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「助け主、聖霊様」2026年6月21日のメッセージ
2026-06-21 37:52

「助け主、聖霊様」2026年6月21日のメッセージ

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東京ぶどうの木教会 2026年6月21日(日)主日礼拝のメッセージです。

牧師:アブラハム黄

▼メッセージをスライドで: https://x.gd/0dA0T

▼ポッドキャストへのご感想はこちらへ!: https://forms.gle/fHcRBqaFSat8EQfE9

▼教会へのお問い合わせ: tokyo.vine.church@gmail.com

▼メッセージの自動文字起こしはこちら: https://listen.style/p/tokyovinechurch


(聖書) マタイ-20  「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。17人々を警戒しなさい。あなたがたは地方法院に引き渡され、会堂で鞭打たれるからである。18また、わたしのために総督や王の前に引き出されて、彼らや異邦人に証しをすることになる。19引き渡されたときは、何をどう言おうかと心配してはならない。そのときには、言うべきことは教えられる。20実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる、父の霊である
 

メッセージ題 :助け主、聖霊様 (マタイ-20)
*6月は、聖霊降臨日お迎え、聖霊様について詳しく分かち合っています。聖なるお方、謙遜なお方。大切に!先ず、聖霊様を遣わす為の三位一体の神様の熱心を。神の御姿、人間が悪魔の奴隷に?

1.聖書は、人間を取り戻す為の神様の熱心を記録しています。
*神の御姿を回復する為には、罪の問題を解決し聖くしなければ!そうするとき聖なる霊、聖霊が共にされる
#従って、メシアとして来られたイエス様は、人間の罪の贖いを為に十字架を。ヘブライ、そして救い主に。誰でも主の御名を呼び求めるなら救われる! *イエス様は、救いの御業の延長線上で、助け主を遣わされました。ヨハネ16:7弁護者をあなたがたのところに送る?イエス様だけで十分ではないか?なぜ、聖霊様を遣わす?
神様が用いられたご計画は?永遠な神の国、天国で成し遂げられるから!天国に入るまで助ける、助け主を
*聖霊様は、イエス様を信じて救われた神の子供の内におられながら・・・保護、教え、導き、神の教会に属させ、悪魔との霊的な戦いを勝ち抜き、地の果てまで福音を伝え、天国まで安全に無事、入れるようにすべてを
*救い主イエス様がいなければ救われないように・・・助け主聖霊様がおられなければ?助けは?しかし・・・

2.今の時代、聖霊様は・・・働きができません。なぜなら、信徒たちが無視し、拒否するから・・・
*2001年度、ある教会で・・その教会は、聖霊様について語ると絶対できない教会でした。その理由は
#悪魔が信徒たちと教会を駄目にする2つの手法? 誘惑し罪を犯させて。 教理で惑わせ混沌を与えて
先進国に行くほど理性的な信者たちによって、聖書の歴史的科学的批評?知性で納得できるはいないで信仰生活する。奇跡は信じない。5つのパンと2匹の魚で5000人が食べた?信じない。天地創造は神話だと?理性知性的に理解できなければ否定する! ここに、スティグマ(躓かせる要素)まで加えられ・・・
現代教会で聖霊様は徹底的に無視、拒否されています。マルコ悪しき霊を追い出されたイエス様が誤解されたように…現在の教会も自由主義的神学者、牧師はイエス・キリストの救いも、聖霊様の助けも無視しています。宗教多元論と宗教統合論?←このすべては助け主聖霊様を無視することで発生
*ある教会は聖霊を無視し、「御言葉、御言葉」を強調し、ある教会は御言葉なしで聖霊の賜物を強調し、占い師のような教会の働きを?すべては惑わす悪しき霊の仕業です。 1960年代趙先生の牧会?

