Ryoheiです。 Ayakaです。
研エンの仲は、研究者のAyakaと、エンジニアのRyoheiが、その時々で話したいことを話すポッドキャストです。
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てことでね、久しぶりにこのオープニングの提起文をやりました。
前回、前々回かな。これやろうぜって言って、完全に前回忘れてましたけど。
こういう提起文があった方が、話し始めやすいんじゃないかっていう実験を今してますね。
なるほど。
どうなることやら。
今日は何について話すかというと、
最近ね、美術館とか行ったり、結構アートっぽい体験をすることがありましたね。
最初に行ったのは、写真美術館?エビスの。
エビスにあるやつ。
あれ結構ね、僕は割と大学生の頃はよく行ってたんだけど、久しぶりに行って、面白かったですね、あれね。
結構行ってました?写真美術館は。
いや、そんなに行ってなかった。
2つ主に展示を見て、1つは野口理香さんっていう写真家の人の個展。
で、もう1つは日本の新進作家。写真家とは限らない感じですよね。結構インスタレーションとか。
そうですね。
で、1人1部屋、作家の人が自分の作品を展示してるっていうのを、5、6部屋ぐらいあったかな。
映像写真がメインなんだけど、それに限らずいろんな形のアートっていう感じかな。
いやー、なんか、野口さんの作品も良かったですし、その若い人4人の作品集みたいなのもどちらもすごい良かったんですけど、
なんか、より、なんていうんだろう、人の解説みたいな、キャリアの解説みたいなのが結構しっかりしているなっていう印象があって、
で、なんかこう、なんだろう、アーティストとか写真家、映像作家ってどうやってなるのか分かんない道の1つですよね。
特に普通の美大とかに行かなかった人からすると、なんかどういうルートでなればいいんだっていうのがイメージがつきにくい領域だと思うので、
なんかそれが、彼ら彼女らの経歴が説明されていることで、こういう感じでなってくんやみたいな。
確かに確かに。なんかこう、ね、現代アートとか西洋美術の美術館って作品作品作品みたいな感じ。
で、それをテーマに沿って並べましたみたいなこともありますけど、今回言ったのはたまたまですけど、
その人のいろんな作品を展示したり、時代も背景も昔撮ったやつ、最近撮ったやつとかあったり、その後に行ったその新作家のアンテンライカーも1人1部屋で、
1点じゃなくて、いろいろこう展示してあって、で、こういう興味がある人なんだなってことが分かるような繋がりが見えてくる。
し、まあなんかこう何も、まあ何もなかったなみたいなすごい綺麗な写真だったなっていうきっと回もあるんだな。
そうだよね。
し、なんかでもまあそれでもこう別に何かをもらいに来たわけじゃないしって思って、またなんか見たくなったタイミングで見るっていうのが大事なんだろうなとは思います。
確かに。
それはなんかあらゆるカルチャーに共通していることなのかもしれないなとは思いました。
そうだね、確かに。
カルチャーかあまりアートの話はしなかったよね、どっちかというとコンテンツ。
まあ映画とかコンテンツとか。
映画、音楽とかそういう感じが多かった。だから家で消費できるというか、タイプのもの。
展覧会はそれで言うと、より行くハードルっていうのは高いけれども、なんか逆に言えばしみきりがあるじゃないですか、展覧会はいつもあるっていうのがあって、
逆に行ってしまうと結構すごいその写真に囲まれて、その写真のことしか考えない瞬間とかは得られるわけで、
まあそういうのも結構小説とかよりは逆に忙しくても行ってしまえばそこに集中できるっていうのがいいのかなと思いました。
確かにね、確かにそうかも。
なんか小説を一本読み通す体力がなくても、なんかそのね、帰りにちょっと寄るくらいだったらできるかもしれないし、
まあ人によってちょっとね、そのハードルは変わると思いますけどね。
確かにね、いややっぱりそういうなんだろう、なんかカルチャー人生に必要がかいのことを私は全然思い出してなかったんだけど、
思い返してみると、確かにそうやって、何だろう、定期的に自分の原始的なモチベーションを思い起こさせるみたいなタイミングって多分なんか必要で、
なんか何かしらのこうクリエイターとしてやっていけてる人、なんかやっぱプロの話を聞くってやっぱいいよね。
