1. 東京ぶどうの木教会 メッセージ
  2. 「義と平和と喜びの神の国」20..
「義と平和と喜びの神の国」2026年5月17日のメッセージ
2026-05-17 37:35

「義と平和と喜びの神の国」2026年5月17日のメッセージ

spotify apple_podcasts youtube

東京ぶどうの木教会 2026年5月17日(日)主日礼拝のメッセージです。

牧師:アブラハム黄

▼メッセージをスライドで: https://x.gd/0dA0T

▼ポッドキャストへのご感想はこちらへ!: https://forms.gle/fHcRBqaFSat8EQfE9

▼教会へのお問い合わせ: tokyo.vine.church@gmail.com

▼メッセージの自動文字起こしはこちら: https://listen.style/p/tokyovinechurch

 

(聖書) ローマ14:17 神の国は、飲み食いではなく、聖霊によって与えられる義と平和と喜びなのです。

 

メッセージ題 : 義と平和と喜びの神の国 (ローマ14:17)

*5月は家庭の月です。私たちは神の国と家庭、教会に対して分かち合っています。 *皆さんはこの世で一番良いところはどこであると思っていますか?パラダイス、武陵桃源、ユートピア?すべてを合わせた所より神の国が遥かに良いです。その国は死んでだけ生きるところではなく、生きているとき…

*ヨハネ3章、ニコデモはすべてを持つ人で、幸せがないことが分かりました。そしてイエス様に。イエス様はヨハネ3:3,5で新たに生まれなければ?神の国を?*天地創造のとき、アダムが失った…


1. イエス様が十字架と復活で取り戻してくださった神の国! 神の国は、どんなところでしょう?

*国の要素?主権、民、領土…神様を主権者、王とし、その王を拝み従おうとする民、その群れの住む領土

→それはある個人の心でも成し遂げられ、愛する二人の家庭にも、2-3人がイエス様の御名によって集まる共同体に。そこに神様がご臨在され、神様が統治されるから、天地創造の初めエデンの園のような神の国が

*この国がどれほど大事なのか。イエス様がこの為に来られ、十字架と復活で成し遂げ、主の祈りで、山上の垂訓で、マルコ4章で御国の実を結ぶ秘訣を、十字架と復活の後、40日間わざわざ滞在され、最後まで強調。

#私たちは神の子供として神の国を引き受けました。この国を見守らなければ。全世界の人に伝え誇らなければ…その姿?イザヤ11:6-9狼が小羊と豹は子ヤギと、子牛と若獅子と共に?それは主を知る知識に満たされるなら→今は、その神の国は成し遂げられていません、イエスさまが再臨なさるなら完全な神に国が!


2.今、この世では神の国が完全に成し遂げられてはいません。今は、その国はどれほど失いやすく、奪いやすいのか

#先ず、神の国が来ているとはどうしてわかりますか?マタイ12:28 御言葉充満、聖霊充満になると悪霊が耐えられなく出てしまします。 *創世記28:12-17ハランに逃げて行ったヤコブが荒野で寝ているとき、夢の中で開かれた神の国! ←しかし、現実的には神の国は十字架と復活で既に実現されたが、未だ、完成されたのではありません。また、その国が来てもどれほど失いやすく奪いやすいでしょう。なぜなら、
1)この世には悪魔が未だに存在しているからです。悪魔は、この世が自分のものと錯覚しています。福音伝道が行われるなら自分の時代が終わるので必死に伝道するのを妨げます。

2)また問題は私たち自身です。神の子供になったのですが、未だに自由意思と自我があるので自分勝手にしようとします。その故、神の国は駄目になり、自分の国、悪魔の国になります。

 3)従って私たちの信仰が成長しなければなりません。成熟したキリスト者は自分に与えられた神の国を守ります

3.神の国が来るなら、どうなりますか?

*ローマ14:17神の国は、飲み食いではなく、聖霊によって与えられる義と平和と喜びなのです。

1)なぜ飲み食いではなく?私たちは信仰を持つなら神様が祝福してくださって豊かに飲み食い幸せに?勿論しかし、これ以上です。 

2)なぜ聖霊によって与えられると? 天国、神の国、エデンは私たちの努力ではなく神様が与えられる。どんな人に?ヨハネ1:12 


#では、神の国はどんなところ?

