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「聖霊充満を妨げること」2026年7月19日のメッセージ
2026-07-19 31:52

「聖霊充満を妨げること」2026年7月19日のメッセージ

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東京ぶどうの木教会 2026年7月19日(日)主日礼拝のメッセージです。

牧師:アブラハム黄

▼メッセージをスライドで: https://x.gd/0dA0T

▼公式Instagram: https://www.instagram.com/tokyovinechurch

▼ポッドキャストへのご感想はこちらへ!: https://forms.gle/fHcRBqaFSat8EQfE9

▼教会へのお問い合わせ: tokyo.vine.church@gmail.com

▼メッセージの自動文字起こしはこちら: https://listen.style/p/tokyovinechurch


(聖書) エペソ4:30 神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、聖霊により、贖いの日に対して保証されているのです。
 
メッセージ題:聖霊充満を妨げること (エペソ4:30)
*教会は聖霊降臨日をきっかけに聖霊様について分かち合っています。 先ず、私たち人間と聖霊様の関係について・・・創世記2:7聖霊様は私たちに対して命以上です。しかし、創世記6:3罪を重ねると
*イエス様がこの世に来られ十字架で死んで下さった理由?ガラテア3:13‐14聖霊様の来られる準備
誰でもイエス・キリストの十字架の死が自分の為?*イエス・キリストは救い主、聖霊様は助け主!

1.この世の人とキリスト者の違いは? 聖霊様!
*ローマ8:9,エペソ4:30 *この聖霊様が救われた人の内におられながら助けますが・・・1)悪魔が支配しているこの世の迫害と苦難を勝ち抜く生活を。2)地の果てにまで福音を伝えるのに激しい霊的な戦いを勝ち抜く
*ところが、聖霊様が私たちに対して助けになる為には?聖霊様を良く知って、聖霊の導きに協力しなければ
*人間は貴い自由意思を持っていますが、その自由意思を諦めて聖霊様に敏感に反応、従うとき助けが可能
従って、エペソ5:18聖霊の充満を!←人間は自己中心的、強い自我を!どうすれば聖霊の充満できるのか
先々週メッセージ参考)聖霊充満になる為に1)悔い改め、2)お祈り、3)賛美の礼拝、4)御言葉に従順、5)伝道
#教会から申し上げる、私たちの信仰生活は=神様との親しみの中でPLOの生活?=聖霊充満のとき

2.聖霊充満は、私たちにどれほど大きいな有益を与えて下さるでしょう?
1)内的に聖霊充満ができれば?聖霊の9つの実りが。ガラテア5:22,23愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制?これらを禁じる掟はありません。=全世界の誰でも歓迎する人格的な人物に
2)外的に聖霊充満ができれば?聖霊の9つも賜物が。Ⅰコリント12:7-11知恵と知識の言葉、信仰、病気を癒す力、奇跡を行う力、霊を見分ける力、預言、異言、異言の通訳?教会と信徒たちに有益に
このような聖霊の充満によって、信徒は成長し、地の果てにまで命を救う働きができるので・・・大事

3.しかし、このような聖霊の充満な働きができないように妨げるものがいます。
*悪魔は、信徒たちが聖霊の充満にならないように・・・原罪の本性を刺激し、惑わしと誘惑によって罪を犯させ、究極的には神様との親しい関係性を破壊し、聖霊充満ができないように。例)人間の霊魂体
←聖書は、エペソ4:30聖霊様を悲しませてはいけないと。例)妻を悲しませるとどうなる?聖霊様を悲しませると聖霊の助けは期待できません。私たち信仰生活すべて領域で聖霊の助けは必修なのに
#聖霊様を悲しませる4つ? 
1)聖霊様を意識しない、無視すること!→どうすれば?聖霊様を意識すること。=聖霊様を注目、見上げること。また常に、問うことPLO。何かをする前に、時間をもって・・・話する前、行動する前、判断する前、選択&決断する前、聖霊様の知恵と導きを求める姿勢=聖霊尊重
2)この世を愛することが!Ⅰヨハネ2:16、ヤコブ4:4節操のない者=キリストの新婦がこの世を愛して?新郎であるイエス様だけを誇りましょう。 
3)肉の望みに従う、肉の欲が!ガラテア5:16-17キリスト者の葛藤、ためらい!→解決策)先ず、私たちはこの世と罪に対して死んでいること!ガラテア5:24、ローマ6:11。また、積極的に主の御業に忠実に!自分が牧師なのに・・・今週、代表祈祷者なのに・・防御の壁になる。 
4)一番、怖いこと、罪が聖霊様を悲しませる!罪は、神様との関係性を破壊する。イザヤ59:1,2・初めの人から今に至るまで、罪は神様との関係性に一番の敵だった。油断しないで悔い改めを
@私たちの信仰生活は神様との親しい関係性+御声を聞き従うこと!これは聖霊充満のとき良くできる。問題は、どのくらい長く持続できるか!妨げる悪魔の仕業。いつも意識し、聖霊の実り、賜物、油注ぎ

