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2026-02-22 42:50

「イエス様はキリストです」2026年2月22日のメッセージ

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東京ぶどうの木教会 2026年2月22日(日)主日礼拝のメッセージです。

牧師:アブラハム黄

▼メッセージをスライドで: https://x.gd/0dA0T

▼ポッドキャストへのご感想はこちらへ!: https://forms.gle/fHcRBqaFSat8EQfE9

▼教会へのお問い合わせ: tokyo.vine.church@gmail.com

▼メッセージの自動文字起こしはこちら: https://listen.style/p/tokyovinechurch

 

(聖書) マタイ16:15-19イエスが言われた。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」16シモン・ペトロが、「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えた。17すると、イエスはお答えになった。「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。18わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。19わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」 

 

メッセージ題 : イエス様はキリストです(マタイ16:15-19)
*金勧事さんが韓国に帰られることで、何か!大事な一言を差し上げたいと思われ…キリストに対し
*イエス様がこの世に来られ初めから最後まで強調されたキーワード、神の国。マルコ1:15,使徒1:3
では、神の国をどのように成し遂げられるのか?キリストの権勢と力で!従って今日はキリストについて

1.まず、聖書で非常に大事な単語が「信仰」です。

*信仰はどのように生じるのか?ローマ10:17キリストの御言葉を聞くことによって!ところが、それだけでは足りないです。御言葉を聞くが…聖霊の照らしが必要です。そのとき霊と魂と体が体験と反応を

使徒パウロの経験談。理論と知識で知るときは迫害者に。しかし光と御声で聞くとき、変わり、伝道者に

*大事なのは、御言葉と聖霊の働きの調和!聖霊の働きの為にはお祈りが大事。その上、神の恵みが

神学校でキリストについて学びましたが聖霊様がどれほど強く照らされたのか!日本を救う鍵がここにあると信じて伝道を…しかし今は?霊的に鈍感になった?マルコ4:18,19茨の地に落ちた種のように

2.では、「キリスト」はどんな意味でしょう?

*医者であり歴史家であったルカは、ルカ2:11キリストを救い主であると…しかし、元々キリストとは?「油注がれたお方」の意味!ギリシア語で、ヘブライ語のメシアと同じ意味です。大事なのは、旧約聖書で誰に油を注ぎますか?神様が任命される、王、祭司長、預言者たちを立てるとき、油を注ぎながら任命し立てました。サムエル16:13で…エサウの家でダビデに油注ぎ王として任命しました。そのときから、サウル王を煩わせた悪霊がダビデの賛美で追い出され、17章では…コリアテを石一本で倒します

←ですから神様が油注いで任命した王と祭司長、預言者は・・驚くほどの力で御業を行うことができる

1)では、王はどんな役割を?この世を正義と平和で治め統治する役割。イエス様はいと高き王、万王の王、万主の主です。ここで問題は?Ⅱコリント4:4この世の神の役割をしている悪魔!悪魔はアダムが持っていた権勢を騙し奪った偽り!本物は神様であるイエス・キリスト。従って悪魔を倒すお方がキリスト!特に、キリストの十字架と復活の後、ピリッポ2:9-11天上、地上、地下のすべてがキリストに従順!

2)祭司長はどんな役割を?神様に対する礼拝を導く人であり、礼拝を通してすべての罪、呪い、病を取り除く役割を!ヘブライ9:22旧約の礼拝はすべて罪がない動物の血を持って。この人の罪をこの羊に

しかし、新約時代は?イエス様が十字架で血を流されたので、十字架の血潮に委ね、信仰を持って礼拝を!イエス様の御名によって祈るなら?罪、過ち、呪い、病を解決してもらう。キリストの礼拝が大事!

3)預言者はどんな役割を?神様から離れて苦労するすべての人に神に出会わせてくれる役割を。旧約の預言者は「神様はこう言われる」と…神様の権威で?新約のイエス・キリストは、ご自身が神様であり、道よ、真理よ、命なので!イエス様に出会うと神に出会ったことに!ヨハネ14:6、創世記28:12,13

*この世のすべての王、祭司長、預言者は暫く、代理者。しかしイエス様は永遠な王、祭司長、預言者

→従って、イエス・キリストの御名によってお祈りをするなら?サタンが?罪、呪い、病が?天の扉が

*信仰告白でイエス様を信じる人?マタイ16:16‐19イエス様が自分の内で権勢を!神の子供の特権

3.大事なのはどのくらい知って、信じて、宣言するのか!使徒19:11-16悪魔は良く知っている。理論?実際?

