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#102 どんなときにプレッシャーを感じますか?
2026-05-22 48:07

#102 どんなときにプレッシャーを感じますか?

(話者: のぞみ、上水優輝、石津)

プレッシャーの奥には「人間関係の初手を失敗できない」という感覚があった。評価を怖れる心が、日常のあちこちに潜んでいる。プレッシャーをやり過ごすための謎の方法論が飛び出した回。0→1を100に刻むか、荒くても100回やって1とするか。価値観の違いを話すうちに、自分の仕事スタイルが透けてくる。

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サマリー

今回の「討論カフェ」では、「どんなときにプレッシャーを感じますか?」というテーマで、のぞみさん、上水優輝さん、石津さんの3人がそれぞれの経験や考えを語り合いました。プレッシャーを感じる場面として、就職活動の面接や、研修講師としての評価、新しい人間関係の始まりなどが挙げられました。特に、失敗できないという思いや、他者からの評価を恐れる心がプレッシャーの根源にあることが示唆されました。 また、プレッシャーへの向き合い方についても多様な意見が出ました。追い詰められると成果が出るタイプや、プレッシャーを感じたくないがために準備を重ねるタイプなど、人それぞれです。さらに、プレッシャーを乗り越えるための方法として、目標を細かく分割して達成感を得るアプローチや、極限の状況(死や老い)を想像して現状を相対化する方法などが紹介されました。 話題は、新しいことに挑戦する際の「ゼロからイチ」を生み出す難しさや、そのプロセスを細かく刻むことの重要性にも及びました。最終的には、プレッシャーとの付き合い方は個人の価値観や経験によって異なり、自分に合った方法を見つけることが大切であるという結論に至りました。

自己紹介とテーマ提起
みなさん、こんにちは。のぞみです。 石津です。上水優輝です。
討論カフェは、お題についてみんなで語り合う価値観の交換の場です。
この番組を聞いている間、ほんの少しだけ余白を持って、さまざまな意見に触れる時間を楽しんでみてください。
さて今回は、あなたはどんなときにプレッシャーを感じますか?というお題で価値観の交換をしていきたいと思います。
お願いします。
今日はゲストが来ています。
ありがとうございます。
石津くん。
こんにちは。
久しぶり。
石津くんは、簡単に説明すると、私がやっているディスカッション、学びの空間で行こうととディスカッションの習いごとに
高校のときに来てくれたよね?
高校の2年生ですね。
そうそう、2年生に来てくれてたんですってね。
出会いがね、来てくれた背景がすごいよね。
新聞記事見て来てくれたよね。
自分でね、親とかじゃなくて、自分で新聞記事で問い合わせて来てくれたっていう、結構かつてないタイプの。
衝撃だったもん。
そうですね、なんか面白いことないかなと思って、新聞ペラペラめくってたら、あれ?何これ?と思って。
なんかこう、ちょっと運命的な出会いというか。
そうだったね。
ありましたね。
で、そこから通ってくれて、そして今はもうね、就職もすぐするということで、新卒前かな。
で、今回私が東京に来るから来てよって言ったら来てくれたっていう。
今日はそんなメンバーを交えて価値観の交換をしていきます。
お願いします。
就職活動と評価へのプレッシャー
ということで、新卒前にプレッシャー感じますか?
なんか繋がった感じしとるけど、全く繋がってないです。
全く繋がってないです。
どんな時にプレッシャーを感じますか?っていうことなんで、ある?パッて浮かぶ?
プレッシャー、でも今話に出た感じで言うと、やっぱりその週4月の面接とか、そういう試されそうな時とかいうのは、なんか緊張しますよね。
評価される。
面接緊張した?
えっと、なんかこう、なんて言うんですかね。
結構こう、自分の頭の中で浮かぶ言葉をその場で紡ぎながら話すタイプではあるので、
なんかこう、先に結論言って、肩にはまった話し方をして、容量よく話すみたいなのが、あんまり得意でないかもみたいなのがあって、
それを求められた時に、ちょっとううってなっちゃうっていうのはあります。
就活の面接ってめっちゃカタードみたいなのがね。
時間がないからなんだと思うけどね。
一人どんぐらいなの?時間って。30分ぐらい?
30分とか。
なんか、お茶する感じで面接してくれたらね。
そうですね。フランクに話してくれる面接官もいれば、結構カチッと、なんか雰囲気から話し方から、
面接官の話し方もめっちゃカチッとしてると、こっちはあんま砕けて話せないからとか。
会社全然違う。
社風でも全然やっぱ違ってきますね。
なるほど。面白いな。
なんか就活したことない。
でもさ、なんかラフに来られてもさ、結局は評価されてるんだと思うとさ、
頑張る感じでラフになればいいんやろうって。
結局はそのラフになり方すらプレッシャーになりそうな気がした、今。
面接の前の社員面談みたいな感じで、ちょっとお話聞けるみたいな機会でも、
何話したかとか記録取られてるんだろうなと思うと、
これもなんか専攻の過程の一つなのかなと思うと結局緊張するみたいな。
よく会社に入ってた時から見られてますみたいなのない?なんか。
実際見られてるでしょうからね。
本当?
