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「聖霊の充満の為に」2026年5月31日のメッセージ
2026-05-31 33:09

「聖霊の充満の為に」2026年5月31日のメッセージ

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東京ぶどうの木教会 2026年5月31日(日)主日礼拝のメッセージです。

牧師:アブラハム黄

▼メッセージをスライドで: https://x.gd/0dA0T

▼ポッドキャストへのご感想はこちらへ!: https://forms.gle/fHcRBqaFSat8EQfE9

▼教会へのお問い合わせ: tokyo.vine.church@gmail.com

▼メッセージの自動文字起こしはこちら: https://listen.style/p/tokyovinechurch

(聖書) ガラテア下-20 わたしは、キリストと共に十字架につけられています。20 生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。

 

メッセージ題 : 聖霊の充満の為に (ガラテア下-20)

*先週は、聖霊降臨日、聖霊様が来られたことを記念する日でした。聖霊様が来られたことは何と大事なことでしょう。*天地創造のとき、共におられた聖霊様が、(創世記6:3)罪がピークに達したとき人間から離れました。それから原罪の下にいる人間?悪魔の支配下に。(ローマ6:16)神様は神の御姿の人間が罪の奴隷、悪魔の奴隷で過ごしていることを残念と思われ、ヨハネ10:10 イエス・キリストを!

1.人間の心に聖霊様を送る為の三位一体の神様の熱心を記録した本が聖書です。

*イエス様が十字架で死んで下さった理由は、贖いの死によって、血の流しがなければ罪の赦しがない!律法を成し遂げ、私たちを清め、救う為でした。その清くなった心に神様は神の霊、聖霊を送って下さいます。それによって、天地創造の初めて持っていた神の子供の資格、権勢を取り戻してくださいます。(ヨハネ1:12)

*ローマ8:9の事実!世の中には、聖霊によって神の子供の地位を回復した人と、できなかった人がいます。その差は…

 

2.ところが、聖霊様が私たちの心に来られたということも大事ですが…もっと大事なのは、聖霊によって満たされること

*聖霊充満とは?私の内の自我がなくなり、聖霊様が100%支配される状態を意味します。聖霊充満のとき、聖霊様が私たちの霊魂体を統治され、神の御力とご品性が現れます。また聖霊の力である9つの賜物も、聖霊の実りも豊かに現れます。 #聖霊の充満の有益はどれほど多いでしょう!

1)福音書のイエス様の弟子たち?怯えて…しかし聖霊に満たされた弟子たちは?使徒2章で、エルサレムの町を?

2)旧約のサムソン、聖霊に満たされると?士師記15:15ロバの顎の骨で、敵を1000人撃ち破ります。

3)旧約のオホリアブ?モ-セが神様から聖幕に対して聞いたことを、そのまま作ります。神の霊を豊かに →ヤコブ1:5神様は願う人に豊かな知恵を?知恵の霊、聖霊に満たされるとき、神の知恵を頂くことが

#私たちには自我、自由意思、自分の考えがあり、自己中心的?そうするなら聖霊様の働きはできません。

聖霊充満しないで、聖霊に従順しなければ?三位一体の神様が私たちに聖霊を送って下さったことが無意味に!ですから、エペソ5:18聖霊充満を命じられ!パウロ自身もガラテア2:10で実践、維持を

*大事なのは、このように大事な聖霊の充満を誰が成し遂げ、誰が長く維持することができるのかです

罪を犯す?聖霊の実りに反する考えで生活するなら?特に、信仰が未熟な人は聖霊充満維持できない


3.どうすれば、神の祝福である聖霊充満を成し遂げ、維持することができるのか?

*信仰生活のすべての儀式は、心を込めて実行するなら、聖霊充満を頂き維持できるよう賜ったもの。何よりガラテア2:20私はキリストと共に十字架に掛けられてあります?強い自我、自由意思下ろすべき

1)悔い改めること!使徒2:38 悔い改めることによって、イエス様の血潮で罪を清く洗い、聖さを回復!弱さがあって罪を犯しても、早く認め悔い改める!ダビデのように…詩篇51:11聖霊を取り上げないで

2)お祈りです。ルカ11:13神様は祈る人に聖霊を与え、聖霊充満を与えて下さる…お祈りが最も大事!