1)義、righteousness、義とされる人だけが主の御前に!義とされるのは、ただイエス・キリストの十字架の血潮だけ!詩編32:1 

2)平和、peace、十字架の功労にとって神様と平和、隣人と平和した人の群れ、本人には平安。 

3)喜び、Joy、愛する主が共におられるとき、与えられる内面的な喜び。これがパウロに!ローマの牢で、喜びに満たされ…フィリポ4:4 牢の怖さ、不安、将来の心配を打ち消す力

@私たちにも神の国が…家庭天国になり、その影響力が伝えられ、皆さんが御国を楽しみにできるよう


 

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:00
今日は、義と平和と喜びの神の国の対応をもって、メッセージを分かち合いたいと思います。
5月は、家庭の月として、私たちは、家庭、教会、神の国について分かち合っているところであります。
皆さん、世の中で一番いい方はどなたですか? 私は母と言いたいです。
また、世の中で一番幸せになるべきところはどこですか? 家庭ですね。
世の中で、すべての人は、理想的なことをずっと思ってきたんです。
世の中がパラダイスになるように、またユートピアになるように。
昔、中国では、不良桃源と言いますかね。
不良桃源ということも考えながら、この理想的な世界ということを考えました。
皆さん、そこから出たものは、共産主義なんですよ。
共産主義は、みんな稼いだものを同じように分配して、みんなが幸せに生きる世界という、
はじめはすごくいい意味で始まったんですね。
とにかく人々は、理想的、平和的、みんなが幸せになることを求めています。
ところが、世の中のすべてのことを合わせても、神の国に比較することはできません。
神の国は、私たちが死んでから行く天国だけではありません。
この世の中で、私たちに与えられたものであり、
私たちが、もうとにかく信じる私たちは、この世の中で味わうべきものですから、
神の国について、本当に知ることは非常に大事です。
弥生の福井書3章では、すごい人物を紹介してくれます。
これは、リコデモという人です。
リコデモは、自分の熱心によって、世の中のすべてを手に入れたものです。
お金、勉強、進学、どんな分野を始まったとしても、その分野で最高になった人、素晴らしい人です。
この人はバリサイ人でして、宗教主導者、またサン・ヘドリンの会員のものですから、
イエス様に近づくことは、なかなか難しい人です。
イエス様は、当時のリーダーたちに今、忌憚しされている人だったからですね。
行ってはいけない人なんだけど、ある夜、イエス様に訪ねてきたんです。
なぜ、イエス様に訪ねていたんですか。
03:00
世の中のものをすべて手に入れれば、幸せになると思ったんです。
自分は努力によって、熱心によって、世の中の各分野で、すべてを手に入れた人です。
すべてを手に入れてみても、幸せにならない。
この理を教えてくれる人は誰もいない。
イエス様だったら教えてくれるんじゃないかと思って、夜、密かにイエス様のところに来ました。
イエス様は、ニコデモが来ることを見て、すぐ答えをくださいます。
はっきり言っておく、人は新たに生まれなければ、神の国を見ることができない。
また、後世中に、はっきり言っておく、誰でも水と霊によって生まれなければ、神の国に入ることさえできない。
イエス様は、彼がなぜ来たのか、幸せを求めてきた。
幸せになるためには、新たに生まれなければいけないし、神の国を見る、神の国に入らなければいけないと言いました。
この神の国を得る方法として、水と霊によって新たに生まれる。
水は何ですか。御言葉を聞いて、悔いを改めること。
そうするなら、神様が聖霊を送ってくださいます。
この水と霊によって、神の国を見た、神様に出会った、神の国に入った人だけが幸せになると聖書は教えてくださるんです。
じゃあ、この神の国、ニコデムが説通に求めた神の国、これはもともと天地創生の時に与えられたんです。
それを代表としてエデンのソノンを見せてくださったでしょう。
それをアダムが蛇に騙されて失ってしまいました。
