だから役割としては大事だから。
これはね、残念ながら、子供のほうじゃなくて、親が覚悟を決めないといけないと思う。
何それ、その。
何かっていうと。
受験生の親がってことね、まず。
言い方じゃなくて、もうちょっと枠組みの話をしますね。
今、子供がそう思ってることは事実なんですよね。
勉強しなきゃなとは思ってる。
つまり、大学にも行くつもりだし、受験もしようと思ってるってことだと思っている。
し、そのためには勉強しなきゃいけないこともわかっている。
だがしかし、全然勉強がしんどい、やりたくないと思っている。
これ全部共存する話ですよね。
矛盾とかじゃないっていうか。
矛盾とかじゃないっていうか、目指してるものと現状が矛盾してるってあるけど、
長期的にはこうだけど短期的にはこうってことは矛盾するから、日々。
そんなに変な話じゃない。
全然起こることだと思うんですよ。
そうすると、もうあとは、その矛盾した気持ちをどう消化して、
本人が受験が1年後だとすると、仮に1年間を過ごせるかっていうのは、
周りができることは環境を作ることだけじゃないですか。
環境っていうのはコミュニケーションを含めてですよ。
だから、そのときに圧をかけるっていうのも一つの、もちろん選択肢ですよ。
べきでしょって言い続けるのも一つの選択肢だけど、
この場合はそれが逆効果になってるって話ですよね。
本人はますますしたくなくなっちゃうというか、
理解してもらえないから、よりこの気持ちのやり場がなくて、
切り替えないといけない、もし受験をするのと切り替えていかないといけないのに、
切り替えのほうに気持ちがいけないっていうことなんじゃないかなって思うんですよ。
いや、これね、もう一つ今、親話で言うと、
親はもう環境を整えることが私たちの仕事なんだって、
もう割り切って、つらいつらいって言っても、
あ、そっかって言って、とにかく言わないっていう覚悟?
僕が言ってるのは、いやいやいや、とにかく言ってもいいんだけど、
どっちかって言うと、受験にお金を出すのも、大学でお金を出すのかもしれないでしょ、わかんないけど、
それも想定するわけですよね、親としては。
で、同時に卒業してこうなったり、こうなったり、こうなったりみたいなのは、なんとなくわかんない。
そのようになるかわかんないけど、
一応こういう路線の範囲だったらいいなとかいう想定が多分、親はあるわけですね。
何を覚悟する場合の親は?
そうならないかもしれないことを覚悟するってことですよね。
それで言うと、私はむしろそれは覚悟じゃなくて、子供を信頼するってことだと思ってて、
親から見たときに、とか、親っていうより、今の時代を生きてきた私たちからすると、
このルートが最も安全かつ、ギャラも良くてとか、なんとなくあるわけじゃない、みんな。
いばらの道に行かせたくはない、みたいな気持ちはわからんでもないよ、やっぱ。
だけ、いばらの道を行かせたくないっていう気持ちで、
より大人側がいいと思う未来を多分アドバイスしてるっていうこと?
だと思うね。すべての大人がそれに近いと思うんだけど。
でもそれがさ、意見で言ってんだろうなぐらいの感じで言ってくれたら、
あ、お父さんはそれを推してるんだな、というAの選択肢を推してるんだなってなるけど、
Aしかありませんよって感じで来られたらきついじゃん。
確かに。
だから、お父さんはこうなんですと、でも、こう卒でもいいんだよと。
もしくは、今やる気が出ないんだったら、2回までだったら浪人にしてもいいから、
納得のいくステップを踏んでくれ、みたいなのもいいわけじゃないですか。
要は時間を引き延ばすってこともできるわけですよね。
それはなし崩し的にぐちゃーってなるから、いろいろぐちゃーってなるだけで、
そこは環境として想定しておく。
それはそうなるとかじゃなくて、これもここまでは許容しますよっていうか、
要は二郎までだったら全然、うちとしては、いいから納得のいくような形で進路を考えてなのか、
いや、もう現役で行かないんだったら大学のお金は出さないから、
