その正当進化の可能性
はじめに 今回は、まぜ麺という料理について考えてみたい。 ラーメン店などで時折見かけるまぜ麺。 「食べたことはない」という人がいるかもしれないが、広島市では汁なし担々麺がまさにその代表例である。 中国には古くから多様なまぜ麺文化があり、日本でも台湾混ぜそば(名古屋)や油そば(東京)など、各地に派生形が存在している。 にもかかわらず、まぜ麺はなぜラーメンほどの市民権を得ていないのか。 今回は、その課題と将来性について整理してみたい。 --- まぜ麺が抱える「飽き」の問題 まぜ麺の多くは、味付けが強い。 濃いタレ、パンチのある油、ニンニクや卵黄、甘じょっぱい方向性。 そして、提供時に美しく盛り付けられた具材を、ぐちゃぐちゃに混ぜて食べる。 結果としてどうなるか。 最初から最後まで、ほぼ同じ味が続く。 若い世代であれば、濃い味とボリュームを代謝できる。 しかし年齢を重ねるにつれ、この「同一味が持続する料理」は徐々に厳しくなってくる。 二郎系の汁なしなども、同様の構造だ。 --- 中国におけるまぜ麺の位置づけ 一方、中国ではまぜ麺は小吃(シャオチー)。 つまり小腹を満たす軽食として提供されることが多い。 上海の葱油拌面(ネギ油和え麺)なども、パンチのある味だが量は少ない。 するりと食べ終え、「もう少し刺激が欲しい」という余韻を残して終わる。 ストリートフードとして、極めて合理的な設計である。 問題は、日本ではこれを丼料理と同じ、一食完結型の食事にしてしまった点にある。 単品で満腹になることを求めた結果、量は増え、途中で飽き、義務感で食べ進める構造が生まれてしまった。 --- 味変が救いにならない理由 この構造的課題は飲食店側も理解していて、卓上に多くの味変アイテムが用意されていることが多い。 だが、これもまた諸刃の剣である。 あれこれ足した結果、どの店で食べても似た味に収束してしまう。 違いを出せる要素が、最終的には「麺」しか残らなくなるのだ。 ニンニク、卵、醤油、甘じょっぱい方向性。 構成要素が似通えば、個性は薄まっていく。 --- まぜ麺の完成形は、すでに存在している ここで、身も蓋もない話をしよう。 まぜ麺という料理の「完成形」は、すでにパスタとして存在している。 ソースと麺を最初から和え、最適な状態で提供する。 料理としての完成度は、圧倒的に高い。 客に「混ぜさせる」という行為は、マーケティング的な面白さはある。 しかし料理的合理性という観点では、意味はほとんどない。 パスタのグラム数が60〜100gに抑えられているのも、麺というものを美味しく食べさせる構造を熟知しているからである。 一方、まぜ麺は少なくても150g、普通で200g、時には300gへと膨張していく。 これは構造的に無理がある。 --- では、まぜ麺はどこへ向かうべきか まぜ麺をパスタ化すればいい、という話ではない。 それでは「パスタを食べればいい」で終わってしまう。 まぜ麺の魅力は、あの独特のジャンクさにある。 ならば、そのジャンクさを残したまま、料理としての完成度を上げる道を探るべきだ。 そのヒントは、すでに日本各地に存在している。 --- 「後半で別料理になる」という進化 広島の汁なし担々麺における後入れご飯。 盛岡ジャジャ麺のチータンタン。 これらは共通して、途中で料理の体験が変わる構造を持っている。 麺料理から、ご飯もの、あるいはスープへと変化する。 チータンタンは「白龍」の初代店主が生み出したようだが、汁なし担担麺の後入れご飯は、ユーザーイノベーションとして生まれた。 ポケベルの数字語と同じ構造だ。 これらは汁なし麺の弱点を、極めて自然に補っている。 --- 「混ぜれば混ぜるほど美味い」は幻想である まず捨てるべきなのは、このフレーズである。 合理性がまったくない。 最初からある程度味を麺に乗せておき、混ぜなくても美味しく食べられる設計にする。 そうすれば、具材の位置関係によって味が変わり、口飽きしにくくなる。 