1. 「テラソで、あの本の話を。」ラジオ
  2. #2  『朝』 - 世界中で、僕..
#2  『朝』 -  世界中で、僕らは朝をリレーするのだ/ ゲスト・坂口 由貴子さん
2026-06-09 1:04:40

#2  『朝』 - 世界中で、僕らは朝をリレーするのだ/ ゲスト・坂口 由貴子さん

第二回目の今回は、栗ガ丘小学校・須坂小学校 教諭の坂口 由貴子さんをお招きして、「いま、誰かと話したくなった本」を題材にお話を聴いてみました。
 

【今回のゲスト】
栗ガ丘小学校・須坂小学校 教諭 / 坂口 由貴子さん

宮城県生まれ。高校生の時から海外に憧れ、大学生の時に、タイでボランティア活動を行う。卒業後3年間、宮城県で教員経験を積み、青年海外協力隊員(小学校教諭)として、2001年から2年半、南太平洋のバヌアツ共和国に派遣される。帰国後は、長野県の小学校に勤務、国際理解教育を担当し、協力隊時代の経験を語ったり、いろんな国の文化に触れる機会作りを行ったりしている。現在は栗ガ丘小学校、須坂小学校でことばの教室を担当。

 

【今回、坂口さんが話したくなった本】
 『朝』谷川俊太郎

テラソ(図書館)へのお便りを、こちらで募っております。当番組へのご感想やご意見もお願いします。https://forms.gle/KsvPppmvj43DxpJXA

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感想

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サマリー

今回のゲストは、栗ガ丘小学校・須坂小学校の教諭である坂口由貴子さんです。坂口さんは、青年海外協力隊としてバヌアツ共和国に派遣され、小学校教諭として現地の音楽教育に携わった経験を持ちます。帰国後は国際理解教育に力を入れ、現在は言葉の教室を担当しています。番組では、坂口さんが担当する「言葉の教室」での具体的な指導内容や、言葉の困難さを抱える子どもたちへのアプローチについて詳しく語られました。また、バヌアツでの音楽普及活動や、手作りの楽器を使ったユニークな音楽教育についても触れられました。坂口さんが選んだ一冊は、谷川俊太郎さんの詩集『朝』。この詩集との出会いが協力隊時代の経験と重なり、特に「朝のリレー」という詩に込められた平和へのメッセージや、世界中の人々が朝をリレーして地球を守っているという考え方に感銘を受けたそうです。坂口さんは、人とのつながりを大切にしており、バングラデシュでのボランティア活動や、コーヒー栽培の研究など、多岐にわたる活動を通して、さらに多くの人との繋がりを広げていきたいと考えています。番組の最後には、「朝のリレー」の詩が朗読され、リスナーに温かいメッセージが届けられました。

オープニングとゲスト紹介
こんにちは。小布施町立図書館まちとしょテラソ館長の荒代由貴です。
この番組、「テラソで、あの本の話を。」ラジオは、小布施で暮らす方、働く方をゲストにお迎えをして、
今、誰かと話してみたい一冊をきっかけに、本と人生について語り合っていく、そんな番組でございます。
本って一人で読むことが多いんじゃないかなというふうに思っています。もちろん、それだけでも十分面白い。
でも、誰かと話してみると、思いがけない見え方に出会えたり、その本の中にあった自分の気持ちに気づいたりすることがあります。
この番組では、そんな誰かと読む読書を、この小布施で、テラソで、一緒に面白がっていけたらなというふうに思っております。
それでは、今回のゲストは、栗川岡小学校、須坂小学校教諭の坂口由貴子さんです。坂口さん、今日はよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、お願いします。というわけで、今日お二人目ということで来ていただきまして、ありがとうございます。
ありがとうございます。
坂口さんとは、とはというか、ちゃんとお話をしたのを言うても、たぶん先月ぐらいですかね。
そうですね。
1ヶ月前とか、そんぐらいですかね、たぶん。
そうですね。はい、はい。
今、坂口さんがですね、あともう一人で、このテラソの中でやっているバヌマツ共和国の写真展があるんですけれども、
そちらをですね、坂口さんが、いつぐらいですか、3月とか2月ぐらいですか、テラソに連絡をくださっていたのか。
そうですね、3月の始めぐらいだと思います。
はい、ちょうどその時は、前官庁の滋賀さんがですね、やりとりを開始させてもらって、やりましょうというふうになった段階で、僕は引き継いでおりまして。
あ、よかった。
何かが始まるようだ、みたいなことを思っておいていて。
ちょっと改めてどういうふうなことを感じて思われているのか聞きたいな、みたいな感じで、先月、たぶん前半あたりに一度おしゃべりして、ちょうどまだ1ヶ月ぐらいっていうふうな感じですね。
そうですね、はい。
1ヶ月の割に、たぶん結構あっている気がします。
はい、たぶんいっぱいあってますので、なんか本当に世話になっております。
とても嬉しいです。
はい、そんなですね、今日は坂口幸子さんにお越しをいただいて、おしゃべりをしていこうかなというふうに思っておるんですけれども、
坂口由貴子さんの自己紹介とバヌアツでの活動
坂口さんのことを知らない方もいらっしゃるかなというふうに思いますので、自己紹介をお願いしたいなと思いますが、よろしいでしょうか。
はい、わかりました。
はい、改めまして、坂口幸子と申します。
オブセ町には栗川小学校の方でお世話になっております。
私は栗川小学校と須坂小学校2校兼務で、言葉の教室というのを担当しております。
言葉の教室というのは、喫音とか発音の方でお困りのお子さんとか、あと言葉のやりとりのところで困っているお子さんに対して一緒に考えたりとか、
ちょっと指導をしたりとか、あと遊んだりしながらやりとりの仕方を学んでいくという教室なんですけれども、そういうことをしています。
バヌアツ共和国という国の名前が出たんですけれども、バヌアツには青年海外協力隊というので、今から約25年前ぐらいの青年時代に小学校教諭で派遣されておりました。
2年半いました。本当に小学校教諭で派遣されたんですけれども、なんか配属作品が教員養成校っていうバヌアツの先生たちを育てる、こっちで言うと教育大学なんですけど、
そこに派遣されて、バヌアツの音楽を普及させてくれっていう理由で派遣されてました。
バヌアツに音楽っていう教科がなくて、上層教育ということで音楽を入れていこうっていうところで派遣されたんですけれども、向こうの音楽っていうのは教会とかでどんどんやっているので、
なんか私入っていいのかなみたいな感じで、本当に生徒たちもみんなキーボードとか弾けるんですよ、普通に。
歌もすごいアカペラですごい上手に歌えるし、ただ楽譜が読めないっていうだけで、なので楽譜の読み方を教えたりとか、
あとは一般的に小学校に入った時にこういう風に音楽やっていくよみたいな感じで、そういうのを教えてきました。
はい、そんな感じで。
はい、ありがとうございます。
なんか今伺っているだけで知らないことばっかだった。
そうですね。
そうか、バヌアツはそうなんですね。音楽という教科を広げる、音楽という教科を作っていくっていうところをやられたんですね。
そうですね、はい。
そういうお仕事があるんだ、なるほど。
もともと小学校の、そこに行く前は小学校の先生をされて。
3年間だけやって、実務経験が必要だったので。
なるほどね、そういうことなんだ。
そうなんです。
もともと音楽の先生をしたんですか。
いえ、違う。大学で一応音楽を専攻していたんですけれども、でも3年間は普通楽器を持っていたりとかしていたので。
音楽は教えてたんですけど、その3年間は。だけど専門的には教えてなかった。
音楽だけじゃないってことか。
全部教科教えてたので。
小学校の先生のそのイメージが、その時もそうあったようなイメージがありますね。
そうですか、へー、なるほどな。
言葉の教室について
あと、言葉の教室っていうのも、よくよく考えると今日初めて聞いた。
そうですよね、あまり聞いたことなくて。
そういえば、そうか、何でしょう、僕の中でも、
古川和翔と佐々木翔のどっちともいらっしゃるっていうのがあるんだなって思ってて、
どっかで聞こうと思ったんですけど、聞いてなくて。
そうか、そういう教室の担当をされているんですね。
そうですね。
それはさっきおっしゃってたみたいに、筆音の方とかが言う教室なんですか?
