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2023-05-21 37:31

「家系に流れる呪いを断ち切らなければ」2023年5月21日(日)のメッセージ

東京ぶどうの木教会 2023年5月21日(日)主日礼拝のメッセージです。
牧師:アブラハム黄
▼教会へのお問い合わせ:tokyo.vine.church@gmail.com
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https://listen.style/p/tokyovinechurch/pxz2vjvl#chapter6
▼動画によるメッセージ:
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IIテサロニケ2:7,8不法の秘密の力は既に働いています。ただそれは、今のところ抑えている者が、取り除かれるま でのことです。8. その時が来ると、不法の者が現れますが、主イエスは彼を御自分の口から吐く息で殺し、来られるときの御 姿の輝かしい光で滅ぼしてしまわれます。
呪いについて
今日は、家計に流れる呪いを断ち切らなければという題を持って メッセージを分かち合いたいと思います。
いつも5月の家庭の月の中で、ぜひともこのメッセージは1回くらいは覚えていくように 私は考えているところであります。
なぜなら、これは大事なメッセージだからです。
5月の家庭の月、教会はすべての家庭がイエス・キリスト主として受け入れ、 イエス様に従うことによって、家庭が天国のようになることを、私たちはいつも祈っています。
ところが、もし皆さんの家庭の中で、私たちの家庭はなぜこんなに苦しいのか、
なぜ問題が山積し、この問題は解決できないまま、 家族みんなが苦しんでいるのか、
いくら頑張っても改善できない何かが家庭の中にあって、 家族みんなが悩んでおられるなら、
今日のメッセージを参考にしてくださればと思います。 今日のメッセージは、私の経験を通して申し上げることなんですけど、
私は2001年度、福岡の西南学院大学進学部を卒業して、 僕会を始めました。
九州のある教会で5年間、 本当に新卒牧師として一生懸命頑張りました。
頑張った結果、僕会はほぼ失敗で、 家族みんなが倒れてしまって、
私のすべてがダメになりました。 仕方がなく韓国に戻っていって、
失敗した選挙師として2006年、2007年、ローニングをしました。
私の人生で一番辛くて難しい時期でした。 家族4人、本当に難しい時期でした。
その時、いきなり 私の昔々の友達が私を訪ねてきたんです。
どうしてわかったのか、私に あなたの噂を聞いたよ。
それを聞いて間違いないと思った。 あなたもこの問題を解決していかなきゃいけない。
なに? その友達は、私の親戚です。私の母のところの親戚。
でも同じ年で、ずっと大学まで一緒でした。 だから私の家庭をよく知っている人です。
しかし友達の問題は何かと言いますと、マルコ9章で、 ある子供が転換になって、それで悩んでいる。
父親がイエス様に助けて求めてくるでしょう。 私も昔々彼の状況を少し見ていました。
泡を吹きながら、わーっと倒れるので怖かったですね。 嫌だなぁと思いました。
それでも大学卒業してからは、彼は現代という会社に、 私はサムソンという会社に、全然違うところにある会社だ。
そして、私は日本に来ているところだったから、 彼との関係が全くなかったんです。
ところが、彼の問題は何かと言いますと、 結婚して娘を生んだんですけど、
娘さんも同じように転換をすることです。 皆さん、幼稚園で
子供が泡を吹きながら、わーっと倒れる場面を、 親が見たと考えてみてください。
だったら、自分だけじゃなくて、自分の娘まで、 このような問題を抱えて、
皆さん、家庭の中で幸せがあると思いますか?
失敗について
これを解決しなければ、家庭の幸せはないと思って、 奥さんがキリスト社です。
家が豊かな家庭です。 だから、自分たちが知っている病院、
知っている業界、知っている有名な先生、 知っているすべての機動員を全部回りながら、
何とか何とか助けを求めて、ずっと探し回っています。
じゃあ、彼らはどのようにその問題を解決したのか? 私は彼らと付き合いをしながら、
私は何を学んだんでしょう? それを今日一緒に考えていきたいと思います。
じゃあ、皆さん、まず、 家庭に流れる呪いがあると信じますか?
