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2023-03-19 34:18

「悪魔の手口と私たちの対処」2023年3月19日(日)のメッセージ

東京ぶどうの木教会 2023年3月19日(日)主日礼拝のメッセージです。 牧師:アブラハム黄 
動画によるメッセージはこちら:https://www.instagram.com/tv/Cp9FkKlJo5Y/?igshid=ZjE2NGZiNDQ=
教会へのお問い合わせ: tokyo.vine.church@gmail.com
ローマ 知らないのですか。あなたがたは、だれかに奴隷として従えば、その従っている人の奴隷となる。つまり、あなたがたは罪に仕える奴隷となって死に至るか、神に従順に仕える奴隷となって義に至るか、どちらかなのです。
悪魔の手口と私たちの対処
今日は悪魔の手口と私たちの対象という対応をもって メッセージを分かち合いたいと思います。
世の中のすべての人たちは熱心に過ごしています。 家族と家族の安全と幸せのために、また自分たちの将来のために本当に頑張っています。
ところが、禅書は四編の二章一編でこう言っています。 なぜ国々は騒ぎ立ち、諸々の国民は虚しいことを企むのかと言います。
どんな話ですか。 私たちは熱心に生きること、それによって
安全、幸せ、天国、それは得られないということです。
結局、100年の人生、この世で私たちが頑張っているのはいるのですが、神様の観点から見てみると、
みんな虚しいことを育てるような生活をやっているということです。 私たちは頑張って
幸せを得ると、今、確信をしているのに 神様が見られるのには虚しいことを育てる
そのように見ておられるのです。 神様が間違いですか、私たちは間違いですか。
なぜ私たちはこんなことをやっていますか。 今日、私は申し上げたいのは
私たちみんなが 頑張っているかもしれないけど
私たちはみんなが 何かによって騙されていることではないかということを、私はもう一度考えてほしい
ことを申し上げたいと思います。 世の中には私たちを騙す者がいます。
この奴がすべての不幸の原因です。
みなさん、天国に行ったら、今日、教会学校は 素晴らしい絵を持って説明してくださって感謝でした。
みなさん、天国には
今日、いろいろお話を聞いた中で、天国にあるものないものを いろいろ教えてくださったんですけど
天国には何がないかと言いますと、悪魔がいないんです。
サタンがいないんです。 だから、私は天国は幸せになるしかないなと思っています。
しかし、この世の中にいる限り サタンが存在します。
サタンの攻撃があります。 それを勝ち抜かなければ、私たちの幸せはありません。
私たちがどのように悪魔、サタンの攻撃に勝ち抜き、 幸せを維持し、永遠に祝福される私たちになれるのか。
今日は、悪魔の手口と私たちの対象という対応を持って メッセージを分かち合いたいと思います。
この世の中には、邪悪の者がいます。 この奴は、神様に敵対するんだとして
サタンと言います。 また同じ奴ですけど、
人をためにするんだという意味で、悪魔と一人です。
その奴は、もともと神様に仕えた天主教だったのに、 神様のようになりたい、自分も神様のようになりたいと
傲慢になりながら、 天から追い出されたものです。
その奴が追い出されるとき、 その奴についていた天使たちも一緒に追い出されたんです。
悪魔に支配される世界
その者たちが悪霊という者たち。 天使全体の3分の1になる数だと言います。
その奴らが、天地創生の時から今に至るまで、 神様に敵対し、人々をためにしてきています。
ですから世の中には、その者たちと信じる私たちの間に、 激しい霊的な戦いがあります。
その者たちは、悪賢い奴です。 聖書は、この
者たちの正体と働きの方法について、 わかりやすく教えてくださる聖書が、
