藤原社長の生い立ちと学生時代
社長に聞く引ウィズビズ
本日の社長に聞く···in WizBizは株式会社株式会社タクトビ代表取締役中研
CEO藤原良輔 様でいらっしゃいます。
まずは経緯をご紹介させていただきます
高校中大、自動車整備の専門学校にご入学なさって syrup
卒業後メルセデスベンツ正規デーラーにメカニックと
chrome がitat っていらっしゃいます
その後個人ライニングバーを開業
そしてその後SIRの企業にシステム エンジニアとしてご勤務なさって
いらっしゃいます その後コンサルティングファーム
に転職 そしてその後フリーランス のエンジニアとして再度独立なさって
いらっしゃいます そして株式会社アクトビューを
創業をなさっていらっしゃいまして 現在9期目ということで2025年には
東京プロマーケットに上場している 上場企業の社長様でいらっしゃ
います 藤原社長様よろしくお願いいたします
よろしくお願いいたします まず最初のご質問ですがご出身
はどちらでいらっしゃいますでしょうか 出身は大阪の豊中市です
なるほど 小学校時代も豊中でよろしかった
でしょうか 豊中ですずっと豊中です
小学校時代豊中の小学校時代は どんなお子様でいらっしゃいました
でしょうか 習い事あんまり続かなかったんです
けどもミニバスバス刑だけずっと 続けていまして普通に全然レギュラー
になれずバスケと釣りが趣味で 割と成績は良かったですね
じゃあ頭の良いお子様とそんな 感じでいらっしゃいますか
そうですねやらなきゃいけない 正義感強かったのでテストを高い
テスト取らないとダメだみたいな 努力はしてました
なるほどじゃあもう当時からリーダーシップ は発揮されるタイプでいらっしゃ
いました いやどうなんですかねそういう
わけでもなかったかなと思うん ですけどもただ1回小学校の時に
ちょっと勘違いをしてた時期があって 自分が思っていることはみんな
もそう思ってるだろうみたいな の思ってた時があったんですね
小学校3年生ぐらいの時に朝学校 に行ったら全員に無視されるみたいな
事件が発生したこともあって割と 放課後みんな遊びに行こうよみたいな
流れじゃないですか小学校って みんなで遊びに行こうって来る
のが当然だろうみたいな感覚で いると当然来たくない子もいた
りだとか当時僕は上野学年の先輩 たちとも仲良かったので印象も
あんまり良くなくてあんまり藤原 に囲わない方がいいぞみたいな
話になり朝行くと無視されるみたいな ことがあってだいぶへこんだっていう
のはありますね僕が悪かったんです けども長くは続かなかったんで
そういうのも結構ダメージを負 った出来事でしたね
なるほど割とじゃあはっきりと ものをおっしゃるお子様
中学・高校時代の経験と父親の教え
そうですそうですはっきりして ましたねすごく
なるほどありがとうございます中学 時代はどんな子として過ごした
なんて思いでございますでしょうか
中学校の時も割と成績は悪くは なかったと思うんですけれども
出来事としては入った中学校に バスケ部がなかったんですねただ
僕はバスケがやりたかったので 一番最初近いハンドボール部に
入ったんですけどもやっぱバスケ じゃないのに全然続かなくて先輩
と喧嘩して辞めちゃったんですよ どうしようってなって一つ上の
先輩とバスケ部立ち上げられない のかなっていう話になって
保護者の方だったりとか先生相談 したりとかでバスケの経験のある
先生が入ってくるから立ち上げ られるよっていうところでバスケ
部の立ち上げをさせてもらった っていうのは結構経験としては
楽しかったかなと思いますね全然 部員少なかったんですけどもなんか
ゼロから作った部活で試合に出て 勝っていくみたいなのは楽しかった
ですね
なるほどじゃあ中学時代からの 創業者の素質があられる
創業者というか当時はあれですね 僕はあんまりそこまで考えてなかった
ただキャプテンやってたんですよ そのバスケ部でもなのでチーム
で勝っていくだったりとかみんな で成長していくっていうのはその
