みなさん、こんばんは。ふたりがたりの時間です。
小中高生対象のディスカッションの習いごと、
右コートの中で印象に残った言葉をテーマに、
のぞみと上水の2人で価値観の交換をしていきます。
お願いします。
お願いします。なんかいつもと違いますけど。
夜なんで。
いや、夜なんですか。
夜の設定なんですよ。
ですよね。今夕方だったから、なんか急に違うなって思いました。
ちょっとふたりがたりというね、新たな企画が始まったんですけど、
なんか、一応、私たちってDコートっていう小中高生。
一応なんですか?
一応じゃないね。メイン通りだよね。
ディスカッションの学びの空間、習いごとをね、やっているわけなんですけど、
少しずつどんなのしてるんですか?とか言ってもらうこともあるし、
私ももともと発信を頑張り出したのは、Dコートしてほしいなとか、
そういう気持ちから始めてたんですけど、
なんか、そういうのもお話しできる場があればなって、上水くんに相談してスタートしましたね。
そうですね。今、設定のところはちょっとよくわからなかったけど、
やってる背景としては、討論カフェっていう番組なんで、
基本的には討論カフェの様子、
今まではそういうメディアとかなくて、討論カフェに遊びに来てねって言ってたんだけど、
討論とか怖いしって言って、何討論カフェって、みたいな感じで、
言葉で説明しても、なんだそれってなるから、
じゃあ、もう討論カフェをしてる雰囲気をみんなに聞いてもらったら、
お届けしてね。
どんな感じでやるんだなっていうのを知ってもらったら、
価値観の交換とか、討論カフェとかっていうのがわかってもらえて、
それに参加したいと思ってくれる人が、ちょっとでもいるんじゃないかっていうので始めたのが2年前ですよね。
で、実際2年ぐらいこの番組やってきて、だいぶ討論カフェを来てくれる方も増えてきたし、
そうなんですよ。ありがとうございます。
参加してくださる方もね、結構いらっしゃいますよね、イベントの方もね。
うん、ほんとに。
だから、もはや討論カフェで、この番組としてできることは、もうできてしまった。
もちろん、より聞いてくださる方が増えて、参加してくださる方が増えるっていうのがいいんですけど、
まあ、討論カフェでやりたいことは、もう一通り今、やれていると。
はい。討論カフェはもう、年70回ぐらいやってますよね。
やってますよね。もっとやってるかもね。
もっとやってないと、100回ぐらいやってるかもね、去年は。
うん、そうそう。
ただし、すでに今、かなり100回ぐらいやってるかもね、年間ね。
だから、まあ、これは私のね、やりたいことの一つとして、ほんとみんなにも来てもらって、聞いてもらって。
ですよね。ただ、討論カフェは、ほぼ無料でやってますね。
価値観の交換って、すごい楽しいよねって、大事だよねって知ってもらう、
ほんと会社の広報の一環としてやっている活動ですから。
はい。何度も言われてるけどね、ぐみずくんに。
これだけしてて、生きていけたらいいんですけども。
私たちの会社として何をやっているかというと、Dコートっていう。
一応、会社名、ビッグトゥリーだったよね。
そうですね。特殊会社ビッグトゥリー。番外編ではね、そのビッグトゥリーの成り立ちというか。
写真もあげてるけど。
お話ししてきて、こんな会社が討論カフェやってるんだなってことは、今まで伝えてきたと思うんですが、
実際、やっているサービスの話は全くしないんです、我々ね。
全くっていうか、チラッとDコートをやっててとかは出てるけど、番組の中でも。
何だろうって、やっぱりなってると思うんですよ。
で、Dコートの話もそろそろしていけたらいいんですよね。
お伝えしたら。
なんていうかな、討論カフェを知ってくれたり、理解してくれたり、いいなって思ってくれた人にDコートしてほしいという順番なんですよ。
そうですね。
正直。
いやいや、それほんとそうですね。
Dコートの番組としてやっちゃったら、なんか教育者みたいな体が強くなっちゃいますよね。
だから、討論カフェをやっている私たちの作るサービスって聞いてくれた方が、たぶんしっくりくる人がたくさんいるし、
もし実際にね、Dコートに来てくれたときも、すごい負に落ちるというか、
でも教育サービスとして入り口で入ってくると、やっぱり違和感になっちゃったりとか。
既存のイメージがすごくありますからね。