話を直接聞くじゃなくても、その何だろう、説明文を読むとかでもいいんだけど、
なんか本当に、なんか前別の回でも言った気がするんだけど、年々年々何かのプロであることに対するなんか尊敬がね、すごい湧いてきて、
どういう職業だったり、どういうアウトプットであっても、一つのことを突き詰めてとか、
まあそのアウトプットが自分の作品だって言える人すげーみたいな。
そうだよね、本当にそういうのに対するなんか感覚とかが、なんか今で言うと私ね、サッカー選手とか、
ワールドカップ今やってるんですけど、ちょうど。
サッカー選手の遺跡の話とか読んでると、なんかこう結構来るものがある。
母祖族とかそういう研究でもそういうのあるなーみたいな。
そうそうそうそう、やっぱ遺跡してチーム移ってとか海外挑戦したりとか、なんかやっぱそういう、なんだろう、こうキャリアをどうやって進めていくかみたいなところ。
なるほどね。
で、なんかこう、なんだろうね、インスピレーション受けるとか言ったら変だけど、でもなんか今すっごく活躍してる人でも、
例えば高校サッカーやってる時には、そんないろんなところからめっちゃ声かかったわけじゃなかったりとかするし、
なんかどこで才能を開花するかっていうのはやっぱ人によって結構違ったりするから、
もちろん今日本代表になってるような人たちって間違いなく全員めちゃくちゃ才能はあるんだけど、
なんかでもそれが人の目に止まるタイミングっていうのは結構人それぞれで。
なるほどね。
まあ確かにでもなんか自分もこうね、将来的な例えば転職とか社内の中でも、
どう自分を確立していくかみたいな考えた時に、実はサッカー選手のキャリアとかと近いところはあるのかもしれない。
研究者はより多分それが近いっていう。
だからこそこういろんな刺激というか、共感とかもあったってことですよね。
それでも結構面白いサッカーの見方ですね。
サッカー選手側に重ねてる人そんな多くないんじゃないですか。
いやいや別に自分が重ねられるとは思ってないよ、だってね、向こうはなんか10億円プレーヤーとかってさ。
なんかじゃないけど、でもなんか今日本代表になってる人たちも結構なんだろう、輝いてる時期そうじゃない時期とかいろいろあるんだなみたいな。
もちろんずっとね、ずっとなんかもう日本のユースのベストとかに選ばれ続けてる人もいるけど、そういう人ばっかりじゃないし。
あとあれですよね、ポジションって言うと分かりやすいので、例えば聞いたことあるのはゴールキーパーとかはやっぱチームに1人しかいないので、
そこを勝ち取るのは運とかも必要だというのは、見ててもそうなんだろうなって当然思うわけじゃないですか。
出場しないと結果は出せないけど、結果を出すためには出場して経験を積むことも必要だったりするし、
なんかああ、でも仕事もそういうとこあるよなみたいなのはありますよね。
そうですね、私は自身ちょっと留学してたこととか、これからちょっと留学を考えていたりもするので、
その辺を考えてなんだろう、海外挑戦みたいなところもなんか自分の中ではこう、
割と今回の日本代表ってJリーグからの人もいますけど、結構外からっていう人も多いですよね。
そうだね、結構ね、全然サッカー素人だから、なんかその所属が本当にいろいろでびっくりしたよね。
やっぱそうやってなんかみんないろいろ挑戦しているんだなっていうのがわかって、それもなんかすごいなって思いました。
あとサッカーって本当にインターナショナルスポーツなんだなっていうのは思いますよね。
なんか他の代表のチームの所属とか見ても、全然その出身の出場してる国の名前と違う名前があるってことは、
別の海外のリーグで挑戦しているっていうことだし、なんかそういう意味ではエンジニアとか研究者と近いですね。
そうかもしれないですね。
野球とか相撲みたいなのはどっちかと言うとね、数カ国の中でご史上があって、特に野球は例えばアメリカが頂点で、
あんまその国外リーグとかでプレーしてるっていうのはアメリカ以外ではあんまり聞かないですよね。
メジャーか日本かって感じですよね、基本的にはね。
野球もそんな知らないんで実はってあるかもしれないけど、
まあでもなんかそのグラデーションの中では多分サッカーかなりインターナショナルな方なのかなって見てて思いましたね。
