人生の目的と自己実現、そして他者への貢献
みなさん、こんにちは。 結婚相談所ヒロイン婚活塾ナコードで心理カウンセラーの渡辺大輝です。
このチャンネルでは、自分を満たして自分らしく生きるをテーマに、心が安らぐメッセージをゆるりとお届けしていきます。
今日はですね、僕自身の気づきや、みんなにお伝えしたいことを共有、シェアさせていただきたいことをお話しするのと、
いただいたご相談にも、後半はお答えしていきたいと思います。 ぜひ最後までお付き合いください。
お話しすることとしては、何のために生きていくのかっていう話を引き続き、何回かにわたってお届けしているんですけども、
していきたいと思います。
本当にね、今もすごくいろんなことが繋がっていて、僕自身の今までやってきた知識とか、
勉強してやってきた知識とか、いろいろ実践してきた経験とかが、本当に結びついてきてるなーっていう感じがして、自分の生き方とか、
信念とか、 生きる目的とかね、そういうものと
くっついてきてる感じがしてて、すごく 嬉しいです。なんかこのね、もがくというか、なんやろうって、こういうことにね、興味関心が出てるのも、
ああそういうなんか人生のタイミングなんやなーって思うんですけど、 今34歳?
え?今年34?今年5? とかでね、あのなんかこう人生、今までのことを振り返って、これからどう生きるかを決める、
そんな時なんかなーとかもね、ちょっと感じてます。で、何かというと、
最近いろんな話をしてて、重複していることもあれば、してないこともあったり、もう時系列やら、
何?その話の段取りみたいなのは、めちゃくちゃかもしれないですけど、 その時話したい、今話したいことをね、ちょっと話してみます。
で、何かって言うと、 まあどう生きたいかですよ。
うちにはね、猫ちゃんがいるわけですよね。 猫ちゃん。
タソと言うんですけども、保護猫でね。もう言うてね、 6歳?7歳?
え?7歳? とかなんですよ。
え?もう7年いいんや?とかね、ちょっとびっくりするんですけど、 そんなんで、今も収録してる部屋のね、
僕の視界に入るぐらいのね、右端にね、 ベッドの上にちょこんと座って、何か外をじーっと見てますけど、
まあね、こんな猫みたいにね、何か穏やかにね、 幸せに暮らせたらええなーとかね、思ったりもするんですよ。
何かご飯食べて、お昼寝したいとき昼寝して、 日向ぼっこして、何か遊んでね、
遊んでもらってね、楽しいな幸せやな言うて、 おそらくタソは日々生きてるんですけど、
まあこういう猫みたいな人生、猫みたいな気ままにね、 暮らすのええなーとか思うんですけど、
かといって毎日猫になりたいかって言うと、そうでもない。
たまにはね、一日中日向ぼっこして寝たいわーとかね、 今ちょうど外見てたんですけど、飽きたのが、
くるっと丸まって、 寝てますわ。
丸なって寝てるんですけど、布団にね、ボフって、 車って寝てますわ、こんななんかモフモフで、
毛皮モフモフでね、自分だけでもあったかいと思うのに、 こんな布団にくるまれてね、なんか幸せやなーとか思うんですけど、
これね、たまにはこういうのもいいけど、毎日こうしたいかって言うと、 それはちょっとちゃうなーとか思うんですよね。
ずっと家にいて、同じもん食べて、日向ぼっこして、寝て、 うんちして、みたいな生活?
