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「聖霊降臨」2026年5月24日のメッセージ
2026-05-24 37:09

「聖霊降臨」2026年5月24日のメッセージ

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東京ぶどうの木教会 2026年5月24日(日)主日礼拝のメッセージです。

牧師:アブラハム黄

▼メッセージをスライドで: https://x.gd/0dA0T

▼ポッドキャストへのご感想はこちらへ!: https://forms.gle/fHcRBqaFSat8EQfE9

▼教会へのお問い合わせ: tokyo.vine.church@gmail.com

▼メッセージの自動文字起こしはこちら: https://listen.style/p/tokyovinechurch

 

(聖書) 使徒2:1-4  五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、2 突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。3 そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。4 すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。

 

メッセージ題 : 聖霊降臨(使徒2:1-4)

*5月は家庭の月です。また5月は復活されたイエス様が地上に残られ神の国について教えられたことを覚え、ローマ14:17を。聖霊によって与えられる義と平和と喜び…私は義とされるのに相応しいのか?またすべての人と平和に過ごしているのか、喜びは?恥ずかしい。イエス・キリストの十字架の功労がなければ!神の国を考えるとき、イエス様にもっと密着して恵みを乞うようになりました。キリストの花嫁に

*5月の霊的なカレンダー?5/14、イエス様の昇天。24日、聖霊様の降臨…その御姿を。使徒2:1-4


1. 今日は、聖霊様の降臨日として…

1)三位一体の第2位、イエス様がこの世に来られた日を?クリスマス。 創世記3:15の約束に基づいて、メシアとして!→公生涯の終わりに、ルカ24:49、使徒1:8 聖霊様を待ち望んでいるような。特別目的の為の準備

2)聖霊様がこの世に来られたのは、ペンテコステの日に。 それは、エレミヤ31:31の約束に基づいて、ヨエル2:28、29で確かめて…→このように、イエス様を救い主として、聖霊様を助け主として送って下さいました

 

2.聖霊様は、どんな人に来られるのでしょう?

*聖霊は聖い霊。聖くなった人に来られます。聖くないところには来れないお方です。では、どうすれば人間が聖くできますか?人間自らは聖くできません。 *初めに神様が人間を創造されるとき、創世記2:7土の塵で形作り、その鼻に命の息を?この命の息って?聖霊様?→この人間が罪を犯しました。罪を犯したって、すぐ聖霊様が離れたのではありません。創世記6:3人間から離れます。その後?

←それにも旧約時代聖霊様のご臨在はありました。特別の働きの為に、一定の期間、それから離れました。詩編51:13ダビデの叫び?人間はいくら努力しても…神様は、憐れに思われイエスキリストを

ガラテア3:13、14イエス様の十字架は、救いの御業もありますが、聖霊様を送って下さる為でした。

#聖霊様の働き!1)神様の子供たちを助ける為。エレミヤ31:33、ローマ8:26お祈りを持って、特に、聖霊様は神の御言葉を持って?エペソ6:17霊の剣、神の御言葉? 2)宣教の御業の為に。使徒1:8

ここでイエス様の救いの御業と聖霊様の救いの御業の比較。成就されたことを伝える。普遍性、内面性

 

3.聖霊様は、各人の内に入られて、具体的に、どのように人を助けますか?

1)悟らせる、照らされることによって。 *神様との関係で致命的な問題を起こしているが、私たちが気ついていないのは?罪!ヨハネ16:8、9聖霊様が悟らせて下さる! ルカ5章のペトロ!イエス様から様々助けてもらっていたのに…しかしある事件で目が開かれ自分が罪深い人間であることを! *真理をさとらせてくださり、神の秘密と神秘を聖霊様だけが悟らせる。ヨハネ14:26、Ⅰコリント2:9-10

2)心の中に入られて変えられる。→悔い改め、聖く、喜び、平安、希望をもたらす。エペソ4:22-24

*どのように変えられますか?使徒2:37、悔い改めによって変えられます。<-これは聖霊によって

3)ご臨在、内住、同行。→キリスト者の心に共におられ助ける。Ⅰコリント3:16、17、ローマ8:14-15

4)権能を授ける。使徒1:8 福音を伝える為には、この世を支配している悪魔と戦いは避けられない。

与える権能?聖霊充満、聖霊の実り、ガラテア5:22-23、聖霊の賜物、Ⅰコリント12:7-10、聖霊の油注ぎ・・など。すべての知恵と力を与えてくださいます。それも、すべてを賜物として与えてくださいます

@旧約は文字による生活。新約は聖霊による生活。 その為に聖霊の御声を聞き、敏感に従うのが大事!

