イベントと日常の両立
はい、皆様おはようございます。片付けコンサルタントのまっちゃんです。
このラジオでは、シンプルに自分の日常をちょっとだけ、昨日より好きになるための学びをシェアしていきます。
はい、皆様いかがお過ごしでしょうか。
私はですね、今週末の1月31日の東京でのイベントをちょっと前に募集してた、
リセット&ライズっていう、体とか思考を整えながら楽しむパーティーがあるんですけれども、
そこで片付けコンサルタントとしてトークを、登壇をするので、練習をひたすらしておりました。
声が鳴るのでちょっと枯れておりますが、枯れてるかな。このまま続けさせていただきます。
はい、めっちゃ楽しみなんですよね。めっちゃ緊張してますけれども、緊張してますけれども、
やっぱり人に届けられる機会があるっていうのは非常にありがたいことですし、
私以外にもね、体とか精神とかのね、整うプロフェッショナルの方々がそこに集まってたりするし、
そこに来てくださる方もね、やっぱり私人がすごい好きなので、その人はその人の人生を歩んでて、
その人の大切にしてることとか、何かしら能力があったりするじゃないですか。
私そういう能力を見つけるのすごい得意なんですけれども、人の長所がすごい見えるタイプなので、
やっぱり人って面白いんですよね。だから初めてお会いする、年上なのか年下なのか同い年ぐらいなのかわからないんですけど、
そういう年齢とかね、職業とか子供がいるとかいないとか関係なく、
その人と接することができる機会っていうのは、やっぱりね楽しいなって思います。
はい、なのでぜひイベントに来てくださる方は、私が登壇した後はたぶんね、
喋れる状態になってると思うので、登壇する前はたぶん目が泳いでると思いますが、
ぜひ話しかけてみてください。よろしくお願いします。楽しみですね。
本当楽しみにしております。おいしいご飯も出るみたいなのでね、思いっきり楽しみましょう。
日常の淡々とした美しさ
今日はですね、前回神社の話で終わっちゃったので、前回話したかった内容なんですけれども、
パーティーとは一変して、ちょっと日常の話なんですけれども、
料理の先生の堂井義晴先生の本とか読んでて、すごい毎回思うんですけれども、
料理も家事も、家事全般、片付けもそこに入ってくるんですけれども、
日々ね、やっぱこうパーティーみたいに、ウェーイ!楽しい!ってやるものじゃないじゃないですか。
もちろん料理とかね、特別な日の料理とか、七面鳥みたいなやつとかもそうですし、
片付けも引っ越しとかね、引っ越しとか、人生の大事なターニングポイントに行うような大きな片付けは、
ちょっとパーティーっぽいようなニュアンスもありますけれども、やっぱそれだけじゃなくて、
日常に本当に皆さんが毎日やっている、淡々と淡々と淡々と淡々とやる家事がほとんどだと思うんですよね。
でも私も、土井先生もそうなんですけど、その淡々こそが意味があって美しいなって、私は心から思うんですね。
それこそが生活だと思っている。淡々と同じことを繰り返して誰に褒められるわけでもなく、
お金が出るわけでもなく、生きるために、生活をするために淡々とやっていくっていうことが本当に美しいなって思います。
最近ね、バターっていうユギさんの小説も読んでて、より思ったんですけれども、
自分で自分の生活に関わること、それが例えば掃除だったり片付けだったり、身出し並みを整えるだったり、
料理だったりがやる余裕がない人とか、それに意識をあまり向けてない人とか、
自分のことをないがしろにして、自分のそういうことにあまり意識を、注力をしていない人っていうのは、周りから見て少し痛々しかったりとか、
自分のことを痛めつけているように見えたりとか、犠牲にしているようなニュアンスに見えることってあると思うんですよね。
私結構このアンテナすごい、子供の時からすごくあって、この人自分のこと結構あんまりどうでもいいと思ってるなーって、
それやっぱ発言とか行動からして、周りの人って感じるんですよね。そういう人って、自分ではなかなか気づきにくいかもしれないんですけど、
やっぱり周りの人はすごい心配しますよね。大丈夫なのかなって。会社でもずっと髪の毛ピカピカにしてた人が、突然髪の毛がボサボサになって、
服もシュワシュワで、靴も片っぽ違うような靴履いてきたら、どうしたってなるじゃないですか。
自分のことを後回しにするのって、日本だと少し一生懸命でなりふり構ってない、ちょっとビートされるところもありますけど、
自分のこと、自分の健康とかね、特にそうですけど、生活をするというところを後回しにしていらっしゃる方は、周りがやっぱり手を差し伸ばさなければいけないとか、
