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やっほー、番外編です。この番外編はね、ちょっといろいろとコメントを読んだり。
なんかいつもと違う感じだから。いつもとみたいな。
あと、告知をしたりしていこうかなって言って、前半はそういうもろもろなんですけど、後半はこの討論カフェがやっているビッグトゥリーの会社の歴史をしゃべるっていう会議になります。
はい、いつも通りですね。
じゃあまずコメントからご紹介していきます。
80回目のエピソードですね。
【コッペ】付き合ってると認識するタイミングは?
【コッペ】付き合うが陶器、結婚は上々っていうのが経営者マインドすぎて吹き出した。ただ、離婚ほど上々廃止はしない。
確かに。
そんな話したっけ?そんなひどい話した?
なんかそういう話を、むしろノンさんがした気がしますけどね。
確かにしたかもな。
陶器に近い。
契約だからね。
いや、そうだね。なんか改めて整理してもらった気がしますね。
行きます。82回目のエピソード。
学校で教えてほしいことは?
日和さんが出てた回ですね。僕はいなかった回です。
のぞみさん、金融教育の分野だと給与迷彩から惹かれる項目やそれがどんなふうに使われるのかは欲しいかな。15歳から働き始める人もいると思うと大変なことだよね。
のぞみさん?
同盟だ。
のぞみさん、ありがとうございます。
前回もコメントくれてましたね。
なんか初めて聞いたみたいな言い方してましたけど。
初めて聞いた感じがしちゃいました。すみません。私は大体覚えないんで。
ごめんなさい。
金融教育ね。
給与迷彩から惹かれる項目やそれがどんなふうに使われているのかは知りたいと。
確かクレジットカードのリボ払いについてとか喋った気がするよね。教えとってほしかったなって思うお金の話。
給与迷彩とかふーんで流れてる人絶対いるよね。
打ち明け見てない人は結構いるかもしれないですね。
総支給と手取りしか見てないみたいな。何がどう聞かれてるか見てない人いるか。
健康保険とか厚生年金とかって会社がさらに半分払ってるからね。
実際の給与かけ1.5倍ぐらい会社払ってるから、そういうのも知ってもらうと嬉しいよね。
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また経営者もいいのですね。
いやそんなことないですよ。個人払いになったらもっと暴動起こるんじゃないかと思ってるんですけどね。
税金こんなに取られてんのって思わせない戦略なんじゃないかぐらいに思ったりするんですよ。
ヤバいことしますよねそう考えたら。
ダメダメダメそんなこと言ってたら大変だよ。
国民を騙す。
そういう感覚になります。
知ってる人は言っていかないと変わんないじゃない。
別に経営側が得したいとかじゃなくて、本当にやっぱり国の成り立ちみたいな、みんなが感じた方がいいよね絶対ね。
85回目。察してほしいと言語化してほしいは分かり合えるのか?
みなさんが来てくれたやつですね。
かおり富士さん。察しても実際また外れなことも多く、やっぱ言葉にしてほしい。言語化してほしい人ですね。
私もそうかな。
そんなのあった?私見てないなそのコメント。
Spotifyの方にね。
ありがとうございます。
たなあかささん。手土産は持っていかないポリシーだと気づきました。
手土産は持っていかないポリシーだと気づきました。
僕が手土産持っていくのに察するのがむずいみたいな話してたんですよ。
基本察する派だけど、手土産とか暗黙になってるやつとかを選んでいくっていうのは難しい。
それ何さんだっけ?
たなあかささん。
それすごいいいアイディアじゃない?手土産持っていかないって文化になったらありがたいけどね。
ねえねえ。
持っていくときはもう、号令出ないと持っていかない文化みたいな方が。
これを持ってきてくださいってやってない?
