本番は、なんかもうちょっとしょうもないポートキャストを撮ろうかなと思ってたんですけど、
例えば、あの全ての人類はハゲであるっていう数学的な証明とか、10億、100億っていう数は実は存在しないっていうことの証明とかですね、
そういうくだらない話でもしようかなと思ってたんですけれども、先週ですかね、1週間前に、
お茶の先生、ジャーク・コンベリー総校先生が亡くなられまして、
なんとこう表現していいのかわからないものがあります。
なんか単純に悲しいとか寂しいとか、そういう、もちろんそうなんですけど、そういう単純な感情だけではなくて、
いろいろ考えるところがありましてですね、
1週間経って、ああそうかと思って、ちょっとジャーク先生のお弟子さんというか先輩方というか、
一緒にジャーク先生と学んだ人たちにいろいろ思い出話を聞いてみたいなとか、
そういう思い出話をうまいこと、うまいことっていうか、一緒に思い出話をするっていうのをこのトラジオポートキャストでやってみようかなとか、
そういうことをちょっと、この1週間ですね、つらつらと考えるようになりまして、
そんなやってみたらどうかなっていうレベルで、よしやろうっていうとこまでまだ、
よしこれをやろうっていう規格が固まるというところまでは行ってないんですけど、
そういうことをやってみるといいのかなと思う心の整理というか気持ちの整理というか、
次どういうところに進んでいけばいいのか、
これからジャーク先生と一緒に学んだ仲間というか先輩方とですね、
話をしませんかっていう話をまた企画というか、あれを持ちかけたいと思ってはいるんですけど、
それを提案するにあたっても、1回自分のことも自分なりに少し軽く話したり整理してみてもいいのかなと思って今日話し始めてるっていうところですね。
僕がジャーク先生のところでお茶を習ってたのは、すごい長い期間いたように思ってらっしゃる方も周りにはいるんですけども、
実際には3ヶ月ぐらいだったと思うんですよね。
2011年の3月4月5月の3ヶ月がメインで、その後もちょこちょこ行ってたんですけど、集中的に行ってたのはその時期ですね。
で、なんでその時期に行ったかというと、時系列で行くともうちょっと前、多分2009年とか10年ぐらいに、
1回ジャーク先生のところの小徳安というお茶室寄りでお稽古されたわけですけれども、
1回集中的にこの前に見学というか試しに行ってみるっていうのをしたことがあるんですね。
それは元々地元の友人で、長らくジャーク先生のところでお稽古をしていた方がいまして、
それこそジャーク先生がまだお茶のお稽古をする前ですね、何町ハウス?寺田町って言ってたかな?
なんとか町ハウスで、まだお茶のお稽古はしてなくて、英会話の教室をやってた頃ですね。
ジャーク先生は大学で英語を教えていらっしゃって、自宅でも英会話を教えていらっしゃって、
その後お茶のお稽古をするようになるんですけれども、その僕の友人の方は元々英会話の生徒スタートで先生がお茶のお稽古もするというので、
お茶のお稽古にも通うようになったっていう、すごい初期の頃から、昔からのジャーク先生のお弟子さん、生徒さんになる方がいましてですね、
その人が火曜日クラスの生徒さんで、一緒に見学に行くんやったら全然いいよっていうので連れて行っていただきまして、
その時に行ったのがすごい印象的でめちゃめちゃ面白かったっていうのが元々あったんですよね。
元々このお茶とかに習ってみたいな興味があるなぁと思っていたのは、ちょうどあの、禅とか禅仏教とか仏教とかそういうものをもう少し勉強したいなぁと思ってたときでしてですね、
昔の話からし始めると延々と長いんですけど、そもそも自分は色々こう、世界のすごい原理的なことを理解したいと思って、
中学生ぐらいの時ですかね、あの物理をやると世界中のことが、宇宙のこと、世界のことが全部わかるっていうのをなんかで読みまして、
そうか、世の中を理解するためには物理なんだと思って、物理を心出して、大学大学院博士課程までいて物理をやってまして、
論文とか書いているわけじゃないので偉そうなことは全然言えないんですけれども、いわゆる数学とか物理に関しては大体わかったかなと、
その大体わかったかなっていう言い方がすごくざっくりしてて、細かい論点とか全部飛ばしていうわけですけれども、
