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2026-03-01 41:04

「私たちの切なる願いと希望」2026年3月1日のメッセージ

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東京ぶどうの木教会 2026年3月1日(日)主日礼拝のメッセージです。

牧師:アブラハム黄

▼メッセージをスライドで: https://x.gd/0dA0T

▼ポッドキャストへのご感想はこちらへ!: https://forms.gle/fHcRBqaFSat8EQfE9

▼教会へのお問い合わせ: tokyo.vine.church@gmail.com

▼メッセージの自動文字起こしはこちら: https://listen.style/p/tokyovinechurch
 

(聖書) フィリピ1:20,21 そして、どんなことにも恥をかかず、これまでのように今も、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています。21 わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。 

 

メッセージ題 : 私たちの切なる願いと希望(フィリピ1:20,21)

*私たちの信仰に何が必要でしょう?切なる願いと希望です。 エレミヤ,14「わたしを尋ね求めるならば見いだし、心を尽くしてわたしを求めるなら、14 わたしに出会うであろう、と主は言われる。」

*皆さんには、心を尽くして求めることがありますか? 「切なる願いと希望」がなければ…信仰は?

1.信仰の先輩たちがもっていた、「切なる願いと希望」

*この話は、元々金淑勧事が韓国に行かれる前、何度も強調されたことでした。金勧事は37年間、日本で住まわれましたが、最後に日本宣教の実りを考えると…憾みが?

 1)しかし、この御言葉は、元々使徒パウロのお祈りだったのです。フィリピ1:20,21パウロの頭はキリストによって満たされていました。そしてキリストの御力が現れるように、すべての人がキリストによって救われ生かされるように…

*先週のメッセージ、覚えていますか?キリストは油注がれた者と。神様が王、祭司長、預言者を立てるとき油を注いで。サタンを滅ぼす王、罪と呪いを取り消される祭司長、神の御声を神に出会わせる預言者。キリストの働きによって罪人が解放され、救われ、神様に出会う…神の知恵と知識のすべてが

→使徒パウロは切なる願いと希望によって、キリストが豊かに現れ、世界宣教を行うことができました

2)イエス様の切なる願いと希望によって、私たちに主の祈りを教えてくださいました。主の祈りの初めの三つの祈りは、神様が一番願われること!主の御名が崇められ、御国が来るように、御心が成就されるように!→ところがこれはいつ究極的に成し遂げられますか?主が来られるとき、リバイバルのとき。聖霊様の大規模でこられるリバイバルのとき、ある地域、都市、国を変えるほどの御業が伴われます。

2.主が来られるように!準備することより、もっと大事で祝福の働きはありません。

*キリスト教歴史の中で主が来られなければいけなかった切迫なとき、主が来られるように祈った人が

1)列王記上18章、エリヤの切なる願いと希望!アハブ王とイゼベルによって、主の預言者が皆殺され、偶像に支配されていたイスラエル、希望がありませんでした。主に求める人は誰もいなかったです。そのとき、エリヤ一人で? 主が来られなければ死ぬ状況、どれほど切に祈ったでしょう?列王上18:38

それで、偶像の預言者を皆殺し、主なる神様は真の神様であることを…すべての民に証しすることが

2)洗礼者ヨハネの切なる願いと希望!生まれる前から、ルカ1:17主の道を備える為の使命が…主の道をどう備えるのか?民たちを悔い改めるように導くこと!その為に、30年間を荒野で、区別、聖別の生活を、マタイ3:4←主の道を備える為の切なる願いと希望、犠牲と献身!最後は自分の弟子をイエス様に送りながら、ヨハネ3:30「あの方は栄え、わたしは衰えねばならない。」と?主の為に犠牲と献身

3)シメオンとアンナの切なる願いと希望?聖霊様から、ルカ2:28メシアに会うまで死なない?祈りをもって準備しなさい。当時、誰もメシアが来るように祈る人がいなかった?東方からの博士がきたとき、ベツレヘムでお生まれになることを知らせながらも誰も関心がなかった。二人の老人の祈りによってメシアが

#今の私たちにはどんな使命が?私たちの切なる願いと希望は何か?回復とリバイバルで日本の大収穫を

小人数でできるか?エリヤ一人、洗礼者ヨハネ一人、シメオンとアンナ老人?新しい革袋とお祈りで…

*主の御業の為の犠牲と献身は?神様から驚くほどの報いと祝福が!詩編37:25…祝福される理由?