頃からすごくやりがいを感じて いた部分ではあったかなと思います
なるほどありがとうございます高校 も大阪の高校でらっしゃるんです
でしょうか
そうです高校も大阪の高校でただ 中退していまして2年生入ってすぐ
ぐらいですかねに中退をしているん ですよねこの時が僕の今のアクトビー
を作る現体験にもなっている部分 にはなるんですけれども高校行き
ながらなんでしょう僕は働くこと アルバイトできるじゃないですか
高校ってアルバイトしてることが すごく楽しくて勉強とかよりも
全然仕事というかバイトに没頭 していた時期があったんですね
もちろん普通に優等生では全然優 等生ではないというかあんまり
そこも良くない方ではあったので でも内進典だったり成績良かった
ので普通の学力の学校に行ったん ですけどもその中でいうともう
完全に落ちこぼれだみたいな見方 になって低学も何度か続いて最後
に生活指導の先生に父親と母親 呼び出しがあってもう君はこの
学校において落ちこぼれだから やめたほうがいいという話になって
そうだろうなと結構自分の自信 がなくなってしまっていたんですね
落ちこぼれとしてもちろんみんな はすごい勉強しているしここの
大学に行くんだって言ってすごい 努力している中で割と遊んでいた
しバイトもしてたのでただその 時の父の言葉が僕の真面目に人生
を生きていく入り口スタートだったん ですけどもその生活指導の先生
に対して父親がまずもう涼介もう この学校は辞めてもいいっていう
のから入ってもちろん僕は悪い ことをしたわけなのでそっかそうだ
よなって思ったんですけどもその 先生に対して確かにこいつは落ち
こぼれかもしれないけど今落ちこぼれ だったとしてもちゃんと意思を
持って働くだったりとか自分の やりたいということに対して意思
を貫いているこれはなんか学校 の拘束には合ってないかもしれない
けど社会に対してはそういう意思 を持った人間が世の中を変えて
いく良くしていくんじゃないの かなって僕は思うんですよねって
父親が言ってくれてだからもう その瞬間に学校を辞めていいって
父親も言ってその帰り道に辞めて いいけどこれだけは約束してくれ
っていうのでちゃんと自分の人生 に責任を持つことっていうところ
とあとは人に迷惑をかけないだ ったりいくつか約束をしたんですよ
ねで高卒資格だけは必要だから みんなが卒業する3月に高卒資格
だけは取るとあとはもう人に迷惑 をかけず自分の人生に責任を取る
っていうことだけ約束したらあとは 何やってもいいっていうことを
父親が言ってくれてそのタイミング で使命感というか人生の使命感
みたいなものを持たなきゃって なって人生に対してすごく考え
始めたのが17歳の時だったこれが 高校時代です
なるほど随分早い大人になった 感じなんですがお父様もそういう
もともとそういう教育方針でいらっしゃ った
全然なんですよね父親はいわゆる 24時間働けますかの時代の人なので
僕が学生時代はほとんど家で顔を 合わせてない休みの日はたくさん
遊び連れててくれたんですけど 仕事の日は朝も早いし夜も遅い
しっていうところですごい働く 父親でした仲良かったんですけども
だから仕事をしていくっていうこと に対してのプライドは多分人一
割強くてそういうのがあって僕が 働くっていうことに没頭している
姿が多分父親にとっても理解が できてくれていた部分なのかな
と思いますけどね
自動車整備士への道とメルセデス・ベンツ
なるほどちょっと前半から素晴らしい お話を聞いて私が今興奮してる
感じでありがとうございますその後 自動車整備系の専門学校にお勧
めになってらっしゃるんですが こちらで選べられた理由は何か
ございましたでしょうか
高校を中退したんですけど父との 約束でみんなが卒業するタイミング
で高卒の資格だけ取れというの が約束だったので単一生の高校
に入ってですね高校といっても 本当に週に数時間しか行かなくて
いいような学校だったんですけれども そこに入りながら変わらずアルバイト