そう。なんか休憩室すら見られてますとか言ったら怖いよね。
どういうこと?監視カメラってこと?
そっか。そこになんか飲み物係みたいにいる人が実はそういう見てる。
スパイだよね。
ドラマ飲みすぎかもしれん。
気が休まればあんまりないですよね。
見方が相手方にいない感じになっちゃうっていう。
でも自分が選ぶ側だぜぐらいに言ったらプレッシャーじゃないかもね。
そうですね。それはフランクに話せた場合だと結構それこそ関係性がフラットな感じがするので、
お互いに選ぶっていうマインドになりやすいんですけど、
カチッとした話し方だと見られてる、評価されてるっていう方向に押し込まれる。
選ぶ側と選ばれる側を明確にしてるんだろうね。
確かに。
研修講師としてのプレッシャー
でも確かにそうだな。評価されるっていう場面は絶対プレッシャーあるよね。
基本的に失敗できないっていうことがプレッシャーになってる気がするから。
面接とかも最多のもんじゃないですか。選ばれるにあたって失敗できないっていう。
ポールを出せないみたいなプレッシャー。
失敗できるんだったらそんなにプレッシャー感じないんじゃないかなっていう。
あとなんか私も研修やってるじゃん。企業とかの。
そういうのはめちゃくちゃプレッシャー感じる。
なんか押しつぶされそうになるっていうのはまさにそうで。
もう1時間後に講義始まりますって言われてんのに、
もうトイレから出たくないってなったり、
こっから逃げ出して、なんか新幹線とかに乗りたくなる衝動になったり。
あれがプレッシャーに押しつぶされるってことなんかなって思ったりする。
研修講師とかプレッシャーの塊でしょ。
あれ寿命縮めと思ってる。
すごいと思う。
どういう緊張になるんですか?
やっぱ評価。
なんかね、自分の言葉一語一句聞かれてるっていう緊張感。
なんならそれは価値があるんですか?
あなたの言ってることは価値があるんですか?みたいな目線が感じるんよ、本当に。
感じるんですね。
感じる。
そういうの感じてないのかと思った。
僕もちょっとそういう印象ありました。
感じます。
でも露骨な人にたくさんあったからかもしれないね。
目をつぶって腕を組んで聞いてるとか、
最初から誰やこんな若い講師連れてきたのって言われたりとか、
結構そういう、講師とはちゃんとしたことを言うみたいな波に埋もれましたよ、私も。
なるほどですね。
感じないと思ってたんだ。
なんかちょっとそういうイメージ。
だってあれでしょ、かつて就活時代に会社説明会にみんなスーツ着てんのにジーンズで行ったみたいなエピソードもあるじゃないですか。
でもみんな見てるの、私を。みんなが見てるじゃん、研修って。
会社説明会も会社長も見てますよ、私のこと。
誰がこの中で優秀かとか誰を取りたいかって見る中で、
1人だけ絶対取ってはいけないとか入ってきた瞬間に分かったみたいなことが起こるわけですよ、会社としては。
会社はちょっと大変申し訳ないけど、自分が見極める手で言ってたんで、見てやるぜみたいな謎のノリで言ってました。
自分が選ばれる側として思ってなかったからプレッシャーを感じなかったのかもしれない。
失敗してもいい余裕ですよね。
研修はやっぱそれを失敗したらもう仕事来なくなるとかいう不安があったのかも。
失敗したくない。
要素として単純に人前で話すっていう緊張以外のものを結構含まれてた感じじゃないですかね。
そうかも。成果が求められるとか、その結果が未来を変えてしまうみたいな感覚のものは、もしかしたらそうだ。
ただ人前で喋るとは違うかもね。
プレッシャーへの強さと弱さ
期待されてるからかも。
この1時間をいいものにしてくれるよねみたいな。
期待感と、あとこう言われたらどうしようって言われたことないけど考えちゃわないと、
過去に言われたことのあることを思い出して苦しくなるみたいなこともありますよね。
でもプレッシャーに強い人ですかって言われたら即答で弱いですって答えるぐらい弱い。
それは意外でしたね。
プレッシャーに弱いっていうのは嫌だっていう話と、プレッシャーによって持ってる力が発揮できないっていうのはまた別の話じゃないですか。
僕とかだとプレッシャーはすごく嫌い。だからもう嫌だ。苦手って思ってるけど、プレッシャーかかった方が成果が出るタイプなんですよ。
あ、そうなの?
追い詰められた方が勝ち出せる。力が出るって感じなんだけど、嫌だなって思ってるからプレッシャーは感じたくないって思ってる。
これは何なんだろう。
追い詰められるってのは何に?時間?それとも人に?
これ失敗できないなって精神的に追い詰められるじゃないですか。
でもその時の方が、そんだけ向き合ってるからいい結果を出すんだけど、その時間嫌だから、そういうことはしたくないなって思ってるみたいな。
確かにプレッシャーがあると自分が思ってもない力が出る時あるかもね。
でもそれに押しつぶされて、本当は持ってる力が、例えば受験とかで普段だったら点数取れるけど、本番だとめっちゃ点数ある人とかってプレッシャーに弱い人なのかなって思うんですけど。
それです。私です。
プレッシャーに弱い?持ってる力が出ない?
