主を恐れるように、恐れる心を与えてくださいという対応をもって、メッセージを分かち合いたいと思います。
新年に入って、私たちは信仰生活に大事な大事なキーワードを選んで、それを分かち合っているところであります。
今日は、神を恐れること、主を恐れることは非常に大事な意味があるので、
今年、ぜひ覚えて、恐れる心があるのか、いつもチェックしながら、信仰生活をしていただければと思います。
主を恐れ敬う心がなぜ必要なのか。
神様は、はじめに天地万物と人間を作られました。
ところが、その中で、特に人間だけは、神様の見姿で作られたんです。
世の中の何も、神の見姿で作ったものはありませんでした。
ところが、人間だけは、神様の見姿で作られた。
なぜ、神の見姿で作られたのか。
神様は人間を、神自身の愛する相手として作られた。
結局、それから考えてみますと、
愛する相手である人間のために、全世界を作られたと考えても過言ではないでしょう。
神様と人間の愛。
神様と人間の愛は、ロボットで作って、プログラムによって、
私は神を愛します、というような愛の関係性は、これは意味がないので、
神様と同じような自由、同じような人格、同じような選択を持って、
人間が自ら神様を選んで、神様を愛することができるように、
神様が持っておられる全ての自由を、人間に与えて下さい。
神様も人格体である。人間も人格体である。
神も自由意志を持っている。人間も自由意志を持っている。
全ての自由の中で、神様を知って、
ああ、その方だと思いながら、神を愛することができるように、
人間に神様全てのことを与えて下さい。
ここで大事なのは、人間に自由意志が与えられたということです。
しかし、ここに問題があります。
神は完全なお方ですけど、人間は不完全で弱い存在です。
しかし、神様と同じような全ての自由を持っているから、
人間がもしかしてダメになったら、
神様の大きな身業にダメージになる可能性が十分にあります。
ですから神様は、全悪の知識の木の実を置いて、
これはやってはいけないよ。これはやってもいいよ。
善と悪ということを持って、
人間がダメにならないように気をつけるように、
それで神様の知識の木を、エデンの園の真ん中に置かれておきました。
それを食べなければOK、いいよ。
食べたら、これダメだよ。食べたら必ず死んでしまう。
神様と関係がダメになるよ。
これはガイドラインと当ててくださいました。
これは結婚する時の結婚制約と同じです。
あなたは私以外の他の男性を愛してはならない。
私だけを愛してくれ。
また、あなたはこの女性以外を愛してはならない。
私だけを愛してくれ。
お互いの約束でOKしたから、結婚式ができました。
結婚するようになりました。
同じように、神様も私以外の何も愛してはならない。
私だけを愛してください。
こういうような神様からの条件。
それで、神と私たちは愛する関係、親しい関係になりました。
それがいいのは、神様を愛するなら、神のすべては私のものです。
日本は違うかもしれない。
韓国は、結婚するなら、旦那さんの貯金通帳は奥さんに行きます。
旦那さんの給料は、旦那さん知らないけど、奥さんのところに全部入って行きます。
私はそうでした。
私は給料がいくらか分かりません。
全て奥さんのところに会社から送ります。
そのように韓国は生きています。
それが神様と同じ条件ではないかと思います。
神を愛して、神様を親しい関係性の中にいるなら、
神のすべては人間が使うことができる。
幸せ、祝福の中で過ごすことができる。
これは何です。
人間は、全悪の知識の木の実さえ食べなければ、
いつまで、いくらでも幸せ、祝福の中で過ごすことができました。
ところが、神様禁じられた全悪の知識の木の実を絶対に食べないという保証はありませんでした。
