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「初めのころの愛を取り戻してください」2026年3月8日のメッセージ
2026-03-08 45:59

「初めのころの愛を取り戻してください」2026年3月8日のメッセージ

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東京ぶどうの木教会 2026年3月8日(日)主日礼拝のメッセージです。

牧師:アブラハム黄

▼メッセージをスライドで: https://x.gd/0dA0T

▼ポッドキャストへのご感想はこちらへ!: https://forms.gle/fHcRBqaFSat8EQfE9

▼教会へのお問い合わせ: tokyo.vine.church@gmail.com

▼メッセージの自動文字起こしはこちら: https://listen.style/p/tokyovinechurch

(聖書) 黙示録 2:2-5「わたしは、あなたの行いと労苦と忍耐を知っており、また、あなたが悪者どもに我慢できず、自ら使徒と称して実はそうでない者どもを調べ、彼らのうそを見抜いたことも知っている。3 あなたはよく忍耐して、わたしの名のために我慢し、疲れ果てることがなかった。4 しかし、あなたに言うべきことがある。あなたは初めのころの愛から離れてしまった。5 だから、どこから落ちたかを思い出し、悔い改めて初めのころの行いに立ち戻れ。もし悔い改めなければ、わたしはあなたのところへ行って、あなたの燭台をその場所から取りのけてしまおう」

 

メッセージ題 : 私たちの切なる願いと希望(黙示録 2:2-5)

*私たちの信仰は、私たちを愛される神様の愛を知ることから始まります。神の愛を知る人は、神を愛し、神の御旨通り兄弟を愛することができるからです。赤ちゃんはいつ母の愛を知るでしょうか?

*母の愛を知る人は母の願いに従って生きようと。神様の愛を知る人が神の御旨通り! 知らせる方は聖霊様! *また信仰で大事なのは? 神様との関係性。人間が苦労する理由? 神から離れて知らなくなったから。

 

1. 神様が私たちをどれほど愛しておられるか知ることが大事! 人間に対する愛? 天地創造に現れています。

*神様は人間をご自身の愛の対象として創造されました。*その人間に創造のすべてを任されました。創世記 , 詩編 1 

*また、その人間にエデンの園を? *また、人間の必要を知られ妻と家庭を?→神様との愛中で、使命を担いながら、祝福の中で過ごせば...しかし、そのような祝福の中にいながらも知らなかったような! 創世記 神の警告を? 結局、霊的に死に、すべてを失いました。

 

2. そのような人間の裏切りにも関わらず、神様は人間を愛されました。

*裏切った人間を愛され救うために? 一人子イエス様を引き渡されました。十字架で血を流して死に、復活させてキリストの御業を(王、祭司長、預言者としての御業)人間をサタンから解放され、罪と呪いから救われ、神に出会う道を開かれました。ローマ 5:8 罪人のために一人子を死なせて贖われる神様の愛!!

*神様は私たちと愛するために、邪魔になるすべてを取り除かれ、真理の霊を送られ神の御旨を知らせるほどに、私たちと愛ができるように、すべての準備を整えられました! 神様の熱心! 私たちはどうする?

 

3. 私たちが神様を愛するためには、どうすれば良いでしょう?

*夫に対する妻の一番の願いは? 夫の関心と愛でしょう。同じように、私たちに対する神様の一番の願いも?

*それは黙示録 2章、7つの教会に対するイエス様の賞賛と叱りを見るとよく現れています。黙示録 2:2-5

エペソ教会の素晴らしさ! 使徒パウロ、使徒ヨハネ、テモテ、マルコ...から教えてもらった教会。使徒 19章のリバイバル。当時一番模範的な教会だった。誰が文句をつけることができるか? しかしイエス様は? 2:4,5 ここで、初めのころの愛? = 救いの感激! それを失ったって燭台を取りのける? 個人に言えば救いを取り消す?

→ここを見てますと、イエス様は何を一番大事にされるのかが分かります。私たちの初めのころの愛は?

*以前はそのような熱情と感激があったのに...今はなぜ、なくなってしまったのか? 

1)罪です。罪を通して入ってきた悪しき霊の仕業によって、神様に対する愛が消え去ります。例)アダムとエバすぐ、悔い改めなければ! 

2)この世に対する愛です。この世と神様を同時に愛することができません! この世に対する愛 = この世に対する誇り

何を誇りとしているのか? 肉の欲、目の欲、この世のおごり? 悟るとすぐ悔い改めて神様だけを愛しなければなりません。

3)この世の思い煩い。分かれた心。解決方法は? 主に任せることです! Ⅰペトロ 5:7 →これは 4つの畑に種が蒔かれたのに実を結ばなかった事例と同じ。マルコ ,19 *解決する方法は? 御言葉と聖霊で心を新たにすること。悔い改めを通して新たに生まれるリバイバルで。→黙示録 2:5 どこから落ちたのか、立ち戻れ

#ここで、神の愛から離れない秘訣は? 