3)賛美と礼拝!詩編22:3 神様は賛美をどれほど大事に思われるのか!サムエル上13:22ダビデの

4)命を救う伝道活動に!マルコ16:20 神様が喜ばれる伝道の為に生きる人は…神様が喜ばれる!

5)普遍的な聖霊充満の道は、従順!ローマ6:16 大事な霊的な法則!従順するなら? 逆らうなら?

*三位一体の神様が力を合わせて、再び聖霊様を送って下さったとしても…満たされ従順しなければ聖霊様を送って下さらなかったことと同じ。それは絶対駄目です。聖霊の充満とその状態の維持に心を@私たちの人生、短い。神様の御前で何をしたのか聞かれるとき?聖霊に満たされ働いたことだけが!

感想

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サマリー

このメッセージは、聖霊の充満とその維持の重要性について語っています。天地創造の際に人間と共におられた聖霊は、人間の罪のピーク時に離れましたが、神はイエス・キリストを通して私たちを救い、再び聖霊を送ってくださる計画を立てられました。イエス様の贖いの死により罪が赦され清められた心に、神は聖霊を送られ、私たちは神の子としての資格と権威を取り戻すことができます。 しかし、聖霊がおられること以上に、聖霊で満たされることが重要です。聖霊充満とは、自我がなくなり聖霊が100%支配する状態であり、これにより神の御力や品性、聖霊の賜物や実りが豊かに現れます。聖霊充満は、弟子たちが大胆に福音を宣べ伝えたり、サムソンのような超人的な力を発揮したり、オホリアブのように神の知恵を得て聖幕を建設したりすることを可能にします。 聖霊充満を達成し維持するためには、悔い改め、祈り、賛美と礼拝、伝道活動、そして神の御言葉への従順が不可欠です。特に、自分の自我や自由意志を明け渡し、キリストと共に十字架につけられた状態(ガラテア2:20)を実践することが求められます。聖霊充満は、神の祝福であり、神の御業を成し遂げる道であり、短い人生において神に喜ばれる生き方をするための鍵となります。