案の定、一番恐れた、それを悪魔が誘惑するんです。
人間に、全悪の知識の木を食べなさいと誘惑していく。
人間が悪魔の誘惑に騙されて、結局その木の実を食べて、罪を犯してしまいました。
神様の愛と配慮を裏切った人間。
罪を犯した人間、どうすればいいでしょうか。
私だったら、もうあなたは私を裏切ったから、もうあなたと私は終わりだと思って、
すべての線を引く気持ちなんですけど、神様はそうではありませんでした。
神を裏切ったんですけど、人間を愛されたので、彼を生かそうと思いました。
そして、創世紀3章15節、女の子孫として名車を送ってあげて、
人間のすべての罪を背負って、十字架という地を流し、
贖えの死を通して人間を救おうと思いました。
条件は、自分は罪を犯しました。私は罪人です。
そして、改める人がいるなら、その人を救って、
そして、彼は元通り、神様との愛の関係、
神の子供、神のキリストの神父として、彼を回復してくださる条件でした。
それで救われた人々に、神様はこれからもう一つ言われます。
これからあなたは愛してくれ。私を愛してくれ。
今日読んでください。新明記。
もともと6章、大事な聖書ですけど、10章でこう言います。
イスラエルよ、今あなたの神主があなたに求めておられることは何か。
ただあなたの神主を恐れて、そのすべての道を従って歩み、
主を愛し、心を尽くし、魂を尽くして、あなたの神主に使え。
私が今日あなたに命じて、神の今しめとおけてを守って、
あなたが幸せになることではないか。
あなたは神を恐れて、私が言われたすべてのことを従い、
そしてあなたは幸せになりなさい。
皆さん、神を愛する印は何ですか。神の御言葉に従うことです。
忠順イコル愛です。神の御言葉に忠順、これが愛です。
そうでしょう。夫婦の関係を考えてみてください。
夫が奥さんを愛するなら、奥さんが言われることを聞きます。
奥さんが言われることをすべて聞いてくれることを、
これを見ているときに、彼は私を愛しているんだなと、
これをわかるでしょう。同じように、神の御言葉を従うなら、
私たちは神を愛するんだと、これはもう認められるようになります。
ですから、神様は人間に、あなたたちは私たちに、
私を愛し、私に従って、これからあなたたちは幸せになることが、
私が一番願うことだよと言います。
しかし、救われて、回復された人間、再び愛しましょうと言いますけど、
この人間が神を裏切って、罪を犯さないようになる、
この補助がありますか?補助はありません。
再び罪を犯して、神様を裏切るかもしれない。
いろいろな問題を起こすかもしれない。
しかしながら、神様は人間を愛しているから、
ですから、神様が人間に、二度も神から裏切らない、
神から離れないように、裏切らない、離れない、
愛を裏切らない秘訣を教えてください。
これが何でしょう?
これが、神を恐れ、敬うなら、
あなたはこれから、罪を勝手に犯さないし、
私の御言葉を勝手に裏切る、また、不従順することはないだろう。
ですから、神を恐れるなら、罪を犯すこと、また神を裏切ること、
そのことは、恐れがなくなります。
神を愛する保証があるんですか?
神様からの秘訣は、恐れ、敬う心を持つなら、
大丈夫になるだろうと言われて、
私たちに、恐れ、敬う心を持ちなさいと言います。
では、恐れ、敬うんだということをどうすることですか?
また、これがなぜ大事でしょうか?
皆さん、悪魔を臆病の霊と言います。
悪魔の働きは、人間に恐怖心を入れる。
恐怖心を入れて、人間を支配し、操る。
これが悪魔の。
ですから、悪魔は臆病の霊と言います。
臆病させる霊。
これはダメです。
神様は、私たちを臆病させ、恐怖心を与えて支配する方ではありません。
神様は、恐れ、敬う心を持たせて、私たちと親しみを持って愛しされるのですが、
恐れ、敬う心は何でしょう?