終わりの時、大宣教命令、回復とリバイバル、大収穫・・これに対抗する悪魔との霊的戦いの為に!

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サマリー

このメッセージは、聖霊降臨日である2026年5月24日の主日礼拝で行われたアブラハム黄牧師による説教です。牧師は、5月が家庭の月であることに触れつつ、イエス様が教えられた「神の国」について語ります。神の国は「聖霊によって与えられる義と平和と喜び」であるとしながらも、自身が罪の記憶に苦しみ、完全な義、平和、喜びを実践できていないことを告白します。これはイエス・キリストの十字架の恵みによってのみ可能であり、イエス様との一致が神の国を成し遂げる道だと強調します。 説教の中心は聖霊の働きです。イエス様が昇天後、約束通り聖霊が降臨し、信じる者たちと共に住み、助ける存在となったことが説明されます。聖霊は清い霊であり、人間は自ら清くなることはできないため、イエス様の十字架の贖いによって清められた者に聖霊が与えられることが旧約と新約の対比で示されます。聖霊の主な働きとして、①神の子供たちを助ける(祈り、御言葉)、②宣教の御業(福音を伝える)、③各人の内に入って悟らせ、変え、共に歩み、権能を授けることが挙げられます。特に、罪を悟らせ、真理を教え、悔い改めと聖霊の実りをもたらし、悪魔との霊的戦いのための力を与える働きが強調されます。最後に、聖霊は共同体を愛し、教会を強くされる存在であり、私たちは聖霊の声に耳を傾け、従うことが最も重要であると結んでいます。