これは南インドのミールスと同じ理屈だ。 全部を一気に混ぜれば単調になるが、徐々に混ざっていくことで、最後まで楽しめる。 人間は同じ味が続くと飽きる。 これは感覚論ではなく、科学的事実である。 --- まぜ麺の「正当進化」とは何か ・途中で料理が変わる ・水分を補って胃を温める ・満腹感ではなく、満足感を設計する この3点について指摘した。 後入れご飯でもいい。 チータンタンでもいい。 最後をお茶漬けや粥にしてもいい。 あるいは、麺の種類を変えるのも一案だろう。 ご飯を専用の味付きご飯にするのも面白い。 背脂を加えて最後までジャンクに振り切るのも、思想としてはアリだ。 重要なのは、「料理をメタモルフォーゼさせる」発想である。 --- おわりに まぜ麺は、現状のままではメジャーになりにくい。 それは味付けの問題ではなく、料理構造の問題である。 もし、途中で体験が変わるまぜ麺を本気で仕掛ける店が現れたら、僕は諸手を挙げて応援したい。 残念ながら、今のところ広島市内ではまだ見かけていない。 進化か、変化か。 その瞬間を、気長に待ちたいと思う。 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/664b04d7316143a77174b611
快食ボイス697・スポンジから始まる、心地よい台所の話
はじめに 新年を迎えたということもあり、台所の皿洗い用スポンジを新しいものに替えた。 せっかく替えたのだから、その話でもしてみようと思う。 僕は普段から自分で料理をするし、当然だが皿洗いも自分でやる。 だからこそ、日々使う道具については「適当なもの」ではなく、「心地よく使えるもの」を選びたいタイプである。 台所用品は消耗品ではあるが、同時に毎日の気分を左右する存在でもあるのだ。 --- 長く付き合ったスポンジの話 これまで長いあいだ使ってきたのは、パックスナチュロンのキッチンスポンジである。 発泡が非常に良く、少量の洗剤でもしっかり泡立つ。 目が粗く、しかもとにかく長持ちするので、正直「いつ替えればいいのか分からない」という悩みが生じるほどであった。 https://amzn.to/49teeST 今回も在庫が残っていたので、どちらを使うか少し悩んだ。 だが、新年という節目がなければ、きっといつまでも使い続けてしまっただろう。 そういう意味で、「正月だから替える」という理由は、なかなか悪くない。 --- 今回選んだダスキンのスポンジ 今回使い始めたのは、ダスキンの台所用スポンジである。 6個で1000円前後と価格も手頃で、Amazonなどでも手に入る。 色は派手なものもあるが、僕は好みではないのでモノトーンのものを選んでいる。 https://amzn.to/4srHqlH 通常のスポンジ部分の使い心地や耐久性は、パックスナチュロンと大きく変わらない。 使い始めは少し硬いが、すぐに馴染んで柔らかくなる点も同様である。 --- 「磨ける」という付加価値 ダスキンのスポンジで特に気に入っているのは、ナイロン製の不織布が付いている点だ。 キクロンのような研磨剤入りスポンジほど強力ではないが、軽い焦げ付きや鍋底の汚れを落とすには十分である。 これまでパックスナチュロンを使っていたときは「洗う用」と「磨く用」でスポンジや不織布を別に用意していた。 その手間が一つにまとまるというのは、思った以上に快適であった。 --- 形状と置き場所へのこだわり ダスキンのスポンジはやや細長く、グラスの中なども洗いやすい。 柔らかい面と硬い面を使い分けられるので、食器と鍋で持ち替える必要もない。 また、スポンジの置き場所にも僕なりの思想がある。 濡れたスポンジを受け皿に置くのは、水切れが悪く、あまり好きではない。 シンクの内側に吸盤式のホルダーを取り付け、そこに置くようにしている。 https://amzn.to/4srHzFL スポンジから抜けた水は確実にシンク内へ落ち、台所の他の場所が濡れない。 