失った神の国を取り戻してくださるために、イエス・キリストがこの世に来られた。
十字架と復活をもって、罪の問題、悪魔の問題、また呪いの罪の罰の問題を全部解決してくださって、
神様の敵になっていた私たちを神様と和解させてくださり、これからあなたは神の子供、また神の国、天国を所有する者としてさせてくださったんです。
イエス様がわざわざ来られて取り戻してくださった神の国はどんなところですか。
神の国は、みなさんもともと国は3つの要件が必要です。
はじめ主権が誰にあるのか、その国の民は誰なのか、また領土があるのか、これなんです。
じゃあ主権はどこに、神の国の主権はどこにあるんですか。私たちにあるんですか。
06:00
いいえ、みなさん民主主義は主権が民にあると言って民主主義ですよね。
神の国の主権は大なる神様が持っている。
この民は誰ですか。大なる神様を拝み礼拝し、大なる神様の御言葉に喜んで従う群れである民。
また、この民が集まっているところ、その領土、その道の要件があるとき神の国になりますけど、
この神の国はある個人の心の中で成し遂げる場合もあるし、
愛する二人が生きている家庭の中で神の国ができる場合もあるし、
二人また三人が集まる信仰協同体、特に教会に神の国が成し遂げる場合もあります。
神の国が成し遂げられたらそこに神様が来られます。神様が統治されます。
神様の来られ、統治されるからそこには悪魔、悪霊、ゴロモ二度もないんです。
その神様によって全てが満たされる幸せな世界。
だからそれをサンプルとして見せてくださったのがエデンのソノでした。
人間の全ての満足、喜び、また平和が満ちあおれているところ、それが神の国なんです。
だから世の中何によっても神の国を代わりにするものはありません。
この神の国がどれほど大事なのか、
イエス様がもう天の全てを捨ててこの世に来られ、
十字架と復活によってこれを取り戻してくださり、
祈るときあなたたちはいつも御国が来ますように、御国が来ますように、
御心が天で置かれたように地でも置かれますように、
これは何ですか、神の国、神の国のために祈りなさいと言われ、
また三条の水訓では神の子供になった私たちに、
神の国の民はこのように生きるものだと言って、
マッタイの5章から8章までチクッと教えてください、7章まで教えてください。
またマルコ4章では先週金曜日の記録会で学びましたね、
神の国の実を結ぶ秘訣、これはこの畑に種をまくことと同じだ。
神の国は神の御言葉がまかれてから始まるんだ、
この御言葉をどのように受け取るのか、これによって神の国を実を結ぶ場合もあるし、
神の国と全くできないところもあるんだということです。
最後にはわざわざ40日間この世の中で滞在しながら、
神の国、神の国、神の国が大事だよ、神の国を伝えなさい、
09:04
神の国をキープしなさい、これは絶対奪われたらいけないよ、
と教えながら天に見された。
じゃあ私たちは神の国をすでにイエス様からもらいました。
私たちはこの神の国をしっかり見守っていかなければなりません。
またこの神の国を世の中の人々に見せてあげる責任があります。
なぜなら私たちはすでにもらうから、伝えるべきです。
伝えるよりは誇るべきです。
なぜなら素晴らしい神の国を私はいただいたから、
これを伝えるだけじゃなくて、神の国はこんなものだよ、こんなものだよと言いながら誇ることが大事。
皆さん、女性たちが歩いていくときに少し隣で彼女たちは何をお話しするのか聞いてみてください。
彼女たちは自分のいいものがあったら、それをしゃべりたくて、しゃべりたくて、周りの方たちに何とかこれを伝えたくて。
そうです。神の国を持っているでしょう。
その神の国を周りの方に誇らなきゃ。
誇らない理由はまた神の国を味わったことがないよとか、自分は持っていないからではないかと思います。
神の国は素晴らしいですよ。
神の国は、いざや十一章を読んだら、ここにはずっと書いてあります。
この中で日本語がうまくできるかわかりませんけど、私がささっと読んでみます。
神の国は、狼が子一つと共に宿り、
羊は子やぎと共に伏す、
子牛は若児子と共に育ち、
小さい子供はそれらを導く、