でもそうなったらですよ。そいつらを出し抜いて持っていったやつはめっちゃ評価されるから。
別の話もあって、手土産とはちょっと違うんですけど、飲み会とかでサラダを寄せようとか、ああいうのを取り分けせずに自分でいきましょうよっていう。
誰かにさせるとかじゃなくてっていうので、しないとか捨てるとかするやつがいるんですよ。
そいつのせいで気が利かないやつになるとか。
そういうのがあるじゃないですか。出し抜くというかそういう人がいることによって、
なんか違う流れを作ろうとする人が社会性のない人だみたいになっちゃうみたいな現象があって難しいよね。
そうね。それこそ九州でみんな台所に畳んどこうとかできるんやったら畳んけど、誰か一人が立ったら、
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気が利かない人たちみたいになっちゃうみたいな。
恐ろしいんよ。
やっぱ全員でやらないとね。各と一緒だね。
そうなんですよ。さっきから全体的に。税金の話もそうだし。
せいので手放さないとね。
せいごに対して批判的すぎるんですよ本当に。
失礼しました。
でも本当にそうなんですよ。
本当にそうなんですよ。
つながってるんでね。
告知もさせていただきたいんですけども、よかったら。
今度東京で討論カフェやってきたよをまたやりたいと思います。
やってきたよってか普通に討論カフェだよね。
東京でいつもの討論カフェをまた3月に実施することになりました。
日にちはですね、3月の22日日曜日でございます。
にまた場所とか、大枠で言っていいんですかね。
前回東京に10月だったかな。に開催した場所と同じとこですね。
そうですね。そこで通常の討論カフェなので来ていただいたら
各テーブルで2時間価値観の交換をするというので
必ず私いますんで皆さん是非参加してほしいなということで
今日ここでちょっと言いました。
3月22日日曜日1時から3時ですね。
上水くんはいるんですよね当日ね。
ゆんくんはちょっとね。
行けたら行きます。
行けたら行きます。
ゆんくんがいるかいないかお楽しみという感じですかね。
またぜひ皆さん予約は概要欄から。
全然初めてとかでもウェルカムなんで
ぜひぜひいつも聞いてるだけって方は気軽に来てほしいので
大丈夫なんで来てください。
前回もいらっしゃいましたよね。
オンラインとかは参加してないけど対面だったから来ました。
本当に嬉しかった。
初めての方も来てくれたんで。
もちろんリピートの人もねみんな。
お願いします。
お願いします。
今日は番外編ということなんで。
前回は。
机の下に隠れたんだ。
それなんかあれだね。
なんかすごい題名になってて驚いた。
番外編ですよ。
題名になってましたもんね。
いわゆるディスカッション教室の構想を作っていた途中の話だったんですけど
そのディスカッション教室ができるまでに
ちょっと10年ぐらい戻って振り返りをしたのが前回なんですよ。
09:00
だから1回戻っちゃったんですけど
2015年頃に戻ってきました。
ゆん君もいるし植水君もいるというような状況のビッグツリーに戻ってきました今日。
いいですか。
で、Dコートというディスカッション教室を作ります。
いよいよやっと。
それがですね、植水君はまだ学生で
私はまだ小さな小さな事務所にいた頃なんですけど
もう限界値が来ていて作りたいという
もうお金もないのに物件を見て回るというのが1年ぐらい続いてました。
そうなんだ。
そうですそうです。
もうやりたくて。
そうなんだよ。
いろいろ見に行って
で、ちょっといわゆるこの辺が実を言うと教育通りだなっていうのもリサーチしてて
自分で歩いてね。
で、この辺でないかなみたいな。
野間の方って言っても皆さんにわかんないですよね。
ちょっと近くのところとかも見て
で、場所を探してるんですよねって言ったら
いろんな人に借りるのにお金いるよねってなって
それでそうやなと。
確かに家賃見たらお金かかるし
手段時計って9ヶ月ぐらい資金いるんですよ。
ざっと100万ぐらいいるんですよね。
契約時にってことですね。
契約時にね。
で、いろいろ火災保険とかも計算すると結構な金額がかかるってことがわかって
で、よく考えたら教室だから内装もしなきゃいけないっていうことが
わかってなくて店を探してる感じです。
そんなことある?
