ということで、前回はですね、翻訳絵本のもしかしたらという本をご紹介しました。
本の中身のことはもちろんなんですけれども、
どういう方が買っていかれるかとか、あと絵本を楽しむきっかけのお話とかね、
そういうこともちょっと盛り上がっていったので、
一人で読むっていうこと以外の絵本の楽しみ方知りたいなって思った方は、
前回のエピソードのこともぜひぜひ聞いてみてください。
はい、ということで、今回は6冊目で、人文書からのご紹介となります。
はい、今回ご紹介するのは、「死ぬまで生きる日記」です。
出版社は生き延びるブックス、著者がドモン・ランさん。
生きづらさを抱えるすべての人に、楽しいや嬉しい、面白いといった感情はちゃんと味わえる。
それなのに、死にたいと思うのはなぜだろう。
カウンセラーや周囲との対話を通して、ままならない事故を掘り進めた記録。
生き延びるブックス様のウェブサイトより。
はい、ありがとうございます。
この本は、著者のドモン・ランさんが、カウンセラーさんとの対話とか、
あと周囲の人たちとのコミュニケーションを通して、自分を見つめ直していく、
という、そのプロセスが書かれているエッセイですよね。
こちらの本は、生き延びるブックスさんのウェブマガジンに掲載されていたエッセイ。
それが元になって書かれた本のようです。
今でも一部分だけウェブマガジンの方で読むことができるんですよね。
自分もタイラーさんから、今回の収録のためにお借りして配読したんですけれども、
そもそも太きい表紙に、死にたいって感じてしまう。
そんな気持ちをずっと、20年以上抱えてこられたというドモンさんがいらっしゃって、
診療内科には行ってはみたんだけど、やっぱりお薬も処方してもらったんだけど、
腑に落ちないところがあって、そこからオンラインカウンセリングに出会って、
カウンセラーさんとの対話が始まって、というところからの自分との向き合っていく感じが、
ところが、プロセスが書かれている本という感じでして、
これ、また素敵な本を紹介していただいたなと思ったんですけれども、
この本を選んだ、タイラーさんの心境たるやなんですけども。
まさに私はいつも、死ぬまでは生きなきゃいけないんだよなっていうのは、常にあるんですよ。
死ぬまで生きるんだから、楽しく生きなきゃねっていうのが私の思想というか考えというか、
どうせ死ぬまでは生きなきゃいけないから、
だったらその間をどうやって楽しく過ごそうかっていうのを、私はいつも考えていて、
タイトルからね、死ぬまで生きる日記で。
そうすると、ドモンさんは全く真逆のことをおっしゃっていて、
すごくそこに興味を引かれたっていうのがまずあって、
ここ裏に書いてあるんだけど、
なんで生きなきゃいけないのかなって、死にたいと思ってるのに、でもなんで生きてるんだろうっていうのがあって、
ずっとそのことに関してドモンさんって考え続けてる。
生きることに意味などないとか、死ぬまでの暇つぶしでしかない、
そんなことを考えても答えなど出ないって言われても、
やっぱり考えるのをやめられなかったっていうのがドモンさんなんですよね。
ドモンさんの文章ってすっごく凛としてて、なんかかっこいい。
そう、確かに。
なんかわかります?