勉強しようとしないとあなたの選択でいいんだけど、
私どもとしては、現役の場合のみ、学費と仕送りとしますんで、
本当に大学が必要だと思ったら、今、母国島で頑張ってくださいっていうのも一つ、
親心だと思うんですよ。
親としての最低限の条件とか、出せる条件よね、だけ。
なんでも出すよじゃなくて。
1枚のプランにまとめたいで、ABCプラン。
私は他人だから言えるんでしょって言われると困るんだけど、
結構受験生を乗り越えてきた子たちによく言ってたのが、
大丈夫、苗苗さんならどんな茨の道も、大学からおちようがしっかり歩いていけるからとか言って、
はぁ?みたいな感じで言うじゃん。
実際よく考えてるからさ、みんなさ。
なんて言われるかって言うとね、中高生に。
いや、それはちょっと、もうちょっと考えたいですって言って、むしろ反論されるんよ。
別にこっちがきっとやっていけるよとか言っても、きっとやっていけないんですよ。
ちゃんと大学に行ったほうがいいんですよとか言い出すんよ。
それなんですよ。もう1個言おうと思ってたのが、
僕の知り合いっていうか、公園に来てくださってる、僕の活動があるんですけど、個人の。
来てくださってる方が子育てされてて、そこのとあるご家庭のお父さんが、
もう中卒でいいと。もう中卒ご両親するらしいですよ。
自分も中卒だし、今やっていけてるし、高校とか行かなくていい。
行くなんじゃないですよ。行かなくていいと。
好きにしろって言ってる。
けど本人は、中卒はやだな、高校まで行こうかなとか。
もういいって言われた途端に、自分で考えればだなんてなって、
なんか決めていって、今めちゃくちゃ新学校にいるみたいな子もいるらしいので、
信じるというか、自分で決めるしかないんだなっていうところにある種、
プレッシャーをかけるわけではなくて、自分で決めるしかないんだなって自覚してもらうようなのはあると思いますね。
ある意味、信頼されましたって瞬間に、その決断は自分がしていくんだっていうことに多分なって、
もちろん親御さんがそれをするってのはかなり難しいと思うけど、
難しいけど、どっかでいわゆる私たちがイメージするレールだとか、安定な道だとか、
そういう道以外もむしろ楽しんで生きる可能性もあるしね、
もう無限にわかんないよね、人生っていうのはさ。
本当にわかんない。
時代もコロコロ変わってるから、私たちが言ってるセオリー的なのがセオリーかもわかんないし、
例えば私が会社作ったときは、ベンチャーみたいに会社作るみたいなのは結構もてはやされたけど、
今なんかはさ、ユーチューバーとか一人でやってて、本当に人が増えたときだけに会社にするみたいなさ、
流れも全然変わっちゃったりとかしててさ、何がいいよねみたいな、そういう。
例えばこの間公務員の人が言ってたけど、やっぱり公務員の人って副業ができないんだって。
そういう意味で言うと、安定はしてるんだけど、今の時代で言うとちょっとやりたいことがやれないなって言って辞める人もいるぐらいらしいよね。
その後何がいい人生か、何がいい仕事かなんていうのがさ、正直私たちで判断できないときに、
親としてはとにかく勉強しとけってことだと思うよ。
だから説明もむずいんだと思うよね。
これはなんかまたちょっと別の難しさが出てきましたね。
受験に限らずっていう話まですると、正直受験どうなのとかって話は、個人としては思うけど、
下からどうなのって、別にしてもいいけど、下からどうかなるんだっけって究極思ってしまうから。
難しいよだけ。
難しいけど。
本当にこの高校生が言われた、なぜ今勉強がつらいことを共感してくれないのかを正直に答えるとしたらね、
大人すらそこに回答、いわゆる勉強をなぜしなきゃいけないかみたいなところに、
なぜか明確な論理立てが意外に難しいんですよねっていう。
いや、シンプルだと思うんですよ、むしろ。
シンプルに言えばいいんじゃないですかね。
今の社会は別に学歴社会で、学歴ある人は、学歴がないと入れない場所ってのがいっぱいあったり、