とにかく構想の中で今日場所がいるからスタートしてるんですよ私が。
で、いろんな人と話したらお金どうもいろいろお金が要りそうだなと思ったんで
次に銀行に行きます。
で、全然貸してもらえる感じじゃなくて
なんなら銀行の知り合いから紹介されためちゃくちゃ有志の専門のところの人に会うんだけど
無理って言われて。
無理。これでよう相談きたねって言われて。
で、え?と思って。
でも銀行って新しいことをする人に貸すんじゃないの?って。
何かお金がなくても新しい事業をしようという人に貸すんじゃないの?って思ってたんですよ。
返す前提でしょ。
売上げ上げて返す前提よ私も。
12:01
だから返せるか返せないかっていうのは。
計画を見て返せそうかどうかとこれまでの実績を見て返せそうなものを生み出すかどうかが判断するんですよね。
そう。で、ダメって言われてえ?って驚いて
政府系の金融もあるから政府系のところに行って
そしたらですね創業者支援みたいなのが活発でめちゃくちゃ
もう出しますって感じすぐ。
本当にもう何だろうなんかチェックされたぐらいの気持ち。
もちろん通帳とかのコピーとかも出すんやけど
なんかね全然熱く私が何をやりたいか全然聞いてないの。
はいはいはいわかりました。はいはいとか言って。で、いくらですかみたいなレベル。
いや今私が何をやろうとするか聞いてるぐらいの気持ちで
トントン拍子で500万借りれたんよ。
それで借りれたっていうかもう借りるって進んでったんよ。
だからさもう場所もなんかいいなってとこが目星がついてきて
お金もあって上水くんは今専門学校だけど
ゆくゆくはなんかやってほしいなっていう人も見つかったんで
できると思って始めたんですよ。で、それを上水くんにお伝えしました。
恐ろしいことですよ。2015年のたぶんねあれはね4月とかぐらいだと思うんですけど
僕はしっかりビッグトリーのDコートを作るみたいな話とかに
参加したのが2014年の11月か12月にこういう構想があるみたいな話で
会議に参加したんですよ。月に2回ぐらい確か。で、その時は
でも全然事業企画って感じなくてどうしてもアイディアに近くて
こういう感じの競争やりたいみたいなアイディアの壁打ちみたいなレベル感
あったから。で、ちょうど試験とかがあったんで
1月とかに航空の試験とかがあったからちょっと
会ってなかったね。そうそう会ってなくて。春ぐらいになったら
いろんな物件の位置とかを見たいっていうので単純に調査ぐらいの感じで
僕も見たりとかしてたんですよ。こういうとこいいんじゃないですかとか
なんならここのやつとかもね。一緒にね。見に行ったりとかもして
そしたらお金も借りて契約もしたからっていうのが来たから
どういうことってなってどうやって回すんですかこの現場をみたいな
当時2人だけだったんですよね。そう。ともかちゃんと2人ね。
ともかちゃんと2人だけだし、ともかさんはまだ子供が幼くて
5時で終わりだと。5時で帰りますっていう語り方をしたから
教室夜やるんじゃないの?どうすんの?みたいな
でもそれ言ったら卒業してからでいいからってこと言うんですけど
何を言ってんだろうなって思った記憶がありますね。そうね。
その背景にそういうのが借りるまでの流れ知らないんで
借りたっていう報告が来たから。そう。そしたら
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辞めてきたんよ。めんびつくんが。
まあビックリするだけの理由じゃないですけどね。
もういろいろ理由あったんやけどね。学校側もちょっともうこれやってても
なんとかもあったけど。そう。で、4月に確かね、するって言って
8月オープンよね。はい。オープンは、8月だったかな。
8月か9月ぐらいでしたね。オープンは。8月か9月オープンだけ
もう3ヶ月ぐらいで準備するんだけど、プログラムがね
決まってなかったよ。はい。すごいこと言ったね。
プログラムもずっと悩んでて、まだなくて
教育方針もなかったよ。前に決めてたっけ?