聖霊の離別とその後の人間の状態
今日は、「聖霊充満の為に」というタイトルを持って メッセージを分かち合いたいと思います。
先週が聖霊合輪日でした。 聖霊様が来られたことを記念する礼拝を捧げました。
聖霊様が来られたということは、とりあえず これは本当に大きな意味があります。
天地創生の時から、人間は初めに神様が人間を作られ、 その中で命の息をフーッと入れられた。
この命の息って何なのかというのは、 ルーハというシェブライ語なんですけど、
それが命の力もできるし、 これは聖霊を意味する旧約聖書の言葉です。
ですからその時、私たちの中には 聖霊様が与えられたと信じることが大事でしょう。
しかし人間が罪を犯して、罪を一回犯したことで 神様がこの聖霊を取り上げたことではありません。
罪を犯して、それがピークになるまで ずっとアダムの時代になって、
アダムじゃない、ノアの時代になって、 罪がもうピークに出したところで、
創世紀6章3節で神様はこう言われます。
私の霊は人の中に永久に留まるべきではない。 人は肉に過ぎないから。
肉に過ぎないということは、 人は動物みたいになってしまったということです。
それで聖霊様は人間から離れてしまった。
聖霊様は汚いところでは もうおられることはできないんです。
だから聖霊様は人から出ていったんですけど、
旧約聖書の中では人の中で聖霊様がおられるのは これは自動的ではなかったということです。
その後人間は弱さを、
健在の下で、サタンの支配下の中で 弱さを持っているから、
罪をもう続けて続けておかしい。
だから罪の奴隷、悪魔の奴隷としての状況を、
これをもうどうすることもできない。 解決するところもできなかった。
だから人間は悪魔の支配下にあったということです。
しかし神様は神の見姿での人間が悪魔の支配を受けていることを、
これは我慢できなく心を痛めておられたので、
私たちは救うためにイエス・キリストを送ってくださいました。
ヨワネの福音書で大事な見言葉があります。 ヨワネ・チュッセツです。
盗人が来るのは、盗人ってこと、なぜ盗人なのか。
アダムが持っていた世界の支配権を、
この悪魔がこれを盗んだんです。
だから盗んで自分が世の神だと言っています。
アダムはこの悪魔の奴隷になって、
そして全世界を悪魔が支配するようになった。
じゃあ盗人が来るのは、盗んだり彷彿ったり滅ぼしたりするためのほかならない。
悪魔の働きは全て人間をダメにすることばかりやっています。
しかし私が来たのは、私ってこと、イエス・キリストが来られたのは、
羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである、
イエス様はご自分を犠牲しながら、私たちに命を与え、
また豊かな恵み、祝福を与えるために来られたということです。
神様は、神様が一番愛しておられる、
神の見すがで作られた人間を、
罪と悪魔の支配から救い出し、
また人間の心に、神の霊、聖霊を送ってくださるために、
賛美大の神様は熱心に働かれました。
これが聖書の記録です。
イエス・キリストによる救いと聖霊の回復
イエス様は十字架で苦しみを受けられ、
血を流して死んでくださった。
それは血の流しがなければ、
罪の許しがないという立法を成し遂げるためで、
ですからイエス様は、
罪の贖うための死を経験しながら、
私たちを救ってくださりました。
また神様は、イエス・キリストを信じて、
悔いを改めて清くなった人に、
この心の中で、神の霊、聖霊を送ってくださった。
そのようにして、もともと天地創生の時、
人間が持っていたこの素晴らしい、
神の霊が共におられたそのところを、
取り戻してくださったんですけど、
神の霊が望まれたその人間には、
神の子供、神の子供の特権を与えられたと、
ヨハネ1章12節には書かれてあります。
ですから今この世の中には、
大勢の人々がおられます。
その中である人は、
聖霊様が来られて、
神の子供として回復された人もいるし、
相変わらず悪魔、
悪しき霊の支配下にいる人もいます。
同じ人なんですけど、
ある人は、このイエス・キリストを信じて、
聖霊様がおられる人もいるし、
