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スピーカー 2
はい、よろしくお願いします。よろしくお願いします。はい、ということで下北沢にあるLOFTって、これライブハウスなんですね。
いわゆる、詳細は後ほどまたご説明あると思うんですけれども、下北沢に50年前から存在する、ある意味伝説のライブハウスと言われているんですけども、実は去年ですね、
働き方ラジオから生まれた会社、セッションクルーの一つの活動としてですね、そこでイベントをやらせていただいたんですね。よく聴いてくださっている方は
聴いていると思うんですけど、JAMっていう名前で自己表現とビジネスが混ざる場所っていうタイトルをつけてですね、ある働き方ラジオのちょっとオフ会じゃないですけれども、
そのイベントをですね、やったのがこの下北沢LOFTでした。当日の音源の一部はですね、第174回のサージャムの幕開けですっていう、このポッドキャスト、働き方ラジオの回に残ってますので、
気になる方はですね、このイベントの会場なんだなっていうのを理解いただけるようにぜひ聴いていただければと思うんですけれども、そのJAMもですね、あえて僕らはビジネスイベントなんだけれども、
高層階のコワーキングスペースでやるとかじゃなくて、あえて地下からやるっていうところで、イベントのタイトルでもあり、この働き方ラジオのコンセプトの一つでもある、
自己表現っていうキーワードと、ある意味この地下から多くの表現者が生まれるみたいなことを重ねてですね、あえて地下のライブハウスからやる、さらにこの歴史のある会場でやるっていうのをやりまして、
僕はもう本当はこの下北ザロフトという場所に非常に魅力を感じてですね、去年忘年会っていうのにも勝手に顔出させていただいてですね、長澤さんとまたご挨拶させていただいたっていう、そんな繋がりのある場所です。
ミヤも去年行ったと思うんですけれども、どうでしたか。
スピーカー 1
そうですね、懐かしさというか、僕当時90年代ぐらいは小田急線沿線に住んでたんで、北はもう通り道というかですね、レコード会に行くわけですけどね、ぐるぐるぐるぐる回ってた中でライブもたまに行ってましたね。懐かしかった。
スピーカー 2
じゃあもう久しぶりの90年代ぶりに行ったという。
スピーカー 1
そうですね、80年代は本当にレコード会にひたすら放浪。とにかく多いんですよね。そこでライブも見たりしてました。
スピーカー 2
ありがとうございます。そんなですね、本当に歴史のあるミヤも本当に若い頃から知っているこのライブハウスなんですけれども、そこでですね、ずっとこう続けて店長をやり続けている長澤さんということなんですけど、ちょっとここからですね、早速長澤さんに聞いていきたいなと思うんですけど、まずちょっと自己紹介というかですね、下北ザロフトも含めてちょっとご紹介いただいてもよろしいでしょうか。
スピーカー 1
よろしくお願いします。一応オープンが1975年の12月の2日にオープンしてまして、そこから今までずっと同じ場所で営業を続けております。
それで今年の12月2日で丸50年ということで、50周年イベントなんかもちょこちょこやりながら頑張っております。
スピーカー 2
ありがとうございます。もうあれですか、その50年前に下北ザロフトができた時からもうずっといらっしゃって。
スピーカー 1
そこがですね、話すとちょっと長いんですけども。
スピーカー 2
じゃあもうそこからロフトの歴史の話が始まりそうですけれども。
スピーカー 1
僕がオープンからいたわけではないんです。
僕は新宿のロフトという西口の滝橋通りにあった新宿ロフトに初めて勤めたわけです。
それが78年かな、新宿ロフトが76年にオープンしてまして、その先から僕がスタッフとして働き始めまして、
82年か82年まで新宿にいて、83年からずっと下北沢ロフトをやってます。
新宿にいた頃ってどういう時代かというと、
