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2026-01-18 43:04

「主を畏れ敬うようにさせてください」2026年1月18日のメッセージ

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東京ぶどうの木教会 2026年1月18日(日)主日礼拝のメッセージです。
牧師:アブラハム黄 

▼ポッドキャストへのご感想など: https://forms.gle/fHcRBqaFSat8EQfE9 
▼教会へのお問い合わせ: tokyo.vine.church@gmail.com 
▼メッセージの自動文字起こしはこちら: https://listen.style/p/tokyovinechurch

(聖書)申命記-13イスラエルよ。今、あなたの神、主があなたに求めておられることは何か。ただ、あなたの神、主を畏れてそのすべての道に従って歩み、主を愛し、心を尽くし、魂を尽くしてあなたの神、主に仕え、13 わたしが今日あなたに命じる主の戒めと掟を守って、あなたが幸いを得ることではないか。 Ⅰコリント8:3 箴言1:7 箴言22:4 箴言16:6 詩編 詩編,19 Ⅱコリント7:1 ヨハネ 箴言神に逆らう者は危惧する事に襲われる。神に従う人の願いはかなえられる。 出エジフト10:7下、エジプトが滅びかかっているのが、まだお分かりになりませんか。 創世記22:2神は命じられた。「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい。」 その子に手を下すな。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが、今、分かったからだ。あなたは、自分の独り子である息子すら、わたしにささげることを惜しまなかった。 -18 24:1アブラハムは多くの日を重ね老人になり、主は何事においてもアブラハムに祝福をお与えになっていた。

 

メッセージ題 : 主を畏れ敬うようにさせてください(申命記-13)

*新年、第3週目のメッセージとして、今日は、主を畏れ敬うことについて!主を畏れ敬うことは、私たちの信仰生活に一番大事な価値観なので、ぜひ覚え実践できれば!ではなぜ、畏れ敬うことが大事?

 

1.初めに、神様は天地万物と人間を創られました。

*神様は人間だけは、特別に神の御姿で創られましたが…なぜ、神の御姿で創られたのか?人間を神様の愛の対象として創られたから!その人間との愛の関係の為には、神様の自由を人間にも持たせて、同じ条件で交わりをすることが大事。自由な関係で神を知り神を選択し、神様と愛の関係になるように、人間には自由意思を与えられました。しかし、人間は神様と異なり不完全で弱いので、過ちの可能性が?ですから神様は善悪の知識の木を置かれて、やっても良いこと、やってはいけないことの注意を!人間はその木の実だけ食べないで神様との交わりの中で過せばよかったです。しかし、蛇の誘惑で善悪の知識の木の実をとって食べました。不従順と罪を!

→しかし神様は罪を犯した人間を愛され救うと!創世記女の子孫、イエス・キリストを遣わされ、十字架で贖いの血を。悔い改め信じる人は、回復を! →これからは、第1の戒めとして「神様を愛するように」申命記6:4,5、-13、Ⅰコリント8:3 そして、これからは裏切り、罪を犯さないように、信仰生活ができる秘訣を・・畏れ敬いなさい!

 

2.では、畏れ敬うとはどんなこと?また、なぜそれが大事でしょうか?

*聖書は悪魔を「臆病の霊」だと!Ⅱテモテ1:7 しかし、神様を畏れ敬うことは?神様の聖さ、栄光、権威に対する無限な尊敬、拝む心を持つこと!これは出エジフト19章で、モーセが神の山に登り神様の栄光のご臨在の前で持てた心と姿勢!

→#これがなぜ大事なのか?私たちが畏れ敬う心を持つとき

1)知恵の扉が開かれ正しい信仰を。箴言1:7,

2)富と名誉、命を与えられる。箴言22:4

3)御言葉に従わせ祝福されるように。

4)罪から保護され、裁きを受けることが無いように。箴言16:6

5)すべて善い物で満たしてくださる。詩編

6)神様を礼拝するように導く。

7)保護され救われる。詩編-19

8)聖くて純潔な生活ができるように。Ⅱコリント7:1

9)永遠な命に導く。ヨハネ

10)神のご臨在にいつも満たされる。 箴言

神に逆らう人に?神に従う人には?

#畏れ敬うことの事例? *エジプトのファラオに与えられた10項目の災い?理由は、畏れ敬う心がない故。天地を創られた神様を軽んじて敵対しながら…出エジフト10:7エジフトが滅びかかるように!