学歴のある大学時代の割といい教育を受けた人たちの集まりの中で同級生ができるから、
社会に出てからも権力を持ちやすい人たちがいるわけだから、
社会に出た後もいろいろコネクションを使って、この社会で自由に生きていく選択肢が広がるのは、
明らかにいい大学に行って、すごいいいところの人たちとつながったほうが有利だと思うんですよ。
生き易さの選択肢としては。
そこは私の価値観が全然違うのかもしれない。
でも選択肢はあるんですよ。
有利っていう有利が、権力とかお金とかの優位性を有利と言ってるのか、
例えば自由を得るとか、全国どこでも仕事ができるとか、
自分で物事が決められるとかっていうのは、また全然別だと思うね。幸福感で言うと。
別だけど、それは学歴があるからできないことじゃなくて、選択肢の中に含まれる。
学歴があっても全国自由で働くことはできるし。
いや、でもむしろそのレールに乗った時に、そのレールから落ちるみたいな感覚になって、
自由を得るっていうのが逆に、それはハードルにもなるとは思うよね。
レールに染まったらね、心まで。
レールに乗ること自体は環境がそうなるからいいと思うんだけど、
自分の心までレールに乗ってます。私がレールに乗ってる人間ですって思ったら、レールから落ちるのは怖いよ。
けどレールに乗ってるだけだ。でもこのレールってすごいお得だなって思えるぐらいの距離感で、
社会のメインストリートというか、すごいいいところに歩けたら、それは有利だよねみたいな感じがするので。
究極はそういう安全な道を歩きながらも染まりきっておらず、どんな変化にも対応できるっていうのを親として望んでるんだと思うんですよ。
ちょっと批判覚を出ていい?レールなんてない。
あるんだってそれは。
レールなんてない。
それはあるじゃないですか。
自分の過去の人たちが作ってきたレールはね、あるんだろう。
だって今すごいガーンって不景気になったりするじゃないですか。中小企業バタバタ倒れますと。
大企業倒れないじゃないですか。大企業のステーシャインだったらよかったねって話になりますよね。セーフティーネットとしては。
同じ一生懸命仕事頑張ってきたのに、でもそれはもしかしたら学歴の差だったのかもしれない。仕事ができるかできないじゃなくて、
あの時学歴があったからこの会社に入れたのかもしれないってことは全然あり得るじゃないですか。
分かったよ。ちょっと待って。私がレールなんかないって言ったのは、人生をレールで話し合うことに意義を唱えているんですよ。
何が言いたいかっていうとね、海原に出るという表現にしたい。で、その時に大きい船になるか、中ぐらいの船になるか、
もうイカダに乗るか、なんなら出ないで海辺で、港でなんか売るかみたいな、いろんな選択肢がありますと。
海にたどりたいですね。分かりました。
だから、大きな船に乗りたいなら、もう勉強がいるんだと。
そうですね。
でも別にイカダは勇気さえあればできるが、大きな波が来た時に一発で死んでしまうと。
で、中ぐらいの船はたくさんありますと。でもこれも業界といういろいろあって、
晴れの航海をしているところもあれば、もう雨、嵐の航海もありますみたいな、
もうちょっとレールって言われると、レールから外れた感じするじゃん。
乗ってるイカダが違うっていうのは事実あるからさ。イカダに乗ってるだけです、私は。
でも時代的には海の例えっていうのは、もしかしたら適切なのかもしれない。
でしょ?
時代的には。
時代的に?ずっとそうなんだ。
つまりレールみたいなものがレール通りに行かないような時代になってきているっていうのはみんな言ってるけど、とはいえあるじゃんっていう話があって、
それは船に置き換えると解決するというか、ルートはないんだけど、大きい船だと沈みにくいよねとか、
そういう話とリンクするから、その例えは全然賛成ですけど、レールはあります。
ないです。
でもあるという価値観をもらいました、とりあえず。
少なくともですよ。じゃあこうしましょう。
船の例え使いますけど、船に乗った後は、海ですよはいいですよ。