ある人は、悪霊が支配している人がいます。
霊的な目で見れば、
これはものすごい大きな差があります。
ここに天国に行くのか地獄に行くのかが書かれてあり、
神の子供の特権が与えられているのか、
神様の天国の威業をいただき、
永遠な祝福をいただくことができるか、
そうじゃなければ、
永遠な地獄で永遠な罰を受けるか、
この全てが、
聖霊様がこの心におられるのか、
おられないのか、
イエス・キリストを信じて、
聖霊を取り戻されたのか、
戻されていないのかに書かれてあります。
今は分かりません。
今はもう世の中で、
みんなどう思いますか?
かっこいいとか、
金持ちとか、
権力を持っているとか、
世の中で成功したのか、
どうと思うんですけど、
この世は100年、
人が死んだら、
この後、天国か地獄か、
どっちかに行くんですけど、
天国に行く人は、
なぜ天国に行くんですか?
イエス・キリストを信じて、
その心に聖霊様がおられるから、
天国に行く。
地獄に行く人は、
イエス様を信じることはできなく、
聖霊様はこの心の中にいないから、
またアクレイの支配下にあるから、
地獄に連れて行かれるようになります。
聖霊様がおられるのか、
おられないのかが、
その人が天国に行くのか、
地獄に行くのかが掛かってあります。
聖霊様がおられるか、
本当に大事でしょう。
2番目です。
聖霊充満の定義と重要性
聖霊様が私たちの中におられたことも大事ですけど、
もっともっと大事なのは、
聖霊10万ということです。
聖霊10万って何でしょう?
私の心の中で、
私の自我、私自身がいます。
私自身がいるんですけど、
その自分自身が、
ほぼいなくなった存在みたいになって、
私のうちにおられる聖霊様が、
私の心全体を100%統治しておられる状況、
これを聖霊10万と言うんです。
聖霊10万の時に、
私の心を聖霊様、
聖霊様は他の言葉では、
キリストの霊、イエスの霊、神の霊というんですが、
神の霊が完全に統治され、
もう私の心の中はまるで天国のようになった状況。
その時、神様の孤貧性が現れ、
神の力が豊かに用いられる。
そこに、神、聖霊の賜物が現れます。
知恵と知識の賜物、
神の奇跡を行う力、
病気を癒す力、
預言する力、
霊を分別する力、
威厳の力、
この全ての力、賜物が、
その中で現れます。
また、その中には、
聖霊の実りがあります。
愛、喜び、平和、寛容、
親切、善意、誠実、
隆和、節制、
一つ一つ聞いても、
本当に美しい美しいことですけど、
その聖霊の実りが、
私の中で、
だんだん、だんだん、だんだん、だんだん、
美を結ぶようになります。
聖霊十万になっていくなら、
聖霊様はいつまでも、
私たちを見守り、
教え、悟らせ、導き、
そして私たちを天国まで
導いていかれるんです。
聖霊十万ということは、
どれほど素晴らしいことなのか。
聖霊十万には、
もう、有益がたくさんあります。
例えば、
イエス様の弟子たちを考えてみましょう。
福音書の最後のところで、
イエス様は十字架で亡くなったでしょう。
その後、残された弟子たちは、
もうユダヤ人たちが自分たちを捕まえて
殺すんじゃないかと思って、
もう怯えて、
それを臆病になって、
家の中で閉じ込まれて、
外に出ることさえできませんでした。
しかし、指導行伝2章で、
聖霊様が怒られ、
聖霊充満の具体例と維持の難しさ
また、聖霊に十万になったら、
同じ弟子ですけど、
彼らは恐れなく、
イエルサリム市内に出て、
それで、イエス・キリストを、
福音を述べていたのです。
そうしたら、
イエルサリム全体が、
都市側も完全に変わってしまいます。
怯えて、
外にも出られなかった弟子たちが、
外に出て、
イエス・キリストの名を述べている時、
奇跡が起こり、
病気が癒され、
宗教主導者たちが怯えて、
逆に怯えて、
彼らをどうしたらいいんだろうか、
と思われる状況でした。
聖霊十万は、
もう怯えている弟子たちを、
力強い弟子に変えてくれました。
旧約聖書で、
サムソンという人物がいました。
そのサムソンに、
神の霊が強く臨んだら、
何が起こりますか?
司祭中古書中古説で見ていますと、
老婆の顎の骨だけで、
ペリシテイの人を、