3.主に対する切なる願いと希望を持つものは…ただ主によって生かなければ!
←キリストがもっと照らされるよう


 

サマリー

このメッセージは、信仰生活において「切なる願いと希望」がいかに重要であるかを説いています。説教者は自身の経験を交えながら、心を尽くして求めることの大切さを語り、それが信仰を深める鍵となると述べます。使徒パウロや洗礼者ヨハネ、シメオンとアンナといった聖書の人物たちが持っていた切なる願いと希望に触れ、彼らがどのように神の御業に貢献したかを解説します。 特に、キリストが私たちの中心であり、その御力が現れることを願うこと、そして主の御国がこの地上に来るリバイバルを求めることが、神が最も喜ばれることであると強調します。現代の私たちにも、日本のリバイバルと大収穫のために、新しい器として、犠牲と献身をもって祈り続ける使命があることを示唆しています。最後に、主のために犠牲と献身をする者には豊かな報いと祝福があることを詩編の言葉を引用して伝え、切なる願いと希望をもって神の御業に仕えることの重要性を訴えかけています。

切なる願いと希望の重要性
今日は、私たちの切なる願いと希望という対応をもって、メッセージを分かち合いたいと思います。
私たち信仰生活、信仰がうまくできるためには、
何が必要なのかと言いますと、切なる願いと希望が必要です。
切なる願いと希望がなければ、
信仰はなかなか難しくなります。
エレミアスは29章、中3節、中4節。
私を尋ね求めるならば、見出し、
心を尽くして私を求めるなら、私に出会うであろうと主は言われる。
心を尽くして何かを求めることがあったら、
信仰は自然にできます。
しかし、求めることが全くなければ、
信仰ということがなかなか難しくなります。
じゃあ皆さんは何か心から求めることがありますか?
以前私に切に求めることがありました。
私の家は全て先生ばかりです。
私の父も先生、この上のおじいちゃんも先生、
この上の上のおじいちゃんも学者、学者の家です。
ですから私も博士になって大学教授になりたいと、
私の目標がありました。
ところがその目標を成し遂げろとしたら、
心が強くならなきゃいけないので、
心力というものが弱くて、なかなか挑戦しながら、
何か不安があってうまくできないことがありました。
それで私が願っている大学は行けなくなり、
地方の大学に行きました。
その時私は大学院だけは必ず私が目指している
ソウルに行かなきゃと思いました。
それで3年間軍隊に行って帰ってきて、
2年の余裕をもって大学院の勉強をし始め、
その時切に祈りながら勉強しました。
どれほど切に祈ったのか、
朝の早朝から教会のすべての行事に参加しながら、
何か暇があったら祈り続けてしよう、
何とか私が目指していることを成し遂げるように
助けてくださいと祈りました。
結果が落ちてしまいました。
ものすごい挫折しました。
仕方がなくソウルには行かなくて、
また地方の大学院に行きました。
その時私はこれ以上は神様を求めないで、
また教会に行かないんじゃないかと、
そのことは全くありませんでした。
たくさん祈った結果があって、
何か信仰には大きく進歩していました。
それで神様が私を守ってくださったと思います。
もう一回心を尽くして求めることがありました。
日本で会社を辞めて新学校に行きました。
日本で会社のときは何とか何とか
日本語の言葉を使ったんですけど、
私自身が日本に対してよく分かりませんでした。
日本の文化、日本の社会がどのように動いているのか、
全然分かってませんでした。
新学校に入ってから分かりました。
もう新学生のほとんどが僕先生の息子とか、
何か教会関係の息子たちが集まっていて、
私だけが全然関係ない人がここに来ていました。
日本は尽脈社会だということを私は分かってませんでした。
知り合い一人もいない、
私を助けてくれる人は誰もいませんでした。
先輩たちが卒業することをよく見ていますと、
卒業するまで不倫先が決められなくて、
そのまま卒業する先輩たちがいました。
私は会社を辞めて新学校に入って、
新学校から牧師になって出ていくつもりで入ってきたんですけど、
私が新学校を卒業しても不倫先が決められなければ、
もう私はどうすればいいでしょう。
私の将来、また夢、また家族もいるんで、