*どうすれば理論ではなく実際の力に?先ず従順!続けて従うことで聖霊様が強く照らされ…マルコ16:20

サマリー

このメッセージは、イエス様が「キリスト」であること、すなわち「油注がれた者」としてのその役割と力について深く掘り下げています。イエス様は、悪魔の国を神の国に変えるために来られ、そのために「キリスト」というキーワードが重要であると説かれています。信仰は神の御言葉を聞くことから始まりますが、聖霊の照らしと調和して初めて、御言葉は生きたものとなり、私たち自身も変えられます。パウロの回心を例に、知識だけでは不十分であり、聖霊の働きと祈り、そして神の恵みが必要であることが強調されています。 「キリスト」は、旧約聖書において王、祭司長、預言者に油注がれたように、神に任命された特別な役割を持つ者を指します。イエス様は、永遠の王としてこの世を正義と平和で治め、偽りの王である悪魔を打ち破る方です。また、永遠の祭司長として、十字架の血潮によって私たちの罪、病、呪いを取り除き、神への礼拝を導かれます。さらに、永遠の預言者として、私たちを神に出会わせ、神の御言葉を伝える方です。イエス様がキリストであると信じ、その御名によって祈る時、悪魔は逃げ去り、天の扉が開かれ、神の力が私たちと共に働くことが約束されています。最後に、このキリストの力をどれだけ知り、信じ、宣言するかが重要であり、悪魔でさえイエス様を知っていることを指摘し、私たちも体験的な信仰をもってキリストの力を現していくことの必要性が語られています。

