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2026-01-12 09:56

TTT/空気を読むAIは生まれるか―日本語思考AIの可能性/

英語は、論理を明示する言語。
日本語は、論理を行間に預ける言語。

今のAIは、英語的な思考構造を中枢に持ち、
各言語はその入出力として翻訳されているにすぎない。

ではもし――
日本語の省略、空気、含意、関係性そのものを
思考の土台として学習したAIが生まれたら、
その知性はどんな判断をするのだろう。

正しさよりも場の安定を、
勝敗よりも関係の着地を、
断定よりも含みを選ぶ知性。

空気を読むAIは、
果たして本当に生まれるのか。

サマリー

今回のエピソードでは、母語AIの可能性や日本語の言語構造がAIに与える影響について考察しています。特に、日本語の独特な論理構造がAIの思考にどのように反映されるか、日本型AIの特徴について議論しています。

母語AIの期待
今朝、新聞記事を見ていたら、一面の見出しに、母語AIという見出しがありました。
勝手にイメージを膨らませたsaylazyは、その可能性にワクワク。
しかし、よく記事を読み進めたら、トーンダウンして、がっかりしました。
内容としては、アセアン諸国の少数言語への対応支援ということのようで、私が期待したものとは大幅に違っていたからです。
もし、日本語の論理構造で学習されたAIができたらどうなるのか。
明らかに差別化された個性を持つ、日本オリジナルな頭脳に育つ可能性を感じたんです。いかがでしょうか。
思考は完成させなくていい。TheThinkingTrackス気になったテーマを深掘り。
改めまして、今回のテーマ。空気を読むAIは生まれるか。ということで話を進めてまいります。
まずそもそも言語って表現手段であると同時に、ことAIにおいては思考のOSであるということです。
例えば英語。今のAIって英語ベース。翻訳されて日本語でも対応しますけれども、
ベースの英語って主語、因果関係、条件を明示する言語。論理構造をちゃんと外に置いてあるので、
例えば契約とか法律とか仕様書にはとっても向いてます。ロジカルに整理されてますよね。
英語で表現すると自動的にロジカルに整理される。それができないと英語に翻訳できないということをよく感じます。
一方で日本語はどうかというと、主語を省く。主語がない。新聞記事にも主語がありませんけれども。
文脈で意味が立ち上がるんですよね。同じ意味でもいろんな表現の仕方がある。
数の言い方で含めることができる。論理を行間で再構成させるっていうんでしょうか。
文芸関係とか文学、詩とか、気持ちの表現、人間関係、感情の機微を表現するには極めて素晴らしい機能を持っているということ。
ただ、論理的思考を使うときはそこに情緒が絡まってくるので、またちょっと別の言語の方が有利な場合もあるのではないかと。
そもそもね、日頃そんなことを私は感じていました。
どっちがいいってことじゃないんです。論理的とか非論理的とか。そういうことではなくて、どこに論理の置き場所を置いているかという、その違いでございます。
AIの話に戻しますが、現在のAIってやっぱり内部の空間、推論、論理の構造って英語圏、開発団が英語圏の方だからということなんでしょうけども、OSも含めてね。
それで形成されてますよね。日本語対応してますけど、結局日本語で言ったことをロジカルな英語の論理に変換して、それを内部ロジックで英語圏の人の考えたAIのロジックで答えを出して、その答えを最終的にまたアウトプットするときに日本語に変換して。
翻訳は上手なので、言語の。英語の原文が英語であったとしても日本語の翻訳上手ですので、我々は日本語で言って日本語で考えて日本語で帰ってきたって感じてますけども、実はそうではない。
例えば思考のエンジンは英語でできていて、入り口と出口、画面表示だけが日本語ってことなんですよね。だから得意なのは定義とか分類とか英語の説明、とっても得意ですよね。すごくロジカルシンキングする人みたいに帰ってきます。英語的といえば英語的。
一方で行間とか空気を読むとか、曖昧さが共存しているとおそらくトンチンカンなことを言ってくる可能性もあります。それはこちらがトンチンカンというか曖昧な部分を残しているからなんだということだと。きっとそうなんだと私は感じています。