一千人を打ち殺す。
ペリシテイの人物を、
この剣を持って殺すのではなくて、
老婆の顎の骨だけで、
一千人を、
この敵を打ち殺すほどのパワーがあるんです。
これは、
聖霊十万なのか、
普通の人なのかの違いです。
また私が気にしているのは、
旧約聖書で、
モーセが神様のしない山に登って、
そこから神様から、
いろいろなことを聞かれます。
実戒もその時与えられし、
立法も与えられたし、
そして礼拝のために、
聖幕、礼拝のやり方を、
神様が全部モーセに教えてくださいます。
それでモーセが、
もう山から降りてきて、
それから神様が言われた通り作るんですけど、
モーセが作ったことではありません。
それを作った人が誰なのか、
ベサレト、
オホリヤプという人たちが作ります。
神様がモーセに言われたんですけど、
作るのは他の人が作ります。
しかし彼らは、
神の身むね通り作ります。
どうしてですか?
モーセに言われたことを、
聖霊様がこのしもべたちに、
同じように教えてくださったからです。
この意味から見てますと、
私はこの聖書が理解できます。
ヤコブ一書五節
あなた方の中で知恵の欠けている人がいれば、
誰にでも惜しみなく、
とがめ立てないで、
あなたになる神に願いなさい。
そうすれば与えられる。
知恵が足りなければ、
神に求めなさい。
そうすれば神様が私たちに、
知恵を与えてくださいます。
どのようになさるんでしょう?
これは聖霊によってです。
聖霊は知恵の霊。
もう啓示の霊。
聖霊様が豊かに、
十万に望まれた時に、
私たちの中に、
神の知恵が与えられるんです。
神の知識が豊かに与えられる。
ですから、
聖霊十万ということは、
神の全てを与えられる方法であり、
神の御業を成し遂げる方法でもあります。
しかし、
私たちは人間は、
自分の自我というものがあります。
また、自由意志を持っています。
私たちは自分の考えや、
自分の観点を持っています。
また、自分、
自分の意志をやろうとします。
しかし、私たちの中で、
自分の考えが強くなれば、
聖霊様は働くことはできません。
皆さん、
悪魔と、
聖霊様の働きの特徴。
例えば、
ヤクザは、
人を無理やりやらせるんです。
暴力を振る舞って、
無理やりやらせます。
しかし、神様は、
聖霊様は、
絶対、
無理やりやらせることはありません。
聖霊様は、
私のうちにおられるんですけど、
私が、
聖霊様、
助けてください。
知恵を与えてください。
聖霊様、
これをやってください。
しっきりに願ったら、
聖霊様は、
やろうか、
としながら、
聖霊様は、
やってください。
聖霊様は、
絶対、
無理やりなさる方ではありません。
聖霊様、
おられるんですけど、
私が自由意志を持っている。
だから、
全て私が選んで、
選択して、
自分の言うこと、
言いたいこと、
全部、
自分が言ってしまえば、
聖霊様は、
何にもなさらないで、
心の中に、
ただただ、
おられるだけなんです。
ここで大事なのは、
聖霊様が、
おられたとしても、
聖霊十万じゃなければ、
聖霊様が、
おられないことも、
同じなんです。
だから、
聖霊様が、
おられるとしたら、
私たちは、
聖霊十万の中で、
聖霊様に、
豊かに祈ること、
助けを求めることが、
大事です。
その時、
聖霊様が働かれるんだ、
ということを、
理解する必要があります。
極端的に申しますと、
私が、
聖霊十万にならないで、
聖霊様に完全に従わなければ、
私のうちに、
聖霊様が、
おられること自体が、
何の意味もない場合もある、
ということです。
最近、
この話をするのが、
一番辛いんですけど、
韓国の超大型教会の、
僕先生が、
今、
YouTubeで、
いろいろ、
非難されているところであります。
内容は皆さん、
ご存知だと思いますけど、
その方が、
今まで立派な働きができた、
だから有名な教会の、
偉い牧師になったでしょう。
有名な働きができたのは、
先生が偉いんじゃなくて、
先生が、
聖霊十万のところを、
持って、
それを、
よくよく維持してこられたから、
神聖霊様が、
強く、
神聖霊を使ってくださったからです。
しかし、
聖霊十万でなければ、
皆さん、
