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【聖書からはじめる信仰入門⑤】エデンの園と善悪の知識の木について(創世記2:7-17)
2026-06-27 11:08

【聖書からはじめる信仰入門⑤】エデンの園と善悪の知識の木について(創世記2:7-17)

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プロテスタント教会に興味がある方へ向けて、その入り口となるメッセージをお届けします。
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【概要】神様は土の塵と、また神の命の息で人間を創られました。霊魂の持ている人間。人間に与えられたエデンの園の美しさと完全な満足が与えられた。それは御言葉の約束の中にいるとき。 *神様からの戒め。創世記-17「園のすべての木から取って食べなさい。17 ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。」 その意味は? 愛の約束、創造主と被造物の秩序、安全の為の警告・・・果たして、人間はエデンの幸せを守り抜くことが出来たでしょうか?

【聖書の箇所】創世記-2:3
主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。主なる神は東のかた、エデンに一つの園を設けて、その造った人をそこに置かれた。また主なる神は、見て美しく、食べるに良いすべての木を土からはえさせ、更に園の中央に命の木と、善悪を知る木とをはえさせられた。また一つの川がエデンから流れ出て園を潤し、そこから分れて四つの川となった。その第一の名はピソンといい、金のあるハビラの全地をめぐるもので、その地の金は良く、またそこはブドラクと、しまめのうとを産した。第二の川の名はギホンといい、クシの全地をめぐるもの。第三の川の名はヒデケルといい、アッスリヤの東を流れるもの。第四の川はユフラテである。主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた。主なる神はその人に命じて言われた、「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよろしい。しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。

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サマリー

本メッセージでは、創世記に記されているエデンの園と善悪の知識の木について解説します。神は土の塵と命の息で人間を創造し、人間は神の所有物であり、霊的な空間を持つ存在です。神は人間を愛し、歓喜を意味するエデンの園を与え、文化的、精神的、そして命の木や善悪の知識の木といった様々な満足を与えました。特に善悪の知識の木は、神との愛の約束を守るための試練であり、従順と関係性の中で真の愛が育まれることを示しています。神は人間に自由意志を与え、自発的な愛を求めています。