かっこいい。
とても死にたいって思ってるような人の文章とは思えないんだけど、
やっぱりこの本を読んでいくと、すごくやっぱり苦しんでいる様子が伝わってきて、
なんて言うんだろうな、不思議は不思議なんですけど、すごく引き込まれて。
すごく苦しまれているのは、書かれている内容からもわかるんですけれども、
なんて言うのかな、悲壮感が、そんなに悲壮感があるわけでもないというか、
しっかり自分で自分のことを見ようとしているなって。
考えるのをやめられない、考えるのをやめないっていうかっこよさを感じているんですよね。
最初に処方されたお薬をちょっと飲まないというか、そこを腹打ちなかって言うのも、
やっぱり考える、書く、それを本当に大事にしてきたし、それがお仕事でもあるから。
お薬飲んじゃうと、わかんなくなっちゃうから、自分の考えなのかどうかが曖昧になっちゃうから、飲まないっていう選択をしてるんですよね。
そういうところからも、書く、考える、そういうところへのこだわりというか、
自分自身の寄りどころでもあるんだろうなっていうのは、すごい感じて。
文章も何て形容したら、言い表したらいいのかわかんないんだけれども、
確かにかっこいいんだよな。凛としてるっていうのは、苦しんでいるけど、でも強さを感じるというか、
いいな、ああいう文章、かっこいい。
服はライターとか、一応自分もやらせていただいてますが、
ちょっとドモンさんの前では恥ずかしくて言えないです。
確かにそうだよな。
自分を読みながら思ったのが、自分と向き合うって、言葉では簡単に言ってろって言っちゃいますけど、
自分と向き合うってこういうことなのかなっていう、最初は死にたいっていう気持ちがずっとあって、
オンラインのカウンセラーさんに出会って、ちょっとずつヒントを得ていくわけじゃないですか、
それが対話の中で偶然生まれてきたヒントであったりとか、
マザーリングとかでしたっけ、ちょっと専門的な知見を生かしたものであったりとか、
そういうのを使いながら、ちょっとずつ試行錯誤しながら、
自分の中にあるものを見ようとするところが、
すごいな、めっちゃ忍耐力も必要だったんだろうけど。
なんかすごい真剣に生きてるっていうか、
でも死にたいっていう思考をずっと持ち続けてるって、やっぱしんどいし、
ほしさが起こって動けなくなるってことも書かれてるから、
それは深刻ではあると思うんですけど。
僕も一時期、これ死にたいところの話じゃないんですけど、
中学のときの部活で、初めて試合に出るときにすっごい緊張してたんです。
でも緊張してる時間が長すぎて、途中から緊張しなくなったってことがあって。
でもきつい気持ちって、長続きそんなさせらんないんじゃないかな、みたいな。
私も悩んでるじゃん、悩みがあるんだけど、悩んでるのに飽きちゃうの。
前おっしゃってましたね、息子さんからコスパいいねって。
もう悩んでるのに飽きちゃうんだよね。
ドモンさん、20年以上その感情と付き合ってるって、よっぽどすごいよね。
これだって、さっき冒頭で平さんが、自分とは真逆っておっしゃってるじゃないですか。
ドモンさんはなぜ生きるかとか、そういうことを自分に問いながら生きていくのがある一方で、
平さんはどうせなら楽しく生きようみたいなところが。
ちょっと真逆すぎるじゃないですか。正確にはわかんないけど、真逆である。
でも気になってしまった?真逆だからこそ気になっちゃったのか、別に気になりポイントがあったのか。
でもね、死にたいって聞きえたいって思ったことあるんですよ。
要は投げ出していなくなってしまいたいって思ったことあるんだけど、
死にたいって思ったことはなくて、それってどういうことなんだろうっていう興味。
消えたいってどういう時に思ったんですか?
なんか嫌なことがあったんですけど。
もうね、本屋作ってる段階でもありました。消えたいって。
もうすごい偉いこと始めてしまったと思って。
もうこんな、もう嫌だ、本屋だって、なんで言っちゃったんだろうと思って。
言わなきゃよかったと思って、もう消えてなくなりたいって思ったことはありますよ。
後悔みたいなもの?
後悔なのかな。
死ぬまで生きる日記の中でも、死にたいっていう気持ちを別の言葉で表したら何になりますかね、みたいなやりとりがあったじゃないですか。
みたいな感じに、消えたいを別の言葉にしたら何になるんだろうみたいな。
逃げたい。
それって恥ずかしいからなのか?