したりだとかしていく中で進路 どうしようかなというところで
もちろんいわゆる受験勉強という ものを一切してないので通常の
大学はもう選択肢にないし自分も 行きたいとあんまり思ってなかった
んですよね自分が今興味あるもの ってなんだっていうとこれ別に
僕はNG出してないんで出してもら って大丈夫なんですけど高校時代
18歳から夜の世界でお仕事をして いましてそこでやっぱりメルセデス
ベンツに触れる機会がすごく多かったん ですよメルセデスベンツってかっこ
いいなってすごく思っていてこれ 自分の性格なんですけれども欲しい
なって思ったものをすごく調べ たくなる性格なんですねメルセデス
ベンツのことをすごく知りたく なってでも表に出てる情報って
すごく限られてるのでエンジン だったりとか歴史だったりとか
そういったものを細かく知るためには 中に入りたいなっていうところ
からメルセデスベンツに最短で 就職するためにはっていうのと
純粋に当時からバイクにも興味 があったので整備士の道に進もう
というところでその体制の卒業 だけで整備士の学校に入れるっていう
のもあって専門学校に奨学金で 入ろうと決めてもうメルセデス
ベンツしか受けなかったんです けれども自動車整備の専門2年間
行ってメルセデスベンツ一択で 晴れて入社できたっていうような
流れですね
なるほどありがとうじゃあ自動車 整備の専門学校時代はメルセデス
ベンツに行くための必死に勉強 したりしたという感じでいらっしゃ
いますか
そうですね成績めちゃめちゃ良かった ですね知りたかったのですごく
根は結構オタク気質なので調べ 出すと止まらないというところ
ですごく車のことを学んでいた 2年間遊んでましたけどね程よく
なるほどありがとうございます メルセデスベンツの正規ディーラー
に入られてその時の思い出とか 何かございますでしょうか
これも一つありましてオタク気質 がゆえにメルセデスベンツに入る
と僕が知りたかったメルセデス ベンツの情報がもう至るところ
にあるわけなんですよメルセデス ベンツのディーラーって正規ディーラー
はメルセデスベンツ認定メカニック みたいなメルセデスベンツの認定
資格があるんですよねそれを結論 から言うと僕初回の試験で全試験
合格して結構すごいやつがいる みたいなお話にもなったりして
給料もすごく上がってやる仕事 も変わって僕は全然学習学じゃなくて
知りたくて勉強してたんで知り たくて勉強してたら試験全部受かった
っていう流れがあったんですけど それと同時にあって辞めてるんですよ
ね僕もう知っていった先にこの 先のキャリアっていう父親との
約束もあるのでこの先自分が胸を 張れる人生責任を持てる人生って
何なんだろうっていうとこのまま 車の整備をしている人生ではない
なっていうところがあったので すごい人がいるってなって割と
早い段階で辞めることを決めた ので2年弱しかいなかったんですよ
ねリーダーには
なるほど達成感があって次へという そんな感じでいらっしゃるんですか
ダイニングバー開業と経営の原点
なんか今振り返ると多分そうですね どこ目指したらいいか分かんなく
なっちゃったんだろうなっていう 感覚です
なるほどでダイニングバーを開業 ということでいらっしゃるんですか
ダイニングバーを開業しようと思 ったきっかけなんてあるんですか
ここも辞めて何しようっていう 話なんですけれどもやはり父との
約束をして徐々に社会人になって 社会に出ていった先に自分の人生
責任を持つだったりとか社会に 貢献するとかそれができるのって
何なんだろうっていうとやっぱり ビジネスの世界だなっていうのは
分かっていたんですよただ当時 まだ21、22とかだったのでビジネス
の世界ってなんだっていうレベル 感の中でも結局お商売ですよね
っていうのがあってですねお商売 がしたいなって思ったのがきっかけ
だったんですよ当時自分にできる お商売ってなんだっていうと車
の経験と夜のお酒の世界の経験 しかなかったのでかつ初めてやる
お商売は絶対失敗するって周り にも言われてたし僕もそう思って