もう、 毎日したいわけじゃないの。僕が大事にしている価値観に、
安心とか、 安全とか、平和、
安心であることっていうのがあって、安心を感じたいんですよね、僕は基本。 基本というか、その
安心であれば、安心するっていうのは、何事においても危険とかね、怖いよりも、 安心でいたいなーって思う。
だから、お家があって、ぬくぬく過ごして、 なんかやるべきことに追われているとかでもなく、
今、心地よくね、ゆったり過ごすみたいな、安心感が嬉しかったりする。 けど、なんか、
そうであれば幸せなんか、じゃあ安心であれば幸せなんかって言われたら、 ちょっと違うなって思うんですよね。
安心は感じるけど、その時幸せを感じたりはするけど、それだけやと、 つまらんって思ったり、
というか、まあ毎日ずっと寝てはられないんですよね。やっぱ、なんか動きたくなる。 なんかしたくなる。なんかこれじゃないってなってくる。
人間不思議なもんで、これじゃないとかなってくるんですよね。なんか知らないけど。 家でご飯があって、お家があって、今日も寝られる。朝も起きられる。
そんな環境がね、幸せやんて。 自分の身の回りの小さな幸せに気づきましょうってね。
なんかそんな話もあるし、そうやなーって。 なんか忙しくしている時ほど、今日もご飯が食べられることに感謝とかね、忘れちゃうなーとかね。
大切な人がね、いてくれるってね。それが幸せやなーって。 なんかそんなことをね、当たり前が故に忘れちゃうこともあるんですけど、
いや確かにそうよと、幸せやでと。家があってご飯があって幸せ。でも、 なんかそれだけだとちょっとちゃう感があるんですよ。僕はね。
うーん、それだけあれば満足ですか?って言われたら、 幸せなのか果たして。
で、やっぱりなんか人間ね、生きてる限り人や社会と関わって生きてて、 自分だけが幸せやったらいいってことはないなーって思ったんですよね。
まず自分幸せなの大事ですよ。幸せとか安心であるとか、例えばね、人によっては違うかも しれないですけど、僕にとっては安心であったり、自分が幸せである。
でもじゃあ誰とも関わらんでいいかって言うと、そうでもなくて、やっぱ誰かと関わり たいなーっていう気持ちが
あって、で、もっと言うと誰かの役に立ったりとか、 なんか誰かのためになれたら嬉しいんですよ。
自分も。っていうことに気づいた。なんかこれ言葉にすると、 ああそうですかって感じかもしれないですけど、なんかね僕の中で一周回ってきた感じがあって、
基本まず自分まず自分、自分軸、自分を満たすっていうのを大事にしてて、 そこのラジオでも冒頭言ってるんですけど、じゃあ自分満たしてたら何でもいいんかって言うと、
そうじゃなくて、自分ばっか満たしても満たしきれないものがあるんですよね。 それ何かって言うとやっぱ人との関わり
における幸せであって、 自分を満たしてたら、あ、こんな話お前したことあるな。やっぱ自分満たしてたら
自分の溢れ出たコップを人に渡したくなるというか、 人に渡して初めて自分も満たされる。 人を満たして自分が満たされるみたいなこともあって、
それが結構なんか人として生きる喜びみたいなのがあるなーって感じるんですよね。 だから猫みたいに
いずれ自分の気ままに生きて、なんかのんびり過ごすっていうのも幸せだけど、 それで一生を終えたくないというか、
なんか人としての幸せ、喜び、生きがいって人と関わってこそだなーって思ったし、 もっと言うと人の役に立ってこそみたいなのが
あるなーって思ったんです。で、これは決して何か人のために何か尽くせえとか、 人のために自分を犠牲にせよとかじゃなくて、もう何かやりたくなっている状態。
なんかハフトゥーじゃなくてウォントゥーっていうか、 やらねばならない。人の役に立たねばならない。
いてはいけないとかね、なんか役に立たないといちゃいけないとかじゃなくて、 やりたくてやってんだよ。それが自分の喜びだよっていう境地。
なんかそれをほんまにすごい感じてて、で僕もなんか自分の人生なんやねんとか、自分の軸なんやねんとか思った時に、
結局人の役に立ちたいんだなーっていうのを、 なんか一周回って思ったんですよね。
自分が なんかすごい喜びって感じる時って、やっぱり誰かがいた。
近くには誰かがいたり、一緒にその喜びを分かち合う人がいたり、 誰かに影響を与えてそれで一緒に喜べたりとか。
なんかご飯食べておいしいなーとかもう幸せなんですけど、 物足りないっていうかな。
やっぱ誰かと関わりたいんですよね。 そこをね、なんかフラットに改めて、ちょっと自分の体感としてちょっと感じられて、
