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2025-12-19 12:08

そのビール、誰に評価されたいのか?


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サマリー

ポッドキャストでは、ビールのコンペティションが評価の基準となり、その評価が地元のファンに与える影響について考察しています。特に、歴史あるアーグスティナーというブルワリーの例を挙げながら、評価されることの意味や、評価に依存せずに地元の人々に愛されるビール作りの重要性が語られています。

評価の意味
はい、皆さんこんにちは。
2025年12月19日、金曜日、ツカサです。
この放送はペンチャー企業の管理職、ツカサが、日々の仕事や生活の中での学びや気づき、
そしてビールを通じて豊かな人生をお届けする番組です。
皆さん、こんばんは。
えーっとね、今日12月19日で金曜日ってことはですね、
あと10日もすれば、仕事納めっていうところが多いんじゃないでしょうかね。
いかがですかね。
もうね、2025年を振り返る時期になりましたけれども、
まだね、10日ありますから、後ろを振り向いている場合じゃないですからね。
もうちょっと前向いて、やっていかなきゃいけないなというふうに思っております。
さて、今日のテーマはですね、僕らは誰に評価されたいんですかっていうね、
そんなテーマでシェアしたいなって思っております。
これはね、ちょっとね、スレッツの方に投稿したんですけども、
えーっとね、ビールのコンペティションってのがあるんですね、世の中には。
ここに金賞、銀賞、銅賞っていうのがあって、
で、まあそれがね、かなり加熱しちゃうと、
ちょっと何のためにやってんだろうね、俺たちっていうことを考えちゃうなっていう話なんですよね。
ていうのも、このコンペティション制度みたいなものは、
まあ主にアメリカが中心で広がってきているんだけど、
俺が自慢のビールを評価してもらいたいって思って作ってるのかといえば、
実際はその現場ではね、金賞、銀賞がセールストークになるから、
まあそこに投稿するっていうか、出すっていうことが多くて、
で、投稿というか出品してね、いざ取りましたとなってね、
で、まあ売れるんだろうけど、再現性のあるものを作って提出してるならまだしも、
まあそういうものじゃないものもあったりするわけね。
で、一方で同賞だったり入賞したかったビールっていうのを作らないブルワリーもあったりするわけだよね。
で、このことからね、まあ僕は思うんですよ。
昔から思ってたんだけど、誰に評価されるためにこれ作ってんのっていう話なんですよね。
例えばベアレンビールで言えば、ベアレンクラシックっていう、
創業からずっと作り続けてるビールがあって、これって圧倒的に支持されてる、地元では。
だけどビールの業界では、ちょっとね、ラガービールっていうジャンルにおいては、
評価されるためにはあってはならない香りがちょっとあるわけね。
そうすると採点されると減点されちゃうわけ。それで入賞できない。
じゃあ入賞できないからといって、このビールは果たして評価に値したいのかっていうことだと思うのね。
そもそも、そうなっちゃうと、応援してくれてる僕らがするとね、
応援してくれてる岩手のファンの皆さんとか、県外とか世界にもいるんだけど、
そういったファンの人たちに対してこのコンペティションはね、金銀銅なんてつけられんの?っていう話なんでね。
もっと言うならば、こういうビアスタイルみたいなものっていうのは、
例えばラガービールでも何々ビールみたいなのが仮にね、ありますよね。カテゴリーね。
このカテゴリーなんてものは、誰が作ってね、カテゴリーの100点はどんなビールなんだって話だと思うのよ。
例えば300年くらい続くウルワリーが作る元祖と言われるようなビールがあったとするじゃないですか。
それが今の時代において100点満点取れるんですか?っていう話なんでね。
それ減点するのって誰なの?みたいな。
ってことはね、どこまで言ってもこの金銀銅なんてものは相対的なものであって、
じゃあ何と比較してるのかっていうことだと思うんだよね。
本当ね、ジャッジすることが悪とは言わないんだけど、
なんかね、僕は金銀銅っていうものに対しては非常に違和感がありまして、
表だって言えないから、言ってもいいんだけどね。
ちょっと会社の立場として言うのは難しいからね。
もちろんね、すごく公平なジャッジするところもあるんだけどね。
そうやってジャッジする人が悪いんじゃなくて、