大変なことだなと思いました。
それで当時私は命がけて祈りました。
また毎日日本のレッドのマップをかけておいて、
北海道から沖縄まで、
どこでもいいですから、
私を神様、送ってください、使わせてください、使ってください、
毎日祈りました。
信仰の先輩たちの願いと希望
私を呼んでくださるところがあったら、どこにも行きます。
当時私に特別な見言葉が与えられました。
これがマッタイ6章33節です。
あなたが必要なことは主がご存じだ。
だからあなたはまず神の国と神の器用を求めなさい。
そうすればあなたのことすべて私が満たしてあげる。
良い約束でした。
ですから私はこの見言葉を命のように掴んで、
それで毎日、主よ、今日は何をすることが
まず神の国と神の器用を求めることですか、
聞きながらやりました。
とにかく私は新学校の時、他の学生より、
まず神の国、神の器用を求めることが何か、何か。
それで福音を伝えたり、また聖書勉強会を開いたり、
何とかまず神の国と神の器用を求めるなら、
主がすべてを満たしてくださる、
あたってくださるという約束を信じながらやりました。
3年間その生活をし続けた結果、奇跡が起こりました。
私と一度会ったこともない、
北九州という都市があるとは思いませんでした。
福岡の上に北九州という都市があるので、
そこにあるある教会から連絡が来ました。
一度来てもらいたい、
それで向こうに行ってメッセージをさせてもらったんです。
次の週もう一度来てくださいと言われて、
行ったら何か牧師の面接とかいうようなことがあって、
それでその教会、そこに行くようになりました。
私は全然知らない。
私はその北九州あるとはもう全然知らない。
そのところで4月から赴任するようになったから、
日本は卒業式が3月ですね。
2月に赴任先が決められて、
ギリギリの瞬間、私は読んでくださるところがあって、
恥を受けないようになりました。
本当に私の心ではそれは奇跡だと思いました。
皆さん、信仰を持つためには、信仰を強くなるためには、
何か切に求めることが必要なんです。
それがなければ、信仰はなかなかできません。
皆さんも切に願われることがあるでしょう。
信仰の先輩たちが持っている切なる願いと希望、
それを少し考えていきましょう。
私が今日のテーマ、私たちの切なる願いと希望、
この話はもともと私から出たことではなく、
今、自分に来られる金筑くんさんが韓国に行かれる前、
私に何度も何度も言われた言葉です。
切なる願いと希望、切なる願いと希望。
多分金筑くんさんは37年間日本で過ごされたんですけど、
ご自分の最後の時の自分も日本選挙に関心があって、
祈っていろいろ伝道したり働いたんですけど、
私に何か実りがあるのかといろいろ考えられたんじゃないかと思います。
それでご自分なりに何かもったいない、
何か気の毒だと思われることがあったでしょう。
ですから切なる願いと希望、それをずっと言われたのではないかと思います。
これはもともとパウルが使った、パウルの祈りの中にありました。
パウルは切なる願いと希望を持って何を願ったのか、
これがフィリップ1章20節、21節にあります。
もう一度私が読みましょう。
そしてどんなことにも恥をかかず、
これまでのように今も生きるにも死ぬにも、
私の身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています。
私にとって生きることはキリストであり、死ぬことは利益なのです。
パウルが切に願って希望したことはキリストだったのです、キリスト。
先週私たちはキリストに対して学びました。
パウルの頭にはキリストによっていっぱいだったのです。
キリストはどんな方ですか?
キリストは油注がれた方で、
神様が王、最首長、預言者を立てるときに角に油を入れて、
それでその人の上に注いで、
あなたは王、あなたは最首長、あなたは預言者として立てられたのです。
ですから油注がれた者、これがキリストなんです。
ですからキリストという名前、イエスがキリストという名前は
ものすごい神様から全ての力をいただいて、
それで神様が一番願われる働きをする方ですから、すごいパワーがあります。
イエス、キリストはサタンを滅ぼす魔王の王です。
罪と呪いを取り除く最首長です。