なんか役に立たねばならないとかじゃなくて、 普通に役立ちたいよな、人とか社会とか貢献したいよなーって。
それが自分の喜びやったり嬉しさやったりするよな。 そういう時もたくさんあったし、これからもそんな気持ち味わいたいよ
なーっていうのを、なんか認められた時にすごく 楽になるというか、自分のなんか生き方、人生と一致している感じっていうのかな。
がして、そうだよなーってなったのが今週でした。 リアルタイムの気づきをお届けしているんですけど。
だからまず自分って言ってるんですけど、 まず自分を満たした先は誰かを満たす、あるいは満たされた自分で関わることで、
その関わった大切な人が満たされたりしていくっていうのが、なんか人間としての なんか生き方の一つというか、人間しかできない
なんか喜びなのかなーって 思いました。
これって結局なんか自分という囚われを手放すことなのかなぁと思うわけですよね。 なんか自分がどう生きたいとか自分がああしたいこうしたいじゃなくて、
人のためにとか、何かのために頑張れる、何かのために尽くせるっていう ことで自分という囚われから
解き放たれて、人としての喜びというか幸せとか、 あとは自分がどう生きたいかっていう使命と深く結びつくっていう感じ。
自分が自分がってなったら自分に囚われてるんでね。 それこそが
前も話した自分が人生に私の人生って何の意味があるんでしょうって問うてるんじゃなくて、人生から逆に問われてるんだよって答え続ける立場だよっていう
ところなのかなぁと思ったし。 伝えたかったのはそこかな。自分という囚われ、自分というこだわり。
自分はこういう人だみたいなところを手放す。 その自分という囚われから解放されるっていうことが、なんかすごく生きたいように生きるって
意味では大事だなぁっていうのを思って。 まあなんかそういうことを本当にこの2年ぐらいでさせてもらったなぁみたいな感じていて。
自分の本当に生き方、使命と ますます一致している感じ、パワーがすごく
みなぎってくる感じを感じています。 かなりちょっと抽象的なね話になってしまったかもしれないですけど
人が人としてどう生きるかっていうところで、まず自分って言ってるけど結局人と関わって人のために生きる、人のために関われたっていう喜びが人間にはあって、それを味わっていきたいんだなっていうのに一瞬はあって着地したというか、そこを受け入れたというか、そうしなければならない。
誰かのためにやらなければならないじゃなくて、それが喜びだよねって慣れてる状態。 その人のためにって頑張れてる状態っていうのは自分へのこだわりっていうのを手放してる状態で
うん、なんかそうやって生きていきたいなーっていうのをね感じております。はい、そんな話です。 またちょっと言語化できてね、言語化もっとうまいことできたらお話もしていきたいんですけど。 まあ、とらわれる自分
へのこだわり、自分 そうですね自分へのとらわれ
っていうものが自分を逆に縛っていくっていうね こともあるなぁと思いました。
仕事と妊活の板挟み、限界を感じるリスナーへのアドバイス
はい、というわけでね今日はちょっとレターもいきたいと思うので、 いただいたねレターにもお答えしていきたいと思います。
はい、じゃあ後半ね、レターです。はい、鍋とのネームこちゃんさん。 仕事辞めたすぎてもう限界です。
理由は社員で働くのが身の丈に合ってない感じがする。 人間関係もしんどい。朝が早いというところです。
今、妊活中なんですが5年も働いたし、 3休1休は取りたいって気持ちがあって、維持と我慢で続けてます。
でも正直毎日しんどすぎます。 毎朝6時起きで7時から仕事、シフト制で生活もバラバラで体力的にもきついし精神的にも余裕が
ありません。 妊活の方も正直セックス辞退したくないです。
でも子供が欲しいから無理やりやってる感じで、 私臨時も併用しています。
こんな状態でいいのかなって思いながら続けてます。 検査もして一応問題はないって言われたのになかなかできなくて余計に焦るし
しんどいです。 転職も考えるけど、もしすぐ妊娠したらどうなるんやろうとか考えたら動けません。
仕事辞めたいけど産休育休のことを考えたらやみきれないし、でもこのまま続けるのもしんどいです。
旦那は会社勤めじゃないから扶養に入れないし、すべてのことがごちゃごちゃしていてどうしたらいいのかわかんないです。
助言いただけると幸いです。 はい、レターありがとうございます。