そうだと思ってる。今思ったけど、自分で思ってる自分と違うっぽいね。みんなが思ってる私が。
上水くんはプレッシャーかけない方がいい仕事するイメージでした。
僕もそう思ってますよ。具体的に何か出すべきものがあれば、それをやるって感じですね。
音楽とかそういうことですか?
例えばプレゼンをするとかやっても、プレッシャーかかることって、プレッシャーかかり続けるってあんまないと思うんですよ。
何かの発表会があるとか、何かの試合があるとか、そこに向けてのプレッシャー、面接があるとかっていう、どっちかというとスポットのものが多い印象ですね。
ずっと続くとプレッシャーというよりはただのストレスって感じになってくるというか。
ずっとかかるのは確かにストレスだね。
自己評価と課題の難易度
プレッシャーというよりはただのストレスって感じになるかもしれない。どうですかね、静岡さん。
あとそうですね、自分への期待のレベルと、実際に自分が出せているパフォーマンスとのギャップが結構あるのかなと。
その課題の難しさと。
程よい難易度だと、できるかできないかギリギリぐらいの難易度だと一番パフォーマンスが出るって言われますけど、
あまりにも高い壁だと、ちょっとそれを乗り越えようとする途中でつまずいちゃうっていうので。
自分が自分にプレッシャーかけてることもあるよね、たぶんね。
それもあるよね。
そこまで言われてないのに、ここまでやらなきゃいけないんじゃないかっていうことを自分で勝手に想像しちゃうっていう。
新しいバイトとか職場の初日って道数じゃないですか。
どういう配属っていうか行った場所にどういう人がいるのか、どれぐらいの等なのか入ってみないとわからないんですよ、面接とは違って。
だから相当想定するんですよ。こういう人がいるかもしれないとか、こういうレベルのことを初日から求められるかもしれないとか。
最悪のパターンを想定するから、最初日行くまでのときめちゃくちゃプレッシャーで行きたくなくなるっていう感じ。
それ結構プレッシャー自分にかけてる感じやね、確かに。
かけたくてかけてるっていうのは、考えちゃうから。
自然とかけちゃうんだ。
だいたい行ったらみんないい人だって最悪想定するから、めっちゃ楽だなとか、めっちゃいい人たちばかりだなみたいになりやすい。
勝手にかけちゃうプレッシャーを。
新しい集団に行くっていうのは絶対プレッシャーな気がした、今。
失敗できない感覚がそれこそある。
人間関係の初手と失敗できない感覚
っていうか、人間関係ってある程度パワーバランスみたいなのさ、一回つくと変わりにくいみたいなのない?
はいはいはい。
初手で失敗したらもうアウトでしょ。
初手で嫌われたら終わりの人に嫌われてたりさ、あるかもね。
挽回するのに何年かかかるとかなったら、もう初手でやらかせるなんてなるから。
めっちゃ最初重要って思うとプレッシャーになるかも、人間関係は。
そうですね。一回切れちゃったりすると。
切れちゃう。
その後、関係修復が難しくなったりしますからね。
切れたりするんですか?
切れたり。
そうですね。人としての最低限のリスペクトを書いてるなと思ったら、ちょっと怒ることあるんですよね。
でもちゃんと言うんだね、相手に。切れるってことは。
そうですね。いきなり。無視していきなりはしないと思うんですけど、おかしいと思うことは言っていかないとなと思いますね。
組織自体がおかしいなって思ったら、やっぱり言う?
組織自体は、結果去ることがやっぱり多いんですけど、その場を司っている人とは、たぶん対話は試みますね。
その場を司っている人ね。
司っているよね。
オサだったり。
確かに。
とりあえずオサに会いに行くね、私も。
オサに会えないっていう規模の会社だときつい。
オサのとこまでどうやって行こうかなって毎日考えて仕事にならんそう。
オサってマジのオサに会おうとしてるじゃないですか。
どういうこと?
