第3回 人と建築 Part2
2025-09-29 29:07

第3回 人と建築 Part2

前回のテーマを引き継ぎ、さらに深めていく回です!

歴史、童話、運営、夜景などいろんな視点から人と建築の関係を考えます!


・前回の振り返り

・設計者視点と利用者視点、ふたつの側面

・ケイブマンが最初に建築を使い始めた!?

・現代はいろんなタイプの建築と触れ合える良い時代

・社会の基盤があってこその「人と建築」

・人を守る建築

・「3匹の子ブタ」は建築の物語

・運営にも関わる最近の建築家の動き

・メンテナンスの重要性

・夜景が綺麗なのは人がいるからこそ

・人のために作られていない建築の存在


今回も色々なところに話が飛びながら雑談を繰り広げています。

気軽にお楽しみください!

感想

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トーク・オン・キャノピー 〜羽休めの建築雑談
マキです。 シュンです。 トッキーです。
じゃあ、今日もよろしくお願いします。 お願いします。
はい、本日第3回なんですけども、前回に引き続き人と建築
もうちょっと続けたいなと、パート2として。 ありがとうございます。
いいですね。盛り上がったというか、いろんな話が出たからね。
そう、すごく広がったから、ちょっと簡単に前回の話をまとめると、
まず春光写真、作品としての写真ですよね。
春光写真って、簡単に言うと、その中に人がいるべきか、いないべきかみたいな話があったりとか、
あとは、人の身体のスケール感と、その建築のスケール感の話があったりとか、
あと、建築設計って人のためであるべきだよね、みたいな話があったりとか、
あとは、運営者とかスタッフの方々と建築、それのなんか総合的な組み合わせが、
その空間のホスピタリティ性みたいなものを作るんじゃないか、みたいな話があったりとか。
なんか他にあったかな。ピックアップしてないもの。
他にというか、これあの、ちょっと反省会みたいにするのやめようって言いながら、ちょっと1点だけ反省しちゃっていいですか。
このまま反省続いていくのやめて、2人はもうここで打ち止めるから、俺が。
反省点としては、結構前回話がとっちらかったなって印象が個人的にはあって、
それをちょっと何とかしなきゃみたいな意識が微妙にあったんだけど、
聞き換えて思ったのが、結構俺がとっちらかしたなっていうのをちょっと振り返って。
そうそう、なんか一番最初のマッキーの話が、まず人に近いところの設計を最近やってるっていうことが言いたいっていうところを、
多分言い切ってなかったからなんとなく、あれ何の話だみたいな感じが俺の中ではちょっとあって。
そこに続いたトッキーの話のABC工事みたいな話っていうのは、
そのなんかこう普段業界用語では工事の規模みたいな、規模というか工事の区分を表す言葉であるんだけど、
結構それによって対象とする人っていうのが違ってくるよねって話だったと思って。
そういう2人が話そうとしていた人に繋がるキーワードみたいなものを、拾いきれずに進んじゃったなみたいなのがちょっとあったのよね。
春光写真の話も、ゆくゆく考えると、マッキーが最後の方に話したちょっとコアな春光写真の話とかも、
あれも使う人じゃないんだけど、こっちの仕掛ける側の人の一員として写真家っていうのもいるようなみたいな。
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設計者が意図した使い方じゃない見え方とか、こっちが見せたい見せ方じゃないものも仕掛けて撮ってくれるっていう、
その人の意図というか意思みたいなものが建築写真に介在されるねって話だとすると、
だいぶ全部人と建築の話だったのを、なんか思って、俺が勝手に使う人側から見たときに撮りにくいかもって、
何か過剰反応しちゃったなっていう反省があります。
全然そういうことは、なんかでも私も終始これは人と建築のことなのかってずっと思ってたんだけど、
切り替えしてみたら意外と全部人と建築の話って捉えられるかもしれないって結構思った。