大井が初めてロフトに出て、それでデビューするまでの間、だいたい僕がずっと店長やってた感じです。
スピーカー 2
それ新宿時代。
スピーカー 1
新宿時代。それでその時に下北沢のちょっと人事異動で、僕が下北沢ロフトの店長に移動したわけですけど。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
そこからなんですよ。だから83年からなんですよね、僕は。2年の秋から。
スピーカー 2
その当時は新宿と下北沢2つあって、長澤さんまずは新宿の方の店長から入って。
スピーカー 1
そうです。新宿やって。
スピーカー 2
なるほど。防衛が出てくる。
スピーカー 1
防衛さんとかね、あの頃ですね。
当時結構ロフトはいろんなところにあって、西尾家とか。
そうですね。順番にやめてオープンしたりやめてオープンしたり。
そうなんですね。
最初はからす山で始まって。
からす山です。そっかそっか。
次が尾生窪かな。西尾家かな。
尾生窪、西尾家とやって、その後に下北、それで新宿。
新宿始める頃に尾生窪とかからす山とか辞めちゃって、っていう感じですね。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
ゆうが丘にも作って、今山はすごい数ですけどね。
全国各地、あちこちにありますけど。
今阿佐ヶ谷なんですけど。
阿佐ヶ谷にもあります。
なるほど。
そういう感じで、いろいろ歴史を話すと大変なんですよね。
スピーカー 2
そうですよね。
今各地にあるロフトっていうのはグループ的な感じなんですか?
スピーカー 1
そうです。ロフトグループとして。
スピーカー 2
グループとして。
スピーカー 1
今残ってるところだと、一番古いところで残ってるっていうと下北と、新宿は今は?
新宿ロフトは西口から移転して、今下北町で40年近くなんかな?
もう40年になるんですか?
そのぐらいなんじゃないですか?ちょっと僕も曖昧ですけど。
ちょっと僕もそこの記憶、もう離れちゃって、あんまり。
スピーカー 2
じゃあ今現存してるロフトの中では一番古いのは下北。
スピーカー 1
場所変わってないっていうので下北ですね。
スピーカー 2
場所が変わってない。
スピーカー 1
唯一ロフトグループから離れてるのが下北のことですね。
上都。上都ってもうつもんね平野さん。
そうなんです。
スピーカー 2
ちょっとその辺の、ちょっとだけ記事とかで見たりはしたんですけど、その辺もちょっと聞きたいんですけど、
まず最初に82年に新宿やって、そこで83年から下北にいわゆるグループ内移動みたいな。
スピーカー 1
そうです。
上野店長お願いみたいな感じの始まりだと思うんですけど。
そこから独立というか。
そこから何年かやって、3年かな、3年ぐらいやって、もうそのロフトグループとして下北沢は閉めますという。
やめるよ。
スピーカー 2
なるほど。
そうだったんですね。
スピーカー 1
もう一点、自由学校にもあったんですけど、自由学校を復活ロフトもやめると。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
長沢新宿に戻ってくんないかって言われたんですけど、
その頃の新宿ロフトがちょっとあんまりその音楽性が好きじゃなかったというか。
結構つらくて戻んのやだなって言ったら、じゃあロフトの名前使っていいからお前やるかっていうことで、
下北沢ロフトを譲り受けたんです。
自由学校のその時の自由学校の店長も同じく自由学校からロフトとして名前を譲り受けて、店舗も譲り受けたんですよ。
スピーカー 2
そうだったんですね。
スピーカー 1
そうです。だから2店舗は離れたんです、ロフトから。
はいはいはい。
それで僕はそのまま引き継いで今までやってるということなんです。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
いやでもなんかいわゆる店長を任されるのと、その店舗をもらってある意味経営ってことですよね。