確かに大人になってもレールがあるよねって時代はもう終わったと思うから。
けどまだ会社に入るまで、船に乗り込むまではレールです。残念ながら。
あーそういうことね。
だから例えば大学卒業してないと入れない大きい船があるってことですよね。
例えば中学時代にあんまり中学校行かずに、ずっと夜中バイクに乗って警察に追いかけられました暴走族でした。
じゃあ16歳になったんでドコモに就職しますは無理じゃん。現状。
つまりそのレールじゃダメですよってこと言われたわけですよね。外れてる人は取りませんってことになるわけだよ。
確かに。
それがもうちょっと厳しくて、ドコドコ大とか大学にもエフランダとか言われたりするわけですよね。
そこにランキングがあって、ランキング上位の大学の人が大体こういう会社に入るよねみたいなことがあるのはレールがあるじゃんってことですよね。
その船に乗り込むまでの。
乗った後確かにその船がどうなるかっていうのは確かにレールじゃなくなってきてると思うけど、
沈みにくさみたいなの指標はあるとは言えない。
どこにたどり着くか確かに分かんなくなってきてる気がしますね。
そっかじゃあ大きい船に乗るためのレールみたいなのに乗るんだったらやっぱり、
今勉強して受験頑張らないと大きい船に乗れないよってことを多分親御さんは言ってて、
それは確かに正しいんだけど、でも浪人するって言ってはあるから。
別に浪人したら大企業入れないとかないじゃん。
むしろいい大学出れば浪人しようが別にいけると思うので今まだ。
結局多分ここからAIがどうじゃいこうじゃいで新卒採用しぶりとかになってくると、
船の乗れる枠も狭くなっていくとか思うじゃないですか。
確かに。
その時にその狭い入り口から入れるのはやっぱり学歴がある人なのか、
それとも何か最近高先生とかすごい人気らしいんですけど、
企業側から技術持っててみたいな、専門技術ありますよねみたいな。
だからそのトレンドが変わっちゃって、別にいい大学出てるとかじゃなくて、
具体的にこういう技術持ってる人がいいですみたいな採用に切り替わっちゃうのかとか、
そういうのも時代性があると思うから、
めっちゃ死ぬ気で勉強したのにいい大学と言われるものに、
2026年現在いいと言われる大学に出て4年経ったらそこからは就職がなかったなんてこともあり得ますよね。
ただちょっと大きな船に乗るのにはレールがあるっていうのは本当にその通りなんだけど、
大きな船に乗っててイカダを作る勇気もすごいいるっていう、いろいろあると思うよね。
そうですね。大きな船に乗った後にイカダに乗るのは超怖いよね。
超怖いと思う。私たぶん最初からイカダだから何にも持ってないけど、結構な勇気だと思いますね。
で、イカダはね、大きな船から仕事もらえるんよ。
まあその頑張ればね。相当だと思いますよ。それは野本さんが頑張ったんだと思いますよ。
イカダと仕事するのも大企業怖いから。本当にこの企業と仕事してるんだっけってことじゃん。
ちょうどこの間話したよね。
調査が来たんでしょ。
リサーチが来てね。東京商工リサーチみたいなそんなリサーチ会社がいっぱいあって。
小さい会社だとあれですよね。封筒かなんかでネットでアンケートに答えてくださいぐらいの、本当に1データぐらいしか扱われないのにわざわざ来て面談みたいになったでしょ。
そう、わざわざもうあなた調査の依頼が来てるんでって言われて、大きい船と仕事するときに。
このイカダは大丈夫か反射じゃないかとかでしょ。
ちゃんと実態のある企業かとか。
社長の性格とかまで書かれるんよ。だからこう書いてって言ってお願いしたけど。
イカダ大変だそういう。
イカダ?
だからレールに乗ってると、それ新編調査がもう就活で終わってるからさ。船に乗る前にもう身体チェック終わってるんで。
そっか。
イカダだとどこの馬の骨かもわからんからちょっと調査しますねってなってて。
やっぱさ、大きい船、ちゅうぐらいの船、イカダ、小さい船とかいろいろあるじゃん。
そのいろんな船の人が子供たちの前でパネルディスカッションとかするのどう?