普段は学級の中にいて、週1回とか、取り出しっていうか、
私の教室に来て1時間一緒に過ごして、そこで喋りしたり、
こういう風にしたらいいねみたいな話をするような。
そういうのがあるんですか。
それって結構昔からあります?
言葉の教室は昔からありますね。
でも、どこの学校にあるわけでもないので、
そっか、そっか。
全然関わってこない人は関わってこないので。
そうですか。
私も自分が言葉の教室の担当になるまで、そういう教室があるっていうのを知らなかったので。
そうなんだ。
関わってこなかったので。
ちなみにその言葉の教室というもののお担当はいつぐらいからされているんですか。
それが、また年がバレる。
28年前に初任になったときに、宮城県で、
元々宮城でしたっけ。
元々宮城の出身で、そこで担当になり、
長野県に来て、これで6年、
言葉の教室をしたのは6年目ですね。
そうなんですか。
そっかそっか。
だいたい30年前に担当しておりました。
なるほど、そうなんだ。
僕そこすごい興味があって、
今日そこだけ聞くだけで1、2時間終わっちゃいそうみたいなぐらいの気持ちなんですけど、
僕、いつぐらいからかな、
10代から僕、筆音があって、
そうですか。
で、結構よくなったんですけど、
体調が悪いと出やすくなってきたりとか、
結構今も、たぶんかなり身にしみちゃってるから、
かなり話しながら、あっちの方向に行くと話せなくなるから、
こっちに言葉を使うみたいなのをずっと考えながら話してるっていうのは、
僕、ずっとやってるんですけど、
そういうのはなんかすごくずっと意識が向いてるので、
あっ、そういう教室あったんだ、みたいなことがすごくびっくりして、
あっ、そういうのうちの小学校であったのかなって思いましたね。
そっかそっか。
だいたい一つの、
須坂市は須坂小学校にしかないし、
ここも実はサテライトっていう感じで、
作られたのは5年前か。
あ、最近なんですね。サテライト校みたいな感じだった。
そうですね。なので週1回のみ勤務の日。
そういうことなんですか。
なるほどね。じゃあどっちかっていうと須坂の方が多いんです、いらっしゃるのは。
そうなんだ。
でも人数的には奥生の方も多いです。
同じぐらい。
同じぐらいね。
でも須坂の方はもっと大きいけど小学校いくつかありますね。
そうですね。
同じぐらいなんだ。
そうなんだ。
結構個人的には、きつんといっても多分いろんな度合いはあると思うんですけど、
僕自身はかなり苦労してきた感じはあって、
ゆいりそういうのがやっぱり小学生とか中学生の時とかから、
誰かと話せたりするだけで全然感覚違うんだろうなと思って、
なんかいいなと思って。
ちょうど余談ですけど、
僕、なんて言ったらいいかな、
新しい言葉を使い始めると結構最初つまずくみたいなのが結構あって、
例えば僕今苗字があらしろですけど、
妻川の苗字って話したような気もするんですが、
2年半ぐらい前に結婚してそうなったんですけど、
もともと北村なんですよ。
北村はもちろんちっちゃい頃から、この頃すいだぐらいから行っているので、
なんの気なしに話せますけど、
最初あらしろってなった時にあが出なくて、
音が自分の中で、
お名前は?みたいな、
例えばお店の予約をする時とか、
お名前教えてくださいみたいな、
あ、みたいな、出なくて困ったりとかしてたりとか、
今結構慣れたんですけど、
最初は、最初にあっていうのは難しすぎて、
違う文章を言ってからあらしろですっていうようにしたりとか、
特に先月からこの館長にならせてもらいましたけど、
電話結構来るんですよ。
結構それも難しくて、個人的に、
誰にも言ってないですけど、
オブセ調律図書館、町図書テラソ、館長のあらしろ結城ですっていうじゃないですか、
まず長い。
オブセ調律図書館っていう言葉を、
町図書テラソつけるかつけないかありますけど、
その流れを言う時にまだ不慣れすぎて、
言えないっていう感覚が一瞬出てくると、
オブセのオが出てこなくなるみたいなものがあって、
これどうしたもんかなみたいな、
止まるなみたいなことを電話受ける度に思って、
最近の僕の突破した方法があって、
とはいえ仕事上電話を受けるっていうのは別に昔からしているから、
そういう時どうしてるかっていうと、
お世話になっております、私、みたいな言葉を最初つける。
で、何々の何々ですっていうのを言ってたから、
あ、そっか、お世話になっておりますから始めたら、
言えそうな気がするみたいな感じで、
先月後半ぐらいからそのモードに切り替えたら、
お世話になっております、私、オブセ書類図書館館長のっていうのが、
あんまり負担なく言えるようになって、
ああ、なんか疲れるなあみたいな思いながら、
結構ね、そういう今も苦労しているところもあったりしてて、
ちょっとそこら辺の教室の話も聞いてみたくなっちゃったみたいな感じがあるんですけど、
言葉の教室での具体的なトレーニング
その教室では下の週一って一旦、栗川からおっしゃってましたけど、
どういうことをされてるんですか?