もう限界な様子。 本当にすべてがごちゃごちゃしててもうどうしていいかわからないってねその気持ちが
すごく 伝わってきました。
なんか楽になってほしいなーってめっちゃ思った。
大変ですよね。 なんかねー
まあ ごちゃんさんは
ずっと背負われてますよね。仕事のことも妊活のこともそうだし。
今よりも未来
まだ見ぬお子さんや自分の将来の安心やこうした方がいいだろうってね。
仕事も続けておいた方がいいだろう。お金もね、ゆとりがあるように。
今ね仕事も頑張った方がいいだろうって。未来のためにね、生きている感じがして。今のこのしんどい気持ちは誰がわかってあげられるんだろうってちょっと
心配にもなりました。それぐらいごちゃんさんが頑張られてて、子供が生まれた時にね苦労させないようにって。
少しでもね豊かに生活していけるようにっていうね愛情あってのことっていうのは忘れないでほしいなーって思います。
ただ頑張ってるだけただ我慢してるだけじゃなくてその我慢って愛情なんだよって
いうことですよ。ほんでね、こちゃんさんね、よくねこんだけレター書いていただけたと思います。ありがとうございます。
もうね全てのことがごちゃごちゃしていてどうしたらいいのかわかんないですって書いてるんですけど、したくないことはいっぱい書いていただいてるんですよね。
仕事辞めたい。これはもう辞めたいって言っていただいてますね。どうしたらいいかじゃなくてもう
辞めたい。 朝早いの嫌。人間関係嫌。
っていうね。ただこう産休育休もあるので続けてますっていうことなんですけど、毎日しんどい。
嫌。もっと寝たいってことですよね。逆に言うと。だし人間関係もっと、今どんな環境かわからないですけどもっと良い環境がいいっていうことですよね。
人活の方も正直セックス自体したくないです。したくない。したくないって言えてますね。したくない。
子供が欲しいからって言って。しりんじも併用してますってことで、使える手段は工夫して使われてますよね。いいですよね。
こんな状態でいいのかなって思いながらっていうのは、いいんじゃないですかって僕は思いますけどね。どのことを言ってるのかな。
したくないけどって思ってることなのかな。
人活っていうことを考えたら全然しりんじでいいと思いますし、使える手段を使っていったらいいと思うんですけど。
もし夫婦間のコミュニケーションのところでしたくないよってなってたりするところもし気にされてるようだったら、そこも本当はどうしたいかなって思うんですけど。
人活もだからそういう意味で言うと順調ですよね。しっかりやれること、手段も選んで続けていらっしゃる。
転職とかもそうですね。産休行く休もあるしっていうので、こうなんですけど、このまま続けるのは嫌。本当はやめたいってことですね。
どうしたらいいか、どうするべきか、何が正解かはわからないけど、これは嫌だとかこうしたいっていう気持ちはあるわけですよね。
それは大事にしてあげてほしいなって思います。もし叶えてあげられなかったとしても、しんどいなって嫌やんなって。
それを、今人活頑張らないと、仕事も続けないとってしちゃうとやっぱしんどいんで、ちゃんと嫌やったら嫌ってね、その気持ちに味わってあげてほしいなって思います。
僕も経験あるんですけど、そういう、今こんなこと言ってる場合じゃないみたいなので気持ち隠しちゃうと、永遠にしんどいです。
そうじゃなくて、もう嫌やねんっつって、嫌ですっていうのに一回振り切ってみると、結構楽になったりとか、そうやんなーって、なんか自分でも思える?
人活も嫌よねーっつって、子供は欲しいけど人活は嫌だっていいじゃないですか。
ね。
とか。
なんかその気持ち大事にしてあげてほしいなーって思ったのと、うーん、まあそうですね、先々のことを考えると難しいですけど、
でも今ね、ちょっと限界ですってことなんで、休むっていう選択も許してあげてほしいですよ。
一番すぐ休めるのって実は人活じゃないですか。
早く終わらせたいかもしんないですけど。
やらねばやらねばでやる人活ってどうなんかなーって大変やなーって、まあ僕らも経験ありますけどね、
ちゃんと休むっていう選択を持てたならって思いますよ、振り返っても。
すごくご自身のことを自分で追い込んでるようにも見えて、僕もちょっと辛いなーっていう気持ちになってます。
なので、休むとか休憩する、ちょっと間置くっていうね、ことも許してあげてほしいなーって思うし、
仕事に関しても確かに産休育休取れたらね、嬉しいし家計も助かるしやと思うんですけど、