1)積極的に、主の内にとどまり、主の御業に熱心に取り組むこと。Ⅱコリント 神学の時代、恵まれて聖書勉強会を行いました。...やればやるほど、御言葉の秘密が照らされた! 食べ物まで?

2)ぶどうの木の生活、親しみの中でPLOを積極的に行いましょう! *愛を失うなら関係性に力がない、結婚生活を無理矢理に? 教会生活を無理矢理に? 愛がない信仰は神様が願われない! 四旬節を迎え信仰を新たに、聖霊様。

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サマリー

このメッセージは、エペソ教会が初めの愛を失ったことを指摘し、初めの愛を取り戻すことの重要性を説いています。私たちの信仰は神の愛を知ることから始まり、神の愛を知る者は神を愛し、神の御心に従って兄弟を愛することができます。神は天地創造のすべてを人間に任せ、エデンの園と妻を与え、人間を深く愛されましたが、人間は神の警告を破り、霊的に死んで全てを失いました。それでも神は一人子イエス・キリストを遣わし、十字架の死と復活によって私たちを救い、神との愛の関係を築くためのすべての準備を整えられました。 しかし、初めの愛、すなわち救いの感激を失うと、神との関係が悪化します。その原因は罪、この世への愛、そして思い煩いです。これらの原因を悔い改め、神にすべてを委ね、御言葉と聖霊によって心を新たにすることが大切です。神の愛から離れない秘訣は、積極的に主を求め、主の御業に熱心に取り組むことです。また、親しい交わりの中で神の声を聞こうとすること、そして神の愛を知り、その愛の中に留まることが、豊かで幸せな人生を送る鍵となります。この春、四旬節の時期に、信仰を新たにすることを願っています。