はじめに:聖霊降臨と神の国
今日は、聖霊降臨という題をもって、 聖霊様が来られた日を記念するメッセージをしたいと思います。
5月は家庭の月として守っています。 家庭の月で、家庭のためにメッセージするよりは、神の国についてずっとメッセージしています。
なぜなら、イエス様が復活されて、それから40日間この世の中で滞在しながら、 復活の確かさと、もう一つ、神の国について教えられたということ。
イエス様が初めに来られて、神の国がつきましていた。 福音を信じて、悔や改めて福音を信じなさいと言われて、初めに語るメッセージも神の国。
また、最後に教えられたことも神の国。 結局、イエス様は神の国を回復されるために来られたとよく考えていいですね。
ですから、神の国についてずっと5月一緒に分かち合いました。
先週、ローマ書14章17節、神の国は飲み食いではなく、 聖霊によって与えられる喜と平和と喜びだということです。
私はこのことを先週メッセージしました。 メッセージしたのにもかかわらず、この見言葉がいつも気になっているんです。
聖霊によって与えられる喜と平和と喜びの喜びだ。
正直に申しますけど、喜と平和と喜び、私はできていません。
私の心には神の国ができていないような気がします。 なぜなら、
私はもちろんイエス様を信じて救われました。 私は天国に行く確信があります。
ありますけど、私は喜ではありません。
私が犯した罪を今全部覚えています。
この罪の記憶、罪の覚えが今も私を恥ずかしめて、いろいろ何か私を苦しめている状況で、
私が神様の前で、私は正しいです。
全世界の人々に泣いて、私は火の打ち所もないほど、私は正しいです。
言うのは、これできません。
覚えがあって、いつも罪によって苦しんでいるからです。
私みたいな、こんな罪を犯した人間が、今、牧師をやっていいのかということが、私の正直な心です。
罪の記憶、本当に難しいですね。
また、平安。正直に私は平安ではありません。
神様と皆さん、特に皆さんの前で、申し訳ない心で今いっぱいです。
心が楽ではありません。
また、喜び。
もともと私は喜ぶのはあまり苦手で、
喜ぶよりは、何か少し深く考えるスタイルというようなスタイルで、
喜びということは、なかなか私は親しくありません。
ですから、私はいつも、私は神の国にふさわしくない人間なのかと思われます。
どうすれば、私は気です、平安です、喜びです、と言うことができるか。
これは、ただただ、イエス・キリストの十字架の恵み、イエス・キリストの十字架の厚露によって、
私は気という言葉を使うことができるかなと思うし、平安、喜びも話しすることができます。
イエス・キリストから離れたら、私は絶対できません。
だから、私はイエス・キリスト様と一致する、イエス・キリスト様とくっついて、イエス・キリスト様に従っていく、
これが私の神の国について私ができるすべてです。
これをする一番いい方法は、イエス・キリスト様を愛することです。
イエス・キリスト様を本当に深く愛の中に陥るなら、
ああ、神の国が私の心に、私のすべての周りに、神の国が成し遂げられるんだと思って、
イエス・キリスト様から離れたら、私は何にもできない。
ですから、これを私は先週メッセージしながらも、
私はイエス・キリスト様なければ、私は何にもないです、私は何にもないです、
いうような告白を続けてやっているところであります。
聖霊降臨の背景と聖霊の到来
先ほど、5月の礼儀的なカレンダー、イースターから40日後、昇天され、
昇天されて10日後、聖霊様が来られたということです。
聖霊様がどのように来られたのか、今日読んでくださった古巡節の日が来て、
一堂が一つになって集まっていると、
突然、激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえて、
彼らが座っていた家中が響いた。
そこで、そして、炎のような舌が別れ別れに現れ、一人の一人上に留まった。
そうしたら、一人一人が聖霊に注目になって、
そして、聖霊が語らせるままに語ったということです。
当時、遺言というよりは、他の国の開国語、言葉で語られたということを書いてあります。
本当に聖霊様が来られたら、一度、私たちはどうなるか分からない。
私は聖霊が指示される通り動くものですから、
聖霊様が来られた後は、私たちはとにかく従うしかないということを申し上げたいと思います。
聖霊様が来られることについて、
三密体の神様、父なる神様、子なるイエス様、聖霊様という形ですけど、