メッセージの導入と神の国の重要性
今日は、イエス様はキリストですという対応をもって、メッセージを分かち合いたいと思います。
教会で、今日お祈りでありましたけど、37年間日本で生活されたんです。 日本生活を終えて、韓国に行かれるキムスックンさんに。
本当に寂しいですね。 今日、たぶん最後の礼拝になるかもしれないということで、
何か一言、何か良いお話をしてあげたいなという気持ちがありました。
それで、何を語ってあげればいいのかと思いながら、私はキリストという言葉、皆さんご存知ですから、
キリストという言葉をもう一度一緒に考えていた方がいいんじゃないかと思いました。
皆さん、イエス様がこの世に来られて、 初めから最後まで強調されたことがあります。
これが、神の国ということでした。 初めに来られて、交渉会の初めで、マルコ一生中古説にこう言います。
時が満ち、神の国が近づいた。 悔い改めて、復元を信じなさい。
神の国が近づいたよ。 だから、あなたたちは神の国を受け入れなさいと言います。
また、イエス様が十字架にかけられ、亡くなれて三日目に復活してから、
40日間地上で滞在されます。 40日間何をされたのかが、
指導行伝1章3節に書かれてあります。
40日にわたって、彼らは人たちに現れ、神の国について話された。
イエス様は、初めから最後まで、神の国、神の国ということを強調されたんです。
じゃあ、イエス様は何のために来られたのか。 神の国を建てるために来られたんです。
なぜ神の国ですか。 実は聖書は、この世の中は悪魔の国だと言います。
第2コリント4章4節で、この世の神、悪魔と書いてあります。
聖書は、この世の神が悪魔だと。 どうして悪魔ですかと。
全世界の支配権、管理権をアダムに任せました。
しかし、アダムが蛇に騙されて従ったから、
このアダムの支配権を、蛇、悪魔が持っているんです。
ですから、この世の中の全ての支配権を、悪魔が持っていることです。
この悪魔が持っている、この世の中の支配権を取り戻すために、イエス・キリストが来られたんです。
悪魔が支配する、この世の中じゃなくて、神様が支配される、この世の中に帰っていくために、イエス・キリストが来られたんですけど、
イエス・キリストが何を持って、サタンの国を神の国に帰るのか。
これは、キリストという、すごい、ものすごい、
大事な今日のメッセージを聞かれたら、森さんはご存知ですけど、
信仰の発生と聖霊の働き
キリストという、このキーワードを持って、サタンの国を神の国に帰るんです。
ですから、今日私は、このサタンの国を神の国に帰る、この素晴らしい、
今日の賛美のように、素晴らしい名前、イエス・キリスト、イエス・ゴ・キリストというメッセージを一緒に分かち合いたいと思います。
聖書の中で本当に大事なのは信仰です。
信仰を持って話すなら、これは信仰通りできます。
信仰なくて話すなら、いくら何か熱心に話すんだってもできません。
信仰が大事です。私たちも今、信仰が大事です。
礼拝に参加されているんですけど、神様から同じ礼拝に参加しても、ある人は、
神を見て、神に出会って、神の素晴らしい恵みと祝福に預かる人もいるんですけど、
礼拝に参加するんですけど、何にも経験しないで、ただただ退屈なこの時間を過ごす人もいるんです。
なぜですか。信仰を持っていると信仰を持っていない人の違いなんです。
この信仰はどのように来ますか。どのように生じますか。
ローマ書、中書、中七節を見ますと、実に信仰は聞くごとにより、
しかもキリストの言葉を聞くことから始まるのです。
信仰は聖書、神の御言葉、キリストの御言葉を聞くことから始まります。
ですからある人は聖書をたくさん読む人もいるし、メッセージを聞く人もいるし、
ある人はまた聖書を記録するんだって、写すんだって。
私はそれをやっていることはないんですけど、それを書きながら、
また特別な恵みを感じることもあるでしょう。
ところが、この神の言葉を聞くことだけでは物足りないんです。
神の御言葉を聞くところに、聖霊様の照らしが大事なんです。
その時、神の御言葉が頭の知識じゃなくて、
この体全体で感じて、体全体が受け入れられるような、この生きた御言葉に変わります。
パウロはイエス・キリストに対してよく聞きました。
ああ、この人いたんだ、と思って迫害しました。
しかし、パウロはただただ知識だけで聞くときにはイエスはいたんだと思います。
しかし、タマスコのところで、太陽よりもっと明るい光に照らされて、
サウル、サウル、なぜ私を迫害するのか、神の御言葉を聞いたときに、
彼の目から鱗が落ちて、それで彼はイエス・キリストを全体で、
霊と精神と体を持ってイエス様を迎えるようになります。
それから人がぐるっと変わって、迫害者が伝導者に変わります。
ただただ頭だけの知識だけじゃなくて、理論だけじゃなくて、
私たちの体全体がイエス様を受け入れるためには、精霊様の働きが必要だということです。
どうすれば精霊の働きができるか、まず祈るべきでしょう。
祈るなら神の恵みが働いて、精霊の素晴らしい働きによって御言葉を私たちのものになります。