信仰の始まりと神の愛
今日は、「初めのころの愛を取り戻してください」という対応をもってメッセージを伝えたいと思います。
私たちの信仰は、私たちを愛しておられる神様の愛を悟ることから始まります。
神の愛を知っている人が、神を愛することができるし、また、神様の身むね通り、兄弟を愛することができるからです。
赤ちゃんが、先に母親を愛することを望むことはできません。赤ちゃんは何もわかっていません。
母親が赤ちゃんをどれほど愛しておられたのか、後になって赤ちゃんが知って、それで母親を愛し、母親が喜ぶ身むね通り生きることができるんです。
私は、私の母からたくさんの愛を受けました。
ですから、私はこの世の中で一番愛する人が、私の母でした。
私が小学校で熱心に勉強しました。
なぜなら、母が成績が良ければ喜ぶことを見たからです。
私の希望、私の全ては、母が喜ぶことを見ることでした。
今、母が亡くなったんですけど、今も母を思い出したら、涙が出ます。
母の愛は、私の心のふるさとです。
ところが、母は、私だけ愛したことではありませんでした。
私は姉、また二人の弟がいるんですけど、前回、韓国で兄弟がみんな集まっているところで、
私の弟が、ママと言いながら、何とかママを声したらという姿を見て驚きました。
私だけじゃなくて、弟も母が愛してくださったんだ。
私は、私が一番愛されたと思ったんですけど、私だけじゃなかったということを分かりました。
本当に本気でママと言いながら、このような姿を弟がやりましたね。
私たちは、母の願い通り、兄弟たちが仲良しで今、暮らしています。
なぜなら、母がこれを一番願っておられたかったんですね。
ここで、母が私たちを一番愛されたでしょうか。
また、神様が私たちを愛されたでしょう。
神様の愛と母の愛、どちらがもっと私たちを愛してくださったんでしょうか。
とにかく、母の愛を思っている人は、母の願い通り生きようと頑張るでしょう。
神の愛を知っている人は、神様の見守り通り生きようと頑張ると思います。
神様が私たちをどれほど愛しておられたのか、これは誰が教えてくださいますか。
これは精霊様です。
子供たちがいつも言います。
神様は私を愛してくださいない。
神様は私を愛しておられない。
どうしてこう思うのかと言ったら、自分が祈ったという。
祈った通り、神は私を助けてくれなかった。
だから私を愛してくださらないんじゃないかということですけど、
このような誤解をとにかく乗り越えなければ、
子供たちが神様に心が開かれないこともあるかなと私は思います。
今日のメッセージを通して、
精霊様が私たちに神様の愛についてもっと強く教えてくださって、
神様と私たちの関係性がもっと強くなれればと思います。
また信仰生活でまた大事なことがあります。
これが神様との関係性です。
今日、葡萄の木の生活と同じことです。
神様は全てを持っておられます。
神様は天地創造の時、何にもなかった。
無からこの全てを作られたんです。
無からこの全てを作られた神様。
この神様ができないこともないし、
神様が持っておられないことは何にもありません。
神様は全部知っておられる。
神様は全部可能です。
またその上、神様は絶対全、
私たちに対する良い計画を持っておられる。
神様は私たちに良くないもの、悪いものは絶対くださらないお方です。
神様は絶対全です。
人間が苦しむ理由は、
神様との関係が悪くなったからです。
また、神様を離れたからです。
神様によくつながっていたダビデが、
詩編の23章の1節で、
詩は七次会、私には何にも欠けることがない。
乏しいことは何にもないと言いました。
ところが、私たちが神様とどのようにつながることができますか。
どのようにつながっていることができますか。
ここに愛ということが必要です。
神を愛するなら、つながっていくことができます。
神様を愛していないなら、
神様とのつながりがなかなか難しいでしょう。
神の愛の証と人間の裏切り
神を愛するためには、
神様がまず私をどのくらい愛してくださったのかを知ることが大事です。
赤ちゃんがまず母を愛することはできません。
母の愛を知ってから、後になって赤ちゃんが、
母が私をこんなに愛してくださったんだなと思いながら、
母を愛することができるからです。
神様が私たちをどれほど愛してくださったのか、
皆さんはどのように思っておられますか。
聖書は、神様が私たちをどのくらい愛しておられたのか、
天地創生の時の記事を通して教えてください。
まず、神様は人間を、
ご自分の愛の対象として作られました。
愛の対象。
また、この愛する人間に、
神様が創造された全てを任せられました。
創世紀1章26節、神は言われた、
我々に門取り、我々に偽って人を作ろう、
そして創造された全てを、
彼に管理させよう、任せようとされたんです。
皆さん、私がもう会社を持っている財閥です。
私の会社を持っている全てを、誰に任せますか。
一番愛する息子に任せる。
これは一般的な常識じゃありませんか。
神様が作られた天地万物の全てを、
誰に任せようか。
それで神様は人間を作られ、人間に任せられたんです。
詩編の115編の16節、
天は主のもの、地は人への賜物。
これはすごいですね。
天は主のもの、神様のもの。
この地は人間に任せられたから、