3.このような難しさと誤解があるのにも関わらず・・・私たちには助け主、聖霊がおられなければいけません。
*私たちは聖書と聖霊様によって、霊的な分別力を保ち、助け主として来られた聖霊様の働きが私たちのものになるようにしなければなりません。 #その為に、聖霊様の働きを確かに理解しましょう。
1)聖霊様は、悟らせます! 先ず、罪を悟らせ、悔い改めて救われるようにされます。使徒-32
また、真理を悟らせ、信じて神様に用いられるようにします。聖霊様がいなくても悔い改め、聖書の悟りができますか? 2)聖霊様は、私たちの心を変えられ、新しい人とされます!ヨハネ3:3-6新たに生まれるとは?死んでいた私たちの霊が生かされること、命の霊、聖霊が来られるなら!そのとき、天国の喜び、平安、真の希望が与えられます。ローマ神の国は? 聖霊の力で希望に満ち溢れ
3)聖霊様は、不義の力、悪魔に勝てる力を与えてくださいます。マタイ-20、使徒1:8、マルコ
4)聖霊様は、インマヌエル!信徒たちの心に永遠に同居。ヨハネ-17、エペソ 聖霊は神の印
@このように素晴らしい働きをされる聖霊様!従って助け主と!聖霊様が来られ積極的に働かれるなら
私たちの教会、どうなるでしょう?悔い改め、真理を悟り、悪霊追い出され、癒し伴い、伝道、大収穫が

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サマリー

このメッセージは、聖霊様を「助け主」として、その重要性と働きについて解説しています。人間が罪によって神から離れてしまった後、神は人間を取り戻すために三位一体の神としての熱心な計画を実行されました。イエス・キリストが十字架で罪を贖い、救いの御業を完成させた後、イエス様は私たちを助けるために聖霊様を送られました。聖霊様は、信者が天国に入るまで保護、教え、導き、霊的な戦いを勝ち抜く力を与え、福音を地の果てまで伝える使命をサポートしてくださいます。 しかし現代では、多くの信徒や教会が聖霊様を無視し、拒否している現状が指摘されています。理性や知性を重視するあまり、奇跡や聖霊の働きを否定する風潮があり、悪魔はその隙を突いて教会を惑わしています。このような状況にもかかわらず、私たちは聖霊様の助けなしには真の信仰生活を送ることも、神の使命を果たすこともできません。聖霊様は、罪を悟らせ、真理を悟らせ、心を新しくし、悪魔に打ち勝つ力を与え、常に私たちと共にいてくださる(インマヌエル)という素晴らしい働きをされます。聖霊様を求め、受け入れることの重要性が強調されています。

