【今月のゲスト】
「酒の道」パーソナリティ 平田賢さん
【今回のトークテーマ】
・日本酒の「辛口」はどこで決まる?その基準とは
・お二人の対話から誕生?!日本酒「飛栄」
東京商工会議所北支部会⻑である越野充博が
王子飛鳥山の邸宅の談話室で、北区内外の多彩な起業家、経営者の方々をお招きます。
情熱とアイデアが交錯した素敵なおしゃべり。
グラスを傾けながら、北区の未来を語り合います。
▼番組への感想、MCヘのメッセージは以下までお寄せください!https://shibusawakun.fm/program/tnm/
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サマリー
本エピソードでは、日本酒の「辛口」の定義や、平田賢さんが立ち上げた「帰宅おでん部」について語られます。さらに、平田さんの対話から生まれた日本酒「飛栄」プロジェクトについても深掘り。地域に根差した活動と、そこから生まれるユニークな日本酒の魅力が語られ、北区の未来を明るく照らすような対談となりました。
平田賢さんの店と「帰宅おでん部」の始まり
飛鳥山の窓から、TOKYO NORTH MOVEMENT。
東京都北区飛鳥山。暖炉のある小篠光洋さんの部屋には、未来を思う様々な人たちが遊びに来ます。
情熱とアイデアが交錯した素敵なおしゃべり。さあ、今夜はどんな話が飛び出すんでしょうか。
こんばんは、小篠光洋です。今週も引き続き、しぶさわくんFMの人気番組、酒の道からパーソナリティの平田勝さんをお迎えしてお話を伺ってまいります。どうぞよろしくお願いします。
さてですね、先週は平田さんが都道府港を開かれた話を聞かせていただいて終わったんですが、そもそも開店するのを応じにしたっていうのは何かきっかけというか。
もう本当にその頃堀船に住んでて、駅前にお店を見つけた。ただそれだけですね。
あ、そうなんだ。ここが開いてるからここでやりたいなっていう感じで。
やりたい。先週も少しお話したんですけど、飲食店をやりたいと思ったことがなかった中始めてるので、正直人生で飲食店をやりたいと思ったことがあるかって言われると、17年やってたあれなんですが。
やってて今一生懸命やってますけど、そういった感じですか。だからどこでどう咲かそうなって、あの時は考えても。逆に前の回も。
なんかさ、お母さんがさ、こうやりたいっていうかさ、やっぱりお母さんはあそこの角のお店、あれ気に入ったわけ?
角で、かつ前正介さんとお店だったんですけど、34年間ありがとうございましたって書いてあったんですよ。なので、だから素人感覚ですけど、コロコロ変わる店舗って言えば変わるって言うじゃないですか。
だからもしかしたらここは、いい場所、長く続けられる場所なんじゃないかなっていうのも一個。
それはでもすごく敬願というか、素晴らしい見立てだったのかもしれない。
柳工事の中の門地なので、戦後27年、昭和27年の建物なんですけど、やっぱり一等地だったっぽいですね、あそこは。
あのね、正面から来るとね、全部が見えるんだよね。両サイドから入れるじゃない。
すごく立体的にお店が近づいてくるみたいな。
映画のワンシーン、自分がカメラが寄っていくみたいな感じがね、僕はいつもするんだよ。
だからどっから入ってもうちの店に来れるんだよね、あの中。当然、工事の中だからね。
ぜひお聞きの方で行ったことのない方は現地に行っていただきたいですよね。
もうあと数年の。
いやいや、本当だよね。
ですからあそこの場所は。
さてですね、平田さんが自分のお店でも大変おいしいメニューの一つがおでんなんですけれども。
「帰宅おでん部」の活動と東京のおでん
これ、帰宅おでん部っていうのもね、立ち上げられて2010年くらいからかな、活動されてるんだけど、これについて教えてください。
私が立ち上げたってわけではないんですが、もともとは帰宅をおでんの街にしようという、帰宅の産業振興家さんと商工会所北渋さんの事業をその後地域メンバーで引き継いで、
今でも静岡おでん行ったりだとか、小田原おでん行ったりだとか、それを一生懸命やってくださっているのはじゅうじょんたかいさんを中心になっているんですけれども、
やっぱり東京23区でおでんをブランディングしている地域はなかったっていうところは非常に良かったんじゃないかなと思った。
もともとお店もたくさんあったし、それから種を作っている。
お店が3軒、今でも3軒ありますので。
そこに帰宅って、昭和40年代までは工場の街っていう側面もありましたからね。
そこで3交代で朝、勤務明けの方なんかがちょっといっぱい引っ掛けて帰る。
これがセンベロの街にもつながるわけなんだけども。
そういうところでの定番メニューとしておでんっていうのがあって。
それを一つ街おこしに使っていこうみたいな。
そういうスタートでしたかね。
母も下町亀江戸、似たような下町で、昔は駄菓子屋さんでおでん食べれたとか。
食べれたよ。
僕らの時代はなかったですから。
あ、そう。
駄菓子屋さんでもんじゃできたとかね。
そういう話を聞いた。
それからもちろん屋台引いてきてとかね。
そう、だから公園にいるから。
母も言ってたのが、おばあちゃんの引き出しから10円もらってちくわ部一本買いに行くとか。
そうなんだよ。
なんかもう本当にしなしなのが。
そうそうそう。
僕の頃はまだ5円だったような気がする。
そんなことだよね。
あとなんか地域の女性の先輩はプールの外に。
あ、そう。
クミンプールの高田さんとかがおっしゃったのが。
その通りよ。
要するにね、くたびれてね。
なんとなく体がちょっとくたびれてるんだけど、運動してるから紅葉してるみたいな時にね。
これがおでんがうまいんだよ。
夏なんだけどさ。
今ね、逆に暑すぎて外プールも入れないような暑さになってたから。
あれなんですけどね。
そうですか。
つどっこのおでんで工夫してることって何かこれって何?