人間のもの、人間に与えられた賜物、
プレゼントだと言っています。
またその人間に、
祝福のそのエデンを作って与えてくださいました。
エデンは人間が必要な全てがありました。
人間に完全な満足を与えてくださる。
また人間に足りなかった妻を与えてくださり、
家庭を作ってくださいました。
エデンの神様が作られた天地万物の中で、
人間は一番祝福されたものでした。
神様とのいい関係の中で、
神様の祝福をいただきながら、
神様が任せられた使命を担いながら、
永遠に幸せ、祝福の中で過ごせばよかったんです。
これが創世紀1章、2章のこの記事です。
しかし人間は、
神様の愛と祝福の中で過ごしていきながらも、
神の愛を悟ることができなかったように見えます。
人間は非常に優しく、
神様が禁じられた、
善悪の知識の木の実を食べてしまいました。
食べるな、食べると必ず死んでしまうと、
神様は厳しく言われたのに、
それを軽く受け止めて、
彼らはそれを犯してしまいました。
そして必ず死んでしまうと言われた通り、
礼儀的に死んでしまい、
全てを失ってしまいました。
人間はそれで、
人間の中で不幸という、
貧しさということが生えてきました。
このような人間の裏切りにも関わらず、
神様は人間を愛されました。
神様に不従順、
罪を犯して、
神から離れた人間を、
私たちだったら、
お前ら、私がこんなに良いことを与えたのに、
私に従わなかったのか、
もうこれを罰され、
呪われるべき人間を、
神様は愛された。
この神様を背いた、
この人間を愛されて、
救うために、
自分の一番大切な大切な一人子、
イエス・キリストを私たちに、
キリストの御業と神の愛の証
送ってくださった。
引き渡してくださった。
このイエス・キリストは、
十字架で血を流して、
死んでくださって、
また復活されることによって、
キリストの御業を成し遂げられました。
キリストは、
メシア、油注がれたという人で、
王の役割、
祭祀の役割、
表現者の役割をされることです。
キリストは、
人間から、
サタンを追い出してくださる。
また、
人間が持っている、
全ての罪、
泥い、
病、
全ての災いを、
取り除いてくださる、
祭祀。
また、
神になる道、
神に出会う道、
神の見込みを教えてくださる、
予言者の役割。
皆さん、
王、
祭祀、
予言者の役割の中、
ここに、
キリストの御業が、
全部入っています。
世の中の、
王、祭祀、
予言者は、
影に過ぎません。
本物は、
イエス・キリスト。
だから、
私たちが、
王に対して知れば知るほど、
予言者に対して知れば知るほど、
祭祀に対して知れば知るほど、
全ての問題が解決でき、
神様との関係、
全てが解決できる、
素晴らしい、
素晴らしい、
名前が、
イエス・キリストだということです。
神様は、
自分を裏切り、
罪を犯した人間、
呪われるべき、
罰されるべき人間をために、
ご自分の一番大切な、
大切な、
イエス・キリスト様を、
忠実に引き渡してくださって、
あがないの死をするように、
それほど、
私たちを愛してくださいました。
聖書はローマ書58節。
しかし、
私たちがまた追別であったとき、
キリストが私たちのために、
死んでくださったことにより、
神は私たちに対する愛を示された。
十字架では、
神様は愛だと、
私たちを愛してくださったということは、
示されています。
私たちが天地相乗に現れている、
神の愛を知らなくても、
イエス・キリストを渡してくださった、
この愛、
この愛を通して、
神の愛を知ることができればと思います。
じゃあ、これから神様は、
私たち愛し合いましょうと言っています。
神様は私たちを愛しておられます。
変わりがない愛を、
いつまでも与えてくださいます。
そうしながら、
私と愛しましょうと言っています。
神様は、
私たちが神様と愛ができるように、
神の愛を妨げる、
悪魔も、
罪も、
誘惑も、
初めの愛の重要性とエペソ教会の例
つまづきも、
全部、
十字架で解決してくださり、
また私たちが知らないから、
神を愛することができないかなと思いながら、
真理の霊セイリー様を、
私たちの心の中に入れてくださいました。
いつも共にいるようにしてくださいました。
これからは、
ああ、私が神を愛したいな、
心から少しの願いがあるとしても、
神様との関係、
愛ができるように、
全ての準備を整えてくださいました。
神様は神様として、
私たちが神様との愛の中に、
人間が生えてくるような準備を、
全部整えてください。
それを分からなくて、
それを知らなくて、
また神を知らない、
愛していないと言うなら、
それは、
神の熱心、
神の愛を知らない、
無視することにもなるのではないかと思います。
私たちが神を愛することができない理由は、
神様に対して知らないから。
神様がどれほど愛して、
私を今愛しておられるのか、
ということを知らないから、
私たちが神を愛することができないと言うなら、
神の愛を誰か知らせてくださる人がいたら、
神様がどれほど感謝するでしょう。
ですから、
神の愛を伝える人がいたら、
神様がどれほど感謝して、
その人のために全てをやってくださると思いますか。
じゃあ、
愛することがどれほど大事なのか、
皆さん、
妻たちの一番の願いは何ですか。