私は新学校のとき、何年ですかね、1998年、9年、20年、3年間新学校に通ったんですけど、
新学校でいろいろな学びもやったんですけど、そこでキリストに対して学びました。
そのとき精霊様がどれほど強く照らしてくださったのか、私はそのとき分かりました。
日本の大勢の人々が苦しんでいるし、苦しんでいるし、いろいろな問題の中に苦しんでいるんですけど、
この日本の全ての問題を解決することがキリストによって解決できるんだと確信がありました。
イエス・キリストによって全ての人の問題が解決できるんだという確信が来たんです。
だから私はそれをキリストと話をしなければいけないと思って、
その新学校のときから日本語もできないのにキリストを伝えるためにあちこち迷ったりしました。
しかし当時より今、もっと知識的にはキリストをよく知っています。
また聖書も当時よりはたくさん知っています。
しかし今私は何にもできていません。
当時は言葉も足りないし、新学的な知識も足りなかったんですけど、
「キリスト」の意味と旧約の油注がれた者
私はこのとにかく旧福岡のところで何とか福音を伝えようと頑張ったんですけど、
今は当時より知識的にもっともっとたくさん知っているのに、
今は何にもできないのか、そこが私の悩みです。
それでずっと考えているところで、
マルコの四書の中八説と中九説、知っていますか。
皆さん、四つの畑があってそこに種がまかれるんですね。
石だらけ、人が行っている道端に落ちたもの、
また石だらけの地に落ちたもの、
茨の地に落ちた種、また良い地に落ちた種、
多分新学の時には心が良い地だったかもしれません。
今よく考えてみますと、私の心は茨の地ですね。
茨の地に落ちたものを、マルコの四書中九説と何と言われるのか、
身言葉を聞くが、この世の重い煩いや富の誘惑、
その他いろいろな欲望が心に入り込み、
身言葉を覆い塞いでしまったので身を結ぶことができない。
私は正直に富の誘惑とか、他の欲望とか名誉欲とか言うことはありません。
正直ありません。
しかし私の心の中には重い煩いがたくさんあります。
まず家族だったら重い煩いにいっぱい。
息子といったら重い煩いばかり。
皆さん、教会、私は昔々、私が執事の時には分かりませんでした。
教会どうしようかという、こんな心配がたくさんあるとは。
神徒の時は分からなかったんですけど、伝道師、牧師の立場になったら、
たくさんの問題によって苦しむようになります。
それがありすぎて、私は事実今茨の地の心を持っているような状態。
茨の地は身を結ぶことができない。
今私はこんな状態のことを神様に悔い改めて、
私は良い土のように心を入れ替えなければいけないんじゃないかと思って、
本当に悔い改め、信仰を回復のために、
死の前で今ちょっと祈らなきゃいけないと思います。
キリストの三つの役割:王、祭司長、預言者
そして昔のように、神様からこの良い土のように種がまかれたら、
100倍の収穫があるような心に変わっていきたいと思います。
皆さん、牧師とか何とか関係ありません。
心の状態は、たぶん今子供たちが一番良い心を持っているかなと思うんですけど、
正直に私は今茨の地だということを皆さんに告白して、
悔い改めていきたいと思います。
では、キリストということはどんな意味でしょう。
皆さんご存知でしょう。
ルカの福音書と使徒行伝を記録したルカは、
お医者さんでもあり、歴史家でもありました。
ルカはイエス・キリストをイエスは救い主として翻訳しました。
だからイエスはキリスト、キリストという意味は救い主かなと思うんですけど、
結果的には救い主ですけど、もともとの意味は違います。
キリストという単語の意味は、油注がれたものという意味です。
キリストは油注がれたものとして、
キリシャ語ではキリストなんですけど、ヘブラ語ではメシャです。
だからキリスト、メシャは同じ言葉です。
その意味は油注がれたものということです。
大事なのは旧約聖書、神様は誰に油を注いで建てられたのか、
それが王、祭司長、預言者を建てるときに、
角に油を入れて、それでその人の頭に油を注いだんです。
そうしたらその人が王になり、祭司長になり、預言者になりました。
それが神様が任命した王、祭司長、預言者になるんです。
実はこれがサーメル城16章に神様がサーメルを通して、
エッサオの家でこれからイスラエルの王になる人がいる。
その人に油を注ぎなさいと使わせました。
そこにいたら男性が7人もいました。
それで一番上の人に油を注ごうとしたら、神様が違う、この人じゃない。
あなたはもう容姿とか背の高さを見るんだけど、私はそんなことを見ていない。
心を見るんだって。結局タビデが油を注がれました。
その油を注がれたところからタビデにどんなことが起こるのか、
サーメル城16章13節には、その日以来主の霊が激しくタビデの上に下ったので、
彼が変わった。油を注がれた後は主の霊が激しくタビデの上に臨んだ。
そして何があったんですか。
タビデがサウルが悪霊に取り憑かれてわずらいをするときに、
タビデが向こうにいてハーフを演奏するなら悪霊が逃げてしまった。
また17章にはペリシテのコリアテが攻撃します。