*アブラハムの訓練?75才から…100才でイサクを与えられ、創22:2息子を焼き尽くす捧げものとして捧げなさい?すぐ従うアブラハム。創あなたが神を恐れる者であることを分かった→24:1

 

3.では、こんなに大事な畏れ敬う心は…どのように得ることができますか?

*知識ではできません。御言葉と聖霊の働きで…また、御言葉に従いながら、神様を経験しながら…

#イエス様には7重の聖霊の働きが…イザヤ11:2,3その中で、主を畏れ敬う霊に満たされる?主を畏れることを楽しみにする生活?←主を畏れる霊と、その人に与えられる祝福で満たされて、働かれた

@このメッセージを準備しながら、主を畏れ敬う心が見当たらない私たちの子供、2世たちをどうすれば

願わくは、聖霊様の照らしによって神様を知り、正しく信じて、畏れ敬う人に与えられる祝福で2026年を

サマリー

このエピソードでは、神を恐れることの重要性とそれが信仰生活に与える意味が探求されています。また、神との愛情豊かな関係を築くためには、恐れと敬いの心が不可欠であることが強調されています。さらに、神を恐れ敬うことの重要性とその結果について考察されています。パラオやアブラムの例を通じて、神に従うことで得られる祝福がメッセージとして強調されています。神を知ることの重要性や、神に対する正しい畏敬の念を持つことが強調されており、親が子供たちに神を恐れ敬う信仰を育むための祈りの力についても述べられています。