スピーカー 1
経営ね。
スピーカー 2
全然違いますよね、なくされもらった。
スピーカー 1
それはそうですよね。もちろんもらったわけじゃないんで、支払いもいろいろ当然ありますから。
スピーカー 2
そのグループとしては手放そうという決断したところを自分で成り立たせるっていう。
スピーカー 1
やっていいよっていうことだったんで、やりながら返済していったってことですよね。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 2
そんな感じです。
その先を常に行っている感じですね、ある意味。
スピーカー 1
行ったんだけどね、誰もが真似できる感じになっちゃったんで。
でも良いことですよね、人よ。
みんなが歌う場所が増えるっていうこと。
スピーカー 2
そうですよね。
大企業がたくさん作ったっていうのは何年ぐらいの頃かな。
スピーカー 1
85年ぐらいかな。
日清パワーステーションとかね。
あの辺ができ始めて渋谷にも大きいのができたとか。
でもこれは叶わないなと。
スピーカー 2
みやも割とそういう変化を見てたんですか。
スピーカー 1
そうですね。
なんだけど欠陥残ってんの?どこだっていうと。
ロフトだけ減ってるから。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
生き延び方がすごいよね、やっぱ。
企業さんは撤退も早いんですよね。
スピーカー 2
なるほど、そっかそっか。
スピーカー 1
やっとけばバッとできるし、撤退も早いから。
新規事業でこれからライブハウスだみたいな感じで始めても。
もうここが限界だろうとなるとサッと引いちゃうんで。
さすがだなと思いますけど。
スピーカー 2
やっぱりライブハウスとかって結構新しいところっていうのも定期的にはできたりするのかなと思います。
スピーカー 1
できてますね。
そうですよね。
スピーカー 2
僕は行ってやっぱりロフトの空間にすごく特別なものは感じたんですけれども、
長澤さんから見て何がここが違うんだろうなとかって何かありますか。
スピーカー 1
これはやっぱりあれなんじゃないですかね。
もう今まで出演してきた方達の何かがいるんじゃないですか。
何かが。
スピーカー 2
そういうことか。
そうですよね。
僕もこれがっていう落ち着くとか、
ちょっと抽象度の高い言葉でしかうまく言い表せないんですけど、
なんかこうカルチャーというか、
この辺ちょっとミヤンにも聞いてみたいんですけど、
いろいろライブハウスとか行ってると思うので。
どうですか。
スピーカー 1
ライブハウスって言っても、
例えばクラブクワトロとかだとライブハウスっていうよりも箱って感じがするんですよね。
ブッキングされてて。
ロフトとか、
シェルターとかもそうですけど、
ブッキングにこだわりがあって、
下北っていう街に対しての強い思い出とか、
なんかそういうのをすごい感じるんですよね。
街の一部分であるみたいな。
なんとなくフラット。
例えばお亡くなりになったカネコマリさんとかって、
ずっと下北在住でね、
葬儀屋の娘さんだったんですけど、
普通に家が見えるんですよ、カネコさんの。
そっからロフトで出てるんだ今日はみたいなのが、
なんかこう街の雰囲気を感じるっていうんですかね。
なんか普通のコンサートに行くのとライブハウスに行くのとの違いが微妙なところでありまして、
スピーカー 2
クワトロってなんか普通のライブミニの延長って感じですね。
街のカルチャーになんか溶け込んでるみたいなね。
そこが街の風景の中に一つもうすでに入り込んでる。
スピーカー 1
そうですね。違いはあるかな。
スピーカー 2
確かに。
下北座自体なんか昔から若者が多いし、
なんかこう固定化された、
例えば東京とか新宿とかの雰囲気とは違うなっていうのは僕も思ってて、
確かにフラットみたいな言葉はすごくしっくりくるのかなとか思ったんですけど、
長澤さんどうですか?
