多忙による心身の余裕のなさ
はい、こんばんは、まりです。5日ぶりのスタッフになってしまいました。最近ですね、かなり余裕がなくて、恥ずかしいんですけれども、
社畜を極めすぎた感じでして、本当ね、引くぐらい、脳みそが仕事でいっぱいでした。
これね、このまま行くと、もう生きてるのかな?みたいな感じなんですけど、もうね、私ね、あの、癖っていうか、
一時的に、そういう時期も、たまーにね、もうほんとたまーにあるんですよね。
うん。ぶっちゃけ食事とかも、超適当で、いつもランチが楽しみで、今日は何食べようかなーみたいな気分転換の大事な、自分にとってはね、大切な時間だなと思っているんですけど、
ランチもね、食べてないですね。うん。 今日はね、4時ぐらいになんか抜け出して食べたかなっていう感じ。
ですね、私、実は食べるのめっちゃ早くって、飲んでるんじゃないかぐらい早いんですけど、ランチもめっちゃ早かったですね。
そんな感じで、一仕事、一個、今日は区切りがついたんで、やっとスタイフというか、心の余裕ができたなと思って、今語っております。
でね、あのー、そんな状況なんで、自分に余裕がないんで、
寝る前にパックするとか、なんか自分に美容面でね、手をかけてあげる、手間を割いてあげるっていうことをね、おろそかにしてるんですよね。
で、これはあかんなと思って、あかんなっていうかね、もうあの、完全自己満、なんか嫌やなみたいな、思ってまして、
なんか、忙しすぎるのって良くないなって思います。
忙しさと美容の関係性
なんかね、忙しいと美容にかける時間がないっていう話じゃなくって、逆にある程度綺麗でいるためには、綺麗でいたいんでね、できれば。
で、そうありたいのであれば、ある程度の余白が必要なんだと思います。
例えば具体的に言うと、髪の毛乾かすのめんどいなって思って、適当に超強力なドライヤーでバーって乾かして終わるとか、
スキンケアとかも一応ね、揃えてるの塗ったりはするんだけれども、適当にピピピって塗って、はい塗りました、みたいな。
ね、とか、あと睡眠を削るね、これね、本当ダメなんだけど、時間なくなるとやっちゃいますね。
あとは食事が適当になる、ランチ抜くとか、で、ディナーで爆食いとかね、ディナーっていうかもう夜ご飯、もうテイクアウトみたいな感じなんですけど、とかどっか店入ったりね。
で、何よりも鏡を見なくなりますね。
うん、お洋服選ぶとか、そういう、あの、段階じゃなくて、もう鏡見ないみたいな。
うん、あとは美容院とかネイルの予約、あの毎月してるんですけど、それが後回しになっちゃって、結果的に予約が取れ、取りにくくなっちゃって、
で、あの、その美容院なりにネイルへのアクセスが遠のく、かなぁ。
あとね、部屋が汚れるっていうのが私は本当にもう無理で、あの深夜に床掃除してました。
ちょっともう怖いぐらい、うん。
あと人と目を合わせなくなりますね、まともには。
合わせるんだけど合わせないみたいな、あの、察するみたいなのをシャットダウンするような感じかな、になるかなって思います。
うん、そういうね、なんか余白が必要な、あの、美しいというか現状維持をできるだけするような、ちっちゃなちっちゃな行動の一つ一つが一個ずつね、消えていくような感じがするんですよね。
うん、だから、あの、いわゆる5年齢を重ねられてても綺麗な人っていうのは、余白があるんだなって改めて思いました。
生存モードと美しさの優先順位
うん、余白がないとね、忙しい時って生存モードに切り替わるというか、
あの、次あれやって、次これやってみたいな、あの移動しないととか、もう今日これ、今日中にやんないととか、11時までに、あの、なんかどっかに格納作ってね、格納しないとみたいになると、
うん、もうあの美しくありたいのではあるんだけれども、まあまあまあそんなこと置いといてとにかくやんなきゃみたいに、あの優先順位がね、切り替わるんですよね。