神を恐れる心の重要性
主を恐れるように、恐れる心を与えてくださいという対応をもって、メッセージを分かち合いたいと思います。
新年に入って、私たちは信仰生活に大事な大事なキーワードを選んで、それを分かち合っているところであります。
今日は、神を恐れること、主を恐れることは非常に大事な意味があるので、
今年、ぜひ覚えて、恐れる心があるのか、いつもチェックしながら、信仰生活をしていただければと思います。
主を恐れ敬う心がなぜ必要なのか。
神様は、はじめに天地万物と人間を作られました。
ところが、その中で、特に人間だけは、神様の見姿で作られたんです。
世の中の何も、神の見姿で作ったものはありませんでした。
ところが、人間だけは、神様の見姿で作られた。
なぜ、神の見姿で作られたのか。
神様は人間を、神自身の愛する相手として作られた。
結局、それから考えてみますと、
愛する相手である人間のために、全世界を作られたと考えても過言ではないでしょう。
神様と人間の愛。
神様と人間の愛は、ロボットで作って、プログラムによって、
私は神を愛します、というような愛の関係性は、これは意味がないので、
神様と同じような自由、同じような人格、同じような選択を持って、
人間が自ら神様を選んで、神様を愛することができるように、
神様が持っておられる全ての自由を、人間に与えて下さい。
神様も人格体である。人間も人格体である。
神も自由意志を持っている。人間も自由意志を持っている。
全ての自由の中で、神様を知って、
ああ、その方だと思いながら、神を愛することができるように、
人間に神様全てのことを与えて下さい。
ここで大事なのは、人間に自由意志が与えられたということです。
しかし、ここに問題があります。
神は完全なお方ですけど、人間は不完全で弱い存在です。
しかし、神様と同じような全ての自由を持っているから、
人間がもしかしてダメになったら、
神様の大きな身業にダメージになる可能性が十分にあります。
ですから神様は、全悪の知識の木の実を置いて、
これはやってはいけないよ。これはやってもいいよ。
善と悪ということを持って、
人間がダメにならないように気をつけるように、
それで神様の知識の木を、エデンの園の真ん中に置かれておきました。
それを食べなければOK、いいよ。
食べたら、これダメだよ。食べたら必ず死んでしまう。
神様と関係がダメになるよ。
これはガイドラインと当ててくださいました。
これは結婚する時の結婚制約と同じです。
あなたは私以外の他の男性を愛してはならない。
私だけを愛してくれ。
また、あなたはこの女性以外を愛してはならない。
私だけを愛してくれ。
お互いの約束でOKしたから、結婚式ができました。
結婚するようになりました。
同じように、神様も私以外の何も愛してはならない。
私だけを愛してください。
こういうような神様からの条件。
それで、神と私たちは愛する関係、親しい関係になりました。
それがいいのは、神様を愛するなら、神のすべては私のものです。
日本は違うかもしれない。
韓国は、結婚するなら、旦那さんの貯金通帳は奥さんに行きます。
旦那さんの給料は、旦那さん知らないけど、奥さんのところに全部入って行きます。
私はそうでした。
私は給料がいくらか分かりません。
全て奥さんのところに会社から送ります。
そのように韓国は生きています。
それが神様と同じ条件ではないかと思います。
神を愛して、神様を親しい関係性の中にいるなら、
神のすべては人間が使うことができる。
幸せ、祝福の中で過ごすことができる。
これは何です。
人間は、全悪の知識の木の実さえ食べなければ、
いつまで、いくらでも幸せ、祝福の中で過ごすことができました。
ところが、神様禁じられた全悪の知識の木の実を絶対に食べないという保証はありませんでした。
案の定、一番恐れた、それを悪魔が誘惑するんです。
人間に、全悪の知識の木を食べなさいと誘惑していく。
人間が悪魔の誘惑に騙されて、結局その木の実を食べて、罪を犯してしまいました。
神様の愛と配慮を裏切った人間。
神を愛し従うことの祝福
罪を犯した人間、どうすればいいでしょうか。
私だったら、もうあなたは私を裏切ったから、もうあなたと私は終わりだと思って、
すべての線を引く気持ちなんですけど、神様はそうではありませんでした。
神を裏切ったんですけど、人間を愛されたので、彼を生かそうと思いました。
そして、創世紀3章15節、女の子孫として名車を送ってあげて、
人間のすべての罪を背負って、十字架という地を流し、
贖えの死を通して人間を救おうと思いました。
条件は、自分は罪を犯しました。私は罪人です。
そして、改める人がいるなら、その人を救って、
そして、彼は元通り、神様との愛の関係、
神の子供、神のキリストの神父として、彼を回復してくださる条件でした。