怖い。怖かった。
何が怖いんですか?それは。
なんかね、自分の力量以上のことに手を出してしまった怖さ。
だってさ、できるかどうかも分かんないことに手をつけてしまった。
分かる。
もうね。
そうね。
僕もね、本を作るっていうね、確かに力量以上のことだったなっていうのは今、現在進行形で感じてますけど。
それこそ正解が分からないし、どうなるかも分からないんだけど、やってしまったみたいなね、怖くて。
でもやっぱり、その怖いも途中から飽きてくるわけ。
もうなんか、もういいやって。
失敗することは怖くないんですよ。
私も50歳過ぎてるので、多少の失敗はもう全然受け入れ態勢ができてて、もう本当にどうなっても生きていけるなっていう感じはあるので、
だからもういいやと思って、やってまえっていう感じにはなったんですけど。
怖いのに飽きる。
なんか怖いのに飽きるって思ったんですけど、結構なんかあれですか、タイラーさんの中では、どうせこれ飽きるからって思いながら怖がってるのか。
いや、そんなことないよ。ちゃんとやばいと思って、もうどうしようって思ってるんだけど。
だからね、そんな自分がやっぱり好きじゃないわけですよ。
怖がってたりとか。
怖がってたりとか、ぐじゅぐじゅしてる自分が嫌だなって思っちゃって、そんな自分が嫌なんですよね。
なんか不安は不安であっても、前に進もうとしている自分がちゃんといたら、それはそれでいいなって思えるみたいな感じなんですかね。
なんかね、自分も力量以上なことを手に出した身として、でもビビってますけどね、今でも。
でもちょっと思っているのが、てか自分の中のマジックワードみたいな感じで思っているのが、やらないとできるようにならないなんです。
かっこいいじゃん。
実際そうで、これはとある漫画の一ページが流れてきたのを見て知った言葉でもあるんですけど、大人になってくると自分の知識経験がついてきて、
その中でしかやろうとしない、できることしかやろうとしないから成長しないし広がっていかないみたいなことが書かれていて、
そういったセリフの後に、やらないとできるようにならないんだよな、みたいなことが書かれていて、
なので自分も次に進んでいくために、やったことないし、やり方よくわかってないんだけど、こっちかもしれないみたいなところがあったら、
一回踏み出さなきゃダメだなみたいなことはありますね。
それってでもワクワクしたりします?
ワクワクはしてるんですよね。
私もいろんなこと振られて、やってみようって思っていろいろやるんだけど、大抵よくわからずに手をつけ始めるんですね。
やりながら見えてくることもありますよね。
本当にそうで、やっちゃった自分は好きなんですよ。
悩んでる自分は好きじゃないけど、やっちゃえって言ってる自分は好きなんですよ。
結果どうなるかわかんないんだけど、
っていうことで、その居心地の良さみたいなものは、ちょっと今求めてるというか。
ありますよね。そうだよな。
だからそういった心持ちがあるからこそ、こういったトークブックスさんができたりしてるわけですからね。
これからだってどうなるかわかんないもんね。
そうそう、ちょっとこの死ぬまで生きる日記っていうのに関連して、そういえばと思って伺いたかったのが、
この本って結構人の心の内側を凸凹していくような本でもあるじゃないですか。
そういえば平田さんって、カウンセリング関係、心理カウンセラーの資格を確か4つも取ったっていう。
そうなんですよ。あったなと思って。
そうなんですよ。持ってるんですよ。
何でしたっけ?4つは?何て言うんでしたっけ?
言ったほうがいいですかね。
はい、教えてください。
私が取った資格が、民間の資格なんですけど、JADP認定っていうところで、
メンタル心理カウンセラーと、上級心理カウンセラーと、チャイルドカウンセラー、あと家族療法カウンセラーっていう4つの資格を持っております。
4つも取るのすごいなって思って伺って、これなんか僕もちょっと調べてみたんですけど、
心、カウンセリングに関する基礎的な、どうやって心が疲れてしまっている人に寄り添うかっていうのと、
あとちょっと良い方向に向かわせるための実践的なことと、
あと子どもたちに対してどう接していくか、
あと子どもたちが所属している家族っていうところに対してどう接していくかっていうところを、それぞれ学んでいくような感じなんですよね。
これっていつ頃、どんなきっかけで取るようになったのか?
