始まりました。おおきなかぶは抜けるのか。この番組は日常で起きた一人では消化できない些細な悩みや出来事をおおきなかぶとして、ちょっと不思議な関係の3人がうんとこしょどっこいしょと引っ張ってみるポッドキャスター番組です。お送りするのは石橋と大木と愛理です。よろしくお願いします。
前々回、109回か、女性の中の女性性の扱いについて話した意見っていうのをね、みんなで話して。大切な回ですね。大切な回だったよね。
衝撃の回。私実はこのさ、このみんなで話したこの女性性についてね、話した後に、長谷川京子さんの番組出させていただいているうちにおいでよってポッドキャストで、初のゲスト会で、今ちょうどもう配信されてると思うんだけど、リリー・フランキーさんがゲストで来てくださって、そこで3人でお話ししたんだけど、
はっきりワードは言ってないけど、女性性をどうやって開放していくかっていう話に自然となっていて、誰が開放してないかっていうと、つまり私が開放してないみたいな話になり、
でもほんと聞いてもらいたいんだけど、その要はその時にさ、リリーさんに、私がね、薄いニットになんかベストみたいなの羽織ってたんだけど、その多分そのスタイリングとか髪型とか要はヘアメイクとかの印象で、
なんかなんでベスト着てんのみたいな直球着てんのみたいな、要はそれが抑圧してる象徴みたいに見えてるわけよ。でも確かに私も、だからもう見た目的にもその女性性の女っぷりを出すっていうよりかは自分で少し抑えてるって自覚してるから、それをもっと広げていってもいいんじゃないか、開放していってもいいんじゃないかって思ってるとこなんだけど、
それをまさにものすごいスピードでど直球に見抜かれて、あのもうほぼドキュメンタリーみたいな感じだから、私が剥がされていく、そういうような視点でも見てもらえたら面白いなとも思うんだけど、
なんかリリーさんの話を聞いたときに、なんかすごい男性性女性性とか男と女みたいなことをなんかすっごい複雑にしてたのかもとも思ったの。なんかものすごいシンプルである意味とってもプリミティブな原初的な捉え方をしているっていうかリリーさんは。
だからちょっと表現がすごくダイレクトだったりもするんだけど、ちょっとぜひ聞いていただいて、また違ったその私たちが話した女性性とかとは違う捉え方とか表現をリリーさんがしてくれてるので、とても面白かしくね、ちょっと聞いてもらえたらいいなと。
そこに2人にも絶対聞いてもらいたいんだけど。
ぜひ聞きましょう。
あれね、本当に面白いですよね、あの回ね、109回。びっくりでした。
かつその面白いなって思ったのが今聞いてて、そんなストレートに言われて、はとかいやとかなんないのがすごいですよね。その投げ方もそうだし、受け取り方もそうだし。
そうか、みたいな。
たぶんリリーさんもものすごい人を見てるから、私が多分自覚してて、自分でもうそれを扱おうとしてる人っていうのをどこまでわかってていったんじゃないかなって思うの。
たぶんそこに対してちょっと、え、なんですかそれとか無理っていう人にはたぶん言わないんじゃないかなと思うのね。
で、私ももう全然、自分のそういうもっと蓋をしてる部分を開けていくみたいなことにかなり前向きっていうか、なんならいくらでもそういうチャンスがあったら乗っかっていきたいぐらいだから、なんかもうこの際全部乗ろうみたいな気持ちで乗ったんだけど、ぜひ。なかなか痺れる。
気になる。
そのコンテクストってもう視聴者が汲み取るのめっちゃむずそうで。
そうだよね。
コメントがどうなっちゃうのっていう。
そう思う、そう思う。だからちょっとどうなるかわからないけれども、ぜひちょっとね、まずは見ていただけたらいいなと思いますね。
楽しいしね、前回も思ったけど、改めて話してったほうがいい?絶対にこれ。
そうそう、そうなの、そうなの。
私も感じ方変わってるし、話してから。
で、これちょっとネタバレになっちゃうかもしれないからあんまり言わないほうがいいかもと思いつつも、私も自分が例えば女性性を抑圧してる部分自分でもわかってる。
でも、やっぱりさ、順番があったりするか自分の中のとかってこうこねくり回してちょっとずつ出していきたいみたいなのがあるんだけど、兄さんにそんな感じのお話をしたら、そんなに時間の余裕あるみたいなこと言われた。
時間に限りがあるよねみたいな。
だったら一気に行っちゃったほうがいいよね。そもそも開ける気があるならみたいな。
急ぎ寄り。
そうそう、いや本当にそうだよなみたいな。っていうすごくシンプル、ある意味極端な意見かもしれないが。
シンプルですね。
そうそうそうそう。
そういうことも思ったね。
確かに。逆にちょっと引き伸ばしちゃうけどオープニング。なんでちょっとずつやろうって思ってたんですかね。
いやもう単純に勇気の問題だよ。
突然やるのちょっと勇気いるじゃん。
ドキドキするじゃん。
表情を見せたい。
意地らしい表情をしてる。