賃貸の小さなシンクでも、左上など邪魔にならない位置を選べば問題なく使える。 --- 除菌しすぎないという考え方 台所用洗剤は、ずっとヤシの実洗剤を使っている。 最近は「除菌」を強く打ち出した製品も多いが、僕はあまり好まない。 清潔であることと、過剰に除菌することは、必ずしも同義ではない。 皮膚バリアの話やアトピーの研究などを見ても、人間は菌と完全に切り離されて生きる存在ではないことが分かる。 納豆菌や麹菌をありがたがりながら、別の場所では徹底的に除菌する。 その矛盾には違和感を覚える。 もちろん、トイレ掃除など必要な場面ではエタノールを使う。 だが、食器洗いにそこまでの強さは必要ないと考えている。 --- 詰め替えと、続けられること ヤシの実洗剤を使い続けている理由の一つは、詰め替え用が手軽に手に入ることだ。 近所のドラッグストアで買えるというのは、意外と重要である。 本体ボトルは、気づけば10年以上使い続けている。 こういう「変えなくていいもの」を大事にできるのも、気持ちがいい。 --- 無印良品のシリコン調理道具 最近買って良かったものとして、無印良品のシリコン菜箸がある。 金属製の芯材が入っているため歪みにくく、木製の菜箸より扱いやすい。 https://amzn.to/49pe92q シリコンコーティングなので汚れが染み込まず、黒ずむこともない。 先端がほんの少し柔らかく、テフロン加工のフライパンを傷つけにくいのも良い点である。 天ぷらにも問題なく使える耐熱性があり、今では完全にメインの菜箸だ。 同じシリーズのシリコン調理スプーンも優秀で、 スパチュラとお玉の中間のような使い勝手がある。 https://amzn.to/4qjd6Is --- 黒い道具の合理性 無印良品のシリコンシリーズは黒色だが、これも実は理にかなっている。 黒は汚れが目立たないと思われがちだが、実際には逆である。 油膜や洗い残しが分かりやすく、「すぐ洗おう」という判断ができる。 調理道具は、清潔さが視覚的に分かるほうがいい。 その点でも、よく考えられた道具だと思う。 --- おわりに 今日は台所のスポンジを替えたことをきっかけに、お気に入りの台所用品や、清潔さに対する考え方について話してみた。 日々使うものを、少しだけ意識して選ぶ。 それだけで、暮らしの手触りは確実に変わる。 新年に台所スポンジを替えるという行為も、悪くないものだ。 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/664b04d7316143a77174b611
快食ボイス696・若い世代を戦場に送らないために、今考えておきたいこと
はじめに 正月明けの月曜日、仕事始めという人が多いだろう。 そんな中、僕はどうやら風邪気味である。 1月2日の夕方、雪の中を1時間半歩いた。 ボタ雪が混じるような重たい雪が降る中だったので、思った以上に身体にこたえたようだ。 昨日の放送を聞き返してみると、鼻をすする音も入っており、すでにその頃から兆候は出ていたのだろう。 風邪薬を飲み、早めに治したいと思いつつ、今日はどうしても気になる話題がある。 --- 主権国家の大統領を拘束するという「無茶」 アメリカがベネズエラのマドゥロ大統領を拘束したというニュースを見て「かなり無茶だ」と感じた人が多いはずだ。 確かに、マドゥロ大統領には麻薬カルテルとの関係など、擁護しがたい疑惑がある。 ベネズエラ国内でも、彼の拘束を歓迎する声があるという指摘もある。 しかし、それとこれとは別の話である。 国民が喜んでいるからといって、他国が主権国家の大統領を勝手に拘束し、裁こうとしてよい理由にはならない。 アメリカの国内法がベネズエラに適用される、などという理屈は、どう考えても筋が通らない。 これを許してしまえば、「何でもあり」になってしまう。 --- 豊かだった国、停滞した国 ベネズエラは、かつて南米で最も豊かな国の一つだった。 