牛も熊も共に草をはみ、
その子らは共に伏し、
獅子も牛も等しく干し草を喰らう、
血の巫女が読者コブラの穴に何か手を入れてまるが戯れ、
幼子は魔虫の子に手を入れる、
私の聖羅の山においては何者も貝を食わえず、滅ぼすこともない、
なぜなら水が海を覆っているように、
大地は神を知る知識によって覆われている、
これが神の国だよ、ここには。
こんなもう野獣が、
もう子供、赤ちゃんがコブラの穴に手を入れて、
これで何とか遊ぶ、
これは想像もできない世界を言いながら、
神の国はこうなる、
神の国は主が守られるから、
貝を食わえる者もないし、そこには滅ぼる者もないし、
涙もないし、嘆きもないし、苦しみもないし、病気もないし、悪魔もないし、
12:02
ないないないないないない、
これで幸せばっかり、
これは神の国です。
これをいざや十一章を読んでみたら、
それをも言いたくて言いたくてたまらなくなるでしょう。
しかし、今の世界は、
完全な神の国ができていない。
いつできるのか、
イエス様が再臨なさるとき、
神の国が完全に成し遂げられる。
今はなぜ神の国が完全に成し遂げられないんですか?
ここに私たちが、神の国はすぐ失う、
すぐ奪われてしまう。
では皆さん、神の国が来られたらどうなるか。
マタイ十二章二十八節でこう言います。
しかし、私が神の霊で悪霊を追い出しているのであれば、
神の国はあなたたちのところに来ているのだ。
悪霊が追い出されているなら、神の国が来ているのだ。
神の国は、失くすべきものを全部捨てれば、
神の国になる可能性がありますよ。
悪霊が出ていくなら、神の国が来ているのだと証拠だと言いますから。
私たちには、御言葉十万、精霊十万、
神のご臨在が豊かにあったら、
この中には悪霊が働きできません。
出ていくしかない。
追い出せるしかない。
だったら、神の国が来ている。
神の国の印は、神の命が働きます。
神の命が働いたら、もう病気が問題ですか、何が問題ですか。
また、神の命、神の素晴らしい才能、賜物、力、すべてが働くなら、
今、私たちには足りないと思っていることが満たされ、力を受け、もう豊かになれる。
このことを想像してみても、神の国は素晴らしいところかなと思います。
ところが、現実的に神の国は、100%私たちの間には行われていません。
ある時、少し来たとしても、すぐ終われてしまいます。
なぜでしょう。
悪魔が、未だにこの世の中で存在しているからです。
悪魔は、この世の中を自分のものだと思います。
第2コリント4章4節。
この世の神が、信じようともしない人々の心の目を眩し、
神様、キリストの美姿が見えないように、光が見えないようにするのだ。
今、悪魔が働いて、イエス・キリストが見えないように、分からないように、
今、妨げ、惑わしを、じゅーっとやっています。
なぜなら、悪魔は、アダムからこの世の中の管理権を奪って、
それから自分がこの世の神だと、フリにしています。
15:03
だから、みんな悪魔を怖がりながら、みんな悪魔に従っているから、
世の中は悪魔の世界になってしまいました。
しかし、この中で、神の国が望んだら、
悪魔が自分の世界を奪われるんじゃないかと思って、大騒ぎをします。
吠えたける獅子のように、食い尽くそうとします。
礼儀的な戦いが激しいです。
また、伝道する者、また、教会をやる者、
信仰を持って、なんとか家庭、天国をやろうと願っている者、
悪魔がもう、散々攻撃するでしょう。
でも、心配しないでください。
イエス・キリスト、みんなによって、出て行けって言ったら、出て行っちゃうから。
悪魔は力がありません。騙す力があるんだけど、
ものすごい、何か力がありません。
とにかく、私たちはイエス・キリスト、みんなによって、出て行けって言われて、出て行くものです。
しかし、この悪魔は狡猾なんですよ。
悪賢いんですよ。
だから、とにかく騙して倒すから。
だから、悪魔の家に、この世の中は、
神の国ができたと言っても、すぐ倒れてしまう。
すぐ売られてしまう。
また問題は、私たち自身なんです。
私たちは、神の子供になりました。
しかし、自由意志は相変わらず持っています。