わかんない、その部署のオサみたいなやつもいるだろうし。
何も社長まではいたらこの部門内の矛盾を解決するというレベルもあるから。
そうね。
でもたぶんだけど、その部長クラスに行って、やっぱりオサに言うしかないってなりそうな気がする。
結果的に。
未来の実現と不具合への緊張感
経営も。
上っていくと結果的に。
そりゃそう。
でも、自分はこれ討論カフェでも話したことがあって、私このプレッシャー弱いなっていうので話してて気づいたんやけど、
飛行機の予約を取るとかが取れてるっけとか、あれプレッシャー?ちゃんと予約取れてるっけ?正確な予約だっけ?とか不安があるんよ。
なるほど。
つまり、未来、こんな未来にしたいっていうのがあるわけじゃん。
何月何日に東京に行くという未来を実現したいわけじゃん。
それが叶わないかもしれない、不具合が起こってミスするかもしれない、みたいなちょっと緊張感はこれプレッシャーっていうのかなっていう。
プレッシャーだよね。
やっぱそうだよね。
だと思いますよ。
だから、結構それも不安だなって思うみたいな。
やっぱ数人の旅行とかだと結構緊張感ありますね。
1人だとなんかやらかしてもこうなんか、軌道修正効きますけど。
4人とかで。
出た時に、だからあんまり言い出しっぺやりたくないです。
チケットがっかりとかなりたくない。
結構きちっと組んで、旅行とかで何が起こるかわかんないじゃないですか。
パッパを置いて両手組んでいくみたいなのが、結構ざっくり人間なんで、きちっと組むのは得意じゃないですよね。
いや、わかるわかる。
だから、失敗の想像してる気がするよね。
こうなったら、あなったら、みたいな。
それは何で思うようになってしまったかっていうと、
なんか飛行機の前でピーピーってチケットをね、やってる親子がいたんだけど、羽田福岡、逆に買ってたんよ。
福岡発なのに羽田発を買ってて、キャーみたいになってるのを見て、もうお父さん真っ青みたいな。
それを見て、こんなことあるんだ。自分もそんなことがあるんじゃないかみたいな。
あれだな、不安にならなくていいことでそうそう不安になってるなって今話しながら思ったけど。
他者からの評価と信頼
そういうちっちゃい不安はないんでしょ、あんまり。
そういうのはないですね。やっぱり人からの評価がやっぱり一番プレッシャーですね。
そうなんや。
自分自身が単純に失敗するとかは、個人の問題はなんとでもなるかなって思うけど、やっぱり一回人の評価が下がるというか、信頼を裏切ると取り戻せないですからね。
でもまた出会うしとかはなんないんだね。また会社帰ればいいし。
2000年代くらいまではそうだったかもしんないけど、もう今インターネット繋がっちゃってるんで、もう経歴が全部残ってるみたいな感じがあるから、あんまり。
別にみんな調べ上げないと思うけど、調べようと思えば調べ上げられるっていう状況だから、あんまり変なことをしたくないなっていう感じですね。
信用を失うことをしたくない。
私は失敗を武勇伝みたいに語るってよくあったんだけどね、今はそういうふうにならないもんね。
多分それをして、え、その失敗許されるの?みたいな世の中の雰囲気はしてますけど。ないですか?
失敗なんて結構、アイスブリックに使われたりとかするなと思って、それこそ内定者懇親会みたいなので、あなたの失敗は?って聞かれるんですけど、どれくらいのサイズのことを話すの?みたいな。
意外と最初に話すテーマとしてどうなんだろう?みたいなのがあったんですよね。
だいたい上の人が出す失敗も言える範囲の失敗なんだよね。
そうね、難しいサイズ。
出した失敗がドーン!みたいなことって、それはあなたおかしいでしょ?ダメでしょ?みたいな失敗を言っちゃダメってことでしょ?
そうなんですね。だから意外と話題選び問われてるっていう。
てか、そんな失敗してきたんだ、いいねーなのか、そんな失敗したの?みたいなので、やっぱそこの失敗すら評価に乗ってる。
めちゃくちゃ出ると思いますよ。地域性というか、生まれ育ったカルチャーみたいなのがあるから、犯罪大国みたいな場所で育つと失敗っていうのはそのレベル、犯罪レベルの話になってるから、周りで起こってることは。
だから自分はその中でも超軽い、なんていうのかな、なんじゃないことを言ったつもりが、え、それ結構治安悪いね、みたいな、どんびきされるみたいな。
上には上がいるんですけど、みたいなやつあるじゃないですか。
分かる分かる。
だから結構出ますよね、育ちとか生まれとかは。
そうなんよね、だからその盗んだバイクでとかが許されてたわけじゃん、うたすら。
盗んでいいんですか、バイクで、みたいなことを、やっぱ、なんていうかな、それを若気のいたりとは許されない時代な気はしますけどね。
分かった、失敗じゃない、やんちゃが許されないじゃない、若いときのやんちゃはもう許されない。
やんちゃとか言ってるけど、だから僕たちはやんちゃって感じじゃないですか。でも犯罪って言うのは言ってる。
盗んだバイクは確かに犯罪だね。
他に大きな音を出してバイクに乗るとか暴走族みたいなのは、これはもう反射だぐらい思ってる人いるわけじゃないですか。
僕たちからすると、そういう人もいたよね、みたいな感じじゃないですか。
やんちゃでまとめてたわ。
キャラクターによる失敗の許容度
あと、人のキャラによっても失敗が許される許されないのがありますよね。
あれはなんなんでしょうね、あいつらレイキャラと、あなたはちゃんとやってよね、みたいなリープとあるんですよね。
それ感じるんだよ。
感じますね。
どういうとこで感じるの、でも。愛されキャラ。
僕はどっちかっていうと高校生のタイプにカテゴリー。
あなたはちゃんとやってよね。
あなたはちゃんと。
じゃあ、同じ母みたいなことしたら、なんで石津君そんなふざけてんの、みたいな、なりやすいってこと?