ビールを作っている僕らが何を考えているのかっていうね、
どういう哲学で作っているのかっていうことが突きつけられる、
改めて見返す、そういうことだと思うんだよね。
アーグスティナーの哲学
例えばね、僕が知っている話でね、ミュンヘンのアーグスティナーっていうブロアリーがあるんだけど、
ビールの大国ですよ、ドイツ。
そしてミュンヘンといえばビールの都なんだけど、
そのミュンヘンで一番支持されているブロアリーがこのアーグスティナーっていう会社なのね。
ミュンヘンでは一番古いブロアリーで、
実際にね、現地で飲むとちょっと独特な味わいで、
おそらくコンクールに出したらあまり評価されないであろう味わいなんだよね。
だけど300年くらいの歴史があって、地元では一番人気があって、
作ったもののほぼ全てが地元の人たちに愛されている、飲まれているというビールだよね。
昔、僕がビールを飲んだときに思ったのは、
これでね、地元で全て消費されて支持されているんだったら、これでいいだろうなって。
昔から飲み継がれていて、これからも飲み継がれていくであろうビール。
これがビール文化なのかなって思ってた。
でも一方で、こういうビールしか作れないのかなというふうに思ってたんだよね。
そんなふうに思った頃から数年経って、たまたまなんだけど、
このブロアリーが作った限定ビールが日本に少しだけ輸入されたことがあったよね。
それを購入して、ベアレンビールの社長とか専務とか、その当時の人たちと一緒に飲んだんだけど、
全然うまいわけ。
つまり独特な匂いとか、そういう香りが一切ない。
何かっていうと、彼らはうまいビール、今現代において、どこからも評価されるようなビールも作れるんだよね。
作れるけど作らない。
どちらかというと、今まで地元の人たちに支持されてきた味わいを守っている。
もしかしたら、他のブロアリーからは、あそこは有名店で一番飲まれていて、
作ったの全部飲まれているんだから、たとえ不味かろうが、コンペティションで評価されないようなビールを作っていようが、
飲まれているからいいよねっていうふうに思っている人たちもいたかもしれないけど、
そういうアンチの意見を払拭するというか、
マジでこいつらマジで作れんじゃんみたいな。
ってことは、あのちょっと一癖もある匂いはわざとつけてたんだっていうことを知らしめるようなエピソードなんだよね。
この時に僕は思ったんですよね。
何のためにビールを、誰に評価されるためにビールを作ってるのかっていうね。
その哲学が、アグチナっていうブロアリーはあったから、
だからコンペティションみたいなところには一切出さないし、
作ってるビールのほとんどが地元で飲まれていてね。
輸出とか別にしないわけね。
する必要もないんだろうけど、
どこかの誰かに評価されるために作ってるわけではなくて、
地元の目の前のお客さんたちに評価されるために作ってると。
なんかそういう信念みたいなものが伝わってきて、
すごい勉強になったというか、今も僕の中にはその衝撃というかね、
それを忘れられない衝撃のストーリーの一つなんですよね。
評価を超えた価値
そんなことを思うとね、
日本国内におけるビールのコンペティション的なね、
ビール業界だけどね、話とか、
誰かに評価されるとかされないとか、
そういう話っていうのは、
点数がどうとか、比較としてどうなのかというのは、
試行品とかビールにおいては、
もちろん僕らにとってもそうなんだけど、
あまり気にしなくてもいいのかなと思うわけですね。
気にしなきゃいけないのは仲間や飲んでくれる人たちや、
関わる人たちの笑顔だったりとか、
居心地みたいなね、
繋がりみたいな、そっちの方が大事で、
そこで評価されるのであれば、
他で評価されようがされないが、
あまり気にしなくていいのかなというふうに思うわけです。
今日何の話したんだっけ、そういえば。
ちょっとあちこち移動しながら収録してたので、
よくわかんなくなっちゃったんだけど、
そんなシェアなんですよね。
はい、ということで今日の放送はね、以上でございます。
この放送が皆さんのお役に立てたら嬉しいなというふうに思います。
この手のお話は僕スレッツの方で真面目に文章で残そうと思っていて、
インスタグラムの方はビールエピソードを語るような、
そんな方向性で皆さんに発信していきたいと考えていましたので、
ぜひともこちらの方も見ていただけたら嬉しいです。
はい、それではまた皆さん明日お会いしましょう。さよなら、バイバイ。
12:08

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