イエス様が来られた時を、私たちはクリスマスとして盛大に守ります。
イエス様がなぜ来られたのですか?
創世紀3章15節です。
そこで、女の子孫を送ってくださるという神様の約束によって、
イエス様がこの世に来られました。
そして、女の子孫としての、キリストとしての身業を成し遂げられ、
私たちを救ってくださいました。
このイエス様が後生涯を3年半終わらせたところで、
ルカの24章49節に、
私は父が約束されたものをあなたたちに贈る。
高いところから力に覆われるまでは、都に留まりなさい。
父が約束されたことは、どこで、いつなさったんですか?
これはエリミア書31章のことを意味します。
私は、あなたたちに新しい契約を立てる。
新しい契約を通して、あなたたちの心の中に、
あなたたちの胸の中に、私の言葉を捧げるということ。
これが約束だったんですね。
その約束通り、高いところからあなたたちに
聖霊様を贈ってあげるから、待ちなさいと言われました。
また、シドギョーデン1章8節には、
あなた方の上に聖霊が下ると、あなたたちは力を受ける。
そして血の果てにまで、私の証人になる。
この話をされて、イエス様は昇天されたんです。
だったら、イエス様の3年半の働きは、一体何のためか。
もちろん私たちを救うためもありますけど、
もう一つの目的があったんですけど、
それが私たちの心から、
昔々アダムの心にはあったんですけど、
与えられた聖霊様がいなくなった。
人類の中でいなくなった聖霊様が、
もう一つイエス様によって、
再び心の中で聖霊様を受け入れることができる状態を作ってあげて、
昇天されたと言われます。
これが非常に大事です。
聖霊はどのような人に来るのか:清さと人間の罪
私たちは、これから私たちは、
聖霊様は私たちの心に来られました。
しかし、聖霊様はどんな人の心に入られ、
その人と共に住ませ、そして導いてくださるのか、
聖霊様は一体どこでおられるのか、
これを聞くのは非常に大事です。
聖霊様は清い霊です。
清くないところには、
聖霊様が留まることはできません。
人間はもともと現在のもとで生まれ、
罪ばっかり犯している私たちですから、
どうすれば私たちは清くすることができますか、
いうことを聖霊様を考えたら、
考えなければいけないことです。
もともと神様が人間を作られたときには、
人間は清いものでした。
そして、創世紀2章7節に、
主なら神は土の塵で人を作り、
その花に命の息を吹き入れられた。
こうして人は生きるものになった。
命の息をふっと吹き入れられたといったときに、
この命の息、これは旧約聖詩でローファーといいますが、
この原点でこの言葉が聖霊様を表します。
だからそのとき、聖霊様を命の息を
ふっと入れてくださったなと思っていいでしょう。
ところが、人間が罪を犯しました。
罪を犯したばかりで、
聖霊様が離れてしまったのか。
そうではないですね。
罪を犯したのは創世紀3章ですけど、
聖霊様が人間から離れられたのは、
創世紀6章なんです。
ノアの時代、人間の堕落がピックになったとき、
神様は我慢しながら、我慢しながら、
創世紀6章3章でこう言います。
主は言われた、
私の霊は人の中で永久に留まるべきではない。
人は肉に過ぎないから。
肉に過ぎないということは、動物だから。
獣のようになったからってこと。
だから創世紀3章から創世紀6章まで、
罪を犯したんですけど、
でも、聖霊様はその中に留まっていた。
しかし、人間が堕落をピックになっているところまで、
我慢して我慢しながら、
聖霊様はこれ以上、私は人間の中にいることはない。
それから、聖霊様は離れてしまいました。
その時から生まれた全ての人、
その時から、
聖霊様は人間の心の中でおられませんでした。
ところが、旧約聖書でも、
聖霊の御臨罪がありました。
どんな人に?
これは油注がれた人に、ということです。
特別な働きのために、
特別な人を用いられる時に、
神様がその人を清めて、
それから、この人の中に聖霊を入れてくださいました。
そうするなら、その人は、
人間が想像もできない働きができました。
サムソンもそうだったし、
ダビデもそうだったし、
また、先霊者ヨハネもそうだったし、
たびたび、そのような働きができました。
独定な時期、独定な人物に、
独定な働きのために聖霊が来られ、
それが終わったら、
聖霊様がその人から去ってしまいました。
聖霊様が来られたことをどれほど素晴らしかったのか、
