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【聖書からはじめる信仰入門④】人は、神のかたちに創造された    (創世記1:26-2:3)
2026-06-22 12:36

【聖書からはじめる信仰入門④】人は、神のかたちに創造された    (創世記1:26-2:3)

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プロテスタント教会に興味がある方へ向けて、その入り口となるメッセージをお届けします。
 ▼メッセージをスライドで 
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【概要】神はなぜ人間を創造されたのか?=人間の存在理由と目的。 *特別な目的のために、特別な姿で?エペソ 聖なる存在として、コロサイ 神の知識を持つ存在として、ヨハネ 霊的な存在として… しかし、神の御姿を失った人間。聖さが堕落して?知識が堕落して?霊性が堕落して?<-信仰訓練の目的?    *大いに喜ばれた神様?=人間の存在の目標。 *使命人には食べ物を備えて下さる神様。 *安息の真の意味、安息日を守るとき受けられる祝福とは? *神様は人間をどのような存在として創造されたのか?=礼拝者(創世記2:3)、使命人(創世記)  =第1戒、第2戒との関係

【聖書の箇所】創世記-2:3
神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。神はまた言われた、「わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう。また地のすべての獣、空のすべての鳥、地を這うすべてのもの、すなわち命あるものには、食物としてすべての青草を与える」。そのようになった。 神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。
こうして天と地と、その万象とが完成した。神は第七日にその作業を終えられた。すなわち、そのすべての作業を終って第七日に休まれた。神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終って休まれたからである。