コリアテがすごく手も高くてすごい将軍ですね。
その前でタビデは石を持って、石一本でコリアテを倒します。
どうしてこんなことができるのか。
油を注がれたということを考えたら、多分神様の精霊の働きによってその働きができたんじゃないかと思います。
油を注がれた人と油を注がれていない人の違いは、
神様から立てられるのか立てられないのかも関係があるんですけど、
精霊の力によって驚くの働きがその日に伴うのか伴わないのかは関係がある。
ですから油を注がれたキリストとその役割の人、王、最初、預言者は、
他の人と違う驚くほどの力がその人と共にいるということを考えていいでしょう。
しかし世の中の王様がいるし最初、預言者がいます。
その人はしばらくということです。
またその人の役目はイエス様の働きの仮にやっていることです。
しかしその本物は誰なのか、イエス様です。
イエス様は永遠な王、永遠な最初、永遠な預言者です。
ですからイエス様をイエスはキリストだということを私たちが信仰を持って、
信じてそれを体験して、よくしてそれを宣言するなら、
これから驚くほどの働きがあるでしょう。
じゃあまず王という役割は何ですか。
王様は治める人、また統治される人ということです。
この世の中を正義と平和をもって治めるお方です。
特にイエス様は愛をもってこの世の中を治める方です。
ですからイエス様だけが万王の王、万主の主です。
しかし問題は今この世の中で王の役割をしている奴がいます。
これがサタンです。
サタンは偽りです。
アダムを騙して、アダムが持っていたこの支配権を自分が奪って、
それでやっているから彼は偽りのものです。
本物はイエス様です。
ですから偽りの悪魔にイエスの皆によって出て行けと言ったら、
悪魔は偽りのものだから出て行くしかありません。
イエス様の復活、十字架の復活の後、
父なる神様がこの世の中の全ての力、健性をイエス様に与えられました。
これピリポ2章9節からのことです。
このため神はキリストを高く上げ、あらゆる名に勝る名を与えました。
こうして天上の者、地上の者、地下の者がすべてイエスの皆に跪き、
すべての人がイエス・キリストは主であると公に述べて、
父である神様を讃えるのですと言います。
神様が十字架と復活の事件の後、
父なる神様がイエス・キリストに天上の者、天使の群れという霊物、
地上の者、世の中のすべての人、地下の者は何ですか?
この悪しき霊の、サタン、悪しき霊のすべての群れです。
この天上、地上、地下のすべての人の上に勝る
イエス・キリストを勝る者、方としてイエス・キリストを与えてくださった。
それですべての人がイエス・キリストが主であると言いながら
跪くようにされたんです。
このイエス・キリスト、万王の王、万主の主、イエス様に
服従しない者は世の中には存在しません。あり得ません。
だから世の中のすべての力はイエス・キリストが持っています。
王様です。
最後の時、皆さん、裁き主はどなたですか?イエス様です。
裁きさえも、父なる神様がイエス様に任せられた。
だからイエス様はすべての力をイエス様は持っています。
だから先ほど3秒で、イエス様は素晴らしいお名前です。
まずイエス様は王様です。
王の上、誰もいない、万王の王、万主の主です。
またイエスがキリストということは、イエスは最主張という意味です。
最主張は何をするものですか?
最主張は神様に礼拝を捧げるようなすべてを導くものです。
今、牧師が何をやっていますか?
皆さんと共に礼拝をするときに、私が礼拝を導いているでしょう。
だから私は少し最主張の役割を、今ここでやっているように皆さんに理解していただいて
納得してくださって、今私がやっているところであります。
しかしイエス様はこの礼拝を通して何をされるのか?
すべての人が持っている罪、病、呪い、過ち、それを全部取り消してくださる役割をします。
聖書はヘブナイショキューションについて、血の流しがなければ罪の許しがあり得ないと言っています。
ですから最主張は礼拝をいつも導くもので、礼拝を導くところには旧約聖書には血が必要だった。
だから羊とかいろいろ動物を連れて行って、最主張は神様の前で
主よこの人の罪をこの羊に移します。
それでこの羊を殺します。
血を流したら血を撒きながら、主よこの人の罪を許してください。
祈ったら神様が最初の祈りを聞いてくださって、この人の罪を羊に全部移して羊を殺す。
私たちがなぜ死ぬのか、罪によってです。
罪の支払う報酬は死である。これなんです。
ですから私たちは礼拝を通して、この動物の血を通して、この人々を罪、また全ての呪い、病を癒してくださったように、
主役のところにはイエス・キリストが、私たちは今血をもって動物を殺しながら礼拝を捧げていません。
なぜでしょう。イエス様が十字架で全ての人のために、すでに血を流してくださったから、
私たちは動物の血をもって礼拝するんじゃなくて、イエス・キリストの十字架の血に委ねて、
それを私たちが信じながら、イエス・キリスト皆によって、今礼拝を捧げ、
罪を許し、病気を癒し、全ての呪いを取り消す、全ての働きを礼拝を通してやっているんです。
