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第482回 野澤直人氏(株式会社ベンチャー広報 代表取締役)【前編】
2026-04-15 22:23

第482回 野澤直人氏(株式会社ベンチャー広報 代表取締役)【前編】

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今回は、株式会社ベンチャー広報の野澤直人氏にお越し頂きました。マスコミ業界に身を投じ、500人以上のベンチャー企業経営者を取材。その後、日本では珍しいベンチャー企業・スタートアップ専門のPR会社である株式会社ベンチャー広報を創業したエピソードから、経営のヒントが得られます。ぜひ、インタビューをお聞きください。

なお、過去にこの番組で配信した内容は、経営者インタビューメディア「経営ノート」にも掲載しています。ぜひこちらもご覧ください。

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サマリー

株式会社ベンチャー広報の代表取締役である野澤直人氏が、自身のユニークな経歴と経営哲学について語る。埼玉県出身で、幼少期は漫画好きの陰キャだったが、中学時代に剣道で県大会優勝、学年トップの成績を収めるなど人生のピークを迎える。しかし、思春期に「中2病」をこじらせ、その後は恋愛や病気、父親の死といった人生の試練を経験しながらも、それらを糧に生きる意味を深く考えるようになる。大学卒業後は、将来経営者になることを目指しベンチャーリンクに入社。その後、漫画家志望からジャーナリスト、そして広報の世界へと転身し、PR会社を創業するに至るまでの道のりを振り返る。

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社長に聞く＀in WizBiz
本日の社長に聞く＀in WizBizは、株式会社ベンチャー広報代表取締役、野澤直人様でいらっしゃいます。
まずは経営機能をご紹介させていただきます。
外学卒業後、経営情報サービス会社、ここでベンチャーリンクでございまして、私と野澤社長は同期で納入者をなさっていらっしゃいます。
その後、マスコミ業界に転じ、ビジネスの編集責任者としてベンチャー経営者500人以上を取材なさっていらっしゃいます。
その後、海外留学関連のベンチャー企業に参画、広報部門をゼロから立ち上げ、毎年100件から140件のマスコミ露出を実現なさり、5年で売上10倍という同社の急成長に貢献なさっていらっしゃいます。
その後、日本では珍しいベンチャー企業、ストアップアップ専門のPR会社として株式会社ベンチャー広報、創業をなさっている創業社長様でいらっしゃいます。
その後、2014年は名称ネクスト上場の株式会社ガイアクスの執行役も兼務なさっていらっしゃいます。
ちょっと珍しい創業社長でもあり、上場企業の役員でもあられ、そして今は上場企業の子会社の雇われ社長もやられていらっしゃるという、ちょっと珍しい経歴の野沢直人様でいらっしゃいます。
本日はよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
野澤直人氏の生い立ちと学生時代
まずは最初のご質問ですが、ご出身はどちらでいらっしゃいますでしょうか。
埼玉県埼玉市です。
小学校時代はどんなお子様だったかなんて思いでございますでしょうか。
小学校時代は陰キャでして、漫画が大好きでですね、藤子藤代先生とか手塚治先生の漫画をひたすら読んでるっていう、そんな小学生でした。
ちょっとあの、私はバイト野沢社長とお付き合い長いので飲み行きすると、そんな話をされたのは初めて聞いたのでちょっとびっくりしてますが、藤子藤代とかということはドラえもんとか手塚治だと鉄腕アトムとかそういうのいろんなのがありますが、何の作品が好きだったのかあられますか。
作品の話。藤子藤代先生はドラえもんですよね。
ドラえもんから入って、藤子藤代先生の師匠、筋が手塚治先生なわけですよ。手塚治のことを知って、手塚治先生はブラックジャックっていうお医者さんの漫画があるんですけど、それをすごい読んでましたね。
なるほど、ちょっとあの想定外のことが出てきたんで、びっくりして思わず聞いてしまいましたが、中学時代はどんなことして過ごしたなんて思いでございますでしょうか。
中学時代はですね、多分僕、中学2年生が多分もう人生のピークなんですよ。
小学校の時から剣道やってたんですけど、剣道で浦和市の大会、個人戦で優勝したりとか、学業も優秀でですね、学年で1位を取ったりとか、そんな感じでもう中2の時に人生のピークを迎えております。
なるほど、じゃあもう当時も今もですけども、モテモテでらっしゃったんじゃないですか。
いや、そこだけはね、ピークが昔も今も来ておりませんで、中学生の時に非常にいい子だったんですよね。