心理学にはもともと興味があって、
私、師匠の資格を取ったときに、児童心理学っていう単元というか単位があって、
そこで私40歳のときに師匠の資格を取ったんですけど、
そのときに子どもを育ててたので、児童心理学にすごく興味を持って、
なるほどね、みたいな発見がすごく多かったんですね。
そのあと、小学校で働いて、それこそ子どもたちの悩みだったり、心の揺れだったりっていうのがあって、
そういうのは、当時は興味あったぐらいで終わっていて、
資格を取ろうとはそのときは思ってなかったんですけど、
これが不思議なことに、きっかけっていうのが、
マッチングアプリ。
マッチングアプリなんですよ。
マッチングアプリで、男性と、私、離婚してからマッチングアプリやったんですけど、
男性とお話しするじゃないですか、そのときにすごく私、話聞けるんですよ。
聞き上手なんです。
それはだから、全然そのときまであんまり気がついてない、分からなくて、
本当にどんな話を聞いても、すごく飲み込まれずに、
そうなんだって、面白おかしく聞けるっていうか、
っていうのって、私、あれ?と思って、
私、結構聞けるなと思って、
そのときに心理カウンセラー、もしかしたら向いてるかもしれないって思って、
何がきっかけか分からないですけど、
本当にそれで、ちょっと撮ってみようかなって言って、勉強し始めたんですよ。
それがだから、2024年の12月とか。
そこから立て続けに、4つバババって撮ったんですけど。
面白いですね。
でも、マッチングアプリ、人と会って話してて、
何て言うんですかね、この人の心の機微みたいなものに興味があったのか。
結構、マッチングアプリって、自分を知ってもらうために、お互いに自分のことを話すじゃないですか、
そのときに、結構私、その人が隠してたようなことを、バーって聞き出すっていうのもなんだけど、
勝手に喋り出す、相手が。
多分、聞き方とか雰囲気とかが、話させちゃうんでしょうね、きっとね。
こんなこと話すつもりじゃなかったのにって、何回も言われて、
でも、やっぱり、もしかして、みたいなのがありました。
すごい、でも、そこからだって、結構学術的なところに入っていくわけじゃないですか。
そう、で、マッチングアプリが全然うまくいかなかったので、もうやめたんですけど、
でも、やっぱりね、転んでもただでは起きたくないから、ということです。
いいね、ちょっと動機はともがくなんですけれども、
てか、別の何かの機会にね、この話ももっと深掘りしたいなと思うんですけども、
結構なんか、おそらく僕は、このね、カウンセラーのことを全然勉強はしていないんですけれども、
おそらくその人の心とか、例えばね、どういう状況でどう感じるか、
どう感じることでどういうふうな、どういうふうにその人に影響していくかっていうのは、
結構言語化されていってるんだろうなっていうふうには見てるんですけれども、
考えてるんですけれども、なんかそういうのを勉強した身としては、
身として、この死ぬまで生きる日記を読んでみて、なんかこう感じたりとか、
発見したりするところあったのかなって思ったんですよ。
なんか本当にこのカウンセリングの様子が、すごくレポートみたいにやりとりが書かれているんですけど、
やっぱすごく、私はホンダさんっていうカウンセラーさんとドモンさん、仮の名前だと思うんですけど、
2人のやりとりを見ていて、すごく私が勉強して学んだテキストみたいな、
参考書みたいな気持ちで流れ、カウンセリングをしていくときに、
最初はこういうことで、結構ホンダさん目線もかなり入っていて、
そうだよね、こういう場合はこういう声かけか、みたいな。
この両方でこういうふうに考えてみたらどうですか、とかっていうのをすごく丁寧にされているのを見て、
すごく私は学び直しみたいな感覚もあって。
じゃあそうか、資格取得の勉強が座学だとしたら、
この本に出てくるカウンセラーのホンダさんの見ながら、先輩のやっている様子を見学させていただいてるみたいなね。
本当にそんな雰囲気です。
ちょっとカウンセリングの勉強している方も、この死ぬまで生きる日記読んでみるの面白いかもしれないですね。
カウンセリングの流れと患者さん、クライアントの気持ちの流れがすごく並行して感じることができるので、すごく学びになると思います。
確かにな、いいな。
カウンセリングっていうのも、ちゃんと経験を積みながらレベルアップしていって、自分でできるようになっていくものだと思うので、そういうのにつなげていく。
すごい先輩、ホンダ先輩みたいな気持ち。
そうですよね。他にも面白いなって思ったところとかありますか?
