2026-02-04 10:45

言語化とメタ認知


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サマリー

言語化とメタ認知についての考察を通じて、自己理解や他者理解の重要性が語られています。特に、言語化がメタ認知を助けることで、より客観的に自分を見ることができる可能性が示されています。

言語化の意義
皆さん、おはようございます。
2026年2月4日、水曜日、ツカサです。
この放送は、現役ベンチャー企業の管理職、ツカサが日々の仕事や生活の中での学びや気づき、
そしてビールを通じて豊かな人生をお届けする番組です。
皆さん、おはようございます。
今日は、最近私が感じていることをシェアしたいと思います。
それは、言語化って、私、放送内でも話すことがあるんですけど、
言語化するから何なんだっていうことも、一方で感じることがあるわけですね。
なので、言語化をしていくと、どうやらメタ認知っていう客観的な視点を持つ参考というか、
手助けになるように思ったというような話、シェアをしたいと思います。
これは私の体験談なので、全ての人に通じるかどうかは分かりませんが、
ある一定の法則を感じるので、このテーマとさせていただきました。
私は普段面談とかするときに、その相手の人が何かもやもやするとか、
言葉にしにくいっていうことを、なるべく私なりに言語化をして、
手助けをしてあげるというような時間を取ることがあります。
それは少しでもその人の気持ちがすっきりしてもらいたいと思っているからですし、
自分自身がその人をもっと理解したいというふうに思うからなんですね。
そんな中、その人自身も自分の気持ちに対して、
自分はこんなふうに感じていたんだなとか、
私からはその人がこんなふうに思っていたんだということを、
なるべくくっきりとした輪郭で浮き上がらせることができる。
結果的にはその人をより客観的に見ることができるし、
本人もそんなふうに見ることができているんじゃないのかなというふうに思っています。
そういった体験から、言語化していくことは客観的な視点を持つことの
手助けにつながるんじゃないのかと思うようになっていました。
だけれども、どこか自分自身ではしっくりしないことがちょいちょいあるんですよね。
自己の振り返り
話は少し変わるんですが、この放送も実はそろそろ800回を迎えることになりまして、
たまに自分自身で昔の放送を聞き直すことがあるんですね。
特にかなり昔の初期の頃の放送で、
私があまりにもこれは聞き難いと思うようなものは、
URLでリンクで鍵を閉じていて聞けないようにしているんですけど、
何もこれは話せない内容が多いということではなくて、
聞くに耐えがたい雑音とかそういった拙い内容を過ぎて、
ちょっと放送しにくいなというものなんですけれども、
それを聞いていると客観的に見て、
なんでこんなに感情的に話すような人なんだろうなとか、
あとは思理滅裂だなとか、
そんなふうに感じながら自分で聞き直すことがあります。
それで最後まで聞いてくださっていた方々には本当に感謝しかないというか、
辛抱強く聞いてくださってありがたいとしか言いようがないんですけどね。
今ですね、改めてそれをやっていることの意味というのは、
10分という時間を皆さんが少しずつもらいながら話している中で、
あまりにも無駄な時間を作りすぎているなとか、
無駄話が多いなって感じることが多くなったんですよね。
これ自体が一つの客観的な視点だと思っているんですけれども、
自分自身がどう見えるのかということなんですね。
他の人から見えている自分と自分自身が見ている自分というのはちょっと違っていますし、
おそらく複数の視点から自分を見ることができる状態ということが、
メタ認知という単語、そういう感覚なのかなというふうに思うんです。
ざっくり言うと、大きな意識の中に自分という意識がドボーンと入っちゃって、
360度、いろんな角度から見ることができるということが、
そういった状態なのかなと思うんですね。
それができたからといって偉いというわけでもないし、
すごいというわけでもないとは思うんですけれども、
ただそういった視点を持つことで、少しでも自分をうまく振る舞えるきっかけというか、
そういった意識につながるんじゃないのかなというふうに思っています。
発信者としての意識
だから言い換えるならば、言語化をすることが、
一つのメタ認知のきっかけにもなるでしょうし、手助けにもなる。
また、メタ認知ができるから、自分自身をより多角的に認知することができて、
みんながどう見られているのかということをわかるようになる。
一方で、だからといってそれを変える必要もないし、変えられるかどうかはまた別の話ですし、
変えたからといってその人らしさというのはそこにあるのかどうかというのは、
また別の議論というか価値観だと思うんですよね。
最終的に私が何を言いたいのかというと、
よくメディアとかに出ている人たちは、この辺のコントロールが非常にうまいと思うんですね。
そうやって演じている部分が多いと感じています。
僕らはそういった人たちの立ち振る舞いとか、コントロールの方法みたいなものは参考にできると思うし、
そうすることで自分らしさというものを作り上げることもできるんじゃないのかなと思います。
感情的になっているなって自覚するだけでもずいぶん違うと思うんですよね。
感情的になっている人が感情を抑えることをゼとしないという人もいますから、
それはそれで僕はいいと思うんですよね。
そういうキャラの人もいる。
そんなことを考えるとですね、
僕らは一人の発信者でありながら、大人でもあるということを認識しながら、
部下や社会と接していないといけないというか、
そういうことのほうがうまく世の中を渡っていけるんじゃないのかなと思ったので、
今日のシェアとさせていただきました。
はい、ということで今日の放送はここまでとなります。
少しだけビールの話に移ります。
ビール、皆さんも飲んでいただいていると思うんですけど、
最近私、ビールの温度についてすごく興味がありまして、
結構いろんな温度帯で飲むのを試しています。
特に大手のビールなんですけど、
これは言っていいのかわからないですけど、
なかなかの変化をしますね。
やっぱり大手のビールは安定感が半端ないんですけども、
低い温度で設計されていますので、そこに味のピークを持っていくようにしていますので、
高い温度になればなるほど、とっても想定外の味わいになるっていうね、
そんな体験をしています。
あと時間ですよね。
時間が経つと酸化もしやすくて、味の変化も大きくしていきますので、
それもまた自分たちの会社が作っているビールとは大きく異なるんですよね。
同じ土俵じゃないんだっていうことをどうみんなに伝えていくのかっていうのが、
とても難しいなって思います。
大手のビールはゆっくり飲めば飲むほど、想定外の味になっていって、
やっぱり早く冷たいうちにグビグリ飲もうぜっていう気持ちになるでしょうし、
クラフトビールの場合は冷たくグビグビ飲もうとすると、
とてもじゃないけど、2杯3杯ってなって飲めないと思うんですよね。
もうちょっとゆっくり飲みたいとか、なるか、もしくはもういいやって、
もう十分ってなると思うんで、この辺の差をうまく説明できるように、
もう少し精進していきたいなって考えていました。
はい、ということで今日の放送は以上です。
この放送が皆さんのお役に立てたら嬉しいです。
それではまた皆さん、明日お会いしましょう。さよなら。バイバイ。
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