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みなさん、こんにちは。東京ぶどうの木教会のハンと申します。私たちの教会は、神の御言葉、聖書を用いて、グッドニュース、福音を伝えているところであります。
今日は創世記のはじめの部分を通して、人間を創造された神様について分かち合いたいと思います。
神様がなぜ人間を創られたでしょう。
神様が創られたこの世の中で過ごしながら、人間の存在意味と目的を知ることは非常に大事だと思います。
今日の聖書を一緒に創世記1章26節から2章3節まで一緒に分かち合いたいと思います。
創世記1章26節に、神様が人間を創られる前、ある身棟を置かれたと言います。
我々に偏り、我々に似ていって人を創ろう、そして私たちが創った全てを支配させよう、そして男と女に創造されたと言います。
まずここに疑問があります。
神様が我々と言います。
ここで神様は三味一体として存在しておられる方だということは、私たちが信じる神様は三味一体の神様です。
神様は特別な目的のために、特別な姿で人間を創られたのですが、
まとめてみますと、人間は神様の愛の対象として、また神様が創造された全てを管理する、管理責任者として作られたことがわかります。
ですから詩編の115の16節には、
天は主の天である、しかし地は人の子らに与えられたと表現しています。
ここで特別な目的のために特別な姿で創られたと言いますが、
どんな姿でしょう。人間は本来どんな姿なのか。
エペソー4章24節には、神にかたどって創られた、正しく清い生活と言います。
ここで神の見姿は清い存在、聖なる存在です。
なぜなら、聖なる神様と交わりをするためには、清さが必修です。
またコロサイ3書著説には、作り主に形に従って新しくされ、誠の知識に至る。
さあ人間には、神の知識、誠の知識を与えてくださったことがあります。
なぜでしょう。神の身分を知るように。
そして人間はこの神の知識を持って、月まで宇宙船を送ったり、科学、文化を発達させました。
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またヨワネ4章24節には、神は霊であろうと言います。
ですから人間は霊力の存在として創られました。
なぜでしょう。神は霊だから。
人間も霊力の存在として神様と一緒に交わりができる。
ですから人間には宗教心、礼拝する心があります。
さあ、清さ、神の知識、また霊力の存在、このような属性を持って、神様との親しい交わりの中で、神の身分を聞き、従うように想像されました。
しかし人間が堕落して、清さを失ってしまいました。
ノアの時代、荘石6章3節には、私の霊は人と共にいることができない。
なぜなら、人は動物のようになった。
今、聖書は、今の時代がノアの時代と同じだと言っています。
また、知識が堕落して、神の知識で核兵器を作ります。
破壊する核兵器、これは間違って使っていることになります。
また、霊性が堕落した人間は、何でも拝むようになって、神様が嫌われる空情を拝むようになり、宗教妥言論、流永寿運動、人間が神だという、おそらくこのような理論まで発達しているところであります。
私たちの信仰訓練の目標は、失われた神の見姿を取り戻すことです。
荘石1章28節、神様は人間を作られた後、どんな祝福をくださったのでしょう。
神は彼らを祝福して言われた。
埋めよう、増えよう。地に満ちて地を従わせよう。
そして、作られたすべてを管理しなさい。
これから見るとき、人間は神の代理者として、神様が作られたこの世の中の創造実情をしっかり守り、全世界を治める使命人として作られたことがわかります。
アモス3章7節に、まことに一種なる神は、その下辺である預言者に、その隠れたことを示さずには何事もなさらない。
また、マタイの16章19節に、私はあなたたちに天の国の鍵を授ける。
そして、あなたが地上で繋ぐことは天上でも繋がれ、あなたが地上で解くことは天上でも解かれる。
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人間が世の中の管理者、使命人としての存在を、神様が何とかすべての優先権を与えてくださったことではないかと思います。
面白いのは、使命をお話しされて、これから人の食べ物を解決してください。
ソーセーキ1章29節です。
美を知念地に生えるすべての食物をあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。
面白いのは、使命人の生活保障を聖書は言われているということです。
ソーセーキ1章28節が使命と言ったら、1章29節は食べ物ということをわかります。
3章のスイクンでも同じです。
バッタリ6章33節。
まず、神の国と神力を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて加えて与えられる。
私が新学校の時、いつも覚えた聖書の言葉があります。
第2コリント9章10節です。
種をまく人に、種と食べ物のパンを備えてくださる神様。
福音を伝える人に種をくださる。種は福音の秘密。
パンということは、子供たちの必要を言っています。
神様は使命人には必ずすべてを満たしてくださるんだ。
神様が作られたすべてを見る小元祖はどうだったのでしょう。
バッタリ6章31節。
神をお作りになったすべてのものをご覧になった。美を。それは極めてよかった。
ここで、私たちの人間の存在意味と目的は何なのかわかります。
ウェストミスト・ヨリモン堂の第1番。
人間の第一の目的は何ですか。
神の栄光のために生きる。
これはここから出てくるんです。
人間が不幸になる理由は、神の前で生きるのではなく、人の前で生きるからです。
なぜ私たちは人々の人気、評価を求めますか。
人の評価が私の人生、私のすべてを決められるのではないかと、恐れのゆえです。
人間は人の前で生きるのではなく、神の前で生きるべきです。
イエス様が宗教主導者たちを叱られました。
また、六章1節です。
見てもらおうとして、人の前で善行をしないように気を付けなさい。
人に見てもらうために、宗教主導者たちは、いろいろな宗教の行為を行った。
断食したり、祈ったり、いろいろなことをやった。これは間違えたということです。
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ですから、隠れたことを見ておられる父に、人の前で行います。
そうするならば、父があなたたちに報いてくださるということを教えてくださりました。
天地万物を創造された神様は何をされたのですか。
二章1節、2節に、安息された。
神様が6日間、天地万物を創造されるのに疲れてから、安息されたのでしょうか。
そうではないでしょう。では、ここで安息とは何でしょうか。
人間は、礼と身体を持っている存在として、身体を休ませること。
また、礼は、神の御臨在の中で、再充電をすることを意味するのだと思います。
例えば、一週間車を走って、日曜日は、車にガソリンを満たすことと同じだと思います。
人間創造のマニュアルがありますが、
6日間、熱心に働いて、1日は、区別して、休むことです。
世の中の働きは、限りがありません。
休まずに働いたら、ストレス、過労、いろいろなことで、人は倒れてしまいます。
ですから、安息、必要ですが、
安息は、お仕事からしばらく離れることです。
2章3節を読みますと、神様も、神は全ての創造の仕事を離れ、安息をなさったので、
名乗ったあの神を、神様は祝福して、性別されたと言います。
ここで、まとめてみましょう。
聖書の人間論を教えてくださる、創世紀1章28節から2章3節まで、
祝福という単語が、2回出てきます。
どこで出てきますか。
1章28節は、使命、2章3節は、安息です。
ここから、私たち人間は、和事の祝福は、使命と安息にあることがわかります。
ここから考えられることは、人間は、礼拝者、使命人として作られたことがわかります。
これは、聖書が一番強調する、第一の忌ましめ、第二の忌ましめと関係があります。
皆さん、第一の忌ましめは何ですか。
神を愛しなさい。
これは、礼拝者です。
第二の忌ましめは何ですか。
隣人を自分のように愛しなさい。
これが、使命人と言われます。
ですから、神様を愛する礼拝者として、隣人を愛する使命人として創造されたことをわかって、この世を過ごすなら、神様から極めてよかったと言われる存在として生きることができるし、祝福の存在として生きることができます。
今日は、聖書が言われる人間論を分かち合いました。
12:03
主よ、どうか全ての人々は、神様がご自分を創造された理由をわかって、礼拝者、使命人として生きて、永遠に祝福されるようにして下さい。
イエス様の皆を通してお祈りいたします。
アメン。
12:36

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