シモン・ボリバル・ユース・オーケストラからグスターボ・ドゥダメルが世界に出てきた時代、その背景には国家の豊かさがあった。 しかし社会主義体制への移行後、停滞が続き、今では南米で最も豊かな国はチリだと言われるようになっている。 国家の選択が、長い時間をかけて国の姿を変えてしまうという典型例だろう。 だが、だからといって外部から力で「是正」してよい話ではない。 --- アメリカの焦りと歴史の既視感 トランプ大統領には、中間選挙を前に「実績を作らなければレームダックになる」という焦りがあるのかもしれない。 だが、歴史を学べば、こうした自己保身や短期的ロジックが、世界を大きな戦争へと押し出してきた例はいくらでもある。 第一次世界大戦も、第二次世界大戦も、決して「最初から大戦争だった」わけではない。 小さな無茶が積み重なり、引き返せなくなった結果だ。 --- グリーンランド発言と地政学 さらにトランプ大統領は、グリーンランドを「ほしい」と言い始めている。 北極海を中心にした地図を見れば、グリーンランドが軍事的・地政学的に極めて重要であることは理解できる。 しかし、グリーンランドはデンマークの自治領である。 「戦略的に重要だからウチにくれ」という話が通るなら、それは武力による現状変更と何が違うのか。 ロシアがウクライナでやっていることと、本質的に変わらない。 --- あれが許されるなら、これもいいだろう 国際社会がロシアの侵攻を止められていない現状を見れば「だったら中国もやっていいのではないか」という論理が生まれても不思議ではない。 実際、2026年は台湾侵攻の可能性が最も高い年だと、アメリカのシンクタンクは以前から分析している。 中国経済は減速しているが、それでも規模は大きい。 習近平国家主席も年齢を考えれば、「やるなら今」という判断に傾く可能性はある。 台湾の場合、中国にとっては「内政問題」と言い張れる余地がある。 香港のときと同じ構図だ。 国際社会は非難はしても、決定的な介入はできなかった。 --- 日本は「最前線」にいる 日本は台湾と国交を結んでいない。 国交を結んでいるのは中国である。 アメリカが日本を同盟国として重視するのは、価値観の問題だけではない。 ロシア・中国・北朝鮮という社会主義国家群に対する「防波堤」として、日本は極めて戦略的な位置にある。 つまり、日本はすでに最前線なのだ。 「憲法9条があるから何もしません」と言って済む状況ではない。 --- 年寄りの杞憂で終わるならいい 年を取ると、社会の行く末を悲観的に考えがちになる。 司馬遼太郎もそうだったし、晩年に過激な発言が増えた学者もいる。 だから、これが単なる年寄りの心配で終わるなら、それでいい。 自分自身も、楽観より心配に寄る年齢になってきている自覚はある。 しかし、本当に怖いのは別の点だ。 --- 若い世代を戦場に送らないために 自分の年齢を考えれば、最前線で戦うことはない。 だが、今の若い人たちが戦争に駆り出される可能性は、決して絵空事ではない。 台湾有事が長引けば、自衛隊だけでは人員が足りなくなる。 ウクライナが今直面している最大の問題も、まさに兵士不足である。 そんな状況を、次の世代に背負わせたくはない。 それだけは、強く思う。 --- おわりに 祈ったところで、現実は変わらないかもしれない。 それでも、考えることはできる。 正月早々、重たい話で申し訳ないが「ベネズエラが良くなるならそれでいいじゃないか」という単純な話ではないということだけは、多くの人に考えてほしい。 世界は、思っている以上に一本の線でつながっている。 その線の延長線上に、日本と、そして若い世代の未来があるのだから。 --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/664b04d7316143a77174b611
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