やっぱ大きい船がいいやってみんな思うのかな。
どうなんすかね。
でもさ、気づいたよ今。大きい船はさ、大きい船の中でもさ、社長からさ、現場からさ、そういう生産活動してる人から営業からさ、結構無限にあるじゃん。
だからさ、大きい船に乗ったって思うんよ。
伊藤さん、これ船の絵本を書いた方がいいと思いますよ。
やっぱパネルディスカッションしてもダメだと。
ダメか。
この世界観で、大きい船に乗るということはこういうことなのかな。
小さい船ってこういうことなのかなみたいな。やっぱメリットとデメリット全部あるから。
やっぱそこは安定感ってことだけ言うんだったら大きい船が一番いいじゃんってそれは思うし、
親心として子供に危険な目に遭ってほしくない一番安全な道よって思ったら、
大きい船にどう乗るための、それこそレールが重要だから、レールをどう整えるかっていうのが一生懸命になるのは、僕はそれは気持ちとしてはそうだろうなと思うんだけど、
この問いで注目してるのは、その大きい船かどうかの話というよりは、
その大きい船に乗るためのお膳立てとして、やるべきだ、大きい船に乗るべきだって言ったとて、
それがかえって大きい船に乗るレールを歩くことを阻害してる可能性があるよねってことが問題視してるって感じですね。
でも目的は、大きい船に乗れるというパスポートはもらっても、
大きい船と中ぐらいの船とイカダの船は選択できるじゃん。
ところが、大きい船に乗るパスポートがなかったときは、もう中ぐらいか小さいかイカダか選ぶって選択肢が狭まりますって話でしょ。
だから共感できないのは、もう大きい船に乗るパスポートがここで決まってしまうからっていう社会の仕組みがあるからってことか。
共感してる暇がないんだと。もうここでパスポートが決まってしまうんだということよね。極端に言うと。
でもあなたのために思ってってことだと思うけど、子供からしたら知らんがらの世界だから、
やっぱりいかに一意見として話せるかってことな気がするんですよね。
世界にはこういう船があってねっていう。このレールじゃないと乗れないと私は思うし、乗るための支援は全力でしようと思ってるけど、
その乗るための努力はあなたがするしかないってことは伝えるしかないけど、やるべきだべきだって言ったとて、
本人のプレッシャーになったりだとか、迷ってるときにそれを言われてもな、みたいなのあるんだろうなっていう。
そうだね。その実感もないままそれを言われても難しいんじゃない?
絵本を作って。
大きい船は理解できるからね、たぶんみんな。
うちの出版社だったらいいんじゃないですか?絵本を書いたほうがいいんじゃないですか?
大きい船と小さい船。
大きい船とイカだっていう絵本を書いて、こういう船はこうだ、こういう船はこうだっていう。
別にだからどうってことは書いてなくて、こんなんなんだなみたいなので、いろんな船があるなっていう。
あんまり書きすぎずに、
考えてね。
保護者の方がそこは付け加えて、これはいい大学に出ないと全部の選択肢ありませんって最後言えばいいじゃん、勝手に。
あ、そうなんだって。
そうね。
という社会であるのは確かに、現状ね。
2026年、現在はそうだから、何年後にどうなるとかは全部憶測だから、あんまり無責任なこと言えないから。
子どもを持たれてるみなさんは、たぶんすごい不安もあると思うから、あんまり無責任なこと言えないけど、
僕としては、社会はもうちょっとなんかいろいろ複雑な感じであるんじゃないかなと思ってるんで。
あとは、できるだけ選択肢を増やすみたいな意図はすごく大きいと思うんだけど、
一見選択肢を増やしてるようで、大きい船に乗ることがすべてだっていう価値観になってしまうと、選択肢は狭まってるに近いと思ってるよ、私が。
だから全然大きい船を目指すことはいいんだけど、それ以外の船でも自分は楽しめる人間なんだ、もしくは折り合いをつけれるんだっていう方が、
結果的に、大企業ってね、前なんか調べたら、30%ぐらいなの、大企業で働いてる人って。
結構いますよね。
わかんない、でも子会社とかも入ってるのがちょっと、データがちょっと私も詳細に覚えてないからさ。
だけどその、3割に入れなかったって思うのか、3割の選択肢も目指したけど、それは難しかったなぐらいに思うのか、全く感覚違うと思う。
いわゆる負けたか勝った、みたいな。
なんかそんな感覚で海原に出る。
ああ、やだなーって言いながら中ぐらいの船に乗るのってさ、なんか人生が、海原がもうきつそうやなっていう。
だから、保護者によっては、大きい船が第1志望、中ぐらいの船が第2志望、小さい船が第3志望、イカダはなし、みたいな感じでしょ。
例えば、シンプルに考えちゃってるじゃん。
