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【聖書からはじめる信仰入門⑭】 あなたの名は何か?(マルコによる福音書5:1-20)
2026-09-09 20:07

【聖書からはじめる信仰入門⑭】 あなたの名は何か?(マルコによる福音書5:1-20)

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プロテスタント教会に興味がある方へ向けて、その入り口となるメッセージをお届けします。
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【概要】 イエス様と弟子たちがゲラサ地方に行ったとき、悪霊に取りつかれた人が近づいてきました。ゲラサ地方の特徴とは?彼が墓場の間に住んでいるという言葉は何を意味するのでしょうか?人々は悪霊に取りつかれた人にどう対処し、本人は自分自身にどう対処していたのでしょうか? 彼はなぜイエス様のところへ近づいたのでしょうか?近づいてきて、イエス様に何と言いましたか?イエス様は苦しんでいる彼に何を尋ねられましたか?彼の名前は何ですか?イエス様は悪霊に、「その人から出て行け」と命じられました。ところで、悪霊は何を要求しましたか?悪霊が好む地域はありますか?どのような代償を要求しましたか? 一人の人が救われるために必要な代償は何でしょうか?村の人々はなぜ恐れたのでしょうか?イエス様は、自由になった彼にどのような使命を与えられましたか? 今日、私たちの名前は何でしょうか?

【聖書の箇所】マルコによる福音書5:1-20
一行は、湖の向こう岸にあるゲラサ人の地方に着いた。 イエスが舟から上がられるとすぐに、汚れた霊に取りつかれた人が墓場からやって来た。 この人は墓場を住まいとしており、もはやだれも、鎖を用いてさえつなぎとめておくことはできなかった。 これまでにも度々足枷や鎖で縛られたが、鎖は引きちぎり足枷は砕いてしまい、だれも彼を縛っておくことはできなかったのである。 彼は昼も夜も墓場や山で叫んだり、石で自分を打ちたたいたりしていた。 イエスを遠くから見ると、走り寄ってひれ伏し、 大声で叫んだ。「いと高き神の子イエス、かまわないでくれ。後生だから、苦しめないでほしい。」 イエスが、「汚れた霊、この人から出て行け」と言われたからである。 そこで、イエスが、「名は何というのか」とお尋ねになると、「名はレギオン。大勢だから」と言った。 そして、自分たちをこの地方から追い出さないようにと、イエスにしきりに願った。 ところで、その辺りの山で豚の大群がえさをあさっていた。 汚れた霊どもはイエスに、「豚の中に送り込み、乗り移らせてくれ」と願った。 イエスがお許しになったので、汚れた霊どもは出て、豚の中に入った。すると、二千匹ほどの豚の群れが崖を下って湖になだれ込み、湖の中で次々とおぼれ死んだ。 豚飼いたちは逃げ出し、町や村にこのことを知らせた。人々は何が起こったのかと見に来た。 彼らはイエスのところに来ると、レギオンに取りつかれていた人が服を着、正気になって座っているのを見て、恐ろしくなった。 成り行きを見ていた人たちは、悪霊に取りつかれた人の身に起こったことと豚のことを人々に語った。 そこで、人々はイエスにその地方から出て行ってもらいたいと言いだした。 イエスが舟に乗られると、悪霊に取りつかれていた人が、一緒に行きたいと願った。 イエスはそれを許さないで、こう言われた。「自分の家に帰りなさい。そして身内の人に、主があなたを憐れみ、あなたにしてくださったことをことごとく知らせなさい。」 その人は立ち去り、イエスが自分にしてくださったことをことごとくデカポリス地方に言い広め始めた。人々は皆驚いた。

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東京ぶどうの木教会のファンと申します。 私たちの教会は神様の御言葉、聖書を用いてグッドニュース、福音を伝えているところであります。
前回私たちは創世記3章を通して、はじめの人間が蛇の誘惑を受けて、 神様が禁じられた、賤悪の知識の木の実を食べて、罪を犯し、
エセトの園から追い出されたことを学びました。 その時、人間にどんなことが起こったでしょう。
聖書は、ヨアネの第一の手紙3章8節に、 罪を犯す者は悪魔に極したと書いてあります。
創世記では目が明るくなった。 この目は罪の目ですかね。
神を避けて逃げた。恐れが生じた。 この状態が全部現れている時代、これが今ではないかと思います。
現代は鬱の時代と言います。 大勢の人々は鬱病によって非常に苦しんでおられます。
神様は、三つ目を犯した人間に、 創世記3章15節に、女の子孫を約束されました。
その方が、バリアから生まれ、 少女を誕生されたイエス・キリストです。
キリストの意味は、油を注がれたという意味ですけど、 簡単に申しますと、救い主という意味です。