神の御声を聞かせてあげ、神様に出会わせてあげる預言者という意味です。
ですから罪人には、罪人はもう罪人という言葉は時代で、
サタンの奴隷という意味ですから、
だから罪人からサタンを追い出し、また呪いから救われ、
神に出会わせる、神の祝福を預かる者とされる、
イエス様の願いとリバイバル
その方、これ以上の方はもういないんです。
私たちに一番必要なのはサタンから自由になること、
また私、罪、呪いから苦しんでいる私たちを、
罪、呪いから全てを解放してくださる、
また神様に出会わせてくださる、この働きをされる方ですから、
私たちの全ての満足がキリストの言葉の中で全部あるんです。
ですからイエスがキリストだということは、
イエスが王様ですから悪霊が出てき、
イエスがキリストだといったら、
罪、呪いが全部もう消え去ってしまい、
イエスがキリストだといったら、
神になる道が開かれる。
わあ、すごいことじゃないですか。
だからこれを知って、信じて、これを宣言するなら、
霊的な世界ではもう驚くほどの御業が行われるんです。
キリストという素晴らしい名前、
これを知ることだけじゃなくて、
私たちは毎日使わなければなりません。
皆さん一週間の中で、
どれほどキリストを使ったんですか。
パウルは頭の中でいつもキリストに満たされていました。
何がなってもキリスト、キリスト、キリスト。
それから皆さん、この際、
手紙とか五輪の手紙とか読んでみてください。
もう毎節のキリスト、キリスト、キリスト、キリストが出てきます。
なぜならパウルの何かこの考え方、
これは信仰、思想の中ではキリストによって満たされていたからです。
主の来臨を願った人々
だからどんな人に出会っても、
イエス・キリストの皆によってその人を癒やされ、
また解放され、もう全ての呪いを取り除かれ、
キリストの皆によってその方のために祈り、
これを毎日使ったから、
パウルの頭にはキリストに満たされていました。
私は先週、私の息子は、
この何と言いましょうかね、
悪しき霊とか霊力がすごく敏感なんですよ。
ところが弱いんですよ。
だから彼が何とか小さなことでつまずいたりするんですよ。
体は大きいのに、なぜこんなことで小さいのか。
だから幸い、何があったら私に聞いてみるんですよ。
パパ、私が今こんなことで悩んでいるので祈ってくれとか。
祈ってくれって感謝ですね。
牧師に祈ってくれっていうことは一番感謝ですから。
だから私はイエス・キリストの皆によって彼に祈りながら、
私はキリストの王の力をインパテーション、
息子に王の力をもう満たされますようにと私は祈っています。
皆さん、インパテーション。
もう頼むのだけインパテーションじゃなくて、
キリストの王の力がインパテーションできれば、
王の力は彼を守ってくれるでしょう。
私は子どもたちのために、
また私たちを願っている大勢の方たちのために、
これから私たちはイエス・キリストの皆によって祈ってあげなければいけない。
王の力、最初の力、預言者の力、これでも満たされますようにと、
祈って助けることが非常に大事です。
パウロは頭の中でキリストで満たされていたから、
何が何でもキリスト、キリストと言いながら、
神様から大きなキリストの御力をいただいて、
それをもって世界選挙に彼が働いたんです。
うまくできたんです。
ですから私たちも、イエス・キリストによって、
イエス・キリスト、キリストはどれほど素晴らしいのか、
是非とも是非とも、まず知識、またこれを知って、
それでキリストの名前を通して、
全ての人を助ける役目をこれから私たちにやっていきましょう。
だからパウロはセッチュナル願いと希望がキリストだったんです。
2番目、イエス様もセッチュナル願いと希望がありました。
たくさんあったでしょう。
その中で一つが何かと言いますと、
主の祈りの中で現れるものです。
皆さん、主の祈りの中で始めは、神様に対する祈りです。
主の皆があがめられますように、
御国が来ますように、
御心がこの地でも行われますように、
これが神様が一番願われることで、
イエス様はこのことを対してあなたたちが祈りなさいと言います。
じゃあ、皆があがめられ、御国が来ますように、
御心が行われますように、これなんです。
皆さん、この3つ、皆があがめられ、御国が来ますように、
御心が行われますように、