そこはわかんない、一人一人ともあると思うし、もしかしたら親子さんによっては、選択肢をなるべく広くしたいから、そうやってできるサポートとして一生懸命言っていくけど、
究極本人がイカダを選ぶなら、それは全然本人の選択だから、本人が納得した道を歩んでほしい。
ただ、親としては選択肢として、ただアナウンスしたい。
ちゃんとわかった上でやってほしいってやっただけの人もいるだろうし。
だから、イカダもあるよ、中ぐらいもあるよ、大きい船もあるよ、みたいなトークはよくDコートでも出てくるけど、
どこがいい船かっていうよりは、自分はどこにあってそうかっていうディスカッションが多いよね。
自分はこういう方があってそうだなとか。
だから、明確に自分は完全安定した船がいいっていう子も全然おるし、逆に微妙だな、みたいな。
やってる感ちょっとある船がいいなとか、同じ船でも。
そういう自分自身を先に知っとくみたいなのが、結果的に結果は出るからね。
それで言うと、やりたいことがある子なのかない子なのか結構あるなと思って。
めっちゃ方向性があるんだったら、その方向性に最適化したほうがいいから、
あんまり一般論で安全な道よりも、やりたいことをやるのに一番適した選択肢があるっていうので急に基準が変わると思うんですね。
けど、何をするか漠然としてないんですよねって言ったら、広めにとっておきなっていうのは親心なんじゃないですか。
確かに。
いざ何か思った時にその権利がないっていうのは辛いよねみたいな。
だからそれが選べる状態にしといたらっていう。
そうね。
という気持ちは分かるけど、難しいじゃん。漠然とした状態で頑張るの難しいじゃん。
でも、ちなみにこのDコートでこういう意見が出たのは、私も親みたいなことを言ったら反撃にあったっていう。
だからまずは、なんで共感してくれないんだって言う場は、Dコートは一応担保はしてますが、
大人としてみんな勉強すればよかったって思ってる大人が多いという事実はあるよねっていう話をしたんですよ。
ちょっと待って。今ずっと親目線ばっかり話してたから、子供側目線も話した方がいいんじゃないですか。
全く保護者の話しかしなかったから。
子供目線って何?
今、辛いことを共感してもらえなくて、受験をする前提で自分はいますと。
しなきゃいけないと思ってる。でも勉強する気が起きない。しんどい。
それなのに、勉強しろって。なんで勉強しないんだって言われる。辛い。
なんで共感してくれないと思ってる。自分はどういうふうにこれを消化すればいいのかっていうのはある。
そうね。
親がそうやって言ってくれたらいいけど、言ってくんないもんねって。おしまいじゃん。地獄じゃん。
じゃあ自分ができるこの状況、その鬱陶しいと思っている状況の中で、どうこの気持ちを消化して、受験してもしなくても僕はいいんですけど、
するんだとすると、どう受験に気持ちを持っていくのかとか、受験しないならしないで、どう自分は。
そうね。やっぱりそういう意味で言うと、適切にっていう注意書きはいるけど、妄想力を高めるっていうのがいいと思うよね。
なんか、私もどうしても仕事柄、私立とかに行ってる人も多いから、一応我が子も私立の受験、小学校受験っていうのをちょっと経験したんだけど、
子供にはクイズ大会って伝えてたよね。
はいはいはい。
だからクイズ大会の準備って言って、クイズ大会の準備をしてましたね。
クイズ大会の準備せーなーみたいな感じで。
つまり勉強とか受験っていうのを一回認識寄せて、なんかわかんない、自分のクエストにする。妄想力を高める。
なんかだってゲームとかだったらクリアしてってる子供いっぱいいるじゃん。
だからゲームみたいな感じで、このテキストがボスみたいな、なんか設定、自分で設定するみたいなのがおすすめかも。
あ、だったら僕のおすすめ、それにちょっと被せるかもしれないんですけど、妄想とセットでできるようなことしてもらったらいいと思うけど、
受験って実際ゲームだから、要は本当に勉強ができるかどうかじゃなくて、
例えばなんだっけ、センター試験じゃなくて今変わってますよね。
共通テスト。
共通テスト。共通テストには共通テストの傾向があるから、別にそれを分析してただ共通テストというゲームの高得、ハイスコアを目指すゲームとしてやれば一番効率的だと思うんですよ。
受験って考えたら本当にその学問を、社会なら社会、世界史なら世界史とか、古文なら古文みたいなことを理解しようじゃなくて、
別にゲームとしてハイスコア出せばいいし、出題傾向ってわかるし、自分でわかんなくてもチャットGPTとかに語りながら、
これってどういうふうにするとこの点数って上がるんだっけって、点数を上げることだけ考えて受験までやれば、その後はまたもう自由じゃん。
もちろん妄想の仕方とか設定の仕方は好みもあるんじゃない?