それで救われた人々に、神様はこれからもう一つ言われます。
これからあなたは愛してくれ。私を愛してくれ。
今日読んでください。新明記。
もともと6章、大事な聖書ですけど、10章でこう言います。
イスラエルよ、今あなたの神主があなたに求めておられることは何か。
ただあなたの神主を恐れて、そのすべての道を従って歩み、
主を愛し、心を尽くし、魂を尽くして、あなたの神主に使え。
私が今日あなたに命じて、神の今しめとおけてを守って、
あなたが幸せになることではないか。
あなたは神を恐れて、私が言われたすべてのことを従い、
そしてあなたは幸せになりなさい。
皆さん、神を愛する印は何ですか。神の御言葉に従うことです。
忠順イコル愛です。神の御言葉に忠順、これが愛です。
そうでしょう。夫婦の関係を考えてみてください。
夫が奥さんを愛するなら、奥さんが言われることを聞きます。
奥さんが言われることをすべて聞いてくれることを、
これを見ているときに、彼は私を愛しているんだなと、
これをわかるでしょう。同じように、神の御言葉を従うなら、
私たちは神を愛するんだと、これはもう認められるようになります。
ですから、神様は人間に、あなたたちは私たちに、
私を愛し、私に従って、これからあなたたちは幸せになることが、
私が一番願うことだよと言います。
しかし、救われて、回復された人間、再び愛しましょうと言いますけど、
この人間が神を裏切って、罪を犯さないようになる、
この補助がありますか?補助はありません。
再び罪を犯して、神様を裏切るかもしれない。
いろいろな問題を起こすかもしれない。
しかしながら、神様は人間を愛しているから、
ですから、神様が人間に、二度も神から裏切らない、
神から離れないように、裏切らない、離れない、
愛を裏切らない秘訣を教えてください。
これが何でしょう?
これが、神を恐れ、敬うなら、
あなたはこれから、罪を勝手に犯さないし、
私の御言葉を勝手に裏切る、また、不従順することはないだろう。
ですから、神を恐れるなら、罪を犯すこと、また神を裏切ること、
そのことは、恐れがなくなります。
神を愛する保証があるんですか?
神様からの秘訣は、恐れ、敬う心を持つなら、
大丈夫になるだろうと言われて、
私たちに、恐れ、敬う心を持ちなさいと言います。
では、恐れ、敬うんだということをどうすることですか?
また、これがなぜ大事でしょうか?
皆さん、悪魔を臆病の霊と言います。
悪魔の働きは、人間に恐怖心を入れる。
恐怖心を入れて、人間を支配し、操る。
これが悪魔の。
ですから、悪魔は臆病の霊と言います。
臆病させる霊。
これはダメです。
神様は、私たちを臆病させ、恐怖心を与えて支配する方ではありません。
神様は、恐れ、敬う心を持たせて、私たちと親しみを持って愛しされるのですが、
恐れ、敬う心は何でしょう?
恐怖ではありません。
神様の清さ、神の美しさ、
神様の知恵の豊かさ、
神の豊かな栄光、
神様の全体全能、全能の神様の力と原因を示されて、
それに対して無限の尊敬心、
それに対する拝もうとする心が、心の底から出てきて、
それで、神様、神様愛します、神様本当に褒めたたえます、
言うような心ができるようにする。
これが、恐れ、敬う心だということです。
これは、モーセが神の山に登って、
神の栄光の前で、
雲の前で、神の栄光、
光と炎がワーッと出てくるこの前で、
モーセが持っていた心でした。
モーセは、恐怖心ではありませんでした。
恐れしながら、拝もう、恋愛する心を持っていたのです。
ですから、ただただ恐怖心ではなく、
もう驚くんですけど、
その中で神を恋愛する、拝もうとする心が豊かにある心、
これが、恐れ、拝もう心。
しかし、これがなぜ大事なのか、
恐れ、拝もう心を持つときに、
与えられる祝福はたくさんあります。
まず、神言の1章のあらせ、
死を恐れることは知恵の始め。
皆さん、死を恐れる心を持つなら、
知恵の扉が開かれます。
神様からの知恵が与えられます。
正しい人生、正しい信仰生活、
正しい分別ができるように、
神様が、神の知恵を与えて下さい。
また、恐れ、拝もう人には、
1ページ22の4節、
富と名誉と命が従ってくる。
富と名誉、命が与えられるということです。
だから、神を恐れ、拝もうときに、
富がついてくる。
知恵がついてくる。命がついてくる。
全てがついてきます。
また、神を恐れ、拝もう心を持つなら、
神の御言葉に従うようになります。
皆さん、聖書で一番祝福される人は、
どんな人なのか?
神の御言葉に従うなら、
これらの全てが、あなたたちに祝福として与えられる。
祝福の秘訣は、神の御言葉に従う。
これは誰ができるのか?
神を恐れ、拝もう人は、
従順が自然にできます。
だから大事です。