妻が夫に対して一番願っていることは何ですか。
私は妻になっていなかったので、
分からないんですけど、
お金ですか。
お金をたくさん稼いでくるなら、
妻は喜ぶんですか。
多分ないと思います。
妻たちが一番願っているのは、
旦那さんの関心と愛だと思います。
同じように、
神様が私たちに一番愛を願っておられるのは、
神様に対する関心と愛ではないでしょうか。
神様が愛をどれほど願っておられるのか、
今日読んでくださった目白くの2章でよく表れています。
目白くの7つの教会がありますけど、
これが世の中にある教会の7つの分類だと、
区分だと言われる人もいます。
その中で、
イエス様はある教会に対して、
一つ一つの教会に対して、
称賛すること、
また叱ることがよく書かれてあります。
目白くの7つの教会に、
神様が何を称賛されたのか、
褒められたのか、
何を叱られたのか、
これをよく見ていますと、
私たちの信仰生活をどのように直さなければいけないのかがよく表れています。
この中でエペソ教会。
エペソ教会はすごい教会です。
当時、一番素晴らしい、一番模範的な教会でした。
首都行電中級書では、
首都パウロがエペソの地域で教会をどのように開拓したのかがよく表れています。
ティラノという高堂で、
これで先週の勉強会を開いて、
そこで弟子たちを育ちながら、
見事ばと精霊の調和によって、
このエペソの教会を作り上げたんですけど、
そこにリバイバルが来ました。
そして、エペソ地域で驚くほど美技が行われ、
そこでできた教会がエペソ地域の教会です。
そこで誰が崩壊したのか。
まず首都パウロが崩壊して、
その次にテモテが崩壊して、
初めの愛を失う原因
またそこに首都ヨワネが来て崩壊されて、
それでマルコもそこで崩壊して、
もういろいろ働きがエペソ地域にあったんです。
エペソ教会に。
皆さん、世の中で一番素晴らしい先生たちが
エペソ地域で全部崩壊されたんです。
だったらエペソ地域教会に対して文句する人がいますか?
一番偉い先生たちがその教会で全部崩壊されたとしたら、
一番うまくできた教会ではないですか?
素晴らしい教会です。
誰も文句できない状態。
しかしその教会に対して、
イエス様が言われた見言葉が、
今日読んでくださった2節から5節までです。
じゃあ少し読んでみましょう。
私はあなたの行いと労苦と忍耐を知っており。
そうです。
当時、教会のために皆さん非常に熱心に教会を建て上げました。
教会のために苦労しました。
素晴らしいことです。
また、あなたが悪者と共に我慢できず、
自ら人と称して実はそうでない人たちを調べ、
彼らたちの嘘を見抜いたこともしている。
エペソ地域の教会は霊力の分別力がありました。
これで偽物が来て、
偽キリスト、偽物、偽予言者たちが来て、
いろいろなことを教えたら、
それをすぐ見抜いて、
それは嘘だ、これは間違いだ、これは正しくない、
ということをしっかり覚えていました。
また、あなた方はよく忍耐して、
私の名のために我慢して疲れ果てることがなかった。
当時、エペソ地域もローマの迫害があったでしょう。
その迫害を耐えしのぶ信仰が、強い信仰があったんです。
皆さん、どれほど素晴らしい教会でしょうか。
しかし、ここで私があなたたちに言うべきことがあるんだ。
あなたたちは初めの頃の愛から離れてしまった。
全てが良かったんですけど、
一つ良くなかったことが何かと言いますと、
初めの頃の愛から離れてしまった。
それを悔い改めなければ、
私はあなたのところにある職大をその場から取り除けてしまう。
じゃあ、皆さん、一つ叱られること、
これが初めの頃の愛から離れたということです。
初めの頃の愛は何ですか。
神様との初めの出会い、救いの感激と言いましょうか。
救われたことに対するこの喜びと感激が、
今はないねということです。
神様を愛していないこともないし、
神様に熱心がないこともないし、
苦手のためにこんなに働いている、頑張っているのに、
初めの頃の愛が、感激がないから、
私はあなたのところから職大を取り除けてしまう。
業界に職大ということは、
個人的な信仰から救いを取り除けてしまうと言われるほど、
これは怖い話であるし厳しい話であります。
じゃあ、皆さんここから見ていますと、
イエス様は何を一番大切に思っておられるのかがわかるでしょう。
初めに神様に出会ったところで、
私たちが持っていたトキトキする心。
皆さん初めに奥さんに出会って、
それで奥さんと愛するところの、
その初恋のこのトキトキする心。
そのことが信仰にもあるんですけど、
そのことがなくなってしまったということです。
いや、愛しているのにトキトキする心がないということ、
これが問題になるのか。
私は1995年度で初めに東京に来たときに、
そのとき、前の教会で松井伝道師を見ました。
当時は四十児だったんです。
ああ、いい人だなと。
本当に熱心な人だなと。
本当にしっかりやる方だなと。
私はこののぞみさんを、
それから1998年だったらのぞみさんは高校生ですかね。
高校生として勉強会に来られたのぞみさんに会いました。
純粋な人。
それから東京に来て、
またそのとき、何年度かは分かりませんが、
ユナちゃんをベイビーカーに乗せて、
木曜日の勉強会に来ている平日中ですよ。
