今日は御国が来ますようにという対応を持ってメッセージを分かち合いたいと思います。 最近非常に暑いです。
昼の最高の気温が36度、38度まで上がるほど、今すごく暑いです。
このような暑さの中で外に出て運動するのは極めて危険なので、 控えてくださいと言われる案内の放送もあります。
皆さん、暑くなれば全てが嫌ですよね。それで何もしたくないという気持ちもありますけど、
それにも関わらず私たちのキリスト社たちがいつもやるべきことはあります。
これは主の祈りで私たちに教えてくださったように、御国が来ますように、
御心が天で行われるように、地でも行われますようにということです。 ここで御国が来ますように、
この御国、神の国、神の国が来ますように、また神の国が全世界に広めていきますようにということ。
これは気温がいくら高くてもいくら暑くても、私たちが毎日求めなければいけないことです。
皆さん、神の国という話はいろいろ聞いているんですけど、神の国はどんなところですか?
ローマ書中4章中7節を見ますと、神の国は飲み食いではなく、
聖霊によって与えられる、喜と平和と喜びだと言います。 神の国は一言で、喜と平和と喜びの国です。
なぜ喜の国ですか? 今この世の中は不義の世界です。
罪と不法が蔓延している世界です。 最近私は韓国の政治家を見ながら、
悪いことをしながらも、少しも自分は悪いことをしているんだと思っていない。
かっかりするほどなんです。 これが終わりの時の特徴でしょうか?
ノアの時代がそうだったと聖書は言っています。 創世紀6章5節を見ますと、主は地上に人の悪が増し、
常に悪いことばかり心に思いはかっているのをご覧になった。 だからその時代を洪水で滅ぼされたと言います。
神様は不義の世界、許されません。
神様はこの世の中に、義の世界を、喜の国を建てようと願っています。
そうする時、人々は幸せに過ごすことができるからです。 神の国の基は、義です。
義がなければ、神様の国はもう成し遂げられません。 なぜ2番目、平和の国と言うのか。
この世の中は不安の世界です。 恐れの世界です。
コロナペンデミックということを私たちが経験しました。 あちこち地震があります。昨日も東京に地震がありましたね。
近く、もう本当の近くに震度4の地震がありまして、東京が揺れました。
また今、あちこち戦争の噂が出ています。 子どもたちが学校を送ったら、親は心配です。
学校暴力ということがありまして、その中でいじめられる子どもたちがたくさんいます。
また家庭の中でも不倫、離婚、家庭破壊。 世の中は本当に不安な世界。
どのようになるかわからない難しい世界です。 一体、この世の中で平安と平和はどこにあるんでしょうか。
神様はこの世の中が平和の世界、平和の国を建てようとします。 そうする時、人間は幸せになるからです。
また、神の国は喜びの国だと言います。 今、この世の中には問題、病気で苦しむ人がたくさんいます。
最近は難病を患っている人がほとんどです。 難病だから病気をどのように治すべきなのか、お医者さんもよくわからない病気がたくさんあると言います。
また、訳もわからない呪い。 また、精神的な病によって患っている人がたくさんいます。
そのような子供を抱えている家庭、また苦しんでいる家族が一人がいるなら、その個人と家庭は幸せはないでしょう。
そのような意味から見てますと、皆さん、世の中で問題がない家庭もなく、問題を抱えていない人もいないように見えます。
皆さん、涙もなく、嘆きもなく、病もなく、悪魔もいない世界は一体どこにあるのでしょうか。
そこが神の国です。 神の国が成し遂げられるとき、私たち人間はまことの幸せを味わって過ごすことができます。
ですから、この世の中にきっと平和と喜びの神の国が早く来るように私たちは願っています。
ところが、なぜこの世の中が不気の世界、不安な世界、様々な問題だらけの苦しみの世界になったのでしょうか。
これは、創世紀3章、人間が罪を犯して神様から離れた後、この世の中が悪魔の世界、悪魔の国になって、人々はみんな一生涯、悪魔によって苦しみを受けている世界だからです。
ヨワネチュッシュはチュッセツにこう言います、盗人が来るのは盗んだり、ほふったり、滅ぼしたりするためほかならない。
私、イエス様が来られたのは、羊が命を受けるため、しかし、しかも豊かに受けるためだと言います。
ところが、私たちは病気があり、問題があれば、どのように解決したいですか。
