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2025-12-24 10:47

その「しょうがない」、本当に納得していますか?


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サマリー

このエピソードでは、「しょうがない」という感情やその背後にある責任が考察されています。特に、管理職としての責任感や心の内省の重要性が強調され、日常生活や仕事における納得感について議論されています。

クリスマスイブの考察
皆さん、おはようございます。2025年12月24日、水曜日、ツカサです。
この放送は、ベンチャー企業の管理職、ツカサが日々の仕事や生活の中での学びや気づき、そしてビールを通じて豊かな人生をお届けする番組です。
おはようございます。
今日はクリスマスイブということで、世の中ではイルミネーションとか、売り場も華やいでいますよね。
私自身は仏教徒なんですけども、こういったほかの宗教イベントに対してもあまり気にせず取り入れるタイプでして、
日本らしいというよりも、日本らしいんですけど、日本人っぽい日本人だなんて自分のことを思っているんですけどね。
皆さんいかがでしょうかね。乗っかっちゃった方がいいなっていうね。
そういう気質なんでね。楽しめるものは楽しむというのがいいのかなと。あんまりシリアスにならないほうがいいかなと思っております。
ということで、今日はですね、その疑問本当に納得できていますかというようなテーマでシェアしたいんですね。
先日ですね、私自身の話なんですが、会議で社長にとある問題を指摘されまして、即答ができなかったんですよね。
問題の原因を突きつけられて即答できなかったと。
心の中ではそういう時に何が起きているのかというと、いくつかありますが、だってしょうがないじゃんみたいな気持ちがどこかにあったりするんですよね。
グッと飲み込んでですね、少し時間を置いて内省した時に、だってしょうがないみたいな言葉っていうのはすごい他人事だなあなんていうふうに思って。
この話を皆さんにシェアしたいんですね。
皆さんも仕事の中で指示をされたり、目標に向かって計画を立てた中でどうしてもうまくいかなかったとか。
トラブルが起きてどうにも回避できなかった。
そんなことってあると思うんですよね。
その時にその問題を指摘されたらどう思うのかというと、いや無理でしょとか言うかもしれないけど、しょうがないじゃんっていうような気持ちがどこかに湧くんじゃないかなと思うんですよね。
このしょうがないじゃんっていう、だってしょうがない問題っていうかね、これについては裏に、この言葉の裏にはやらざるを得ないからしょうがない。
会社の命題だからしょうがない。回避できないから諦めるしかない。
みたいな、そんな感覚が含まれているように思いました。
じゃあこの責任は誰が取るのかっていう、そこまで掘り下げていくと、
基本的には経営的な部分は経営責任ということで、社長が取ればいいじゃんっていう考え方もあるかもしれないけど、
それだと管理職とか中間管理職としてはちょっと責任じゃないのっていうね、
自分で自分のことを改めて見つめ直したっていう話なんですよね。
そうじゃないと、やっぱり他の部下に対してもね、役職もあって、それなりにお給料も差がついているにもかかわらずね、
そこに覚悟を持って取り組んでないっていうことなんじゃないのとも言い換えられると思うんですよね。
結構これはね、痛い話で、管理職が陥りがちだけど、いやいやそうじゃないとかってね、
ジレンマを腹の中に抱える部分ってあるんじゃないかなと思ってて。
この話ね、じゃあ行き着くところ、僕らはどんな責任が取れるのかっていうと、
説明責任しかないんじゃないかと思うんですよね。
説明責任は、だってしょうがないじゃない、では説明がつかないっていうのが結論だと思うんですね。
その先に、じゃあなんでしょうがないのか、それは本当に諦めるしかなかったのか、
「しょうがない」文化の影響
諦めた根拠は何だったのか、もしくは大案は何だったのか、
そこまで掘り下げられているかどうかっていうところがすごく重要なんじゃないのかなというふうに最近強く思っています。
振り返るとですね、こういう出来事っていうのは過去にもあったなと。