神を恐れ、拝もう人は、
罪を犯さないようになります。
だから、最後の時の裁きから安全に守られます。
これはすごいです。
また、神を恐れ、拝もう人には、
神様が全て良いもので満たしてくださる。
ですから、詩編の34章の10節。
死を恐れる人には、何にも欠けることがない。
私はもう、
この谷の中で歩む時も、
何にも恐れない。
主は私の牧者。何にも欠けることがない。
これを見ていますと、
神を恐れ、拝もう人だということがわかります。
また、神を恐れ、拝もう人は、
神を恋愛したくてたまらない。
この恐れ、拝もう心を持つ人は、
まことの恋愛者になります。
恋愛が好きで、恋愛が好きで、好きでたまらない。
もう、
詩編の11章の3節です。
イエス様は、神を恐れ、拝もうことを、
楽しみとしている。
楽しみとしている。
神様に恋愛することが楽しみで、
神様に従うことが楽しみ。
だから、イエス様には、神様の全ての祝福が
全部、切っている。
また、神を恐れ、拝もう人たちを、
神様が守り、保護され、
救われると言います。
また、神を恐れ、拝もう心を持つ人は、
純潔で清い生活ができる。
自分が清くなりたいと頑張っても、
清くなれません。
人間は目があるから、全て見える。
それによって罪が入ってくるでしょう。
もう、見えることをどうすることもできない。
しかし、神を恐れ、拝もう人には、
心の純潔さ、
清さが与えられて、
主が一番愛する人になる。
結局、神様は、自分を恐れ、拝もう人を、
永遠の命、天国に導かれます。
また、恐れ、拝もう人に、
神様は来られて、
いつもご臨在され、ともに笑われます。
私は、聖書の中で一番気になる言葉があります。
これは、皆さん、
新元の10章24節、主法に書いてあります。
神に逆らう者は、危惧することが襲われる。
神に従う人は、
願いが叶えられる。
皆さん、一番、
一番、そのことは起こったらいけない。
一番、そのことは起こらないようにしてください。
しかし、神に逆らう人は、
自分は一番、来てはならない。
心配することは襲う。
しかし、神を従う者は、
神を恐れ敬うことの重要性
自分は一番、願っていることが与えられる。
皆さん、私は、この聖書は凄いと思います。
一番、
自分が恐れることが望む人なのか、
自分が一番、願っていることが叶えられる人なのか、
これが、
神を恐れ、
神に従う者なのか、
神に逆らう者なのかにかかっている。
これは、本当に大事です。
ですから、私たちは、いつも心配するでしょう。
子供が、今日、学校に行きます。
何か、事故があるのではないか。
いろいろあるのではないでしょうか。
親は、子供の心配が、いつもあるものですから。
親は、
子供と離れられない。
子供をうまくできれば、親は何でも気持ちがいい。
子供をうまくできなければ、親はいつも不幸になる。
だから、子供のために、
こんなことを送らないように、
いくら保護膜を、いくら気をつけて、
いくら面倒を見てやっても、
問題が起こることもあるんですね。
この聖書、よく覚えてください。
神に逆らう者は、
危惧することが教わる。
しかし、神に従う者、神を恐れ、
敬う人は、願うことが叶えられる。
ですから、親が、
神を恐れ、敬う人になれれば、
子供には問題がない。
家庭には問題がない。
私は、この聖書を通して、
神の保護膜の中で、祝福の中で、
生きる私たちになりましょう。
神を恐れ、敬う心がある人と、
神を恐れ、敬うことがない。
素晴らしい事例があります。
パラオは、神様が、
パラオに申せを使わせて、
私の民を送り出してください。
神様に礼拝するために、
私の民を晒せなさいと、
パラオに言いました。
パラオは、神を恐れることは、
全くない人だから、神を軽じる者だから、
できないと言いました。
エジプトの全域に、
災いが起こります。
水が地になり、
カエルの災い、
塵がアブになる災い、
ハエの災い、家畜の疫病の災い、
重い皮膚病の災い、
氷が落ちる災い、
稲穂の災い、
稲穂が産物を全部食べてしまった。
また、全世界が闇になった。
闇の災い。
最後に、
ウイゴ、動物のウイゴ、
また人の長男、長子の災い。
長子が全部死んでしまう。
なぜここまで来たのか。
パラオは、神を軽じて、
恐れることは全くなかった。
だから、神の御声を聞くときに、
彼は軽じて、それを拒んだ。
拒むために、
全世界に災いが起こされて、
だから結局、
エジプトが滅びかかっているのを、
まだあなたは知らないですか、
家来たちが言うほど、
地方がダメになっていく。
神に敵対して勝てる者はいますか?
誰もいません。
神の前にひざまずいて、へりこたって、
神を恐れ、敬う人、
その人は祝福されるんですけど、
神を逆らう人は全部ダメになります。
皆さん、私は今まで信仰生活をしながら、