聖霊様を送る神様の計画とイエス様の救い
今日は、助け主、聖霊様について 一緒に分かち合いたいと思います。
教会は、6月、聖霊降臨日を迎えて、 聖霊様について一緒に分かち合っています。
聖霊様は、聖なるお方で、また謙遜なお方なので、
私たちは、聖霊様を大切にし、 聖霊様によく聞き従わなければなりません。
まずは、聖霊様を私たちに送ってくださるための 三密体の神様の熱心について考えていきたいと思います。
もともと天地創生のはじめ、
この神様が作られた人間には、 神の霊が共におられました。
しかし、創世記三章、罪を犯してから、 また、罪が深く堕落してからは、
堕落したノアの時代、 神様の霊は人間から離れてしまいました。
神の霊、神様が離れてしまった人間。
第1話、第38節には、 罪を犯す者は悪魔に直しますというお話通り、
悪魔の支配を受ける人間になりました。
神の見姿で作られた人間が、 悪魔の奴隷になっている状態。
神様は人間を哀れに思われて、
それから、人間を取り戻すための 三密体の神様の働きが始まります。
それが聖書で記録されていることです。
神の見姿で堕落した人間を、 神の見姿で取り戻すためには、
何が必要ですか?
罪の問題の解決がしなければなります。
神の霊、聖霊が折れるためには、 人が清くならないといけないのです。
罪を持って、罪の中で過ごしている人間の中には、 聖霊様が来られることはできないのです。
だから、人間が罪の問題を解決し、 清くすることが一番大事な問題でした。
ですから、救い主として来られたイエス・キリストは、
人間の罪の問題、罪の報い、
また、悪魔の働きを解決しなければいけませんでした。
そのためにイエス様は、 十字架を背負って死んで下さいました。
ヘブラリー書9章22節
血の流しがなければ、罪の許しはありえない。
ですから、この血、命、イエス様は 命を十字架で捨てるほど
人間を愛され、人間を救うために、 イエス様は十字架を背負われました。
そして、十字架のイエス様の功労、
また、地上のイエス様の働きを信じる人々には、
神のことなる資格を与えた、 救いの御業を成し遂げて下さいました。
イエス様の十字架の後、
これから誰でも主の皆を呼び求める人は救われる、 という神様からの宣言がありました。
それで終わりではありません。
イエス様は、イエス様の救いの御業の延長線上で、
私たちに助け主、聖霊様を送って下さいます。
ヨワネ16章7節
しかし実を言うと、
私が去って行くのは、あなた方のためである。
私が去って行かなければ、
助け主があなたたちのところに来ないからである。
私が行けば、助け主をあなた方のところに送ると言います。
さあ、ここで見てますと疑問が生じます。
イエス様だけで十分ではなかったんですか?
イエス様の働きだけで、私たちの救いは十分ではなかったのか?
なぜ助け主を送る必要があるんですか?
イエス様を信じて救われたんですけど、
また天国に入ってはいない。
だから救われた人が天国に入るまで、
またこの地上で、また神の子供としての働きのために、
助け主が必要だったんです。
ですからイエス様は、救いだけじゃなくて、
助け主、聖霊様を私たちに送ってくださいました。
じゃあ、助け主、聖霊様と言いますけど、
信教同役は弁護者と書かれてあります。
この言語をできない意味は、
私たちのそばで、私たちを助けてくださるお方という意味です。
ですから聖書は、イエス様を救い主とし、
また聖霊様を助け主としながら、
私たちを天国に行くまで、
全てのことを働きをやってくださるお方を紹介しています。
助け主としての聖霊様の役割と働き
聖霊様はイエス様を信じて救われた、
神の子供の中でおられながら、
まず神の子供をこの世の中から保護します。
また、子供の中におられながら教えられます。
また、導かれます。
そのために、聖霊様は聖書を私たちに与えてください。
神の御言葉、聖書を与えてください。
また、教会を与えてください。
その聖書をもって教会の中で、
信仰共同体の中で、
神の子供になった人たちが過ごすように、
教会の中で守られ、助けられ、
そして導かれる全ての働きを行ってください。
信者たちはこの世の中で、
私たちがやるべき使命があるんですけど、
それは地の果てにまで福音を伝えることです。
その働きを神の子供たちが、
この働きはできますか?
そのために助け主聖霊様がおられて、
力を与えてくださって、
私たちがイエス・キリストの福音を述べさせるようにしてください。
また、それを妨げる悪魔との霊的な戦いがあります。
霊的な戦いに負けたら、私たちは何にもできません。