これを私たちが神様にチューッと祈ることによって、
神様の皆があがめられ、
また神様が一番願われる、
神の国がこの地上に来る、
神の御心がこの地上で成し遂げられる、
これが神様の一番願いでしょう。
じゃあ、これが皆さん、いつ成し遂げられるんですか?
これがいつ実現できるんですか?
主がこの世に来られるなら、実現できます。
また他の言葉で言いますと、
リバイバルが来るなら、主の皆があがめられ、
主の御国が来ます。
また主の御心がこの地に成し遂げられます。
これがリバイバルが来るなら、
この主の祈りの一番大事な、
初めの3つの祈りが実現できるんです。
ですからリバイバルということは、
どれほど素晴らしいことでしょう。
皆さん、リバイバルは聖霊様が大規模で来られることです。
そしてある地域を変える、都市を変える、国を変える。
ヨアン・レスリーによってイギリスが変わったということですよね。
そのように大きなパワーを持って、
その地域のすべての文化を、
悪しき霊を追い出し、
その地域に神の国が来て、
主の皆があがめられ、
主の御胸が成し遂げられる、
素晴らしい御業がイギリスで行われ、
またアメリカで行われ、各地で行われ、
韓国でも行われ、
また日本でも昔、長崎で行われ、
いろいろなことがあったんです。
このために、私たちの働きが大事なんですけど、
主のリバイバル、主が来られることを求めて、
切なる願いと祈りを捧げる人たちが、
聖書でたくさん現れています。
皆さん、事実、主の道が開かれる、
またリバイバルのために祈ること、
そのために働くことより、
人間の仕事の中で、
これ以上の祝福のある仕事はありません。
ですから、聖書はそのような働きに
携われた人たちの名前がたくさん出てきます。
まず、列号機長の中発祥、
エリアという人がいます。
エリアの切なる願いと希望は何ですか?
神の国イスラエルが、今は、
バールとアセラン空城によって、
今、空城の世界になっている。
特にそこで、アーヴ・オー、イジベルとか、
このような人たちが、
偽予言者、バールの予言者を持ってきて、
種の予言者を皆殺し、
そこでバールの予言者が、
この国を支配していたんです。
この、イスラエルは神の国なのに、
空城の国になっているこの世界を見て、
ここで、見えない心で行き通りを感じて、
何かもう腹を立つべきなんですけど、
誰もそんなことをやらない。
それを見て、誰が興奮したのか、
エリアなんです。
エリアが、種の見心を持って、
このイスラエルをどうすればいいのか。
リバイバルの火と報い
このイスラエル、
イスラエルということは、
これから続くと、
メシアがこのイスラエルを通して来られる、
メシアの国になるべきなんですけど、
今、空城の国になっているから、
イスラエルをどうすればいいですか?
どうすれば、イスラエルから空城を追い出すことができますか?
エリアは、毎日一緒。
彼の切磋なる願いと希望は、
このイスラエルを神の国として再建することでした。
そのために、誰も祈っていません。
どうすればいいですか?
自分がやればいい。
ですから、エリアは、
自分一人で祈ることを決心しました。
エリアは、もう種が来られなければ、
自分は死ぬ。
もうそうでしょう。
バウルとアセラを拝む預言者たちと、
アハウとイジベルが見ているところで、
今、自分一人で、
全空城の世界と戦いをする。
これが、烈浩記帳の中八章である、
カルメルさんでのこの戦いです。
火で自分を表す神様が、
本当の神様だと。
それでバウルと預言者と、
自分一人が戦うんです。
その時のエリアの気持ち、
分かりますか?
エリアを神様が表してくださらなければ、
自分はもう殺されるんです。
命なんです。
死ぬんです。
彼はもう信仰を持って、
切磋なる心で死を求めたでしょう。
その時、神様は、
火で燃えて、
全てを燃やしてしまいます。
それを通して、
エリアの神様だけが、
まごとの神様であり、
この空城を浮かんでいるものが、
全部偽物だということを証明し、
それで偽預言者たちを、
全部殺してしまいます。
エリア一人がそれを担うのに、
エリアはどれほど怖かったでしょう。
死が来られなければ、
自分は死の命ですから、
彼の寄生と献身、
彼の切磋なる心、
それを通して、
イスラエルの国を、
滅亡から、
