2025-12-03 11:03

#46 完璧な段取りが「指示待ち」を生む?共創のジレンマ

イベントやコラボを主催する際、参加者が楽しみやすいようにと完璧な段取りを組むまりか。しかしその結果、周囲が思考停止し「先生、次は何をすれば?」と指示待ち状態になってしまうモヤモヤを吐露します。一方たまは、「段取り上手な人がいる場では、あえて手を出さないことが最適解」という「生徒側」の心理と生存戦略を解説。
効率を求めるあまり主体性を奪ってしまうリーダーと、失敗を恐れて動かないフォロワー。日本の学校教育やP&G流リーダーシップ論を交えながら、大人が本当に「共創」するために必要な「弱みの見せ方」と「バトンの渡し方」について語り合う、働き方のヒントが詰まった回です。 #悩み #リーダー #リーダーシップ
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サマリー

イベントの主催やコラボレーションを通じて、リーダーシップや役割分担についての意識を再考する様子が見られます。また、参加者に主体性を促すためのコミュニケーションやアプローチの重要性についても議論されています。

イベント主催とリーダーシップ
こんにちは、たまです。
こんにちは、まりかです。よろしくお願いします。
本日はですね、我々よくイベントを主催したり、それぞれでも主催するし、コラボでも主催したりするんですけれども、
どうもそういう、なんかこう、なんか主催するとか、主催をサポートするとかすると、なんか気づいたら我々がちょっと先生みたいになっちゃって、
で、なんか周りの人が生徒になっちゃうっていう。で、主催する時だけかと思いきや、なんかいろんな場でそれがなんか発生してしまうっていうの、
なんかちょっと問題だよねっていう話になったので、ちょっとそれについて語っていきたいと思います。
で、まりかさんはちょっと最近それのなんか典型例みたいなのがあったんですよね。
そうですね、やっぱりなんて言うんだろうな、いろいろ生実家、自分たちで言うのもなんだけど、こういろいろサクサクと進めちゃう言いがちというか、
物事をやっぱり進めて、せっかくなら効率的にみんなが楽しくやれたらいいなと思って良かれと思って、いろんな準備をしちゃうと、
なんかこう、参加してる人からすると魔法のようになんか何でもやってくれる人みたいな感じで、
見てもらって、先生扱いをされちゃうというか、
私からするとその場の仲間の一員として参加をしてるんだけど、せっかくやるんだったら自分のリソースを使って、
よりよく効率よくみんなが参加しやすい場にしようという根回しをしただけにもかかわらず、
次はどうすればいいんですか?みたいな感じで、
もともと先生という立場を仕事でやってる性分もありますけど、
課題があったら解決しようと多分無意識に動いてしまうがゆえに、
逆に皆さんのみんなで場を作ろうという気持ちを奪ってしまってるのではないかということを最近気づいたということはありましたね。
なるほどね。
たぶん我々二人でやると特にそうなんですけど、
一番効率的なやり方を考えて最短ルートで行こうとするので、
ガリガリガリみたいな気づいたら終わってたみたいな準備、何かの準備とか何かの進行とか終わってたみたいになるので、
周りからすると下手に手を出さない方がいいみたいな感じになるのかなっていうのは、
言わんとしていることは分かると思う。
ただ、どうなんでしょうね。私自身は割と段取り上手な人が多い環境で働いた時期が長いので、
段取り上手な人がいたらそこで流れはできるじゃないですか、タスクとか進める流れ。
そこに上手く自分が乗れる方法を自分なりに考えて提示するみたいなのを割と、
今これ手空いてるのでこういう作業だったらできますっていうとか、メインの流れはもう整ってるから細かなところをフォローするとか、
勝手にそういうのって能動的に見つけてやるもんだっていうふうに思ってたので、
みんなやんないんだっていうのがすごいびっくりしました。カルチャーショック的な意味で。
だからなんか、教えてもらおう、おろおろみたいな感じで、そういう感じなんだみたいな。
なんかわかんないですけど、私は割とそういうなんかぼーっと突っ立ってるみたいなスタンスでいると、
結構子供の時に怒られてたので、怒られないで大人になる人っているんだっていうのがちょっと、
純粋に私はすごいびっくりしたっていうのがあります。ただまあ人はいろいろいるので、私の世界が狭かったっていうだけなんです。
特になんか我々の中高時代的にも、やっぱりその自我というか、
自我がないとそれはいないと同義みたいな世界で、やっぱり6年間してきたから、
いかにその人がやってないところで自分の価値を発揮するかっていうことを多分考えるとともに大人になってきて、
まあやっぱり会社に行っても似たようなことをやってきたから、
本当のシャバというか、いろんな方がいる世界にこうやって大人になって入ると、
これが普通の世界ではなかったんだなっていうのは正直。
みんなでリーダーシップになるみたいな感じじゃないんだなっていうのは。
むかし、T&Gみたいな会社をラボというか研究室の同僚に受けてるのを見たときに、
いかにその自分のリーダーシップを発揮した経験があったかっていうことをとにかくプレゼンさせるっていうエントリーシートみたいな時があって、