聖書の10回で、このような見言葉があります。 聖書10と20章、3節から6節。
あなたには私を置いて、他に神があってはならない。 あなたはいかなる城も作ってはならない。
上に天にあり、下に地にあり、また地の下の水の中にある いかなるものの形も作ってはならない。
あなたはそれらに向かって比例をしたり、 それらに仕えたりしてはならない。
私は主、あなたの神、私は列上の神である。 私を否む者には、
父祖の罪を子孫に、三代、四代までも問うが、 私を愛し、私の戒めを守る者には、
幾千代にも及ぶ慈しみを与える。 幾千代に至る祝福をいただくことは、本当に素晴らしいことです。
しかし、三代、四代まで呪いを受けるようになるとしたら、 皆さん、第一代目が悪いことをしました。
忌まわしい行為について
神に逆らいました。 今日、創世記3章、ちょうどそれです。
それを第一代目が罪を犯したと思いましょう。 第二代目、三代目、四代目の子孫たちは、
訳もわからない呪いを担うようになります。
じゃあ、それがどんな、なぜこんなことがあるのか。 皆さん、どう考えますか。
それも、聖書で一番大事な第一の忌ましめ、 それは、神を愛することと関係があります。
だから、これは非常に厳しい問題であります。 私たちは、これを慎重に思いなければなりません。
ご覧ください。 カケに流れる呪いがあることは見えますか。
ところが、同じ聖書で正反対の見言葉もあります。 エジケード書、中八書でこう言います。
一節からです。主の言葉が私に臨んだ。 お前たちがイセレルの地で、このことわざを繰り返し口にしていることは、どういうことなのか。
先祖が水ぶどう酒を食べれば、子孫の歯が浮く。 私は生きている、と主は言われる。
お前たちがイセレルにおいて、このことわざを二度も口にすることはない。 と言いながら、二重節にこう言います。
罪を犯した本人が死ぬのであって、子は父の罪を負わず、父もまた子の罪を負うことはない、と言います。
なぜ神様は実界と全く異なるこのような見言葉を語ってくださったのでしょうか。
それはバーベロンの捕虜の時代、国がダメになってから、このイセレル民はどれほど難しかったでしょうか。
だからイセレル民は口癖のように、いつも先祖の罪のせいだ、と言いながら、信仰がおかしくなっていくんですよ。
神に従うことが大切
ですから神様が先祖のせいにしてはならない、自分が神の見言葉に従っていくなら祝福されるぞ、ということを神様が言われたことです。
これも創世紀3章と全く同じです。
また一つ、イエス様の見言葉の中でこのことがあります。
ヨハネ9章1節から3節を見ますと、
さてイエスは通りすがりに生まれつき、目の見えない人を見かけられた。
弟子たちがイエス様に尋ねた。
先生、この人が生まれつき目の見えないのは、誰の罪を犯したからですか。本人ですか、それとも両親ですか。
イエスはお答えになった。本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。
神の業がこの人に現れるためである。
皆さん、生まれながら目が見えない子供。
たったら子供の罪ではないでしょう。
たったら私たちは普段、親が悪いことをしたから子供がこんなに悪い姿で生まれたんだと、
親のせいにする可能性があるのですが、イエス様は何と言うのか、親のせいではない。
それは神様がこの人を通して神様の見業を表すためだ。
結局イエスは世の光だということを見せてあげるために、この子は生まれながら目が見えないように、神様の主権的な働きでそうされたということです。
だったらこれは家計に流れる呪いとは全く関係ないでしょう。
ではどうですか、家計に流れる呪いはあるんですか、ないんですか。
今大勢のキリストたちはイエス様を信じて、それで全てが新しくなったから、
過去の先祖の罪とかいうことは私たちと関係がないと思います。
私もそうなってほしいです。
それにもかかわらず私たちには理解できないことがたくさんあるのではないですか。
私は本当に不思議に思っているのは、
私は韓国のスウル大学を頑張ったんですけど落ちました。
だから武産大学に行きました。
あっとあっとになって父が亡くなる前に少し親しみながら父から聞いたことです。
父もスウル大学に落ちて武産大学に行った。
家系の呪いの実例
だから彼は私は、ぜひスウル大学に入りなさいということで、
鞭を打たれながら勉強勉強勉強と言われたそうです。
偶然ですかね。
スウル大学に落ちて武産大学に行くのが、
父も大学の名前さえ全く同じことを父もなさった。