今日は創世記、聖書、マルコの5章を通して、 イエス様が悪霊に作られた、取り憑かれた人をどのように自由にさせ、
癒してくださったのか分かち合いながら、 今の時代全ての人々が悪霊から救われることを祈っています。
今日の内容はマルコの福音書5章1節から20節までの内容です。
イエス様と弟子たちがケラサ地方に行かれた。
ケラサ地方は元々ユダヤ人の地域だったんですけど、 この後アレクサンド大王が支配していることによって、
ヘレニズム文化がそこに入っていった。 その後、ローマの支配を受けながら、
軍事、創業の都市として、 文化的には非常に混合地域であっていました。
ここで、悪霊に取り憑かれた人がイエス様の前に出てきたんです。
悪霊に取り憑かれた、怖い話ですけど、 悪霊がその人の人格に入っていて、
支配することによって人格が破壊され、 自我が喪失された状態ではないかと思います。
彼はお墓の間に住んでいた。 お墓は死んだ人が行くところなんですけど、
なぜ一般人の人々が過ごしているこの世界では過ごすことができなく、 お墓の中で過ごしていたのか。
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その間、数多くの問題があって、世の人々と共に生きるのは難しい状態。
だから人々から追い出され、そしてお墓まで逃げて、 そこで住んでいるんじゃないかと思います。
これがある意味から見てますと、 死の霊が支配する人、状態。
これは言葉を変えますと、神様から離れた、 今の世界の人々の霊力の姿ではないでしょう。
エペソーの2章1節には、
過ちと罪によって死んでいた私たちを、 イエス様は生かしてくださったと書いてあります。
過ちと罪によって霊力に死んでいた私たちを、 生かしてくださったということを書いてあります。
人々は彼を足枷や鎖で制御しようとしました。
しかし制御することはできませんでした。 力が強かったです。
昔々から現代に至るまで、精神的な問題、病を持っている人々は、 この社会がどのように取りやすかったのか、
大抵、暴力によって治められたことを考えているでしょう。
今も精神的な病を持っている人々に対しては、 本当に社会は厳しいです。
先進国に行けば行くほど、
誰かがこの世、人がおかしいと言ったら、 直ちにその人を捕まえて、隔離してしまう。
このような状態ではないでしょう。
彼はいつも叫んでいました。 言葉で言い表せない、恨みがたくさんある。
人々は自分を無理やり治めようとして、暴力を振る舞って、 もういろいろなことになった時に、
私は悔しい、悔しいと言う。
また彼は自分自身はどう思ったのか、 自分に対して石で打ち叩いたと言います。
何でしょう、お前みたい人間、死ななきゃ、死ね、死ね、と。
昔自分が犯したかつ多くの罪、過ちを考えたら、 私みたい人間どうしようかと思ったでしょう。
だから昼も夜も叫びながら、彼は過ごしていった。
皆さん、そのような人が今もいますか?
いるんじゃありませんか?
昔私は九州で墓会をしました。
そこで夜になったら暴走族という、 オートバンに乗って何人かの若者たちが一緒に乗って、
世の中に向かって走るんですけど、 わんわんわんわんわん、わんわんわんわん、と言う。
全世界に対して恨みを発散する姿、 その中でいる人と出会うことができたんですけど、
その人の出生の背景、彼たちの家庭のいろいろな問題、 この内面の痛み、
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この社会がそれを受け入れてくださるところがないから、
彼らは本当にかわいそうな状況の中で、 自分自身が世の中に対してこの恨みを発散しているのではないかと思いました。
じゃあ、悪霊に取り憑かれた人がイエス様のところに走ってきました。
助けてください、と言うイエス様を助けてくださいと思ってきたでしょう。
ところがイエス様の前では、神力をイエスよ、 私とどんな関わりがあるんですか、と言いながら、
イエス様を何とか排斥する姿、 これを私たち自分の中でまた別の人格がある、
自我分裂ということで考えていいでしょう。
イエス様はその人を見て、霊力の分別力で、 彼の状態をわかっていたでしょう。
だからイエス様がこの人を見て、すぐご話し、 汚れた霊、その人から出てきなさい。
ここで世の中の人々とイエス様がその人を助ける方法が全然違う。
世の中の人々は問題を起こすこの人が悪い人だと思って、
治めながら、この人を何か暴力を振る舞いながら 治めようと思ったんですけど、
イエス様はその人の中にある霊力の実態をわかっておられるから、
その霊力の実態を追い出すことによって解決されようと思う。
世の中の人々の足枷、鎖はその人の問題解決できなかったんですけど、
もうむしろ状態をもっと悪くしたんですけど、
イエス様は根本的な問題を保存して、 この実態を正確に治められた。
じゃあイエス様から出て行けと言われたこの悪霊が苦しんでいる。
じゃあ苦しんでいるこの人に、 イエス様、あなたの名は何なのか?