牧師録の中二章9節です。 この強大な龍、
年を経った蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれる者、 全人類を惑わす者は、投げ落とされた。
地上に投げ落とされたのである。 その使い立ちも、もろとも投げ落とされたと書いてあります。
また、霊的な戦いと関連して、大事な霊的な法則があるんですけど、 今日読んでくださったローマ書6章16節です。
知らないのですか?あなた方は誰かに奴隷として従えば、 その従っている人の奴隷となる。
つまり、あなた方は罪に仕える、サタンに仕える奴隷となって死に至るか、 神に忠順し仕える奴隷になって気に至るか、どちらからです。
要するに、この者たちは誘惑するとき、 その者たちに騙されている人たちを奴隷とする方法として、 この世の中から勢力を拡大しています。
今、全世界の人々は、みんな聖書は全人類を騙すものだと言うから、 全人類が騙されています。
その騙された人たちを奴隷として、 その者は全世界を支配しているところです。
その者たちは、天地創生の後、創世紀3章に現れました。 神の代理者、全世界の管理者であるアダムとエバを騙しました。
創世紀3章4節5節にある。 蛇を女に言った。決して死ぬことはない。
それを食べると目が開け、神のようになるように、 全悪を死ぬ者となることを神様はご存知だ。
だから食べなさいと言います。 その話をして、全悪の知識の木の実を食べて、
それによって、大地は3章8節、 罪を犯す者は悪魔に直します。
悪魔に直されることによって、人類は現在のもとにいるようになり、 悪魔サタンが全世界を治める力を持つことになりました。
また、この者たちは創世紀4章にも現れて、 礼拝を捧げるカインとアベルを罹患させて、
人を殺すようにして、 その働きに騙されていたカインとカインの子孫たちを徹底的に支配します。
悪魔との闘い
また、その者たちはノアの洪水の後、創世紀9章に現れて、 お酒に酔っていたノアに働きます。
それでノアが過ちによって、自分の孫であるカナンを呪うんですけど、 その呪いの言葉が兄弟たちを分裂させて、神様を敵対するようにしました。
このように悪魔は人類の歴史の中で大事な瞬間瞬間現れて、 人類歴史に不幸の種を蒔いたんです。
また、神様が一番愛された下部ダビデにも働いて、 ダビデが肝炎させ、そして殺人の人殺しをするようにして、
ダビデの人生とイスラエルの国をためにして、 またその息子ソロモンにも働いて、ソロモンの後、国が分裂するようになりました。
何より旧約と新約に至るまで、 神の民イスラエルとキリストシャーと教会に1割の信仰を植えさせ、
主の教会を無力化させて、主が教会を使うことができないようにさせてしまいました。
この者共はイエス様の後生涯の始めに現れ、 イエス様を惑わして、自分を拝ませようとするんです。
失敗はしましたけど、粘り強い者です。
その者たちが今も数多く個人と家庭と国家に働いて、ためにしておいています。
私たちはその者どもの手口を良くして、必ず勝ち抜かなければなりません。
皆さん、キリストシャーと教会までその者どもの奴隷になるなら、どうなると思いますか?
キリストシャーと教会がサタンの奴隷になったら、 キリストシャーと教会が役割ができると思いますか?
イエス様はその者どもを滅ぼし、私たちを救うために来られました。
大事な聖書が、第1ヨハネ3章8節です。
罪を犯す者は悪魔に直します。悪魔は始めから罪を犯しているからです。
悪魔の働きを滅ぼすためにこそ、神の子が現れたのです。
また、ヨハネの中章10節に、盗人、これは悪魔を意味します。
盗人が来るのは盗んだり、ほふったり、滅ぼしたりするためにほかならない。
私が来たのは、イエス様が来られたのは、羊が命を受けるため、 しかも豊かに受けるためであると言います。
イエス様が来られて、どのように悪魔を滅ぼし、私たちを救われたんですか?