いやいや、なんか恐ろしいことさせてた。ギリギリまでなかったよね。
教育理念とか、あるじゃん、その思いが。だから自分で決めりゃいいじゃん。
こっちに決めさせる。で、出たアイディアを全部却下するってことをずっとやってて
何をしてるんだろうってことをずっと。仮面ライダーにされたのに全部却下する。
そうそうそうそう。あるんだったら出して。
なんかこっちに出させるんだけど全部却下するみたいな謎のことをやってましたね。
本当ね、あの時ね、なんでだろうね。自分であると思ってたのか覚えてないけど
なんなんだろうね、あれはね、今思うと。分かんないけど本当に
あのいわゆるワンマン社長ってやつね。もうちょっと考えてきて。これ違う。もう一回考えてきて。
本当にね、最悪だったと思うんだけど。でもね、おかげで違う違う違うこれだが出てきて。
皆さんのおかげで。
何度もやったら出てきたんですね、結局。
なんか批判の中で、自分で自分を却下した。それでいいじゃないですか。それですよ。
そうそうそうそう。だから本当にみんなの、ある意味壁打ちみたいな。壁打ちしてって言えばいいと思うよ。今思えばね。
壁打ちって言葉なかった気がしますね。
ないし、なんか社長って立場はこういうコミュニケーションだみたいな固定概念があるんやっぱ基本的にはね。
まあ薄めではあったんやけど、だからなんかちょっと考えてみたいな。ちょっとこう、わかんないんだよねって言えなかったプライドみたいなのあったと思うよね。
で、言って、でもワーワー言ってるうちに自分で自分を育むっていうのが出てきたよね。
で、もう一つが、じゃあどういう場所にするかが、リラスト1枚私が書いてて、それを頼りに全てを作ってたんよ。
で、もう、だからこの、これ置く、これ置く、これ置くはもうそのイラスト通りになってんの、今。
このテーブルもね。
かなり再現度高いしね。
かなり再現度高いよね。で、テーブルとかもね。で、テーブルはもう高くてもいいって言って、もうこの国用のね、この6角形のテーブル。
三角形を6角形にして。
三角形が6個あって、それが6角形になったんですね。
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これ見たことないですけどね、ここ以外、こういう形の。
そうでしょ。これは、実は一人一人っていう子もできるし、ついもできるし、グループもできるっていう、本当は私の教育理念みたいな、体現してるテーブルなんよ。
これを1個相当高いの、これも。
ワンセット7万円。
値段とかもいいですよ。株の値段を紹介でどうぞ。
なんで紹介するかっていうと、借りたお金500万しかないよ。
ここにそんな使っとう場合じゃないよ、本当は。
それはそう。
けどもこだわりがありすぎて、内装とかめちゃくちゃお金かけてくるよね。
で、そのお金をかけてるがゆえにね、ちょっとした棚とかをけちり出すわけ。
それで、なんとウェメズ君、今こんな合理的な人って今だからわかるけど、
ペンキ濡らせます。
安い棚に、あ、じゃあそれは事務所がだから安いのでいいとか言って、すっげえ安い棚、ミスターマックスみたいなところで買って、ペンキ濡らせるっていうね。
緑色の。
それで、3日くらいかかるわけ。でっかい棚だから。
すごいもう無駄なことを。
ウェメズ君の労力考えたら絶対買ったほうがいいんだけど、もうね、わけわからなくなったわけ。
もう使いたいとことけちりたいと、もう労力とかが考えられてなくて。
だから、それで、これね、後々出てくるけど、第1回目のウェメズ君の無駄遣い。
ウェメズ君を無駄遣いしたよね。
で、その代わり、めちゃくちゃいろいろ作って、で、モスバーガーでね、教育プログラムどうしようかなって考えてて。
すごいよね、場所も借りてさ、絵はあって箱はあるけど、教育プログラム考えてないからね。
教室作ってるところだからってことですね。
そうそうそうそう。
ディスカッションの教室を作るぐらいしか決まってない。
でも、頭の中に多分ある。
言語化されてないものは。
まあね、もちろん。
けど、みんなには説明しないといけないから、いくらで、何分で、何で、何でと。
それが何もない状態。
で、ウェメズ君は当然だけど、チラシとか作ってくれるし、ホームページもね、考える人として、いわゆる主力の戦略の人としているからさ、
彼からいろいろ聞かれるわけよ。
ごめん、まだ、ちょっとまだ、まだ待って、ちょっと待ってって言って。
で、モスバーガーで、たぶんあの時ね、ウェメズ君も落ち着いてはいたけど、いい加減にしろよがあったと思うよ。
で、ノンさんどういうのなんですか?