まあね、だからサッカーもさ別に全然そういうところにインスピレーションを受けようなんて1ミリも持ってなかったわけだよね。
最初はなんか勝ってるらしい、しかもなんかめちゃめちゃその適当に見てますよね。
最初のドイツ戦とかまあ勝てると思ってなかったからね、まず。
だからなんか全然ただ私めちゃくちゃなんか運が良くて、見てる時にだけ全部点が動いたみたいな感じだった。
ドイツ戦はなんか最初はどっちが点入れたのかな。
最初ドイツが点入れて、でその瞬間からちょうどなんかテレビをつけたみたいなタイミングで。
多分僕はもうちょっと前から見てて、でなんかテレビつけたらやってて、
なんかてか入りそうで役さん呼んできたら入ったってなって、
じゃあ負けちゃうのかなって言って、その後お風呂に入って、
で出てきた、で髪乾かしてる時に僕は結構チャンスになったんで、
呼んできたらその瞬間になんか同点、逆転みたいな。
一番美味しいとこだけ見て。
一番美味しいとこだけ見て。
やったーっつってすごい急にファンになって。
ミーハー、ミーハー。
いやでも全然私は本当に何だろう、見てなかったんですけどサッカー。
普段から見てるとかでは全然なかったんですけど、
なんか多分F1にハマったことで。
そうだね、確実にそれはあると思う。
スポーツ選手とか全体に対する、
スポーツについてどう調べればいいかみたいな感覚がちょっとわかってきていて、
なんかこう、調べると楽しいみたいなのを学習してしまっているので、
それもあって選手のことを調べ始めたりとか。
そういうことか、そういうことか、確かに。
F1の選手について経歴を調べたら結構面白いみたいなのは確かにあるけど、
それをサッカー選手に適応した結果、そういう楽しみ方を見出している。
そうそう、そうかもしれない。
それもう無限のスポーツで無限にできるじゃん。
まあそうだね。
よかったね、それは。
確かに、そういう意味ではかなり私はF1に感謝してるんだよね。
なるほどね、楽しみ方というか、お学んだし。
一回ハマり方を学ぶと、
あ、これこの要領でハマれるなみたいな。
はいはいはい、応用が効くハマり方っていう。
なんか多分、なんだろうな、結構F1もルール複雑じゃないですか。
で、サッカーもどうやったら点取れるかっていうのはすごいシンプルだけど、
戦略とかって結構複雑だし、
その辺調べ始めると結構沼じゃないですか。
確かにね。
まだ全然私も詳しくないんですけど、
でもなんかこれ、ハマれる何かがあるみたいな。
超ミーハーだけど、このタイミングでサッカーにハマるっていうのは。
まあそれでもね、例えばF1で、
じゃあスウェルス・アッペンとハミルトンが競ってますみたいな瞬間から見始めた人のことを、
多分ベテランのF1見てる人とかは別にどうとも追わないっていう。
で、それに対して、
それを、こう、何か幼稚園のパパともみたいな人が、
何かこう、勉強すごい、
あの、博士勝手ですか、すごいですね、みたいな。
でも、どうせ死ぬのに、
何でそんなに勉強するんですか、みたいなことを言われて、
おお!みたいな思ったらしいんですよ。
でも、何か、やっぱりそれでいくつか出てきたのは、
何か、どうせ死ぬからこそ、
何か、こう、研究したいみたいな意見とかも出てきてて、
私も、何か死ぬの怖いから研究してるとこあると思うんですよね、多分。
だから、何か、自分でも恥ずかしくて、
これ、私、誰にも多分言ったことなかったんですよ。
死ぬの怖いから研究してるって話。
死ぬの怖いからっていうか、何だろう、
何か、究極的には、やっぱり、
何か、自分が死んでも残るものが、何か欲しいみたいな気持ちがあったから、
その研究をしているっていうところは、多分、少なからずあって、
本当に、何だろう、こう、何十年前の人の、何だろう、
論文とかって、いまだに引いたりするわけだし、
何か、そういうものに対する憧れであったり、
何か、そういうのがあったからやってるんですけど、
それを、あんまり私は人に言ったことがなかったんですよ。
でも、何か、結構何人か言ってる人がいて、それに対する反応で、
あ、私だけじゃなかったんだと思って、結構嬉しかったです、それが。
僕も何か、その話をパッと聞いて、こう思うのは、
いや、それは、何か、どうせ死ぬから研究したいんだろう、勉強したいんだろう、ってのはわかります。
何か、でも勉強の先に、こう、研究があって、爪痕を残すというか、