今しんどいんでね。今しんどいを…難しいですけどね、これもね判断ね。
今このしんどい気持ちっていうのも大事にしてあげてほしいし、
じゃあ続けてて産休育休取ったとしても、じゃあ復帰すんのーってことにもなってきますよね。
またね、その先々は変わるかもしんないですけど、
結局復帰しても、じゃあ子育てもしながら、今の仕事でまたやるんかーっていうところにもなるんでね。
経済的な安心っていうのは得られるかもしんないけど、そこもね、本当はどうしたんやろうってね。
つまりこうせねばーもあるけど、せねばーじゃなくて、したくないっていう気持ちも大事にしてほしいし、
まず何をも休憩しましょうっていうのをすごく感じました。
一番休憩しやすいのは妊活かと僕はね思いました。
仕事とかだとね、休みますとか辞めますとかね、そういう手続きあったりするんですけど、
妊活はご自身のね、お二人の関係でちょっとお休みしてみるっていうこともできるのでね。
ま、あるいはお仕事でお休み取るももちろんいいんですけども、
とにかくちょっと休憩する、休む、こうしないと、ああしないとってなってるところからちょっと離れてみてね。
落ち着いてほしいなーって落ち着けてほしいなーって思います。
はい、レターありがとうございました。
幼い頃に別れた父親への思いと再会への葛藤
では続いての方です。
こんにちは、ゆきと申します。
お二人が社長役時代から応援しておりコメントはあまりしたことがなかったのですが、
今回長年の悩みを相談したクリエイターさせていただきます。
ありがとうございます。
うまく説明できるかわからない上に長くなってしまうと思いますがご容赦ください。
相談内容は私の父についてです。
私は20代後半女性です。
幼い時に両親は離婚しており、物心ついた時には父はおらず、
父がその時の貯金、過去父名義のものは子供用に貯めてあったものも含め、
を持って出て行き、現在行方不明ということのみを知っていました。
それ以上は何となく父のことは母に聞いてはいけないと子供ながらに感じていました。
昼夜問わず何個も仕事を掛け持ちし、
女で一つで三兄弟、私は末っ子を育ててくれた母にはすごく感謝はしていますが、
幼い頃から母がいない時間の寂しさは今思い出しても心が苦しく、
家に帰ると親がいる、寝る時に親がいる周りの家庭を羨ましく思っていました。
父を恨んだこともありましたが、どこかで父に会ってみたい興味がある自分もいました。
でもずっと父の行方はわからなかったので、会うすべもなく、
その気持ちは自分の胸の中にしまいこんでいました。
しかし最近父の住所を父方の祖父母、
かっこ父方の祖父母も母との離婚を機に父とは縁を切っていた、
が手に入れたことがわかりました。
そのことを知った時私は連絡を取ってみたいと思いましたが、
母にそれとなく伝えると母には父と会わない方がいいと言われました。
その時に流れで父のことを聞いてみたのですが、
私が乳児の頃病気がちで病院に連れて行くのは毎回母、
父に行っても仕事で疲れているからと断られたこと、
離婚前には相談なく仕事を辞めており、
それについて母と功労になり、いつの間にか出ていったこと、
父方の祖父母が会いに行った時家の前で逃げたこと、
父はパートナーと暮らしていることを聞かされました。
また今まで一度も子供たちに会いに来ていないことが全てだ、
金銭を要求される可能性もあるから会わない方がいいと言われました。
母の話だけ聞くとあまりいい父ではなかったのかと思いましたが、
大人になってから兄弟に父の話を聞いてみた時、
これは父の住所がわかる前に聞きました。
父としてはいい父だったと兄弟は言っていました。
しかし上二人とは違い、末っ子で病気がちだった私は好かれていなかったとも言われました。
現在までの流れは以上です。
私は今3歳の子供がおり、一人でも子育ての難しさをすごく感じています。
それが3人もいるとなると当時はより大変だったと思います。
少なくとも上二人からはいい父だったのに、
その子供を残して逃げる、そんな選択をするのに、
どんな気持ちだったか、私のことはどう思っていたのか、
今までどんな生活をしていたのか、
父にはたくさん尋ねてみたいことがたくさんあります。
そこで手紙を出してみようかと考えたのですが、
やはり母の言うように、ろくでもない父で金銭を要求される可能性や、
こちらの住所を知られる恐怖心もあり、迷っています。
父方の祖父母とは年に一度会っているため、
住所を聞くならそこでと考えているのですが、
大輝さん、由美さんはどう思いますか?