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サマリー

このメッセージは、聖霊充満を妨げる要因とその影響について解説しています。人間は元々神の息吹によって命を得ましたが、罪によって聖霊は離れていきました。イエス・キリストの十字架の贖いにより、聖霊は再び私たちのもとに戻り、助け主として働いてくださいます。キリスト者とそうでない人の違いは聖霊の有無であり、聖霊は迫害や霊的戦いを乗り越える助けとなりますが、そのためには私たちの自由意志を聖霊に委ね、聖霊の導きに協力する必要があります。聖霊充満は、内面的には愛、喜び、平和などの「聖霊の9つの実り」をもたらし、人格を形成します。外面的には知恵、信仰、癒やしなどの「聖霊の9つの賜物」を与え、教会と信徒に益をもたらします。しかし、悪魔は原罪の本性を刺激し、誘惑によって罪を犯させ、聖霊充満を妨げます。聖霊を悲しませる行為として、聖霊を意識しないこと、この世を愛すること、肉の欲に従うこと、そして罪を犯すことが挙げられます。これらを避け、聖霊を尊重し、神の御言葉に従い、伝道に携わることで、聖霊充満を維持し、神との親しい交わりの中で豊かな人生を送ることができると結んでいます。

聖霊と人間の関係:創造から罪への転落
今日は、「聖霊充満を妨げることは何でしょう?」 ということでメッセージを分かち合いたいと思います。
教会は聖霊降臨日をきっかけとして、 聖霊様について分かち合っているところなんですけど、
私たちの人間と聖霊様の関係、 聖霊様と私たちの人間はどんな関係があるんですか?
もともと神様が人間を作られる時に、 創世紀2章7節に、
主なる神は土の塵で人を形作り、 その花に命の息を吹き入れられた。
人はこうして生きるものとなった。
土で作った人間に命の息を吹き入れられた。 そして人間が生きるものになった。
命の息の中で、 聖霊様も、まだ私たちが持っている体の命も全部含まれています。
命の息を吹き入れられた。 これは本当に大事な見言葉ですけど。
しかし人間は神様が禁じられた 全悪の知識の木の実を食べ、
罪の上に罪を重ねる生活をする時に、
聖霊様は人間の中で留まることができなく、 創世紀6章3節には人間から離れてしまいました。
この以来、全ての人は神の霊がいない人間。
その人間の中で神の霊がいません。 聖霊様がおられません。
そのような人間になってしまった。
今に至るまで、人の中で神の霊がいません。
神の霊がその中で様々な働きをされるんですけど、 神の霊がいない人、人間、一体どうすればいいでしょう。
神の見姿でありながら、その中に神の霊がいない。
そのことが神様が非常に心痛んでおられて、 イエス・キリストをこの世に送ってくださいました。
イエス・キリストが十字架で私たちの罪の贖いのために 死んでくださって、そして私たちを清めてくださったので、
私たちに聖霊様が再び戻られるような環境を作られた。
これがカラリア3章、中3節、中4節です。
イエス・キリストの十字架と死と寄生によって、 神の霊が私たちのところに戻ってくるようになったんですけど、
誰でも自分の罪を悔い改めて福音を信じる人は、 その中で聖霊様が戻って来られます。
それからもっともっとの人間の姿が取り戻される、 このようなことができますけど、
その肌らきの中でイエス・キリストは救い主、 それから私たちの家に再び来られた神の霊、
聖霊様はこれから私たちを助ける、 助け主としての働きをされます。
キリスト者と聖霊の働き:助けと協力の必要性
この世の中でたくさんの人がいます。 この世の中のたくさんの人と、
キリスト教の違いは、 聖霊様がその中でおられるのか、おられないのかの差があります。
ローマ書8章9節に、神の霊があなたたちの家に宿っている限り、 あなた方は陸ではなく霊の支配下にいます。
キリストの霊を持たない者は、キリストに直していません。
キリストに直していません。
聖霊様がおられるのか、おられないのか、