意地らしい表情をしてる。
ちょっとずつやって、なんかごまかしてみんな気づいてないぐらいな感じで。
派体験的な。
そうそうグラデーションでやるみたいな浅ましい考えですよ。
そこにパンチを。
そうそうそうそう。
木下さまたストレート。
面白い、いやー聞きますわー。
聞きます聞きます。
大きな株は抜けるのか。
ではまず初めにそれぞれ持ち寄った話題つまり株の種を発表して今日抜く株を決めていきましょう。
みんなどんな種を持ってきたでしょうか。石橋ちゃん。
どうしようと思ってたんですけど、今回私は自責を辞めたら楽になった件という株を持ってきました。
そうなんでかっていうと、基本人生のスタンスって自責な方がいいじゃないですか。自分の責任を負い、自らの責任で行動していく。
ただ一方で、自分の手に負えないところに原因がある場合もあるなっていうのを最近気づいて。
例えばなんだろう、ちょっと長くなっちゃうけど、負けず嫌いって機質があるわけですよ私。
最近カウンセリングとか通ってて、小さい時の記憶とかをどんどん掘り起こしてそこにトラウマがあったら解消してみたいなのをひたすらやってるんですけど、
生まれた時のことをイメージしてみようみたいなターンがあって、ほうみたいな何が出てくるかなと思ってやってみたら、
小さな私が、私の手に負えないくらい鬼かというのが出てきて、自分の中から。
それはもう怒りというか主張が、物心つく前からあったんだみたいな。
まじで生まれた時からなんかありそうみたいな。
実際その0歳から、前も話してくれましたけど言葉を喋れたんですけど、その言葉で0歳なのに1歳って見栄を張ってたらしくて。
この気質ってなんか、私はこういう気質だからこうこうでとかじゃなくて、もはやなんか手に負えないものとして扱ってあげた方が、なんかいろいろもあるかもみたいな感覚になってきていて。
意外とそのね、自責と、多責でもないんだけど、もう自分を超えた、自分に対してわからなさをちゃんと持ってあげるというか。
好奇心というか。わかったつもりにならないでいるという意味で自責をやれるっていうことも、なんか大事だという先の気づき。
一人でずんずん進んだ気づきだから、なんかみんながどういうふうに感じたり、それぞれ向き合ってるのかなみたいなところ。
めっちゃ面白そうです。
はい、じゃあ大輝さん。
大輝です。
そうっすね。
知ってます。
ありがとう。軸評価。キョロキョロさせてめめめを。
大輝はパスです。
いただきます。
前回の?
パス犬。
久しぶり。
もう前回ちょっと食らっちゃったんで、今ちょっと脳みそぐるんぐるんで。
他の人の種を話したいなっていうことがあるんで、すみません。
ちょっと今回コースさせていただきます。パス犬を。
前回はね、大輝をだんだんと深掘った顔でしたからね。
はい、以上大輝でした。
はい、ありがとうございます。
わかりました。
えっとね、私ちょっと軽めので、久しぶりに。
久しぶりに感じた感情を教えての件。
楽しそう。
で、これなんで持ってきたかっていうと、オープニングでも話したリリーさんのゲスト回、うちにおいでよね、ポッドキャストで。
久しぶりに終わった後、悔しいっていう気持ちになったの。
悔しい。
で、それはリリーさんのこの話術が素晴らしすぎて、本当に何にもできなかったの。
もうただ素直にお話をしますみたいな。
あ、いざか。
そう、それしかもう私できないっていうか、もう私の中でできる中のベストがそれっていう決断になるぐらい、何にもできなかったのね。
でもなんかその悔しさが、どろどろした悔しさっていうよりかは、もう本当に素晴らしすぎて、お手上げみたいな悔しさで。
で、なんかこういう何もできなかったなみたいな、いい刺激っていうか、圧倒的にもう降参せざるを得ないみたいな状況が久しぶりだったから、すごいちょっと嬉しかったのね。
その悔しいっていう感覚が。
だからなんか2人も最近そういう、なんか久しぶりに味わったなみたいな感情ってあるかなっていうのを聞きたくて持ってきた。
なるほど。その悔しいとかで嬉しいみたいな感情が久しぶりだったってことなんですね。
そうそうそうそう。もう悔しいも久しぶりだし。で、まあそれなんか、昔だったら、そうね、なんかそれがもっとなんかどろっとした感じだったかもしれないけど、
あ、いいなこれみたいな、久しぶりに結構きつい筋トレしたみたいな感じっていうか、それが良かった。
楽しい。
あー。
あともうこの、もうずっと弾を浴びせられる感じとか、それもすっごい全部強い弾で、みたいなね。
ほわほわ。
っていう、株の種です。
楽しそう。大騎士。どうするこれ。
えーっと、けん、えっと、委ねられちゃった。
そうね、個人的には、このなんだろうな、自責の概念をちょっと気に入った。
なんかすごいクリティカルに、なんかポンポンポン出てきそうな感じがしました。
みんなみんな。
あ、感情の方が出てこなそうな感じするってこと?