過去にもあるけれども、今になって内省していくとですね、きちんと向き合うという機会を自ら避けている。
そんなこともあったなというふうに思うんですね。
この不都合な真実に対して、この問題を突きつけられた時に、
やっぱり中間管理職とか管理職はモヤモヤするんだと思うんですよね。
言われ方とか言葉遣いとかもあると思うんだけど、上から言われるときはね。
だけど、これ真実だっていうことをまず受け止めるっていうところから始めないと、説明責任まで行きつかないんじゃないかなと。
その上で、やっぱり最終的には、大案とか根拠とか、なぜならばというようなところまで落とし込んで、言葉にしていくっていうことがやっぱり大事なのかなと思うんですね。
一方でね、この話、部下と話をしていた時も思うんだけど、
いつからこうなったのかとかね、問題があって部下に問い詰めるというか、聞いた時に、
いつからこうなったのか、いつ気づいたのか、どう対応していたのか、なぜそう思ったのかみたいなことをどんどん掘り下げていくと、
最終的に、だってしょうがないじゃないですかみたいな言葉が出てくるわけですよね。
このしょうがない文化っていうのを、どこまで言語化できるのか、説明できるのか、
そこが責任感っていうのにつながっているんじゃないのかなっていうふうに思うんですよね。
これね、やっぱり人が無責任だって感じる瞬間っていうのは何なのかっていうと、
言語化できずに、説明できずに、感覚的に諦めている状態っていうのがやっぱり無責任な状態っていうことだと思うんですよね。
だからしょうがないじゃんみたいな言葉、これが無責任の象徴なんじゃないかって僕自身は思うっていうね、そんな話なんですよね。
できなかったときに、やっぱりしょうがなかったで終わらせるのか、もししょうがなかったで終わらせるんだったら、
なぜしょうがなかったのか、諦めたら終われなかったのか、じゃあどうするのか、そこまでくかぼりするっていうのがすごい大事なのかなと思うんですね。
これはやっぱりプライベートでも同じで、例えば2025年の初めに何か目標を立てましたと、目標を立てて達成できなかったと、
達成できなかったときにしょうがないっていう言葉がもし仮に出てきたとするならば、何でこうなったのか、どうしてそう思ったのか、いつからだったのかみたいなね。
そこまでいって初めて、2026年というか、次のステージ、次のステップ、次の段階に行くときに、これまでの経験が糧になるというか、そういう前に進めることになるんじゃないのかなというふうに思っております。
はい、ということで、今日の放送は以上です。この放送が皆さんのお役に立たせたら嬉しいです。
少しだけ雑談しますね。
今度私、サッカーのICOMA FCというクラブチームがあるんですが、このクラブチームの代表の方とお話しさせていただくことになっているんですね。
そのときに共通の話題とかテーマというのを考えているんですが、そのときに聞きたいのは、ミスとか何かうまくいかなかったときに、コーチは何を伝えているんだろうかなという、それをすごく聞きたいなと思うんですよね。
あと聞く順番ですよね。大人も子どもも一緒だと思うんだけれども、その辺は育成年代ですよね。ICOMA FCの代表されている奥田さんが指導されているのは主に小学生、中学生を指導されていて、当然ながらお子さんたちの親御さんも一緒にコミュニケーションをとるわけですよね。
そのときに何に気を使って、どのような順番でどう伝えるのか、もちろん褒めるときも指摘するときも、その話ってものすごく興味があるなと思うわけですね。
いろんな話が聞ける人聞けない人とか、やっぱり育成年代だと成長度合いによって受け入れ方とか、体の大きさ、心の成長度合いと体の成長度合いが地域の歯具合だと思うので、どのようにその辺をバランスとっているのかとか、そういったことも聞きたいなと思ってまして。
これは何も育成年代に限らず、大人も俺は一緒なんじゃないかなって思うんですよね。そんな話を共通の話題でできたらいいなって思ってまして、今から非常に楽しみです。詳しい話はまた明日ご紹介したいと思いますので、楽しみにしていてください。
ということで、今日の放送は以上です。この放送が皆さんのお役に立てたら嬉しいです。それではまた皆さん、さよなら。バイバイ。
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