厳しく指導していただけるんでしょうか。厳しくすると思いますかって感じだけど、
この雰囲気を知ってると、そんなことは思わないだろうと思うかもしれないけど、
初見でサービスを見て、なんかもうちょっと厳しくしてもらえないんですかっていうような希望が、そうじゃないっていうのがあるじゃないですか、たまにね。
自分自身、討論カフェ大好きで、自分がよ。
広報活動っていつも上水くんに言われるけど、半分もう趣味行きがいゾーンで、じゃないと100回もせん。
大事ですよね。
だけど、私がいいなと思ったこれが、どう子どもたち向けのサービスになってるかを知ってもらいたいなってずっと思ってて、
ただそれがまたさ、一言で言えんけ。
それもずっと問題ですよ。
こうでこうでこうですって言っちゃえば、あれなんですけど、そういうことはしない会社であると。
だから、すごい時間をかけて、なんかこういうことなのかもなっていうのが、だんだん感覚としてつかめてくるみたいなのが一番理想的かなと思ったんで、この企画として。
ちょっと趣旨長くなっちゃったけど、イメージとしては、私がDコート終わりに上水くんに、
今日Dコートこんな感じだったよって子どもたちの様子とかを話す雰囲気で、夜ちょっとバーに寄っちゃったぐらいの感じの。
設定だけ具体的なんだよ。
なんでみなさんも、夜ゆっくりしたときに、今の子たちってこんなん考えとんやんとか、私たちってこんなふうにそれ思ってんだとかを、一緒に考えたりしたいというコーナー。
そうですね、まさにまさに。なんか最初にDコートの話もしていきたいなって言ったときに、説明とかしてもね、つまんないってあれだけど、
もちろんサービス検討してくださってる方向けにDコートの説明動画とか作ったほうがいいと思ってますけど、
ポッドキャストで急にこのサービスはこうで、こうで、こうでとかってプレゼン始めても、やっぱうざいじゃないですか。
だからおっしゃる通り、現場で、Dコートの現場で子どもたちが出てきた発言とか問いとか、そこで印象に残ったものをここでピックアップして、
改めて2人でそのテーマで価値観の交換していくっていうようなコーナーですね。
宿題をまず、終わらせるべきなのかっていうところからだと思うんですよね。
そもそもさ、宿題は何のために出してるのかっていうのを、直接聞きたいよね。出してる人にね。
夏休みとかの宿題。
これは、鍛錬です。なのか、これは学力を上げるためです。なのか、なんかぼやっとしてる感覚はある。
僕はね、日々の宿題あるじゃないですか。
例えば、明日、次回の授業までに、これをここまでやってきてください。とかは、わりとやるべき派なんですよ。やれるかどうかは別ですよ。
準備。準備として。
意味がわかりやすいじゃないですか。復習として、1回ここで聞いただけじゃわかんないから、きょう聞いたことをやってきてねっていう宿題かもしれないし、
予習としての、なんかここまでのページを1回読んどいてくださいっていうことかもしれないし、
それは、なんか次との授業の間に、必要だからやってるっていう感覚があるんですよ。
結構それ、賛同かも。
本当ですか。
なんか社会でもさ、仕事でもさ、準備と振り返りって大事なの?
大事なんですよ。そう。
なのにさ、学校んと名前が違うじゃん。宿題とさ、何だっけ、予習って言うじゃん。予習と復習。
たぶん予習と復習は、準備と振り返りのことだったんじゃないかって今では思えるけど、なんか言葉が違うだけで大事なことだったんだなって。
やっぱ準備せずに会議に臨む人とか。
振り返りをしない。
プロジェクト終わったのに、ちゃんと振り返ってないから、同じ失敗を何度も繰り返すチームとかありますよね。
この宿題をする、復習をする、予習をするみたいなこととかっていうのは、結構生きていく上でずっと起こってくるし。
練習タイムって感じよね。予習、復習はね。
しかも仕事だけじゃなくて、人間関係でもそうだと思うんですよ。
今度遊びに行きますって時に。
準備がいいよね。
準備はあるし、遊び終わった後に、ちょっと今回まずかったねっていう、例えばうまくいかなかったねがあったら、やっぱり振り返った方がいいと思うし、僕は。
そうなんよ。何ていうか、振り返ることであらゆることの質が上がってくっていう感覚を知るっていう意味で大事なんかなと。
その感覚を知ったのが遅いよね、私。
それを知るために、あ、授業がこんなに質が高まったとかが感じれるんじゃない?