そうだな、久しぶりかどうかがちょっと、すごい難しかったなという感覚でありつつ、
面白いね。
自責ね、だって逆ですもんね、普通ね。自責がやっぱめちゃくちゃ良いはずだ、みたいなところから、アンジテーゼの部分とかは。
気にならず、事実その部分僕もあるというか。
実は私も久しぶりという言葉がちょっと気になって、多分年代の違いもあるのかなと思ったり。
ひどい。
ひどいけど、私は最近、逆にまだ土台がないから目が苦しいんです、こっちはもう。毎日泣いたり、承認欲求強いってなったり、悔しいってなったり、怒ったり、寂しくなったり。
久しぶりが怒んなかった。
久しぶりばっかりじゃない年代ってやばくない?
まだ未熟ゆえに多分。
早く年重ねろや。
本当にまだ未熟ゆえに本当にそうだわ。
京子さんと話してもらったほうがもしかしたら、アリスの切り口だと深まるかもと思って。
我々に勝ち的にできるものが薄すぎかなっていう感覚が。
感情いっぱいあるの。言いたいことがいっぱいあるんだけど、どこからお久しぶりというか。
まだ未熟だから我々が至らず。
アイリーさん。
すっごいなんか今、二人との間に見えないスマホ。
びっくりした。私もちょっと久しぶりかってなってた。
これってもしかして。
分かったよ。もう久しぶり使わないから。
こっちが悪いの。
青いわけよ。青くて。
そうなんですよ。
日々目まぐるしいの。
もう大変なんだから。毎日泣いて怒って。
寂しくなって。見つかって傷ついて。
そうだよな。分かった。
ごめん。
興味してるから。
年齢も性別もバラバラが発露した。
性別の部分が最近発露してたりしたけど、年齢の部分が現状に発露しました。
やっぱね、そうだよね。こういうとこ忘れがちだよな。
行こ行こ。自責行こ。自責自責。
ごめんけどじゃあ。
今回は自責をやめたら楽になった件をお話しさせていただきます。よろしくお願いします。
若者の方から。
買い物ですか。よろしくお願いいたします。
こっちのが話せるものをみたいな。
よろしくお願いいたします。
改めてでも話を整理すると、自分の中でもまだ構造化できてないんですけど、
よく言われる自責多責とはまた別の位相な感じがしてる。
基本的に自責で全部やったほうがいいと思ってる。
ただ、私は結構、自分に対する矢印もめっちゃ強いし、
どうしても過思考というか思考優位になってしまうってなった時に、
全部自責で考えるっていうこと自体が、正しくものを見ることからずれるトリガーになったっていう感覚があったんですよ。
なるほど。
自責でいることが正しいという、眼鏡をかけた状態で自分のことを見てること自体がずれてたという。
例えば冒頭話した、負けず嫌いもそうですけど、
例えば、私めっちゃ不安症なんですよ。こう見えて。見えてるかもしれないけど。
人といる時は結構、その人との場をどうハッピーにしようかなみたいなことでやってるんですけど、
一人でいる時は本当にヤバくて、マジでもう消えたいみたいな。不安すぎて消えたい。どうしようみたいな。
朝も起きた瞬間からこれやらなきゃみたいなのが結構ずっとあるタイプなんですね。
これに関しても、マインドフルで言おうとか、迷走して切り分けよう人との考え方を切り分けようとか、
タスク管理しようとか、一個ずつ消そうとか、ジャーナリングしようとか、やること全部やってる。
やることやったら楽になる感覚もある。でも収まんないなって考えた時に、
うちは母方がクソ不安症遺伝子なんですよ。おばあちゃんとかも鬱になっちゃって、
本当に最後まで生きてて申し訳ないみたいな。今が昼か夜かも分かんないし、老人になっちゃってお世話されることしかできなくてみたいな。
ずっと献身的におじいちゃんを支え続けてたのに、最後まですごい悲しいことを言ってなくなっちゃった。
ママもすごい小さいことで、逆に感情豊かというか情緒が豊かで言われるんだけど、楽しい時はハッピーみたいな。
踊って歌ってみたいな感じなんだけど、逆に本当に些細なことですぐいっぱいいっぱいになって、
どうしようどうしようみたいな。心配症でみたいな。っていうのも、私ってその遺伝子じゃんねって思った時に、
やれることやってるけど、そもそもこの遺伝系質っていうものが多分あるぞみたいな。不安遺伝子みたいなのがあるぞみたいな。
っていう感じ?
そう、っていう意味で、全部の発露してきた感情とかを内的要因に、発露してきた感情に内的要因だけを求めると、めっちゃずれるかも。
っていうのを、いろんな感情で感じてる。最近。伝わります?
