皆さんこんにちは、ビデオアーツラボのサクです。
この番組では、耳から映像制作を学ぶをテーマに、映像制作についての話題や、機材に関する情報を中心に毎日更新しております。
はい、というわけで1月の29日、木曜日となりました。いかがお過ごしでしょうか?
もう連日寒い寒いと言い続けておりますが、今日も寒かったですね。
本当に風邪ひかないようにというところで、私の方もようやく喉がちょっとずつ治ってきたかなというところで、流覚酸の喉飴とかを飲んで、ちょっと対策をしておりますので、
今日もお鍋を食べて、少し体を温めて、早く寝られればいいかなと思います。
今日はですね、どんなポッドキャストの内容かというと、トピックスとしてはですね、ビルドロックスからようやくちゃんとLマウントを出すというところで、そんなレンズをですね、紹介していこうかなと思います。
それからメインテーマでは、映像としてのドキュメンタリーを考えるというシリーズをですね、昨日からやっておりまして、
今日はですね、映像としてのドキュメンタリーを考えるというシリーズをですね、昨日からやっておりまして、
それからメインテーマでは、映像としてのドキュメンタリーを考えるというシリーズをですね、昨日からやっておりまして、
今日はですね、シリーズ一発目ということで、ドキュメンタリーとは何かというところで、
ドキュメンタリーとはと、あとはクリエイティブノンフィクションという考え方ですね、
についてですね、いろいろ深掘っていきたいなというふうに思っております。
というわけで、まずはですね、本日のトピックスからいってみましょう。
はい、というわけで、今日はViltroxの新しいレンズというところになりますけれども、
ようやくLマウントがちゃんと出るというところになります。
まず一発目はどんなレンズかというとですね、16mm F1.8というレンズがですね、
2月の5日にLマウントとして出てくるのではないかというお話がされております。
たぶん5日はきりですね、いろんなLマウントレンズというのがどんどん出てくるかなというふうに思いますので、
Viltroxですね、これAFのレンズなのかな、おそらくAFだと思いますけれども、
ちょっと私も結構使ってみたい、やっぱりシネマレンズを扱っているメーカーになりますから、
どれくらいこのミラーレスで、スチールのレンズとして完成度が出来上がっているのかというところも含めて、
いろいろ見ていきたいなと思っておりますので、また続報が入りましたらお届けしていきたいなと思っております。
本当にLマウント盛り上がっている最中ですね、ちょっと私はいろいろLマウントについてはですね、
一回、なんていうんでしょうね、Lマウントで動画を撮るのは一回やめようかなというところで、
直近でちょっと考えておりましてですね、Lマウントはスチールでちょっと撮っていこうかなと思うんですけれども、
ちょっと一回動画をやめまして、動画はですね、もうマイクロフォーサーズ一本に絞っていこうと。
パナソニックを使う、ルミックスを使うことはやめないんですけれども、
ルミックスの中でもGHシリーズというのをですね、主に使って動画を撮っていこうと。
スチールに関しては基本Lマウントを使っていこうかなと思っております。
なので、Lマウント、ルミックスでは外せないので、ルミックスのフルサイズとですね、
マイクロフォーサーズシステムですね、うまく使いながら日々現場を回していこうかなと思いますけれども、
ちょっとね、映像に関してはLマウント一回置いとこうというところで、
先ほどじゃないですね、最近決めましたというところで、ここについてはまた、
どっかのポップキャットで雑談的にお話をしていきたいかなというふうに思っております。
というわけで今日はですね、ビルドロックスからLマウントレンズついに出てくるよというお話をお届けしました。
それでは1曲いってみたいと思うんですけれども、
今日の1曲はですね、フルックスボルテックスというアーティストさんのですね、
ブラックハートブルースという曲を流していきたいというふうに思っております。
フルックスボルテックスは結構流しているけど、この曲は初めてかなというふうに思いますので、
ぜひ聴いていただければと思います。
それではフルックスボルテックスでブラックハートブルース。
はい、というわけで本日のメインテーマは映像としてのドキュメンタリーを考えるというシリーズの、
今日はドキュメンタリーとは何かというところでお話をしていきたいというふうに思うんですけれども、
昨日ですね、ドキュメンタリーを考える序論ということで、
今後のテーマとか、あとは日本と海外での欧米ですけれどもの制作の違いというところで、
お話をしていこうかなと言ったんですけれども、
今日はですね、何かというと、そのドキュメンタリーというものについてはもう少し詳しくというかね、
ドキュメンタリーってそもそも何なんだろうねっていうところをお話しして、
その後にですね、クリエイティブ・ノンフィクションというような考え方ですね、ここについてちょっと触れていって、
最後にですね、私の制作物ではそれをクリエイティブ・ノンフィクションという考えをどのように使っているのかというところで落としていきたいなというふうに思っております。
というわけでまずはですね、このドキュメンタリーとは何かというところをお話ししていくんですけれども、