前の人がどうにかしなきゃいけないとか、前の人が見てて辛いなって思ってしまうところがあるんですよね。
なので、そういう人はやっぱり気づいて、助けを求めてほしいのもあるんですけど、自分でね、やっぱり今までそれに気づいてなくて、気づいて直せるんだったら、
そういう意味のない淡々としているところを普通にできる人って、やっぱりね、周りから見ても、この人本当に強いなって、この人なら大丈夫だなって思わせる何かがある人だなと思います。
それが淡々としている、本当に意味のない、意味のなさそうに見える地味なことの積み重ねなのかなと思うんですよね。
やっぱりそれ自体が生活の基盤になっている、それ自体が生活だと思っているので、
誰も褒めてくれないけど、そして自分一人だと自分のことって結構ないがしろになりがちですけど、私もやっぱりそういう時ありますけど、
時にはそういうことがあっても、ちゃんと戻る、ぐちゃぐちゃになってしんどい時があって、自分のことを後回しになる時があっても、そこから立ち直る方法を知っている。
料理を自分でして、お味噌汁を自分で与えてあげたりとか、部屋が散らかってたけど綺麗にしてあげたりとか、
物が転がってたけど自分は片付けられるということを知って、それを淡々とできたりとか、髪の毛を整えたりとか、そういう派手じゃないんだけどすごい大事な根本のところっていうのがあっての初めて晴れというか、
パーティーっぽいオエイみたいな世界があると思っているので、淡々とする日常こそ私はすごい大事だし、それができる人は本当にかっこよくて美しくて強いと思います。
自己価値の認識と生活能力
というのも、たくさん見てきたんですよ。仕事を辞めて、それが病気だったりとか年齢だったりとかいろんな理由もありますけど、仕事を辞めて子どもも離れてパートナーもなくなって、それでも自分を奮い立たせて生きている人っていうのは、やっぱり生活の仕方を知っている人ですね。
私もあまり畑で野菜を育てたりとか、服を作ったりとか、そういう生活能力は結構乏しいですけど、服を作る作り方を知ってたりとか、畑で自分で野菜を育てることを知ってたりとか、煮物を作る方法を知ってたりとか、そういう人ってやっぱり強いですよ。
強いし、かっこいいです。仕事をして初めて自分に価値があるとか、子どもが近くにいたり初めて価値があるっていう感覚じゃなくて、自分自身に価値があると知ってて、その上で淡々と生活するっていう強さを持っている人っていうのは、やっぱり畑から見ててすごく安心感がありますし、人に安心感を与えられますし、
人に与えられる人だなって、そういう方にお会いするたびにすごく思うので、やっぱり生活する能力がある人っていうのはやっぱり強いです。なので、ぜひ片付けも何となしに済むことだと思うんですよ。片付けとか掃除とかも。
でもやっぱり学んだことない人が学ぶと機能とまた全然違う世界が見えますし、片付けだけじゃなくて、服は買うことができるからあれか。でも服もやっぱりサイズ感が一番合ってる。自分に合ったサイズ感を着てるっていうのが一番服にとって大事なことだったりするじゃないですか。
そういう微調整とか私できないんですけど、それができる人っていうのはやっぱり似合わせができるから、どんな服でも。古着を使える人ってやっぱりそういう服の長さの調整とかできる人だと思うんで、やっぱりそういう人ってやっぱり強いですよね。
私もそういうことを学びたいなと思うんですけど、片付けだけじゃなくて、家事とか掃除とか畑とか、そういう生活に密着していることっていうのは学べば学ぶほど自分に全部返ってくるし、一生使える最高の能力だと思うので、やっぱりね、そういう淡々としてそうに見える日常のことっていうのは、
生活の要にあるから甘く見ずに大事に大事にしていこうぜっていう話でした。生活大事、日常大事、それができてない人は是非もうちょっと自分を大切にして、そっちに注力してあげてください。
そうするとね、それ以外のことも結構うまく回ったりするので、本当に人に頼って自分のことを大事にしてあげてください。
ちなみにさっき冒頭で出てたバターっていう本、結構面白かったので、私これドラマで見たいなって、映像で見たいなってすごい思ったので、いつかドラマ家とか映画家とかしてくれないかなと思ったんですけど、この本を読んで一番最初に思ったことはバターライスが食べたいなって思いました。
気になる方はぜひ読んでみてください。では今日のテーマは、日常は淡々と続けることにこそ意味があるよって、それが美しくて強くてかっこよくて素晴らしいことなんだよっていうお話でした。
では今日もここまで聞いてくださりありがとうございました。また次回のポッドキャストでお会いしましょう。ではでは。