十字架の贖いと復活を通してです。
イエス様は十字架で血を流すことによって、自分の血、自分の命で罪の対価を支払い、私たちを買われました。
そして救われました。これを贖いと言います。また復活することによって、悪魔の頭を砕かれました。
しかし悪魔を完全に滅ぼすのは、イエス様が再臨なさって最後の裁きの時です。
なぜその時まで持ち越されるのでしょうか。
世の中のすべての人には大事なことがあります。これは自由意志ということです。
一人の個人の自由意志によって、イエス様に従うか、悪魔に従うか、自ら決めるようにして、そしてみんなにチャンスを与える時期、それが今、シン・ヤクル時代の恵みの時期です。
このすべての人に、どっちがあなたを従いたいのか、チャンスを与えて、すべてを決めたら、それで終わりにされます。
これは聖書、マタイの24章14節です。
血の果てにまで福音が述べされる、それから終わりが来るという意味です。
イエス様の罪の贖いは、人間が現在というものを持っているから、
一度の罪の許して終わることではありません。
私たちは死ぬまで罪を犯すものですから、死ぬまでイエス様を信じて悔いを改めるなら、その時、その時、許してくださって、そして私たちを救ってくださいます。
ですから、この罪の贖いは、永遠に続く、そして確かなものであります。
ですから、弱い私たちはイエス様の十字架の功労に背負って、罪を犯す時には、必ず早く悪魔にとらわれることをないように、すぐ悔いを改めて、神の子供としての資格、独権を維持することができるようにしなければなりません。
また、血の果てにまで全ての人がイエス様を信じて、真理をして救われるように祈りながら、福音を伝えなければなりません。
そうするために、必ず私たちは悪魔の戦いで勝たなければなりません。
悪魔の誘惑との戦い
悪魔の戦いで負けたら、福音を伝えることはできません。人を救うこともできません。
私たちが捧げる礼拝も力がありません。祈りも力がありません。悪魔に負けたら、私たちがやっている信仰生活は無力化になります。
ですから、私たちは必ず勝って、そして神様の子供としての働きを行わなければなりません。
また、イエス様がこの世に来られたのは、私たちを救うだけではなく、誘惑する悪魔との礼儀的な戦いで勝ち抜く方法も教えてくださるのですが、それがルカの四書で詳しく教えてくださいます。
悪魔は悪賢いものだと言います。頭がいいのです。しかし、悪魔の手口は定まっています。
目四六中二章九節には、私たちを惑わすということがあります。また、第一四年二章中六節には、力の欲、目の欲、生活の奢りを心に入れて、そして私たちを支配すると言います。
ここで聖書で、世から出たという意味は、この世の神と言われる悪魔から出たという意味です。
悪魔が私たちを誘惑するとき、使う方法が、私たちの人間の心に、力の欲を入れます。
目の欲を入れます。この世の奢りを心に入れて、誘惑します。
食べたい。持ちたい。
また、私はこれを持っているよ。私はすごい人間でしょう。
それを誇るように、その心を入れます。
それを入れて、それを通して誘惑して、そこに騙されて本当にそうするなら、支配します。
支配されて、すべてを奪われていきます。
サタンはあえて、イエス様さえも誘惑します。
じゃあ、その誘惑をイエス様はどのように、サタンを知りづけられたのか。
それを通して、私たちをどうすれば、悪魔の誘惑から勝ち抜くことができるのか。それが現れます。
じゃあ、ここで皆さん大事なのは、礼儀的な法則です。ローマ書6章16節。
悪魔の誘惑に、悪魔が言った通り、私たちが従えば、悪魔の奴隷になります。
しかし、悪魔の誘惑を知りづければ、悪魔に支配されることはありません。
これをよく分かって、私たちはそれを実践しなければなりません。
まず、悪魔は肉の欲を入れます。
食べたい、食べたい。
ルカの4章3節。そこで悪魔はイエスに言われた。
神の子なら、この石にパンになるように命じたらどうだ。
イエス様は40日間断食されたので、
もう身体的に限界のところに来られたでしょう。
だから、イエス様に一番至急なことは、食べることでした。