まあちょっとすごく乱暴な言い方をすると、物理とか数学とかいわゆる西洋的な枠組みの中で物事を理解するっていうことに関しては、
大体こういうふうな形でやるということと、あとはどこに限界があるかということですね。ここから先はやっぱりこのやり方ではわからないっていうところあたりですね。
大体感覚的にはこんな感じかなっていうところがわかって、だから元々の目的は世界を丸ごと理解するっていうことだったわけですけれども、
物理とか数学ではそこにはたどり着けないということはわかったと、少なくともそれはわかったという状態にはなっていて、
じゃあ西洋的な物事の考え方じゃなくて、やっぱり東洋的な物事の考え方っていうことからも捉えた方が世界のことが理解できるんじゃないかということで、
その時はよくわかってませんから、ざっくり東洋哲学とか東洋思想みたいなことかなと思って、いろいろ読学で勉強をして、勉強って言ったって本読んでるだけですけど、
そうなっていくと、もちろん日本にいてそういうのを勉強していくと、本の多さとか親しみやすさとか短さということでいくと、
仏教の話だったり禅の話だったりということとは避けて通れないというところはあると思うんですよね。
どちらかというとテクノロジー系のバックグラウンドがあって、やっぱシリコンバレーとか西海岸系っていうのは日本よりむしろ禅が好きっていうところもあって、
例えば2000年ぐらいに流行ってたパームパイロットっていうのがありましたけど、それもパームオブ禅とか言って、すごい禅の精神っていうのを全面に打ち出してプロダクトを作ったりしてたということがありまして、
この辺りの話をすると延々と不可理するのでちょっと割愛しますけれども、
東洋思想とかざっくり言うと西洋系ではない考え方、東洋的な考え方の中の仏教ということだとか、禅とかですねということに興味が移っていって、
自分が尊敬する、一番若い頃に尊敬してたのは湯川秀樹先生だったわけですけれども、
湯川先生なんかもね、お家が東洋思想の、お兄さんとかはそういう東洋思想の方であったりして、そういう環境で生まれ育ったっていうこともありますし、
晩年ね、祖隆子みたいなことと老僧思想っていうのは結局世に似たもんや、いうようなことをおっしゃったりしててですね、
禅仏教っていうのはものすごいざっくり言うと、仏教がインドから中国にやってきて、中国にあった老僧思想と仏教がくっついて、
禅仏教が爆誕したって、ざっくり言うとすっごい細かいことを全部抜きにして言うとそういうもんなので、
非常に湯川秀樹先生を追いかけて物理をやって、そのままそういう老僧思想みたいなのにも興味があって、禅仏教にも繋がるみたいなルートもあったりしてですね、
独学していて、仏教ってこんなもんかなとか、老僧思想ってこんなもんかなとか、禅ってこんな感じかなみたいなことを、
自分なりにいい、こんなもんかなっていう手応えを得つつあったわけですけれども、
そういえば古典ラジオでも深井さんとかヤンヤンさんが、何かのエピソードの間にちょろっと落ちちゃってましたけれども、
仏教とか理解しようと思うと、なかなか独学が難しいところがあって、
修行したりそういうとこに行かないとわかんないのかなとか、深井さんとかヤンヤンさんおっしゃってましたけれども、
やっぱり本で勉強してる、読んだりしてるだけだとこうなのかなとは思うんだけれども、本当にこれでいいのかなっていうのが確かめられないっていうところがあって、
あんまり偏ってない立場でかつ深くよくわかっている人と、そういう仏教とか禅の話ができるといいなと思っていたわけですけれども、
そういうふうに思ってたところに、先ほどの友人にジャック先生のお稽古に連れて行っていただいて、
多分その時にお茶室の軸にかかってたのは柔牛図のなんかの図、どっか台なんすか忘れちゃいましたけど、それを題材にいろいろお話をして、
これがめちゃめちゃ面白かったし、仏教とか禅のこととかわかっているっていう先生だなとすごく思いまして、
いつかきっちりちゃんと教えを受けたいなというふうに、2009年かな2010年ぐらいに思ってたっていうのがあったんですよね。
あの後になって実際に通うようになってわかったのは、ジャック先生はチベット仏教をすごく学ばれている方で、