面白いなというか、やっぱり自分で勉強していたからこそ、こうなるんだとか。
ちょうどこれを読み終わった後に、自動思考って、人からきっとこう見られてるよねっていうのを、自分が自動的にそういう考え方の癖。
でも、それって自分が思ってるだけなので、端から見たら全然そんなことないのに、勝手にそう思い込んで、自動的にそういう思考になっていくっていうのがあるんですけど、考え方の癖ね。
それが、ちょうどお客さんとお話ししちゃった時に、どうしてもそういう風になっちゃう。
だから、さっきの言い方がまずかったかなって思っちゃって。でも、それってもし友達にその状況を話したらどうなると思います?ってお客さんが聞いたら、
いや、そんなこと、それ気のせいじゃないって言うと思うって言ってて。
やっぱりそれが、ちょっと離れてみるとそういう風に見えるよねっていう話を、たまたまこの本を読んだ後に、お客さんと話した時に、
あっ、そうだね、みたいな。なんかちょっと私は勉強になって、実践につなげるみたいな。
いいっすね、なんかそういう、ちょっとこの心がつらいっていう方も、読んでみたら参考になるかもしれないけれども、ちょっと人とのコミュニケーションの中とかね、でも役に立つかもしれないし、そうだよな。
ちなみになんか、自分も一個これいいなって思ったところ、ご紹介していいですか?
さっき冒頭で雑談の時に話した、趣味がないんですよの話も若干かかってくるんですけれども、
要するに、簡単に言うと、自己満足できることを持っていたらいいよね、みたいなことかな。
自分で自分を幸せにするっていうこと、それができているといいよねっていうのがあって、カウンセリングのネガリトリの中で書かれて、残っていて、
その中で、他人の言動とか、他の人からの評価が介在しないもの、要するに自分の中だけで完結して、自分が楽しいな、幸せだなって思えるものを持っているといいですよっていう、
それがやっぱり自分の心を落ち着けたりだとかするヒントになるんだと思うんですけれども、そういうのあるといいですよっていう話をされていて、
振り返ってみると、自分そういうの全然なくって、さっきもちょっと言いましたけど、趣味とかやろうとしても意味を見出そうとしちゃって、ダメなんですよ。
なかなか珍しいタイプなんじゃないですか?
なんなんだろうこれみたいな。でもちょっと僕、それで思い返してみると、自分がちょっとずつ自分の自信をつけていった時のきっかけみたいなものが、やっぱり仕事の評価なんですよね。
自分が何者かっていうのを確立したので、やっぱりライターになった時なんですよ。茨城県の結構移住関係の、移住とか関係人口系の記事を結構しっかり担当させていただいたことがあって、
その時にライターの佐野さんみたいな感じで見てもらえるようになって、っていうのがあるから、やっぱり何かを残して人に評価されるものじゃないと自分が満たされないみたいなのは多分あるんですよ、自分の中で。
がばっかりあるから、自己満足の趣味とかがなかなか作れない。自分で自分を幸せにしてあげられるようなものが作れない。
ギリギリドライブが好きなんで、それはやっぱり一人でもできるし、他の人の評価が入り込まないものだからね、ちょっと好きなんですけども。
っていうことをちょっと思い出したりしながら、もうちょっと自分のために、自分だけのための趣味とかって持ちたいなとかって思いながら。
趣味って、自分が気持ちよく過ごせる時間ってことですよね。
たぶん、自分その感覚がわかんないんだと思います。
自分だけが気持ちよくなれる感じっていうのが。
それに申し訳なさみたいなのがあるの?そんなことない?
なくて、なんなんですかね。
やっぱり人のために何かしてあげたいが強くないですか?
強いですよね。
だからだよね。きっと自分だけが気持ちいいってあんまり物足りないんじゃない?