これが天国に行くのか地獄に行くのかの違いがここにあります。
聖霊様は信じるキリスト者たちの家におられながら、 キリスト者たちを助けるんですけど、
まずこの世の中の神は悪魔です。
悪魔はキリスト者を苦しめます、迫害します、いろいろ苦しみを与えます。
それを耐えて生きるように、聖霊様が助けてください。
またキリスト者は、地の果てにまで福音を伝える使命があるので、
この使命には必ず霊的な戦いが伴います。
その霊的な戦いで、聖霊様はキリスト者たちを助けて、 その働きができるようにしてください。
すなわち、聖霊の助けがなければ、この世でキリスト者の生活も難しいし、
地の果てにまで福音を伝えることはできません。
ところが、聖霊様が私たちを助けになるためには、
私たちが聖霊様に対して良くして、 聖霊様の働きに協力していかなければなりません。
人間は自由意志があります。
自分勝手に過ごすことができる自由意志です。
神様さえも私たちの自由意志を侵すことはできません。
だから人間は尊い自由意志という権利と言いましょうか、 素晴らしさを持っています。
私たちが聖霊様に従うためには、
自分の自由意志と、 聖霊様の何か私たちが教えられることがいつもぶつかります。
その中で、聖霊様の働きに従うためには、 自分の自由意志を下ろすことが必要です。
自由意志を諦める、そして聖霊様の働きに従う。
その働きがうまくできるために、 聖書はエッペソ5章18節、
聖霊に満たされなさいと言います。
ここで自由意志と聖霊中間の違い。
私たちみんなは自分勝手に過ごしたいです。 これはもう私たちの権利です。
私たちみんな実行中心です。 自分がやりたいことをやりたいんです。
私たちが自分がやりたいことばかりやってしまえば、
私たちのうちに聖霊様がおられるとしても、 聖霊様は何にもできません。
なぜなら、聖霊様は私たちの権利を何か犯す、
また何かできないようにすることは一切なさらないからです。
聖霊様は私たちを助けたい心がいっぱいあります。
私たちのうちで何かやってくれ、これをやった方がいいよ、
あなたたちはこれいいよ、いいよと言っても、
私の考えが強すぎて、私がやりたいことはもういっぱいあって、
ああ、いらないよ、いらないよ、私がやりたいことをやるからといえば、
聖霊様は私たちを助けることはできません。
ですから聖書は、私のうちに私の自我0%、
聖霊様100%である聖霊の10万を受けなさいと言っていることなんです。
聖霊10万になるのに一番の邪魔が私たちの自我というものと罪なんです。
聖霊充満のための5つの要素
先々週、私たちは聖霊10万に対して学びましたけど、
聖霊10万のために5つのことが必要だということを覚えていますか?
これは私たちは繰り返し学ばなきゃいけないので、簡単に申し上げましょう。
まず、悔い改めが大事です。
聖霊様は清いところに来られる。
罪深いところには聖霊様は来られません。
これはサタンが来ます。
聖霊様は清いところに来られるので、悔い改めが一番確かなものです。
悔い改めるところには聖霊様は来られます。
2番目、祈りです。
ルカの中1章、中3節は、
私たちは求めなさい、探しなさい、叩きなさい。
これで切に切に求めるなら、
まして、天の父は求めるものに聖霊を与えてくださらないか。
祈りです。
祈る人に聖霊を与えてくださらないか。
また3番目、賛美の礼拝です。
礼拝、様々な礼拝、いいんですけど、
神様は賛美が大好きです。
詩編の22の3節に、
イスラエルの賛美の中におられるしゅう。
イスラエルの賛美の中におられるしゅう。
ですから、賛美を伴った賛美の中で神様に礼拝をするときに、
聖霊様が豊かに来てください。
これはダビデの幕やの礼拝でしょう。
その中では聖霊10万ができます。
また、神の御言葉に従うとき。
皆さん、神の御言葉に従うと一番祝福ですよ。
聖書の中で全ての祝福は神の御言葉に従うなら、
自然に与えられます。
同じように神の御言葉に従うとき、
聖霊に満たされます。