また、私たちを救うべき世の中の人々は、
事実、悪魔の支配下にあるものですから、
悪魔の支配下からこの人たちを救い出すためには、
霊的な戦いがこれからずっと必要です。
この霊的な戦いで勝利するために、
聖霊様の助けが必要なんです。
ですから、このような使命を担って、
天国に無事に入るように、
聖霊様は全てを私たちを助けてくださる。
聖霊様の働きをどのようにされるのか、
助け主の働きを皆さんに説明するために、
私は昔々ある僕先生から聞いた
世挙の一部分を皆さんに紹介したいと思います。
ある方が、ある夫婦の妻、奥さんが道を歩きながら、
ある日、何か不安に晒されました。
何か暗闇に覆われたと言いましょうか。
何とか不安になってしまって、
何だろう、何だろうと思いながら、
その場で座り込んで、そして異言でずっと祈りました。
それで、ああ、心が楽になったから、
それで祈りを終えて、それで家に帰ってきました。
夜、旦那さんが家に帰ってくるんですけど、
旦那さんはタクシーの運転手さん。
家に帰ってきて、こう言います。
今日、私死ぬと思ったよ。
坂道をずっと登って、ずっとタクシーを運転していくんですけど、
上から荷物をいっぱい積んだトラックがバーッと走ってきた。
ぶつかると思ったその瞬間、
何とか不思議に不思議にそれを避けて、
それを強打事故を免れた。
今日、私死ぬと思ったよ、と言ったそうです。
皆さん、この場面をよく考えるときに、
誰がこの全てのことを何かやってくださる方がいるでしょう。
精霊師様です。
精霊師様が旦那さんが今、強打事故に遭われるような場面を見てから、
奥さんに急に連絡して、奥さんが祈るように導かれた。
奥さんの祈りによって、旦那さんが救われて、
夫婦がその日、安全に過ごされた。
皆さん、このような働き、細かいんですけど、
このような働きを誰がされるのか、精霊師様がされるんです。
皆さん、私たちは今、子供たちのために、いつも心がボサッとなっているでしょう。
心配して、いつも、私の子供、今、うまくやっているのかどうか、
学校に行ったのか、勉強うまくやっているのか。
親の祈りが必要です。
親の祈りによって、子供たちが生かされるものですから。
奥さんの祈りによって、旦那さんが生かされ、
旦那さんの祈りによって、奥さんが助けられる。
ある日ですかね、私の妻から私が聞かれました。
夫の祈りによって、妻が生かされると。
本がありましたね。
それを私にくれながら、これを読んでくださいと言われたんですけど、
お互いに祈りが必要です。
その働きを精霊師様が導かれるんだということを、
私たちは考えていきましょう。
ですから精霊師様は、細かい細かいところまで、
私たちのすべてを助けてくださる。
ですから心配する必要はありません。
何かなんとか暗い気持ちになったという時には、
皆さん、祈ればいいんです。
祈るなら精霊師様は、その祈りを用いて、
私たちを愛する人々を助けてくださるものですから、
ぜひともこの時期には敏感に反応して、
祈ることができる私たちになれればと思います。
ですからこのようなことをずっと見てますと、
精霊師様は私たちを助けてくださるんですけど、
精霊師様は助け主と言われるいろいろな意味があるんです。
地獄に堕ちる私たちを助けて、天国に行かせてくださる。
地上に生きている間に、アッコバトル、霊力の戦いで、
私たちを保護してくださる。
また見事ばに従うことによって、祝福を受けるようにしてくださる。
また毎日清い生活、礼拝、正義、礼拝を捧げる生活をして、
神様を喜ばせる、このような働きをしてくださる。
また神に使え、人々に使えることによって、伝導ができるようにしてくださる。
このすべてを通して、私たちに祝福してくださる方が精霊師様なんです。
ですから救い主イエス様だけじゃなく、
助け主精霊様も私たちには必要です。
現代教会における聖霊様の無視と誤解
ここで皆さん大事に思われること、
救い主イエス様いないのに、イエス様を知らなくても救いができますか?
これはできません。
イエス・ギリストを知らない人は救われることはできません。
同じように、助け主精霊様を助けがなければ、
この世の中で私たちの本当の助けはありえないことです。
しかし、今のこの時代の私たちはどうですか?
精霊の助けをいただかないのに、みんなうまくいっています。
これはおかしくてたまりません。
精霊様の助けがないのに、
全然精霊様の助けを自分は求めてもない、認識もしていないのに、
私たちは何の不便もなくうまーく過ごしています。
これが本当に神様が見られるのにうまくいっていることでしょうか?ということです。
今私たちは何か大きなことを忘れて、