不思議に思えません。
保険会社の人たちが保険に加入する前にアンケート調査をすることを皆さんご存知ですか。
加入する前に家計の家族歴を聞きます。
特に病歴ということが何があるのか聞きます。
上、血圧が高い。だったらそれがありますか。どんな病気がありますかと聞きますけど、
なぜそれを聞くのでしょうか。
上の方たちがそのような病気を持っていたら、
子どもにもそのような病気をなる可能性があるということが医学的にすでに証明されているからです。
ですから皆さん、いろいろ例外はありますけど、一般的に家計に流れる呪いはあります。
では、友達の家の家計の問題は何であり、
私の家の家計の問題は何でしょう。
私の友達の家は仏教。
その友達も仏教で熱心だったんですね。
また、韓国はみんな戦場に対する妻子をあげていくこと、これはどこでも厳しく守ることが、これはみんなやっていることです。
自分に転換があるとき、これは辛いですよ、それは非常に難しかったと思いますけど、
娘に、小さな娘に転換の問題が生じたら大変だと思って、
その妻はキリストシャーだったから、有名な病院、有名な教会、牧先生、集会、機動員、
全部通って、何とか自分の娘を生かしたかいってでしょう。
親としてその娘が転換しているので、それを何か適当に過ごす人はいないでしょう。
ところがある機動員に行って、機動員の牧先生とその奥さんが一緒に助けるために祈っているので、
その奥さんの目で幻のように絵が見えたそうです。
大きな蛇が友達をくるくる巻いているという、大抵このような場合は、この原因は偶像だそうです。
その蛇の影響で家の中に苦しみ、難しさが来て、その蛇が子供まで影響を及ぼして、
そのような転換が親が転換を持っている、子供が転換をやっていることを、皆さんこんなことがあるとは信じられますか。
その友達は自分の問題を解決、自分の家庭の問題を解決しながら、
親による影響
私の家のことをよく知っている人だから間違いない。
お前も選挙失敗して、全部ダメになって韓国に戻ってきたのは同じ問題だ、同じことだと思って、
私に助けようと私を尋ねてきたんです。
まず誤解がないように、では全世界の人々みんな偶像を拝んでいるので、
それにともみんな同じような問題を抱えていますか。
四編の73編がその問題を私たちに説明してくれます。
その部分は、いつか私は皆さんに別のメッセージを通して申し上げたいと思いますけど、
四編の73編の16節から19節を見ますと、結局この人たちもダメになりました。
いつかメッセージを申し上げたいと思います。
では私の家庭にはどんな問題があったのか。
私の父、また親の先祖はみんな学者なんです。
私の父は教育公務員で、みんな模範的に生きようと頑張っている人だから、
それにも関わらず、私の弟の家庭に子供を産んで、
7歳になった時、体の機能が悪くなって、目がだんだん見えなくなった。
おかしいなと思って病院に連れて行って検査をしてみたら、名前を忘れました。
珍しい病気で、オイルが分解できないといったのか、
その珍しい、本当に珍しい病気で苦労しながら、その子は体全体が麻痺になってしまって死にました。
その時、家族みんながかっかりしました。
私の姉、夫がビジネスをやって、3人の子供を抱えて、本当に幸せでした。
家計に流れる呪いの問題
ある日、私が日本の駐車員にいる時に連絡を受けた。
その夫が白血病になって、病院に入院して何とかやってましたけど、それで亡くなりました。
若い時、何にも分からない私の姉。
今、会社はどうする?また、自分の家庭に3人の子供を抱えてどうする?
それから死ぬほど苦しみながら、やっと子供たちをみんな結婚させて、今、精一杯頑張っているところです。
姉がそのような場面になった時、私の父がどれほど泣いたのか、父がそんなに苦しみましたね。
また、私の家庭。私の子供は日本のいじめということがあって怖かったですね。
日本の学校に入れたらいじめられるんじゃないかと思って、福岡にいた時にはわざわざインターネットのスクールで子供を入れました。
でもインターネットのスクールでいじめられて、彼は引きこもりまで行きました。
子供がどれほどつらい思いを知ったのか、それを見ている私の夫婦はどれほどだったんでしょう。
また、私の母会。母会は難しかったですね。
5年、精一杯頑張って大失敗をして、家族みんな、妻はだから倒れてしまって、パニックでした。
みんな苦しみました。 非常につらい5年間の時期を過ごしました。
皆さん、私たちの家庭、精一杯頑張ったのに、なぜ私の弟も私の姉も私の家庭も