えっとですね。
いろいろ調べましたら。
東京のおでんのもともとを調べると、陸上の動物入らないんですよね。
鶏肉とか牛すじとか。
あれって関西のカルチャーなので。
例えばおうちでも平沢鴨子さんとかもそうなんですけど。
だから練り物。
当然さつま揚げだとかつみれとか入れるんですけど。
肉類ですかは入れないっていうことにちょっとこだわってたり。
昆布だしベースでとか。
そう。だからね、何倍でも食べられるっていうか。
スープをおかわりしたくなっちゃうっていうかね。
白だしベースのところですけど、うちは醤油ベースでやってて。
ある方には新宿銀座のおたこうさんに欲しいなんてまたまたまたって言いながら。
でもあながちじゃないと思う。
本当においしいですよね。
日本酒利き酒師の資格取得と「辛口」の定義
さてですね、一方で日本酒の利き酒師の資格も持っておられるということで。
これはこれからちょっと触れさせていただく、
帰宅で日本酒作るっていうことよりも、
前にも既に利き酒師の資格はチャレンジしてたんでしょうか。
見せ始めて3年ぐらい経ってお料理にも自信がついてきてて。
例えばウーロンハイとかハイボールってどこのお店行っても一緒じゃないですか。
なんかやっぱり特色つけたドリンクと思って、
自分が一番好きなアルコール飲料何かなと思ったときに日本酒だったと。
なるほど。
で、足立の広北に柿沼さんという日本酒専門の有名な酒屋さんがあるのを知って、
初めはどうすれば14台とか出してくれるのかなとか思いながら行ってて。
そうですね。利き酒師の資格を取ろうと思ったのは、
あるときに辛口のお酒頂戴ってお客さんに言われて、
マクレンっていう山形の超辛口って書いてあって。
それ出したら、お兄ちゃんこれ甘いねって。
超辛口って書いてあるのに甘い。
僕は何をお酒で売ればいいんだって。
この人はどうしてこのお酒を甘いって。
正直僕自身辛口のお酒に対して心の中で負に落ちなかったので、
それでちゃんと理論部層じゃないですけど、資格を取って勉強しようっていう。
そうしたら利き酒師の協会もその頃は溝田橋にあって、
徒歩10分で行けるところで資格を取れたもんですから、取りに行ったって次第ですかね。
なるほど。今の話って面白くて、舌だけで味わうんじゃなくて、
やっぱり香りでも味わうところがあるじゃない。
そうすると、糖度とかいうので言うと辛口になるようなお酒も、
香りが華やかで甘かったりすると甘く感じるってのがあるよね。
フルーツの香りだから味じゃないんですよね。
流通数の90%以上が辛口に分類されると言われちゃってる。
だから甘い辛いって言葉は僕は店ではほとんど使いたくなくて、
辛口のお酒くださいって言われると逆に、いろいろあるんだよなと思いながら、
この後デートした有名人誰ですかとかわざと聞いちゃうんですよ。
それ例えば花王姉妹みたいなこと、藤原のりかさんとかって言うと華やかで。
ほうまんな。
フルーティーで。
だけど例えば堀北真樹さんみたいな、スラーッとしたタイプの。
スマートなお酒出してみようかなとかって言って、
そう言って飲みたいお酒を探るというかですね。
いうようなことやったりはしてますね。
昔の辛口っていうのは確かに直球っていうかさ、
香りがそんなに華やかさとかフルーティーさがなかったから、
もう本当に水に独特のお酒っぽい味がついてるみたいなさ。
なんか余韻ですよね。
ああいうのもだけどさ、飲んでみたい気がするよね。
当然そういうのもあります。
あるよね。
例えば菊姫さんのヤマハエだとか、逆にそっとキリッとした、
例えば腰のカゲトラだとかそういったのも準備はしてるので。
本当に平津さんのお店に行くといっぱい、
僕はあんまりよく名前知らないけど、
本当に皆さんが来ると、これがここにあるのみたいなものも含めて
たくさん並んでてね。
日本酒マニアには本当に推薦のお店ですからね。
日本酒「飛栄」プロジェクトの誕生秘話
ぜひ行っていただきたいと思いますけど。
さて、その平津さんがご縁があってですね、
北区の赤レンガ酒造工場を背景に、
日本酒を実は北区の飛鳥山の工房から作っちゃったと。
飛鳥山工房から生まれたお酒のプロジェクトにも携わったということなんですが、
これどういうきっかけなんだっけ。
本当にうちのカウンターの常連様が、
お酒の工房とかを研究なさる専門学校の同窓会長さんがいらして、
もともとその専門学校で江戸会場さんが日比谷公園で
工房を探して商品化してるっていう実績があって、
ちょうど2019年の4月に渋沢市前設が決まった直後に、