だから、石をパンにするんだったらどうだ。
皆さん、この話は、あなたは使命もいいけど、食べる問題から先に解決しなさいということです。
しかし、イエス様はどうされるんですか。ルカの4章4節です。
イエスは、人はパンだけで生きるものではない。
神の口から出る全ての言葉によって生きるよ、ということを言われました。
人はもちろん、パンを食べなければいけません。
しかし、パンを食べること、食べることだけが人生の目的になってはいけません。
食べること、そこに専念するなら、人生は食べることのために働くことになり、
神の気を求めること
使命は雷頭になってしまいます。
私たちの人生は、神の御言葉によって生きる存在です。
ですから、パンを食べるために働くことも大事だけど、
まず、神の国と神の気を求める、その働きをしなければなりません。
そうするとき、神様が食べるものは、もちろん与えてください。
この初めの誘惑に勝ち抜く方法は、まず、神の国と神の気を求めることです。
イエス様はそうされて、それを知り避けられました。
イスカレイトユーダは、最初の弟子たちの中で一番弱いイスカレイトユーダです。
彼が会計さんです。
イエス様のすべてのお金を預かっているものですから、
彼がお金に弱いことを分かりました。
だから、銀30を与えるから、イエスを裏切ってくれ、私たちに売ってくれ。
イスカレイトユーダは、人と言われたこの人なのに、本当にイエス様を裏切ってしまいました。
銀30のために。
それによって、今、地獄の一番底に、永遠な苦しみを受ける存在になりました。
超税人レビは、お金さえあれば、世の中にできないことはない。
お金が幸せだ。お金、お金。
それで、自分の民族さえも裏切るものになりました。
しかし、イエス様に出会って、すべてを捨てて、イエス様についていきます。
そして、彼は聖マタイとして変わりました。
私たちもイエス様に従うことによって、この誘惑を勝ち抜かなければなりません。
目の欲と物欲の誘惑
じゃあ、悪魔の2番目の誘惑は、目の欲です。
持ちたいという心、欲です。
それを心に入れて、誘惑します。
悪魔は続けて、さらに悪魔はイエスを高く引き上げ、一瞬のうちに、世界のすべての国々を見せた。
そして、この国々の一切の権力と繁栄を与える。
私はこれを任せておいて、それを思う人に誰でも与えることができるんだよ、と言いました。
私を拝め、私は全世界の栄光、繁栄をあなたに与える、と言います。
皆さん、欲しくありませんか?
世の中、自分の欲しいすべてを与えてくれる、と言います。
しかし、イエス様は、ルッカの4章8節、
あなたの神である主を拝め、ただ主に使えよ、と言いました。
イエス様は目の横、風紀永賀と言います。
この世の中の栄光より、ただ神に使えることを、
確かな自分の人生、目標を語ることによって、悪魔を退けました。
ダビデは、ウリアの妻がシャワーを浴びていることを見ました。
彼女の誘惑に落ちられ、彼女を得るために、
肝炎の罪を犯し、それを隠すために、殺人罪を犯しました。
神の前に信じていたダビデさえも、悪魔の誘惑に負けました。
生活のおごりへの誘惑
後になって、徹底的に悔いを改めることによって、
回復はできたのですが、そのことがきっかけになって、
永遠に続けるべき、ダビデの王国は衰退し、行きました。
預言者バラム、モアブの王バラクが、多くの財物を持って、
バラムを誘惑するときに、このお金に貪って、
イスラエルをためにする計略を教えてあげました。
それは、乱なモアブの女たちを通して、
イスラエルの息子たちを、男たちを誘惑することでした。
そのことによって、伝染病が流行り、イスラエル民2万5千人が死んでいきました。
そのとき、最首長ビノアスが、
会員する男女を剣で殺すことによって、
その伝染病が断ち切り、イスラエルは危機を逃れることがありました。
悪魔は、神の民を滅ぼすために、
絶え間なく働きます。
どんな瞬間でも、誘惑するので、私たちは気をつけなければなりません。
3番目、悪魔は、生活のおごり、
暮らし向きの自慢を入れて、私たちを誘惑します。