これが悪霊に取り憑かれる、追い出されるこの使役で大変だと思うんですけど、
この正体を明らかにしたら動くことができない。
悪霊は自分の正体を隠して働くから、
正体が明らかになったらもう働くことができないってことでしょ。
じゃあこの悪霊は何と言いますか?
レギオンだと言います。
レギオンというのは軍隊の用語で、
6千から1万人の軍隊の兵員を直しているこの単位をレギオンと言います。
6千から1万の悪霊が入っているということでしょうか。
なぜこんなにたくさんの悪霊が入っているんでしょう。
じゃあこの地域、私の出生の背景と関係がある。
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宗教的、文化的に混合地域。
様々な種種、種種、種種。
また悪霊、占い師とかいろんなことがたくさんあって、
宗教的に難しい地域。
また軍事的に、軍事地域だったので、
お酒、戦争に出て死んでしまえばもう終わりですから、
明日死ぬかもしれない。
兵士たちがお酒、女、因乱、暴力、人殺し、
血がまみれている地域だ。
幼い時からそれをずっと見ていながら、
うわー怖いと思う時に、悪霊がシャッシャッシャッ入ってくる。
この入っていた悪霊の力がどれほど強かったのか、
軍隊と言われるものだった。
では皆さん、今日の人々を支配する勢力は何でしょう。
私たちの名前は何でしょう。
私たちの霊力の心の中に今何が入っているのでしょう。
マルクの16章9節に見ていますと、
マクタラ・マリアという姉妹がいたんですが、
彼女には7つの霊が入っている。
7つってことは、たくさんの悪霊が入っている姉妹もいたんですね。
だから今の世の中の各々、みんな自由に過ごしているんですけど、
その人を実際支配しているこの霊の実体は何なの。
これを私たちは考える必要があるのではないかと思います。
じゃあイエス様はその人に出ていなさいと言う。
イエス様は万王の王、万種の種の霊霊ですから、悪霊が出ていくしかなかった。
ところが悪霊がイエス様に何と言うんですか。
そのこの地方から離れさせないでください。
悪霊がなぜその地方にこだわるのでしょう。
悪霊が好きな地域がある。
悪霊が好きな地域は何でしょう。
汚れた、また淫乱、暴力、人殺し、
またいろいろなこの罪まみられた地域が悪霊が好きじゃないかと思います。
今東京ではどんな地域だと思いますか。
まあ彼らは大化を要求しました。
私をブダに入らせてください。
このブダということは、レビキ11章7節で見てますと、不聖な動物。
ですから、清い動物ではなく不聖な動物だから、ユダヤ人にはブダ界ということはある。
羊界はいますけどブダ界はいません。
ですからブダは汚れたものだ。
だから汚れた霊ですから汚れたところに入りたいと。
そしてブダはどうなったのか。
2000匹が一瞬が水に駆け込んで見残された。
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皆さん一人の人が救われる時には大化が必要だ。
ですからイエス様はそれを許されたということは、
一人の人が救われるためには必ず大化。
地の大化が必要です。
イエス様は十字架を背負う前だから、2000匹ほどのブダが殺されたということですね。
イエス様が十字架で流すべき地の、この世の中の全ての人の罪を背負って、
贖いの死を担うべきイエス様に対しては、この悪しき霊のこの手技、
どれほど怖かったでしょうか。
イエス様は後ほど十字架で全人類のために、
もう打ち打たれ、もう本当に苦難を受けられ、地を流しながら十字架で死ななきゃいけない、
その怖さをここで感じたのではないかと思いながら、
本当にイエス様はその働きをされたということですね。
じゃあ、町の人々はなぜ恐れたでしょう。
悪霊に取り憑かれたと思った人が正気になって服を着てちゃっと座っていたから。
皆さんこれは、悪霊に取り憑かれる前の姿がこの人の姿。
今まで悪霊が支配したから、もう本当に難しい状況の中にいただけで、
悪霊が出てしまったら正気になってちゃんと座っているこの人の姿を見て、
みんな怖く思った。
ところが皆さんここで大事に思う。
悪霊が私の中に入ってきて支配するようになったのは、他の要素ではありません。
私が許したからです。
何を許していたんですか。
罪、過ち、このことによって悪霊が働くことを私は許した。
ローマ書6章16、誰に従うかによって従う者の奴隷になる。
大地はね3章8節、罪を犯す者は悪魔に支配される。
霊的な法則によって悪霊は人々の中で入って、それでその人を支配します。