全部ダメになりました。 何が問題なのか。
私の妻も、また弟の妻もキリスト社だから。 二人がいつも祈って、何が問題なのか。
その時ちょうど、家計に流れる呪いを断ち切らなきゃって、本が韓国に出版されて、それでいろいろ参考にして、二人が分かったのが
私の家庭には、先女に対する妻子をあげる、このことを度が過ぎるほど、それで熱心だったから。
以前の私たちの先女たちは、金持ちだったと言うんですけど、それを一生懸命やるときに、貧しくなったと言うんですけど、でもプライドはすごいですよ。
私たちは、先女に対する妻子をあげることを精一杯頑張る、韓国語はヤンバンと言うんですけど、すごく偉い関門だった。
だから私がイエスを信じて、イエス様を信じる時に、家から追い出されることもあったんです。
結局、出世述と二十章個説、あなたはそれらに向かって不良を知ったり、それらに使えたりしてはいなさない。
私は主、あなたの神、私は烈像の神である。私を否む者には、負草の罪を子孫に三代四代まで問うが、
この見言葉がどれほどどれほど重い、本当に怖い見言葉なのかを悟ることができました。
その後、私はその友達が助けを求めたという祈祷に、私の家族みんなと友達の家族みんな一緒に祈祷に行って、
礼拝を捧げながら、また毎週祈祷に行って、安心の祈りをもらいながら、少し少しずつ良くなりましたけど、
では、このような家計に流れる呪いの問題をどのように解決したのか、
このことを教えてくださる千書があります。今日読んでくださった第二テソロニケ二章七節八節です。
不法の秘密の力、これが家計に流れる呪いです。
不法の秘密の力がすでに働いています。ただそれは、今のところ抑えられているものが取り除かれるまでのことです。
その時が来ると、不法のものが現れますが、主イエスは彼をご自分の口から吐き吐く息で殺し、
来られる時、見えづかたの輝かしい光で滅ぼしてしまいます。
今は私たちはイエス・キリストの皆によって追い出す。しかしイエス様が再臨なさる時、イエス様がその者たちを滅ぼしてしまう、
いうことを教えてください。ところが、今私たちはそれをどのように適応すればいいでしょうか。
これから申し上げますので、ぜひとも皆さんにこのような問題がありましたら、これを参考にしていただければと思います。
ヌエミヤの例
解決する方法は手法にかけられています。5つの段階でぜひ行ってください。
まずはじめに、自分の家計、各家計、家庭とおり、全部問題が異なります、違います。
自分の家計の流れを調査してみてください。 3代、4代まで問われると言ったから、できれば3代、4代、父の家庭、母の家庭、
3代、4代まで調査することですけど、昔のことは私たちはよくわからないでしょう。だから、わかる範囲の中で何が問題なのか調べてみることです。
私の家計には確かな問題が3つありました。
偶像、暴力、インラン。
私のおばあさんは2人もいます。本当にその間に暴力はどれほどあったのか、私もすごく殴られましたけど、
家庭にこんなものがありました。皆さんの家庭にも調査してみてください。 2番目、
先祖の罪と、先祖と同じ罪を私たちも犯しているんです、事実。 それを神の前で悔い改めることです。
今日、創世記3章では悔い改めなかったから、他の人を正義にしたから、大変、この後問題があったんですけど、悔い改めることです。
他の人の言い訳することは意味ありません。 参考にこれをうまくなさった方がヌエミヤの人でした。
ヌエミヤがエルサネム信頼が完全に破壊されたことを聞いて、彼がどうしたのか。 ヌエミヤ1章6節7節です。
今私は昼も夜も祈り、イスラエルの人々の罪を告白します。 私たちはあなたに罪を犯しました。
私も、私の父の家も罪を犯しました。 あなたに対して、あなたの下辺、モーセオにお渡いになった、
今しめと起きてと法を守りませんでした。 自分だけじゃなくて、先祖の罪じゃなくて、先祖だけじゃなくて、私までこの罪を犯しましたと告白する。
この時、ヌエミヤの姿勢素晴らしいですね。1章4節に、これを聞いて私は座り込んで泣き、
数日も嘆き断食しながら、天に居ます神に祈りを捧げました。
キリストを通じた救い
真心で真実に悔い改めたんです。 3番目、そしてイエスキリストの忠実家の師匠に思って、
自分たちとまた先祖の罪を清くしてくださることを 委ねながら悔い改めることです。
皆さんご存知でしょう?ヘブナイショウ9章22節、こうしてほとんどすべてのものが 立法に従って地で清められており、