神様から一番うまく用いられたダビデが、
罪を犯しました。
もうダビデの罪を皆さんご存知ですね。
罪を犯して、悔い改めながら、
泣きながら、彼はこのような告白をします。
人間が罪を犯したら、
罪はもう本当に、一回罪だけじゃなくて、
私たちは罪を繰り返し、
毎日毎日罪と共に過ごしている人間ですから、
聖霊様が汚れた私たちと共にいることはできなく、
旧約聖書の中では、
聖霊様は人間と共におられなかった。
人間がいくら努力しても、清くならない。
だから、聖霊様が共に居ることができない。
人間が聖霊の助けがなければ、
神の立法を守って祝福されることもできない。
神様を喜ばせることもできない。
このような時代を旧約聖書はすぐと過ごされました。
このような人間を神様が愛してくださって、
哀れに思われて、
私たちにイエス・キリスト、イエス・メシアを送ってくださいました。
イエス様は、キリストの使命を成し遂げるために、
十字架を背負って死んでくださった。
十字架で、罪の問題、誘惑する悪魔の問題、
罪の罰の問題を全て担われて、
誰でもイエス様の十字架に委ねて悔い改めさえあれば、
どんな罪を犯したとしても許してくださり、
その人が新たに命を与え、
新たに生まれ清くなるように、
イエス様が作ってくださいました。
それによって、イエス様に出会って、
新たに生まれて清くなった人には、
聖霊様がその人の心の中に入ってくるようになったということが、
皆さん、これは旧約聖書全体の人々は想像もできない素晴らしいことです。
ですから、ガラディア三章十三節十四節、
イエス・キリストが十字架に懸けられた理由は、
私たちをアブラームの子孫としてさせてくださるためであり、
ダメだけじゃなくて、聖霊を送ってくださるためだと言われます。
十字架は結局、聖霊様を送ってくださるためだったんです。
このように来られた聖霊様、
聖霊の任務:助け主としての働き
聖霊様を、イエス様を救い主と言われます。
また最後には裁き主もなります。
聖霊様は何と言われますか?
助け主と言います。
聖霊の役目は、助ける役目です。
じゃあ、助け主としての初めの任務は何かと言いますと、
神、イエス様を信じて、神の子供になった人々を助ける役目です。
どのように助けますか?
まず、その人の心の中に入って、
心の中でその人のために働かれます。
ですから、救われたと言いながら、
心の中で聖霊がおられないということは、これは嘘です。
これは違います。間違いです。
聖霊様を心の中でこらえて何をされるのか、
ローマ書8章、よく書かれてあります9章と26節を読みましょう。
神の霊があなたたちの内に宿っている限り、
あなた方は陸ではなく霊の支配下にいます。
キリストの霊を持たない者は、キリストに直していません。
また、26節に、
同様に霊も弱い私たちを助けてくださいます。
私たちはどう祈るべきか知りませんが、
霊自らが言葉に表せない運命気を持って、
神の子供たちのために取りなしをしてくださろうと言います。
皆さん、私たちは生きていながら、
人生の中で様々な問題、様々な事故、様々な苦しみがあります。
しかし皆さん、これを思って、
私たちは絶対滅亡になりません。
倒れることはありません。
なぜなら、私たちの家におられる聖霊様が守ってくださるからです。
先週、息子が朝、会社に行く途中で、
赤羽根で乗り換えをするんですけど、
皆さん、赤羽根で列車とプラットフォームの間に、
隙間が少し空いているところがあって、
人々の後ろから押し寄せられて、
自分の足がこの間にフワーッと入ったそうです。
私は後になって聞いたことだから、膝まで入って、
私はその話を聞くとき、今何を言っているのかと思いました。
もしそこで列車が動いたとするなら、どうなったんだろうかと思って、
心は難しくなりました。
彼はそこで足を、とにかく道理の良い人が引っ張ってくれて、
助けられたという。
私は皆さん、皆さんの人生の中にも、
いろいろ危険な時期、いろいろ難しい時期があったと思います。
そのとき誰が働いておりますか。
心の中におられる聖霊様の働きがあるんですよ。
それで、自分は救われた、ほっとしたら大変になると思ったと言いますけど、
聖霊の助けが働いたんです。
この後、私はこの話を聞くときに何を言っているのかと思ったんですけど、
後になって考えれば考えるほど、聖霊様ありがとうございます。
聖霊様ありがとうございます。
皆さん、私たちの子ども、親が何かついていきながら、
親が助けたり助けたりできますか。