私気になっていたのは、設計者として人と建築を考えるか、
あとは使う側、我々設計者だけど使う側の人として回るかみたいな。
完全にそれ。
スタンスが多分、分かれていて、
これはどちらかというと多分設計する側として人っていうものがその写真の中にどこに入るかっていうことで、
その建築の作品とかと人がどういう関係にあるかっていうのが現れるとかいう話をしてたけど、
たぶんトッキーとかは使われ、それが建築設計者だけではなく大まかな人がどういうふうに使うのかっていうところで、
たぶんスタンスの違いはあるにしろ、まあ確かに人と建築の話はできたかなとは思った。
間違いない。
確かに。
今、マキ言ってくれたのめっちゃ大事だと思ってて、
設計者側から見た人と建築と、たぶん使う側から見た人と建築が、
たぶんこれ最初から2つ、両側面あるテーマだったんだってことが前回で分かったって感じだと思ってて、
今回はもう少しより使う人側の視点でもちょっと話すことで、
前回のと含めてトータルで人と建築ってテーマ完結するかなと思ってるんで、
完結させたいね。
結構、そこの気づきが我々の中ででかいなと思った。
確かに。
今後も出てくると思うのよ、こういうテーマ。
結構抽象的な日常のテーマを取り上げてるから、それに対してどっち側から見るかというか、
下手したら第三視点もあるかもしれないし、
そうだね。
そういうのをちょっと意識しながら話すだけで、
このパート2みたいなのが他の回でも起こりうるなとは思った。
おもろいからこうなってんだよな。
テーマが。
テーマがおもろいからこれが発生するんだと思う。
スタンスは結構大事だなと思っていて、
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やっぱり我々は設計して建築として何かを作る仕事ではあるけど、
使う側の人でもある。
常にね。
それあるね。
面白い。
ってことで。
何の話かなみたいなとこだけど。
なんか結構、前回結構広がったんだけど、
一番人と建築っぽい話をするにあたって、
ちょっとその人と建築の関係性の歴史を見ていくっていうのも一つあるのかなって思っていました。
なるほど。
これって多分その人が建築を初めて使った瞬間って、
ケイブマンが一番最初の建築ユーザーだったんじゃないかって思うんですね。
なるほど。
彼らはその洞窟を自分の拠点ととらえて、
そこで過ごしてたわけだよね。
で、壁に絵を描いたりとか、
なんかそういうのがこう、実際残っていて、
それをなんか、現代の人々はケイブマンってあってる?
ケイブマンって呼ぶよね?
ケイミグマン?
ケイブマンってあれかもしれない。
なんか英語でケイブマンって言うから。
あんまり多分日本の中で伝わっているかと言われると。
なんか原始的な人のことをケイブマンって言うと思うんだよね。
その原始人の中でも洞窟に住んでいた人たちを指すって意味合えていいのかな?
うん。そうでいいと思います。
草原とかで住んでいる人ではなく、
そうだね。
山を掘って住んでいた人たちね。
そうだね。そうだね。まさにそうだね。
で、そういう人もいれば、
今度、例えばその日本の縄文時代とか、
なんかそういうのを見てみると、
なんか高岡式倉庫だっけ?
とか道具を作ったりとか、
自分たちの住まいを作ったりとか、
なんか貯蔵と、あと暮らし?
暮らしも済むっていう、本当に基本的なところをやり始めると。
で、もうちょっと時代を進めていくと、
今度、人間が建物を権力の象徴して使い始めるんだよね。
それもすごく面白いなと思ってて、
その暮らしとして必要なんじゃなくって、
その文化がおそらくめちゃくちゃ発達していったからこそ、
建物のすごい建物、すごいお城を作ることで、
そこのある人だったりとか、ある宗教だったりとか、
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の権力を示す一つの道具になっていくっていう。
道具っていう言い方が合ってるかわかんないけど。
で、なんか、じゃあ今とかは、もっとすごく人と建築の関わりが、
多分その文化とかが発達した、発展していった結果、