なんか、雰囲気でもいいから教えてくださいって言われてて、
いや、だけねとかって言って、
モスバーガーにある髪あるじゃん。
口とか拭く髪。
あれにこうでこうでって書いたやつが、今のこのサークル型のプログラムのよう。
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なんか決して、ギチギチギチってここはできてたんじゃなくて、
もうなんか、やらざる得ない中で、
本当にこう、いわゆるチラシの裏に書きながら作るみたいなレベルでできてきたっていうのが、
Dコードのスタートでした。
楽しいですね、今思う。
なんかでも結構腑に落ちたのが、
自分が入って何年語ってからも結構大きくプログラムが変わったなとか、
例えば人形を使ってケーススタディをやったりとか、
ああいうのも結構何年もやってるのに何でまた変わるんだろう?
最初から何でやってないんだろう?とか思ったりはしたんですよ。
そういう、すごいなんか腑に落ちてましたね。
そうでしょ。だからなんか、いわゆる価値観の交換。
ちなみに今言ってるこの価値観の交換をする、提供するっていうのが今ビッグティリーのミッションじゃないですか。
これ、数年前に上水くんが確定させたからね。
これでいこうみたいな。
その会社は何の会社なんだっけっていうのが、いろいろやり過ぎてる時期とかあって、
結局何の会社なんだっけっていうのを整理した時期がありましたね。
だから、私の中ではやりたいこととか自分の世界観じゃないけど、
大げさに言うとそういう自分が思っている、いいと思うものを、
全く言語化できてなかったけど、空間とか教室という形で体現するから、
手前の設計図みたいなのが全然ぐちゃぐちゃなんよ。
で、立てながら立てながら見えてきて、こうじゃない、ああじゃないって調整するしかなかったって感じね。
今戻ったとって、多分できなかっただろうなって思う。
もう一回やらないですよね。
結構大変だった。
大変だったと思いますね。
で、戦略が全くなかったんですよ。
これ二つ目のちょっとね、あれなんですけど、
あのですね、ポスティングという方法を取ります。
お客さんを呼ぶのに。
その時の文言で、もうこれも上水子苦しめた一つなんですけど、
言ってはいけないことだらけっていうチラシなんですよね。
まず、今私、ディスカッション教室って皆さんに分かりやすく知ってもらうために言ってますが、
正式名称はディスカッション学びの空間なんですよ。
ということですね。
教室じゃないんですよ。
教室というのは使ってはいけないっていう。
教室とは言わないで、教えるでしょ、みたいな。教えないから。
こっちから一方的に教えるということはしないから。
書いちゃいけないんです、それを。
だからこういうふうになるみたいなイメージを伝えるみたいなのもダメ。
24:03
ならないかもしれないから、みたいな。
なるかどうかは自分で自分で決めるんだから。
私たちがなるって決めちゃダメだからって言うから。
なんも書けないけど。
なんかでも、何の仕事、自分も仕事としてはやってるけど、何の仕事っていうのを説明するのに、
何て言えばいいんだろうって思ってた正体はそれですね。
それ言っちゃいけないことが多すぎる。
それが正体だったんだ。
それを感じてたんだね。
最初の頃からあったよ。
ホームページ作るのも教室名ぐらいしか書けないっていうか、
何をするっていうのも、ディスカッションするはいけるけど、
じゃあどうなるみたいなの書けないから、結構むずいなみたいなのがずっと。
子どもたちがこうなるっていうのは基本ダメなんよ。
それは上手にしゃべる子もおれば、ぼくとつとしゃべる子もおるけ、
上手にしゃべるとか書かんでんとか、もうそのレベルよね。
で、私が採用したのが、学校でもない、塾でもないっていうキャッチだよ。
なんなんてなんて。
何ここって。
じゃあ何がないわけですね。
じゃあ何はずっとない。
だんだんね、それこそ長く続けていくから、
事例じゃないですけど、実際に卒業した子がどうだったとかいうのが体験として増えてきてるけど、