私たちみんなは、自分を誇りたい心がいっぱいあります。
私はこんな人だよ。私はこんな立派な何かがあるよ。
偉そうになることを誘惑します。
悪魔は、イエス様をイエロサルムに連れて行って、
神殿の屋根の端に立たせて、
あなたが神の子なら、ここから飛び降りたらどうだと言います。
飛び降ったら、神様が守ってくれるんじゃないか。
飛び降りということを、全世界が見る。
だったら、世の中の人々は、
ああ、イエスが神の子であり、すごい人だと思って、
伝道は自然にできるんじゃないか、誘惑します。
そしたら、イエス様が、ルカーツ四書十二節、
あなたの神である主を試してはならないと言われ、
そして退けられました。
人間の欲求は様々です。
その中で一番問題は、人々から認めてもらいたい。
私はここで一番偉い人として、人から認めてもらいたいという欲求、
それをどうして、イエス様を何か利用しようと思ったんですけど、
イエス様は知りづけられました。
イエス様は、パリサイ人たちがダメになっている理由を、
弱音五書四十四節にこう言います。
互いに相手からの誉りを受けるのに、
唯一の神様から誉りを求めとしないあなたたちは、
どうして信仰ができるかと言います。
そうしながらイエス様は、私は人からの誉りを受けない。
人の評判に気にしない。
私はただ神様からの評判だけで気にするんだと言っています。
そうです。
この世の奢りをもって私たちを誘惑する、
サタンに勝つためには、
神様の評価、神様の賞賛だけを求めるとき、
勝ち抜くことができます。
モーセはパラオの王像の子として、
立派な王子様として、
一生涯、好飲好食しながら過ごすことができたのですが、
彼はそれを捨てました。
神の民とともに虐待される道を選びました。
彼は世の中の栄光、安楽より、
神様の誉り、神様の認めだけを求めました。
そしてモーセは永遠に祝福される人になりました。
私たちもイエス様のようにして、
悪魔の誘惑を勝ち抜く
悪魔の誘惑を勝ち抜かなければなりません。
この世の中の認め、人からの賞賛、
彼らみんな弱いのです。
しかし私たちは、
神様からの評価だけを考えながら過ごさなければなりません。
そうするとき、肉の欲、目の欲、
生活の奢りを利用して攻撃する、
サタンに勝ち抜くことができます。
もう一度申し上げます。
大事なのは勝ち抜くことです。
勝つとき、安全で幸せな信仰生活ができます。
勝つとき、礼拝が意味があります。
祈りが力があります。
賛美が力があります。
伝道にパワーができます。
そして勝ち続けるときに、
救いの確信が与えられます。
皆さん、悪魔に負けて、
それで祈る、
この祈り力あると思いますか?
悪魔に負けて賛美する、
かわいそうな賛美になるかもしれないけど、
その賛美が力ができるか?
悪魔に負けながら、イエス様信じてください。
誰がその伝道を受け取ってくれますか?
勝たなければなりません。
イエス様も悪魔の試みに勝ってから、
交渉外を始められ、
それで成功的に担われました。
ですから私たちも、
悪魔の試みを必ず勝たなければなりません。
悪魔はしばらくは離れたんですが、
粘り強いです。
隙を狙ってまた来ます。
ですから私たちは、いつも目を覚まして、
悪魔の仕業を分別し、
御言葉の剣を持って、悪魔に対抗しなければなりません。
世の中のすべての人たちは、
この100年の人生、
他の人よりもっと豊か、
他の世よりもっと楽しく、
立派に過ごしたいと願っています。
私たちが一番弱い、騙されている理由は、
人間は永遠に生きるんだということを忘れているんじゃないかと思います。
100年の人生だけじゃなくて、
この後、天国地獄は永遠に続くんですけど、
100年で終わりだと思うから、
どうか100年で幸せになりたいと思って、
それだけ見ているでしょう。
永遠に天国で生きることを考えて、
100年の人生を永遠に天国に行くために、
それをうまく利用しなきゃいけないのに、
100年が終わりだと思っているから、
そこからすべてが間違いになるんじゃないかと思います。
だから、100年でうまく過ごすために、
私たちは何をするんですか?