アブラムのテスト
私の周りに神様に敵対するか、
神様に逆らいながら、
ダメになる人、たくさんいました。
皆さん、是非とも是非とも、
神に逆らってはいけません。
神を恐れ、敬う人になる。
また、神様は、恐れ、敬う人になるとき、
祝福を与えます。
この対応的な事例がアブラムです。
神様はアブラムを、
神がアブラムを導かれて、
そして、アブラムを訓練されます。
75歳の時に約束を与える。
私はあなたに子供を与える。
その子供を何歳で与える?
100歳で与える。
100歳になるまで、アブラムを訓練されます。
また、100歳に与えられて、
それからイサクは少し成長したところで、
創世記22章2節です。
あなたの息子、あなたの愛するひとり子、
イサクを連れて、
モーリアンの地に行きなさい。
私が命じる山の一地に登って、
彼を焼き付けた捧げ物として捧げなさい。
子供を一人得るために、
75歳から、神様についていって、
40年くらい、
お願いします。
そして、訓練された。
それで与えられたイサクを、
やっとイサクによって幸せになろうとしているところで、
イサクを神に焼き尽くす捧げ物として、
殺して、焼き尽くす捧げ物として捧げなさい。
この御言葉は、
あなたはイサクを愛しているのか、私を愛しているのか、
あなたは決めなさい。
イサクを殺されるなら、
イサクを生かして、
再び取り戻してくださることも、あなたは信じるのか。
大きな大きな意味を持って、
神様が言われました。
驚いたのは、私もその命令を聞く瞬間、
すぐ知ったから。
そして森屋さんに行って、
イサクを本当に殺そうとしてきた。
これは嘘ではありません。やるフリではありません。
本当に殺そうとした。
それを持って、天主たちがこう言います。
あなたが神を恐れる者であることを、
今、分かった。
何を持って分かったんですか?
従うことを見た。
従うこと、それは神を恐れ敬う証拠です。
防世はそのテストに合格したんです。
そして神様の
衣類、備えがそこにありました。
それで焼きすぐ捧げ物を捧げるでしょう。
アブラムをそのテストで、
もう終わってから、これからはアブラムには
二度も訓練がありませんでした。テストありませんでした。
それでアブラム、24章1節。
神様は、アブラムは何をやっても祝福された。
素晴らしい言葉です。
皆さん、恐れ敬うこと、言葉の中には、
神様を信じます。
神を愛します。神に従います。
神を一番大切にします。
信仰生活のすべてが詰まっている言葉が、
恐れ敬うという言葉なんです。
アブラムに対する
信仰訓練は、恐れ敬う、
神の栄光を求める
このことを教えるための訓練でした。
このアブラムが、神様のテストに
合格した後、神様を下せた祝福が、
創世紀22章の16節から18節。
自分の一人子である息子すら、
惜しまなかったから、
私はあなたを豊かに祝福し、
あなたの子孫を天の星のように、
海辺の砂のように増やそう。
あなたの子孫は敵の縄文を勝ちた。
悪夢を滅ぼす。
地上の諸民族は全て、あなたの子孫によって
祝福に入る。
あなたは私を恐れ敬う心で、
従ったからだ。
イエス様がこの世に来られて、
十字架で死んでくださった理由を、
カナデア3章14節で、
アブラムに与えられた祝福が、
神にイエス様が十字架を背負った。
ですからイエス様が十字架を背負ったゆえで、
アブラムの祝福が私たちの祝福になった。
これはすごいことです。
皆さん、こんなに素晴らしい、
この恐れ敬う心、
どうすればこれができるか。
これが今私たちの一番の課題です。
神を恐れ敬う人になるためには、
神様がどんなお方なのかを、
知らなければなりません。
今私たちは神を知っています。
私は40年くらい信仰生活しています。
いつも聖書を聖書、
いつもメッセージを聞いたり、
いつも教会に通ったりするんですけど、
私は神様をどのくらい知っていると思いますか?
私たちは神を知っているというレベルが、
本当にほんの少しだけ神を知っているかもしれません。
神様はどんなお方ですか?
神様を知るなら私たちは、
神を恐れ敬うことができるでしょう。
私はこれを簡単に申し上げたい。
神様は大きくて、大きくて、大きくて、
大きいお方です。
神様は大きいお方。
神様のこの知恵と知識の豊かさ、
神様のこの素晴らしさ、
これをどのように表現すればいいでしょう?
私はね、目白4章8節。
天国で神様の御前で
礼拝が捧げられていることを
使徒ヨワネが言辞によって見たんです。
その時、神の御前で
大勢救われた人たちもいるし、
神に仕えられる天使たちがいるんですけど、
この天使たちが昼も夜も、
毎日毎日、
神の御前で何と言うのか、
聖なるかな、聖なるかな、
聖なるお方、聖なるお方と言います。
皆さん、この言葉を、
聖書は良い言葉を使っているんですけど、