そうですね。笑いにつなげにくいというか、っていうのはあるんですよね。
同じことを言ったとしても、ちょっと雰囲気が違うみたいな。
分かるよ、たぶん。自分が言ってもみんなしらけるけど、あの人が言うとみんな笑うみたいな。
ありますよね。
あれも緊張と緩和のバランスもあるんでしょうね。
それが私分かんないかも。今緊張状態か、今緩和状態かは、切り替わりが相当分からんかも。
それを天然でやってる人と、計算してやれてる人と。
でもそれはなんか、ある意味場をコントロールする気のない人のほうが、ナチュラルに許されてる気もするけど、どうなんだろうな、なんか。
意外とそういう、なんとかしてやろうと思ってない人ほど受け入れられやすかったりします。
そういうエゴって意外と無意識のうちにキャッチしちゃいますもんね。
無意識でエゴをキャッチするってでも確かに、みんなしてるのかもね、人のエゴをキャッチしてるってことよね。
なんとなく分かっちゃいますよね、そういうもんって。
同じ例えば、良いとされてそうな行いでも、わあ、なんか褒められようとしてやってるなとか、
この後のこれを狙ってやってるなとかっていうのは、本来何も書かれてないから、ほんと見て感じるだけだけど、めっちゃ透けて見えるときはあるよね、そういうのは。
意図の読み取りとエゴ
どういう時、ちなみに。
時?
それはもうケースバイケースで見て。
その人から出るからね。
なんか裏があるなとか、この人は純粋にやってそうだなみたいな。
匂うみたいな、なんか匂うぞみたいな。
匂うぞ。
確認したがるよね、そういうの。
どういう意図でやってるか?
確認しても本当のこと言うか分かんないですよ。
確かに。
だから別に確認する意味があんまりないっていうのか。
そうだね。確認したときの反応で分かってんのかも、自分は。
あ、嘘だったのかもしれない、みたいな。
それ、相当あれじゃないですか。
あの、なんていうの?
言葉選んでるね、今。
配信されるので、言葉選んでるんですよ。
それは多分、だから。
でも、意外に確認する人が増えたら、バレちゃう人はやんなくなるかなとかは思ったりするね。
まあ、そりゃそうですよね。
なんか地域社会みたいなのが機能してたら、そういうのもあったじゃないですか。
なんかいろいろ声かけたり挨拶したりするみたいなのがあるだけで、無心な動きしづらいとか。
だから人を騙すっていうのは、ある意味プロしかしなくなるみたいな世界はあり得るんじゃないかな。
プロしかしなくなる。
騙すプロしかできない。
なんかこの人が本音でやってるかどうかとかも全部表情とかそういうのを読み込んで機械学習とかにかけて。
そういうレベルでも嘘発見器みたいな。
嘘発見器みたいなのも技術的には可能になってきそうですもんね。
確かにね、確かに。
準備と本番のプレッシャー
ちなみにしずくくんは、面接時とかプレッシャー感じましたって言ってるけど、弱いと思ってるの?自分でプレッシャーに対して弱い、強い。
そうですね、プレッシャー、どうなんだろうな。
本当に準備の状況によるんだろうなって思って。
割と昔から、本番には強い方って言われてきたところはあって。
ただ、何があっても100%うまくいくように準備しようみたいな、それもあったら緊張感ありますけど、そうやって乗り越えようとしてた時期もあったりとか。
本番にプレッシャーを感じたり、本番は結構のびのびできたりするとしても、準備が相当プレッシャーになってるね。
そうなるために日々の準備にプレッシャーかけてるよね。
それはあるかもしれないですね。
オリンピック選手みたいな、最後楽しくやりましょうとか言ってるけど、その前めっちゃ緊張感ありますみたいな。
そうですね、こうじゃなきゃいけないみたいな、理想像が高い時とかは結構自分に負荷をかけてやっていって。
ただ、それに慣れてくると本番リラックスしてというか、パフォーマンス出せたりするのかなと思って。
慣れておくってのはプレッシャーに打ち勝つ1個かもね。
確かにね。
慣れてないことさせられるってのはやっぱプレッシャーかもね。
めちゃめちゃそうですね。初めて。
初挑戦と成功の定義
そうですね、大学帰ってから結構やったことないことに挑戦する。
で、1回やったら次いくみたいなのが結構多かったので。
それで言うと緊張もしますし、一方で1回目はやり通せたらOKみたいな基準を決めたりするので。
そういう意味で言うと結果はそこまで深く飛ばないみたいな感じで来たこともあって。
そう考えるとさ、1回目ってすごくキラキラして今決めた。もう二度と来ないんだな、1回目はみたいな。1回やっちゃうと。
あとなんか1回目って大事だなと思うのは、1回目めちゃめちゃ失敗体験すると2回目以降ってやろうと思えなくなるじゃないですか。
だから1回目はどれだけ、どんな結果にもあろうとも何かの点で成功したと言えるように何かできた点を見つけるみたいなことはするような習慣がある気がします。
でもそれで言うと1回目は1回目やったってこと自体が成功とみなすっていうのもありかなと思ってて。
最後までやり切った。