人の前にはそうではないふりにしながら、
見えないところには何でもやります。
だから、暗いところを支配する悪魔に縛られて、
みんな奴隷として生きているのではないかと思います。
あえて誰が神の人、神の子供らしい生活をすることができますか?
イエス様のように、イエス様によって勝たなければなりません。
結論を申し上げます。
この世の中がこんなにつらい理由は、
悪魔が人々が持っているこの弱さ、欲を利用して誘惑して、
罪を犯させるからです。
罪には罰が伴います。
また呪いがついてきます。
ですから、この世の中には悪魔と罪によって、
ますます暗くなるし、ますます難しくなります。
私たちキリスト社たちは、イエス様の十字架の恵みと功労によって、
罪の問題を解決する方法は知っているのですが、
世の中の人々は、罪を解決する方法は知らないのです。
ですから、罪の上罪、呪いの上呪いを加えながら、
死死存存、罪の呪いの中で過ごしています。
皆さん、これをどのように解決できますか?
お金を稼ぐ、成功する、出世する、それによってそれが解決できますか?
イエス様は私たちを不幸に陥れる、この悪魔を裁くために、祭りなさいます。
天国は悪魔がいないです。
だから幸せになるしかないところです。
しかし、この世の中には悪魔が存在します。
絶えず攻撃します。
永遠に生きる私たちです。
イエス様を信じて十字架に委ねて悔い改めるなら、
永遠な天国で祝福の中で過ごすようになりますけど、
イエス様を信じないで悔い改めないなら、
悪魔の支配から逃れることはできません。
永遠な地獄まで連れて行かれ、苦しみながら、悪魔と永遠に一緒に過ごすようになります。
100年の人生、永遠の運命
ぜひともぜひとも、イエス様を信じて、悔い改めて、
神の子供としての祝福と献身をいただくことができるように祝福いたします。
このゆえに神様はこの100年、人生100年を設けてくださいました。
この100年は救いに至るチャンスです。
イエス様に出会うチャンスです。
いくら世の中のことが忙しくても、
信仰と礼儀的な戦いをおろそかにしてはいけません。
私たちは自分自身を救うだけではなく、
他の方々も天国に行けるように助けなければなりません。
これは悪魔の誘惑に勝った人、勝ち抜いた人だけが助けることができます。
今人生の問題、食べて生きること、どれほど激しい生存競争があるのか、
私たちみんな分かっています。
しかし死ねば死ぬぞ、死ぬことになったら死んでもいいと思う覚悟で、
まず神の国と神の気を求めるなら、
神様が私たちの必要をすべて満たしてくださり、
悪魔の試みを勝たせてくださり、
すべての人を生かす、助ける、
素晴らしい働きができるようにしてくださるでしょう。
私と皆さん、このような祝福されたキリストさんになりますようにお祈りいたします。
神様、今日はサタン、悪魔の仕業、手口を調べてみました。
この世は100年、天国地獄は永遠です。
私たちがなぜこの世の100年を過ごしているのか、その意味をよく分かって、
悪魔の手口と私たちの対処
永遠な天国に入るような準備をうまくできるように助けてください。
イエス様に対する信仰、また、まず神の国と神の気を求めて生きるなら、
神様がすべてを満たしてくださるんだと信仰によって、
悪魔の誘惑に勝ち抜く私たちにできるように助けてください。
イエス様の皆を通してお祈りいたします。
アーメン。
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