夜、人が多いはずなのに。
会社を終えてユナちゃんをベイビーカーに乗せて、
勉強会に参加する一日締まりを見ました。
初めの頃の愛。
これはすごいですね。
どこからその純粋さ、またその熱情が出てきたんだろうかと。
私は大学院のときに、
父が韓国の田舎のチャンニョンというところの教育長としていたので、
週末になれば父の家に行って、そこで寝泊まりをして、
日曜日夜帰ってくるところなんですけど。
父と私の関係は信仰によって非常に難しくなりました。
日曜日朝、向こうは鐘を何か鳴らしながら、
鐘の音で人を教会に呼び集める、このようなことで、
日曜日の朝、鐘の音が響いたら、
私は教会に行きたくて行きたくて、
それで朝早く靴を隠しておきます。
鐘の音が響いたら、それで私は密かに教会にシャーと行きます。
それで礼拝を守るんですけど、
当時礼拝は私は本当に涙でした。
その礼拝を終えてから家に帰ってきたら、
家は本当に大騒ぎになっている。
殺伐な雰囲気の中で母はいつも泣いていました。
その中でも私は教会の鐘の音を聞いたら、
教会に行きたくて教会に行きたくてたまらなかった。
私も分かりません。どうしてこんなことがあるんでしょうか。
心の中で精霊様がおられるから、
私は教会の鐘が鳴るときに教会に行きたくて、
母親はいつも泣くし父親は怒るし、
家は怖い雰囲気になっても教会に行きたくて教会に行きたくて。
当時なぜ父はこんなに怖くなったんでしょう。
皆さん、精霊様がいる人と精霊様がいない人の間の葛藤ではないかと。
父が悪い人じゃなくて、精霊様の働きを父が理解できなかったからだったんです。
私が申し上げたいのは、当時はこんなに純粋で熱情があったのに、
今私はどうなんでしょう。
今は牧師だから、礼拝を私が導いていかなきゃいけないから、
思い煩いの解決と神の愛
毎週頑張ってはいるんですけど、
当時のようなドキドキする心。
教会と言ったらイエス様と言ったら涙が出る。
教会と言ったらもう感動する。
このような心が今は私にはないのではないか。
牧師だから熱心にやりますよ。皆さん、礼拝に導く、教える、全部やりますよ。
しかしながら、私の心の中でドキドキする心が。
初恋のところで彼女に会いたくて会いたくて、それで心がドキドキする心。
神様がそれを願っておられるのに、
私の心にはそのドキドキする心がなくなってしまったということ。
なぜなくなったんでしょう。
それを聖書が教えてくださいます。
聖書で畑のところに種を蒔く、四つの畑に種を蒔く。
そこで実を結ぶのか、実を結ばないのか、そこにあります。
まず私たちの心がなぜ熱情がなくなるし、神様に対するドキドキする心がないのか。
初めの理由は罪なんです。
罪が入っていったら、罪と共に悪霊が入ってきます。
皆さん、罪を犯したら怖いのは、罪を隙を持ってそこからシャッと入ってくる悪魔、悪霊害。
悪霊の仕業は心の中から神に対する愛を全部取り消すことで。
だから皆さん、罪は早く早く悔いを改める。
早く悔いを改めて、これで神様から神を求め、そして精霊の力を取り戻すことを大事です。
2番目、この世に対する愛ということ。
神様とこの世と共に愛することはできません。
これはもう共に愛することはできない。
これはもう妻も愛し、他の女性も愛することと同じです。
どちらかをまず優先するようになるでしょう。
だから、当時に2人とも愛することはできないように、神様とこの世の愛。
皆さん、この世の愛は何ですか。
陸の欲、目の欲、この世の奢りということです。
この世の奢りということは結局この世を誇ることでしょう。
私はこんなことがあるよ。
私はどんな格好に出たよ。
どんな会社、また金持ち、何か私はこんな背景があるよ。
世の中の誇りが、これはこの世を愛することと同じなんです。
私たちは今何を愛していますか。
これを徹底的にまず考えて、
神の愛が離れてしまった、消えてしまったというなら、
私は神より他のことを愛しているんじゃないかと考えてみなければなりません。
これを悔い改め、徹底的に悔い改めて、
心を新たにすることが大事。
また3番目、私たちの心が淡々と鈍くなる理由、
一つが思い患いです。
思い患い、この世に対する心配です。
心配ない人がいますか。
親の中で子どもに対して心配しない人がいますか。
世の中で経済的な心配、病気に対する心配、
今世の中で戦争ばかりやっています。
この世がどうなるかなと。
また日本は災害の国、もう災害がいつ来るかな、
心配ない人はいません。
心配を解決する方法は簡単です。
第一ペトロ五書七説、思い患いは何にもかも主にお任せしなさい。
これは何にもかもですよ。
全て主にお任せ。
皆さん、神様がどれほど素晴らしいお方で、
全知全能、一番私たちを愛しておられる神様すべてができるお方で、
神の素晴らしさを信じれば信じるほど、
神様にすべてを任せるなら、私の心配がなくなります。
私も心配ありますよ。
たくさんありますよ。
しかし、神様に任せたから、
神様がうまくやってくださることを信じるから、
私がやることよりはるかによくやってくださることを信じるから、
私は神様によって安心する。
神の愛から離れない秘訣
これが神様がくださる平安です。
これが世の中の思い患いを解決する方法です。
神様がやってくださるはずだから、