あるし、たぶん大して気持ちいいって思わないのかもしれない。
そもそもそういうことかもしれないよね。
ここにお店に来て収録で来るじゃないですか。
今日もそうでしたけど、こういうふうにしたらもっと良くなるかもみたいなアイディアって、自分に対しては全然出ないんですけど、
タイラさんに対してはめちゃめちゃ出るんですよ。
ありがとうございます。
これなんなんですかね。
本当にちょっと私がこういう感じで言うと、すごくいろんなことを私より遥かに考えていて、
どうしよう、誰の店だろう?みたいな。
これもさっきのどんなふうに見られるかの話で、迷惑になってたらどうしようとかって思いながら言うんですけれども。
結構皆さんね、私が頼りないからなのか、ものすごくいろいろ考えてくださる方が多くて、
でも一方で何か言い過ぎじゃないとか、ここまで言われたら店主に嫌われるんじゃないかっていう思いを抱きながら、
みんな何か考えてくださってて。
そこ何か素敵なところだなと思ってて、やっぱり皆さんここが大事な場所だと思うんですよね。
何か無くなってほしくない場所だと思うし、
その一方で、やっぱり平さんが自分の場所として生き生きとやってるから、
平さんご自身が自分で大好きな世界があるわけじゃないですか。
そこを侵食したくないみたいなお気持ちもあるんじゃないかなと思うんですよ。
そんな感じもあったとか、何かね、愛ですよ。
ありがとうございます。
素晴らしい。愛される本屋さんですね。
幸せですよ、本当に。
でもいいな、何かそういう人と人との関係性があるのもいいことだと思うし、
死ぬまで生きる日記は、何だろう、自分をどう見るか、他者をどう見るかとか、
何だろうな、あれかな、自分自身を客観的に見ることができるように見れるのかなが、
何かそのヒントがある気がする。
本の中に書いてあった不安な気持ちとかにあったときに、
その不安な気持ちを実況してみるような感じで見るとか、
ちょっといいかなって思ったりもしますし。
やっぱりグーって入り込んじゃうのは良くないと思って、
やっぱりちょっと振って、何かちっちゃい佐野君を肩の上に乗せて、
そこからちょっと様相を見て、客観的な視点を一個作ると、
すごく何かね、その時に感情に巻き込まれない。
自分の感情に巻き込まれるとやっぱね、しんどくなっちゃうから。
何かね、自分では分かってても抜け出すのって苦しいんですよね、意外とね。
タイラーさんみたくね、飽きちゃうっていう感じでね、
抜けられたらすごく良いんですけどね。
すみませんね。
そんな今回は、死ぬまで生きる日記をご紹介いただきました。
今回も本のご紹介から始まり、
実はマッチングアップという企画に資格を取ったっていう。
何がどう転ぶかなんてね、分からないってことですよ。
そうですよね。でも良いですね。
ちょっと思ったのが、人の心っていうものに実はご興味があるのかななんてことを、
タイラーさんは思ったりもしたんですけど。
どうですか、そのあたりは。
何かそのなんていうの、スナック感ってよく言われますけど、
やっぱりカフェの方とちょっと話をした時に、
私全然平気なんですね、お客さんとどれだけ喋っても。
でもその方はやっぱりダメなんだって、もらっちゃうんだって。
くらっちゃうんだって。
だからちょっと今忙しいですっていう感じで。
そっか、でも自分の心を保つために一回抜け出すみたいな。
そうなんですって、そうなんだと思って。
だからやっぱり私は全然、
心のフィルターは私はちょっと厚めなのかもしれないですね。
だから本当に喰らわずに、共感はできるけど、同情はしないっていうのかな。
そうでも自分もタイラーさんと話してて、
そういう感じ、全然悪い意味でもないし、
全然白情な人とも感じないんですよ、タイラーさんのこと。
いいんですよ、白情。
すごいなんか、お話も弾むし、
でも何なんですかね、実は僕もそんなに飲まれないんですよ。
じゃあ似たもの同士で。
でも話を聞くの楽しいじゃないですか。
どうじゃない?性格悪いのかな、私たち。
これもちょっとどっかのテーマで話したいです。
前にもちょっと話したかもしれないですけど、
応援をしてもらうクラウドファンディングのときに、
ご支援をいただくことと、応援の気持ちがあるっていうことって、
僕は一緒くたに考えられないっていうのがあって、
もちろん嬉しいですけどね。
っていうのもさっき話していた、話自体はすごく楽しいんだけど、
感情に飲まれないっていう感覚と、
実は近い何かがあるのかなっていうのは、
なんとなく思ってるんですよね。
そういう専門の人とかの話も聞いてみたいですね。
一緒にちょっとね。
そういう会も実現できるように頑張りましょうか。
そうですね。
ということで、今回はこのあたりにしていきたいと思います。