いろいろお子さんにあったことをやるんですけれども、
発音にちょっと困難さがあるお子さんに対しては、
本当に下のトレーニングとか、
下のトレーニングとかするんだ。
はい、やるんです。
どういうことですか、それって。
下のトレーニングですか。
あーいうべーとかなんかわかりますかね。
あーいうべー。
あーいうべーとか。
あ、下を出すんですね。
はいはい、下とか、下を平らに保つために、
ちょっと私の場合お菓子使って、
はいはいはい。
上に乗せて、ちょっと10秒間そのままやってみるよとか。
下を出して、10秒このまま維持するんですか。
あ、そうそうそうですね、力抜いてですね、はい、とか。
へー、そういうのされるんですか。
トレーニングとかしたりとか。
あとまあ、えっと、かがたになってしまう、
あの魚が、えっと、さたなーってなってしまう子さんには
うがいをして、かーって出すよとか、やったりとか、はい。
へー。
しますけど、下の位置っていうか、正しい下の位置を教えたりとか、
はい、しますね。
下の位置で結構私に左右されるから。
あ、そうなんですよ、面白いんです。
あの、かとたの違いとかよくやるんですけど、
かは下が下がるじゃないですか。
かは上に上がるというか、はい。
子供にそれやらせて、かって下だよね、かーって、あ、言えたーとかっていう感じで、
はい、あの、そういう。
あ、そうなんですか。
あの、大人の、あの、お家の方もびっくりされますね。
あ、そういえばそうやって発音してるみたいな。
いや、面白いですね、めっちゃ面白いですね。
確かにね、多分全部の言葉が近い気はしたとしても、違いますよね、使い方が。
そうなんですよ。
へー。
バヌアツでの音楽普及活動
そうなんだ、ちなみに、あ、どうぞ。
あ、すみません、既存のお子さんには、困っていることとか、
普段困っていることあるとかって聞いて、音読で詰まってしまうとか、
いろいろ自己紹介のときにやっぱり詰まってしまうっていうお話を聞いて、
いろいろ、じゃあこうやったらいいかなとか、やるんですけど、
既存のお子さんに関しては、私は環境の方を整えた方がいいなって思って、
へー。
はい、国学小学校でも1年生の教室に入って、既存っていう言葉は出さないんですけど、
既存のあるお子さんの話し方なんだよみたいな感じで、説明したりとか、
あと職員研修とかでちょっと読んでいただいて、既存のお話とか、
なんかそういう周りのところを、まず理解、周りの理解が大事かなって思ってやっております。
本人にアプローチもするんですけど、でも本人も変わっていくわけではないので。
なるほどな。
そうですね。
環境って聞くと、あんまそう考えたことなかったけど、確かにそうかもなって思ってて、
僕結構今出やすい、逆に普段一緒にいる人たちの中からあんま出ないんですよ。
意識もせずに。どっちかっていうと初めて話す人とか、突然、なんかね、突然生じる会話に多い。
よく聞きますね。
電話とかそうですし、あとあの街で歩いてると、あ、班長みたいな感じで。
受けられて、突然生の時に、あ、みたいな、そういうのがあって、
別に相手が自分の喋り方とかを、何か嫌とか思ってるとかそういう話じゃないはずなのに、
何か自分で勝手に緊張しちゃう部分があったりとか、みたいなのが結構あるかもなって思って。
確かに環境でそこでね、みんな大丈夫だよねって思ってみたら、あんま出ないのかもしれない。
なんとか自分はすごく思いましたね。
出てもね、みんなわかってくれてるっていう安心感があるっていうか。
確かにな。なるほど。ちょっとなんか、こういうのができるかわかんないですけど、
ちょっと見学に行きたくなりました。
どうぞどうぞ、来てください。
交流会っていうのをやっていて、なんかやっぱり横のつながりってすごい大事だなって思っているので、
静岡省でもやってますし、栗川岡のほうはまだちょっと、これから交流会やるんですけれども。
交流会って誰と誰が同行ですよね。
言葉の教室に通っている基礎のある学校さんって結構いるので、その子さんたちを集めて、一緒に遊ぶかって言って仲良くしてもらって。
でもその中でやっぱり、学校では自分だけだと思ってたけど、こんなに他の学校にいっぱいいるんだとか、
あと僕の喫煙はすごく重いと思ってたけど、友達もちょっと重くて安心したとか、なんかそんな感じ。
そういうのがあるんですね。
ありますね。そうするとやっぱりそこで自信を持って。
確かにね。
結構、いつもあっても放送委員会をやったりとか、議長会長をやったりとかするお子さんもいて、
っていうのはやっぱその会とかで出会って、友達が頑張ってたりすると、じゃあ僕も頑張ってみようかなみたいな感じで。
なるほどね。
めちゃめちゃ素敵ですね。
確かにね、なんかそういう言葉で不便さとか難しさを感じたからこそ、
誰かと話す、コミュニケーションするとか伝えるみたいなことに何か意識が向いて、
できるようになっていくって結構ありそうだなって思っていて、
僕も結局そういう質問みたいなものがありつつ、結局こういうふうなポッドキャストもさっきもちょっと話しましたけど、
個人でやってるのも2年前ぐらいからずっと一緒にやってたりとか、
元々全職もどっちかっていうとそういうコミュニケーションを扱うようなことをずっとやってきたので、
なんかやっぱりそこに自分的に何でしょうね、なんかまあ欠落した何かがあるような気がして、
意識が向いてるんだけど、
なんか何でしょうね、ネガティブな気持ちでそれを自分のそういう部分を見てるかもしれないけど、
そこに向けて頑張っていったら、気がついたら他の人より得意になったりとか好きになったりとかして、
なんかいいかもみたいな感じになってるっていうのがあるんだろうなと思って、
そういうのがあるから僕もなんか今、高口さんがこうやってたら多目的室で、
マイクを間に合わせて話してるんだろうなってすごく思いますね。
そっか。
ちなみに、今言葉の共通話とかさせてもらいましたけど、
なんかバヌーアツゼの音楽を広めていく、広まっていくっていうのは、
それは何をしてたんですか?