ドキュメンタリーというのは要は日本語を訳にするとですね、事実に基づく制作物みたいな表し方をするわけですよね。
なんですけど、世界的なというか、欧米諸国、それからあとは北米、
北米と欧米って一緒だな、あとは北欧っていうんですかね、
ああいうヨーロッパとか、それからまああとはアメリカとかではですね、
この何でしょう、ドキュメンタリーっていうものをですね、クリエイティブ・ノンフィクションというような形で捉えていることが少なくないというところで、
後でこのクリエイティブ・ノンフィクションという考え方についてはお話しするんですけれども、
この嘘がなければ成立するコンテンツっていうところを解釈を少し広げてですね、
自由な表現としてドキュメンタリーを考えていくっていうところがあるといいんじゃないかなっていうところで、
どうしてもですね、昨日もお話ししましたけれども、日本のドキュメンタリー、特に日本でドキュメンタリーを作ってた方々ですよね、
の話だとですね、やっぱり時系列、それから描写ですね、
もう丁寧に丁寧に、そしてきちんと嘘がない、本当に生の映像みたいなところを中心にやっていくっていう、
そういう編集が何でしょうね、正しいと言われるところもあるので、
何がドキュメンタリーなのかっていうのをもう一回やっぱりね、再定義する必要がすごくあるのかなと思いますね。
やっぱりNHKの密着取材みたいなやつの、あれがドキュメンタリーとして、あれがドキュメンタリーの正解なんだよみたいな形で示されるとですね、
ちょっとドキュメンタリーを作る側としてもちょっと狭いかなと、もう少しやっぱり解釈を広げて、
ドキュメンタリーっていうコンテンツそのもののカテゴリー、ジャンルみたいなところを広げていったほうがいいんじゃないかなと思うんですよね。
特に日本のドキュメンタリーは狭いなという気がするので、
なのでドキュメンタリー映像っていうのは嘘がない、そういうコンテンツであればですね、
事実に基づいていればドキュメンタリーコンテンツとして成立するのではないかなと思うので、
ただ単に記録物からですね、
その人の、もしくはその現象の物語っていうのを丁寧に丁寧に紡いでいくっていうのが、
一つドキュメンタリーコンテンツとしてね、もっともっと盛り上げていくためには必要なのではないかなと思っております。
じゃあですね、このドキュメンタリーを作っていくにあたって、
クリエイティブノンフィクションという考え方、先ほどからワードいろいろ出してますけれども、
これをですね、ちょっと皆様にどういうものなのかっていうのをちょっとお伝えしていこうかなと思っております。
はい、というわけで、ここではですね、クリエイティブノンフィクションという形でドキュメンタリーを捉えるという方法、考え方についてですね、
ちょっとお話をしていくんですけれども、
このクリエイティブノンフィクションというのはですね、書籍のドキュメンタリーストーリーテリングという本があるんですけれども、
ここでもね、紹介されているものですね。
で、どういうことかというと、要は直訳するとですね、事実を創作的に伝えるというのが、
これがドキュメンタリーだよという、ドキュメンタリーだよというか、ドキュメンタリーの一つとしてあるんじゃないかというところで、
事実なんだけど創作っていうのは矛盾してないかっていうところなんですけれども、
これはね、嘘をつくっていうことではないんですよね。
事実としてはあっているわけですよ。
なんですけど、100%撮影された素材とかに関しても虚実がないんですよ。
なんですけど、それをどうやって見せるか。
要は美術的な、アート的な視点にも立つというところですね。
だから事実を少しアートの要素を加えてコンテンツ化していくっていうのが、
このクリエイティブノンフィクションというような考え方になるかなと思います。
日本のドキュメンタリーだと、まずそういう嘘っぽいみたいなのがあるんですけれども、
それはですね、ちょっとこう、間違った解釈というかになっているかなと思うんですよね。
それはなぜかというと、例えばバラエティ番組一つ取り上げるとしてもですね、
ちょっと難しいか、バラエティ番組は難しいので、漫才っていうものを一つ取り上げてみるとしてですね、
例えば元々は漫才っていうのは、寄せみたいなところの延長上だったのかなと思うんですよね。
で、ちょっと調べていこうかなと思うんですけれども、
例えば寄せっていうのと漫才っていうのがあったとしたらですね、
これ何が違うのかっていうとですね、寄せは1人だけど漫才は2人でボケと突っ込みっていう掛け合わせ、
これをですね、要は1人でやってるか2人でやってるかの違いなんですけれども、
多分当初漫才が出た時には、何でこれを1人でやるんだっていうところがあったのかなと思います。
1人で元々ね、落語家さんがですね、ボケと突っ込みを話しながらやってるものをですね、
分けて会話中心の漫才っていうところに変化させた。
最初はその漫才っていうのは1人でできない奴がやることだろうというふうに思われたと思うんですけれど、
今やね、漫才っていうとボケと突っ込みだよねって定着しておりますよね。
だからそんな形で何かを生み出す時とかですね、そもそもその固定概念を取っ払った時にクリエイティブっていうのが生まれてくるわけです。