もう一度再建することができたんです。
また、聖書の中で、
切磋なる心を持っていた人がいました。
洗礼者ヨアネでした。
洗礼者ヨアネは、
生まれる前から、
ルカの1章17節を見ていますと、
彼には既に使命が与えられていました。
キリスト、メーシアが来られるのに、
メーシアの道を備える役割です。
そして、イエス様より6ヶ月前に生まれました。
皆さん、主の道を備えるのに、
旅立ちを準備させなければいけないんですけど、
主の道を備えるための準備は何だったんですか?
人々を悔い改めさせ、
人々の心を整えることでした。
皆さん、人が一番嫌がるのは、
自分は罪人だということ、
また、悔い改めること、一番嫌なんで、
イスラエル全員の人たちを、
悔い改めさせる役割を、
洗礼者ヨアネがどうすればできますか?
だから、洗礼者ヨアネは、
初めから荒野で生活し始めたんです。
彼はいつもラクダの毛衣を着、
こっちに帯を、皮の帯を締め、
稲母と飲水を食べ物として、
人間はいつも肉の欲、目の欲、
生活の奢りという欲があるはずなんですけど、
彼はこれを全部、
それと別世界、
性別された、区別された生活を、
彼が30年間荒野で行われます。
彼の犠牲、
彼の献身、
祈りと結び
また、彼の切なる願いと希望、
主の道を備える、
この役目を彼がうまく成し遂げたんです。
また、洗礼者ヨアネの素晴らしさは、
自分のついてくる弟子がいました。
その弟子たちをイエス様に全部贈るんです。
そして彼が何というのか、
あの方は栄え、私は衰えなければならない。
自分の弟子をイエス様に全部贈るほど、
イエス様のためには自分の全てを寄税するんです。
この洗礼者ヨアネの素晴らしい働き、
そしてイエス様がお生まれになって、
イエス様を、バプテス様を授けられ、
そしてイエス様がこの世の中で、
メイシアとしての道、これを始まるようになりました。
またもう一人紹介するのは、シメオンとアンナです。
シメオンとアンナも、切なる願いと希望がありました。
いつか年取っているシメオンに、
洗礼様が現れて、ルカの2章26節に、
メイシアが来るまであなたは死なないんだ。
どんな意味ですか?
メイシアが来るまであなたは祈りなさいということでしょう。
それをシメオンだけじゃなくて、アンナもその話を聞きました。
シメオンとアンナ、おじいちゃんのおばあちゃん2人が、
それでメイシアが来ることを待ちながら、
メイシアを送ってください、メイシアを送ってください、
ずっと祈るんです。
当時、皆さん、イスラエルは全部信者です。
みんなが信者です。神を信じています。
しかし、神の身分を知っている人は誰もいなかった。
メイシアが来るように祈る人も誰もいなかったんです。
みんな信者なのに、神の身分を知らなかった。
しかし、2人は神の御声を聞いて、そのために祈り始めるんです。
本当に誰もメイシアを待ち望むことなく、
誰もメイシアのために祈ることがない時に、
おじいちゃん、おばあちゃん2人が、メイシアが来るように祈るんです。
メイシアが来られました。
そして結局、神殿でイエス様に出会います。
喜びに満ちあふれた、その姿が聖書はわざわざ記録しています。
本当に聖書の中で信仰を持って、神様の身分を知って、
切なる心と希望を持って祈り続けた人は、
みんながイスラエルだから信者ですよ。
この中でわずかな人数しかいなかった。
本当に本当に。
では、今私たちにはどんな使命があるんですか?
私たちの切なる願いと希望は何ですか?
私たちには、日本の大収穫のために、
リバイバルを起こってくださいという夢があります。
そのために教会の回復が大事だということがわかります。
しかし、日本のリバイバル、大収穫のために、
この人数でできますか?
皆さん、人数は問題じゃないです。
神様を見られるのは、この人の心の切なる願いと希望を見ておられる。
事実、皆さん、エリア、イスラエルの中で自分一人しかいませんでした。
宣伝者ヨハネ、当時宣伝者ヨハネのように目を覚ましている人は一人しかいなかった。
シメオンとアンナ、二人しかいなかった。
少人数の人々でした。
しかし、彼らの祈りを聞いてくださって、
神様は素晴らしい御業を通して、
イスラエルを再建されたり、
イスラエルに神の御業を贈ってくださったんです。
私たちがこれからやるべきことは、