最初はないからさ、本当に。大変でしたね。
で、そのポスティングを8000枚最初配ったんですよ。
みんなで力を合わせて最初はね。
8000やったっけ、1万かな。
そんぐらい配ったんですよ。
それで、50人来たらどうしようって、オープンの次の日にワクワクしてたの、私。
オープンっていうか、始まってからね。
半年来んかったね、人が。
半年以外過ぎですけど。
3ヶ月ぐらい誰も来んくて。
11月でしたもん、体験初めて。
あ、そっかそっかそっか。で、3ヶ月でやっと1人だけ。
私、50人ぐらい来るイメージが、え?っていう絶望でしたね、最初。
だから、いろいろ言いたいことありますけど。
8000で50人来ると思ってるとかがね、どういうことなんだろうと思いながらも。
そう、とにかくなんかね、めっちゃ来るイメージで作ってたんよ。
それはなぜとかいう、ない。とにかく、もうこれは来るって思い込んでたんよ。
で、1人だったんけ。そう、1人も僕だけ感動だったんけ。
もう、ともかと抱き合ったもん。うわーみたいな、その1人がすごく主張で。
で、もうそれで、結果的にその人は入会してくれるんだけど。
27:00
その後も、このポスティングという方法に私がこだわります。
それで、第2の上水くんの無駄遣いね、ポスティングをさせ続けます。
ポスティングのバイトに来た人みたいだね。ずっとポスティング。
1年、1年。
でも、ポスティングするって決めたら、やっぱりする人は絶対必要だから、仕方ないけど。
というか、もう今はわかるけど、当時はわからなかったのが、上水くんってやっぱさ、
私がビビビッと来たぐらいだから、戦略立てて、いろんなやり方で攻めれたはずなよね。
でも、その時、もう完全、あれに関しては私のトップダウンやったね。
いや、もうポスティングでやります、みたいな。
提案もしたんですか?
全部却下。ポスティングしかやっちゃいけないから、業務時間全部ポスティングをして、
勝手に残業というか、残業ってガイドはないけど、業務時間だったんで、
ウェブサイトやったりとか、メディア関係、プレスリリースとかやったりとかして、
テレビが来たりとか、何やらかんやらっていうのが、ちょっとずつ増えてきて風向きが変わってくる。
ポスティングのほうがデータ取ってて、いかに意味がないかってことを言うみたいな。
ポスティングの業者に頼むとしたら、これぐらいの費用で、みたいな。
そういうようなデータで、最終的にはでも、理屈でわかったっていうより、まず、
海津くんが続けてくれたっていう、すごい、ごめん、昭和な信用。
あれだよね、佐川競技員の人が最初の1個もらうまでずっと店の前を掃除してたみたいな感じだよ。
でも、ちょっと前の話ですけど、継続することについて話しましたからね。
本当にね、今だから正直言いますけど、そんな理屈を判断できる力があったら、こんなオープンの仕方せんやん、勢いだけで。
だから、自分の動物的観だけでやってるから、上水くんは信用できるなっていうのを、時間とか、自分が言ったことを聞いてくれるとか、そういうので測ってしまったんですよね。
僕は経験がなかったのもよかった。こういうもんなのかなって、ちょっと最初思う。
そっか、上水さんって、専門学校入る前って、バンドマンとフリーターですもんね。
だから、何か立ち上げる経験がないから、こんな努力さえんだって、ちょっと最初思ってた。
にしても、これ結果出てないけど、これ本当になんだかみたいな、こっちのほうが結果出始めてるけどなみたいなのが出てきて、やっぱりちょっとおかしいぞって。
そう、そうなんよ。で、これがもう、やっぱりね、今では一番の経営者としての反省なんですけど、経営できないと思ってたんだけどね。
けど、ただ、あの勢いは、ある意味、私と上水くんという経営チーム、パートナーとしては、めちゃくちゃいい経験だったなって、今は思うね。
自分の弱点と強み、彼の強みと、逆に言うと、なんていうの、補い合うところ、みたいなのがわかった、みたいなのはすごい良かったけど、