私とかはもうこれやらないと世界を滅亡するとか勝手に妄想してやるとか、
世界を救う的なので妄想した方が頑張れるんよ。
確かにね。
人によるじゃん。
そこまで持っていけるんだったらいいかもしれない。
きっとこの大学に入ったら素敵な彼氏ができるとかでもいいじゃん。
妄想のために頑張るみたいな。
さっきのはかなりゲームだからポイント制みたいな感覚で植水君のやるイメージだけどね。
オッチ、こんだけポイント上がったぞみたいな。
いわゆる攻略本みたいにやるみたいな。
それを塾の先生とかだと、青先生ならいいけど面倒くさいと思うからAIを得意だからね、そういう答えがあるものの方が。
間違えるときはあるけど、全然その辺の塾の講師よりは精度高いと思うので、
めっちゃ相談しながら点数もっと上げたいんだよねって言いながら特訓してもらうっていうので、
ゲームと思ってやるっていうのはあるよね。
意味とかじゃない。
ゲームをただクリアすると門が開くので、大学の。
でもその辺は本当好みだと思う。
どういう妄想が最もテンション上がるかは。
勉強を本当に好きになるみたいな路線ってあるけど、受験とは別にイコールじゃないから、本当に勉強を好きになるっていうのは。
だから正直、受験に受かるがゴールだったら、勉強を好きになるとか勉強をちゃんとやる必要は僕はないと思ってますね。
そうだね。
悪いけど。
本当に勉強しようとすると、一生ここを深掘りしたくなって全部いけないから。
でもそれすらよ、それすら共感してないんよ。
勉強する方向の話なんよ。
共感というのは辛いよね。きついよね。
いやわかるよって。ちょっと休んだらぐらいが共感なんだと思う。
ちょっとは共感してよってことでしょ。
だから今私たちが話してることすら勉強へのアドバイスになるわけよ。
受験するんだったらね。
別にしなくてもいいって思ってますよ僕は。
じゃあ共感というよりしなくてもいいんじゃない?
しなくてもいいけど、するってどっかで思ってるんだったらそうなんじゃないかなって感じですね。
辛いってことを共感してほしいっていう人に言えなくない?妄想の力ちょっと高めてとか。
それはでも同級生にしか共感できないんじゃないですか。
確かに。
当事者じゃないとやっぱ嘘になるじゃん。
確かに。やっぱ当事者と愚痴言うが一番いいかもね。
それかもう僕、聞いてる人の背景が出てくると。
僕とかがすごい、もう今でも死にかけてて、
この人、イカダに乗ってぐちゃぐちゃの人生を歩んだから、こんなもうボロボロになってる。
それでも大変だねって言ってくれてるみたいになると、
でもこんな人には寝たくないから、今頑張るしかないとかっていうのはなるかもしれないけど、もしかしたら。
誰が聞くかって結構でかいと思うんですよ。
共通テストを受けてみるわ、私。
自分も受けるってやんないと苦しみわかんないかもね。
でもやっぱ先発待ってないよね。悪い点数でもいいからね。
やっぱ人生が決まるテストを受けるって、
なかなかやっぱ今上瑞君が言う通り、他人は共感できないんよ、当事者しか。
それを伝えようかな、もうちょっと難しいと。
もしくはプレッシャーの問題もあるから落ちちゃダメだっていう。
僕今芸術祭に出るために、いろんな芸術祭にめっちゃ申請するんですよね、応募。
でも大体全部落ちていくと思うんですよ、まだわかんないけど。
今からはね。
落ちていくんだけど、落ちてもいいって思ってるから、
ただエントリーして、もちろんベストを尽くしますよ。
ベストを尽くしてエントリーして落ちる、でもまた受けるっていうことでやるだけだって決めてたら、
落ちてもいいって思ったら、なんか意外と一生懸命やれるってのはある。
受からなきゃって思うから、失敗できないって思うからプレッシャーになって、
プレッシャーになるとストレスでやりたくないもあるから、プレッシャーに感じなくていいっていうのもあるかもしれない。
だからやっぱさっきの大きな船に乗るレールはもちろん挑戦していいと思うけど、
それがダメでもやっぱりあなたは生きていけるよって言ってたじゃないですか。
家の財力の話になると思うんですね。
浪人できるような気配があるかどうかがとても重要で、
落ちてももう一回頑張れそう、もう一回頑張れそうっていうような過程だったら、
どっちかって言ったら失敗してもいいから一生懸命やりなって、
チャレンジしなっていうほうが、失敗していいんだったら思いっきりやろうかなっていう部分もあるんじゃないですか。
余裕があればね。
ないならないで、プレッシャーかけまくるってのもあると思うんですよ。
うちは本当に今しかない、もう2年後3年後はうちの家計どうなるかわかんないから、
今年だったら生かせられるっていう。
だからこの半年命がけて頑張ってって、将来かかってるよっていうのも一つのやり方だから、
そこはもう答えがないですよね、その保護者サイドとしては。
それぞれの家庭の事情がやっぱあるから。
そうね、でもどんな、いずれはもう親もなく生きてくからね、海原で。
だからそのすごい多岐的な目線になると、おっしゃる通り条件とかそういうね、パスポートがあるないだけど、
もうトータルの人生で考えたときに、何かをやってみる、失敗する、調整する、バランス取る、
バランス取れんかったけ、とことんやってみるみたいな、そういう繰り返しじゃん。
それがきっと自分でできるだろうという自信は持ってもらっていいと思うよ。
てか、そういう力は別にみんなは持ってると思うから、誰かが極端に持ってるっていう感じじゃなくて、私が見る限りね、全員が持っているっていう感覚はある、本当に。
だから、自分で自分は浮くっていう。ごめん、ごめん、何のまとまりもできんで、ちょっともう。
そうなんだよな。
でも、ここは別に今日も答えを出すわけじゃないんだよね、価値観の交換なんて。
自分で自分に共感すればいいんじゃない?