これを私たちの言葉で変えれば、悲鳴なんです。
悲鳴を上げること。
天使は、
神の御前で礼拝するために、
何千年前から、主の御前で何をするのか、
毎日、昼も夜も、
皆さん、どんな時、ウワーッと言いますか?
びっくりするほど、
神の知恵と知識の豊かさ、
神の栄光の素晴らしさ、
神様の美しさ、
美しい女性が現れる時、
ウワーッ、
可愛いって言うんでしょう?
でも、2回、3回見たら、まあまあと思います。
神様は、
昨日見て、ウワーッとやったんですけど、
今日、また新しく神の御姿が現れた時、
ウワーッと言います。
明日も、ウワーッと。
これを何千年か続けて、
たったら一体、神様はどれほど、
どれほど美しいのか。
知恵と知識の豊かさ、
知恵を聞いた時、ああ、すごいね、この人。
また、明日聞いた時、ウワーッと。
明後日聞いた時、ウワーッと。
一千年前聞いて、今日もまた聞く時、
また新しく、ウワーッと。
神様はどのぐらいの御方でしょうか。
神様はどのぐらい大きな御方でしょう。
だから、神様は、
体をもって存在することはできない。
オチよりもっと大きいから。
だから、神様は霊として存在するしかない。
皆さん、神様を、
神様のそのことを、
正しく認識して、
正しく拝み、正しく褒めたたえる、
このことができる存在が世の中にいるか。
いるなら、その人は、
神のすべての仕組みをいただくでしょう。
そのことを上手くできる人は、
ほとんどいなかった。
上手くできた人は、モーセン。
上手くできた人は、ダビデ。
その人たちの願いは何か知っていますか。
彼たちの祈りは、もう子供が上手くできるように
させてくださいということはありません。
こんなことはつまらないことです。
神の栄光をもっと見せてください。
今までたくさん見たんだけど、
また新しく神の栄光を見てみたい。
神様がどれほど素晴らしい。
皆さん、神様の素晴らしさを少し触れたら、
元気になります。
神様の命を少し触れたら、
力が豊かに与えられます。
神のことを悟ったら、
わーと言いながらも、
身体の細胞がすべて生き生きになります。
病気がもう消えてしまいます。
すべての闇は、近くに来ることさえできません。
神の栄光の光が輝く、照らされたら、
神の祝福が豊かに与えられます。
神の富、知恵、知識、栄光、
神様の力、健康、
すべてが豊かに与えられるので、
このことをどうすればいいでしょう。
だから私たちの唯一の願いは何か。
神の栄光を見せてください。
神の栄光を見せてくだされば、
子供の健康、
もう心配したくていいでしょう。
富、毎日宝くじ、
バンバンバンバン開かれるようなことない。
神の栄光の豊かさ、この素晴らしさ、
与えられたら心配しない。
今日、僕はいつも教会運営するのに、
献金がどうだこうだと、
何とかつまらないことばかり言いますけど、
神の栄光が豊かに与えられたら、
みなさん、こんなことは心配しなくなる。
すべてが満たされるでしょう。
だから私たちに一番大事なことは何か。
神の栄光、
神に恐れ敬う心を持つ。
神様を恐れ敬う。
ふさわしい心で神を恐れ敬うなら、
神様のすべての祝福をこの人に与えられるので、
今私たちの問題は何か。
神の恐れ敬う心がないことです。
神を恐れ敬う信仰がないことです。
神を知らないことです。
神を知る重要性
神を知ってしまえば、もう何にも心配がないはずなのに、
神を知る知識がない。
だから私たちがこんな状態になっている。
この牧師がなぜこんな、
本当にみじめな牧師になってしまったのか。
牧師をやりながら牧師をやるくらいの
神に対する知識がない。
神に対する知る知識がない。
これが問題。
これを考えるときに、
毎日youtubeばかり見ている、
自分自身がもう嫌でたまらない。
それが昨日のお風呂の中で照らされた。
私の問題は、
神を知る知識がない。
神を神のふさわしい恐れ敬う心を持って
神様を拝まないことだ。
神におられる存在そのものその家を
ふさわしい礼拝を捧げることができない。
このみじめな私たちが問題であり、
神の恐れるほどの素晴らしいことを
この知識を考え、
それを全て私たちは分かってから
神を拝むことさえできれば、
神の素晴らしさは私たちに豊かに解き明かされる。
豊かにほどかされる。
豊かに与えられるはずなのに、
それが今の教会にそんなことが与えられない理由は、
私たちの信仰問題、知識の問題、
神に対する知識の問題だ。
子供たちへの祈り
これが私の嘆きです。
私が神をふさわしく知る
神様の存在を
神そのものを私たちが知って、
その神様に拝むことを
今、牧師ならにうまくできていない。
これが私の今、一番情けない
私自身に対する嘆きなんです。
それが昨日照らされて、
もう何のために心配することを
心配している、私自身がもう
