伊波東部への旅
ブドリは二時間ばかり歩いて停車場へ来ました。それから切符を買って、伊波東部行きの汽車に乗りました。
汽車はいくつもの沼綿きをどんどん後ろへ送りながら、もう一山に走りました。
その向こうにはたくさんの黒い森が、次から次へと形を変えて、やっぱり後ろの方へ残されていくのでした。
ブドリはいろいろな思いで胸がいっぱいでした。
早く伊波東部の市へ着いて、あの親切な本を書いたクーボーという人に会い、できるなら働きながら勉強して、みんながあんなにつらい思いをしないで沼畑を作れるように。
また、火山の灰だの、ひでりだの、寒さだのを覗く工夫をしたいと思うと、汽車さえまどろっこくてたまらないぐらいでした。
汽車はその日の昼過ぎ、伊波東部の市に着きました。
停車場を一足出ますと、地面の底から何かのんのん湧くような響きやどんよりした暗い空気、行ったり来たりするたくさんの自動車にブドリはしばらくぼーっと突っ立ってしまいました。
やっと気を取り直して、そこらの人にクーボー博士の学校へ行く道を訪ねました。
すると、誰へ聞いてもみんなブドリのまじめな顔を見て吹き出しそうになりながら、「そんな学校は知らんねえ。」とか、「もう五六町行って聞いてみな。」とか言うのでした。
そしてブドリがやっと学校を探し合ったのは、もう夕方近くでした。
その大きな壊れかかった白い建物の二階で、誰か大きな声でしゃべっていました。
こんにちは、ブドリは高く叫びました。誰も出てきませんでした。
こんにちは、ブドリはあらん限り高く叫びました。
するとすぐ頭の上の二階の窓から大きな灰色の顔が出て、眼鏡が二つギラリと光りました。
それから、「今授業中だよ。やかましい奴だ。用があるなら入ってこい。」ととなりつけてすぐ顔を引っ込めますと、中では大勢でどっと笑い、その人はかまわずまた何か大声でしゃべっています。
ブドリはそこで思い切ってなるべく足音を立てないように二階に上がって行きますと、階段の突き当たりの扉が開いていて、実に大きな教室がブドリの真正面に現れました。
中には様々な服装をした学生がぎっしりです。
向こうは大きな黒い壁になっていて、そこにたくさんの白い線が引いてあり、さっきの背の高い眼鏡をかけた人が大きなヤグラの形の模型をあちこちさしながら、さっきのままの高い声でみんなに説明しておりました。
ブドリはそれを一目見ると、「ああ、これは先生の方に書いた歴史の歴史ということの模型だな。」と思いました。
先生は笑いながら一つの取手を回しました。
模型はガチッとなって、機体の船のような形になりました。
またガチッと取手を回すと、模型は今度は大きなムカデのような形に変わりました。
みんなしきりに首を傾けて、どうもわからんというふうにしていましたが、ブドリにはただ面白かったのです。
そこでこういう図ができる。先生は黒い壁へ別の込み入った図をどんどん書きました。
左手にもチョークを持ってさっさと書きました。学生たちもみんな一生懸命そのまねをしました。
ブドリも懐から今まで沼畑で持っていた汚い手帳を出してそして図を書き取りました。
先生はもう書いてしまって、壇の上にまっすぐ立ってじろじろ学生たちの席を見回しています。
ブドリも書いてしまって、その図を縦横から見ていきますと、ブドリの隣で一人の学生が、
「あああ。」とあくびをしました。ブドリはそっと聞きました。
「ね、この先生は何て言うんですか?」すると学生は馬鹿にしたように鼻で笑いながら答えました。
「空母大学しかお前知らなかったのかい?」
それから自撮りの自ブドリの様子を見ながら、
「はじめからこの図なんか書けるもんか。僕でさえ同じ講義をもう6年も聞いてるんだ。」
と言って自分のノートをふところへしまってしまいました。
その時教室にパッと電灯が点きました。もう夕方だったのです。
大博士との出会い
大博士が向こうで言いました。
今や夕べは遥かに来たり、節句もまた全可を得た諸君のうちの希望者は、
けだしいつもの例によりそのノートをは摂取を示し、さらに数日の諮問を受けて所属を消すべきである。
学生たちはワーッと叫んでみんなバタバタノートを閉じました。
それから書いてしまうものが大部分でしたが、
5、60人は一列になって大博士の前を通りながらノートを見せて開いてみせるのでした。
すると大博士はそれをちょっと見て一言か二言質問して、
それから白黒でエリエ、ゴーとかサイライとか書くのでした。
学生はその間いかにも心配そうにくじを打ちしめているのですが、
それからそっと肩をすぼめて廊下まで出て、
友達にその印を読んでもらって喜んだりしょけたりするのでした。
ぐんぐん試験が済んで、いよいよぶどり一人になりました。
ぶどりがその小さな汚い手帳を出した時、
空母大博士は大きなあくびをやりながら、
かがんで目をぐっと手帳につけるようにいたしましたので、
手帳は危なく大博士に吸い込まれそうになりました。
ところが大博士はうまそうにコクッと一つ息をして、
よろしい、この図は非常に正しくできている。
その他のところは、
なんだ、ははー沼畑の肥やしのことに、馬の食べ物のことかね。
では問題に答えなさい。
工場の煙突から出る煙には、どういう色の種類があるか。
ぶどりは思わず大声に答えました。
黒、かつ、黄、灰、白、無色、それからこれらの混合です。
大博士は笑いました。
無色の煙は大変いい。形について言いたまえ。
無風で煙が相当あれば縦の棒にもなりますが、
先はだんだん広がります。
雲の非常に低い日は棒は雲まで昇っていって、そこから横に広がります。
風のある日は棒は斜めになりますが、その傾きは風の程度に従います。
波やいくつも綺麗になるのは風のためによりますが、
一つは煙や煙突の持つ癖のためです。
あまり煙の少ない場合は、煙の多い場合は、
あまり煙の少ない時はコルク抜きの形にもなり、
煙も思い出すが混じれば煙突の口からふさになって、
一方ないし予報に落ちることもあります。
大博士はまた笑いました。
よろしい、君はどういう仕事をしているのか。
仕事を見つけに来たんです。面白い仕事がある。
名刺があるからそこへすぐ行きなさい。
博士は名刺を取り出して、何かスルスル書き込んでぶどりにくれました。
ぶどりはお辞儀をして、と口を出て行こうとしますと、
大博士はちょっと目で答えて、
なんだゴミを焼いているのかなと低くつぶやきながら、
テーブルの上にあったカバンにチョークのかけらや、
ハンケチや本やみんな一緒に投げ込んで小脇に抱え、
さっき顔を出した窓からぷいっと外へ出ました。
びっくりしてぶどりが窓へ駆け寄ってみますと、
いつか大博士はおもちゃのような小さな飛行機に乗って、
自分でハンドルをとりながらもうす青いものや
こめた街の上をまっすぐ向こうへ飛んでいるのでした。
ぶどりがいよいよ呆れて見ていますと、
まもなく大博士は向こうの大きな灰色の建物の平屋根について、
船を何か鍵のようなものにつなぐと、
そのままポロッと建物の中へ入って見えなくなってしまいました。
大博士はそのままポロッと建物の中へ入って見えなくなってしまいました。