今ただただ世の中に夢中になって生きていることではないかと思う時に、
今日精霊様は助け主だということをもう一度考えながら、
精霊様を求める私たちになれればと思います。
ところが事実、今の時代、精霊様は働くことはできません。
なぜなら、神徒たちが、業界が、世の中が精霊様を無視して脅威しているからです。
じゃあ、私が一つ例を挙げてみましょう。
2001年度、私は1998年、99年、2000年、
新学校、2001年の初めに卒業するつもりでした。
新学校卒業の前に、私が赴任するべき教会を探さなければいけないんですけど、
その時、新学生たちは忙しいんです。冬の中で忙しい。
赴任先を見つけるために、あちこちから私たちを招いてください。
誰々新学生、一回来てください。
そして、説教を聞かせて、そして、この神徒たちと執事応答をして、
それから、その人を私たちの教会の牧師として招くかどうかということを、
教会が決められる時期が、この時期です。
私は、東京から近い神奈川県のある教会に呼ばれました。
その教会に行って、それでメッセージをして、
それからメッセージの後に、神徒たちがみんな集まっているところで、
執事応答をするんですね。
その時間、ある方が私に、
あなたはどうして日本の宣教ができると思うんですか、と言われたんです。
あなたはどうして日本で宣教ができる、日本伝道ができると思うのか。
詳しく説明しようとするのは難しいから、
聖霊様の働きを私たちは求めながら、
働くなら宣教ができるんじゃありませんか、と言ったら、
その時から一気に教会の雰囲気が冷たくなりました。
それで私はダメになる。
後になって私が聞いたことなんですけど、
その私が行く前に、その教会に大きな何かトラブルがあったそうです。
韓国からある女性の信者がその教会に来て、
その方が威厳でガーッと祈るのです。
威厳で熱心に祈るから、その人をみんな見る目が、
お、その方はすごいじゃないかと思っていたそうです。
ところが、その教会の担任牧師は威厳ができなかったそうです。
だから担任牧師は威厳ができない。
彼女は威厳がもうすごい。
そして威厳でガーッと祈っている。
信徒たちが見る時に、牧師よりこの方がもっと霊力に優れていると思ったでしょう。
だから彼女に従う人がだんだん増えていくところで、
彼女は教会の秩序、霊的な秩序を無視して勝手に過ごし、
そして何とか文句を言いながら自分に従う人たちを連れて教会から出てしまった。
出てしまった信徒たちがうまくできたのか、できなかった。
バラバラになってみんな散らばってしまったということです。
そのことによって教会は大きなダメージを受け、
それからその教会は聖霊については一切語ることができない教会になってしまった。
私はそれも知らないまま、聖霊の働きを話をしながらそこからダメになってしまったんです。
事実これはある一つの教会のことではありません。
日本のいろいろな教会がこのような形で聖霊様に対する大きな誤解を中で言います。
どうして教会が聖霊という話、また威厳のことを言ったらもう教会がダメになってしまうのか、
これが今、教会に聖霊の働きができないようにする悪魔の仕業ではないかと思います。
皆さん、牧師の中でいろいろな話があります。
聖霊の働きをするなら教会がダメになるよ。
やめない、ダメよ。教会で聖霊の働きをしたらダメになるから気をつけなければいけないよということは、
牧師たちの間で何とか無限の何か暗示のようになっています。
考えてみてください。
助け主聖霊なのに、聖霊様の助け、聖霊を無視して脅威して、
聖霊様の助けなしでこの世の中で信仰生活ができると思いますか?
伝道ができると思いますか?
信徒たちが神の御業、使命をうまく担って天国まで無事に入ることができると思いますか?
助け主聖霊様を送るために三密大の神様がどれほど犠牲をして、
そして私たちのためにわざわざ聖霊様を送ってくださったのに、
聖霊様の働きを今の教会、また信徒たちは受け入れないんです。
特に知性的、理性的な信徒たちは、もう聖霊と言ったら脅威します。
皆さん、今私の新学校で学んだこと、
授業の中でパンひきつ魚2匹で5000人が食べさせた、このイエス様の奇跡、
言ったら教授先生が何と言うのか、
お弁当持ってきたでしょう。こんなことあり得るんでしょうか。
今、学生たちではないですよ。先生がこの話をするんです。
だから学生たちがみんなそうですねと言っちゃった。
聖書の奇跡は誰も信じます。信じない雰囲気になっています。
そこに働く聖霊の働き、無視する。
今、知性、理性、知性的な自由主義新学者、牧師たちは何というのか、