どういう宿題を出してるかにはよるけど、宿題自体は僕はすごくあった方がいいと思ってるし、やった方がいいと思ってる。
のんさんはどうですか?宿題。
宿題という名前をなくした方がいいと思ってます。
今言った予習、復習を徹底するはあり。
予習、復習が強制されることを宿題って言うんじゃないの?
宿題という言葉になった瞬間、これは予習なのか、復習なのかよくわかんなくなるんだな、自分は。
宿題の内容が予習なのか復習なのかじゃないの?
例えば、まだ習ってないところの教科書のページ、何ページか何ページ読んでくれば予習になるじゃん。まだ習ってないんだから。
今日やった授業のところをもう一回読めって宿題だったら、復習じゃん、それは。
宿題の横に書いてほしいのが、これやらんな、明日の授業面白くないよとか、
これやることで、今日やった授業がしっかり理解が深まるよとか、それぐらいの強度で書いてほしい。
宿題って意味を解釈するのがむずい。
なるほどね。
目的を書いてくれたら、これやったら明日の授業、相当つまらなかったとしても、やらなかった自分が悪かったなって思えるじゃん。
ただ宿題をやらなかったは、ただ残念っていうレベルになっちゃうよ。
でも実際、僕が学生時代とかは、そんな感じでしたけどね。
宿題はやらなければいけないもので、やらなかったら原点、成績が下がりますって言われてた。
ほんと、記憶にないよ。
何のためにやりますとかじゃなくて、やるべきものであり、それを与えるべき立場の私が与えますので、
それをやらないということは、それに反するということなので、やるべきことをやらなかった人間として原点しますねっていう、かなり管理的だった気がしますよ。
そんな言い方じゃないよ。でも、それを雑に言われてる感じ。もうちょっと。
それで言うと、忘れ物とかも宿題に近いぐらい、管理されてる感があった。
忘れ物とか宿題とかいう世界自体が、ちょっとこのテーマから外れるけど、
私はできない人間なんだって思う機会が多かったんですよ。
忘れ物とか。
忘れ物とか、そういうのね。
だから、それこそD講堂の話になるけどさ、持ってくるものゼロっていう状態にしたかったんですよ。
忘れ物というのが存在しない。
そう、忘れ物という概念のない教室にしたかったんですよ。
面白。
そう。
身一つで私たちは何かできるんだってことを感じる時間もいると思ったんよ。
私は学校にいるとき、いつもいつも何かを忘れて、私ひとつでは完成されなかったんよ。
確かにね。美術の授業なのに絵の具忘れちゃったとかね。
そう。すごくやる気があるのに、彫刻と忘れたとか。
ああ、惚れないね。
やる気と忘れ物が結構セットになってたし、忘れたことでも自分はすごくできない人間だって、もう繰り返し思わされる感覚があったんよ。
そうなんだ。それは面白い。考えたことなかった、それは。
でも、そんなことはもうどうでもいいやみたいな性格だったから、よかったんだけど、
でも、それを自分が作る場所では感じてほしくないっていう思いがあって。
でも、実際に学校で忘れ物しないとかいう訓練とかは、それは別に大事だと思ってるから、
ただ、私が作るこの場は忘れ物という概念をなくそうと思って、徹底して全部を準備したんよ。
なるほどね。そういうことなんですね。
ディスカッションとかはもう身一つでいいです。あなただけでもうできますということを伝えたい。
なるほどね。
そういう意味で言うと、宿題っていうところで言うと、宿題を出されてるってことは、評価される場所にいるっていうことですね。一つは。
そうですね。やらなくても、宿題を出す立場にないじゃんってなりますもんね。義務でなければ。
何か言ってきたなって終わりですよね。実際、体強研教室の先生、僕体強研習ってるんですけど、最近。
先生から、今日習ったとことかは、よかったら1週間復習してきてくださいねって。別に宿題ではないじゃないですか。努力義務として言われてるから、やっぱしないですもんね。
管理されてないし、評価もされないからね。
でも、あなたが体強研上手くなりたいのであれば、やってくださいねっていう努力義務として言ってくれてる。提案として言ってくれてるだけだから。
確かに。