私たちは有名な先生が来られて、霊的なパワーがある有名な先生が来られて、哀愁して、それで病気も治るし、問題も去っていく。
このようなやり方で、私たちが患っているこのような悩み、苦しみ、問題、すべてなくなればいいなと思います。
皆さん、そのような形で神の国は来ることではありません。
哀愁して、その時は治るかもしれないけど、後ほどまた再発します。
神の国が来たら、私たちはよくなるべきですけど、神の国はどのように来るのか、
哀愁するんだって神の国が来るのではないということです。
ですから今日は、神の国について私たちは分かち合いながら、
どうすれば私たちの中で、神の国、きっと平和と喜びが満ちあうれる神の国ができるのか。
それがまず私の心から、また私たちの家庭で、また教会で、また私たちが行くところどころ、
神の国が成し遂げる、そのような働きができればと思います。
まず、神の国はどのように成し遂げられますか。
国ができる3つの要素があります。
まず初めは主権、2番目は領土、また国民が必要です。
主権と領土と国民があるとき、それが国ということができます。
主権は非常に大事です。
人間には自由意志があります。
自分は何でもできる、自分の思うままにできる権利です。
この権利があるから人間はすごい存在ですね。
今私たちの主権はどこにあるんですか。
私が持っています。
神の国がある二人、また三人が集まるところに、そこが神の国の領土になります。
また、国民、イエス・サマを主人として受け入れた人が神の国の国民になります。
このように、イエス・サマが主権者である統治者であり、
イエス・サマの統治に従う人々の心が、そこが神の国が成し遂げられるんですけど、
そこに悪魔が手を出すことができない立派な神の国になり、
そこに、きっと平和と喜びの神の国が成し遂げられるんだということです。
ここで大事なのは、主権です。主権がどこにあるのか。
イエス・サマにある、イエス・サマに委ねられた、この人たちが神の国であり、神の国の民であります。
この神の国は、イエス・サマがこの世に来られることから始まり、
イエス・サマが弟子たちを育てて、その人たちが精霊の力をいただいて、外に出て、
神の国を福音を伝えることによって、イエルサレム、ユダ、サマリア、全世界に拡大されて、
今、神の国が私たちも味わっているところであります。
神の国が望んだら、そこで何があるのか、まず、きっと平和と喜びがあるだけではなく、
マタイの中二章28節を見ますと、
しかし、神の霊で悪霊が追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ、と言います。
神の国が来たら、悪霊が出てきます。病気が癒されます。
それによって、神の国がその人に来たな、ということが、私たちが分かるようになります。
この神の国はどれほど大事なのか、イエス様が主の祈りで、いつも祈りなさいと言っています。
イエス様が、まず、神の国が来ますように、また、神の御胸が成し遂げられますように、
いつも私たちが主の祈りをするときに、神の国、神の国、来ますように、と祈ります。
また、イエス様が十字架の後、復活されて、40日間この世の中で滞在されてから、
40日間毎日供給されたのは何かと言いますと、神の国です。
だから、神の国のために私が来たよ。また、この世の中で神の国が成し遂げられるわけではいらないよ。
そのために、あなたたちの役目がある。福音を伝えなさい。
行くまでイエス様が、最後まで私たちに供給されたのは、神の国です。
では、神の国はどのように成し遂げられるのか。その国はどんな特徴があるのか。
まず、旧約聖書でも、神の国を私たちに教えてくださいました。
神明記三十章、15節から16節です。
見よ、私は今日、命と幸い、死と災いをあなたの前に置く。
私は今日、命じるとおり、あなたの神、死を愛し、その道に従って歩み、
イエス様を主として告白した人たちが、神の国の望む心になります。
要はね、一書中号説、しかし言葉は自分を受け入れた人、その名を信じる人々には、神の子となる資格を与えた。
私たちが他の方法として、神の国を成し遂げようとしてはいけません。
神の国は必ず、イエス・キリストの御言葉を受け入れて、悔い改めを通して、そこに神の国が望むんだということを考えていただきたいと思います。
神の御言葉を喜んで受け入れ、その御言葉に従うことができるなら、私たちに神の国が成し遂げられ、