一旦入ってきた悪霊が、私が勝手に追い出すことができるのか、できません。
世の中の人々は自分の力で悪霊を追い出すことはできません。
だから、万王の王、万主の主であるイエス・キリストの力でなければ、私たちはこの悪霊から自由になることはできません。
ところが、イエス様はこの若者を救われたんですけど、街の人々はイエス様から出て行ってください。
なぜイエス様は街に入らないで出て行ってくださいと言ったのか。
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イエス様が来られて人を救う時に、2000匹ほどの豚が死んでしまった。
自分の財産がなくなること、人が救われることより自分の財産を守ることが大事だったので、イエス様は出て行ってくださいと言われた。
じゃあ、悪霊から自由になったこの若者がイエス様に私はついて行きたいと言った。
しかしイエス様は何と言うのですか。
家に帰りなさい。
今あなたの父親母親はあなたをどれほど待ち望んでいるか。
家に帰って、主があなたのためにどれほど素晴らしい働き、あなたを憐れんでどれほど素晴らしい働きをされたのか、これを証しなさい。
そうです。
私たちはこの大きな使命を証しする。イエス・キリストの美技を証しする。
じゃあその後、その人に大事なことは何でしょう。
悪霊が出て行ったからそれで終わりですか。
いいえ。
マタイの12章43節から45節、人から出て行った悪霊は、どこか人の心が悪霊が居場所だと思っているんですね。
だから世の中をおろつきながら居場所がない。
そして自分の元々のところに来てみたら、きれいに掃除されて空いていた。
だからその中で7つの霊を吐いていて、住み込んだという見言葉がマタイの12章43節からのことです。
私たちは空っぽになっているこの心を神の見言葉と精霊によって満たしなければならない。
ですから私たちの心にイエス様ちゃんと受け入れ、見言葉と精霊によって満たすこと、それが二度も悪霊が入ってこないような状況になります。
大事な質問があります。キリストシャーも悪霊に取り憑かれることができますか。
いろいろな議論があります。しかし私は入ってくることもあるんだ。
第1テサロニケ5章23節には、人は霊と魂と体によって出ている。霊、魂、精神的な領域、また体によって出ているので、
霊はイエス様によって新たに生まれたとしても、この精神的な領域、世の中の価値観、また自分の欲に満たされているこの精神的な部分を、
私たちが精神的な価値観によって満たされなければ、いろいろまた精神的な領域に悪霊が働くことができるから、
キリストシャーも悪霊に取り憑かれる可能性があるのではないかと私は思っています。
皆さん、ぜひとも私たちの霊だけじゃなく、精神的な部分を聖書的な価値観、神様の価値観に全部入れ替える作業、
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また体はもう一回死ななきゃ、新たな体を受け入れなきゃいけないから、体を打ち叩いて、
この世の中に欲、目の欲、肉の欲、この世の奢り、そこに満たされている私たちの考え方を全部きれいに入れ替える働きがこれから大事ではないかと思います。
悪霊に取り憑かれるこの働きは、今にでも本当に大勢の人々は知らないまま、
悪霊の支配下で、悪霊が指示する通りに動いて、全生活がこんなに汚く、こんなに難しくなっていることを考えながら、
私たちキリスト者は、霊的なことをしっかり分かってから、
イエス・キリストによって生きる、この信仰生活をしっかりしていきたいと思います。お祈りいたします。
主よ、今の時代はうちの時代と言います。精神的な部分が大きくやられて、みんなが苦しんでいる状態。
これは、心の中にイエスもおられない。本当に自分を勝手に潰しながら、これを私たちの状態が悪霊によって、いろいろ難しくなっているところ。
しかし、女の子孫として来られたイエス・キリストは、悪しき霊の働きを滅ぼすために来られたものですから。
ですから、イエス・キリストを受け入れ、御言葉と精霊によって、心をしっかり神中心的な生活、聖書的な価値観によって付属することによって、
この世の中で、私たちは健全な姿で、神の子供としての生活ができるようにやっていきたいと思います。
主よ、恵みを与えてください。イエス・キリストの皆を通してお祈りいたします。
アーメン
20:07

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