もちろんめちゃくちゃ伝わる。俺は。
発露した?発露してる感情が全部内的要因に紐づいていると見ると?
と、ずれる部分がある。
内的要因っていうのはその不安症っていうこと?
不安症もそうだし、最初の話と負けず嫌いとかも。
これはなんか自分の力で変えることができると思って、逆に今これ発露してるのは自分のせい、なんだろう、自分が努力不足のせいだっていうふうな認知になると、
かなり苦しいことになるけど、それを外した、手放したってなった瞬間に、すごい楽なものをゆたり受け入れたじゃないけど、
これを元にどうやって付き合っていこうかっていう転換ができたことによって、かなりプラスになっているっていう。
まだプラスまで来てないけど。
それも自責じゃないの?
って思う。だから僕は自責をする場所を変えたような気がする。
そのでも認知の転換ってかなりでかいと思うから、すごい大事な視点だと思うし。
私もそう思うな。
だからなんだろうな、自責なんだけど、自責する場所とか諦める場所をちゃんと、一旦その場所においては明確に分類ができたっていうところでのプラスになっている感じがする。
うん。
抜粋の努力の範囲内でなっている気がするというか。
自責多責の二元論じゃない一層の話というか、これ何なんだろうって。
それも私、自分の特性を理解した上で、私はこうだよね、と受け入れるというところが既に私は自責なんじゃないかなと思った。
だから、それも自責なのではと思うけどね。
起こる物事に対して、受け入れようとする覚悟という意味では、それも自責に含まれるのでは、十分自責ではと思った。
そうですね、結構これは表現の違いかもしれない。自責の根源を手放しにしたみたいな感じ。感覚が私の中でありました。
なんかここでポイントになってきそうなのは、何を、なんだろうな、どこにフォーカスをしていくかみたいなところな気がするというか。
ここ先じゃないけど。
そうだね。自分の限界を認めるみたいな話って、僕が結構いつもやってるスケジュール管理とかでもすごい意識してることで、
こんだけやってて無理だったら、もう自分の性質なんだなっていうのを捉え、それと付き合うっていう方向性に変えた瞬間、
あとはそれを込みの環境として、所有のものとしていろんなものを設計していくっていうふうに切り替えられるというか、
それは前提、本当に真剣に向き合ったからそれが起きるっていうこのプロセスがすごい大事な気がしていて、
私は本当にそこにめちゃくちゃ向き合って諦めがついたっていう感覚だと思うんだよね。
これってすごい正常なプロセスだと思っていて、
これはいろんな部分でも応用できる気がする。仕事のスキルだったりとかでも、本当に向き合ってみて初めて諦めがつくというか、
中途半端なにもいられないって本当にそのことだと思っていて、そこに転用できるから僕はすごい大事な考え方だと思うし、
それを本当に最たる例というか、もっともっと人生のクリティカルな例として、すごいなと思うのが聞いてた。
お二人は何か自責的に手放したみたいなのありますか?仕方ないね、こういうとこがあるね。
それしかないぐらいで。
僕もそうかもな。
本気でやろうとするから自分の弱さが見えてみたいな。
その瞬間に初めて弱い自分を受け入れつつ、じゃあどうやって生きていこうかなっていう転換になるというか。
それしかない。
もうそれめですよね、感覚ね。しかも全部完璧にできてるわけじゃないんだけど。
負けを認めるって感じなんですかね。
分かる分かる。
私は負けすぎるという謎の星を持っているからクソプライド高くて自分に対してそれをやってなかったなという。
絶対考えたらなんとかなるみたいなのをやってたなという。
負けすぎないっていう特性があるって言ってたじゃん。
それはもう変えられないからって言って、転換したっていうと今の話だと負けを認めるみたいな定義にもなると思うんだけど。
そこってどうやって折り合いつけたのか、どういう認知の変化になったのかとか分かる?今伝わった?
まずいろんな視点があるけど、出力の仕方で言うと結構コントロールしてたなみたいな感覚は元々。
そもそも勉強でも運動でもなんでも負けたくないみたいな視点のところから、自分の特性はなんとなくこうこうだからこういう部分は人に任せるとかして、
私はここの例えば作ることくるとか、ここは絶対に多分終着レベルでやっちゃうから、ここを突き詰めようみたいな。
分業の概念が腹落ちしたみたいな感じ?