その御言葉によって、ますます神の国が強く拡張していきます。
そして、この御言葉が望むところには、光が望んだように闇が消えていき、
不義の世界が喜の世界に、不安の世界が平和の世界に、涙が喜びの世界に変わっていきます。
要するに、私たちの教会がいつも申し上げる、神様との親しみの中で、
PLOの生活、これが神の国が成し遂げられる方法であり、
そのようなことを通して、私たちに、きっと平和と喜びの国ができます。
これがどれほど大事なのか、イエス様は2つの例えを通して、私たちに教えてくださるんですけど、
神の国の特徴、はじめは、からし種と同じだと言います。
ルカの13章、18節、19節、そこでイエスは言われた、神の国は何に似ているか、何に例えようか、それはからし種に似ている。
人がそれを取って庭に巻くと、成長して木になり、その枝には空の鳥が巣を作ろうと言います。
神の国はからし種、からし種は非常に小さい種だと言いますけど、からし種のように小さな始まり、始まりは小さい。
この種を巻くんだって何ができるのかとみんな疑います。
しかし、その種を巻いておけば、それが成長して成長して何メートルにもなる大きな木になるということです。
そうです。私たちが御言葉を受けるとき、この御言葉を受けることは非常に軽く感じられます。
この御言葉に従うんだって何ができるのかと皆さん思うかもしれませんけど、その御言葉を受け入れ、それを牧草して、それを実践することによって神の国が始まり、
ますます神の国が大きくなるんですけど、始めは小さなものですけど、後はもう空の鳥がそこに巣を作るほどの立派な神の国になると言います。
また神の国はパン種と同じだと言います。
ルカの13章20節、神の国は何に立てようか、パン種に似ている。女がこれを取って3サトンの粉に混ぜると、やがて全体に膨らむ。
パンを作るとき、この小さなパン種を入れたとしても、後になったらパン全体が膨らんで、すべてを大きくするまで影響力があるということです。
カラシ種は生命力を私たちに強調するんだとするなら、パン種は影響力を及びます。
始めは小さなものですけど、この影響力はすべてに及ぶということです。
なぜこのような表現をするのか、神の国は始めはなかなか立てられない。
神の国は始まりは非常に弱い。これでできるかと思って、みんなが疑いを生じる。
ああ、これでできないんだ。これだったらもう何もできないんじゃないかと思われるほど小さな始まりだけど、
このことは生命力があって大きくなるだけじゃなくて、影響力があってすべてがそこに影響力に支配されるほどの大きなものになるんだ。
それほど神の国の命、影響力はすごいということを私たちに教えてください。
そうするならその影響力の結果はどうなるのか。六華の十三章、十九章を言います。
それはカラシ種に似ている。人がそれを取って庭に巻くと成長して木になり、その枝には空の鳥が巣を作る。
ここで空の鳥ということは、この世の中のすべての人を意味します。
そのカラシ種は小さなものですけど、それが大きくなれば、そこに世の中のすべての人が来て、その中で巣を作る、家を作るということです。
それがどんな意味か。神の国から出るすべての恵み、祝福をすべての人が味わうようになる。
きっと平和と喜びをすべての人が喜びになり、それでその命によってみんなが生かされ、影響力によってすべてが喜ぶようになるということです。
ですから私たちが何により求めることは、神の国ということです。
その良き事例が、使徒行伝二章エルサレムでした。
イエス様が十字架で処刑された後、当時のエルサレムの不意は恐怖そのものでした。
宗教主導者たちはイエスを十字架にかけた後、力を得て、そしてイエスを信じる人はすべて異端とされて、弟子たちを捕まって、そして殺そうとしていました。
当時エルサレムで誰がイエスの福音、神の国の福音を語ることができるでしょうか。
ところがエルサレムに住んでいた人たちが精霊に満たされて、その恐怖の中でカラシ種のような御言葉を述べ伝えました。
その福音を述べ伝えたら、まず足が使えない人が癒されました。
その人が立ち上がって神殿の中に入って、歩きながら、走りながら癒されたという時に、
1日5,000人、1日3,000人の人々が救われる働きができました。
それが何を意味するのか、カラシ種のような御言葉をペトロがメッセージを語ったのですが、
それによってエルサレムに神の国ができあがったということです。
その時、その姿が首都教伝2章43節から47節に書かれてあります。