やったんだ、逃げ出さずやったんだみたいなのはめちゃめちゃ重要度を高めにしてるかも、自分も。
でも1回やる、ゼロから1にするっていうハードルの話はそうだと思うけど、1を2にするときにはやっぱり1回目にどれだけ成功したポイントを見つけ出せるかがないと、たぶん2回目やろうって思わないから。
なるほどね。
散々の目に合いました。もうやりたくないこれはってなっちゃうから、1と2の話とゼロと1の話がある気がしますね。
なんかでもそれも2回目、3回目、毎回やるたんびに気づかなきゃっていうプレッシャーな気がするんよ。
私は100回ぐらい全部1回とみなしてやってみるみたいな。
で、100回ぐらいするともうなんか慣れてくるみたいな。
で、だんだん指摘も受けれるようになるみたいな。なんか先に土台を作るみたいな。
相当の目的意識を持ってゼロから1をチャレンジするみたいな感じってことですかね。
100回はだってもう1なんでしょ、それから。100が1ですって話をしてるから、どんだけ嫌な思いをしても100はやりましょうみたいな話をしてる。
要は入社した会社を3年辞めないでるみたいな話に近いっていうか。
そうかも。
3年やった上で辞めるのはいいけどみたいな。それを1ですみたいなことを言ってる気がするから。
そうです。
プロセスの刻み方:0→1 vs 1→100
だから3回とかでいやもうダメなんすよって言ったら、まだ私からすると1もいけないっていう。
ゴールデンウィークぐらいでちょっとしんどいって言ってたら、1になってないってことでしょ、まだ入社しても。
入社してない。
入社してないに面白すぎて。
まだゼロにも入ってない。
入社してない。
入社っぽい感じ。
入社っぽい。
でも思っとっていいよぐらい。思っとっていいよぐらい入社っぽいなぐらいの。
だって社会出たばっかりだしさ。
でも確かに3年ぐらいしたほうが、うまくいってなくてもすごく見えてくるものがあるから、いいはいいですよね。
2年とかでもいいけど、とにかく一定の時間がないと分かったと言えるのかみたいなのがありますよね。
そうなんよそうなんよ。
これはでも自分のめっちゃ価値観なんやけど、ジャングルに入って虫だとか言ってるけど、一応全体ぐるっと回るみたいなのを1と見なしたいみたいな。
一歩を1と見なさないみたいな。
そういう価値観ではあるかもしれない。
なるほどね。
綺麗な湖が奥にあるって言ってて、一歩目で虫がいるからとか言われると、何一回も死体人って見える。
なるほどね。
湖まで見に行って、すごい湖は良かったけど、やっぱりこの最初の虫は私が苦手なんだよねって言われたらしっくりくるんよ。
一通りはやろうみたいに思いがちではあるなって聞いてて。
昭和ですこれ、昭和です。
昭和っぽいですね。
昭和です。
でも別に1つの価値観ですからね。
僕は難題があると分割してみたいなやり方を取りがちなんですけど。
どういうことどういうこと。難題があると分割する。
難題があると、なんでこうスモールステップに分けて、本当に領域の初級編から理解することを始めるみたいなことをするんですけど。
そうすると一歩が細かくはなっていって、今の話だと僕は01で結構ある程度見えた気になって次に進んじゃってるところがあるかもなと思って。
逆にしずくんが言ってるのは01を100に分解してる感じかも。
100に分割して。
すごい。
それを日々なしていくんですけど、それがのんさんの中だとまだ1にもなってないみたいな状態で次のところに行っちゃったりとか。
すごいよく考えてる気もするよ。0から1を100分割する。できてないな自分。
それができたら実現はしやすそうな気もしますけどね。
確かに私の場合は01でうまくいかなくても、1じゃないから気にしないでぐらいの気持ちだったけど、1を分割したら実際1はできそうな気がするね。
どっちがいいではないけど、その道の刻み方はある気がしたな。
そうですね。
達成っていうよりかは、きょう明日の延長線上にできてる姿があって、そのためにきょうできるのはこのサイズ感みたいなぐらいまで細かく分けてっていう感じでありがちですかね。
実際達成感みたいな感じですかね。
刻む能力と集中状態
前に進んでる感覚っていうのが大事なのかな。
それできてないな。でもそうだよね。そうだと思う。
どういうこと?できてないってのは。
分解して考えてたら、前に進んでるはずなのに、そのように分けてないから進んでない感覚がして、頑張って耐えてるうちに、
1が2になったぐらい分かりやすい成長があったときに、なんか変わったなって思うけど、刻めば日々成長してる感じを感じられるわけじゃないですか。
だから大事だなって思いましたね。
でも刻むのも結構能力な気もするよね。
どう刻めばいいんやろうみたいな。
刻み方もセンスない。そこで刻むみたいな。
今だったら刻んでもらえばいいんじゃないですか、AIとかに。
ここに行きたいんだけど、これを100に刻んでくれって言ったらステップに刻んでくれるから、これでいいんだみたいな。
そうですね。ゴールまで決まってたら割と。
例えば入社1週間目は会社の人の名前をたくさん覚えるとかにしておけば、一歩進んだことになるからね。