地の流すことなしには罪を許すことはありえない。 だからイエス様は私たちの身代わりに地を流してくださったんですよ。
イエス様は忠実家の師匠によって、罪が許され清くなったことを心から信じて 告白することが大事です。
ローマ書、朱書、9節、10節、 心で信じて口で言い表す。
これが皆さん本当に本当に大きなパワーが現れることです。
4番目、先祖の罪と私たちの罪のことゆえに、それをきっかけとして入ってきた、そして家をためにした 悪しき霊をイエスキリストの皆によって追い出すことです。
悪魔が、悪しき霊が、なぜ私たちの中に入っているんでしょう? これは罪があるからです。
罪を告白しないまま、悔い改めないまま、悪しき霊出て行け。 イエス様の皆によって出て行け。いくらやっても出て行きません。
なぜなら、罪があるでしょ? だから悪魔が入ってきたんだ。
罪の許しがなければ、悪霊は出て行きません。 必ず悔い改めと共に悪しき霊を追い出すことが大事です。
最後に、悪霊を追い出し、清くなって空っぽになっている心を イエスキリストの恵みと愛で満たして、平安と喜びが与えられるように祈ることです。
神の国は、ローマ書14章17節には、 聖霊の中で、喜と平安と喜びだと言います。
だから、私たちの心、悪霊が追い出され、 私の中で聖霊様が来られるなら、
きっと平和と喜びが満ちあうれる心になります。 みんながそうなれば、家庭がきっと平和と喜びが満ちあうれる、
神の国になるのではありませんか。 じゃあ、この祈りを家族みんなが共有して、
悪霊の追い払いと心の満たし方
信仰を持って宣言して、それを断ち切ることです。 じゃあ、ここから大事です。
これ、一回やって終わりなのか? そうではありません。なぜなら、
この聖書をご存知ですか? イエス様が、マタイの12章43節から45節、こう言われます。
汚れた霊は、人から出て行くと、 砂漠をうろつき、休む場所を探すが、見つからない。
それで、出てきた私の家に戻ろうと言う。 戻ってみると、空き家になっており、掃除をして整えられていた。
そこで出かけて行き、 自分よりも悪い他の7つの霊を一緒に連れてきて、中に入り込んで住み着く。
そうなると、その人の後の状況は、前よりも悪くなろうと言う。
皆さん、霊的な存在は、 人の心が自分の家だと思います。
神様は何を願っていますか? 心を願っています。私たちの心。
悪霊も私たちの心を願っています。 だから、悪霊を追い出しました。
だって、悪霊が心から出てしまったんです。 出てしまった悪霊は、
どこか行くところがないんで。 だから、自分の家がどこだと思っていますか?私の心です。
だから、うろうろしながら、いつも私の心を願っているんです。 心が空っぽになって、整えられて、掃除をちゃんとしているなら、
そこに入りたくて、入りたくて、その時、 私が何をするかによって、それをきっかけとして、また会えてくるんです。
これが大事だということです。 その時は、
自分一人で入ってくるんじゃなくて、7つの霊を連れてきて、 もっと悪いやつを連れてきて、
そこで住み着くと言います。 だから、悪霊を追い出すことよりもっと大事なのは、
この次に私の心を何で満たすのか。 これが大事なんです。
ここで大事な霊的な法則が、ローマ書6章中6節です。
知らないのですか?あなた方は誰かに奴隷として従えば、 その従っている者の奴隷です。
つまり、あなた方は罪に従う奴隷になるか、そして死に至るか、 神に従って使える奴隷になって、死に至るか、どちらからです。
ですから、私たちは積極的に、 御言葉と聖霊によって心を満たし、
また大事なのは、光の中で歩むことです。 闇の中で歩んではいけません。
私たちの心には二度も悪霊が入ってこないように、 神様のことをもって私たちの心を満たしなきゃいけない。
そして、この心をしっかり守らなきゃいけないということです。
第二ペトロ二章二十二節でこう言います。 犬は自分が吐いたもののところに戻ってくる。
豚は体を洗って、また泥の中を転げて回る。
悔いを改めた後、また悪霊、悪魔、悪霊が好きな場所をくるくる回るなら、 悪霊がまた入ってきます。
だから私たちは神様のことをしたい求めなきゃいけません。
それで一番大事なのは礼拝なんです。 礼拝成功、神聖成功、礼拝失敗、神聖失敗。
光の中で生きることの大切さ
礼拝の中には神のご臨在の光、栄光の光がいつも照らされている。
その中で賛美と祈りと見言葉が宣言され、 神様豊かに二人また三人が私の名によって集まるところには、
私もその人の中にいる、約束されたことがあります。 神のご臨在の光によって闇の力が出てしまう。