私はただただ人間に過ぎません。
だから、
私たちはもう、
恥ずかしいことでもやるんです。
人は、
この先生を非難するんですけど、
その先生は、
ただただ、
聖霊十万を失っただけなんです。
聖霊十万じゃない人間は、
仕方がないんです。
人間はどうして罪を勝ちますか?
どのように悪魔に勝ちますか?
どのように誘惑に勝ちますか?
私たちはできません。
全ては、
聖霊十万が、
誘惑に勝ち、
悪魔に勝ち、
罪に勝ち抜くことができるんです。
聖霊十万じゃなければ、
私たちはただただ、
かわいそうな、
罪人に過ぎないものなんです。
ですから、
私たちは、
ある先生が何か恥ずかしいことをやったと、
非難するよりは、
その先生のために祈って、
先生をもう一度、
聖霊に満たされて、
素晴らしい御業に用いられるように、
お祈りをもって助けてあげることが、
私たちキリスト師派たちが、
やるべきことではないかと思います。
ですから、
シト・パウロはこう言います。
エッペンソン公書の中八節。
酒に酔いしれてはなりません。
それは身を持ち崩すことです。
むしろ、
霊に満たされなさいと言います。
そうしながら、
彼自身は、
聖霊十万をいつも維持したんですけど、
パウロが聖霊十万を維持した方法を、
私たちに教えてくださったことが、
今日読んでくださった聖書です。
聖霊充満の達成と維持の方法
カラディア二書二十節。
私は、
キリストと共に、
十字架につけられています。
これはどんな意味ですか?
私は死んでいます。
私は死んでいます。
みなさん、
死んだ人の特徴は何ですか?
反応しない。
影響を受けない。
ということです。
誰が何を言っても、
私が死んだとしたら、
その人が何を言っても、
反応しません。
その人の何かを影響を受けることはありません。
死んだから。
死んだから。
だから、
私はキリストと共に、
死んでいます。
という意味です。
生きているのは、
もはや、
私ではありません。
キリストが私の内に、
生きておられるのです。
これは、みなさん、
精霊十万です。
私はゼロパーセント。
私の内に精霊が、
百パーセントということです。
その時、
キリストの霊が、
私の豊かに、
望む時、
私がキリストそっくり、
私がキリストの弟子、
その意味が、
キリスト者という意味です。
これは、一番美しい名前を、
得ることができるのです。
大事なのは、
この精霊の十万を、
誰が受けることができるか。
また、誰が、
長く、長く、
それを保つことができるか。
精霊十万は、
罪を犯したら、
駄目になります。
精霊の九つの実り、
分かるで、
みなさん、ご存知でしょう。
愛と、
平和と、
寛容、
親切、
善意、
誠実、
理由は、
節制。
この、
愛を持って働くなく、
愛がない状態で働くなら、
精霊十万は、
駄目になります。
反対になれば、
精霊十万は、
駄目になります。
ですから、
信仰が成長して、
信仰の人格を持つことは、
大事。
イエス・キリストに見習った、
この成熟した信仰の人格、
これを持っている人は、
精霊十万を持ち続けることができるんですけど、
信仰の人格ができていない人は、
簡単に怒ります。
簡単に腹を立たたり、
簡単に自分自身を制御することができなくなって、
精霊十万を保つことができない。
残念になります。
ですから、
私たちは、
信仰を成熟、
弟子になるまで、
信仰を成熟することが大事です。
では、3番目です。
どうすれば、
神の祝福である、
この精霊十万をいただくことができるし、
精霊十万を維持することができるのか。
神様が私たちに与えてくださった、
信仰のすべての儀式は、
私を信仰の儀式を心尽くして守っていくなら、
精霊十万をいただくことができるように、
神様が私たちに与えてくださった、
素晴らしい手段です。
精霊十万をいただこうとするのは、
まず大事なのは、
悔いを改めることです。
精霊十万がなくなる理由は、
罪によってなくなります。
ですから、
悔いを改めて、
罪を清く洗うこと、
清さを保つことが大事です。
使徒行伝2章38節、
悔いを改めなさい。
メイメイイエスキリストの名によって洗礼を受け、
罪を許していただきなさい。