なんかその今、下北のカルチャーと下北座ロフトのカルチャーも混ざってるんじゃないかみたいな話があったんですけど。
スピーカー 1
なんか混ざってるというか、もう今や置いてかれてますよね、なんかね。
最初の頃はこっちはカルチャー的な感じで動いてたんでしょうけど、
今はもう街がどんどんどんどん変わってって、
今は変わらずにただやってるだけで、
なんか下北から置いてかれてる感がちょっとあります。
なんかね、駅も変わっちゃって、
スピーカー 2
僕の知ってる下北座ではないなという感はしますけど。
スピーカー 1
そういう感覚なんですね。
これは仕方ないことですからね。
この間、おだきゅうさんの冊子の取材で、
そうですよね。
方が来てて、おだきゅうの悪いって俺言っときましたよ。
おだきゅうの地下化する時ってミュージシャンがめちゃくちゃ反対運動を起こしたよね。
本当ですよね。
スピーカー 2
そうなんですね。
スピーカー 1
曽我部圭一さんとかの辺とかね。
そうそう。
ゆうかさんとかもそうですし。
完全にそこでおだきゅうに勝ったかっていうとそういうわけじゃないけれども、
日の日落としたあの時代の証をなんとなく感じてる人がいて、
スピーカー 2
そういう人がやっぱロフトとか来るんじゃないかなみたいに思います。
多分、どの街も開発によってがらりと変わって、
それでいうとカルチャーも含めて完全に崩れた街もあると思うんですけど、
スピーカー 1
そういう反対運動が起こるぐらいの街ってそんなないんじゃないですかね。
下北特別ですね。
スピーカー 2
そうですよね。
それがすごいですよね。
そこのプライドがあるというかね。
東京のあんな都心の街なのに、
そこにプライドを持って何とか残すところは残そうっていう人たちが今もいるみたいな。
そうですね。
今ちょうど下北ゾロフトの特徴みたいな話もしたんですけども、
長澤さんとして下北ゾロフト運営する中で常に大切にしているものとか、
何か価値観とかあったりしますか。
スピーカー 1
今は変わらずですけどね、
これはやっぱりライブという生音を聴くというのがやっぱりとっても素敵で、
良いことだと昔から思ってて。
配信が出たときに、僕配信はどうも馴染めなくて、
これでいいのかなと。
これを見て聴く人がお金を払って、これでいいのかなっていうのをすごい疑問に思ったことがあって、
それでも見る人は見るんで、それは自由でいいんですけど、
でもやっぱり足を運んでステージの前で音を聴くっていうのがやっぱり一番いいことで、
スピーカー 2
その場所は残しておきたいなって僕はずっと思っていることですね。
生でそこで音を聴いて、
そのいる人たちとも空間で共有できるみたいなところが、
やっぱり配信だと難しいですよね。
スピーカー 1
そんな気がするけど、それは良い方法であって、
コロナの時にみんな他のライブハウスに行き残る手段でしたからね。
ほんと、コロナはほんと大変な2年半ぐらいですよね、結構。
スピーカー 2
ですね。
それはもちろんロフトも大変だったということですね。
スピーカー 1
大変でしたね。
スピーカー 2
みんなに助けてもらって、なんとか。
もらって。
ロフトで、僕も去年の末に忘年会。
あの雰囲気がやっぱりすごく良くて。
そうでしたか。ありがとうございます。
なんて言うんでしょうね。
スピーカー 1
アーティストを見に来る場所みたいなライブハウスって、
スピーカー 2
そういうイメージがあるんですけども、
あの場に行った人は、
あの場に行った人は、
アーティストを見に来る場所みたいなライブハウスって、
そういうイメージがあるんですけども、
そうですよね。
ロフトっていう場所が好きだから来ている。
そうですよね。
ロフトっていう場所が好きだから来ている。
で、最後は長澤さんが、
で、最後は長澤さんが、
リンゴの後に前出て歌ってて、
リンゴの後に前出て歌ってて、
スピーカー 2
やっぱなんかそういう駆け出しの、なんていうんですかね、
ライブハウスによっては値段がいくらだからとか、チケットこれ以上売らないとやらせないとかもあるかもしれないですけど、