頑張って大学時代、全部やろうと思ってでも全部動かない、動けなくて苦しいみたいな感じだったけど、そこはさすがに切り分けるようにした。足が進まなすぎるから。
で、負けを認めるみたいに言うとめっちゃ苦しいけど、なんか最近、それこそ久しぶりに感じた感情じゃないけど、明らかにこの人やべえって人に出会って、人生一レベルで。
CNCっていう会社の八田明子さんっていう女性なんですけど、人間としてのこの開眼レベルがやばすぎて、いるだけでこっちも目が開いちゃうみたいな。
全部見透かされてる感じがするみたいな、人間としての在り方がめちゃくちゃすごすぎて。
とか、と出会って、これは負けっていうかもうヒルフスしかないんだみたいな。
で、悩み相談したりとか、みたいなことは部分的にはできるけど、でもそこまで完全に勝ち負けでとられて、完全に負けたって思える人じゃないと発露できない。
の前じゃないと取れない。
それが一方で、仕事を進める上とか、自分の思考を深める上ではすごく役立っている部分ではある。
自分が至らないとしたらめちゃくちゃ考えて絶対やるみたいな。
だから、そこは、出力って意味ではコントロールできるようにはなってきている。
しかし、ベースの性質が発揮されてしまう性質に対しては、ちょっと検討中って感じ。
なんか勝ち負けって表現を使ってるけど、勝ち負けってイコール相手が負けるってことだから、
倒すみたいなイメージがあることだと思うんだけど、別にバッシーそういう感覚じゃないから、勝ち負けって表現じゃなくて、
なんか違う表現使った方がいいのかなとか聞いてて思ったというか、別に相手を傷つけて倒したいわけじゃないじゃない。
全部自分に向いてるじゃん。
なんかちょっと違う気がするんだよね、表現的に言うと。
どっかで相手を、どっかでその表現を使うことによって、相手を見下してるだったり、色んな多分相手を価値を下げてるとか、
そういった概念に紐づいちゃうんだろうけど、多分そういう動機一致はないから、多分その表現変えたらもうちょっと楽になる気もするなって聞いてて思った。
うーん、面白い。
たしかに、それは幼少期から引きずってた表現かも、フレームかも、成績とか。
そういう時に自分軸だから、自分が足りてないことに関して、自分に負けた。
っていう感じだから、他者を出さない方がいい気がする。そうすることによって結構苦しんでる部分がたくさんある気がする。
面白い。だからちょっとねじれるんだよね、その言葉を使うとね。
そうだと思う。だって明らかに聞いてて、勝ち負けかってすごい違和感が感じちゃった。
バッシーのこの言い方を見てるから、勝ち負けって表現を使った瞬間にすっごい違和感だなって思うから、多分一致してないんだよね。
そんな気がするから、ちょっと表現が違う気がする。
なんかとはいえ、そこは自分の未熟なとこだなと思うんですけど、承認欲求とか他者評価、他者比較はめっちゃしてると思います。
だから多分勝ち負けとちょっと混同してた部分があった。
でも誰かよりも火出てたっていう、誰かよりっていうところじゃなくて。
誰かよりになっちゃいそうだからオンリーワンになるように頑張って気を付けてるっていう感覚がある。
例えばなんだ、一つの組織に属したらその中での評価が出るじゃないですか。
そこに絶対執着しちゃうから、仕事も複数やる。
あり方も複数にするし、自分自身の評価もどこかに属さないようにしている。
でもそれ属さないようにしているってその行動は何によって起こってるの?
多者評価、比較しちゃうから。
比較しちゃうから、でも比較しちゃうからそれをやらないってことは、他人の上に立つとかそういう声がすごい嫌だからなんじゃないかな。
そう、嫌だけど、なんで嫌かって言うとやっちゃうから。
なるほど。
叱るべき場に行ったら勝ち負けを死ぬほど気にするからっていう感じ?
だから多分、大輝さんが見ている私と、私が感じる私も違うからあれだけど、大輝さんが言ってくれるほどまだ聖者ではない気がする。
うん。
あとあれだな、ちょっと話がずれちゃうかもしれないけれど、
組織に入った時に、多者と比較しちゃうと思うから、あえてそこから出るとか、出るようにしてるっていう時点で、やっぱり反発しているわけだからずっと反発するエネルギーが発生しているわけじゃない。
オンリーワンでいたい、比較しないためにオンリーワンでいたいっていう風に思っているとさ、要はどうしても比較してしまう私っていうのが常に存在し続けるわけじゃない。
だから、ナチュラルにオンリーワンでいるっていうのができるのが一番の理想なんだとは思うが、ただそれがまた石橋さんの性質かというとそうではないと思うから、
もうどうしたって比較しちゃうっていうところを徹底的に認めるっていうのも、私はいいんじゃないかなって思うけどね。
だから、とにかく比較しまくって、1番になりたいって言いまくるとか、コンテストとかに出て1位取りまくるとか、取れなかったら悔しい、とにかくとことん悔しがるとかっていうのを飽きるまでやりきる。