聖書を歴史的、科学的な批評をしなければいけない。
事実、科学的なこの聖書の記録が正しいのか、
歴史的にこの記録が本当に世界史、歴史の中でこれは存在したのか、
これは実際を全部調べて、これは間違いじゃないか、これは嘘じゃないかと言いながら、
聖書を批判するんです。これは今、自由主義新学者たちがやっているものです。
その人たちが言っていることが何か、宗教だけなんです。
皆さんご存知でしょう。山に登る道はいろいろあるけど、
一番上に行ってみればみんな同じだ。
どんな宗教でも真理があるし、どんな宗教でも救いがある。
イエス・ギリストだけではない。
仏教もマオメト教もいろいろなこと、全部真理がある。
どんな宗教でも熱心に信じればみんな救われる。
だから私たちはみんな兄弟姉妹だ。同じだと。
このような話をする理由は何ですか。
これは聖霊様がいなければ、皆さん、聖霊がいなければ、
第一五輪と十二章三節。
聖霊によらなければ誰もイエス・ギリストを主と言えない。
救い主として言えないと言うんですけど、
聖霊様がいらっしゃらないから、イエス・ギリストだけが救い主で、
ということを話ができない。
どこでも真理があり、どこでも救いがあるんだと言っている、
この理性、知性的な新学者。
これが教会の大きな流れになっているということです。
結局、いろいろな理由で、
聖霊様は今、教会から徹底的に無視されているところです。
本当に聖霊様いなくても、教会大丈夫ですか。
私たち信仰生活は大丈夫ですか。
終わりの時の霊力の戦い、
また終わりの時の大収穫は大丈夫ですか。
今、教会は命がない教会。
理論しか残っていない教会。
私が初めに新学校から赴任した時に、
初めの教会の姿を見て、
タオルが枯れているなら、
死刑があるタオルじゃなくて、
タオルが枯れているのに、それをまだ絞っているような状況。
信者たちを教会が理論、教理、何か規則、
これによって信徒たちを苦しめているような姿。
教会に行ったら、命がない、助けがない、
まだ恵みがない。
その中でやるべきことをしっかりやらせる。
そううまくやらなければ、
お互いにまた指摘して、また叱る。
教会はなぜ言っているのか。
理由もわからない。
なんとか教会に行かなければ、
救いは得られないんじゃないかという、
恐怖心で教会に行くかもしれないけど、
命の味、本当に神様のこの働きを全く見ることができない、
このかわいそうな日本の信者たちと、
私は初めに思ったことなんですけど、
今、徹底的に悪魔が勝利し、
教会から生霊の働き、
命の生霊の働きを全くできないようにしているような状況です。
助け主働きなくて、
本当に私たち天国まで大丈夫ですか?
霊的な戦い大丈夫ですか?
地の果てにまで福音を述べている神様が
任せてくれた大聖教命令、大丈夫ですか?
と言いたいところであります。
聖霊様の具体的な働き:悟らせ、変え、力を与え、共にいる
生霊様に対していろいろな誤解と、
またはいろいろな憶測があります。
それにもかかわらず、
私たちは助け主、生霊様がいなければできないということを、
私たちは今日メッセージで皆さんに申し上げたいと思います。
ですから私たちは、
聖書と生霊による霊力の分別力をもって、
助け主、生霊様の働きを、
完全に私たちのものにしたいと思っていることであります。
そのために、
助け主、生霊様は一体どんな働きをされるから、
助け主と言うのか、
それをもう一度確かめていきたいと思います。
今日は4つ覚えていただいてください。
先週私は、
生霊様は悟らせてくださるお方だと言いました。
何を悟らせてくださいますか?
罪に対して悟らせてください。
皆さん、
キリスト教の救いは、
罪の悔い改めの後に与えられることです。
ですから、
罪を悟って悔い改めることがなければ、
救いは本当ですか?と言うしかないんです。
生霊様は私たちに、
罪を悟らせてください。
私の父は、
本当に、
なぜ私が罪人か分からない。
私が見るのに、
罪しかない人なんで、
しかし自分自身が、
なぜ私が罪人なのか分からない。
キリストが言っている罪人、
分からない。
そうです。
自分自身が自分の罪を、
もちろん大きな罪を犯したとしたら、
悪いことをしたなと思うかもしれないけど、
事実、
罪は分からない。
生霊様が教えてくださらない限り、
分からない。
皆さん、
今日、
教会学のメッセージ、
ルカの故障だったでしょう。
ペトロが、
魚がたくさん捕らえた時に、
ペトロが、
イエス様の前で、
私は罪人です。
私から離れてくださいと言う。
ペトロがその時、
自分は、
イエス様の前で、
罪人だと悟りました。