聞きたくなっちゃいました。
そうですか、広めていくことですね。
大学みたいな教員養成校で、
今教員の卵として学んでいる生徒たちって言っても、
私より年上がいっぱいいたんですけど。
そうですよね。
そうなんです。
それぞれの島とか、
バヌーアツゼは島国なので、83の島があって、
その島とか自分の学校に戻った時に音楽を教えられるように、
日本の音楽になっちゃうんですけど、
日本の音楽の教え方みたいな感じの。
へー。
カリキュラムか、カリキュラムを一応全部英語とかに訳して、
教科書みたいにしてお渡ししていくんですけど、
でもそれもあり、やっぱり音楽だから楽しくやりたいなんていうのもあって、
なんか演奏会までは行かないんですけど、
演奏会っていうか向こうはレゲー?レゲーか。
レゲー。
レゲー文化なので結構すんじゃって感じで、
面白いのが楽器がないんですよ、やっぱり。
楽器は買えないし輸入しなきゃいけないので、
ただ日本のどこかの団体が寄付してくれるんです、
鍵盤ハーモニカとかリコーダーとか。
ただその使い方は知らないんですよ。
まあそうですよね、そりゃそうだよな。
とにかくリコーダーはみんな知らないので、ただピーピーピーピーっていう感じで。
まあそれとかあって、鍵盤ハーモニカも何台かあったので、
生徒たちにこれ吹いてみるよってやると、
もうあのキーボードで慣れてるので、
1台でブカブカブカ両手でレゲーのアノリズムを見ちゃうんで、
すごい配合量じゃないですか。
面白い。
フードがいながらなんか。
面白い。
そんな楽しく。
ギターは弾けるので、結構ね、生徒たちみんなギター弾けるから、
ギターと鍵盤ハーモニカブカブカブカと。
あと、ドラムもドラムがないので、箱を、箱があって。
ドラム代わりにするみたいな。
そうそうそう、棒を立てて、ベースも作っちゃうんです、それで。
箱と棒と紐も、なんか適当に紐なんかやって、
ボンボンボンボンってこう。
なんか手作り楽器がすごいいっぱいありましたね。
ボトルキーボードとか。
面白い。
ボトルキーボードなんだ。
あの銀に水入れて音色を変えるやつです。
はいはいはい。
そういうのも作って、みんなで楽しく音楽をやるっていう。
なるほどね。
なんかそれを聞いていると、
音楽と言葉への関心、言葉の教室担当の経緯
なんかその言葉の教室はやっぱり言葉を扱われているし、
音楽の話も結局やっぱりその人たちの、
なんでしょうね、言語というか表現を扱われているような、
っていうのを聞きながら勝手に思っていたんですけど、
川口さんがそういう音楽とか言葉みたいなところに何か、
特に先生と言っても教諭の方と言っても、
いろんな方向性があるじゃないですか。
社会科の先生もいれば全然違うところ、国語とかもいろいろしている中で、
そういうところになんかやっていこうみたいなされたのって、
どういうところから来てるんですか。
なんかすべて偶然なんですけど、
言葉の教室、
音楽は好きだったので、
小学校の時からピアノ習ったりとか歌やったりとか、
大学もなんかオペラやろうって言って、みんなでオペラやったりとかして、
見たい。
そこで動画流してもいいですよ。
オペラをみんなでやろうって言ってやったりとかして、
そういうのはすごい好きだったので、
元からそういうのがあったんですけど、
言葉の教室はなんか急に、
その赴任するってなった時に、
言葉の教室やってくれない?みたいな感じで言われて、
そこで出会ったみたいな感じなので。
それはあれですか。
何かどっかの教室とクラスの担任をしながらやるみたいな感じだったんですか。
もう完全に言葉の教室で、
それで専任で。
本当に、はい。
もう学校も初めてで、言葉の教室も初めてだったので、
もう本当に泣きたくなりました。
最初は。
わかんないですよね、それは。
何やったらいいんだろうみたいな。
しかもね、学校のシステムっていうか、
そういうのを知らないまま。
初任の時。
そうなんです。
初任でいきなりすごいイレギュラーな。
イレギュラーでした。
他の近隣の学校にはあったんですか。
一応、隣の町にはあったので、
その先生に教えてもらったんですけど、
でも逆に考えたら自由だったなって思って。
なるほどね。
私も知らないまま自由に。
確かに確かに。
指導みたいなのも、一応ありましたけど、
でもそんなに緩く、その気づかないというか、
他の学級担任を持つよりは、
何やってもいいよってその子に合わせてっていうのがあったから、
今思えば楽しかったなって思います。
そう思うと、
今でこそその子に合わせた勉強っていうのは、
いわゆる多分、僕が聞いた話だけでしかないけど、
普通っぽくなってんだろうなみたいなことはなんとなく思ってるんですけど、
当時の20年前とかそれぐらいの、
単純にジャックとかのタイミングで、
一人一人に合わせたっていうのって、
今以上に全然なかった時代だよなと思っていて、
どちらかというとやっぱり何か答えがあって、
そこに何かみんな勉強して覚えて、
空欄の正解を当てに行くみたいな、
なんかそういうのが多かったよなみたいなことを思ってて、
そういう中でそういう場所にいらっしゃったっていうのは、
その時からそういう場所にいらっしゃる先生なかなかいらっしゃらないだろうなとちょっと思ったりしましたね。
はい。
えー、そっか。
ちなみに、
海外への憧れと教員への道
あの、それこそそういえばあんま聞いたことないかもなと思って、
その最初ごとの教室されて、3年ぐらい経ってバトルになったっておっしゃってましたよね。
でもあの3年間、実務経験が必要だったからってさっきおっしゃってましたけど、
ってことは、どっちかというとそういう協力隊で行くっていうのをそもそも念頭に置いて、
はい、置いてました。
あ、そうなんですね。
はい、高校生ぐらいからもう行きたいなーって思っていて、
えー。
で、行きたいなーって思ってたんですけど、
まあいろいろどうしようかなって悩む時期じゃないですか、高校って。
まあまあまあ。
進路とか。
もちろんそうですよね。
で、やっぱり先生になりたいなって思って、教育大に入って、
で、やっぱり先生やるからには、
外国に行って一回ちょっと自分を試してみたいなっていうのもあって、
そうですか。
ずっと協力隊に憧れてたんですけど、
その前に私、タイにボランティアに、
タイっておっしゃってましたよね。
学校生の時に行ってくれたんですけど、はい。
えー、その先生やるからには海外ってどういう流れなのかなって。
あ、なんか、もう私はすっかり日本式の教師になってしまったんですけど、
やっぱりいろんな視点っていうか、
なんか価値観というか、いろいろ持って、
子供の前に立ちたいなっていう思いは大学の時はあったんです。
今はすっかりもうガチガチな日本の価値観。
そうですかね。
ハマってますけれども、はい。
ちなみに、高校生の時に協力隊を教えてましたけど、
そもそも協力隊が先なんですか、先生が先なんですか。
ラジオへの興味とアナウンサー志望
あ、一応子供の時から先生はなりたいなっていうのはぼんやりあったんですけど、
まあでもいろいろ、なんかあの職業もいいな、この職業もいいなって思いながら育ってきて、はい。
ちなみにその先生以外はどんなものをイメージしたんですか。
えっとですね、恥ずかしいんですけど、
あのラジオのアナウンサーとか、ラジオの子やって、
あー、そうなんだ。
はい。
へー。
アナウンサーとかいいなと思って、
あの実はラジオの、学生の時にバイトもさせていただこうと思って、
え、そうですね、面接まで行ったんですけど、はい。
でもちょっと、あの、やめ、やめたいなって思って。
そっかそっか。
はい。やっぱり教員の方がいいかなって。
へー。
ラジオを聴くのが好きだったんですね。
あ、聴くの好きでしたね。
はい。
そうなんだ。
もうずっと本当に、あの、オールナイトニッポンとか、
中学生だったら。
あの、中学生ぐらいだったのね。
あ、いいですねー。
はい、夜中までずっと聴いてるような。
そうなんだ。今も聴いてます?
あ、今も聴いてないですね。
そうですか。
今オールナイトニッポンは結構ずっと聴いてて。
あ、そうですか。
ラジオの魅力と谷川俊太郎さんの詩集『朝』
特に最近はずっと、5年、6年ぐらいは星野源さん。
あ、はい。
あの、オールナイトニッポン聴いてて、
ちょっと先月、先々月終わっちゃったんですよ。
あ、そうですか。
10年間やって。
てか僕、源さんのファンクラブに入ってるんですけど。
あ、そうなんですね。
そうそう。
でもその彼が終わって、
さかなクションの山口一郎さんって方が、
あの、源さんの後に入って、
それはそれで面白くて、
あの、毎日あの、お皿とか洗ってるとき聴いてるんですよ。
あ、そうですか。
そうそう。
へー。
そう、まあでもそっか。
いいですね。
ラジオがお好きだったんですね。
はい。
そうなんだ。
どこら辺がお好きだったんですか?
あ、ラジオですか?