自分が決めるって言うんだけど、宿題だったら、次回までにこれを100回やってきてくださいとか、毎日1回は絶対やってきてくださいってなる。ある程度の強制力が働きますよね。
むずいね。
でも宿題は、なんか達成感を味わうっていうイメージでやるのはいいかなって自分は思ってたりもした。
達成感あったやつとかあります?宿題で。
読書感想文とか。
なんかステップを踏めた感があった。本を読んで、考えて、書いて、下書きして、清書して、出すみたいな。
なるほどね。
うん。ただ問題を解くのは苦手なんだけど。
どうかな?僕どっちもダメだったかもな。
なんかね、読書感想文の宿題が遅い人いたんだけど、友達とかで。本選びが遅い。
本も自分で選ぶんだ。
どうしようかな、みたいな。
どうしたらいいんでしょうね、こういうのがね。小さい、本当に漢字の練習みたいなやつもあるじゃないですか。
ああいう反復系の宿題と、そうやって、のんさんはいいみたいに、ある程度自分で考えて、達成するじゃないけど、完成まで持っていくみたいなタイプのやつとか。
なんか宿題をもうちょっと細分化して、なんか選べたらいいのにね。宿題10個あって、どれにしますか?みたいな。ひたすらドリルする人とかいるのかな。
いそうですね。
そっか、読書感想文もしてほしいよね、じゃあね。
宿題は、2人とも賛成派、宿題自体は。その宿題の中身はさておき。
いや、ちょっと初めて考えました、自分。宿題の是非ってことでしょ。
それがないと、徹夜してても終わらせるかどうかの話にいかないじゃん。そもそも出すべきでないんだったら、もう徹夜なんかしなくていいになっちゃうから。
夏休みの宿題とかもよね。
そもそも難しい。どっちでもいいって感じ。
出してもいいし。
目的にやるって感じかな。
目的によっては全然宿題を出すっていうのは、いいじゃんって感じ。
もちろん、目的によってもね。ただ宿題ってあるもんだよね、みたいに出されると、なくす革命を起こすかもね。
僕は、今度またポイントは、日々の宿題は出す大義名分があるなって感じなんですけど、夏休みの宿題ってこれ出さなきゃなぜ出してないかって思ってるんですよ、先生が。
なぜ出してるかを考えないといけない。
そう。あんまり考えられてない気がする。
気がするね。
こんだけ日数があるんだからこれぐらいの量だよね、みたいな。
で、だいたい夏休みの宿題は過去こんな感じの練習が何ページあってとか、こういうのが何ページあってっていうのでやってきたから、それのマイナーチェンジをただしてるだけで、そういうもんとしてただやり続けてるだけに僕は感じる、長期休みの宿題は。
だから出さなくていいって思ってる。
それは宿題としては価値が低いと思ってる、宿題の。
夏休みの宿題は確かに、なんかいろんな経験をしてほしいという気持ちは伝わってるんだけど、私。ポスターを作るとか。
なんか実験をするとか。
だから長期的にやらなきゃいけない、でかい、長期的にしかできないことを出すっていうのは結構意味があると思ってる。
ドリルは長期的じゃなくてもできるね。
夏休みじゃなくてもできるね。
ドリルは多分、基礎練は続けてくださいねってことだと思うんですよ。
筋トレは続けてねってことか。
分かるけど、そんなのするって思うっていうか、長期休みにしかできないことをした方がよくないって思っちゃうから。
夏休みは本当に休みなの、あれ。本当に休みだとしたら宿題は出さんがいいね。
休むっていう経験とか、休む中で自分が何をしたいか考えるとか、暇とかを体験するとかいう、
休みであるなら宿題は出さないほうがいいけど、学校に来ない時間だけど、自分で学習する期間ですってなったら、もう夏休みじゃなくなるね。
休みじゃないね。
どっちなんだろう。
それを分かってもせんでした、自分は。
家にいるだけですよ。学びは続けてくださいってことでしょ、だから。
休みじゃないじゃん、それ。
そう思う。何なら課外授業とかね、小学生とかないかもんだけど、高校生とかってあるじゃないですか。
課外だったら、僕それ高校の時実際そうでしたけど、課外なんだから、矯正はおかしいでしょって。
確かに。課外授業の矯正あったね。
矯正だったでしょ。あれ福岡だけ?