恐怖ではありません。
神様の清さ、神の美しさ、
神様の知恵の豊かさ、
神の豊かな栄光、
神様の全体全能、全能の神様の力と原因を示されて、
それに対して無限の尊敬心、
それに対する拝もうとする心が、心の底から出てきて、
それで、神様、神様愛します、神様本当に褒めたたえます、
言うような心ができるようにする。
これが、恐れ、敬う心だということです。
これは、モーセが神の山に登って、
神の栄光の前で、
雲の前で、神の栄光、
光と炎がワーッと出てくるこの前で、
モーセが持っていた心でした。
モーセは、恐怖心ではありませんでした。
恐れしながら、拝もう、恋愛する心を持っていたのです。
ですから、ただただ恐怖心ではなく、
もう驚くんですけど、
その中で神を恋愛する、拝もうとする心が豊かにある心、
これが、恐れ、拝もう心。
しかし、これがなぜ大事なのか、
恐れ、拝もう心を持つときに、
与えられる祝福はたくさんあります。
まず、神言の1章のあらせ、
死を恐れることは知恵の始め。
皆さん、死を恐れる心を持つなら、
知恵の扉が開かれます。
神様からの知恵が与えられます。
正しい人生、正しい信仰生活、
正しい分別ができるように、
神様が、神の知恵を与えて下さい。
また、恐れ、拝もう人には、
1ページ22の4節、
富と名誉と命が従ってくる。
富と名誉、命が与えられるということです。
だから、神を恐れ、拝もうときに、
富がついてくる。
知恵がついてくる。命がついてくる。
全てがついてきます。
また、神を恐れ、拝もう心を持つなら、
神の御言葉に従うようになります。
皆さん、聖書で一番祝福される人は、
どんな人なのか?
神の御言葉に従うなら、
これらの全てが、あなたたちに祝福として与えられる。
祝福の秘訣は、神の御言葉に従う。
これは誰ができるのか?
神を恐れ、拝もう人は、
従順が自然にできます。
だから大事です。
神を恐れ、拝もう人は、
罪を犯さないようになります。
だから、最後の時の裁きから安全に守られます。
これはすごいです。
また、神を恐れ、拝もう人には、
神様が全て良いもので満たしてくださる。
ですから、詩編の34章の10節。
死を恐れる人には、何にも欠けることがない。
私はもう、
この谷の中で歩む時も、
何にも恐れない。
主は私の牧者。何にも欠けることがない。
これを見ていますと、
神を恐れ、拝もう人だということがわかります。
また、神を恐れ、拝もう人は、
神を恋愛したくてたまらない。
この恐れ、拝もう心を持つ人は、
まことの恋愛者になります。
恋愛が好きで、恋愛が好きで、好きでたまらない。
もう、
詩編の11章の3節です。
イエス様は、神を恐れ、拝もうことを、
楽しみとしている。
楽しみとしている。
神様に恋愛することが楽しみで、
神様に従うことが楽しみ。
だから、イエス様には、神様の全ての祝福が
全部、切っている。
また、神を恐れ、拝もう人たちを、
神様が守り、保護され、
救われると言います。
また、神を恐れ、拝もう心を持つ人は、
純潔で清い生活ができる。
自分が清くなりたいと頑張っても、
清くなれません。
人間は目があるから、全て見える。
それによって罪が入ってくるでしょう。
もう、見えることをどうすることもできない。
しかし、神を恐れ、拝もう人には、
心の純潔さ、
清さが与えられて、
主が一番愛する人になる。
結局、神様は、自分を恐れ、拝もう人を、
永遠の命、天国に導かれます。
また、恐れ、拝もう人に、
神様は来られて、
いつもご臨在され、ともに笑われます。
私は、聖書の中で一番気になる言葉があります。
これは、皆さん、
新元の10章24節、主法に書いてあります。
神に逆らう者は、危惧することが襲われる。
神に従う人は、
願いが叶えられる。
皆さん、一番、
一番、そのことは起こったらいけない。
一番、そのことは起こらないようにしてください。
しかし、神に逆らう人は、
自分は一番、来てはならない。
心配することは襲う。
しかし、神を従う者は、