で、まあ当たり前だと思うんですけど、時間に追われてるってそういうことなんですよね。
とともに、美しさみたいなんてかなり非効率ですよね。
ぶっちゃけね、あの綺麗な人私見るの大好きなんですよ。
あ、この方お綺麗やなぁと思ったら本当に目で追ってしまうぐらい、あの男性でも女性でもどっちでも本当に綺麗な人を見るのが好きなんだけれども、
それってね、あの効率的かというとそうじゃないんですよね。
むしろ、あんまあの目に見える成果みたいなもんはぶっちゃけないんで、生産性はあの全くないですみたいな。
うん、なんか自分を楽しんでるなっていうのはわかりますぐらいの感じ。
だから、あの直接的な価値提供っていうのはしないような感じですね。
しないような感じというかしてないですよね、何にも。
まあ、綺麗な人ですねっていうだけみたいな。
だけど、それでまあいいと思っていて、もうあの自己満の世界ですから、究極、人生は。
基礎的な生活習慣の回復と美意識の復活
で、ちょっと前までやってた、ていうか昨日までやってたような終電で帰ってきて、朝から何も食べてなくて疲れてるから無理やりビール飲んで焼酎飲んで寝るみたいな。
あの、スタイフもちょっと余裕ないんでやめますみたいな、まあ。
なんかね、それは一時的には成功だ、成功というかまあ正解だったのかな、振り返ると。
とは思うんですけど、あの、うん、こういう状態で美容のためになんかちゃんとあのパックして寝なきゃみたいなんてもう無理だと思うんで。
だから生きるためにまずちゃんと食べる、あとちゃんと寝る、あとお家とか自分自身とかを清潔に整える。
そういう人間としての基礎的な部分を取り戻すと、取り戻して取り戻していくと、日々過ごしていくと、
ちょっと今日オシャレしてみようかなーとか、髪巻いてみようかなーとかね、この服今度着てみたいなーとか、そういう余白があるからこその感覚みたいなもんが戻ってくると思うんですね。
うん、なんかね、もうね40代半ばになってくると美しくなるっていうか、美しくなりたい私の方が上に乗ってくるんですよね。
あの究極自己満なんで、人生。
だからあのタイトルに書こうと思ってる、多忙すぎたらね綺麗になれないっていうのはかなりね本質的な部分なんじゃないかなと思います。
忙しすぎると自分を大事にできないということですね。
逆に言うと自分を綺麗にするっていうのは、自分を大切に扱うっていうことでもあると思うので、できればそうありたいなと思っております。
感謝と消耗、そして小さな喜び
はい、この数日、数週間ぶっちゃけはもう本当にね、あの本当ありがたいんですよ。めっちゃ感謝してるんだけど、月っきりでここまで細かく見てくれるんだぐらいの指導というかを受けていて、
うーん、なんかね、すごい。私はそこまで人にできないなって思いましたし、ここまで伴奏してやってくれるんだよみたいな。逆に言うとね、もう逃げたくても逃げれないぐらいの伴奏運とはいたんですけど、本当にありがたいなって思います。
なんかね、どっちがお金もらってるかわからんぐらいの感じではあったんですけれども、うーん、かなりね、消耗しましたね。
綺麗になりたいなーとか、ちょっとでも自分を保ちたいなーみたいな意識が吹っ飛んでいて、余裕がなかったんで、きょうね、ふとね、仕事終わった後に、なんかアボカド?野菜のアボカド?
おー、生の新鮮なやつをわさび醤油でやらせて食べたいなーと思って、アボカド買ってきて、さっき、今さっき食べました。うん、めっちゃ美味しかった。これこれ?みたいな。なんか知らんけどアボカド食べたくなって。
はい、深夜のスーパーで買いました。大満足です。では今日はもうちょっとだけお酒飲んで、ぐっすり寝て、明日はたっぷり休憩しようと思います。
じゃあ、聞いてくださってありがとうございます。皆様もどうか良い週末をお過ごしくださいね。ではまた、おやすみなさーい。