できません。
聖霊様がおられるんですよ。
だから子どもたちのために熱心に熱心に祈るべき、
親の祈りが必要な理由はここにある。
きくなときに聖霊様が働かれる。
救ってくださる。
本当にもう心から感謝しかない。
どうすると思う。
だから打撲ショーにあったから、
パース貼ってなんとかお前も気をつけろよと思って終わったんですけど、
後、考えれば考えるほどどうするつもりだったのかと思われるんですね。
本当に私たちの祈りが必要な人がたくさんいます。
私たちの子どもたちどうするつもり。
これからの一生が子どもたちを見守ってくださる聖霊様に感謝しましょう。
助け主聖霊様ありがとうございます。
本当にまた聖霊様のもう一つの任務は、
聖霊の働き:悟らせる、変える、力を与える
福音を伝えて命を救う働きです。
もうこれは宣教ということです。
イエス様を昇天なさいながら、
使徒行伝一書八節、
あなたたちの上へ聖霊が下ると、
あなたたちは力を受ける。
そして、イエルサレムばかりではなく、
ユダヤ、サマリア、ゼンド、まだ地の果てに至るまで、
私の証人となる。
これがもう一つの目的です。
じゃあ救いの御業に対して、
イエス様の働きと聖霊様の働きを何が違いますか。
イエス様は、
弊社として人類の救いのために、
十字架で死んでくださることによって、
この人間の救いの根本的な問題、
罪の問題、サタンの問題、
罪の呪いの問題、
全てを解決してください。
じゃあイエス様は全ての根本的な問題、
全部取り除いてください。
それからこの後の働きは、
聖霊様が全部なさいます。
じゃあイエス様は根本的な働き、
また聖霊様はこれをもって、
全世界の人々を救う御業をなさいます。
聖霊様が全世界の人々を救うときに、
二つの原則があります。
一つは普遍性、
もう一つは内面性です。
普遍性は何ですか。
ある特別な人だけ救うんじゃなくて、
聖霊様は全世界にいる全ての人を救う。
もう一つは内面性です。
その人を心の中に入って、
この心の中から人を変えながら、
その人たちを救ってくださり、
変えてくださり、
イエス様の見姿になるように、
助けてくださる働き、
これを内面、心の中に入られて、
それを成し遂げてくださるんだということです。
じゃあでは聖霊様が心の中に来られて、
何をされるのか、
今日は簡単に五つだけ覚えておきましょう。
聖霊様は悟らせてください。
悟らせてくださるんですけど、
二つです。
一つは罪に対してです。
要は16章8節9節、
この方が来れば、その方が来れば、
罪について、気について、
また裁けについて、
世の誤りを明らかにする。
罪についてとは、
彼らが私を信じないことだ、という。
じゃあ罪は何ですか?
罪は倫理、道徳的なこと、
そのことはもちろん罪ですけど、
一番聖霊様が私たちに教えてくださる罪は、
イエス様を信じないことが罪だ、ということです。
ルカの故障でペテロがいます。
イエス様はペテロを救いたくて、
ペテロのところをうろううろうされました。
ペテロの周りで教えられ、
奇跡を行われ、
宗徒めの烈病を癒してくださり、
いろいろな働きをペテロの身の周りで
行ってくださったんですけど、
ペテロは信じません。
ペテロはいつも男ですね。
こんなに女みたいに、
主を助けてください、ください、
こんなに力もなさそうな男、
これは嫌だ、というペテロ。
本当にペテロは男です。
しかし、ある日、
夜通し魚を漁したんですけど、
一滴も取れない日がありました。
そのところでイエス様はペテロのところにいて、
沖に漕ぎ出して、
網を下ろし漁をしなさいと言いました。
一滴も取れなかったから、
イエス様が言われた通り、
ペテロはついてきてやってくれたんです。
そしたら、おびただしい魚が釣れられた、
ということです。
その時ルーカー公書8節にこう言います。
これを見たシモン・ペテロは、
イエスの足元に比例して、
主を私から離れてください。
私は罪深いものです、と言います。
ペテロは何を罪犯したんですか?
イエス様に悪いことをしたんですか?
何にも悪いことをしていません。
しかし、ペテロは分かっています。
イエス様はわざわざ逃げたということ。
イエス様は信じるべきなのに、
イエス様は信じなかったということです。
それからペテロは変わって、
イエス様の弟子になるんですね。
何が罪なのか、
イエス様は信じなかった、
信じてなかったということです。
これが一番大きな罪です。
世の中の大勢の人々はこう言います。