じゃあ母語AIの話に行きましょう。新聞の言う母語AIって何のことを言っているかというと、日本語は結構使っている人口も多いので日本語対応してますけど、まだまだ日本語対応していない少数民族とか少数言語、使っている人が少数の言語については、そこをまだ対応できていない部分がある。
そういうところの語彙とか音声を扱っていこうというところで、そこのお手伝いをして地位を上げていこうみたいな、そういうことだったんですけど、日本政府がやろうとしていることは。でも結局中身は英語型のままだので、ただ単に翻訳精度が上がっただけ、中身の英語能は同じものということじゃないですか。
だから僕はがっかりしたんです。私が期待しちゃったのは母語AIっていうと、内部のエンジンも母国語になる。特に冒頭申し上げた日本語の特徴の頭脳を持ったAIだったら、どんなことが起きるんだろうと思って、そこにワクワクしたわけです。
日本語による思考の特性
日本らしさ、日本オリジナル、英語能ではできないコミュニケーション、あるいは回答、発想が生まれる。そうに違いないと。今回が今回のThe Thinking Track、革新テーマでございます。
仮にですけど、日本語の母語で考えたAIが持つであろう思考の特性、長調的な主語を固定しない、主語を固定しない推論、そして正しいか間違っているかよりも場が壊れない正解。空気読むですよね、まさに。
二項、二軸の対立ではなく、重なり合う解釈の共存。そして断定せず、含みを残す結論。なんかはっきりしないけど、含みを残しながらなんとなく結論が出てくるみたいな。会議終わった後、結局決まったんだっけ決まらなかったんだっけなんて感じることありますが、それは日本語の言語構造によるんじゃないかなとも思いますが、そんな感じ。
あとは勝ち負け勝敗よりも関係性の着地、そんなものを日本語母語を持つAIだと答えとして出してくるのではないかと。つまり、最適化マシーンというよりは調停する知性、論破する装置ではなくて合意形成の装置として機能したら、それはそれで新しい別の価値になるのではないかということなんです。
もっと大きく言うと文明としての差別化的に、世界のAIがもしも米国型、中国型、欧州型と色分けされるなら、そこに日本型っていうのもエッチが立った特徴として出てくるのではないか。
例えば米国型であれば契約とか最適化とか勝敗の論理には長けている。中国型で言えば大きな国を統治する統治の論理、あるいは秩序、管理の最適化なんかが得意そう。ヨーロッパ、欧州であれば規範論理、制度整合みたいな。
じゃあ日本はどうか。このどれでもない特徴、空気を読んで全員が降りられる階を作る知性。そんな感じでしょうか。技術競争、競争するのではなく思考の文化を輸出する。アニメは輸出できてますけど。言語とか考え方とか国民性も輸出できる価値はある。心ですよね。道の世界、美しさとか。
そこですよ。文明のOS、それを輸出していくっていう可能性なんです。では締めていきたいと思います。最後ね、今回のthinking talk的な締め。AIってそもそもどんな言語で考えるのが良いのでしょうか。
それは特定の言語でないと私は考えます。日本語もあってもいいってこと。どれかがいいってことではなくて複数の。それこそAIだって多様性の時代。だから一国が一協で支配していくAIはあまり健全ではない。
そして論理の強さっていうのは明示する力も強さですけども、含みを持たせる、含ませるっていうね。ふわっといろんなものを内包する強さっていうのも論理にはあるのではないか。
そこで日本語で考えるAIが出てきた時に衝突している世界を折り合いをつける世界にまとめていく能力さえ持てるのではないだろうか。なんてね。はい。言語をきっかけに思考、そしてAIから文明まで話が広がっていきました。でも一本の線でつながっております。
はい。今回はこの辺りで。いかがでしたでしょうか。最後にお断りです。この配信では身の回りでセイラージーが感じたことを基に自由に話しておりますが、ネットやAIから情報の参考にしております。正確でないことも含まれるかもしれません。保証はいたしかりますので、くれぐれもご自身で最終判断をしてください。疑わしき情報、お気づきの点などございましたらお知らせいただけると助かります。
The Thinking Track 思考は途中にこそ価値がある。
09:56

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