また、強い自我を持っています。
皆さん、自我がない人いますか?いません。
強い自我を、みんな持っています。
ああ、いい人だなと思いながら、
つき合ってみれば、ああ、この人が強いんだなと、
みんな強い自我を持っています。
これは絶対屈することはありません。
私は女性の方がもっと強いかなと思います。
プライダーとか、女性はもともと、いろいろ守りたいことがたくさんあるんですね。
自由意志を持っているし、自我を持っていることですから。
私たちは、神様によって豊かな恵みをいただいても、
後ほど見ていますと、すぐ自分の自信が出てしまって、
すぐ自分が全部、自分の好きな通りにやってしまいます。
だから、神の国が長く続けられない。
だから、神様、神の国の祝福を維持することが難しい。
特に、私たちの家庭の中で。
みんなが神様に従うなら、神の国になりますけど、
父親、母親、子供たち、何とかいじる何かがやってしまえば、ためになります。
特に、教会。教会はいろいろな方たちが集まっているでしょう。
みんな、擬人のように見えるんですけど、神様はみんなツインビットの集まりだと言います。
だから、ツインビットの集まりが、何とか自分の何か主張をやってしまうとか、
自我が強いとか、自己中心的になってしまえば、
教会もすぐパタンと、サタンの国になってしまうかもしれません。
18:05
だから、私たちは、この神様の国を私たちに与えてくださったとしても、
維持すること、守ることが下手なんですよ。
だから、聖書は私たちに、
信仰成長、成長しなさい。
赤ちゃんは、自分は何かワンワン鳴いたり、自分はわがままやったりします。
成長する人は、そんなことをやらないから。
だから、聖書で一番大事なのは、救い、救われたこともいいんですけど、
弟子になるように、イエス様に見習うように、成長していくことを願います。
成長していかなければ、皆さんは神の国を守る、維持することはなかなか難しい。
成長するなら、長く守り続けることができるでしょう。
ですから、信者たちの一番大事なのは、信仰の成長だということです。
ここで、私の恥ずかしいことは、
まあ、私の恥ずかしいことは、皆さん、暴れることも全部言ってしまうから、
理解していただきたいと思います。
皆様も、もし、このことがあるかもしれない。
以前の私は、これを言ったんですけどね。
何ヶ月前ですか、息子が夜遅く会社から帰ってきたので、
その日はものすごい疲れたと思います。
機嫌が悪かったんです。
また、私もその日、あまり何かコンディションが良くなくて、
息子を迎えることも、なかなかうまく、愛をもって迎えることはできませんでした。
息子が帰ってきたら、疲れたと言いながら、
何とか何とか自分の言いたいことを、何か勝手にしちゃうんですね。
また、足を洗ってください、何とか何とか言うんだけど、
足を洗わないままで、何とかやるとか、
これ大嫌いなんで、その日はもっとひどかったんです。
私も機嫌が悪かったんで、声を張り上げながら、
うまい!何とか何とか言ってしまいました。
私の家、皆さんご存知でしょう。
一個立てが何個続けているところなんで。
まあ、雰囲気がすごく悪くて、
私も何か声を張り上げてしまったから、
少し、ごめんな気持ちもあるし、
納めて終わりました。
次の日、
朝、皆さん郵便何か来たのかと思いながら、
郵便ボックスを見るでしょ。
郵便じゃない手紙があるんですよ。
何なのかと見てますと、
これは気持ち悪くて捨ててしまったんですけど、
この中で、このようなことがあります。
人生の問題があって苦しいなら、
いつでも連絡ください。
ご相談に乗ります。
総科学会。
21:01
私は日本の宣教師と来て、
今30年になりますけど、
そのような手紙は初めてでした。
その時、怖い気持ちになりましたよ。
周りが全部私を見ているような気持ち。
また恥ずかしい。
なぜ?
少し我慢すればよかったのに、
息子に声を張り上げながら、
叱ってしまったんだろうかと。
皆さん、みんなが私を見ていると言ったら、
もういいチャンスですよ。
福音を伝えるのに。
世の光、世の使用として、
私がキリストの香りをずっと放つなら、