そうすれば、賜物として精霊を受けます。
もし私たちが罪を犯したなら、
皆さん、罪は簡単に犯します。
罪を犯したなら、早く悔いを改める。
罪を楽しみにすることもダメであり、
罪を後になって悔いを改めようとすることもダメです。
なぜなら、
サッタンはいつも罪を通して、
隙を狙って私たちを入ってくるからです。
だから早く、
罪は悔いを改めること。
これが大事です。
また2番目はお祈りです。
洗礼によって満たしてください。
満たしてください。
祈ることです。
ルカの11章13節
このようにあなた方は悪いものでありながら、
自分の子供には良いものを与えるのを知っています。
まして、
天の父は求めるものに
洗礼を与えてくださらないかと言います。
神様はお祈りを通して
洗礼を与えてくださるし、
洗礼10万を与えてくださいます。
また3番目。
賛美です。
賛美の礼拝です。
シエンの22章3節にこう書いてあります。
イスラエルの賛美の上に
茶しておられるあなたは
聖なるお方です。
神様はどこにおられますか?
イスラエルの賛美の上に
茶しておられる。
イスラエルの人たちが賛美をするなら、
賛美の上に神様が
茶しておられる。
何かこの姿は見えますか?
神様は賛美が大好きです。
ですから、
この賛美を用いて
神様と一番親しかった人が
ダビデです。
ダビデはいつも賛美を持って
神様に礼拝しました。
ですから、
ダビデの幕やの礼拝、
これが今の終わりの時に
一番大事な礼拝の形式でしょう。
驚いたのは、
サーメル帳の16章23節に
ダビデが精霊に満たされて
ハープを演奏する時に
サウル王に望んでいた悪霊が
出て行った。
悪霊がサウルに望んでおき、
悪霊によってサウルがもう
耐えられないほど苦しみを担っています。
ああ、誰か何とか助けてくれ
と言った時にダビデが言って
ハープを演奏します。
そしたら、
サウルに望んでいた悪霊が
シャーッと出て行った。
この神様が賛美をどれほど喜ばれるのか、
特に賛美の礼拝をどれほど喜ばれるのか、
神の霊が豊かに望んだら
悪霊が出て行く。
この素晴らしい働きが
この精霊充満、
賛美による精霊充満、
本当に大事なことです。
これから私たちの教会の礼拝、
賛美が豊かにあふれる礼拝になっていただきたい。
日本で悪霊に患らせている、
苦しんでいられる方たちが
教会に入ってきたら
悪霊が全部出てしまって、
精霊に満たされて喜びによって、
この心から喜びに満ちあふれる人になる。
秘訣は何か。
賛美の礼拝なんです。
賛美の礼拝。
ぜひとも皆さん、お祈りに覚えていきましょう。
私たち教会の中で、
賛美の礼拝が豊かに
満ちあふれるように。
この次に大事なのは伝道なんです。
伝道を神様がどれほど呼ばれるか、
マルコ16章20節にこう言います。
弟子たちは出かけて行って、
いだるところで宣教した。
主は彼らと共に働き、
彼らが語る言葉が真実であることを、
それに伴う印によって、
はっきりと示された。
伝道するところには、
神様が豊かに臨まれます。
以前も申し上げたんですけど、
私は会社で社長になりたくて、
会社に行って、
名刺にやりました。
その時、本当に難しくて、
会社を辞めるしかないんじゃないかと思いました。
それから私は会社に勤む、
私の目標を変えました。
社長になるためではなく、
会社に行って伝道するために会社に行くんだと、
私の目標を変えました。
もちろん会社は伝道する場所ではないんです。
本当に難しいところです。
一人も伝道できませんでした。
しかし、人生の目標を変えただけなのに、
会社での私の生活が変わりました。
神様はどこにおられ、
今までこんなに難しかったことを、
神様は変えてくださりました。
それによって私は、
出世と言ってはいけないんですけど、
何かいい道が淡々々と広がれて、
私はそこからアイデアチームのリーダーになって、
それから私は日本の従事員として選ばれて、
それで日本に来て、
私は日本の会社は辞めて、
新学校に行くこと、
いろいろなことができました。
本当に、私の勤める目標だけ変えただけなのに、
伝道は一人もできなかったのに、
神様は私の人生を豊かに祝福してくださった。