悪霊が二度も入ってこない、そのような場所になるんです。 礼拝者、まごとの礼拝者、素晴らしいことです。
さあ皆さんまとめてみましょう。 もし皆さんのご家庭に悪いこと、いろいろな問題、事故、いろいろ起こったら、苦しみがあったら、
まずその問題の原因を探す。 それを神に持って神様の前で悔い改める。
それでイエス・キリストの知性によって、忠実家の知性によって清く洗い、 洗った後、悪霊を追い出す。
それで空っぽになっている心に、見事ば十万、精霊十万、 感謝と賛美が満ちあうれる礼拝。
それで光の中でとどまる生活。 それが業界中心的な生活をすることは大事です。
私のお友達の娘さんは、家族みんなと一緒に参加して祈ることによって、 転換が治りました。癒されました。
私の友達も転換が癒され、娘さんも転換が癒されました。
彼女は感激して、韓国のバプテスト神学院に進学しました。 今は伝道師さんとして働いています。
私の家庭もそれを繰り返しながら子どもたちが良くなりました。 ところが今も弱い部分があります。
何かと言いますと、その病気は治ったんですけど、 次に信仰を持って助けて、
子どもたちの心を見言葉と精霊と神様を拝む礼愛として 満たされなきゃいけないんだけど、
その部分は私たちは続けて助けていくところがあります。 それと関連して最後にもう一言を言わせてください。
皆さん、この悪しき霊がいつ私たちの中で入ってくるのか。
専門家たちはこう言います。 幼い時、何にもわからない子どもたちの、
その子どもたちがむやみに語る言葉、 生活を通して子どもたちの心に悪霊が入る場合が多いということです。
例えば、父と母は信仰が素晴らしいです。
ところが子どもたちは何もわからないから、 礼愛に来ようとしないんです。
特に、昔私は教会の牧師なのに、 子どもたちが牧師館で住んでいるのに教会学校に行きましょうと言ったら、
嫌だ、行きたくない。 あったら私は、本当に私はこれダメですね。
餅を打ったり殴ったりした。 それで子どもたちは反抗心が、教会に対して神様に対して父に対して反発する心が与えられて難しくなったんです。
もし、ご両親は信仰が素晴らしいのに、 子どもが教会に行きたくないと言ったら、
それで一番大事なのは、愛を持って模範を見せたり、 愛を持って子どもたちを上手く支えていくこと。
これが大事なんです。 また、涙の祈りがここで一丁なんです。
暴力を振る舞ったら、神様に反抗心を持っているでしょう。 神に反抗するのは、悪霊と同じような気持ちじゃないですか。
その時、子どもたちの中で、 サタンの働きがある可能性が多いということです。
だから、親たちが子どもたちの状況をよく見て、 どのように助ければ、神様に反抗心を持たないで、
教会に対して嫌な思いをしないで、 信仰を上手く持ち続けていくことができるか。
ぜひとも、そのために祈って、模範を見せて、 愛を持って子どもたちをよく助けていく。
信仰は素晴らしいんだよ。神様、あなたを愛しているんだよ。
イエス様、あなたのために、このように 十字架で死んでくださったよということ。
子どもたちが納得できるように、上手く助けること。
これが上手くできれば、その危ない時期を乗り越えていって、 それから順調に礼拝者として生きるでしょう。
礼拝と教会生活の保護膜
悪しき礼を、私たちから子どもを守るのは、礼拝です。 教会生活です。
礼拝を通して、教会生活を通して、 これを保護膜の中にしっかり入ってきて、
信仰生活を通して、神の祝福、神のご臨在、 素晴らしい神の栄光の中で子どもを育てていくなら、
このようにかつ、 素晴らしいキリスト社と成長していくでしょう。
このような過程の中で、呪いの過程じゃなくて、 呪いを流すのではなく、祝福を流す過程になること。
これが私たちに一番大事な使命だと思います。 過程の月、5月に迎え、過程に流れる呪いをすべて断ち切って、
神様が与えてくださる、 喜と平和と喜びの御国が成し遂げられることをお祈りします。
お祈りしましょう。 主よ、過程に流れる呪いを考えるときに、
イエス様を信じることができたということは、 どれほど祝福なのか、本当に本当に感謝します。
教会のすべての過程が、呪いからすべての呪いを断ち切って、
神の国の喜び、喜と平和と喜びが満ちあわれる過程になることを、 ぜひとも、ぜひとも祝福を与えてください。
イエス様の皆を通してお祈りいたします。 アメン。
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