みんなが教会に来る可能性もあるのに、
私はこんな悪いことをしてしまったんです。
私はイエス・キリストを述べていたのに、
日本に来て30年間伝道しようとしたんですけど、
誰もできなかった。
しかし、30年の後にこんな事件があって、
むしろ創価課会から伝道されてしまって、
それも牧師なのに。
恥ずかしくて、恥ずかしくて。
もうこれからどうするんですか。
周りが私を今、悪い人間だと見ているので、
これから福音を伝えることもなかなか難しいし、
だから、これから私はどうすればいい。
30年今、何とかやったことが全部ダメになってしまった。
これから本当に私は神の国、
神の国を持っている人としてのありがた、姿を、
周りの方に見せてあげなきゃいけないのに、
なかなか周りの方たちと対話ができない、
こんな雰囲気の中で、
悪いことばっかり見せてしまった私自身。
恥ずかしくて、恥ずかしくて。
しようどうか、これを何か挽回して、
この方たちと仲良ししながら、
福音を伝えるチャンスが与えるように、
今祈っているところであります。
私のうちにある神の国は、
なぜこんなに壊れやすい、
もう失いやすいんでしょうか。
とにかく皆さん、
皆さんの心にある神の国を、
しっかり見守っていきましょう。
一番見ているのは私の息子じゃありませんか。
息子も何かうまく私が、
面倒見ていかなければいけないのに、
息子が教会に行きたい気持ちになるんでしょうかね。
全て私のせいです。
全て私がこれから悔い改めながら、
改にしなきゃいけないところだと思います。
しかし、神の国が来るならどうなるのか。
今日私のメッセージのポイントは、
ローマ書中4章中7節です。
神の国は飲み込みではなく、
精霊によって与えられる、
喜怒平和と喜びなんです。
じゃあなぜ神の国は飲み込みではないと、
24:00
聖書は言っていますか。
私たちは通常、
イエス様をよく信じれば、
神様が私たちを祝福してくださって、
豊かにしてください。
よく食べて、よく生きて、
よく祝福されて、
幸せになさせてください。
これは飲み食いではないということが、
ここにあるんです。
とにかく飲み食いのレベルで、
問われる世界ではない。
これよりはるかにいい世界だということを、
聖書は言いたいですね。
ただただ、よく食べて、よく生きて、
たくさんお金を儲けて、
幸せになる。
このようなレベルではないから、
神の国はすごく素晴らしいところだよ、
ということを私たちに教えてください。
しかし、神様を私たちに豊かにしてくださらないのか。
いいえ、してくださいますよ。
アラナのイスラエル人、40年間、
食べるもの、飲むもの、
服も何か尽きることはないし、
履くもの、
神様がすべてを豊かに与えてくださりました。
もちろん、神の国は豊かにさせてくださる。
しかしながら、飲み食い、たけいの目標では、
これはレベルが低すぎるよ、ということです。
2番目、精霊によって与えられる。
これは何の意味ですか。
神の国は、私たちの努力、熱心で得られるところではない。
天国で、皆さん、天国は自分の努力で入りますか。
いいえ、天国は私たちの努力で入ることではなく、
神の子供になったイエス・キリストを信じることによって、
神の子供になる資格を与えた。
資格が必要なのです。
神の国は資格。
天国は資格。
エデンの園も資格があれば与えられます。
資格って、神様との親しみの中で、
神様と愛の関係さえあるなら、
エデンの園はいくらでも与えてくださる、
ということを私たちに教えてくださるんです。
では、神の国はどんなところなのか。
精霊によって与えられる、
喜と平和と喜びなんです、と言います。
この喜っていうことは何ですか?
神様が見られるのに、
正しい、あなたは喜っていうことです。
この喜っていうことは、
英語ではrighteousnessって書いてありますけど、
これはすごく大事です。
皆さん、ある人に出会うのに、
何か引っかかるものありますか?
何か他の人と付き合うのに、
人との関わりの中で、
何か問われるとか、
恥ずかしいとか、
いうものありますか?
神の国はどんな世界なのか。
木の世界です。