私たちに照らしてくださった神のビジョン、
そのビジョンに切なる願いと希望を持って祈ること。
またもう一つは、リバイバルを受け入れる新しい川袋を作ることです。
聖書に現れたエリア、
宣伝者ヨハネ、シメオンとアンナのような信仰の先輩たちのように、
私たちも祈ることができればと思います。
ここに寄生と献身があるんです。
皆さん、他の人も全部やるのに、
私もついてやるのはあまり難しくありません。
誰もやっている人がいないのに、
自分だけがそれをやるのがこれが難しいんです。
特に日本は集団主義ですから、
みんなやることは一緒についてやるのはもう当たり前だけど、
誰もやっていないのに自分だけやるのはこれをも大変なことです。
そこに寄生と献身が必要です。
リバイバルのために一番大事なのは、
新しい川袋の教会とお祈りなんです。
私は今年71歳になりました。
また私、教会にはもう年取っていらっしゃる方や先輩たちがおられるので、
皆さん、祈りには何か力が、大きな力が必要なことではありません。
祈りに一番大事なのは私たちの献身。
切なる心、また切なる声さえあれば、いくらでもできます。
私たちが最後の時、日本を救う大収穫のために、
リバイバルを送ってくださるように、
神様に祈る教会になれればと思います。
金鶴くんさんに最後の最後まで、
数回私に言ってくださった切なる願いと希望。
これは、このような神のビジョンが、
私たちをこれをもって祈り続けること、
そこに金鶴くんさんにも一緒に参加して、
共にやりたいという、この希望ではなかったかなと思います。
イエス様がルカの中二症49節、
私はこれを今週の最も気になる聖書として、
私はここで決めているんですけど、
イエス様はこうやります。
私が来たのは、地上に火を投ずるためである。
その火が既に燃えていたといったらと、
どんなに願っていることか。
イエス様がこの世に来られた理由は、
火を投じるためだ。
火を投じるためにイエス様が来られた。
じゃあ皆さん、この火が何ですか。
この火は、精霊の火、リバイバルの火。
だからペンテコスの時に、
精霊の火、リバイバルの火がこの地上に来たでしょう。
イエス様はリバイバルを起こるために、この世に来られた。
私たちが説に求めることは何ですか。
日本のために、神様のリバイバルの火が、
精霊の炎が、日本に来るようにと祈ることです。
これが既に日本に精霊の火によって燃えされ、
リバイバルがあちこちで豊かに起こっているなら、
私たちがどれほど神様に喜ぶでしょう。
しかし、まだ火が日本に投じることができなかったから、
そのために祈り続ける、私たちの群れが今必要なんです。
私たちの祈りを通して、どうか主が日本に精霊の炎を送ってくださり、
リバイバルの炎を送ってくださって、
道を歩きながら教会を見て、もう泣きながら教会で吐いて倒れる。
これを五輪際の伝道と言います。
精霊様が直接伝導される。
引きつけてこられる。
このような働きはこの大塚のところで行われたら、
私たちが教会の前に通る人が、
学生たちもたくさんこの道を通って学校に行くでしょう。
子供たちが精霊の火を打たれて、
うわーと泣きながら葡萄の木の教会に入ってきて、
そこで、主よ私をお許しください。
イエス様を信じたいです。
イエス様は私をどうすればいい。
今度、五輪神道がこう言うんです。
教会に来たんですけど、聖書を4回、1回、2回、3回、4回、5回、
その5回に聖書を勉強会するまで、
イエス様の話をしませんでした。
創世紀、天地創上、エデンの創農、人間を作られた目的、
なんとかなんとか言う。
彼女はずっと待ってました。
それで5回目にだって、
罪を犯した人間と言いながら、
ここでイエス様の言葉が出たら、
信じたいです、信じたいです、という。
彼女はイエス様の話が出るまで待っていたということで。
でも私は他の言葉ばっかり言っちゃって、
あと考えたら、もう全て準備ができた人なのに、
私がイエス様を伝えるのが遅すぎたと思って、
まあ、杭を洗ってもらったんですけど、
待っている人がいるんですよ。
すでに精霊によって準備されて、
それで教会に行く準備ができている人が、
日本でたくさんいるかもしれない。
しかし私たちがイエス・キリストという言葉を言わないから、
誰も分からなくて、今黙っているんじゃないかと思います。