こう、世界にへこみをつける、みたいなことは、また、さらに大変なことですよね。
そうですね。
まあ、てか何か、その人が言ってたのは、
やっぱり何か、こう、誰かからが頑張った後を引き継いでいくじゃないけど、
その、今まで、多分、研究の歴史があった上に、それを自分の、
こう、自分なりの貢献として何かを受け継いで、それを次の世代に繋いでいくみたいな、
そういう、何か、あれですよ、相方ですよ、繋ぐバトン的なやつですよ。
バトン的なやつね。
そうそう、何か、やっぱりそういう感覚があるからやってる、みたいなことを言っていて、
それは、ある種、自分っていう短い、その、生きてる間を、
その、大きな歴史の中にある意味、埋めることの一つでも、一つのやり方でもあって、
何か、そういう意味で何か、どうせ死ぬからこそ、そこの一部になるとか、
入りたいみたいな気持ちがあるっていうのは、何か、すごく理解ができました、私はね。
なるほど。
うん。だから何か、結構、死ぬことが大事。
だから、その、別の人が、その、コメントで言ってたのは、
何か、一瞬命があったら、研究してないかもしれないって。
うん、なるほどね。
うんうんうん。
確かに。
うん。
何か、やっぱ、こう、自分の、まあ、仕事とは関係なくとか、何かでも作りたいっていう気持ち、
何か残したいって気持ちは、何か、僕も結構、あの、あって、
でも、それは何か、仕事と、何か、生きる、仕事に生きるかとか、
そういう感じとはまた別の、何か、モチベーションでやってるんですけど、
何か、それは、何か、最終的には何だろうな。
何か、世界に、こう、うん、そういうさざ波を立てたいじゃないけど、
うん。
うん、何か、自分の作ったものが、他にの人のインスピレーションになったら、
うん。
面白いなっていうのと、
まあ、何か、それが、最終的には何か、こう、何だ、意味を残したことになるのかなっていうのは、ちょっとは思います。
まあ、何か、研究に限らず、まあ、いろいろ、りょうえさんが作っているプロダクトとかもそうですけど、
何か、こう、名前が直接見えなくても、何か、そうやって作ったものが、こう、誰かの新しい、こう、人生の1ページを開いたりとか、
そういうのだけで、何か、全然、こう、違うなっていう感じがしますよね。
まあ、でも、何か、僕は同時に、こう、何だろうな、まあ、勉強するにも近いけど、
何か、そういう、こう、気概を持って、こう、残された痕跡みたいのを見るのもすごい尊いというか、
何か、それもすごい意味のあることだし、何か、その、それが残してないから、こう、あんまり何もない人生だったわいと、
自分は思わないような気はするのかな。
そうですね。それは私もそう思います。
何か、でも、何か、そういう、こう、意図なしに、こう、世にあるコンテンツとか、分かんないけど、
まあ、コンテンツのことを悪く言いたいわけじゃないんだけど、何か、ものよりは、何か、そういう、何だろう、痕跡、
何か、これは私の作品だわいって言って出された作品を見る時の方が、何か、結構得るものとか、動かされるものが多い。
何か、それは、何だろう、それに心を動かされている部分ってのは、多分、何か、例えば、
AIが無限の命を持って、こう、何か、作り出した同じように綺麗な作品で得られないようなものなのかなとは。
そうね、確かにね。まあ、やっぱり、それは、その、アーティストが限られた人生の中で生み出した作品だからこそ、得思えるし、
例えば、サッカー選手とか、プロスポーツ選手が、何か、限られた時間の中で、こう、極めに極めた技を見るから、面白いみたいなところもあるし、感動するっていうのがあったりして、
何か、まあ、あらゆる、こう、何かを極めるってなった時に、何か、あることだと思いますよね。
それで、もちろん、やっぱりその、何だろう、結局、何かの歴史に名前を残せる人ってのは本当に一部で、
だけど、その、文化を支えてきた人っていうのもたくさんもっといて、それを受け継いできた人っていうのは、あの、もっと何か、たくさんいるわけですよね。
確かにね。まあ、何か、それを受け継いでいるとも言えるわけだ。その、美術館に見に行って、そういうものが大切だと思っている方に一票を投じる行動なわけですね、それは。
まあ、何か、そういう入館者とか、収入が支えていくっていうことに繋がるわけだし、何か、そういうのも同時に大切にしていきたいなと。