今までやってくださったし、これからもやってくださるから、
安心、これなんです。
これをよく解決できない人は、心がだんだんくじけます。
礼儀的なことが全部力を失ってしまう。
神様に対する愛がだんだんなくなってしまって、
ある日見てみたら顔が真っ暗になって、
心配ばっかりある人になっていくかもしれません。
解決する方法は簡単です。
神の愛を知ること。
神様がどれほど素晴らしいか、
どれほど力ある方だ、
私をどれほど愛しておられるか、
知るなら、私たちがその問題から解決できます。
これが御言葉と精霊によって心を新たにすることなんです。
今日の教会学校で大事なこと、
枝が木にどのようにつながることができるか、
努力するべきなのか、
枝が木につながる方法は簡単です。
神を愛を知って、
神を愛するなら、つながることができます。
愛です、愛です。
皆さん、愛するなら、
二人が一体になるでしょう。
同じように、愛するなら、
神様と私たちが完璧に愛しつながることができます。
まず大事なのは、神の愛を知ることです。
また、私たちが神の愛を知るために、
一番大事なのは精霊様です。
精霊様は神の心のすべてを私たちに教えてくださり、
精霊様によって私たちは神様と一つになることができるからです。
じゃあ、まず神を知ること。
また、精霊様によって、御言葉によって、
神様とつながっていくことです。
エペス教会に対して、
イエス様が何と言われるんですか、
面白く二章五節でこう言います。
だから、どこから落ちたのかを思い出し、
悔いを改めて、初めの頃の行いに立ち戻れと言います。
私たちは信仰がだんだん暗くなった。
愛がなくなった。
いろいろときどきする心がなくなったとするなら、
どこから落ちた時期があります。
落ちた理由があります。
どこから落ちたのかを思い出して、
その原因を調べてみなさいと言います。
そこから、悔いを改めて、
初めの頃の愛を取り戻してくださいと言います。
そして、神様と愛の中にいるなら、
絶対そこから離れないようにしてくださいと言います。
私たちが神様の愛から離れない秘訣は何ですか。
積極的に主を求めること。積極的に。
皆さん、朝起きたら、
まず他のことをやる前に、
日曜の家庭。
最近は日曜の家庭ということを載せていないんですけど、
聖書を開いて、
一言でも神様から御声を聞きたい。
それを願うことです。
また、主の御業に熱心にすることです。
やる人に熱情が与えられます。
私が新学校の時に、
聖書を勉強会をたくさん開いたんですけど、
そこで私が持っていた聖書は、
マタイ六章三十三節、
これをご存知でしょう。
またもう一つが、
第二コリント九章十節です。
種をまく人に種を与え、
パンを糧として与えられる神様、
ということです。
皆さん、私は以前、
新学校に入る時は、
聖書をよくわからなかったんです。
正直に。
新学校に入学する時に、
試験問題、
イザヤ五十三書に対して書きなさい。
イザヤ五十三書に何があるんだろう?
わからなかった。
イザヤ五十三書は、
イエス様の十字架の事件に対して、
いろいろイザヤが予言したことがあるんですけど、
私はイザヤ五十三書に何があったのか、
わかりませんでした。
新学校試験のところに行って、
後になってはわかったんですけど、
全く私は聖書をよくわかりませんでした。
いつ聖書がわかるようになったのか、
聖書の秘密がいつ明らかに、
私に開かれるようになったのか、
マンツーマン勉強会を通して、
マンツーマン勉強会を準備をしながら、
祈りながらしよう。
当時は純粋な心だったから、
一人が与えられたとしても感激して、
その人のために一週間準備しながら、
その場所に近くに出て行って、
その方が見言葉を受け入れるように、
切に切に祈って、祈って、祈って、祈って、
それでその方のために行って、見言葉を伝える。
もう日本語がうまくできないから、
準備して、準備して、
ドキドキしながら心で見言葉を伝えたら、
もう私の言葉は変ですけど、
受け入れる人が、もう人が何か変わりますね。
それによって勇気をいただいて、
また次の勉強会も準備して、準備して、準備して、
皆さん、聖書よくわからなかった私が、
聖書の秘密がますます私たちに教えられ、
秘密が大きく開かれる、
信仰の刷新と初めの愛の回復
このことを感じたのは、
聖書勉強会を3年間、新学校の時に、
カーッとやったからです。
聖書勉強会をやればやるほど、
神様が私に聖書、種をたくさん与えてくださいました。
また、パンを与えてくださった。
不思議ですよ、皆さん。
使命を担う人はパンを与えてくださった。
だから私は、新学校は給料がないでしょう。
給料がないのに、食べるもの、生活は、
もう変わりがありませんでした。
どうしてですか。
隣から、他の人から、もう食べ物が与えられるんです。
驚くほどびっくりしました。
第2国と九州を出世と、本当だなと思いました。
本当に皆さんこれを体験することです。
もう一つが、今日、教会学校で教えてくださった、
PLOの生活です。
神様と親しい交わりの中で、
とにかく神様から聞こうとする。
皆さん、神の御行をよく聞く人はいません。
しかし、何が問題があったら、
何があったら、神様これをどうすればいいんですか。
教えてください、教えてください。