また、神様が一番喜んでおられる命の救いの働き。
命を救うための伝道。
その伝道の働きに皆さん携われるなら、
聖霊様に満たされることは体験できるでしょう。
このように私たちが、
私たちの家におられる聖霊様をよくして、
聖霊の導きによく従うことができるなら、
私たちはいつも聖霊10万の状態で、
神様に持ちられることができます。
聖霊充満がもたらす内面的・外面的益
私たちの教会がいつも皆さんに申し上げること。
私たちの信仰生活は神様との親しい関係の中で、
神の御声を聞いて従うことですよということですけど、
皆さん、うまくできましたか?
うまくできる方法はあります。
聖霊10万になれれば、神様と親しみもうまくできるし、
御声を聞いて従うこともうまくできます。
聖霊10万は私たちにどれほど大きな利益を与えてくださるのか。
皆さん、聖霊10万は2つがあります。
内的な聖霊10万。
また、戒的な聖霊10万がある。
内的な聖霊10万になるなら、
私たちの心の中で9つの実りが結ばれます。
私たちの心の中で、
聖霊様が与えてくださる内面的な変化。
9つの実りが、なんですか?
皆さん、カラディア古書22節、23節に、
霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、
親切、善意、誠実、乳和、節制。
このような9つの美しい美しい実りがあたります。
このような美しい実りが、
私たちの心の中で、それを実を結ぶなら、
私たちは完全、完璧な人格者。
美しくて高尚な人になっていきます。
このような人は、世の中どこでも歓迎される人だ。
このような聖霊の実りが豊かにある中で、
伝道するなら、伝道がうまくできるでしょう。
じゃあ、もう一つがあります。
快適な聖霊充満。
これは、聖霊様が私たちの中で豊かに臨むなら、
私たちが上から、神様の聖霊の力の現れがあります。
これは、第一コリント、中二章、7節から11節まで書かれてありますけど、
9つの賜物があります。
知恵の賜物、知識の賜物。
神の知恵と知識によって満たされる。
素晴らしくなりますね。
信仰の賜物。
これはもう、信じられる。
その通りできてしまう。
このようなことが私たちにあります。
また、病気の癒やす賜物。
奇跡を起こす賜物。
また、霊力の分別の賜物。
また、威厳の賜物。
じゃあ、威厳の賜物は、祈りの賜物です。
祈りを長くできるし、
祈りを通して神様の深い深いところで、
私たちが神様と霊位の交わりができるようにしてくれる賜物です。
また、この威厳を分かりやすく通訳してくれる賜物もあるし、
預言の賜物もあります。
これから神様は、このような働きをここで行われるということを、
預言してくださる方が現れるかもしれません。
ですから、この九つの聖霊の賜物は、
私たちに大きな、教会と神徒たちに大きな力になります。
とにかく、聖霊に満たされるなら、
内的な聖霊充満、
戒的な聖霊充満、
それを通して、神徒たちが美しくなり、
神徒たちに力、神様の力に満たされるようになるから、
とりあえず、聖霊の働きは素晴らしいでしょう。
皆さん、キリスト教の信者は、
人はいいんだけど、無能力な人ではありません。
人もいいし、力もある人。
それがキリスト者会、本当に素晴らしいキリスト教のようになります。
聖霊充満を妨げる悪魔の策略
ですから、このような聖霊の働きが行われたら大変になるから、
それを妨げるものがあります。
これは悪魔です。
悪魔は、私たちの現在の本性を刺激して、
惑わし、誘惑して、罪を犯させて、
とにかく聖霊充満にならないように、
私たちを徹底的に攻撃します。
私たち一人一人が、
信仰によって聖霊に満たされて良くなるところで、
サタンは必ずそこを攻撃しようとするんだということを、
これを知っているなら大変になるでしょう。
参考として、
私たち人間は霊と精神と体を持っています。
イエス様が信じる時、新たに生まれたという時、
霊は新たに生まれたんですけど、
私たちの精神的な部分、