いや、私は何か罪を犯したません。
私の父がそうでした。
私が罪人だって、
私は罪を犯したない、と言います。
しかし聖書は、
イエス様を信じていないことが、
罪だと言われています。
じゃあ、そこから罪だと思って、
イエス様に悔い改める人がいるでしょうか?
聖霊によらなければ、それはできません。
また、聖霊様を悟らせてくださるのは、
真理なんです。
真理。
聖霊様は神様の御言葉を、
私たちに悟らせてくださるんですけど、
ヨアネ14章26節。
しかし弁護者、すなわち、
父が私の名によってお使いになる聖霊が、
あなた方に全てのことを教え、
私が話したことを、
ことごとく思い起こしてくださる。
じゃあ、聖霊様の働きは何かと言いますと、
イエス様が言われたことを、
思い起こしてくださる。
それを通して、私たちを助けてくださり、
真理の中で導いてくださり、
また、真理を通して悟らせてくださる働きをします。
じゃあ、2番目。
聖霊様は、宣教のために来られました。
聖霊様の一番大事な働きは、
世の全ての人々に、
イエス様が成し遂げられた救いの御業を、
説明して、教えて、
その人を通して、
信じるようにさせて、救うことです。
皆さん、これはどれほど難しいでしょうか。
イエス様が成し遂げられた十字架の御業を、
世の中全ての人々の心の中で、
その人々にそのことを教えて、
イエス様を信じるように助ける役目、
これをイエス様がなさいます。
そのために、聖霊様は、
キリスト教徒たちを使われます。
私たちも使います。
だから、私たちを通して、
私たちの家の隣のいる人、
また、身の回りのいる人、親しい人、
その人たちに福音を伝えることができるように、
聖霊様が私たちを感動させます。
いろいろ教えてください。
聖霊様が一番喜ばれるのは、
私たちがイエス様を愛することです。
イエス様を愛する人が、
イエス様の御業を行うからですね、
イエス様を信じて愛する、
その時、聖霊様が喜んで喜んで、
さらに復活します。
また3番目、
イエス様は私たちを変えられます。
聖霊様は私たちの心の中におられて、
悔い改めるように導いて、
また、聖霊の実りを与えてくださって、
変えられます。
聖霊の実りは何ですか?
ココナツの実り。
愛と喜び、平和、寛容、
親切、善意、誠実、
説誠、You are 説誠。
これを通して、
イエス様に見習った美しい人になるように助けます。
だから、イエス様を信じますと言いながら、
いまだに性格が荒いとか、
いろいろ難しい人は、
やっぱりこれからまた、
聖霊様の助けが必要だなと思います。
また真理を教えてくださる時に、
皆さん、宗教妥言論を信じる人は、
その心の中に聖霊様がおられません。
聖霊様がおられる人は、
絶対、宗教妥言論とか、
異端とか、
一折の信仰に陥る可能性はないんです。
なぜなら、
聖霊様が悟らせてくださるからですね。
その働きを通して、
聖霊様は私たちを導いておられます。
また4番目、聖霊様は、
力を与えてくださいます。
聖霊十万、聖霊の油注ぎ、
私たちには力が必要です。
なぜなら、
今世の中、
血の果てにまで福音を伝えとしたら、
全ての人を支配している悪霊を
追い出さなければいけません。
一人の人を救おうとしたら、
その人を今支配している霊を
追い出すことが大事です。
それをしないまま人を救ったといっても、
再びその霊が人を捕らえるなら、
その人はいつか信仰がなくなってしまいます。
だから、私たちの働き、伝道ということは、
霊との戦いです。
その人を支配している霊との戦い。
だから、その霊を追い出すためには、
私たちには力が必要です。
その力を聖霊様が与えてくださる。
また、聖霊十万。また、聖霊の賜物。
そうして、その力を発揮することができます。
聖霊の賜物については、
これから一緒に学ぶべきことですから、
これからやっていきましょう。
神様が力として与えてくださらないことは、
一切ありません。
全てを賜物として与えてくださいます。
ですから、約分一書五節。
あなたたちの中で知恵が足りないものがいるなら、
何が欠けているものがいるなら、求めなさい。
そうすれば与えられる。
神様、いくらでも与えてください。
その力を通して、
神の御業に用いられるように助けてください。
また、五番目。
聖霊と共同体、そして従うことの重要性
聖霊様がまた大事に思っているのは、
共同体です。
本当に聖霊様は、共同体を愛しております。
二人が、また三人が、私の名によって集まるところには、
私はその人の中にいる。