なのでこの日本のドキュメンタリーっていうのもありのままを映すリアリズム的なそういう傾向が非常に強いので、
それをもうちょっと解釈を広げるとですね、視聴者を楽しませるためのコンテンツとしてあるわけですよね。
いろんな映像コンテンツだったり、いろんな音楽コンテンツだったりはあるわけです。写真もそうです。
その場合はやっぱり視聴者は楽しめればいいだろう。
ただドキュメンタリーというジャンルに関しては嘘のない事実で作りましょうねということだけなんですよね。
なので情報が事実であればそこに演出を加えること、これは良いと思うんですよ。
ましてやですね、普段皆さんが見ている映像コンテンツっていうのは少なからず演出というのが必ず入ってます。
なので日本のドキュメンタリーもですね、例えばテロップ一つ加えても演出の一部に入るし、
あとはいろんな映像の繋ぎですよね。要はカットっていうやつですけれども、
これを繋いでいくこと自体も演出です。
だからそこを演出しているのにも関わらず、
そのクリエイティブ・ノンフィクションというジャンルを否定するというかね、
あれはドキュメンタリーではないというふうにいうこと自体がそもそもナンセンスだったりするわけですよね。
自分たちは編集しているけど。
なので私の場合はこのクリエイティブ・ノンフィクションという考え方のもと、
ドキュメンタリーを作っている側になりますから、
ずっとリアルを出す、リアルな映像じゃなければ作り込んだね、
なので最後ですね、クリエイティブ・ノンフィクションという考えをどこまで取り入れているのか、
どういうふうに取り入れているかっていうちょっと私のお話をして今日は終わろうかなというふうに思います。
というわけで最後ですね、私の場合のクリエイティブ・ノンフィクションということでお届けしていきますけれども、
何でもいいんですよね、要は創作っぽいけどでも事実というところで、
どこまででもいいかなというふうに思うんですけれども、
私の場合は基本的にこのインタビューというところと、それからインサートと呼ばれるインタビューの内容を補足するための経緯ですよね、記録物。
これは実際の映像というのをやっぱり入れています。
それから現場の環境音とかを取ってですね、それを繋いでいくようなことをですね、主軸でやりつつですね、
例えばメイキング映像とかそういうところでいろいろ動いているわけですけれども、
このメイキング映像とかもですね、例えばカットとカットのつなぎのところにちょっとトランジションを少し工夫して入れるとかっていうのでもいいわけです、別に。
事実ですからね、ただそこに創作っていうアート的な要素を足しているというだけなので、
なので事実プラスアート、ここを合わせたものがクリエイティブ・ノンフィクションになるわけですから、
インタビューっていうのは事実、本人の証言、思いや語る部分です。
ここに関して、例えば質問内容とかをですね、入れていくと、これは演出になってしまうので本人の事実ではない、
ねじ曲がってるんじゃないかみたいな第一視点、主観ではないかというような話もされるんですけれども、
そもそもこのインタビューというジャンルにおいてはですね、
ある一定のテーマ、もしくは聞きたいことというんでしょうかね。
その本人を形作る内容の種の証言っていうのをもらわないと成り立たないコンテンツなんですよね。
なのでこのインタビューっていうのはいろんな表現方法あると思いますけれども、
基本的にはディレクターが聞きたいことっていうのを聞けばいいと思うんですよね。
なんですけど、このディレクターが聞きたいだけのことっていうところに関しては、
これはやっぱり主観が入りすぎてしまう部分があるので、
例えば事前にこの人に対してどういうことを聞きたいかっていうのを公募するとかですね、
もしくは一般的に聞かれるようなことですね。
例えば映画の俳優さんに聞くとなったらですね、この映画どんなところが大変だったのか、
この映画に役作りに臨んだこととかですね、そういうのをみんな聞きたいわけですよ。
それを聞いていくというのがインタビューの内容になるかなと思うので、
ここがもしインタビューっていうのは主観が入ってるよねというふうに言った場合はですね、
ほとんどのコンテンツが成り立たなくなるわけですよね。
ドキュメンタリーっていうのはその場の事実を元にして制作してますから、
インタビューに関しても要はカットがあまりなければ、
カットとカットで無理やりつないでいくっていうのは、
それは事実と違いますからねじ曲がった情報になるんですけれども、
基本的にはカットとカットがしっかりとつながっている、
要は喋っている途中で切り替わらないということですね。
喋っている途中で他の絵に切り替わって言葉をつなげようとするようなことは、
これは事実と異なってきますけれども。
なので、そういうことですよね。
だから一つ目のAのカットで、これはっていうふうに喋ったときに、
すぐBのカットに移って何とかですっていう場合は、
これは事実と違うわけですよ。
間を詰めるにしてもですね、その間を残しておくとかですね、
っていうことがやっぱ必要だと思うんですけれども、
なのでインタビュープラスインサートっていうところで、
私は映像を作っているというものになります。
あとはメイキングに関しては、本当に3日間とか密着をさせていただいて、