また体は相変わらず、
世の中の価値観、
また世の中の欲に満たされている。
ですからサタンはこれを攻撃します。
霊は新たになったんですけど、
精神的な部分と体の欲を利用して、
キリスト者たちを攻撃して、
罪を犯させる。
それを通して、
聖霊に満たされることができないように、
私たちをダメにすることです。
聖書は私たちに教えてくださること、
神の霊を悲しませてはいけません。
あなた方は聖霊により、
贖いの意志に対して保障されているんだ。
じゃあ皆さん、
牧師録13章ですかね、
サタンの印があるでしょ、666。
これをもういつも皆さん、
怖い怖いと言われるんですけど、
キリスト者だとこの印は何ですか?
サタンの印はわかっています。
キリスト者の印は何ですか?
これは私たちのうちにおられる
聖霊様がキリスト者の印なんです。
これを大事に覚えてください。
とにかく聖霊様はキリスト者として、
保障になる、印になる、
印と言われるほどの大事な働きをされるお方ですから、
私たちは聖霊様に対してよくして、
聖霊様との関係性をしっかり保っていかなければなりません。
聖霊様を理解するのに一番大事なのは、
聖霊は人格体だということです。
例えば、私は妻がいます。
私の妻が嫌がることを私がやったり、
妻が嫌がる話をしたりするなら、
これから妻は私と話をしません。
対話をしません。
しかし、私が私の罪を謝って、
そして許しを求めるなら、
妻は私との対話を再開します。
そうでしょう。みなさんもそうじゃありませんか。
みなさんが嫌がることばかりやる人は、
話をしたくないですね。
同じです。
聖霊様も、
聖霊様が嫌がることを私たちが続けてやるなら、
聖霊様はもう私と共に働きません。
話もしません。
ですから、聖霊の働きは期待できません。
信仰のすべての部分で、
聖霊の助けがなければいけないのに、
私たちがやることばかり、
聖霊様を悲しませるなら、
聖霊様は私たちのために働かない。
だから、私たちはこれからどうすればいいでしょう。
聖霊を悲しませる4つの行為とその対策
聖霊様を悲しませる4つのことがあります。
まずはじめは、
聖霊様を意識しない。
無視することです。
聖霊様を無視するなら、聖霊様は働きません。
人も他の人から無視されるなら、
その人と2度も会いたくないでしょう。
その人は私を無視しています。
1回、2回じゃなくて、続けて無視しているなら、
その人と関係性を持ちたくありませんね。
私たちは普段、聖霊様を意識しない。
聖霊様との関係を保っていないように、
日曜日、礼拝に来て、
聖霊様、助けてくださいと祈るなら、
聖霊様は助けてくださると思いますか。
聖霊様は私たちのために働かないでしょう。
私もその人が私を続けて無視するなら、
怒りたいですね。
ですから、私たちは聖霊様を無視しないように、
意識することが大事です。
意識するということは何でしょう。
今、私はメッセージをしています。
私は皆さんを見てメッセージをします。
しかし、私の霊は、
今、神様と聖霊様と繋がっています。
私の霊は続けて、
聖霊様、今日のメッセージうまくできません。
できていません。どうしたらいいんでしょうか。
力を与えてください。
なんとか、なんとか。
私は切に聖霊様を意識して、
助けを求めながら、
目では皆さんを見て、
笑いながらメッセージをしているところであります。
いつも私は聖霊様を意識して、
助けを求めながら、
私は今、席をしていると同じように、
私たちの人生の中で、
生活の中で、
いつも聖霊様と皆さんは、
この交わり、対話をし続けながら、
世の中の生活をされることが大切です。
それことを、
イエス、聖霊様は無視しないんだと、
聖書は言っているんです。
また、聖霊様は無視しない大事なことは、
聖霊様にいつも問うこと、質問することです。
タビデがうまくやったことは、
神様にいろいろ質問をしました。
神様、これはどうすればいいんですか?
神様、この戦争は出ていきましょうか?