家庭にも聖霊の働き、
また教会にも聖霊の働き。
聖霊様は共同体を強くさせる、
力をつけられる、
共同体を愛しております。
バラバラになることは愛しておりません。
ですから、共同体の働きが一番大事です。
私は先週もそれを発見しました。
先々週も発見しました。
教会の来の家族の欄に、
誰のため、誰となったのために祈ってください、
というような祈りのお願いがありますと、
あげられると、
皆さんが全部祈られること、
わあ、これは私たちの力だなと思います。
畑間さんの手術があります、祈ってくださいと言ったら、
皆さんみんな祈ったでしょう。
教会素晴らしい。
この教会、
聖霊様が用いられる教会と言えるしかないでしょう。
野上さんの入院、
みんながどうしようと思いながら、
みんな祈ってくださること、
わあ、私は嬉しく嬉しく思いました。
聖霊によって満たされている教会、
人数が多いか少ないか関係なく、
このみんなが心を合わせて、
礼的な私たちの家族のために祈ってくださるこの姿を、
神様はどれほどどれほど嬉しく思われるでしょうか。
この全ては聖霊様が働かれるんです。
祈られる方、みんな祈られたでしょう。
聖霊様が助けられたんです。
聖霊様は感動されたんです。
全てが聖霊によってできることだと考えるときに、
これから信約時代の信仰生活は、
聖霊によってできるんだということ。
だから今日、
聖霊を暴毒する罪は絶対許せないと、
イエス様は言われたでしょう。
マタイ12章31節。
人が犯す全ての罪は許されるけど、
聖霊を暴毒する者は絶対許されないと言われます。
なぜなら、
聖霊様が全てを行ってくださるからです。
旧約聖書は、
立法による、文字による信仰生活と言います。
しかし、信約時代は、
聖霊による信仰生活です。
聖霊様は来ておられる。
信じる人の心の中におられる。
聖霊がおられない人は信者ではない。
聖霊がみんなおられます。
そうしたら私たち一番大事なのは、
これから私を助けるために来ておられる聖霊様に、
どのくらい関心を持って、
耳を傾けて、
聖霊様の指示、
聖霊様の教えを聞き従うのか、
ここに私たちのすべてが書かれてあります。
ですから、聖書は、
丸小四書九節、
聞く耳のあるものは聞きなさい。聞きなさい。
黙示録で二書一節、
耳のあるものは、
霊が諸業界につけることを聞くがよい。
だから、聖霊様に耳を傾けて聞きなさい。聞きなさい。
何をするようにするよりは、
まず聞きなさい。
ですから、聖霊様に耳を傾ける私たちになりましょう。
だったら、聖霊様はこれから、
いろいろたくさんのことを教えてくださるでしょう。
牧師伝道師だけじゃありません。
皆さんに教えてくださって、
皆さんをどうして牧師伝道師を動かす時もありますので、
みんな、聖霊様に耳を傾ける。
謙遜になる。これが一番大事です。
世の終わりを、時を過ごしている私たちキリスト者には、
神様がたくさんの議題をしておられます。
大選挙命令があるでしょう。
教会回復、リバイバルと大収穫、
ここに対抗する悪魔との霊的な戦い、
いろいろなことがあります。
これを私たちができません。
聖霊様がなさいます。
私たちは聖霊様の道具です。道具。
ですから、聖霊様と祈りを通して、
聖霊様に用いられる働きをこれからすることが一番大事です。
聖霊様は助け主です。
何か足りない方ではありません。
完璧なお方で、私たちを完璧に助けてくださいます。
ですから、よく聞いて従う。
これが私たちがやること。
よく聞いて従うなら、
聖霊様がうまくやった、よくやった、
そして私たちをよく、これからももっともっと使ってくださるでしょう。
聖霊様によく用いられる教会になりましょう。
お祈りいたします。
主よ、私たちには本当に助け主イエス様、
救い主イエス様、助け主聖霊様、
起こってくださってありがとうございます。
神様は私たちに必要なすべてを与えてくださいます。
本当に私たちに対する神様のこの愛、また恵み、素晴らしい。
私たちの教会は、神様のこのたくさんの恵みに応える教会、
またイエス様、聖霊様の御声に聞き従う教会になりたいです。
どうか私たちが聖霊様に耳を傾けるこの姿勢、
また謙遜、また敏感さを豊かに与えてください。
そして、聖霊様に一番うまく用いられる教会にならせてください。
イエス様の皆を通してお祈りいたします。
アーメン。
37:09

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