うん。
ラジオ。
あ、ここら辺。
聴いてる中で、
はいはい。
音が楽しくて、面白くて、興味があって聴いていたのかなって。
あ、なるほど。
あ、やっぱその方しゃべってる内容とか、
はい。
なんか、まあほんといろいろ聴いていて、
あと音楽、やっぱり音楽が好きだったので、
音楽番組とか、
なるほどね。
ナレーターとか聴いてて、
はい。
いいなーって、はい。
たしかに。
はい。
やっぱりあの、ああいうふうに間は合間に音楽が入るじゃないですか。
はいはい。
テレビってないですよ。
ないですね。
うん。
ラジオ特有のというか、
なんかね、ああいうの聴いてると他にはなくていいなっていう。
そうですね。
全然知らない曲を教えたり、
はい。
全然これ好きじゃないなとか、
はい。
これすごい好きだなとか言われますもんね。
はい。
あ、そうなんですか。
ああ、なるほど。
そうか、なんかこういうふうに話して見ていると、
やっぱりあの、ね、これだけパヌアツの写真展の話をしたりと、
『朝』との出会いと「朝のリレー」
ちょうどあの、今これ撮っているのが5月の14日で、
あさってね、イベントがね、
トークイベントがありまして、
本当はトークイベントの前にこれを間に合わせようと思ったところだったんですけど、
いろいろ都合がつかなくちゃいけない。
そうですね。
で、先になっちゃったんですけど、
そういったところの話をしている中で、
うん。
あの、田口さんとおしゃべりする機会はいくつかあったにもかかわらず、
今、今日ここの2、2、30分聴いているようなところは全然話したことなかったので、
そうですね。
聞けてよかったです。
よかったです。
なんかこういうのはね、なんかそれこそ、
あのね、この栗ヶ丘にも須坂の小学校にもいらっしゃるとした時に、
なんか先生がそういうことを小学生の時に思ったとか、
中学生の時に思ったとか、なんか知りたいな、
子供だったら、みたいなことをちょっと今聞きながら思いましたね。
そうです。
そうか。
いや、そろそろね、
あの、ちょっとかなりいろんなおしゃべりしちゃったので、
本の話も言ってみたいな、みたいなことを思っていて、
一応あの、この番組としては、
この小布施の町に暮らす方、働いている方、お呼びをしながら、
その方が今誰かと話したくなっちゃった本について、
ちょっとおしゃべりを途中していこう、みたいなことも趣旨の一つとして持っておりまして、
今回ですね、栗さんに何か持ってきてね、みたいな、
あの、伝えたんですけど、どんな本を持ってきてくださったんでしょうか。
谷川俊太郎さんの詩が書いてある、朝っていう詩集ですね。
へー。
写真が吉村さんっていう方で、長野県出身の方だそうです。
あ、そうなんですか。
はい。
そうなんだ。
その、えっと、冊子は、えっと、谷川さんの詩が全編書いてあるんですか。
全ページ谷川さんの。
あ、全ページ書いてあります。
あ、そうなんだ、そうなんだ。
えー、谷川さんの、なんか、結構見たことある気もしますけど、
僕それ見たことなかったです。
あ、そうですか。
朝っていうのがあるんですね。
朝に特化した詩が。
あ、そういうこと。
で、これ面白くて、こっちは大人向けで、こっちが子供向けなんです。
面白い。その教師が朝が漢字の方が大人版で、
はい、平仮名の方が。
平仮名が子供版なんだ。
はい、こんな風に子供版は。
あ、写真が強くたくさん出てて文字が少なめみたいな。
そうですね、はい。
あ、面白いですね。
はい、面白いですね。
てか帯もそうなってます?帯も違いますよね。
はい、そうですね、帯も違いますね。
帯も、あの、子供版向けはなんか結構平仮名な感じで。
はい、はい。
へー、あ、面白い。
ちなみにこの本はどういう風に選んできてくれたんですか?
あ、私、この本の出会いが協力隊に行っていたあたりだったんですよ。
あ、そうなんだ。
はい、はい。で、朝のリレーっていうのがすごい好きで。
朝のリレー。
CMとかでやったと思うんですけど、あと教科書にも載ってるかな。
そうなんだ。
このカムチャツカの若者がキリンの夢を見ているとき、
メキシコの娘は朝靄の中でバスを待っている。
ニューヨークの少女が微笑みながら寝返りを打つとき、
ローマの少年は中途を染める朝日にウインクする。
この地球ではいつもどこかで朝が始まっている。
僕らは朝をリレーするのだ。
経度から経度へと。そしていわば交代で地球を守る。
駅の前の人と一時耳を澄ますと、どこか遠くで目覚まし時計のベルが鳴っている。
それはあなたの送った朝を誰かがしっかりと受け止めた証拠なのだ。
詩がすごく素敵で、私ちょうどこの詩を受け取ったときって、
協力隊に行ってたときで、協力隊って一緒に訓練をするんです。
いろんな国に行く人たちと。
なるほどね。
その訓練生がみんな世界に散らばって。
日本のどこどの。
長野県で訓練する。
長野県の駒金市っていうところに訓練所があって、200人ぐらい一気に。
全国の人が集まって。
全国の人が集まって、世界に散らばるっていう。
いいですね。
2ヶ月間一緒に生活を共にするんですけど。
ここでやっぱり、みなさん散らばってるときにこの詩を聞いて、
みんな世界中にいるってことは朝のリレーをしてるんだなっていうのがすごく身に染みて。
すごい友達もだし、日本にいる家族もだし、
みんなこうやって頑張ってるかなとかって思える詩で。
で、はい。
GY一冊。
写真もよく、写真はこれプリンスエドワード島の写真なんですよ。
これって私、子供のとき赤毛の案がすごく大好きで、
プリンスエドワード島じゃないですか。
だからなんかピッタリで。
ちなみにさっきほら協力隊のところにこの本にっておっしゃってましたけど、
これは協力隊に行く前、日本で買ったんですか。
いえ、行ってるときにこの詩に出会って、帰ってきてから買いました。
行ってるときに、現地にもちろん日本語の本を売っていました。
売ってはないんですけど、
あったり、あとネットとかで今、今じゃないや、その当時は。
トローチでネットが通じてたとき。
そっかそっか。
そのときってそんなわぬわずに日本の本を今のアマゾンみたいに買うんじゃない、できたんですか。
できないですね、全く。
なので、一応協力隊の隊員の人たちが集まる家みたいなのがあって、
わぬわずに。
そこには日本語の本がみんな置いていった。
そういうこと、なんかいいですね。
あとは日本から来た人にこの本買ってきてって頼んだ。
そういうことね。
そのときにこの本はどうやって見つけたんですか。
ネットかな、インターネットで調べたっていうか、
この本ですね、この本は帰ってきてから本当に。
そうかそうか。
なんで詩に先に出会って、この詩が書いてある本が読みたいなって思って読んだら、
すごいこの朝についてすごく素敵な言葉がいっぱい書いてあって。
そうなんだ、そうなんだ。
その詩はネットで見つけたってことですか。
そうですね、はい。
たぶん。
谷川慎太郎さんの詩を検索してヒットさせるって、
今でももちろん谷川さんの詩って多いですけど、
その当時でもたぶんめっちゃあったじゃない、あるはずじゃないですか、谷川さんの詩って。