分かんない。確かに学校ごとに違うからね。
矯正だったから、それは納得がいかないって話を学年主任としたことが。
どうした?いいって。
ミュージシャンは、大学中退してから行くのが王道だから、4年生大学分系コースの課外授業に参加しなさいって言われました。
すごい、その先生、ミュージシャンへのイメージがすごいね。
小手がね、結局矯正されたっていう感じでしたよね、当時。
確かにね。ネーミングとやってることと、いろいろなことが矛盾してると、やりたくなくなるタイプなよ、私が。
僕もです。
そういう意味で言うと、意味づけをちょっと丁寧にしたいかも。
そうね。
まず出す側が意味づけをしっかりするってことなんですけど。
説明をすべきですよね。こういう意味を持ってやっているから、これをやらないってことはどういうことなのか。
そうそう、やらない場合、どういうことなのかを聞きたいね。
もう説明がないじゃん。出した、これは課題、やらなきゃいけない、やらなきゃいけないことはまたやりませんでしたね。
ほら、みたいな感じじゃん。説明が足りないんですよね。
確かに。
結局それって、その説明だけになると、偉い人に歯向かうということはどういうことかわかりますか?みたいになっちゃうじゃん。
じゃないじゃん、みたいな。宿題はその本人が力になるために出されているわけですよね。
でも結構むずいんだろうね。宿題は何のためにやるのかを説明して、それは勉強は学習はこうで、
勉強は学習は何のためにやるのか、社会っていうところがあって、社会は何であるのかって実はどんどんどんどん深まっていくから、
宿題やりになるかもね。結構説明難しいね。
でも先生、単人なんだから。
いやいやいや、むずいって。
やっぱりその先生なりの説明があると思うんですよ。それは別に何でしょうね、この世の世界である必要はなくて、その先生が思うその宿題の意義。
単人として伝えられる。
私が出す宿題とはでいいか。
私は夏休みの宿題はここだと思っている。学校としてはこう思っていると。それでこのような評価になると。
でもそれいいかも。数学の先生が出す宿題の意図と国語の先生が出す宿題の意図違うわってなって、それがなんか面白いというか発見にもなりそうな気がする。
これはだから徹夜してでも終わらせるべきかないよ。
どんなものなのかによって徹夜で終わらせるべきかどうかが変わってくるから、今大事な話をしてると思ってます。
それで言うと、この場合の冬休みの宿題の意図がわからないので、私の場合はね。
意図が明確であれば、ちょっとその意図が今必要か必要じゃないか考えますけど、この場合意図がわからないじゃないですか。
出題者の話?
出題者側がなぜ冬休みの宿題を出してるかがちょっと私には今わからないので。
多くの場合は説明してないでしょうから、基本的には意図はないというかあるんだけど説明がされていない宿題っていうことだと思いますよ。
冬休みも学習を習慣をつけてくださいってことだとすると、学習習慣は毎日することだから、徹夜は意味がないってことになりますよね。
それで言うとね。
習慣化してもらうために出したのに、徹夜で出してるって全く目的変わりません?
その通りですね。だから、もはやその約束を守った状態にするために調子に合わせるだけってことだね。徹夜でやるとか。
毎日やったことに意味があるのに、その約束までに出すものを出したという形だけ整えてることになりますからね。
ということは、締め切りを守るという大切さを教えたいっていうのであれば、徹夜してでも終わらせる方がいいで。
確かに確かに。
確かに社会では、締め切りを守るはかなりの信用度合いになるじゃない。
そうですね。締め切りを破るっていうことは、この人に頼めないなって信頼を失いますよね。
かなり難しいじゃん。仕事をもらうとかいうときに。
だから、そういう意図であれば、徹夜してでも終わらせた方がよくないですか?