その同時期にチキリンさんっていうブロガーのリーダーシップがいかに大事かみたいなブログがすごい刺さったんですけど、
やっぱり本来は全ての人が、別に漢字だろうが何だろうがリーダーシップを持って、
自分がそこの場に提供できるものを考えるっていうことこそが最強のコミュニティというか、
になるんだよっていう話も読んでいたので、そこがすごくしっくりきたんですけど、
私の中では多分その考えでずっと20代30代で生きてきたので、結構最近私もカルチャーショック感はありますね。
なんか今それ聞いてて思い出したというか、ここが違うのかなって一つ思ってるところがあって、
みんな、みんなというか一定数の人はリーダーシップを取らないっていうことが、
イコールこうなんだろうな、位置表示をしないっていうことに別にインパクトがないって思ってるかもしれないんですけど、
位置表示をしないとか、能動的に行動しないっていう位置表示ですからねっていうのが私すごい思ってて、
そこって多分リーダーシップのところにも通じるところがあるんですけれども、
そこでリーダーシップを取るのが最適じゃないからあえてステーカンするとかはあると思うんですけど、
それも別にスタンスじゃないかっていうのと同じような感じで、そこでオロオロして何もしないとか、
とりあえず一方になって自分から貢献はしないっていうのは、それは位置表示をしてないんじゃなくて、
そうしないっていう位置表示をするってことですからねっていうのの認識が薄い人が多いなって思いますね。
個人の役割とバランス
それこそ中高時代とかそういう時に受けた教育で固まってるのかもしれないとは思う。
あまり位置表示をするべきじゃないっていう教育を受けてる人も多いですからね。
そこは多分我々2人とも違うかもしれない。
一室側の人間なんで。
やっぱり多くの学校、いわゆるザ・日本の学校からすると、和を乱さないとか、みんなで仲良くとか、
そういうことが主としてやられると、一部の声を上げる人の意見に、じゃあみんなで正しく乗っかるみたいなところが評価の対象になってたんじゃないかな、
みたいな解説はあったりするんですけど。
なんだかなーって。
だからそういう、育った環境レベルで多分私たちのようなタイプとそうでないタイプに違いがある中で、
溝を埋めるって無理だと思ってます、私自身は。
どうやったら先生と生徒みたいな場を無駄に作らなくて済むか、みたいなところなんですけど、
やっぱり先生側になっちゃいがちな我らが、出力をコントロールするしかないと思うんです。
私はたまにアホなフリをするんですけど、最低。
え、わかんないです、みたいなことを軽々しくやるタイプなので、それやったりとか。
あとボール落ちてるな、床にっていうのを、仕事ってありますけど、落ちてるなっていうのは拾いにあえて行かない。
落ちてるボールを見とくみたいなことはあったりとか。
あと拾いに行かなくていいんですかねっていうのを、他の人にたきつけたりするみたいなのはやることはありません。
じゃないと、気づくのは絶対私なんで、いつも。
気づいて、そこで拾っちゃうと、あの人が見てくれるから大丈夫ってなって、あっという間に業務が破綻するみたいなことになっちゃうし。
なので、講師ともに出力をマイルドに、コントロールじゃないんだけど、主体性をコントロールするみたいなところは必要かなって思ってます。
それで言うと、子育てもめっちゃ似ていて、その出力とコントロールをずっとやってるような感じがあって。
子供の食器を片付ける、脱いだ靴下を洗濯機のカゴに入れるみたいなところって、こっちが全部気づくんだけど、
それを全部やっていては、子供が自分でやらなくなるままやってみたいになっちゃうから、それをいかに本人にまずは指摘をする。
指摘をしていく中で、自分で言わなくてもやるようになるみたいなのを、自分軸にしていくために、バトンを渡していくみたいな感覚をあえて調整は確かにしているから、
すごいよく言うと、子供にはやるけど大人にはやりたくないなって、公式なところはあるんだけど。
なんか場の空気的にやっぱり先生と生徒っていうのはあんまり、こちらがコミュニティで有料でやっているものなら全然全力でやるけど、
そうじゃない場ではやっぱりちょっと切り替えてはいかないとなぁとは思いますよね。
あとなんか最近やってよかったなと思ったのは、そのオンライン我々の参加しているオンラインコミュニティ内の投稿で、あえてその私が悩んでるみたいな投稿をしたんですよね。
なんかすごくその投稿ですごいいい音が多い順に並べるなんか mvp みたいので1位になったんだけど、結局それって何の意味があるのみたいな別にただただそれだけでしょみたいな話をしたら、
なんかそんな実はあのあなたもそうやって悩んでたんですねみたいな感じのコメントがあったりとか、やっぱりその我々ってどうしてもそうなんかシュッと見られがちになってしまう傾向があるので、
やっぱり結局皆さんと同じように悩んで七点抜刀してるんですけどっていうのは思ってる以上に出していかないとバランスが取れないっていうか。
それはそうなんだよなって思いましたね。
何なくこなしてるみたいな意味であれかと、それはないみたいな。結構四国錯誤していますっていうのがあるから。
うまく垂れ流していって重要です。
じゃあ本日は以上にしたいと思います。ありがとうございました。
11:03

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