あそこまで探してやっちゃったらお祝いのお酒できるんじゃないのみたいな、
本当カウンターの茶話から地域の諸先輩方にご相談申し上げたり。
諸先輩っていうかさ、いきなり夜俺のところで電話がかかってきたよね。
LINEです。
LINEか。
メッセンジャーで送らせていただいて。
僕が折り返し電話したのか。
だと思います。
なんかさ、よくわかんない話でさ、
大体僕は日本酒学校、確かに工房って聞いたことあるけど、
え、飛鳥山?みたいな、そういう感じではあったんだけど、
でもできますと。
どのくらいで、俺はついついお金のこと考えちゃうからさ、
最初に聞いたのが、
大体、例えば1000本作るのにいくらくらいかかるんだよみたいな話したよね。
正直本当に、こちの会長のところでこの話を妹と持ち込めさせていただいて、
これ僕もよくわかんないですけど、
これ見ると700本でこんなもんだって書いてあるんですけど、
そっか、じゃあやってみっか!みたいな感じでね。
いや、なんとか。
なんかさ、いくらだったかよく覚えてないんだけどさ、
だけど聞いたら、なんとか最悪の場合には、
みんなで飲んじゃっても大丈夫かなっていう感じもしたんだよね。
まあそういう金額が、本当ワンロット。
例えば本当にヒエ作ったみたいに2000本作るってなると、
やっぱプロジェクトはやめる。
だんだんね、話を聞くなって実際に最後作ってるよね。
そうなったんだけど、とりあえずテストでやってみて、
ダメならダメでいいじゃんかっていう、
それじゃあみんなで飲んでくれっていうような、
例えばね、会議所の新年会とかで。
そんな感じの話だったんだよね。
そうですね。
だけどそれよりも何よりも、
そんな感じでじゃあ行こうよってごサイン出したんだけど、
そもそもやっぱり、
コーブを見つけるっていうのはすごい大変だったでしょ。
3カ年で200検体の中から2つ見つけていただいて、
1個は発酵力が強くてお酒になりやすい。
もう1個は発酵力は弱いんだけどいい香りを出す。
それを掛け合わせて、
飛鳥山コーブとして今発酵していただいてる。
だからそれが200検体ぐらいで出てきたっていうのが、
そもそも奇跡だっていう。
日比谷は1000ぐらい取ったって言ってたから。
あと例えば、
それを研究なさってる石川先生が、
もともと情報協会の会長さんであり、
それの権威の方で上手に見つけていただいたんだと。
ただ他のところで1万採取しても出てこないみたいな。
石油とか温泉とか掘るみたいな話。
本当そうだと思います。
実は3個目が発酵するからいいかもって、
遺伝子調べたら毒出るからダメとかね。
そういったこともあったみたいなんですよ。
本当にそういう言い方もあまり科学的じゃないけど、
やっぱりみんなの思いとかさ、
それまでずっときたく盛り上げてきた初先輩たちのさ、
いろんな思いがそこにつながって、
素晴らしい業種になったのかなっていう感じもします。
作れたと思うと幸せですね。
日本酒「飛栄」の魅力と今後の展望
木酒市としてこの日本酒の魅力をどのように考えて、
どういうふうに広めていきたいと思ってます?
今回日本酒をこのように作るプロジェクトに携わらせていただいて、
まず例えばどこか客先に行くときに、
自分で作ったお酒だよって持ってけるってことがまず幸せで。
それをまず地域の人にやっていただきたい。
かつ、これがきっかけにある種の絆じゃないですけど、
みんなのシーピックプラデュアルになっていただいて、
そういったことを広がっていっていただけたらなと。
当然おいしいお酒ですし、飲みやすく評価もいただいているお酒だと思うので、
もっと知っていただけるように地域からも発信できたらなと思っております。
今でも帝国ホテルであのダッサイと並んで、
2台商品として売っていただいて。
売っていただいて、横にはどんびりだとかも並んでて。
まさかまさか、本当に路地裏のカウンターの酒飲み話から、
あれよあれよという、本当に感謝しきれいで何も言えないんですけれども。
いやでもさ、路地裏のカウンター話って言うけど、
それが本当に宝物なんだよ。
それがやっぱりそういうところに出ていくっていうさ。
本当に。
それを広げていただけている地域の方々がいらっしゃっているところに。
なんかスター誕生の物語を聞くようなさ。
なんかすごいそんな感じがしますね。
楽しいお話を伺ってまいりました。
次週また少し私の視点を変えて伺いたいと思います。
来週もよろしくお願いいたします。
16:36
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