私の中で葛藤がすごく、すごくお二人の率直な意見を聞きたいです。
はい、ゆきさん、ありがとうございます。
すごく大切なお話を聞かせていただきました。
レターに書いていただいてありがとうございます。
長年の悩みということで打ち明けていただきありがとうございます。
本当にゆきさんの人生を、そしてご家族も感じさせてもらって、
そうですね、僕も一緒に大切にさせていただきたいなという気持ちになりました。
そうですね、まあ、なんだろうな、なんだろうな、そうだよなって思いました。
みんなに対してね、お父さんの気持ちは確かにわかんない。
でも、女で一つで三兄弟育ててきたお母さんの思いっていうのも、
もう想像絶するものがあるだろうし、
お父さんに対してもどう思っているのかなっていうのもあるし、
娘がね、お父さんに会いたいって言った時のお母さんの気持ちや、
会う方がいいって伝えた時の思いとかね、どうなんだろうって、
何よりもゆきさんね、お父さんに会ってみたい、
お父さんの気持ちを聞いてみたいって思うのって本当に自然なことだと思います。
自分の父親なんでね、出て行ったとしても、
その父親のことを知りたい、真実を知りたいって、
その願いは持っていいですからね、ゆきさんは。
ゆきさんの権利やとも思った。
お母さんに否定されようが、誰かに否定されようが、
大事にしてほしいゆきさんの権利だし、願いだと思ったので、
本当に自然なことで大切にしてほしいなって思います。
お金持って出て行ったとかね、今まで一度も会いに来なかったとか、
事実かもしれないですけど、ゆきさんにとっての真実を知りたいですよね。
その願いは大事にしてほしいなって思うし、
とはいえね、お母さんの思いだったり心配っていうのも受け取りたいなっていう気持ちがあるので、
大事にね、全てを大事にできたらいいなって思います。
だから、お手紙っていう手段もすごくいいなって僕は思いました。
いきなり会うとかね、直接連絡するじゃなくて、まずお手紙から書いてみようって。
だからね、そこまでやってみたいなって気持ち、
そしてお手紙書いてみようかなっていうところまで考えられてて、
僕はもうぜひそうしてみたらいかがかなって思いました。
住所とか教えなくていいじゃないですか。
住所書かなくてもいいと思うし、
父方の祖父、おじいちゃん、おばあちゃんにお手紙預けるっていう形でもいいと思うし。
お母さんもね、いろんな気持ちあると思うので複雑だとは思うんですけど、
でもユキさんの知りたい気持ちっていうのもあるし、
ちゃんとお母さんのことも大事にしてるからこそだよっていうのが伝わったらいいですよね。
その中で、ちゃんとリスクとかお母さんの心配とかも受け取ってる一つの形として、
手紙で住所とか別に書かない、おじいちゃんおばあちゃんに預けて、
おじいちゃんおばあちゃんから出してもらうっていう手段で影響とかないようにするけど、
やっぱり私にとってはお父さんで知りたいってね。
その思いは誰も止められないですよ。
お母さんの顔色をうかがってお父さんのことをね、聞かなかったっていうのは、
ちっちゃい頃のユキさんの優しさだと思うし、
ちっちゃい頃のユキさんの決断ですよね。
それも本当に素敵だし、
ユキさんがお母さんと一緒に幸せに暮らしていく上で大切なことだったのかなとも思います。
でももうユキさんは大人になって、
ご自身の子供もいてっていう風に成長されて大人になったわけで、
自分のお父さんのこと知りたいっていうその気持ち大事にしてほしいし、
お母さんの顔色をうかがって控えてたユキさんではもうない、
そうでなく知りたいことをちゃんと知りたいっていうね、
お父さんのことを知りたいっていうユキさんでね、
これから生きていきたいのかなって思いました。
なのでお母さんのことも大事にしながら、
お父さんのことも大事にする。
お父さんのこと知りたいって願ってるユキさんの気持ちも大事にしていただけたら嬉しいなって、
僕も嬉しいなって感じました。
頑張ってください。
エンディングと今後の募集案内
応援しています。
というわけで、
今回の放送は以上です。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
引き続きね、レターも募集しております。
最近ね、話していることについて、
質問とか感想とか、
あと私もこんなことで気づきましたとかね、
そういう感想的なことだったり、
新しい視点とか経験をいただけるのもすごく嬉しいので、
またレターで教えていただければと思います。
ご相談とかね、ご質問も引き続き募集しておりますので、
お気軽にお寄せください。
というわけで、今回の放送は以上です。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
また次回の放送でお会いしましょう。
ほな。