親とか先生の言うことをよく聞いて勉強もするし、部活も一生懸命やると。
ただなんか思春期なわけですよ。中2ぐらいって言うとね。もうそこからちょっとこう、いわゆる中2病をこじらせまして、俺の人生これでいいのかというところで、中3ぐらいになるとあんまり勉強もせずに、なんか悶々とするみたいな。そんな感じで中学を終えることになりましたね。
なるほど、じゃあ中3の時は元々の陰キャキャラの側に戻った感じで。
そうですね、そうですね。陰キャは相変わらずなんですけどね。ちょっと中2病をこじらせましたね。
なるほど、ありがとうございます。高校はどちらにお勧めでいらっしゃいますでしょうか。
高校はあの埼玉県の稲学園っていう、ちょっと埼玉の北部の方にある高校に行きました。
稲学園時代の高校時代はどんな思い出に残っていらっしゃいますでしょうか。
そうですね、そもそも稲学園に行った動機がですね、中学校の時にすごい好きな女の子がいたんですよ。
その子が稲学園に行くっていうことで、僕も稲学園に行こうっていう、そういうきもい動機で高校に進学しまして。
で、高2の時に、僕はもう完全にその子と両思いだと思ってたんですけど、こくって振られるっていうね、そういう高校時代でして。
で、それ以外はずっと部活で剣道やってました。すごい厳しい部活でアサレンやってみたいな。
でも、すごい厳しかったから勉強もほとんどせずに、成績もすごく悪く。
じゃあ部活で活躍したかというと、ほとんどレギュラーにもなれず。
ちょっとなんか、中2で人生のピークを迎えて高校はだいぶ下がった感じでしたね。
なるほど。ちょっと暗い高校時代を過ごした感じで。
ちょっと残念な、中2病のこじらせがまだ続いておりましたね。
なるほど。ありがとうございます。その後大学はどちらにお住みになったんでしょうか。
1年間浪人しまして、もう成績も悪かったんで。
一浪して明治大学の政治経済学部経済学科に入学をしております。
なるほど。明治の世紀というか、やっぱり勉強はお出来になったってことでいらっしゃいますね。
どうなんでしょうね。
そうですね。もうその時のモチベーションは、それなりにいい大学に行けば女の子にモテるんじゃないかっていう。
もう女の子にモテたいっていう一心で勉強したっていう感じです。
大丈夫ですか。これ経営とかビジネスに1ミリも役に立たない話をずっとしてますけど、これ大丈夫ですか。
はい、大丈夫でございました。
社長様にはモテるモテないの話もつきものかもしれませんので、大丈夫でございますので。
ベンチャーリンク時代とビジネスへの転職
様子を伺っていると、新卒で入ってから表になってらっしゃった野沢社長様で。
そんなことないです。
ちょっと違う姿でらっしゃいますね。
ありがとうございます。大学時代はどんなことをして過ごしたなんて思いでございますでしょうか。
大学はですね、入学して50人ぐらいいるクラスだったんですけど、そのクラスのマドンナとお付き合いすることができましてですね。
もうそっから急に楽しくなってきますよね。
この話は僕は奥さんにもしたことあるんですけど、俺大学の時クラスはマドンナと付き合ってたんだよねって。
うちの奥さんは何て言ったかっていうと、
いやどうせ明治の政系にいる女子なんてどうせブスでしょとか言われて。
ひどい、えーっつって。
でもまあまあそれは、客観的な事実を言うとクラス50人いたんですけど、女子は3人しかいなかったんですけどね。
3人の中で一番かわいい子と付き合ってましたっていう。
まあそういうことなんですけど、それがかわいいかかわいくないかはご想像にお任せしますって感じなんですけどね。
奥様美人でらっしゃるんでそうなるのに。
ちょっと真面目な話をすると、この高校から大学に行く、僕は浪人してる時に親父がクモマッカ出血で急に死んじゃったんですよ。
っていう結構僕にとっては大きい出来事があって。
かつ大学に入って大学2年の時に、ちょっと僕難病にかかりまして、肺の病気なんですけど。
で、お医者さんから、それ原因がですね、タバコが原因なんですね。
当時僕すごいヘビースモーカーで、1日2箱ぐらいセブンスター吸ってたんですけど。
で、野沢くんって言って、野沢くんこのままタバコを吸い続けたらもう確実に死ぬからって言われて。
だからとにかくタバコやめなさいと。
ただタバコをやめてもこのまま病気が進行して死んじゃうかもしれないと。
いう風に言われて、えーと思って。
で、せっかく彼女もできたのに、当時まだ20歳ぐらいですよ。
ちょっともうこれで死んじゃうのかみたいな感じで。
結果今も生きてるんで大丈夫だったんですけど。
当時は結構そんな、親父が死んで自分も難病にかかってみたいな。
そんな感じの20歳前後大学時代を過ごしましたね。
彼女がいるのは楽しいけど、人生の裏表が全部見えちゃった感じでいらっしゃいますね。
そうですね。
でもそれは良かった面もあって、やっぱりそれまですごくある意味のほほんと生きてたんですけど、