茶道っていうのはもちろんご存知だと思いますが、茶道っていうのは基本的には禅仏教に基づいた体系なので、
禅仏教とか禅的なこともすごくよく理解、実践しておられましてですね、
やっぱりそんだけ深くよく理解されている方と出会ったのは自分としては多分人生初だったので、
すごいなと思ってたっていうことですね。
全然ちょっと話はずれますけど、たまたまその一番最初に連れて行ってもらった時かな、
なんか2回ぐらい行ってるような気もして、ちょっと記憶がそこ曖昧なんですけど、
1回子供たち連れて行ったことがあって、
その時にちょうどその稽古をやった帰り際ぐらいにやってきてたのが中山福太郎さんで、
福太郎さんともその時初めて会って、その時にもう会った瞬間からなんとこの人は面白い人なんだと、
もうすごい面白い人がいるなと思いましてですね、その後非常に親しくさせていただいているわけなんですけれども、
本当に小徳兄って1回目か2回目かちょっとわかんないんですけれども、
その時にたまたま遊びに来てた福太郎さんと出会ったみたいな偶然もありまして、
なんて面白い人たちのいるとこなんだと思ってたっていうことですね。
その後2011年に、そもそも3ヶ月ぐらいすごく集中的にお茶の稽古に行かせてもらいまして、
2011年に転職というか、正確に言うと転職っちゃ転職なんですけど、
前働いてた会社から20人ぐらいで独立をして別の会社を作るということがあって、
新しいほうの会社に行くことが決まっていたんですけど、転職する前のほうの会社ですね。
前のほうの会社に辞めるにあたって、
だいたい辞める前に溜まってた有給を消化したりすると思うんですけど、
その有給が結構溜まってましてですね、
有給消化している間に年度が変わって、年度が変わるとまた新しい有給が付与されますよね。
ちょうどそういうタイミングで、それを全部合わせると、
結局都合3ヶ月ぐらい休みになるっていう時期があったんですよね。
それが2011年の3月、2月か3月だったと思うんですけど、
そうか3月か、だったと思うんですけど、
大震災のあったあたりですね、その頃ですね。
で、3ヶ月ぐらい、3月、4月、5月と丸々有給、
職を変わる前の有給期間というのがありまして、
で、そんだけ時間があったら旅行に行こうかとか何かしようかって思うわけですけども、
暇なのは自分だけで、家族みんな学校があったりなんじゃらかんじゃらあるので、
誰も相手してくれないと。
行くなら勝手に行ったらみたいな感じになって、
別に旅行に行きたいわけでもないし、
せっかく3ヶ月ぐらいボーナスタイムがあるんで、
何かしたいな、今までできなかったことで、やってみたかったことで何かしようと思って、
いくつか何かアイディアあったはずなんですけど、
結局選んだのが、そうだ、お茶の稽古っていうのをやってみたいなと思いまして、
普通のお茶の先生は、今ちょっと3ヶ月時間があるんで、
毎日お茶の稽古したいですって言ったときに、普通はOKは出ないと思うんですけれども、
学生のところに行って、実は各地下地がこういう事情で3ヶ月ぐらいなんですけど、
お願いしたいって言ったら、来なさいということで、
本当にその3、4、5月の間は、
お茶の稽古はあの時金曜日休みだったかな、週に1回お稽古休みの日があるんですけれども、
それ以外の日は全部行ってたんじゃないかな、
もしかして土日のどっちかは行ってなかったかもしれないですけど、
少なくとも週5ぐらい毎日行ってて、
昼のお稽古と夜のお稽古があるんで、
ほとんど小徳安にいるみたいな感じのわがままを許していただきまして、
なのでその時には小徳安に通っている、
ちょっと何曜日か行かなかったとこあるかもしれないですけど、日曜日とか行かなかったかもしれないですけど、
ほとんどの曜日の生徒さんとも先輩たちとも親しくさせていただいて、
いろいろ教えていただいたという思い出があります。
今実験的にこうやって喋ってるやつをAIに聞いてもらっていて、
AIからこんなことを聞きたいっていう質問をAIに考えてもらっていて、
ちょっと読み上げて、それに答えるっていうのをちょっとやってみたいと思いますね。
福太郎さんとの出会いも含めて面白い人たちのいる場所だと感じたそうですが、
本当に惹かれていたのは禅の教えより人だったのではないですか?