たんですね何も学習した上でやってる わけではないし難しい世界だっていう
のも分かってたので絶対失敗するん だったら長く続けられるっていう
ところを大事にしようとじゃあ 長く続けられるお商売ってなんだ
っていうとお酒って腐らないよね みたいなところからとりあえず
お酒だけ置いてお店家賃だけ払 えたら飲食店は残り続けられる
と思ったのでバーを出そうという ところで全く貯金がない状態
でお商売しますって言って辞めて 創業まで結構大変だったんですよ
全然お金借りれなくて本で読む と国金がお金貸してくれるよとか
創業者に優しいよって書いてる んですけど事業計画書もワード
ペライチとかで持っていくともちろん はね返されて銀行も結構回ったん
ですけど全然ダメでそこから当時 その店を出すまでの流れはブログ
に書こうと思ってたのでブログ で発信毎日し続けてると社長さん
の知り合い読者の方が結構何名 かついていただいてそのうちの
一人の方が融資落ちましたみたいな タイトルのブログを書いたらご
連絡いただいてで創業融資受け られる方法を手取り足取り教えて
いただいて事業計画の書き方も 教えていただいて最終的に新金産
からお金を借りることができて 晴れてオープンできたっていう
流れがありましたね
なるほどありがとうダイニング バーを開業なさっていろんな経験
あられたと思いますが思い出なんて ございますでしょうか
いやもう最初の頃は全然本当に お客さん来なくていいお店を作って
美味しいお酒美味しい料理を出せば 繁盛店になるって何も考えずに
思っていたんですけどそうじゃないん だなっていうのを思い知らされた
というのがてかその時に学べて よかったことでもあります結局
社長経営者の方夜のお店だったん でたまたま会社経営をしてる方
のお客様が多かったんですよね そういう方とお話をしてて当時
まだ22歳ではあるんですけども 22歳のやつがちゃんと自分で店
を出してってなると結構お話聞いて いただくお金もいただきながら
なんですけどもその中でお客さん が入らないときにどうしてるって
言われてお酒の研究をしてます とどこよりも美味しいハイボール
を売ってそれやっても客は増えん ぞみたいな話になってお前が今
やってんのは山奥に超絶こだわ ったラーメン屋を勝手にオープン
しただけでその店の存在は誰も 知らんでなるほどって思って今
やったら当たり前に分かるんですよ ただ当時の僕って本当に何も分かって
なくてこれが商売注文屋みたいな 大阪のお店だったので大阪の社長
さん結構はっきり言ってくれるん ですけどなんかここが結構大きくて
そこからはSNSを当時まだミクシー とかだったんですけどもミクシー
を活用してお客さんを増やして いったりだとかあとは新規獲得
よりもバーはやっぱりリピート のお客様をいかにファンにさせる
かっていうこの辺をすごく学んだ ので今振り返ると今のアクトビー
のビジネスモデルとか大事にしている ことに結構綴るものがあるなっていう
のは当時学んだことの中には今も 残ってるもので結構あるなっていう
番組紹介と今後の展望
のは思ってますね本当に商売の 色派を当時学んだっていう感覚
でした
本日も社長に聞くinwithbizをお聞き くださり誠にありがとうございました
この番組は2017年1月から毎週配信 を続けておりますこれまでにたくさん
の生光社長生光経営者のインタビュー をお届けしてまいりましたこの
内容はすべてテキスト化いたしまして 私どもinwithbizが運営するウェブ
サイト経営ノートでも閲覧いただ けるようにしております音声だけ
でなく文字で読み返すことで新たな 発見や気づきがあり皆さんの会社
系に役立つヒントがきっと見つかる のではないかと思いましてサイト
のほうにもさせていただいてます ぜひネット検索で経営ノートスペース
社長インタビューと入力いただき 経営ノートのサイトをご覧になって
いただければというふうに思って おります本日の社長に聞くinwith
bizはここまでまた来週