この全てを行う、この働きを最初がやっているんで、このイエスが最初だった。
だからイエス・キリストは、もうご自分の血によって清められた私たちですから。
だから皆さん、私たちがイエス様の十字架の血を、イエス様が最初だと信じて礼拝するときに、
罪を悔い改めるときに、罪が許され、皆さんの病気、いろいろな呪い、問題、
イエス様の血を信じて委ねて私たちが礼拝するなら、私たちの呪いも全て取り消され、また病気も癒され、
これが事実、旧約聖書から今になるまで、ずっと信仰を持っている人たちの間に行われたことなんです。
礼拝が大事なんです。礼拝を通して最初のこの働きが、この私たちの中で行われるからです。
またイエス様は、このキリストということは、預言者だと言う。
預言者の役割は何ですか。
神様から離れて、彷徨っている全ての人を神様に出会わせてくださる役割をするのが最初は預言者です。
特に預言者は、神様の見声を民たちに聞かせてあげる。
神の御胸を教えてあげる。神の御言葉を伝える役割をするものです。
ですから旧約聖書の預言者たちはみんなこう言いました。
主はこう言われろと言って、何か何かと言います。
だったら民たちがその御言葉を聞いて、阿弁として受け入れたら、その人は祝福されます。
しかし神の御言葉をこうであろうと言ったのに、それを受け入れなければこの人はバッとされ呪われてしまうんです。
だから預言者の声を聞いて従うのは、神様の御声を聞いて従うほどすごいパワーがあったんですね。
しかし新約次第に私たちは何ですか。神様が私たちのところに来てくださったということです。
ヨハネの1章1節。
はじめに言葉があった。言葉が神様ともにあった。言葉は神であった。
そしてヨハネ1章14節。
言葉は人になって私たちの間に宿られた。
私たちがその人の栄光を見ますと、恵みと真理に満ちていった。
これがイエス・キリストが、御言葉であるイエス・キリストが私たちのところに来られたということです。
ですから今は、神様はどのへんに出会うのか、イエス・キリストを通して出会います。
神様はどのへんに出会うのか、御言葉を通して出会います。
イエス・キリストはこう言われます。ヨハネ1章14節。
私は道であり真理であり命である。私を通らなければ誰も父のもとに行くことができない。
それはイエス・キリストは預言者だということの意味です。
イエス様に出会ったら神に出会ったことであり、イエス様の御言葉を受け入れたら神様を受け入れることになります。
この素晴らしい働きがイエス様がキリストと言っている意味の中に入っています。
旧約創世記の中で28章を見ていますと、
ヤコブがハランのところに行くときに、荒野で石を枕にして寝るところがあります。
そのとき夢の中で天まで届く柱がありました。
そこで天使たちが下ったり、上ったり、下ったり、上ったりする夢を見たんです。
ああ、ここは神の家だと言ってベデルと言ったんですけど、それがどんな夢なのか。
これがキリストの幻なんです。キリストが預言者だということを幻でしょう。
ですから私たちがイエス・キリストを通して神に出会う。
イエス・キリストは御言葉、この御言葉を受け入れたら神を受け入れることになる。
キリストの力と教会の権威
この全ての働きがイエス・キリストを通して与えられます。
世の中に王様もいるし、預言者もいるし、最初もいます。
これはしばらくです。これはイエス様の影に過ぎません。
しかしイエス様は永遠の王、永遠の最初、永遠の預言者として本物なんです。
ですからイエス様の皆によって祈るなら、サタンが逃げていきます。
また全世界に平和が臨みます。
またイエス様の皆によって祈るなら、全ての罪、呪い、病、過ちが許され、癒され、
またイエス様の皆によって祈るなら、天の扉が開かれ、神様に出会うことができるんです。
イエス様が信仰告白して救われた神の子供たちにこう言われます。
マッタイの16章、16節からです。
シモン・ペテロがイエス様に信仰告白し、「あなたはメシア、生きる神の子です。」
そうした時にイエス様はこう言います。
あなたはペテロ、私はこの岩の上に私の境界を建てる。
黄泉の力はこれに対抗できない。
私はあなたに天の国の鍵を授ける。
あなたが地上で繋ぐことは天上でも繋がれ、あなたが地上で解くことは天上でも解かれるということです。
イエス様のこの力を誰に与えてくださったのか。
イエス様はこのキリストの力を二人、まだ三人集まっている境界に与えてくださりました。
今、イエス・キリストの力はもちろん信徒たちにも与えられるんですけど、
新約聖書は境界に与えられたと言います。
まだ三人が私の名によって集まるところに私もそこの中にいる。
ですから境界はどんな力があるのか。
黄泉の力、サタンの力が対抗できない。
だから境界が祈ってサタンに出て行けと言ったらサタンが出て行く。
また境界の力で神様に祈るなら、地上で祈るなら天上でも繋がれ、地上で解くなら天上でも解かれる。
境界が祈るなら神様がそれを聞いて解決してくださるということです。
だから境界はキリストの力を持っています。
だから境界はすごいところなんです。