人たちによって多くの不思議な技と印が行われている。
死んだたちはみんな一つになって、すべてのものを共有し、財産や持ち物を売り、各々の必要に応じてみんながそれを分け合った。
そして毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心を持って一生に食事をし、神を賛美していた。
皆さん、この姿は喜怒、平和と喜びが満ちあおれる神の共同体の姿です。
共同体には神の国が来ていたんです。
そしたら47節を見ますと、民全体から恋を寄せられた。
こうして主は救われる人々を日々仲間に加え人手にさせてくださったと言います。
大事なのは、イエルサレムに神の国が成し遂げられたんです。
それを見て宗教主宰たちはその人たちを妬んで、人たちを捕まって牢に入れたり迫害したりしたんですけど、
それによって神の国の影響力を収めることができなかった。
ますますそれが強くなって、イエルサレムだけではなく、ユダ、サマリア、そしてジェンドに至るまで、
その福音の力が、神の国の力が延べ伝えられていった。
エペスの地域にパウルがいたとき、12人の弟子たちに出会います。
その人たちは聖霊を知らない、ヨアネの洗礼しか知らない人でした。
パウルはその人たちを連れて、ドランのティラノという高等で、彼を2年間、その12人を教えた。
12年間、神の国の見言葉、カラシタネのような神の国の見言葉を伝えたときに、
その地域が、そのティラノの高等が、神の国が望み始めた。
それを通して、エペスだけじゃなくて、小アジアのすべての人が、神の国のメッセージを聞くことができた。
その時の姿が、シトギョデン中記事書にありますけど、10節にこう言います。
このようなことが2年も続いたので、アジア州に住む者は、ユダイ人であり、キリシュタイ人であり、誰もか州の見言葉を聞くことになった。
神はパウロの手を通して、めざましい奇跡を行われた。
彼が身についている手ぬぐいや前掛けを持って行って、病人にあたると病気が癒され、悪霊共も出て行くことになった。
エペス地域で病気が治り、悪霊が追い出しながら、見言葉がますます力を発揮する。
皆さん、これが神の国が望んだ時の印なんです。
そうしたら元々エペス地域で、この勢力を持っていたアデミという宮城がありました。
そのアデミの宮城のこの神殿が崩れて、そしてみんなが福音を受け入れることになった。
エペスだけではありません。そのエペスをきっかけとして、小アジアの7つの教会が当時建てられた。
皆さん、福音の力、福音の生命力、影響力は素晴らしいです。
このような働きがローマ帝国のあちこちで行われるから、結局ローマ全体がキリスト教を国教として認めるようになったんです。
そしてそれを中心として、全世界に宣教が行われるんですけど、
イエルサレムから始まった神の国がヨーロッパ、アメリカ、アジア、中東、そしてイエルサレムから始まってイエルサレムに戻ってくる、
このような福音の全世界宣教が行われて、
マタイ24章14節、そしてミクニのこの福音はあらゆるための証として全世界に述べ伝えられる。
それから終わりが来ると言います。
皆さん、これがどのようにしてそれができたのか。イエス様が主の祈りを通して、何を祈りなさいと言ったんですか。
ミクニが来ますように、身心が天で行われたように、地でも行われますように、
全世界のキリスト社たちが毎日何回も繰り返し祈る主の祈り、その祈りの力が全世界あちこちで働いて、
今、全世界が神の国が拡張され、神の身実が続けて成し遂げられていくことなんです。
皆さん、私たちが祈ること、主の祈り、何にも考えずに主の祈りを手に入れます、我らの父よ。
皆さん、このように祈られるんですか。そうではいけません。主の祈りとして一言一言、心を込めてこれが成し遂げられますように、
それが皆さん祈っていくなら、この祈りが重ねられ重ねられ、そして全世界あちこちでこの祈りのパワー、祈りの影響力が全地域に及ぶんです。
それで全地域に神の国が成長し、拡大しつつ、今、全世界に福音が述べされられているところなんです。
ですから私たちが主の祈りを唱えるときに、もっともっと信じて、信仰を持ってこの祈りを行わなければなりません。
この働きのために苦労される皆さん、祝福言います。
また、六章33通、何よりもまず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものは皆、加えて与えられる。