でもやっぱりね、もうすぐ死ぬって、自分が死を身近に感じると、
やっぱりこの生きてる時間を充実させなきゃいけないみたいなモチベーションがすごく湧いてくるわけですよね。
自分の人生どう生きるかっていうのをすごく真剣に考えて、かつちゃんと行動するきっかけになったんで、
それは良かったかなと思いますけどね。
なるほど。すごく大人に早めになられたと。そんな感じでいらっしゃいますね。
そうですね。僕の人生にとっては大きな転機になりましたよね。
なるほど。ありがとうございます。
その後、私と一緒に新卒でベンチャーリンクという会社に入ったんですが、
このベンチャーリンクを選ばれた理由は何かございましたでしょうか。
そうですね。だから、死んじゃった親父が小さい工場の社長。
社長が一人で、従業員ゼロでパートのおばさんみたいな連載企業の経営者やってて。
親父が生きてる時はあんまりそういうのがかっこいいなと思わなかったんですけど、
俺は大学出て丸の内にスーツ着て勤めるエリートサラリーマンになるんだと思ってたんですけど、
親父が死んでみると、やっぱり一国一条の主的な経営者ってかっこいいなっていうふうに思うようになって、
だから会社選びも将来自分が独立する、経営者になるのに役に立つ会社に入りたいなっていう、
そういう動機でいろいろ会社選びをして、最終的にベンチャーリンク。
ベンチャーリンクはニュービジネスクリエイターとか言って、
サラリーマンじゃなくて将来社長を目指す人いらっしゃいみたいな感じだったじゃないですか。
それである意味、必然というかね、僕にとってはすごくいい出会いでしたね、あれはね。
なるほど、ありがとうございます。ベンチャーリンク時代の思い出は何でございますでしょうか。
ベンチャーリンク時代は、でも本当にいい経験させていただいて、
扱った商品もね、カレーライスの自動販売機とかちょっと微妙なものが多かったんですけど、
それを飛び込み営業で自動販売機の設置先を探すとかね、ちょっとそういうのだったんですけど、
すごい大変だったんですけど、それが逆にいい経験になったなっていう感じはしますけどね。
なるほど、ありがとうございます。その後、ビジネスへの転職をなさっていらっしゃいますが、これは何かきっかけがございましたでしょうか。
そうですね、結局ベンチャーリンクは2年半ぐらいしかいなくて、でもすごい濃密な2年半で、営業とか事業作りとかいい経験させてもらって、
ただここでまた自分探しモードに入っちゃうというか、俺の人生これで良かったのかなみたいな考えて、
そこで行き着いたのは、やっぱり僕の原点は小学校の時の漫画なんですよ。
小学生の時の夢は漫画家になりたいっていう夢だったんで、
やっぱりベンチャーリンクでの仕事って物を売る仕事じゃないですか。
でも物を売るんじゃなくて、物を作るっていうこともやってみたいと、仕事として。
だからクリエイターですよねっていうことがあって、当時僕すごいサッカーが好きだったんで、
会社ベンチャーリンク辞めて、当時フランスワールドカップ1998年のタイミングで会社辞めてフランスのワールドカップ見に行って、
サッカージャーナリストみたいなスポーツライターみたいなのになりたいなと当時は思ってて、
でもそんなすぐ慣れないじゃないですか。そもそもその時27歳で出版社とか、
本当は文芸春秋のナンバーに入りたかったんですけど、履歴書とか送ったんですけど、
全くなしのつぶてで当たり前ですよね、そんな未経験で。
しょうがないんでっていうか、でもどうしてもものづくりの仕事がしたくて、
いろいろ20社くらい受けたんですかね。ある会話帳にある、こういうこと言うと怒られちゃうんですけど、
三流の出版社に何とか編集として採用していただいて、ビジネス紙の編集をすることになったっていう。
でも嬉しかったですよ、やっぱり自分のやりたいことできたんでっていう感じです。
海外留学ベンチャー企業での広報活動と創業
なるほど、ありがとうございますね。ビジネスの編集責任者をやっていらっしゃった時の思い出なんてございますでしょうか。
いやでもあのプロフィールでも紹介していただきましたけど、やっぱりいろんな経営者の方にインタビューできたりしたんで、
それは良い経験になりましたよね。僕がビジネス紙、雑誌の編集をやってたのが1998年から2001年ぐらいにかけてなんですよ。
当時はどんな時代だったかっていうと、もうITバブル華やかなりし頃ですよ。
2000年にサイバーエージェントが上場するとか、そういうタイミングで。
だからまだ全然規模の小さかった楽天の三木谷さんにインタビューしに行ったりとか、楽天当時、優天寺に会社があってですね。
本当にもう数人でやってる時の楽天を取材させてもらったりとか。すごく楽しかったですね、あれはあれでね。
なるほど、ありがとうございます。その後は海外留学関連のベンチャー企業に参画ということなんですが、
こちらに移られた理由は何かございましたか?