イエス・キリストの皆によって集まるところ、二人また三人が集まるところには私がその中にいる。
またキリストの力で境界が悪魔に勝ち抜き、
また境界が祈ることは全て神様が聞いてくださってそれを成し遂げてくださる約束が
境界にあるんです。
これから大事なのはこのイエス・キリストをどのくらい知っているか、
信じているかと信じてそのキリストの御言葉を使うのかということです。
大事なのは知ることです。
境界長く帰って、昔私もそうしました。
執事だったんですけど、私が知っていることは僕先生から聞いた恵のメッセージは知っていますけど、
聖書はよく知っていませんでした。
執事だとしても御言葉を信じて境界に行くんじゃなくて、
何か別の何か信じるものがあってそれで境界に通っていったんじゃないかと思います。
大事なのはよく知っていないということなんです。
しかしキリストをどのくらい知っているのか、また信じているのか、
そのことが大きな働きをするんです。
聖霊様によって照らされたのか、また自分の知識で信じているのか、
それも本当に大事なこと。
ただ理論だけで信じて、またキリストを体験的に信仰を持っていない、
その信仰は非常に難しいんですけど、
使徒業で中級書にはエペソ地域で行ったパウルの働きが記録されています。
パウルがエペソ地域ティラノスという高等で1年間働いたときに、
その地域でリバイバルが起こりました。
中級書中1節からこの記事があります。
キリストを知ることの重要性と悪魔の知識
神はパウルの手を通して目覚ましい奇跡を行われた。
彼が身につけていた手ぬぐいや前掛けを持っていて、
病人に当たると病気は癒され、悪霊ともも出ていくほどになった。
素晴らしいですね。
パウルの働きによってエペソ地域で悪霊が追い出され、病気が癒され、
そこで神様の御業が奇跡的に行われた。
だからパウルが手を置いてイエス・キリストを皆によって祈るということ。
もうみんな聞いているから、私もやってみようかと思っている信仰のいい人たちがいたでしょう。
だからその人たちもパウルのようにイエス・キリストを皆によってと言いながら、
もういろいろな真似をしました。
その中で誰がいたかと言いますと中4節に
ユダヤ人の最初、スケワというものの7人の息子たちがこんなことをしていた。
そしたら悪霊が彼らに言い返した。
イエスのことは知っている。パウルのこともよく知っている。
だが一体お前たちは何者だ。
そして悪霊が祈っているスケワの子供たちに飛びかかって攻撃したので、
彼はひとい目にあってそこから逃げたという議事があります。
私たちがキリストを信じているのか、知っているのか、信じているのか、どのくらい知っているのか、
誰が一番よく知っているかと言いますと悪霊が知っています。悪魔が知っています。
だから悪魔に取り憑かれた人に私が手を置いて、イエス・キリスト皆によって出てけと言ったら、
この悪霊が私を見てお前イエス・サム知らないんじゃないか、キリストも知らないんじゃないかと言いながら
この人に飛びかかってそれをひとい目にあわせた。
私たちがイエス・キリストを知っているか知らないか、
誰が一番よく知っているかと言いますと悪霊がよく知っています。
だから私たちが病気が癒されるように祈ります、主よ祈ります、キリストの皆によってこの病気が癒されるようにと言っても、
病気を呼び起こす病魔という悪魔、この奴が私がどのくらい信仰を持って祈るのか分かっているから、
お前のような弱い信仰、キリストもよく分からないくせに言うような私が祈ったらこの悪魔は全然動かない、そのまま耐えていくんです。
だからここで何が問われるかと言いますと、私たちがイエス・キリストをどのくらい知っているか、どのくらい知っているか、どのくらい信じているか、
またイエス・キリストの皆によって私たちは何を今やろうとしているのか悪魔は全部知っている。
身言葉、知識だけではできません。頭だけではできません。
聖霊様の照らしによってイエス・キリストを信じるとき、キリストの力が私たちを通して全ての人にこの働きが与えられるんです。
私が1999年度と2001年度まで新学校で学びました。
私が新学校のときにキリストのことを学んで、またそこに聖霊様が照らしてくださって、
もう本当に私なりに言葉もできないのに、日本の方たちを助けなきゃいけないんじゃないか。
私は日本の方たちを助ける、救う鍵を持っている。この鍵がキリストだ。
これ私はもう満たされていました。それであちこち勉強会をしていたんです。
ある日、ある青年とともに勉強会をしているので、その方が私にこう言うんです。
ファンさん、私を助けてくれ。
実はこの方は、あだれたビデオとか、みだらなことに非常に巻き込まれている状態で、
それを断ち切りたいんだけど、やめたいんだけど、私はやめられないんだ。
私を助けてくれないか。
それで私はその家に行きました。教え寮の中にビデオがたくさん入っていました。
イエス・キリストみなよって祈りながら、それを全部捨ててしまいました。
私がこれをやって、何か、何を言いたいのかと言いますと、
首都圏の救急所、エペスの地域で、パウロがやったことが、