いずれにしても、僕は、徹夜する学生さんが、自分で意味を決めないといけないと思う。
先生からは、これが意味だとは言われないから、今言ったみたいに、
締め切りを守るということが信用になると思っているから、信用を守るために頑張る。徹夜してでもいいと思うし。
なんでしょうね、何があるんだろう。
そのときのDコートで話したのは、自分はできる人間だ、できるっていうのは、やればできるってあるじゃん。
やればできるって言って、やってないわけ、通常。
だから、この宿題で徹夜して、終わらせることができる自分なんだってことを実感するためにやってはどうかってなったよ。
それ怖いな。
できんかったとき怖い。
できる自分を証明するためにだと、冬休みの初日から頑張れってなっちゃうから、徹夜してでもリミットがあるじゃないですか。
かなり短いから、容量が悪いと、やる気があっても終わらないってことがあり得るから。
だから、その容量を調整する。自分との約束を守るってことだから、徹夜して全て終わらせるってのは、私は反対だったよ。
徹夜でできる範囲がどこなのか決めてやる。
自分のようなできる力量を測るテスト。体力測定として。
そういうこと、そういうこと。
記録こうだったなって。できたかできてないかじゃなくて、何パーセントできたなっていうのが、そのときのテストだったっていうのを知ると、限界だったっていう。
他のメンバーは、結果他の科目は先生にまだ出してないかって怒られるから、怒られないというのを目的にしたら全部やった方がいいって言ってたよ。
そうだね。怒られないのを目的にしたらそれをやった方がいいね。
どうせ怒られるなら、全科目怒られていいじゃんみたいな。つまり、やらなくていいっていう。
だから、その辺が難しいよね。英語だけ怒られない。英語だけ徹夜でやったら。
でも、英語だけ怒られないために徹夜までする?みたいな。
例えば、怒られないを目的にしたときは、また理のボリュームが変わってくるというか。
でもね、意外と英語だけめっちゃ完璧に終わらせてくれるとかするじゃないですか。
この子は英語が好きなのかなって先生が思うわけでしょ。
だから、自分のメッセージとしては、好きな科目とかを全部終わらせるとかした方が、
先生が自分、要は40人いて、ちゃんと一人一人見えてるかってさ、怪しいじゃないですか。
だから、自分は英語の人なんですっていうメッセージとして、英語だけもうめちゃくちゃ丁寧に完璧にやるみたいなのが一つの戦略としてはあるよね。
だから、得意なものを終わらせとくってのは良いかもね。
得意なもので人間、まず自分を癒して、癒された後、苦手なものに向き合わないときついね。
ちなみに、徹夜してでもってついてるから、初日からコツコツ頑張れば、今日は関係ないってことですよね。
関係ない。今日は関係ない。
前日とか、あと2日しかないとかっていう状況を前提として。
前日です、これは。
前日にDコートに来てくれてることに驚きました。宿題がある中もね。
だとすると、もう徹夜確定の時間とかでDコートを夕方以降にやるから、帰って夜でしょ。夜スタートとかホントオールでやるかどうかって話ですね。
だから、宿題をコツコツやるべきなのか、ギリギリにまとめてやるのかの議論は、今までたくさん私もしてきたんです、メンバーとね。
でも、今回面白かったのは、徹夜してでもやるべきなのかって聞かれたときに、めちゃくちゃ考えたんよ。
それはね、宿題の本質を考える質問だと思ったわけ。
そう思う。
むしろやり方の話に終始してたんよ、今までは。
ちょっとずつやったらいいよねとか、時間を決めてやればいいよねとか。
友達と一緒にやったらいいよねとか。
じゃなくて、これ結構究極の問いをもらったなと思ったから、ウェミズ君に話そうと思って。
本当はこれ究極だと思う。答えを、べきかべきじゃないかでは答えは出せなくて、
そのべき理由を自分で見いだせるか見いだせないかってことになるんだと思うんですよ。
そのべき理由を見いだせない人が多いっていうか、一定数いるから、勉強もしないし、宿題もしないしとか。
べき理由を見いだせてる人は、勉強するし宿題もするしって話だと思うんですよ。
それは、いい先生とか、いい家庭とか、いい友達とか、周りが気づかせてくれ、安い環境にいれば、
刺さるような言葉を言ってくれるとか。
宿題とかなんとかだぞ、みたいな名言をくれたりとかする大人が近くにいればね。
だったらいいけど、ない場合において、自分でそれを見いだせるかどうかの世界かなって思うんで。
だからね、この問いを出してくれた人よりも、メンバーよりも周りがワーワーなって、めちゃくちゃ考えてた。徹夜するか。
そうですね。
僕の結論は、宿題を終わらせるべきかどうかはどうでもいいと。
宿題を終わらせるべきかどうかを自分で考えて、べき理由を見いだせるか見いだせないかを自分に問え。