という質問なんですけど、どうですかね。
もちろん人が面白かったから行ってるっていうのはすごくあったと思います。
みなさんね、すごく柔軟な考えの人で、
やっぱり聖徒館でお茶の受けを始めて、やっぱりここは全然違うよとか、
みなさんも違いますし、教え方も違うし、すごくユニークな人たちがいたっていうことはそうだと思いますね。
魅力的な人がいっぱいいたからいたっていうのがかなり大きいと思います。
ただやっぱり自分の動機としては、やっぱり世界理解をしたいっていうところがやっぱりすごいベースにあるので、
それの一つの手がかりが仏教的な考え方、東洋的な考え方、
東洋的な考え方と仏教的な考え方をどこまで重ね合わせるかっていうのはちょっと別として、西洋的ではない考え方ですね。
その理解を深めたいっていうことが大きかったと思いますね。
それの入り口として、このお茶の拝見にある禅というところはすごい
自分にとっては大きな意味があったと思います。
それで思い出したんですけど、ジャック先生ところに本格的に通うようになった、一番初日に教えてもらった本が、
鈴木俊隆老師の「ゼンマインド・ビギナーズマインド」というやつで、
初心者の心には全てはあるけれども、ベテランの心の中にはほとんど何もないという、
ビギナーズマインドこそがゼンマインドだっていう本ですね。
これスティーブ・ジョブズの愛読書っていうことが、それ後でわかったのかな?どっちが先か忘れたんですけども、
スティーブ・ジョブズの愛読書ということで、私は中学生ぐらいの時からなんで、1987年くらいからですかね、
スティーブ・ジョブズのファンでありましたので、有名になる前からスティーブ・ジョブズのファンだったので、
そのあたりの繋がりもあったりですね。
ゼンのことを体験する、体感するにあたっては、あのゼンマインド・ビギナーズマインドっていう本は非常に良かったですし、
今でも繰り返し読んでますし、ほとんど本というものを繰り返し読むということをしないんですけど、
小学生ぐらいのね、すごい暇な時はすることなかったんで、家にある本を何回も読み直すみたいなことをやってて、
その頃には多少本を繰り返し読むっていうことはありありましたけど、それ以降、
多分同じ本を繰り返し読むっていうことは基本的に99%ないんですけど、
ゼンマインド・ビギナーズマインドは何回も読んでるし、英語でも読んでるし、新訳が出ても読んでるし、
何回読んだかわからないぐらいですけれども、そういう全的な教えであったり、
ジャック先生はチベット仏教の方なので、この話もするとすごい話したいこといっぱいあるんですけれども、
京都大学の大学院向けに教科書のようなものを作らせてもらった時にも、
この辺りの全仏教がいかにヨーロッパに渡った、特にアメリカに渡ったか、
あとはチベット仏教がリンポーチェによってイギリス経緯でどういうふうにカナダとか北米に渡ったかみたいなことも
1回まとめさせてもらいましたけれども、やっぱり世界をどう理解するかっていう手がかりっていうところが
自分にとっては一番動機としては大きかったし、今でも大きいかなという気がしますよね。
特に日本に来てからなのかな、中国からもあるのか、禅の中に、禅じゃない、
あの茶道の中に入っている陰陽思想みたいなのは、非常に今となると読み解く、解きほぐすことが難しくて、
このあたりはいつかしっかりと理解できるようになると面白そうだなと今でも思っています。
引き続きAIに質問を考えてもらっているんですけど、あんまり面白くないなって今言おうと思ったら新しい質問が来ていて、これちょっと面白いですね。
ゆかわ先生を追って物理から禅へ来たと話していましたが、中学生からのジョブズ好きを思うと本当の道案内はジョブズだったのではないですか?
これはちょっと真面目に答えるとめちゃめちゃ長くなるので、ショートカットしてというか別の話をしようと思うんですけど、
本当の道案内はジョブズだったのではということですけど、別にジョブズじゃなくて、やっぱりアメリカの日海岸でのカウンターカルチャーの需要というあたりが今のシリコンバレーとかに影響を与えていて、
その系譜というのがテクノロジー系のバックグラウンドがあるので、どうしてもそっちの影響を受けがちだというところがあると思うので、
個人的にはジョブズ単体の影響ではないかなとは思うんですけれども、ジョブズが先導を切ってというか、ジョブズが道先案内人、水先案内人になって導いてくれたのかなっていうのは若干あるかもしれないですね。