そうだね。
つらいよねって自分を俯瞰してみて、つらいよねって自分に共感したらいい。
そうだね。
で、でも受験すんの?しないの?って。
いや、するよ。
じゃあ、って自分と対話したらいい。
そうだね。
じゃあ、するのにずっとそうやってくよくよしてて、いいんだっけって。
でも、きついんだよね、そうだよねとか言いながら、自分と喋ったらいいんじゃない?
いや、それめっちゃいいや。私、実はそういうのするんだよ。
そうなんだ。
私、鏡の前でのぞみめっちゃ頑張ってるって言った後、プーってなるよ。
私、何言ってんだろうって。めっちゃプーってなるんだけど、心は晴れやかよ。
そうですか。
だって、少なくとも自分が自分を励ましてるからさ。
そうなんだね。
でもさ、自分で自分を追い込むよね、この鏡の前をやんないと。
そうなんだ。
もっとやることあるでしょとか、心の中は、いやいや、あんたがああいう爪が甘いけよとか、結構自分責めとるんよね、その言語化しない部分で。
なるほどね。
だから、そのあえて、いや、あんた頑張ってるよって。
でも、いいと思う。ぬいぐるみと喋れてもいいし。
そうだね。
なんか、とにかく自分の心の声と自分の心の声で対話するみたいなことをして、やっぱりこのつらい気持ちを一旦自分で消化して。
本当はそれがね、周りの同級生なのか、親なのか先生なのかがやってくれたらいいけど、やってくれなかった場合においては、自分でどうにかするしかないから、人形を使うか。
また人形かいって。
ぬいぐるみをね、使うか、自分自身で頭の中でできるのか、鏡の前でやるのか、方法はちょっといいけど、いろいろあっていいけど。
自分で自分を励ます。
自分で自分を励ます。
自分で自分を励ますと、さっき言った、同じシチュエーションの人と励まし合う。
励まし合う。
で、もう、あとはさっき言ったみたいに。
やり方はいろいろあるから、真面目にやらなくてもよくて、勝利条件を明確にすればいい。
で、もう一つは、それがもしかなわなかったとしても、生きていけるんだという感覚は、
海原で我々は助け合って考えて生きていけるんだという社会を、今の大人が作る。
そうですね。
なんかさ、その感覚が次の世代に伝わってない気がする。
我々は助け合って、どんな船も一緒に生きていこうっていう雰囲気がないよ。
ないよね。
大人にないんじゃない?
いや、そうだと思うよ。
何を言い出すん?って感じよね。
いや、そうだと思うよ。
ほんとに。
助け合っていこう。
あっこの船沈んでるねって言ったら、みんな助け合いじゃん。
助け合おう。
沈みそうな船がいて、あ、沈みそうだねって言ったら、沈んでいくっていう。
もちろんさ、自分が沈むほど手助けはできるけどさ、みんなそれぞれあるからさ、
でも1ミリも助けるみたいな雰囲気はあるじゃん。
ありますね。
関係ないみたいなさ、これ別の時話しましょう。
すいません。
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最後まで聞いていただきありがとうございます。
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