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Dコードのスタートダッシュとしては、まあまあ、すっごいあり得ないぐらい大変だし、成果も出ないし、っていう中で、よく辞めなかったねっていうレベルの1年間。
もうなんか、じゃあこれ辞めて何するのって話もあるから、ここでやっぱり一通りやりきったとか、もう限界だねってどこまでやりきらないと、来た意味もないしなっていうのはあるんですよね。
で、ともかちゃんと私は、その裏側では日々喧嘩してるからね。
めっちゃ喧嘩しましょうね。
もうね、企業研修もやってて、Dコードのオープンもさせてるから、いわゆるキャパ的には、もう2人とも限界が超えてんよ、党の昔に。
だから、ちょっとしたことでも常にぶつかるっていう、そういう感じでしたね。
すごかった。
で、それを聞いた上水くんは、ひたすらそれを聞くしかない、見るしかないっていう状況でね。
カオスだったね、あの頃はね。
今思うと。
はい。ということで、最初はDコードのスタート地点というのをお話ししてみました。
すごいスタート地点だね。
どうでした? ゆんくん。ちょっと、ゆんくん後でね。
この時はね、たぶんサラリーマンしてたんで、よく知らないんですよ、どう始まったかは。
でも、子どもたちが通い出してからまた現れ出すんで。
そうそうそうそう。そういうことが、ここができた背景がちょっとわかりました。
そう、なんかいろいろ踏み落ちたことが多かったですね。
それでこういうふうになってんだ、みたいなのは、今まで感じてきた小さな違和感が、あれはそういうことだったのかな、みたいなのがありました、今聞いて。
えむず君、どうでした?
お金を借りるくだりとかね、知らないところが聞けるのは面白いですよね。裏側でそんな感じで住んでたんだ、みたいなね。
そう、だからね、そんな立場でもないのに、銀行に怒ってたよ、当時はね。
なぜだ、こんなやる気がある私に誰も貸さないんだ、みたいな怒りになってましたね。
面白いですよね。
そういう話じゃないでしょ。
そうです。だから今となっては国に感謝してますよ、政府権。
頑張ってね、ちゃんと。
あの経験は本当にね、何者にも変え難いというか。
いや、ポスティングマジ大変やけどね。
大体のことは、あれやるよりマシだな、みたいな感じでやれるぐらい大変だった。
ね、しかもこの辺坂が多いんですよね。
ポスティングマジ大変だったって話というよりは、なんか全体的に大変だったから。
でも、ある意味創業時にいた感じなんですよ、新しい授業ができてるから。
完全なる01を生むとこをちょっとやってもらったって感じですね。
私的には2回目の01みたいなもんなんだけど、人物金集まったらできますってずっと言われてたんよ、大学のベンチャー起業論という授業で。
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人物金集まったって思ったから、やっただけなんですよ。素直にやっただけだったんですけどね。
会社としては、2015っていうのは7期でしたからね。
創業期から言うと10年近くやってきて、10年目とかでしたっけ?
そうですね。
創業からは。
あと、やっぱもう、私年齢的に30になってたんですよ。
だから、やっぱり早く作らないともう、なんでかな、ちょっと焦りもあったと思います。
ここで、自分のいわゆる城じゃないけど立てとかないと、なんかいつまで経ってもやれないなって感じがあったっていうのはあってね。
そうですね。
はい、ということで、また次回以降もこのDコート、右を曲折しますし、ゆんくんも出てきますんで、引き続き皆さん、Dコート知ってもらおう、やっとね。
時間になってきましたね。
そうですね。
そうっすね。やっと。
2年近くやってきて。
何やってる会社なんだみたいな、やっとそういう話が出てきますね。
そうですね。
今もやってることですからね、Dコートはね。
はい、ありがとうございました。
ありがとうございました。