うまく聞くこともできないくせに、聞こうとする。
どんな方法を通しても、どうすればいいか分かりますよ。
聞こうとする。
積極的に聞こうとする人に与えられます。
そうでしょう。
求めなさい、そうすれば与えられる。
叩きなさい、そうすれば開かれる。
探しなさい、そうすれば見つかる。
そうですよ。
聞こうとする、これが大事なんです。
そのようにして、神様との関係がよくなればどうなるのか。
ほうとう息子が父の家を離れるときに、
彼に待っているのは苦難でした。
貧しさでした。
彼は豚が食べる稲子豆で腹を満たしたいとしても、
くれる人がいなかった。
くれる人がいないんですよ。
父から離れたら、私にくれる人がいないほど貧しくなります。
もう悲惨な状況になります。
しかし、彼が父の家に戻ってきたら、
すべての祝福が取り戻され、
息子としての地位と息子としての地位が取り戻されました。
すべての祝福、豊かさを味わって、
この世で天国を味わう秘訣は、
主の愛をして、愛の中でとどまることです。
今日の私は賛美、これは大好きです。
この賛美が、ただただ出た賛美ではありません。
このようないろいろなつらい経験をした人が、
神に出会った時、そこから出た賛美がこれですから。
だからこの賛美を、皆さん賛美を歌う時に、
貧しい方と息子が、神に出会ってすべてを取り戻した時に、
誠の神はここにいたんだな、ここに誠の父がいた。
それを父に出会ってから喜ぶ人が歌う賛美が、
誠の主よ、この賛美ではないでしょうか。
初めの頃の愛、大事です。
初めの頃の愛を失ったら、すべてが難しくなります。
皆さん、神様に礼拝する、賛美する、無理やり礼拝する。
もう行きたくないのに、礼拝参加して、無理やり賛美して、
無理やり祈って、もう祈りなさいと言うから適当に祈って。
これが喜びがあるんですか。
夫婦の間で本当に妻を愛して愛することと、
妻だから、私が旦那だから義務的に愛することとは全然違うように、
喜びを持って愛すること、これを神様が一番願っておられます。
喜びを持って愛するなら、すべてを持っている神様が何を与えてくださらないのでしょうか。
神の愛の中にいるとき、一番豊かで、一番幸せで、一番祝福に満ちあおれると信じます。
しかし、私たちはどれほどこれをよく失ってしまうんでしょう。
これをどれほど忘れてしまうんでしょう。
ですから、私たちの信仰には新たにすることが必要です。
昔、私たちは昔の韓国の教会は春をリバイバル集会として、
秋になったらまだリバイバル集会、なぜでしょう。
忘れるから、忘れるから。
だからもう偉い先生たちが来られて、
まだメッセージを通して心を入れ替えてくださる、しっくり替えてくださる、
このことを度々やりましたけど、
私たちには10月ぐらいにやることしかありません。
私たちはどうすればいいでしょう。
見言葉を受け入れて、誠に悔いを改めるとき、
精霊様が新たに来られて、私たちの心と体をすべてを考え、
精神的な部分まですべてを新たにしてくださいます。
大事なのは精霊様です。
精霊様を逃さないように、忘れないように、
いつも精霊様に求めていく私たちになりましょう。
新しくしてください、新たにしてください。
昔々私が神様に出会ったとき、心がドキドキして、
礼拝に参加する度に涙が出るほど、
礼拝が素晴らしかった覚えが今はありません。
牧師でありながら、義務的に礼拝を導くとか、
義務的に神と皆さんのために祈るんだけど、
昔のように一人の人に会って、
与えられたことに喜び喜び喜びがあって、
その人のために一週間祈って祈って祈って祈って準備して、
それで私がその人のために御言葉を与えながら、
その人の悔いを改めるように助けながらやっていた、
この情熱と純粋な心が今はありません。
主よ、私はどうしてこんなになってしまったんでしょう。
その理由、皆さん今日覚えながら、
一つ一つ罪、またいろいろな思い煩い、
またいろいろな世の中の誘惑、
全てを追い払って、主との関係を取り戻しながら、
十日十日、私はあなたしかいません。
あなただけで十分です。
私にあなたを豊かに与えてください。
私の心を百パーセント、百二十パーセント、
あなたによって満たしてください、満たしてください。
切に切に主を求めるなら、必ず主は来てくださるし、
私たちの心がリバイバルをできるように助けてくださると信じます。
この春、春は全てが何か生かされる時期です。
この春の四巡節、この時期にイエス様の十字架と復活を通して、
心を新たにする、入れ替える、この素晴らしいチャンスになりますように、
私たちは切に主を求めるこの時期になれればと思います。
お祈り出します。
主よ、四巡節の今の時期、
本当に私たちの信仰を新たにしてください。
昔はあなたに対する感激がありました。
この心からの賛美がありました。
しかし今はありません。
どうしてこんなになったのか、
よくよく調べて悔い改めて、それを入れ替えて、
あなたを愛する、この時が一番良かったと思うその時を、
もう一度私たちに取り戻してください。
あなたを愛し、あなたの中に留まるものになりたいです。
助けてください。
イエス様の皆を通してお祈りいたします。
アメン。
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