出ていかないでしょうか?
神様、これはどうすればいいんですか?
続けて、続けて、神様に聞く。
聖霊様に聞くこと。
これが、聖霊を無視しないことと繋がります。
私たちが話をする前、
行動する前、
何かを選択したり、
大事な決定をする前に、
聖霊様と豊かに交わりをする時間を保つこと。
これは必要です。
話をする前、行動する前、
何か判断する前、
しばらく時間をもって、
私の考えを下ろしておいて、
神様の知恵、
神様はどのように思っておられるのか、
また、神様の導きを求める、
この姿勢が、
聖霊様を意識する、
聖霊様を無視しないことと繋がりますので、
これが非常に大事です。
まあ、私も度々ありますけど、
何か大事なことを決めておいて、
この後、
ああ、どうしよう、神様に聞いてなかった。
このような過ちが繰り返されないように、
皆さん、これは訓練ですよ。
習慣になるように、
大事な決定、話をする前に、
必ず神様との対話の中で、
神様に聞いてみる、
このようなことができるように、
訓練されることが非常に大事です。
まあ、一回、二回、
どうするかもしれませんけど、
続けてそうすることがないようにしていきましょう。
これだけうまくやっても、
ダビデのように神様に陥られます。
この中で、神様は神の身胸、
神様の本当に奥深いことを、
私たちに知らせてくださるでしょう。
じゃあ、二番目、精霊様を悲しませることは、
罪の恐ろしさと聖霊充満の維持
この世を愛することです。
約部四書四節、
神にそむいた者たち、
世と共になることが、
神の敵となることを知らないのですか?
と言います。
新海約では、
節操のない者たちと言います。
神の民が、
神を愛することより、
この世を愛すること、
これは、いけないですね。
特に私たちは、
キリストの花嫁と言いながら、
キリストを愛するのではなくて、
この世を愛したら、
これはダメでしょう。
ですから、神様は、
この世を愛する私たちに対して、
悲しんでおられます。
聖書は、
大地は、古書、中古説、中六説には、
この世を愛することを、
三つで表現してくださいます。
力の欲、
名の欲、
生活の奢り。
ここで皆さん、
生活の奢りって何でしょう?
この世の中にあるものを、
誇ることと言うことです。
皆さんは何を誇っていますか?
世の中のいろいろな、
自分が持っていることを誇るでしょう。
しかし、キリスト者たちは、
イエス様だけを誇る、
イエス様だけを愛すること、
これが大事です。
三番目、
肉の欲が、
精霊様を悲しませます。
キリスト者たちは、
世の中のキリストたちは、
本当に曖昧な状態にあります。
私の家に精霊様が来ておられます。
ですから、
精霊様が私たちに、
要求することがあります。
ところが、
私たちは相変わらず、
健在と自我があります。
ですから、健在と自我が、
私たちに求めることがあります。
ですから、
精霊に従って生きるか、
私の家の肉の欲に従って生きるか、
これが私たちが生きている限り、
キリスト者の家で続けられる葛藤、
精霊と肉の争いなんです。
この時、私たちが持つべき大事なことはあります。
まず私たちは、
イエス・キリストの忠実家とともに、
私は死んだということを、
皆さんご自身が、
私は死んだ、
このことに対して死んだ、
聖書をこう言います。
このように、あなた方も、
自分は罪に対して死んでいる、
キリストに結ばれて、
神に対して生きていることを考えなさい。
ですから、全てに対して、
私は罪に対して死んだ、
この世に対して死んだ、
私は神様に対して生きている、
イエス様に対して生きている、
このことを自分なりに、
続けて続けて、
自分に語りかけることが大事。
また、神様の御業に、
積極的に参加することが大事。
皆さん、私は牧師です。
私はたびたび、
牧師がこんなことをやってもいいの?
私が私にいつも聞きます。
私に、牧師がこんなことを言ってもいいの?
こんなことをやってもいいの?
これが私の防御の壁になります。