27:01
神様の前で、
何にも恥じる音がない、
火の打ち所もない、
自分。
このような人の世界なんです。
恥ずかしいこともないし、
恥もないし、
棘もないし、
何にもない世界。
これはどうして得られますか?
こんな人いますか?
イエス・キリストの十字架の地下によってです。
私たちは悔いを改めて、
イエス様の十字架の地下によって、
私たちを清くしてくださるなら、
皆さんに、
罪の覚え、
昔の罪の清く洗ってください。
何にもなかったよ。
私たちの火の打ち所は、
羊の毛の白さよりもっと白いものとして、
私たちをやってください。
神の国は木だと言った時に、
私たちは何を考えるべきなのか。
私たちは努力、意味ありません。
イエス・キリストの十字架の恵み、
イエス・キリストの十字架の地下によって、
清くなった人だけが、
神の前で木とされ、
人々の前で木とされ、
また、自分自身が自分を見る時も、
世の中で私たちは、
火の打ち所もない人間ですと、
言うような、
プライドを持つようにしてくださるのが、
イエス・キリストの十字架の地下なんです。
皆さん、キリストの十字架の地下のパワー、
能力を私たちは軽んじてはいけません。
私たちが何にもなかったのように、
初め生まれた赤ちゃんのようにの清さ、
純粋さを取り戻してくださるのが、
木ということです。
イエス・キリストの恵みによって、
竹。
また、イエス・キリストを見習うこと、
竹によって、
私たちは神様の前で木とされる、
全世界の誰の前でも木とされる人、
その人が天国に入ります。
これは、動力ではありません。
私たちが気をつけなきゃということではありません。
イエス・サムの十字架の地下が、
私たちをそのようにさせてくださった、
人だけが入る世界。
でも、
罪の記憶は残っているんだけど、
皆さん、
罪の記憶が残っている理由は、
皆さんが見言葉を受け入れないからです。
信じないからです。
信仰がないから、
それが残っているんです。
神のイエス・キリストの十字架の地下が、
私を清めてくださったという、
宣言とともに、
何にもない私たちです。
このような人だけが、
天国に入ります。
2番目、
平和、ピースということです。
イエス・キリストの十字架の師匠によって、
私たちは、
神様と和解、
30:00
人々との間で、
和解させるようになりました。
じゃあ、
これが聖書では、
平和、ピースという言葉を使います。
聖書の原点では、
元々これは、
シャロームという言葉で使います。
イエス・キリストが、
十字架で私たちを、
間で、神様と私、
人々と私の間にある、
全ての、
引っかかるものを、
全部取り除いてくださったから、
私の心にある、
平安、平和、
神様を見ても、
平和、
人を見ても、
平和、
自分自身に対しても、
平安、
ピリッポ4章の6節、7節で、
私たちは祈るとき、
神様が私に何をくださいますか?
平安を与えてください。
平安は、
私の祈りが、
聞いてくださった、
神様が解決してくださるんだ、
という確信が、
平安としてきます。
この平安が、
ピースという言葉で、
私たちに教えてくださいます。
だから、皆さんが、
何、神様に対しても、
平安、平和、
人々に対しても、平和、
自分自身に対しても、
平安、
全てに対して、
引っかかることが全くない、
人としての心にある、
この、
素晴らしい平安、シャロム、
これが聖書が言っている、
この平和なんです。
また、この3つ目は、
喜びと言いました。
喜びは、英語の聖書では、
joyと書いてあります。
私は、
神様から愛されています。
また、私には、
神様が共におられます。
神様から愛され、
共におられ、
私の全てが、神様から聞いてくださるし、
全ての問題は、
すぐすぐ解決できるから、
私には問題が、
何にもありません。
引っかかることが、何にもありません。
この安心感、
この、なんと革新、
この時に、
私たちの心の底から出てくることが、
joy、
喜び、ということです。
その喜びが、
パウルに、
満たされていました。
当時、パウルはどこに行ったのか、
ローマの刑務所にいました。
ローマの刑務所から、