その手も新しいな。
イメージめちゃくちゃ湧くというか。
それをね、やった方がいいと思うな。
あのね、それね、脅すようですけど、やっとかないと後から出てくるからね。
あれ、恋愛でめっちゃ遊ばなかった人が後から出てくるみたいなやつだ。
勝ち負けバージョン。
分かりやすい例出したね、今ね。分かりやすいチープな例出したね。
本当に。価値がすっごい違う。
でも同じ同じ。
構造が全然違うけど。
一緒一緒一緒一緒。一緒なのよ。
そうですね。
そうなんですよね。最近こう承認欲求とかなんか向き合わなきゃなって思ってる詩はあって。
ちょっと考えてたんですけど。
うん。
そうですね。それもなんかこう、例えば同じ業界でめっちゃメラメラしてる人に出会ったりとかもするんですね。
その時に、それも認知が途中で変わったんだと思うんですけど、最初なんか、なんだ!ってなろうとしちゃって。
うんうんうん。
いいえみたいな。この人が見せているのは一面であって、その奥にはなんかその恐怖とかそういうものがきっとありみたいな、メタ的に見て聖者であろうとしちゃったんですよ。その人に対して。
わかるよ。
でもそっちの方が争い目もないし、その人のことを受け入れられるし、友達にもなれるからって思ってたんですけど。
わかる。
どっかでなんか潔くていいなみたいに思ってる気持ちがあって、そういうタイプの人に対して、メラメラしてる関連の人に対して。
だから、発露させよという話かもしれないですね。
そうそうそう。で私の場合は、それを発露させなかった結果、結局それって自分の声を聞いてあげてないじゃない。自分の欲求があるのにそれに蓋をしてるじゃない。そうすると怒りとして現れたわけよ。
うーん。
すごく綺麗に生きる、正しく生きるとか、そこまで気持ちの波が立たないように生きるみたいなことの素晴らしさってよく今問われるけど、でも問わへん人生だからさ。
自分が持ってる性質はどうしたってあるわけで、それを味わい切らないと多分人生終わらないから。
そうですね。
だから、それが点で見たらすごく波立っていて、自分の理想から見たらちょっと美しくないように見えるかもしれないが、すっごく弾いてみた時には、それがいい体験をしててちゃんといい波になってるから。
そう思うね。だからそんな急いでまとめようとしなくていいっていうかね。波よ。
そんな穏やかにしなくていいよまだ。
しかもそれを、じゃあこのエネルギーはどう発露させるかっていうのを考え抜いた末に、寺に弟子入りとかもしてるから、その良き方によりまとめたくなってた。
わかるよ。だけど。
頭ではもう理解しちゃったから。
わかる。でもちょっと言わせてくれ。しかし寺に。
超市民の姿勢の意見。
超市民として。
言わせてくれ。ちょっと待って。
でもさ、寺にながらも何かちょっと違和感感じてる石橋ちゃんがいたじゃない。だから色んな考え方を吸収するのは絶対大事。吸収というか知るのは大事だと思う。でもその上で私の性質はこれであるっていうのを今多分知っていってる最中だと思うの。
そうですね。
でもそんだけ色々知識も入れてるから、大丈夫。そんなの変なことにならないから。味わい切った方がいいって。
逆にさ、競争ってそんな悪いことじゃない気もするんだよね。比較的というか。
そうよ。
多分イメージは目の前に人がいて、こいつを何としても上に行ってやるっていう感覚のイメージがあると思うんだけど、実際競争って受験もそうだと思うんだよね。受験って他者の受験生の目気にしてたかって話なのよ。
僕ないと思ってて、自分のやるべきことをやっていくと結果的に偏差値が上がるっていう。その構造が競争はめちゃくちゃあると思う。組織の中でも。結局組織も結果出るときは比較されちゃうかもしれないけど、そのやるべきプロセスの中では自分のやるべきことをマジで集中してやっていく。
結果、なってた。結果上に行ってた。っていうことが僕は競争のあるべき姿と思ってて、その瞬間ってかなり楽しいというか幸せだし、別に相手を踏み散らしてきてるわけじゃなくて、自分のやるべきことをやってたらこうなったっていう。それが僕は競争のあるべき姿と思ってるから、そんな悪いことじゃないと思う。それを使えばすごいプラスなものというか、もっとなっていく。受験はマジでわかりやすかった。
ちなみに私受験は受験のクラスで絶対小テストで1位になるぞという他者比較をメラメラ燃やしてやってた。
でもそれをやっていく中で、やるのは人の体調を崩させるとか、怪我をさせるとかってないじゃん。
そうだよね。
それってめっちゃ健全だと思うんだよね、俺は。自分のやるべきことをやってるだけじゃん。それが目指すべき場所が正しいかどうか置いといて、そこの別に悪いことじゃないと思ってて、出力の出し方も正しい気がする。
あとさ、その小テストで100点と、他者比較で100点取って嬉しいっていう感覚だけど、どこでやったって思ってるかだよね。