下北ザロフトはあれなんですか、割とそういう駆け出しの方とかも、全員じゃないんですよ、応援していこうみたいな感じの。
スピーカー 1
もちろん、今はもうそういう感じでお店作りしてますんで、
なんかデビューまでの、下積みじゃないけど、ステージ慣れする場所であって全然問題ないと思うので、
はいはいはい。
こういう感じで営業してますよ。
スピーカー 2
いやー、本当に、我々も働き方ラジオとしても初めてのイベントをね、
駆け出ししていただいたので、
もうそういうのも、いやなんかさすがにロフトで、こんなよくわからないビジネスイベントではダメかなと思ったらね、
一度お話しして心よくオッケーくださったんで、
本当に、そういう意味でもこう受け入れてくれるカルチャーが脈々と続いて、
多くの人に感謝されて、今のロフトがあるのかななんていうのはね、
はい、思いました。
ありがとうございます。
じゃあ、最後にというかちょっと聞いて、これは割と皆さんに聞いているんですけれども、
このラジオのキーワードとして、自己表現という言葉があるんですけども、
はい、長澤さんが今自己表現できてるなぁと感じるときはどんなときですかっていう。
スピーカー 1
これがね、難しい質問でしてね。
あんまり自己表現をしようと思ったことがないんですね。
スピーカー 2
はいはいはい。
スピーカー 1
だから、特にその自己表現するために何かをしてるかって言ったら何もしてなくて、
うーん、何と言っていいか僕この質問はすごい難しいですね。
アーティストブッキングって自己表現とはちょっと違うものなんですかね。
そうですね、ブッキングは自己表現とはまたちょっと違う気がするんですが、
やっぱりお店の雰囲気作りとして、何となくそっちに持っていこうっていう感じなんで、
自己表現というのはどういうことなのかな。
スピーカー 2
そうですね、何かこう、あえてこれも解釈もお任せして聞くんですけれども、
僕的な解釈としては、ついついやってしまうこととか、
何か割とそういう、何で、今から表現するんだ、これから歌うぞみたいな感じよりは、
何か周りの人からは、何でそれずっと続けられるの?とか言われること。
で、いや別にそんな頑張ってもいないけど、これだけは続けられるんだよねっていうものって、
何か意外に皆さん持ってたりして、
何かそれ自体がすごくその人の人間性そのものを表してるんだなっていう意味での自己表現みたいなことかなぁなんていうのは考えたりしていて、
ライブハウスをやられてきて、
何かその他のライブハウスとのやっぱり違う部分とかっていうのがどんどん出てくるだろうなと思うんですけど、
そういうところにやっぱり長澤さんのらしさというか、そういうのがなんかにじみ出てるのかなぁとかも思ったりして。
スピーカー 1
うーん。
うん。
スピーカー 2
何ていうんですか。
スピーカー 1
おかしいなぁ、自己表現。
まあ変わらずやってきてることでしょうかね。
スピーカー 2
うーん、あまりいろんなことをやらずに。
スピーカー 1
逆に変わらずやってきてると、周りがなんか変わってきたりして、
例えば僕らのようなね、ビジネスイベントもやらせてくれませんかみたいな変なやつらが出てくるみたいな。
そういうのに対してもすごくフラットに接したり、向き合ったりされてるのがすごく長澤さんっぽいなと。
スピーカー 2
わりと来るものは拒まずのタイプですね。
スピーカー 1
たとえばドッターズと変わんないかもなんだけど、町が変わり、出る人が変わり、音楽生が変わりみたいなの。
そこをずっとフラットに見てこられたんだろうなーっていうのもすごい感じ。
そうですね。
スピーカー 2
なんか、やっぱり長くやればやるほど、我々はこういうものであるっていう、どんどん確立されていって、
こういう方向なんだみたいに決めていきがちですけれども、
スピーカー 1
もしかして下北ドロフトは、そこがわりとフラットっていう受け入れるところがあるのは、長澤さんの確かに性格から出てくるものなのかもしれないななんて確かに思いました。
そうですね。音楽もね、どんどん変わりますしね。
いろんな表現者がいるんで、確立しちゃうと新しいものがなかなか生まれにくいんで、音楽はどんどん変わってますからね。