ピリポの教会に手紙を書きます。
これがピリポの手紙です。
ピリポの手紙、4章4節に、
何と書いてあるのか、
あなた方は、主にあって、
いつも喜びなさい。
繰り返し言いますが、
喜びなさい。
刑務所にいます。
刑務所がどれほど怖いでしょうか。
将来の不安もあるし、
自分は殉教されるかもしれない、
いろいろな怖さが、
いっぱいあったと思います。
しかし、パウルには、
神様が共におられ、
33:01
神様が自分を、
どれほど愛しておられるかが、
よく考えられるし、
将来、私は、
後ほど天国に行って、
これから永遠に、
愛するイエス様と共に、
永遠な祝福の中で生きることが、
確信として思っていたから、
自分の心から出てくることが、
喜びしかありませんでした。
だから、ローマのローの中で、
ピリポの神徒たちに、
手紙を書きながら、
あなたたちは主にあって、
いつも喜びなさい、
喜びなさい、喜びなさい、
いうような手紙を書いたんです。
これが、
イエス・キリストの恵み、
十字架の知事を、
イエス・キリストよって、
全て成し遂げることだから、
この喜と平和と喜びは、
誰ができるのか。
イエス・キリストは、
キリストの花嫁、
キリストの神父だけできます。
そして、キリストによって、
豊かな愛、
恵みをいただいた、
このキリストの神父を連れに、
イエス様が、
祭りになさるんです。
キリストの神父たちには、
イエス・キリストの十字架の、
恵みと力が、
豊かに与えられているから、
キリストの神父たちは、
花嫁である、
イエス様が来られることを、
いつも待ち望んで、
喜んで、喜んで、待ち望んで、
このキリストの神父を連れに、
イエス様が、
祭りになさると言っています。
パウロに臨んでいた、
この神の国の喜び、
喜と平和と喜びが、
私たちにも、
あればと思います。
私たちは、信じます。
神様信じます。
イエス様信じます。
私は神の子供です。
神の国が、私の中に入っていることは、
分かりますと言いながら、
どれほどたびたび、
不安になったり、
心配になったり、
焦りになったり、
苛立ちをしたりしますか。
そのことが出る度に、
周りの家族が苦しんでいるし、
周りの家族は、
私によって、
どれほど苦しまれているのか、
考える時に、
本当に本当に、
私たちは悔いを改めなければいけないし、
神の国ができない、
私自身が、とにかく神の国が
成し遂げられるように、
聖霊様によって、
喜と平和と喜びの神の国を
与えてくださるように、
祈っていかなければいけないと思います。
私は、この神の国が、
まず私の心に、
そして私の家庭に、
豊かになれればと思います。
そうするなら、
私の息子が幸せになると思います。
また、この神の国が、
私たちの教会で、
豊かになって、
お互いに引っかかることを全くないで、
そして私たちが、
まことの愛ができる
教会になれればと思います。
また、この神の国が、
36:02
私たちを通して、
大阪、東京、
また地域、地域に広まって、
神の国の祝福を、
周りの方たちも、
豊かに味わう、
この働きができることを、
切に祈ります。
喜と平和と喜びの神の国、
来てください。
来てください。
聖霊様、成し遂げてください。
切に切に祈る心で、
いっぱいです。
お祈りいたします。
主要、5月の家庭の月、
今日は、
喜と平和と喜びの神の国、
について、
学びました。
この喜、平和、喜びは、
イエスキリストの十字架の
恵みによってできたものであり、
イエスキリストを見習うことによって、
すべてができるものです。
どうかどうか、
私たちが、
イエス様をもっと知りたい、
イエス様をもっと近づきたい、
イエス様を共に歩みたい、
このことによって、
私たちにもっと力強い、
喜と平和と喜びの、
神の国が、
成し遂げられるようにしてください。
この神の国、
喜と平和と喜びによって、
家庭が全部幸せになり、
教会が幸せになり、
そしてこの福金が、
日本に伝えられて、
日本の方々を幸せにさせる、
教会にならせてください。
イエス様の皆を通して、
お祈りいたします。
アーメン。
37:35

コメント

スクロール