それの中でこれを見つけるのってどうやって検索したら見つかるんですか。
そうですね。
なんかもうちょっと覚えてはないんですけど、
たぶん谷川慎太郎で検索していくつか詩が出てきて、
その中で見つけちゃったというか、出会ってしまったというか。
そっか、谷川慎太郎さんの詩はその前々からいろんなものを読まれていたんですね。
はいはい、読んでましたね、はい。
まああの教員。
まあ確かにね、教科書にもたくさんありますしね。
結構子ども向けの詩とかいっぱいあるので。
確かに、あと絵本の翻訳とかもね、ありますもんね。
そうですね、はい、なので、はい。
よく触れてましたね、はい。
そうなんだ、へぇ。
詩集『朝』の魅力と朝の風景
たぶん協力隊に行ってなかったら、へぇくらいの詩だったと思うんですけど、
やっぱりぴったりだったので、なんか。
ああ、みんなこうやって朝迎えて頑張ってんだなとか。
ちなみにその詩の中で、特にお気に入りな一文、二文とかどこらへんなんですか。
そうですね、はい、あの、えっとですね。
僕らは朝をリレーするのだ。
軽度から軽度、そして岩場、交代で地球を守るっていうところが、
たぶんちょっと平和のメッセージっぽくて。
軽度から軽度、地球を守る、交代で。
っていうのが、やっぱりね、はい。
やっぱり今ね、いろいろ予想があって、私実はイランに友達がいて。
ああ、そうですか。
で、やっぱり今大変なことになってて、
メールを送っても返信できませんでしたっていう、
あ、返信じゃない、送信できませんでしたって来るっていうのをやっぱり感じると、
なんかみんな、私も旅行に行って、いろんな人、いろんな生活とか見てきて、
みんな朝起きて、トイレ行って、歯を磨いて、ご飯食べて歯を磨いてとか、
シャワー浴びてとか、家族がいれば家族とご飯を食べてとか、
そうやって同じように生活してるのに、なんでこんなに争っちゃうかなって思うこともあって、
今はここが一番大きく感じますね。
いやー、いいですね、朝が確かに全世界どこでもやってきますけど、
交代で地球を守ってるって考えたこともなかったけど、
確かにね、そうやってみたらそうなのかもしれないですね。
そうですね、はい。だって今だってどこかで今朝を迎えてるわけですもんね。
そうですね、確かに。だって今日本だと、今撮ってるのが16時半とかですけど、
確かにな、朝になってくるのたくさんありますもんね。
みんなね、おはようって言ってるんだなって思って。
思いますよね、確かに。
あー、そっかー、いやー、それをなんか聞けて嬉しいなって。
そうなんだー。
で、他にも朝ってすごい私好きで、
あのー、ほんとバナーズとかの朝ってパンを売りに来るんですよ。
フランス料とイギリス料だったので、フランス料の人たちが朝フランスパン、
フランスパンっていうのは日本ぐらいなんですけど、バケットですね。
バケットを焼いて、本当にこういう住宅街を音を立てて、
これ売りに来たよーって言って、それで起きるみたいな。
いいですね。
そうなんです。
これはいいですね。
で、私ももうね、ぼうけまなこで買いに行くみたいな感じで。
1個20円とか30円とか。
はいはいはい。
すごい美味しいんで。
そういう光景がやっぱり今もね、読んでると、
ああ、そういう朝だったなーとか思ったり。
あとはあの、タイに行った時にやっぱり、
タイって朝からすごくエネルギッシュにみんな働いていたりとか、
あと、やっぱ海の方とか行くと朝焼けがすごく綺麗な朝日の、
のぼってくる朝焼けが綺麗で、
私は本当にタイに旅行に行った時に、朝早く、
夜明け前から行って、その朝焼けを見るのがすごい好きで。
朝っていうのがすごい、やっぱ全て、
この本にもありましたけど、全てが始まりっていう感じがして。
はいはいはい。
でも普段は眠いから。
それはね、そうです。
仕事がある日は結構ギリギリまで寝てたりはするんですけど。
確かに確かに。
確かになんか、今聞いてて思ったのが、
朝を普段意識しているだろうかみたいなことを今すごく思って、
もちろん起きる時間だったり、ご飯食べて、
どっか何か仕事なりするとかはありますけど、
なんか日常的に朝、普通に生活してると、
眠くて起きたくないなとか、めんどくさいなっていうのは結構強かったりするじゃないですか。
意外と旅行先とかだと、
なんかちょっとテンション上がってんのか、
ちょっと勝手に起きちゃうとこもありますけど、
なんかちょっと朝日を見ようかな、
ちょっと朝散歩しようかなみたいなのってあるじゃないですか。
ありますね。
なんか、でも本来は特別なものではないにもかかわらず、
なんかあの、なんていうんですか、
特別な時に何かそれを感じちゃうみたいなところもきっとあるなみたいなことを思っていて、
でもなんか旅の時じゃなくても、
変わらず朝日は多分綺麗で、
おそらく気持ちいいじゃないですか。
みたいなことをなんか今のを聞きながらすごい思いましたね。
今なんかあんまり朝日見てない気がするみたいな。
でも今早いですしね、朝からね。
早いですからね、ちょっとだんだんね、早いから。
朝の特別な時間とテラスでの読書会
もう今6時ぐらいですけど、もう5時では行ってるのかな。
そうですね、はい。
冬とかはね、本当に長野県の内から山がちょっと見えるんですけど、
朝焼けすごく綺麗で。
そうですか。
なんかそういうのを聞くと、ほらあの僕、
田口さんに言ったかもしれないですけど、
最近金曜夜にテラスで読書っていう、
まあ金曜の夜にテラスの夜、
閉館時間以降開けるっていうのを始めて、
それなんか結構僕お店に引っ越してきてから、
あの夜に本を読めるようなお店が開いていない。
あーなるほど。
結構これまで僕住んできたところで、
なんかだいたいどこでも、
あのちょっとふらりと入って、
なんか一瞬飲みながら本読むお店みたいなものを、
常にいくつか入れてきたみたいな、
用意してきたみたいなところがあって、
それがなかなか、あ、つけられないみたいなことを思って、
なんかそういう人も他にいたりするんだったら、
なんか開けられてもいいなって思ってやったんですけど、
今のみたいな話聞くと、
朝日が昇るとともに読書を始めるみたいな会とかやりたくなりましたね。
いいですね。
誰も来ないみたいな。
みんな寝坊するみたいな。
寝坊しちゃうみたいな。
確かに。
そういうのいいな。
いいですね、はい。
なんか朝なんとかみたいな言葉って結構あるじゃないですか。
朝シャンとか朝風呂みたいな。
朝カツとか。
昔、まだ20代の頃とかは朝ラとかよく言われてたんですけど、
朝ラーメン。
東京にいたときとかは、
職場の何人かで朝6時集合して、
ラーメン食べてから6時半から仕事スタートするみたいな、
よくやってたんですけど、
さすがにもうできないですけどね。
やっぱなんか確かにそういうの感じるっても、
夜なんとかってあんまり聞かないっていう言葉として。
確かに。
なんかもしかしたら朝は特別な何かがあるのかもしれないですね、
時間帯として。
いやー寝坊みたいなの聞いていると何でしょうね。
これから始めてみたいこと:バングラデシュ語学習
なんていうんですか、