ペトロがどんな罪を犯したんですか。
ペトロは、
神様であるイエス様が、
自分を助けるために来ておられ、
まだ、
病気を癒してくださったのにも関わらず、
ペトロはイエス様を無視した。
わざわざ軽蔑した。
だからそれが、
神様が来ておられるのに、
神様を無視したところが、
自分が一番大きな罪だと思って、
その時、悔いを改めるんです。
イエス様は、
信じないことが罪ですか。
どうしてそれが罪ですか。
それを悟らせてくださる方が、
聖霊様です。
ですから、
聖霊様がいなければ、
本当の罪の悔い改めは、
これはできていない、
ということを考えていいでしょう。
だから、
聖霊による、
罪の指摘、
そして悔い改め、
それで救いがあられる。
それが本当なんです。
また、
聖霊様が真理を悟らせてください。
聖書を読んで分かりますか。
分かりません。
聖書を読む時に、
聖霊様が照らしてくださる時、
やっと、
聖書のこの中身が見えてくるんです。
それを通して、
神の身もねを分かって、
主に仕えることができて、
本当に、
神様に用いられる人になるんです。
それが大事なんです。
ですから、
聖霊様の悟り。
これがどれほど大事でしょう。
2番目、
聖霊様は、
私たちの心を変えて、
新しい人にさせてください。
聖書で、
新たに生まれるという表現があるんです。
要はね、
三書、
五節、
三節、
五節、
六節。
新たに生まれる。
新たに生まれることは何ですか。
イエスはお二人になった、
はっきり言っておこう。
誰でも、
水と霊とによって生まれなければ、
新たに生まれなければ、
神の国に入ることはできない。
新たに生まれることは何ですか。
もう一度母の体内に入って、
もう一度生まれることができますか。
そんなことではない。
新たに生まれることは、
死んだ霊が、
生霊によって、
命の霊、
聖霊によって、
生かされること。
私たちはもともと、
罪を犯して、
神から離れることによって、
霊が死んでいっていました。
だから、
エピソード21節、
罪と謝っちゃって、
死んでいったあなたたちを、
生かしてくださったということが、
これなんです。
死んだ霊が、
どうすれば、
生かされますか。
命の霊、
聖霊様が、
入ってこられるとき、
私の霊が、
命をいただき、
生かされるんです。
だから、
私の霊が、
生きていくようになるんです。
じゃあ、
聖霊様が、
私たちの心に入ってくるときに、
何を持ってくるんですか。
神の国を持ってくるんです。
そして、
聖霊様は、
私たちの心の中で、
天国の喜びを、
与えてくださるから、
イエス様を信じて、
はじめに、
わあ、
喜びに満ちあうれるところが、
ここにあるんです。
死んだ霊が、
生かされるこの体験、
そして、
人が新しくなった、
生かされるようになった、
新しい人になった、
ということです。
ですから、
ローマ書中4章中7節、
神の国は飲み食いではなく、
聖霊によって与えられる、
喜と平和と喜びだ。
また、
ローマ書中5章中3節、
希望の源である神が、
信仰によって得られる、
あらゆる喜びと平和とで、
あなた方を満たし、
聖霊の力によって、
希望に満ちあうれるように、
してくださる。
聖霊様が来られたなら、
皆さん、
希望が生じます。
また、
天国への希望、
天国への希望が生じます。
世の中で、
神様から持ちられる希望、
また、
天国への希望は、
聖霊様が与えてくださるんです。
また3番目、
聖霊様は、
不義の力、
悪魔との戦いに勝ち抜く、
知恵と力を与えてください。
今日、
マタイの10章16節から、
本当に、
私はこの聖書、
素晴らしい聖書、
私はあなた方を使わせ、
それは、
狼の群れに、
羊を送り込むのようなもの。
狼の群れに、
羊を送り込んだら、
どうなりますか。
羊は、
狼にくっ散らばって、
もう死んでしまうでしょう。
この中で生えていくのに、
狼の中で、
羊は安全。
どう死んでいくか。
聖霊様による。
また、
あなたたちは、
宗教使徒たちに捕まえるだろう。
しかし、
心配するな。
引き渡される時、
何を言おうかと、
心配するな。
その時は、
言うべきこと、
あなたに教えろ。
実は、
話すのは、
あなた方ではなく、
あなた方の中で、
片手くださろう。
父の霊、
聖霊様。
だから、
あなたたちは今、
伝道する時、
世の中に出ていく時に、
何か迫害も受けるし、
いろいろな難しさがあるでしょう。
しかし、
心配するな。
聖霊様が、
あなたたちがやるべきこと、
語るべきこと、
全部教えてくださるからだ。
そうです。
聖霊様が、
私たちに知恵と力を与えてくださろう。
また、
4番目。