会社の人の名前知らんかったけど、今日は10人知れたなとか言って、2個目はなんか分かんないけど、会社のパソコンに入って、なんかちょっと触って閉じる。
ちょっと細かすぎこれ。分かんない。
でも、やったかどうかが判定できる流度。
でも、私結構その細かさすごいと思う。ザーッと見てしまうぐらいの気持ちで100回をやっちゃうから。
その繊細さが意外にないのかも。荒くていいから100回やるみたいなのを今思い込んでた。
だからタイプがあるよね。1個ずつ登ってる感情を出したければ刻んだ方がいいし。
なんかとりあえず旅行とか行って、ザーッと館内見るみたいな感覚で就職したらいいんじゃんみたいな。
それで言うと、細かく刻む要因として、これ以外はやんなくていいっていう、自分に他の可能性をもう見なくていいっていう集中状態に持っていくための儀式みたいなところがあるのかなって。
なるほどね。
確かに点で集中できるね。
なんでそのやり方に自分がなんというのかなと思ったら、割と多分そんな感じで。
他の競争相手がいる場合とかに、今日やったのは自分これだけだけど、他の人たちはもっとやってるんじゃないかとか。
あとは、時間が余った時とかに遊んでいいのか、もっとやんないといけないのかみたいな。
自分が判断しきれないみたいな時に、事前に決めていた予定が終わったなってなったら。
休めるしね。ちょっと勉強になります。休めてないんですよ。
自分でしてるとね。
やっちゃうから。それこそまだやった方がいいんじゃないかってなっちゃって、あんまり休めてない感じがあるから。
なるほどね。
それは自分で細かく刻めば、今日やるべきことやったなってなるんで。
だいたい毎日やれないタスクを書いちゃうから、終わってない感じがずっとしちゃうけど、刻めますね、もうちょっと。
時間で区切るか、切りが良いところまでか
確かに。終わったは大事だね。
だから、それかもう10時になったら終わったって時間で決めるのはダメなの。やっぱりその辺は。
切りがいいところまでやらないと気持ち悪いっていうか。
そっちはね。
ありますね。時間で切って、この時間までに終わらせないとっていうので、だんだん作業効率が上がる場合と。
もうすごく遅くまでやって、終わるまでやって、この時間になるの嫌だから頑張るみたいなっていう場合と。
特に新しいことにチャレンジしてるとそうなる。既存のタスクだったら時間で切っても、これまでにいかに終わらせるかみたいな風になるけど。
効率が重要なね。
新しいのが勉強してて試してることとかだと、切りがいいところまでいかないとなんか気持ち悪いみたいな。
感じ。
試してる方は挑戦だからね。
そうそう。だからこそ刻んで、ここまでちゃんとやったから一旦終わろうって。終わりがないから。
だから終わったってできる状態っていいなって思いましたね。
ゲームやドラマの一気見と共有
そうですね。自分がこの作業にどれくらい時間かかるかっていうのが分かってる種類の作業だったらいいんですけど。
ね、いいですよね。
初めてやることとか、探索系の作業とか。
見積もってもあんまりいないっていうか。
10分と思ったら1時間かかるとか。
でもそれがもし楽しんでるんだったらやり続けてもいいんじゃないと思うけど、休めてないのも良くないしね。
楽しいけど疲れてるって感じですね。
楽しめてはいますね。
疲れてるなって感じ最近。
だから刻んでもうここで。
今日やるべきことはやったなみたいな。
だからなんかあれだよね。マリオカートとかのゲームの種類じゃないゲームの種類をやってそうだよね。
ゴールってマリオカートは。
切り良くやめれるんよね、マリオカートのゲームって。
なんかそうじゃないゲームあるじゃん。
終わりが、ストーリーがあってどんどん進んでいくやつは、ちょっと自分で切り上げるのがかなりの自立心がいる。
そう、だからあれもダメですよ。ドラマとか続くじゃないですか。
シーズン。
シーズンは終わるまで見ようとして、4時まで見ちゃうとなるんですよ。
なるよ。いいじゃん。
昔はその録画してた分で、終わったらもう次がないから。
それで終われてましたけど、今はもう寒すぎて最後まで切り上げちゃう。
そうだ。だからさ、昔はテレビで何時で終わって、また来週まで待たなきゃいけなかったもんね。
週間としてちょうどよかった。ずっと楽しみで待ってるし。
楽しみにするって大事だった気はするよね。楽しみな時間があるみたいな。
そうですね。意外と一気見しちゃうと個々の話で何やってたかって細かいとこ思い出せなかったりとかして、
ちょっと面白い作品なのにもったいないなって思うこともあるんですよね。
作る側はものすごい時間かけて作ってるしね。
作品ってやっぱり人とコミュニケーション取って、そういうシーンあったなとか、そういう見方したんだなとか結構発見あるじゃないですか。
一気見したり、ちょっとずつ見てる人がいたり、タイミング違ったりとかすると話せないんですよね。
ここ言っちゃダメだとか思うもんね。
全部見てから話そうとか言ったら、その時にはもう話す気になってないみたいになるし。