それを見いだせるのであれば終わらせるべきだし、それがちょっと腑に落ちたりになったら、腑に落ちてないようにやる必要はないと思う。
それ自体が重い宿題や。
簡単でもいいですよ。先生に怒られたくない。
なんで怒られたくないのか。こうでこうでこうだ。だから、絶対それはやるべきだ。
べき理由を見つけてるじゃん。何か分かんない。それが分かんないけどね。
だったらやればいいし。
でも、何かやらなきゃいけないよね。何となくこうなんだよね。何となくで動かされているってのは良くないと思うから。
なるほど。私もね、結果を宿題にするなが私の目的かな。
結果を宿題にするな。
徹夜するかしないかぐらいでも決めたらどうでしょうか。
終わらせるべきかまでいかないと思うんですね。徹夜して取り組むべきかどうか。
うん。徹夜したでいいんじゃない。私ね、ハードルを大きくしすぎて自信失ってる子たちいっぱい見てきてるから、
ハードルが低い中で出来た出来たが積み上がると、すごいみんな自信持ってくるよね。
さっき言ったDコード忘れ物ないって言ったら、忘れ物ないから忘れたでしょって言われないからさ。
だんだん来るのが遅くじゃなくなったりもするし。
確かにね。宿題とかもないですからね。
そうなんよ。
何やってないから行きづらいとかもないしね。
逆に言うと、それで自分は続くんだってことを自信に持ってくれた人もいるんよ。
いますよね。
いる。めっちゃいる。
全部続くから、下手したら学校も続かないみたいな状況だったけど、Dコードだけは続いてるんですって保護者の方からね、すごい喜んでもらったりとかして。
本人もDコードだけ続いてるが自信になって、次なんか続けてる人いっぱいいるんよ。
だから続かない人間って自分を思わせる設計のとこに過ぎてるかもしれないなって。
確かに。
だからハードルを低くすることは、私の中では甘えじゃなくて、どっちかというと階段の1段目をしっかり歩こうっていう。
階段の1段目も踏んだことないのに、10段越えようとしてるって感じはする。
確かにね。
いや、そうだと思う。徹夜して終わらせれば10段飛んでますよ。
飛んでるでしょ。
せっかく7段まで行ったのに意味なかったみたいになっちゃうじゃん。
7段まで行けたじゃんってことでしょ。
そういうこと。宿題は終わらんかったけど、初めて徹夜ってしてまで取り組んだじゃん。みたいなね。レベル感。
そうすると次の宿題のときに、一晩で10段飛べるだけの効率を身につけるか、2日に分けて行けば14段行けるねってなるか。
徹夜ができないって気づいて、コツコツやるっていう方法もあるし。
自分に合ったやり方を見つけるためにも、まずできる感じでやってみて、それが記録がどんなもんかっていうのを。
人生のすべてに当てはまりますよね。仕事とかもそうじゃないですか。
急にはならんけどね。
目標達成したかしてないかしか見てない人とかいるでしょ。
確かに。
じゃなくて、そのアクションをしたときにどういったフィードバックがこの世界から得られたのか、そのデータを見て、これが今自分たちの実力なんだなとか、
このやり方だとちょっと効率が悪いから、もう少しリターンが増えるようなやり方ってないかなとかっていう工夫がそこで生まれるわけですよね。
そうね、確かに。
それのほうが話しやすいしね。
だから、一歩ずつみたいなのも面白いかもね。
でも、こういうね、あれやこれや考えるっていうね、そういう場です。
今後もDコートの中で出たいろんな子どもたちの言葉から、私が上水くんに話したいっていうのを持ってきて、二人がたりをしていくという感じです。
わかりました。結構楽しいですね。
いつものお題って、文脈がないみたいなことになるから、話し始めてできてくる文脈というか、
例えば、ゆんくんが実はこういうことがあって、みたいな感じで、そのエピソードをきっかけに、そっちの方向に流れていくとかあるけど、
今回のは事前に、こういう文脈でこういう発言が出たみたいなのがあるから、ちょっと僕得意なというか、話しやすいなって思います。
いつもこれ、どういう切り口で話せばいいですかって聞くもんね。
結構討論カフェの本編とかだと、だいたい初手で僕が行くことってあんまない。
初手黙ってるよね。
だいたいどういうことを話すんだろうと思いながら、こういう感じのことを話せばいいのか、みたいになってから話し始めることが多いですよ。
今回みたいに、意図があると。
あともうね、Dコートのメンバー面白いからみんなね、待っててください。まだたくさんあるんですよ、メモが。
いやいや、楽しみですね。結果ね、間接的にというか雰囲気だけでもね、Dコートでこんな話してるんだなとか伝わるといいなと思ってます。
最後まで聞いていただきありがとうございます。
Dコートでは毎月体験レッスンを開催しています。興味を持ってくださった方は概要欄を確認していただけると嬉しいです。
体験レッスンにぜひ遊びに来てください。