僕小学校の時とかに先生のそういう話を聞いたことがないなって思って。
そうですか。
そうそう。
今だからそう思うかもしれないけど、
聞いてみたかったなーみたいなこと思いますね。
あんまりそうですね、
学校外も忙しくて、
こうやってゆっくり子供たちと話す時間ってないかもしれないですね。
忙しいですよね。
それはそうですよね。
そうだよな。
ちなみに朝始まるときみたいなことを、
今一緒に話してきている中で、
ちょっとかなり文脈飛んじゃうかもしれないけど、
川口さんとして最近始めたいことって何かあったりしますか。
最近始めたいこと。
これから始めてみたいこと。
これから始めてみたいこと。
あー、
いろいろやりたいことはいっぱいありますけど、
何だろうな、
そうですね、
始めてみたいっていうか、
ピッとは始めたいんですけど、
やっぱり私、海外に興味があるので、
バングラディッシュの言葉をちょっと習おうかなと。
なんでまたバングラディッシュなんですか。
ちょうど友人でバングラディッシュの協力隊に。
前話しましたよね。
バングラディッシュに住んでいる友達もいれば、
近くにバングラディッシュに協力隊で行ってた子もいるので。
協力隊にたくさんいるじゃないですか。
なのでちょっとバングラディッシュに関わりがあるので、
ちょっとあの文字を覚えてみたいなっていうので、
ちょっとだけ教えてもらったんですけど。
どういう文字なのか全然わからない。
本当になんかかわいいんです。
かわいい。
インドの文字。
あー、はいはいはい。
ポケモン猫多いの。
あー、はいはい。
レンガル文字ですか。
そうです、レンガル文字です。
レンガルなんだ。
はい。
うわ、これ全く判別できないですね。
そうだね。
へー。
覚えてみたいなーって思ってるんですが。
すごい。
なかなか難しくて。
多分ポケモンのすごい初期を知っている方にしか伝わらないけど、
アンノーンっていうキャラクターが昔いたんですけど、
全部古代文字みたいなキャラクターで、
数十体ぐらい種類がいるんですけど、
そのアンノーンみたいだなって思いましたね。
へー。
じゃあこれ文字を分かるようにならせるようになっていくと、
塚口さんはどんな風になっていくんですか。
話せるようになるとですか。
バングラデシュでの支援活動
私将来的にはバンガラディッシュにちょっと旅行に行きたいので。
あ、そうなんだ。
はい、そこでちょっと使えたりとか、
あと私バンガラディッシュに今友達がいて、
そこでプランティアで学校を作っているので、
あー、はいはい。
はい、そこの生徒とちょっと里親になっているので。
あ、どういうことですか、里親になっているって。
はい。
それは何か、寄付をしているみたいな。
あ、そうですね、学費を全部。
全部。
はい、払って今。
あ、そうなんだ。
はい。
へー、それはなんか何かの団体を通しているみたいな。
その友達が作った団体があるんですよ。
あるんだ。
学校に、はい。
へー。
団体というか。
あ、そうなんですか。
はい、NPOですね。
はい。
はー、なるほどね。
それは何か、かぐしさんみたいに里親になっている方が結構、
あの、他にもじゃあいらっしゃるってことですよね。
あ、そんなにいないんです、今。
あ、そうなんだ。
そうかそうか。
ちょっと経営が大変みたいで。
うんうんうん。
はい。
なんで今、コーヒーを栽培して。
へー。
地元のあの人たちと一緒に。
うんうん。
で、学校の資金をしているっていう。
へー。
学校ですか。
はい。
はー、なんかでもそれを聞いているとあれですね。
あの、むしろその方とかにもバングラディッシュなんかやってほしいですね。
そうなんですよ。
あ、そうなんですよ。
あ、そうなんです。
そっかそっか。
はい、あのー。
そっかそっか。
普段はもうずっとバングラディッシュ。
あ、そうですね。
バングラディッシュに住んで、野生。
そう。
はい。
この学校がちょっと山の方の学校なので。
はいはい。
普段はダッカっていう首都に住んでるんですけど。
時々行ったりですね。
そっか。
やっぱ外国人が入るのにはちょっと許可が必要な地域なので。
へー。
そうなんですね。
はい。
あのー、いつも行けるわけではないみたいな。
へー。
はい。
そうなんだ。
マザーハウスとバングラデシュ
はー。
バングラってあのー、僕も全然行ったこともないし、全然知らないんですけど。
あのー、前ちょっと一緒に話したかな。
僕、えっと、マザーハウスっていうバッグ屋さんが、
いつぐらいから持ってたかな。
15年ぐらい前とかから好きで。
今はバッグも全部人にあげちゃったりしたんですけど、
今持っている僕の名刺入れがムーミンが書いている名刺入れなんですけど、
マザーハウスとムーミンがコラボしているやつで、
ただあのー、館長の内定が出た後に妻がプレゼントしてくれて。
あー、いいですね。
はい。
これまで結構ずっとフルリモート、全部遠隔で仕事するのはかなり長かったので、
ほぼ名刺入れ持たなくなっちゃって、
で、なんか館長だったら得るよなーってなって思ってたら、
なんかちょうどくれて使っているんですけど、
そのマザーハウスは好きでずっと、あそこがあのー、えっと、
土壌国から、どういうビジョンかな、
土壌国からなんたらなブランドを作るみたいな感じのビジョンを持っていて、
多分20年以上前からやっているところですけど、
たぶんバングラデッシュが一番、
あのー、そこのカバを使って、
たぶん工場も結構でかいのがあったりして、
バングラとかパールとかが一番大きいのかな、
だったので、
なんかマザーハウスのそういういろんな情報とかを見るときに、
バングラって今こういう風な感じなんだなーとかを時々見たりしたので、
若干の親近感があるみたいな感じなんですけど、
そう、なんかね、もしよければこのテラスでも何か、
写真店みたいなところでも嬉しいですし、
そうじゃなくてもね、
なんか一緒に楽しめることがあったらいいなーみたいなこと改めて思いました。
そうですねー。
ぜひ、はい。
ぜひぜひ。
コーヒーへの目覚めと探求心
ちなみにバングラの言葉以外には何かある?
始めてみようと思っている。
始めてみようかね。
ですねー。
言葉以外にも。
私、最近コーヒーを飲めるようになったんです。
最近ですか?
はい、そんなんです。
逆になんで今最近飲めたんですか?
なんか、今まで結構お腹痛みたいな感じだったんですけど、
最近なんか飲んでも平均になって体質が変わったのかと。
強くなったんですか?
あ、そうですか。
だからなんかコーヒーのおいしい地域とか、
ちょっと研究したいなっていうのもありますけど。
面白い。
やっぱ、高橋さんの話聞いてると、
何かを探究し深掘っていく系ですよね。
どれも。
でもここまで来て初めて言葉とか表現系じゃなく、
コーヒーをでも探究していくのが表現かもしれない。
ちなみに先生としても今後も取り組まれていくんだろうなって
今後の教育への取り組みと大切にしていること
今聞きながらも想像してたんですけど、
先生としては今後こういうふうな取り組みをしてみたいな
なんかあったりするんですか?