やっぱり一週間ずつとかだったら、最新話の状態で見たとか言って話せる。
そうやね。
中高生の時はドラマの最新話とか喋ってた気がしますもん、その状態を。
共有できたタイミングを。それがないですね、最近は。
そうだね。
究極の状況を想像して落ち着く方法
あと、配慮もしなきゃいけないからね。
その人がどれぐらい時間があるか。時間がなくて見れてない人もいるからさ。
なんかいいなとかさ、なんか逆に。
それで言うと、私はね、今日もプレッシャーを感じすぎる時によく使う言葉があって、
それが死にはせんとか、殺されはしないとか、謎の究極を言って落ち着こうとする。
それみんなあるんかなって。
言葉にはしないけど、そういう感覚ありますよ。死を思うってのがよくありますよね。
めちゃめちゃ死を利用してますね。
あの時に比べればとかね、自分の極限の時を思い出してっていうのがありますよね。
極限の時があるけどね。
確かに、死とめっちゃ弱ってた時と老い、この3つを考えますね。
そうすると、今はこうだなって相対的に軽くなるみたいな。
老いとかもね、今が一番若いとか、謎の励ましがあるの。
チャレンジしたい時とかに、今これ補修、安全な道を選んで、これが70になって、あんまり体が動かないときに後悔する。
リスク取りに行こうみたいな。
70歳の自分と比較するみたいな。
平穏に年を取った時点で、それが幸せなのか自分はみたいに、勝手に補修で行った場合の勝手なストーリーを作って。
プレッシャーに打ち勝ってる。
挑戦しなかった自分の70歳みたいなことを想定して、これだったらリスク取って死んでもいいなみたいな感じになるとか。
50歳で死んでもいいからリスク取ろうってするし、もっと言うと逆もありますよ。
死ぬって想像したら、死なないためには、死ぬよりは今はこれ頑張って死なないようにしたほうがいいとか考えるっていうか。
車の運転とプレッシャー
何歳からでもチャレンジとまた違うもんね。
今チャレンジしない理由を打ち消す感じ?上瞑君の言ってる。
どっちもあったから言います。
今はないけど、歌を歌いたいという時、70からでも歌を歌えるわけじゃないですか。
70歳から歌って体的に歌えないっていうか、今よりも歌いづらい体になっているし、歌える期間も短くなるわけじゃないですか。
だったら今から歌って、より経験を積んだり能力を高めていったほうが、70歳の時により良い歌を歌える状態からスタートできるよねとかもあったら。
そういうことね。
70から始めるんだったら今始めたほうがいいじゃんとかいう考え方もできる。
分かるな。
70から始めようって言うと、今から何十年しない時間があるって思ってしまう私も。
そうですね。挑戦とまたずれるかもしれないですけど、車の運転とかって。
東京にいるとあんまり車の運転とかしないんですけど、ペーパードライバーでいるって話をすると、せっかく免許取ったんだったら運転したいのがいいよって大人に言われるなと。
運転できなくなる系じゃない?単純にペーパーだと。
そうですね。
どう思うの?その時は。いいじゃん、別に今運転する機会ないんだからって気持ちなの?
それとも不安だな、50になって運転するの不安だなってこと?
今の自分があんまり運転に向いてないような気持ちで。
周囲の同時の情報処理みたいなとか。
ガチである意味プレッシャーかけてくる車もおるけね。
それもそう。
なんかプーっとかしてきたりとか。
そうですね、自分が破壊力を得るのがちょっと怖いのかもしれないですね。
すごいな。
なんかちょっとして不注意とかで、別に生身の状態で何かそういうのがあっても。
人殺せないしね。
そうそうないですけど、車ってでも常にそういうのがあるじゃないですか。
ちょっと不注意でね。
いや、そうだね。私は運転大好きなんよ。下手か上手いかちょっと置いといて。
最も言うことを聞いてくれる道具なんよね。
身体が拡張した感じが。
そうなんよ。ガンダムとか乗りたいもん。
でも誰かを破壊するかもしれないもんね。
まもなくそれは今思いました。
そうですね。そういう意味で言うと、なんかこうぼーっとしてるところもあるので、
車乗ってるときにそれがあるとちょっとまずいなって。
慣れもあると思うんですけどね。危険を予知する慣れとか。
やっぱり乗って最初の何年かが事故が多い気がします。
そうですね。
確認すべきポイントがわかってくるみたいな。
仕事もそうじゃないですか。こんなとこのミスみたいな。
慣れもある気がするけどな。でも下手な人は下手って言うもんね。わかんない。
ただ運転は本当に、運転のプレッシャーかけない方がいいと私は思ってますね。
最近のピッピー、前方注意です。私プレッシャーだけ。
エンディングと番組告知
私何にも言わない車が好きなんよ。
はい。最後まで聞いていただきありがとうございました。
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待ってます。
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