実はその一部がその人の家でやったんです。
私が何ができたのか、分かりません。
ただ私はキリストに満たされて、
イエス・キリスト、イエスがキリストだと、キリストは王だと、
預言者だと、最初だと、
そのことで私は頭の中ではっきりした力がありました。
それで出て行けと、それで解決するようになりました。
その時は力があったんですけど、今はなぜ力がないのか。
これは私は僕会をずっとここで工夫しながらやるべきなのに。
当時は言葉もできないのに、
野上さんも知っていますけど、
マンスーマン勉強会を1週間何回もしました。
小グループで集まるところも何箇所ありました。
毎週新学校の学びが終わったら、
当時は車を持って行ってから、車を持ってあちこち勉強会に行きました。
当時行って、私が知っているこの恵まれた、
これを見言葉と精霊様に祈りながらずっと伝えました。
見言葉と精霊、見言葉と精霊。
皆さん、神の見言葉に従うものに、
神様が上からの力を与えてください。
今私、今まで、この後どうなったのか。
知識を増やすために聖書を読んだり、知識を増やすために祈った。
知識のためにやるのは力がありません。
実際、人を助けたくて、人を救いたくて、
その人のところに行って、
イエスがキリストですよ、信じてください、
いうような働きをする人に、
精霊様がますます力を与えてくださるんだということを、
私はその間にそれを教会で何かメッセージばかりしながら、
実際の現場で、見言葉を述べ伝える働きをあまりしていなかったので、
このような力がないものになってしまったんじゃないかと思って、
今年私は本当に祈っているのは、もう一度、もう一度、
シオン、新学校の時、何にも分からなかったんだけど、
聖書をよく、皆さん、日本の文化はそんなことないよ。
日本でもこんなことやってはいけませんよ。
今私はそれをよく分かっているから、やってはいけない、やってはいけない、
やってはいけないことばっかり考えているから、
それができていないんじゃないかなと思います。
当時は全く分からなかったから、とにかく素直でやってしまったんですけど、
それは精霊様の働きには良かったんじゃないかと思って。
ですから今年、シオン、私はもう一度、
私たちの教会をもう一度、もう一度、日本の方たちを救うために、
日本の回復とリバイバルのために、私たちの教会を使ってください、使ってください。
その心でいっぱいです。
実は皆さん、世の中には、悪しき霊によって、
もう非常に苦しんでいらっしゃる方がたくさんおられます。
罪の中で、罪から逃れることができなくて苦しい方がおられるし、
家計に流れる呪いとか、いろいろなことがあって、
もううまくできない方がたくさんいる。
また道が分からなくて迷いながら、
何が神様か、どっちが神様か分からなくて迷う人もたくさんいます。
その方に答えは、イエス・キリスト、イエスがキリストだということです。
イエスは王様であり、最初であり、預言者であると。
これを私たちが伝えることができればと思います。
牧師自身の経験と悔い改め
これから伝えましょう。
まず祈りながら、主が道を開いてくださることを私たちが祈っていきましょう。
出会わせてくださる、必要な方を出会わせてくださることを望んでいきましょう。
ですからその方たちに、私たちが知っているキリストを伝える。
この働きが今年よく行われることができればと思います。
また金槌君さんに韓国に行かれるんですけど、
金槌君さんにキリストのこの天皇の衣を着させて、
金槌君さんにどこに行っても手を置いて祈ったら、
悪しき霊が追い出され、病気が癒され、
またその人たちにイエス・キリストによる真理の御言葉が照らされるような、
この素晴らしい働きができるように、私たちが祈ってあげたいと思います。
イエス様はキリストの力で、この世に神の国を成し遂げられました。
喜悼、平和と喜びが満ちあおれる神の国。
キリストというキーワードを通してイエス様は成し遂げられたように、
私たちもイエスがキリストだという意味をよく知って、
これから使っていきましょう。
そして、サタンを追い出し、罪を許されるように、呪いを追い出し、
全ての人に光のようにイエス様の道を照らしていく、私たちにならせていきましょう。
お祈りいたします。
主よ、全ての上優れたお名前、イエスがキリストだと教えてくださってありがとうございます。
キリストの大さをわかりました。
しかし、これだけではできません。知識だけではできません。
精霊様、もっともっともっともっと照らしてくださって、
キリストによって満たされるようにしてくださって、
私たちはどこに行ってもイエスがキリストだと言ったら、サタンが逃げてしまうように、
全ての人たちの呪いが消えてしまうように、
神様の道が開かれるように、私たちに力を与えてください。
本当に、2026年度は、キリストの名前の力が、私たちの教会に満ちあわれるようにしてください。
イエス様の皆を通してお祈りいたします。
アーメン。ありがとうございます。
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