ここで精霊様の、精霊の火、リバイバルの火が注がれたら、
その火の力によって私が、
イエス・キリストを信じましょうと言ったら、
たくさんの人が集まって来るかもしれない。
これは許され者で行われて。
ペテロが1回の説教で3,000人が集まって来た。
また1回の説教で5,000人が集まって来た。
このような素晴らしい働きを、
イエス様がルカの中二症49説に教えてくださった。
どうかどうか精霊の火が日本に来るように、
大阪に来るように、
武道の教会に来るように、
皆さんのお家に来るように、
この火がもう各家でもう、
もう投じることができたら、
どれほどどれほどご喜ぶでしょう。
それがまだ投じられないから、
この心でどうかしよう早く早く、
それを成し遂げてくださいと、
祈るイエス様の御声がここにある。
その働きのために、
寄生したり献身したりする人たちには、
一番祝福される。
皆さん、世の中の人はみんな苦労していますよ。
みんな苦労しています。
お金持ちであれ、もう成功した人であれ、
みんな苦労しています。
いろいろな問題で苦労しています。
でもその苦労の報いは何ですか。
もう苦労苦労だけで、
苦労しながら死ぬでしょう。
しかし、主のために苦労する、
寄生し献身することは、
主の報いがあるんですよ。
豊かな報いがあるんです。
私が聖書一ヶ所を皆さん紹介しましょう。
支援の37の25節です。
若い時にも、年老いた今も、
私は見たことがない。
主に従う人が捨てられ、
主を従う子孫たちがパンを食うこと、
主に従って主に持ちられる人の子孫たちが、
物語になるということを見たことがない。
これはどんな意味ですか。
親によって子供たちが満たされ、
孫たちが満たされ、
祝福されることを見たということです。
そうです。
主に持ちられる人の子孫たちが、
うまくできないことを見たことがないということを、
支援の37編で教えてください。
子供たちに祝福を与えたいんだけど、
自分が持っているお金を全部預けておいて、
子供たちに何とか、
それが子供に祝福になれるのか、
分かりません。
しかし私たちができるものは、
私が主にうまく持ちられ、
主に従うものになって、
主がこの従うもののことを見て、
一番願っていることは、
子供たち、孫たちじゃありませんか。
親の一番心配は子供ですから。
だから主が私を見て子供たちを祝福した。
アブランを見てイサクを祝福した。
アブランを見てヤクブを祝福した。
アブランを見てヨセプを祝福した。
イスラエルを祝福されるように、
私たちを見て、
私たちの子供たちに、
主が豊かな祝福を与えてくださる。
これが私たちの一番、
親の一番願いがそこにあるんじゃありませんか。
子供たちをどのように祝福しましょうか。
どのように子供を守りましょうか。
子供をついていて、
いつも何とかとやりますか。
主が守ったら一番完璧。
主が祝福されたら一番完璧です。
アブランがうまくやったら、
イサク、ヤクブ、ヨセプ、イスラエル、
民族全体が祝福されるように、
私たちが主が一番願っておられることを、
ここに切磋なる願いと希望を持って、
献身、犠牲をするなら、
主が私たちのすべてを豊かに祝福してくださる。
その働きがある。
皆さん、私たちがなぜ天国で、
大きな祝福、報いを受けますか。
この世の中で主のために犠牲し献身したから、
天国で豊かな祝福あるんじゃありませんか。
何もしてないのに天国で祝福されたい。
これは違うんじゃないですか。
主のための犠牲と献身、
これが一番素晴らしいこと。
私たちに与えられた使命のため、
これから私たちは心を合わせて、
祈りを持って、主が一番願っておられることに、
用いられる私たちの教会になれればと思います。
これが私たちの切なる願いと希望になりますように。
お祈りいたします。
主よ、私たちの切なる願いと希望は、
キリストです。リバイバルです。
主に出会うことです。
主の皆が崇められ、主の御国が来ますように、
また、主の御心がこの地で行われますようにです。
どうかどうか、そのために私たちを用いてください。
そのために私たちを使ってください。
イエス様の皆を通してお祈りいたします。
アーメン。
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