大事なこと。
これは私は、
すごい大事だと思います。
イエス様が、
この世に来られる時、
神様が何と言うのか、
インマヌエルと言いました。
イエス様が、
私たちの間におられる、
インマヌエルと言うんですけど、
この実に、
インマヌエルを実現させてくださることは、
どうしてできるのかというと、
イエスの霊、
聖霊様が、
信じる人の心の中に来られて、
やっと、
インマヌエルになります。
インマヌエル。
これは本当に素晴らしい言葉です。
インマヌエルだけじゃなくて、
聖霊様が私たちの中で、
あなたは神のものだという、
印を残してくださいます。
皆さん、
これは非常に大事です。
牧師録の13章ですけどね、
後ろに行ってみれば、
悪魔の印があります。
これは666というか、
何かこのようなことが、
牧師録にあるでしょう。
だったら、
信者の神の印は何ですか。
神の印は、
聖霊なんです。
だから、
神様は簡単です。
私たちは救われるのか、
天国に行くのか、
なんていうか、
簡単です。
その人の中に、
聖霊がおられるなら、
あなたは神様の印があるんだ。
神様から印された人だ。
このようなことを、
私たちがもつもつになるから、
聖霊様が私とともにおられることは、
非常に大事である。
エペソル4章30節、
神の聖霊を悲しませてはいけません。
あなた方は、
聖霊によって、
あがないの日に対して、
保障されているからです。
聖霊様が、
私たちの保障であり、
私たちの印であり、
私たち、
神の印です。
だから、
聖霊様がおられることが、
救いの確信と言いましょうか。
救いが、
あなたは救われたという、
ハンコと同じことだ、
ということを考えるときに、
本当に大事だと思います。
このように、
聖霊様は私たちに対して、
大きな働きをしてください。
まずは悟らせてください。
また、
悔いが新たに生まれて、
新しい人にさせてください。
また、
悪しき霊との戦いで勝ち抜くように、
知恵と力を与えてください。
また、
インマヌエルされて、
神の印を押してくださる。
聖霊様を迎えるための求めと祈り
ですから、
聖霊様がおられる人は、
本当に神の人であり、
天国に入ることになり、
神様の喜びの存在になるのに、
聖霊様の働きが、
本当に大事なんです。
このような聖霊様が来られて、
小さな私たちの教会で働くなら、
どうなるでしょう。
皆さんに悔い改めが生じ、
みんなが真理を悟り、
信徒たちが変わり、
天国を味わうことができ、
また、
業界の中で色々な働いている悪霊が
全部追い出され、
また、
癒しが伴われ、
転道が行われ、
もうこれは、
これは何でしょう。
大収穫が行われるようになるんです。
聖霊様によってできるこの素晴らしい働きを
考えていきましょう。
最後に、
どうすれば聖霊様が来られるのか。
3つ。
悔い改めること。
悔い改めなければ、
聖霊様が出てしまうかもしれません。
本当に、
いろいろな教理では、
聖霊様が一回来られたら、
二度も出てくることはないと
言うんですけど、
罪を犯して悔い改めなければ、
どうなるか分かりません。
だから、悔い改めを熱心にやりましょう。
教理を頼むことではなく、
悔い改めればいいでしょう。
徹底的な悔い改め。
もう一つ、
聖霊様に対してよくよくしていく。
そして、
求めることです。
求めること。
ルカの中1章、中3節。
求める人に、
聖霊を与えてくださらないか。
そして、
聖霊様を熱心に求めるとき、
いつも悟らせてくださり、
新しい人生を与えてくださり、
知恵と力に満たせてくださり、
私のうちに聖霊様がますます
共にいる印を与えてくださると信じます。
このような聖霊様、
来てください、来てください。
喜んで喜んで受け入れます。
いつも歓迎する心で、
聖霊様を迎える私たちになりましょう。
お祈りいたします。
主よ、三味一体の神様が、
私たち、
聖霊様を送ってくださるために、
大きな大きな寄生を支払って
送ってくださいました。
イエス様は助け主、
聖霊様は救い主、
聖霊様は助け主と言われるんですけど、
今、キリスト者の生活の中、
また教会の中で、
助け主、聖霊の働きは、
どこにあるのでしょうか。
私たちは見言葉を持って、
聖霊様を受け入れ、歓迎し、
聖霊様の助けを豊かに受ける教会になりたいです。
そして信仰生活、
聖霊による勝利、
また伝道、
うまくやる教会になりたいと思います。
主を助けてください。
イエス様の皆を通してお祈りいたします。
アーメン。
37:52

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