何なんでしょう、これが。
神様が伝道、命の救いの御業を、
どれほど喜ばれるのか、
その目標をして会社に勤めただけなのに、
神様は豊かに祝福してくださった。
これはどのようなことで説明したらいいでしょう。
私は分かりません。
ただただ、主が喜ばれることを、
私が目的として生きただけだということです。
5番目。
普遍的に聖霊十万をいただく方法があります。
これは、神の御言葉に従順することです。
ローマ6章16節。
あなた方は誰に奴隷として従うか、
その従っている人の奴隷になる。
私たちは神の御言葉に従うなら、
聖霊様が望みます。
皆さん、神の御言葉を逆らうなら、
嫌がるなら、悪霊が望みます。
これは霊的な法則ですから。
神の御言葉に従っただけなのに、
聖霊様は豊かに望まれます。
神に逆らったり、神に嫌がったり、
御言葉を嫌がったりするなら、悪霊が働きます。
皆さん、これは普遍的な霊的な法則ですから、
ぜひぜひ覚えていただきたいと思います。
三密体の神様が、
聖霊様が出てしまったこの人間を愛してくださって、
三密体の神様が力を合わせて、
私たちに聖霊を取り戻してくださったんです。
聖霊様がおられるのに、
聖霊充満じゃなければ、
聖霊様がおられないことと同じだということを、
今日メッセージで申し上げました。
ですから私たちは、聖霊充満をいただき、
その聖霊充満の状態を持ち続けることは大事です。
そのために神様が私にくださったことが、
信仰の儀式ということです。
悔い改めを通して、お祈りを通して、
賛美と礼拝を通して、
神様を喜ばれる伝道を通して、
私たちは信仰生活を熱心にすればするほど、
私たちの中に聖霊充満が豊かに与えられます。
その聖霊充満を豊かに私たちが持ち続けるなら、
人生の目的と聖霊充満の重要性
そうするなら私たちはパウロのようになります。
生きているのはもはや私ではありません。
キリストが私のうちに生きておられるのです。
キリストが私のうちに生きておられる人生、
この信仰生活が毎日奇跡を行うような人生になります。
結論を申し上げます。
私たちの人生は短いです。
私たちはこの短い100年の人生の中で、
私が主のために何をしたのか、
皆さんいつも考えるでしょう。
特に私は今61歳ですから、
いつ神様の前に立つのか分かりません。
後ほどではないかと思います。
神の前で私は何をしてきましたと報告しなければいけないのですが、
この神の前で報告すること、何をしたのかと考えるときに、
まず大事なのは、私がどれほど聖霊に満たされ、
聖霊様に従って生きたのか、
ここと関わりがあるのです。
聖霊充満、または聖霊充満を維持する生活、
この中で神様に報告するすべてが入っているでしょう。
忠実に生けたとするなら、
神様は私に木の冠を与えてくださり、
すべての祝福を異形として与えてくださると信じます。
私はこの聖霊充満ということを、
ぜひともぜひとも、私だけじゃなくて、
子供たちにこのことをうまく説明できて、
そして子供たちが子供のときから聖霊に満たされる子供になったらいいなと思います。
洗礼者ヨハネのように、
ダビデのように、
またヨッセプのように、
イエス様のように、
子供のときから聖霊に満たされて、
神の前でよくよく用いられたように、
私たちの子供たちも祝福に満ちあふれる子供になること、
親である私たちはもちろん祈るべきでしょう。
これからも祈り続けていきたいと思います。
お祈り出します。
神様は神の見姿である人間を愛しておられ、
三密体の神様が力を合わせて、
聖霊様を取り戻したことを感謝します。
ところが、聖霊様はおられるのですが、
私たちの自由意志で自分勝手に過ごしたことを悔い改めます。
これから、聖霊に満たされたいと思います。
また、その状態を持ち続けたいと思います。
そのようにして、私たちは神様に本当に報告できる、
喜ばれる人生を過ごし、
主の前で祝福される私たちになりたいと思います。
聖霊様助けてください。
イエス様の皆を通してお祈り出します。
アーメン、アーメン、ありがとうございます。
33:09

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