それが多分1回じゃなくて、自分の性質としてそういうことがあったっていう例として今挙げてくれたと思うんだけど、その時に、その小テストで言うなら、単純に100っていうトップを取れた私なのか、みんながミスをしてるけど、私はちゃんとミスがないように歩けたっていう自分なのか、
他者比較だけじゃなくて、他者比較することで自分がこれをできてたっていうところを認められるから嬉しいってなってると思うの。そこを見てた時に、もうちょっと石橋ちゃんの性質っていうのが見えてくる気がするけどね。もともと持ってる性質。単純に勝ちたいっていうのはまだ荒いね、解像度が。
小テストの例で言うと、名前載ってるのめっちゃ嬉しかったです。
そういうことだよ、そういうこと、そういうこと、そうそうそうそう。それを見ていくと単純に競争を勝つっていうことだけじゃなくて、じゃないと思う。
名前を見てもらえるのが嬉しいとか、それはなぜなら自分も頑張ったから、その頑張った結果の自分の名前が見てもらえて嬉しいとか、そういうことだと思う。そこを見ていくとなんか違う言葉が出てくるね。
今の聞いたらもっと出力がすごい、全然プラスな感じの表現にも感じるし、一方で考えるとその名前が載ったことが嬉しいじゃん。一方で他人が名前が載らなかったことが嬉しかったかっていうと違うと思うよね。
それが勝ち負けが嬉しいっていう表現だけだと、そういうのも込みになっちゃうというか、その名前を外したことですっげー嬉しいんだ私みたいな。それはかなり悪だけど、そうじゃない部分があるから、なんかマジでその悪な概念じゃない気がするというか。
一方でそこに依存するの怖いなって思うけれども、依存というよりはこのエネルギーを岩の内に発散しておきという感じ。やり切ったほうがいいっていう。
今言ったみたいに悪いものじゃないから。負けず嫌いも私は解像度が荒いと思ってる、その言葉も。そうじゃない。
負けず嫌いなんじゃなくて、その時に負けず嫌いってことは簡単に言うと自分が勝てる状態を作りたいっていうことだけれども、勝ってるのがこういう状態だと勝ってるように感じた。
で、その中でどういうところが嬉しかったかっていうステップがあって、そこを見ていくと単純に負けず嫌いっていう話じゃないと思う。自分は例えばさっきみたいに見てもらえたとか、触れてもらえたとか、褒めてもらえたとかだったりっていうことだと思うから、そこを見ていくともっともっと、絶対嫌なものじゃないから、そこをもっと発露しようってなると思う。
そこだよ、そこそこ。そこをもっとちょっと解像度上げてって。
荒いよ、まだ全然荒いです。
そうですね。
多分なんか過去の人を傷つけた経験が、きっとこの負けず嫌いによるものなんだって、こう紐づいちゃってて、なんかこの嫌だ、みたいな感じになってる部分もあったりするから、普通に優しさというか、そういうところから発露するものもかもしれなくて、すごい難しいなって思いながら。
ここは結構自意識な気がします。今の辞任だと。
大輝くんは大輝くんで、優しさまとめしようとするところがあるから、
さっきも正義だって思った。
自分の性質としてあると思ってもいいと思う。ではなく、いいんだよ、見られたいっていいの。それも全然いいことだから。
で、あの、ていうことだね。だから、あの、当然優しさじゃなくても全然よくって。
そうそうそうそう。
確かに、大輝さんのそういう部分に私反発する時があります。時々なんか、いや違くて。
ちょっと人を善として捉えすぎてる。
せいぜい寄りすぎてる。
教祖は素晴らしいものだよ、みたいな。家もちょっと名前あると嬉しくて。
聖者ではざっくりみたいな。
それはね、優しさゆえなんだけど、違うってなるときがある。
でもそれも私が多分まだ、解像度が荒い部分が反応してる気もするような、大輝さんとのコミュニケーションにおいても、違うってなる。
あの、そこに対して反応するっていうことは、逆に言うと、うんと、受け取ったって言い訳だよね、ある意味。
だけどそうじゃないって言いたいってことは、やっぱりもっと自分に正直でいたい。
そこをちゃんと知ってほしいって部分があるんだと思う、石橋ちゃんの中でね。
だからなおさら、綺麗に穏やかな波のようにまとめない、自分のあるがままを。
で、それをさっきみたいにね、自分の中で尖った、自分の特性が持った結果、尖った記憶と結びついてるっていうのはあると思うから、そこをもうちょっと切り離していきながら、
どこで自分が勝ちたいと思ったかな、その中で勝って何が嬉しかったかな、みたいなハイライトをちゃんと見つけていく。
そうすると、いい特性出てくると思うな。
いやー、そうなんですよ、最近そのなんか、せいだか合わせのむ鍛錬期間というか、さっき言った八田さんに会ってからもう、如実に筆圧が3倍ぐらい濃くなったんですよ。
何かが取れて、それは。
そうか、八田さんに会って悔しいって思ったのが、それこそ久しぶりの感情じゃないけど、その抑えてた穏やかに丸くやろうよ。慈悲で優しく人にみたいな。
パーンって取れて、パーン殴られたみたいな感じで筆圧濃くなった。最近筆圧濃くしてる期間かもしれない。向き合って。