本当はバナーツとかバングラディッシュとか、
いろんな国の話をもっと子どもたちにしたいなっていうのはあって、
ただね、やっぱり忙しいっていうかね、
なかなか時間が取れないっていうのもあったりして、
でもやりたい。
Zoomとか本当に気軽に海外とつながれるようになったので、
そういうところではやりたいなって思っている。
そうなんですね。
なんかそういう今おっしゃったバナーツのことを子どもたちにっていう話もそうだし、
今日このおしゃべりの中でも、
言葉の教室の話とか音楽の話とか、
バングラディッシュとか話もありましたけど、
なんかそういうのを通しながら、
坂口さん的に共通してすごく大事にしているのって何なのかな、
もうちょっと聞いてみたいなと思ったんですけど、
そういうのを考えたり取り組まれたりしているときに、
どこらへんをすごく大事にしているのか、
大切にしながらそれをやっているのかって聞かれてみると、
どんなふうに思いますか。
そうですね。
私、なんか自分が一番楽しいなとか幸せだなって感じるのが、
人とのつながりがつながったときというか。
つながったとき。
私たちも東北つながりじゃないですか。
確かにね。
そうですね。
最初びっくりしました。
なんか共通点を探るのも楽しいし、
確かに確かに。
なんかそういう、本当にこの図書館を紹介していただいたのだって
おぶせ町に住んでいる方につながって、
悠々サークルのね。
はい。
はいはいはい。
なんでなんかどんどんどんどんつながっていくのがすごく楽しいなって思って、
なるほどね。
そういうのもすごく大事にしたいんです。
そうなんですか。
意外なところでこうやって東北ですかみたいな。
確かにね。
私は東北ですねみたいな。
長野で会うんですねみたいな感じですもんね。
はい。
確かに確かに。
はい。
人との出会いというか。
はい。
なんかそれを聞くとそう思ったんですけど、
ゲストの感想と「朝のリレー」の朗読
僕あの写真展の話を最初に聞いたときに、
なんかすごくいいなみたいなことを思ったのと同時に、
なんかもっと楽しく遊べるといいなってすごく思ってたんですよ。
写真展を、写真を展示したときに、
なんか多分展示をして、
多分それを見て何か感じてくれる人は北たくさんいるんだろうなって思ったと同時に、
とはいえそれが一人一人の中で誰とも話さずに、
なんかいいなとかって思って、
もしかしたら家帰ってね誰かに話したりとかしてるかもしれないけど、
言うても多分一人の中でって思って終わってしまうのも多いだろうなと思って、
なんかもちろんそれはどうしても仕方がないことだと思うし、
逆にこれがちょっと一瞬でも一回でも見るだけで何かが残ったりとかするんだったらもう最高だなと思うんですけど、
なんかもしかしたらそれをもうちょっと誰かと話したりとか、
あの感じ深めていくことがそういった日がちょっとでもあったりするだけで、
それこそ社長を見ている方もそうだし、
それこそ今回主催というか公約してくれた坂口さんたちも楽しかったりするかなみたいなことを思って、
今度の土曜日のトークイベント、
最初は何の気なしに何かイベントやりませんかみたいな話をしましたけど、
なんかそういうのがあったらいいなって思ってたなみたいなことを今聞きながらすごく思って、
今度のイベントの時はそれこそ何人くるか分からない、
申し込みも一旦今回はせずにしようと、その場でも来れるようにっていったことによって、
統一になるまで本当に何人になるかゼロかもしれないが、
多いかもしれないし分からないみたいな状態になってますけど、
なんかその時に坂口さんとかがその場にいる人たちとすごいたくさんつながれるといいなみたいなことはすごく思って、
もしかしたらそこに参加している人たちと、
その人たちが普段いる場所でワンマットの何かが始まるかもしれないし、
もしかしたら坂口さんじゃなくてそこに一緒にいる杉田さんとか、
しあとりさんが何かが始まっていくかもしれないし、
なんかそういうのもまたね、坂口さんも面白がって見てそうな気もするし、
なんかそういうつながりがより生まれる時間になったらいいなってのと、
同時に一応今月の20何日かこの写真展は終わっていく、
ちょうどその週の頭ぐらいにこの音源を公開できるかどうかみたいな感じはしてますけど、
それ以降も何かしら、また来年度なのか分からないですけど、
ちょっと違う形だったりもしつつ、
何かまたここで坂口さんたちも遊んでくれると嬉しいなみたいなことを思ったりもしました。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
ちなみにそろそろいい時間になってきたなみたいなことを思っており、
お別れの時間が近づいてきた気がしております。
ちょっと改めてこの1時間ぐらいおしゃべりをしてきましたけれども、
ちょっと最後にですね、坂口さんに今日このおしゃべりをしてみて、
今どんなことを感じられているのか、ご感想みたいなことだったりとか、
追いかかってだんだん終わっていこうかなというふうに思っておりますけれども、いかがでしょうか。
そうですね。
本当に原子炉館長すごく上手に引き出してくださるので、
最初は話せるかなと思ってきたんですけど、
でも自分しゃべっていて、新しい自分の見方っていうか、
これ今感じました。こういうふうに自分は感じていたんだっていう。
そうです。どのあたりですか。
言葉の教室あたりとか、
そうですね。
言葉の教室のどこらへんですか。
既存のお話しされたときとか、
自分はこういうことを大事にしていたんだなっていう。
そういうことね。
そういう気づきがあったりとかして、すごく上手に引き出してくださったので。
ただ好きなだけですけど、おしゃべりするのが。
でもすごく楽しかったです。
嬉しいです。
ありがとうございます。
じゃあ今日はそんなところで終わっていきましょうか。
すみません、すごい直感で恐縮なんですけど、
最後もう1回ですね、沢口さんにさっきの詩を読んでいただいて、
終わっていけたらなんか嬉しい気がするなと思って、お願いしてもいいですか。
朝のリレーですね。
他にもいいところがいっぱいあるので、ぜひおすすめの本なので。
じゃあ朝のリレー読みます。
カムチャッカの若者がキリンの夢を見ているとき
メキシコの娘は朝靄の中でバスを待っている
ニューヨークの少女が微笑みながら寝返りを打つとき
ローマの少年は中途を染める朝日にウインクする
この地球ではいつもどこかで朝が始まっている
僕らは朝をリレーするのだ
軽度から軽度へと
そしていわば交代で地球を守る
駅の前のひととき耳をすますと
どこか遠くで目覚まし時計のベルが鳴っている
それはあなたの送った朝を誰かがしっかりと受け止めた証拠なのだ
明日朝日を見に行く気がしました。
あ、ぜひね
ありがとうございます
終わっていきましょうか
ありがとうございます
では今日もですね
皆さんお聞きいただきましてありがとうございました
皆さんのあなたの読書体験が
ちょっぴりでもより面白く豊かになっておられたら嬉しいです
ではまた次回のテラソで
あの本の話をお耳にかかりましょう
それでは今回のゲストは
栗川賀小学校 須坂小学校教諭の
坂口ゆき子さんでした
坂口さん今日はありがとうございました
ありがとうございました
01:04:40

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