神による人間の創造と命の源
皆さん、こんにちは。東京ぶどうの木教会のファンと申します。
私たちの教会は、神の御言葉、聖詩を用いて、グッドニュース、福音を伝えようとしています。
今日は創世記2章で紹介している、エデンの園と善悪の知識の木について申し上げたいと思います。
神様が見られるのに非常に良かったと言われた天地相乗の働き。
その中で、神の御姿で作られた神の大儀者、人間に与えてくださった祝福は、エデンの園と家庭です。
その記録が、聖書の初めのところ、創世記2章で記録されています。
今日はその中で、3つを皆さんに申し上げたいと思います。
はじめは、神様が人間を何をもって作られたのか。また、人間がどのように生きるものになったのかということです。
2章7節に見ていますと、主なる神は、土の塵で人を形作り、その花に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きるものになったと言います。
ここで大事なのは、私たちの命は誰のものですか。正解は、私たちの命は神様のものです。
ところが、私たち人間は大きな錯覚しているのではないかと思います。私の命は私のものだ。私勝手に生きろと言っています。
そうではありません。私たちの命は、私のものではなく、神様のものです。
その証拠として、私たちが生まれたくて生まれる、また死にたくて死ぬことではありません。
それは、神様が決められるものです。
また、人間は霊魂を所有しているということです。
フランスの哲学者、パスカールという人物が書いた、パンセという本の中で、人間の心には神様じゃなければ満たされない空間があると言います。
これを霊的な空間を意味します。霊的な空間が今空っぽになっているのです。
それを満たそうとして、極力にいくら食べていくら楽しんでいくらエンジョイして満足を得ようとしても満たされない。
だから世の中が大騒ぎではないかと思います。
イエス様はこう言われます。
いわゆる福音書6章63節に、
命をあてるのは霊であろう。肉は何の役にも立たない。私があなた方に話した言葉は霊であり命であろう。
ですから私たちには、神の御言葉、聖書は必要です。
聖書を通して霊的な満足を味わうことができるように祝福いたします。
エデンの園とその意味
2番目、神様が人間のために何をされたかということです。
8節を見てみましょう。
主なる神は東の方にエデンに園を設け、自ら形作られた人をそこに置かれたと言います。
人間のためにエデンの園を作られたと言います。
エデンの意味は、歓喜ということです。英語ではファンタスティック、パラダイスです。
エデンの園は人間が何かやって頑張って得られるものではありません。
神様との愛の関係の中にいるなら、神様が与えてくださるものです。
このエデンの園には木がいっぱいありました。
その木に対して9節にはこう言います。
主なる神は、見るからに好ましく、食べるのに良いものをもたらすあらゆる木を地に生え入れさせ、また、園の中央には命の木と善悪の知識の木が生え入れさせられたと言います。
ここでエデンの園には人間の満足のための4つの種類の木があったと言います。
まず、見るのにも好ましく、文化的な満足、精神的な満足、これは一番初めに書かれているのは意味があると思います。
人間はただの動物とは違います。
見るに好ましく、精神的に、文化的な満足が必要です。
また、食べるのに良い、これは美味しい糧を意味します。
また、命の木が必要です。文化が必要です。
健康がなければ、全ての木は意味がないでしょう。
また、最後に、善悪の知識の木、善悪を知らせる木があったと言います。
これを質下と言ってでしょう。
皆さん、金持ちの家でいっぱい食べ物を何か満足するものがいっぱいあるけど、子供が父を殴ったり、この質下がダメになったら、これは天国ではなく地獄のようなところでしょう。
ですから、善悪の知識の木は本当に大事ですね。
ここで木というものは、いつも実りを作ってくれる工場と同じだと思っていいでしょうか。
そして、作るのは本当に非常に豊かな園だったということがわかります。
その園の真ん中にある二つの木、ここには特別な意味があるんですけど、ここに命の木と善悪の知識の木があった。
善悪の知識の木と神の戒め
ここで神様が人間に忌ましみを与えてください。
16節に、主なる神は人に命じて言われた。
そののすべての木から取って食べなさい。
すべての木から取って食べなさい。
これを人間に与えてくださった自由意志と解釈していいでしょうか。
また、どんな礼儀的な秩序を立てられたのか。
17節に、ただし、善悪の知識の木からは受け食べてはならない。
食べると必ず死んでしまう。
怖いですね。
この御言葉によって躓いた人がたくさんいます。
私の息子も後悔しています。
なぜ神様が、善悪の知識の木を作って、それで人間の罪を犯させるのか、ということですけど。
しかし皆さん、神様が善悪の知識の木を作られた理由、命を与えた理由が、
これが愛と考えます。
私と結婚する時に頼まれた方が、私に
あなたはこの女だけを一生が愛して使えることを約束しますか。
はい、と言いました。
なぜその音を聞いて、あなたはそれを約束させられたのでしょうか。
世の中に女性の方が大勢いらっしゃるんですけど、
神様が私に許された女性は、この人しかいません、ということです。
これを守るところに愛があるんです。
これがダメになって、私が他の女性を愛したりするなら、
まことの夫婦の愛はダメになり、結婚はダメになるんです。
同じです。
神様は人間との特別な関係、特別な愛の関係を求められた。
ですから神様が、最悪の知識の木を食べないということを通して、
その関係を維持させられたということです。
神様は愛の約束の中で、人間と神様との間に、
これからの幸せな全てを味わいたかったということです。
愛と従順、そして警告
僕から神の忌ましみを与えた意味は、はじめは愛の約束です。
神様との愛の約束の中にいるとき、全ての恵みと祝福が与える。
また、相乗主と非常物の実像です。
人間が全てを勝手にできるといって、人間は神様ではありません。
神様は相乗主、人間は非常物、実像が必要です。
この実像の中にいるとき、方法があります。
3番目、安全のために警告。
悪を行うなら、怖い対価がありますよ。
ここで必ず死んでしまう。
死ぬということは、神様との愛の関係がためになる。
ヨガネの福音書14章21節に、
私の忌ましみを守る人が、私を愛する人だ。
愛は感情ではない。
もちろん感情も必要ですが、
神様の従順と関係があることを覚えていきましょう。
結論:自由意志と真の愛
結論的に、神様は人間を愛の対象、
また、神の対立者として作られました。
愛は強制的に成し遂げられません。
自ら願って愛することが、まことの愛です。
ですから神様は、神様と同じような自由、
自由意志を人間に与えられ、
これから愛しましょうと言います。
その愛を前提として、
全ての満足に満たされている、
エデンの園を祝福として与えて下さいました。
あえて人間は、その祝福を維持することができるでしょうか。
保つことができるでしょうか。
次のメッセージもお楽しみにして下さい。
お祈りいたします。
神様は人間を、神の愛の対象として、
代理人として、代理人として創造され、
全ての祝福をあげて下さったことを感謝します。
神様との約束を守ることによって、
いつまでも神様との愛の中にいる、
私たちにならせて下さい。
イエス様の名を通してお祈りいたします。
アーメン
11:08

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