皆さんの場合は、
今日、今週、私は、
礼拝の対応祈り当番です。
たったら、一週間、皆さん祈るんでしょう?
一週間、来週、私が対応祈りをするべきなんで、
一週間、ちゅっと心を清くして、
それで、精霊に満たされて、
対応祈りをするように、
ずっと準備するんじゃありませんか?
皆さん、そうですよ。
今週、私は対応祈りをするものだということが、
皆さんの防御の壁になります。
ですから、積極的に一週の宮山に用いられるなら、
これ自体が、
皆さんを守ってくれる、
防御の壁、保護膜になります。
その意味で、
私は、牧師になってよかったなと思いました。
私が牧師にならなかったら、
いや、
罪も勝手に行うし、
いろんな悪いことをしていたかもしれないけど、
牧師がこんなことをやってもいいの?という気持ちで、
ああ、これをやめ。
これをやらない。
私、牧師だから。
ということが、私を守ってくれたと考えるときに、
ああ、本当に、
この世の中に対する、
私を牧師としての立場、
これが、
防御の壁、保護膜になっていったなと思います。
本当に感謝しています。
最後に、
罪が聖霊を悲しませます。
皆さん、罪は本当に怖いものです。
神様と私たちの関係をためにすること、
世の中ではありません。
ただただ一つ、
罪なんです。
罪が神様との関係をためにします。
イザヤ59章1節2節、
主の手が短くて助け、教え、救えないというのか、
主の耳が鈍くて聞こえないというのか、
むしろお前たちの悪が、
お前たちの罪が、
神の御化を隠させ、
お前たちに耳を傾けることを妨げるんだということです。
神様の働きを妨げる、
唯一、一番怖いものが罪です。
罪はただ倫理・道徳ばけではなく、
秩序の罪、
関係性の罪、
不従順の罪、
様々なこと、
聖霊様が悟らせてくださるなら、
すぐすぐ悔い改めることは大事です。
このように、
聖霊様を悲しませる全ての罪を捨てて、
神様を求めるなら、
聖霊十万回復できるし、
長く長く保つことができるでしょう。
私たちが100年間この世で過ごしますけど、
事実、
神様の前で意味ある働き、
これはいつできるのか、
聖霊十万の時にできるんです。
私が勝手に主の働きをすること、
それは主に役に立つのか?
しかし、私が聖霊に満たされて、
聖霊の指示に従って行うなら、
それが全て100%神様に役に立つものになるでしょう。
そこに、
最後の時に報いがあるのではないかと思われる時に、
この世の中で、
聖霊十万をどのくらい維持することができるのか、
保つことができるのか、
それが神様の前で、
一番大事なことではないかと思います。
じゃあ、結論を申します。
結論:聖霊充満による豊かな人生
私たちの信仰生活は、
神様との親しい交わる中で、
見声を聞き従うことなんですけど、
これは、
聖霊十万の時に一番良くできます。
問題は、
聖霊十万をいつまで、
どのくらいまで保つことができるか。
悪魔は続けて、
それを壊すように働きます。
聖霊の働きがなければ何にもできない、
何にもできない私たち。
ですから、
私たちは聖霊を悲しませることを、
徹底的に悔い洗って、
徹底的に捨てて、
聖霊十万を維持することによって、
人生を喜びと、
本当に豊かな、
楽しい人生ができるように、
聖霊様によって素晴らしい人生ができるように、
お祈りしたいと思います。
じゃあ、お祈り出します。
主よ、今日は聖霊十万がどれほど大事なのか、
分かち合いました。
本当に聖霊十万の時、
神様との親しみ、
神の見声を聞き従おうと、
うまくできることも学びました。
悪魔は聖霊十万を妨げますけど、
私たちは、いつも気をつけて、
神様を喜ばせる、
聖霊十万を保つように助けてください。
助け主、聖霊様、
今日も私たちは、
あなたが必要です。
来てください。
助けてください。
イエス・キリストの皆を通して、
お祈り出します。
アーメン。
31:52

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