つまらないつまらない心配ばかりやっている私たちは
情けない、情けない。
これなんです。
どのように表現すればいいか、
私はもう言葉を失ってしまいました。
私たちの子供たちが、
私たちの二世たちが、
神の祝福を受ける存在になれば
私たちの子供たち、二世たちが
どうすれば神を恐れうやまう人になれるか。
どうすれば私たちの子供たち、二世たちが
神を恐れうやまうことによって
今日、神を恐れうやまう人に与えられた
祝福を全部いただいて、
世の中で一番祝福され
一番主が喜ばれる人になってもらいたいのに
それをどうすればできるか。
私はいろいろ皆さんに説明できますけど
一人の人、ウグスティンという人
皆さんご存知でしょう。
ウグスティンのお母さんモニカは
信仰の熱心な方でした。
ウグスティンは神様を知らなかった。
自分の真理を求めようとして
マネギョンという変な宗教に入っちゃった。
お母さんはいつもウグスティンが教会に来て
いつも神様に正しい信仰を持って
願うんですけど
彼はお母さんの期待に外れて
いつも逆らってマネギョンに行って
何か求めようとする。
どうすればいいか。ある時期はウグスティンが病気にかかって
教会の神父さんを招いて祈ってもらって
そして癒された。
神父さんに祈ってもらって癒されたら
教会に来るべきなのにまだマネギョンに行く。
それを分かっていながら
お母さんモニカは祈るんです。
ウグスティンは知っています。
お母さんは私のために祈っている。
ある時彼は迷っているうちに
外で子供たちが遊ぶ声が聞こえた。
何か本を拾って読みなさいという
何とか遊びの声が聞こえた。
それで何とか悟って
机の上にある本を開いて読んで
それがローマ書中3章
中何章ですかね。
ローマ書中3章中2節のところ。
私読んでみましょう。
火が近づいている。
それだから私たちは闇の技を捨てて
光の武具をつけようではないか。
この御言葉を読む瞬間
精霊様にパーッと照らされて
聖書の御言葉がパーッとぶつかって
その時彼はパターンと崩れて
悔い改め始め。
それで悔い改め本
コンペーションという本を書きながら
彼は完全に人がぐるっと変わった。
私はいつもこれを思い出します。
どうすれば私たちの子供たちニセたちが
神を恐れ敬う人になって
神に一番祝福される人になるか。
モニカの祈りのように。
諦めないで。絶望しないで。
子供のために
全てを懸けて祈る。
親がやることは何ですか。
子供のために祈ることしかないんです。
子供のために私たち生きている限り
精一杯祈って子供たち支えていきましょう。
だったら子供たちが精霊の照らされることによって
自分は何をするんだとしても
そこから神様を見つけそこから神様が照らされる。
そこからイエス様が照らされる。
イエス様がダマスコにギリスト社を
迫害するために行く途中で
太陽より明るい光に照らされて
バカバーッと通る。主よ誰ですか。
あら私はあなたが迫害しているイエスだ。
彼はその瞬間バカバーッと変わる。
そのイエス様に出会った瞬間彼が
迫害者が電脳者にぐるっと変わってしまう。
素晴らしい見合わせが精霊によって起こる。
私たちは子どもたちのためにもっともっと
熱心に祈っていきましょう。また教会の皆さんのために
祈っていきましょう。祈りは必ず
神様を叶えてください。
それによって教会の皆さんに
恐れ敬う心が与えられたら
そこからみんなが祝福される。
神の祝福が開かれる。
是非とも是非とも2026年
教会の皆さん
またサクちゃんから子どもたち
またニジェイたち
みんなの心が精霊によって開かれて
死を知るように
死を恐れ敬う心に満たされるように
そして私たち教会の皆さんが
神の祝福によって豊かになるように
是非とも是非とも
主を私たちの教会を憐れてください。
祝福を与えてください。私は教会の皆さん
一人一人の名前を呼びながら祈ります。
教会に来ていないニジェイたち
もう一人一人の名前を呼びながら祈ります。
是非とも是非とも
主が働いてください。教会が祝福される教会は
民を恐れ敬う心を持つ教会ですから
是非とも2026年度
見えなく変わっていくように
これから祈っていきましょう。
絶望してはいけません。落胆してはいけません。
もう粘り強く最後まで祈り続けましょう。
お祈り致します。ハネルヤ主よ
今日は死を恐れ敬うことの大事さについて
教えてもらいました。どうか
死を恐れ敬う信仰を持ちたいです。
特に私たち子供たち
ニジェイたちまたお年寄りの皆さんに至るまで
死を恐れ敬う皆さんになれればと思います。
どうかどうか私たち教会を
聖霊様豊かに祝福を与えてください。
イエス様皆を通してお祈り致します。
アーメン
43:04

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