これはその会社の社長さんが知り合いで誘ってもらったって感じなんですけど、ここの転職もしてるんですけど、今の僕の仕事にもつながるんですけど、
広報の仕事ですよね。広報PRの仕事を海外留学の会社ですることになるんですけど、そもそも雑誌の編集をやってる時に、僕編集部にいるじゃないですか。
そうすると企業の広報の方とかPR会社の方からいろいろ売り込みを受けるわけですよ。
例えばプレスリリースが送られてきて、うちの会社取材してくださいみたいな話で、僕は編集者としてそのリリースを受け取って取材するかどうか判断したりしてたんですけど、
その広報の人たちの振る舞いを見てて、編集者の僕からすると結構下手くそだなぁみたいなふうに思ってたんですよね。
もっと上手い売り込みの仕方あるでしょみたいな。だからこれ、俺が企業の広報とか広報の仕事をしたら、もっと上手にできるなと思ってやってみたいっていうふうに思ったんですよね。
あとその時思ったのが、僕は当時すごいマスコミに憧れがあって、やっぱり世の中を動かしてるのはマスコミだぐらいの感覚があって、
僕、ベンチャーリンクで自動販売機とか売ってたじゃないですか。いくら自分で頑張って営業しても、なかなか物って売れなかったりするんですけど、
でもマスコミとかメディアが何かちょっと報道すると、すごく商品が売れたりするじゃないですか。
やっぱりああいうの見てて、やっぱりマスコミってすごいなと思って、そういう憧れもあって、雑誌の編集の仕事に就いたんですけど、
でも編集の仕事をしてみてわかったのは、そのマスコミを裏で操るもっと悪いやつがいたっていうことなんですよね。
それが広報なんですけど、だってそうじゃないですか。僕、雑誌の編集やってたら、広報の人とかが売り込んでくるわけですよ。
これ取材しろ、あれ取材しろとか。マスコミをコントロールしようとする、なんだこいつらみたいな感じで、
いやでもこの広報って仕事面白いねって言って、その仕事をやりたいなと思ってる時に、
その知り合いの社長から海外留学の会社、上場させたいかちょっと手伝ってくれないみたいな、一緒にやろうって言われて、
じゃあ、ジョインするのはいいんですけど、広報の仕事をさせてもらいたいんですけど、いいですかって言ったら、いいですよって言ってくれたんで、
その海外留学の会社にジョインしたっていう、そんな感じですね、経緯として。
なるほど、ありがとうございます。その海外留学のベンチャー企業での思い出なんてございますでしょうか。
いやーこれはもう今考えるとすごいブラック企業で、もう大変だったんですけど、
ただ僕も広報活動一生懸命やったっていうのもあるんですけど、僕が入社した時が売り上げ2億円ぐらいだったんですけど、
僕が在籍してたのは7、8年なんですが、僕が入社してから5年ぐらいで売り上げが10倍の20億になって、
もう上場できるっていうぐらいまでいったんですよね。
ただそれがもう上場、もうほぼほぼできるよねってなったのが2005年の12月ぐらいで、
あとはちょっといろいろ手続きすればみたいな段階だったんですけど、
年が明けて2006年の1月か2月ですよ、今でも忘れない、ライブドア事件というのが起きまして、
堀江さんが逮捕されてですね、東京証券取引所が審査を全部やり直すみたいな話になっちゃって、
もう上場できるはずだったのに結局できなくなっちゃって、そこからもう業績も悪くなっちゃって、
最終的に海外留学の会社は北尾さんのSBIインベストメントに買収されるっていうですね、
そんな浮き目をあいまして、そんなベンチャー企業、スタートアップあるあるみたいな、
そんな良い経験もさせてもらいましたね。
なるほど、ありがとうございます。
番組紹介と告知
本日も社長に聞くインウィズビズをお聞きくださり誠にありがとうございました。
この番組は2017年1月から毎週配信を続けております。
これまでにたくさんの成功社長、成功経営者のインタビューをお届けしてまいりました。
この内容はすべてテキスト化いたしまして、
私どもウィズビズが運営するウェブサイト経営ノートでも閲覧いただけるようにしております。
音声だけでなく文字で読み返すことで新たな発見や気づきがあり、
皆様の会社経営に役立つヒントがきっと見つかるのではないかと思いまして、
サイトの方にもさせていただいています。
ぜひネット検索で経営ノートスペース社長インタビューと入力いただき、
経営ノートのサイトをご覧になっていただければと思っております。
本日の社長に聞くインウィズビズはここまで。また来週。
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