そうなんですよね、そこにやっぱ向き合うほど、今の状況でそれを発露させるのは違うっていう感覚があって、今の仕事で。
よりその、多分自分の信念としてやっぱベースにはあるから、生きてるうちに人を精神的に幸せにして死にたい、なぜならば自分が精神的にきつかったからっていうのをずらせないってなると、
例えばもう小説をめっちゃ書いてみるとか、なんかそういう、よりこの荒波の後悔になることがわかってるからこそストッパーをかけてた部分もちょっとあるけど、そろそろやんなきゃねという気持ちもあります。
出してないとより、自分の中の激しい感情だけが抽象度高くあるから、すっごく荒波になるような感じがするんだけど、意外と出してみると、そこですっと静まって落ち着いたりすることもあるからね。
だから、そんな怖がらずに、とにかくちょっと出すのは大事だと思うね。
私が最初に実績を辞めたら楽になったきっていうのも、多分そのベースのこのあるべき姿がまずあって、それは楽に脱力して他者に良いものを与えられる人間であることを達成するために、
それで、まだ気づきたいっていう性質を手放すということをすると楽になるという方向づけがなんかあったんですけど。別に楽にならなくていいというか。
そう。全部抱えきるために苦しめという。苦しむかわかんないけど。なんとなく多分今までの自意識とかが積み重なって体積して、見ないようになっている部分な気がするんで、ちょっと見てみたいなと思いますね。
苦しいけど幸せみたいなことって両立するのかな。
ね。
僕はすると思うんですけど。
私もすると思う。
そう。なので。
それが人間の不思議さですよね。
そうです。そうなんですよ。
そういうことができてしまうように。
苦しいけど豊かみたいな。あると思うんですけど。
確かにそれこそその今の日常においても、例えばその提案が明日2つあって、まだ何もなんかなんだろう、自分がめちゃくちゃこれから考えなきゃいけないって時に、結構その部分が出てきてる気がしてて。
うわー絶対大変だし、不安。だけど楽しいぜみたいな。私もいるんですよね。多分そいつ。そいつにもうちょっと話を聞いている。
あーいいね。
いいね。
っていうことな気がしますね。
ものすごい自分の性質に最適化してるじゃん。カスタマイズが。
そう。やってやるぜっていう私もいるんですよね。そいつだと思います。
そいつ結構自分と向き合ってるよね。自分の可能性信じてるやつだよね。
そうそう。
ヒントだな。
すげーな。
そいつが一方でこう、自意識にもなってるからめちゃくちゃ。で、自意識イコールあんま良くないものみたいな感覚もあったから。そわっとして。
第一印象そわっとするからあんまり見ないでおくみたいなことをオペレーターの私はしてましたけど、そろそろそいつに話を聞いてやる時が来てる感じがしますね。
ありがとうございます。やってみます。
すげーな。
ここでお知らせです。
私たちのコミュニティ大きな株農場がオープンしました。
コミュニティに参加していただくと限定チャットでお話できたり番組のリクエスト株の種が送れたりもします。
積極的に参加しても見る選挙戦でも大歓迎です。あなたらしい形で関わってくれたら嬉しいです。
概要欄のリンクからぜひお気軽に農場に遊びに来てください。あなたの株の種お待ちしてます。
今日の株どうだった?
思わぬところに行きました。
ちょっと待って。この議論すごくないですか?
最初の出発点から全然違う様相になりますね。
気づきのようで気づいてないところに出てきた感じがするし、
もう1個思ったのは、アイリーさんが意外と出してみたらそうじゃないかもっていうのは、
アイリーさんの冒頭の女性性にも繋がるような気がしますね。
リリーさんに言われたみたいな。
勇気がいるみたいな。
そうなんだよね。
自分でぐるぐる考えてるだけで意外と出してみたらね。
私はこのワンパク坊主を出し、アイリーさんは女性性みたいなものを出し。
解放のフェーズ。
すごいキャラ変してたら静かに受け止めてね。
それぞれあるから。
それぞれあるからね。確かにそれぞれあるからね。
私が坊主で、アイリーさんがめちゃくちゃ髪長くて、
髪巻いててね。
来る可能性もあるから。
全部受け止めます。
悲観して脱力していることが大事というか、そっちの方が楽だから。
どんどん重荷を下ろしていくんだぜ、人生は。
人生の後半は。みたいな気もしてたけど、
それは頭で学んだ理論であって、
20代で脳みなので、
大変というか手放しになることもないんだなというか、
一つずつ解除して向き合って、
という連続なんだなということを受け入れる。
もう最近、はい、という感じになってきました。
人生ってなんで大変なんだって。
楽になったつもりで言ったら、次のが来ました。
はい、やります。
人生修行やな。
本当にそう。
一方で曇りなき花子で一個一個ぶつかっている自分への
誇らせたみたいなのもあるんでしょう。
この数年で。