すごく多様になっていったんじゃないかなっていうことをちょっと考えていました。
だからつまりはあれだよね、
一番最初の原始時代的なレベルの昔っていうのは、
住むための建築しかなくって、
住むために建築があるというか、それも建築ではなくもはや洞窟とか、
その自然を利用して住むためのものとしてあって、
それが発展していって建物として作るってなっていって、
その先にどんどんどんどん社会が発展していって、
いろんなタイプの建築ができてるから、いろんなタイプの建築と人とのつながりが、
今は多様化してるよねみたいなこと。
そこが結構ベースとして人と建築っていう話は、
捉えられるんじゃないかなって思って。
もう少しグラデーションがあるような気もしていて、
多分建物がそれこそ権力の象徴になったりとか、
また豊かさを表すみたいなのは、
建築がある程度人の手によって作られる技術が発展していて、
それをオーナーとして誰かに発注したりできることこそが、
豊かさであるっていうことを示せる社会の基盤みたいなのがあった上で、
やっと象徴性とかが生まれるかなと思うから、
多分その手前の方に建築を誰かのオーダーで、
技術があって作ることみたいなのが、
多分その軽無満的なところからある程度はグラデーションとして変わっていって、
それが社会的な基盤があることで、それが豊かさになっていくっていう。
確かにね。歴史の振り返りで言うと、
建築史を振り返る回やっても面白そうだね。
今回はまだ事前調べがそんなにないから、我々の認識での話になってるけど、
人と建築っていうテーマを掲げた上で建築史を辿るとかしたら面白そうって思った。今すごい。
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確かに。
どこで人と建築との関わりが変わってたかっていうのがターニングポイントになってくるから、
様式が違うとかそういう話の追いかけ方じゃなくて、
別視点で建築史を読み換えていくみたいなことがありえそう。
きっとその気候とか、どこの人だったかっていうところがすごく影響しそうだ話だよね。
これもまた面白そうだなって思った。
確かにこの現代ってものすごいいろんなタイプの建築が人と触れることができる面白い時代なんだよっていうのが、
パッと今聞いただけだとどういうことってなるかもしれないけど、いつかわかってほしいっていうのあるね。
たぶん、私は今けっこうケイブマンから突然、けっこうグラデーションなしで、
この辺が特徴的なんじゃないかなみたいなところをピックアップしてたんだけど、
そこの間にはものすごく、牧野が言う通りグラデーションがあって、
やっぱりその、きっとその建築、ものづくりかな。
やっぱりその建築、ものを作る。
ものをこう、どういうものがかっこいいとかなのか、美しいなのかわからないけど、
なんかそこでたぶん人が自分たちの感性で、
ものづくりに携わった結果、なんかこういうものが素晴らしいんだっていうのが、
たぶんその間々で積み重なっていったんだよね。
それが最終的に、それをすべてその建築として落とし込んで、
それを発注者側がモテるっていう。
それはたぶんすごく文化の基盤が積み上げられた、
築かれたっていうところのなんか象徴的な話なんだろうなって思いました。
社会のベースあってこその人と建築の関係性が今成立していると。
面白いね。そこがすごい大事だよね。
大事だと思う。
あともう一個そのケーブマンからで話してくれたからこそ言えることとしては、
建築って人を守ってんだよねっていう話は今でも変わらないと思うのよ。
最近自然災害がすごい多くて、建物すらもやられてしまうような自然災害も増えてるから、
ちょっとなんか説得力があって思われるかもしれないけど、
でもそれでもこの死ぬほど暑かったこの夏に、
なんとか普通に仕事を続けられてるっていうのは、
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一つ建築があるからっていうことの気づきはあってもいいよね。
多分そうね、ケーブマンも日差しとか、
あとは多分一番大きいのは雨だったりすると思うけど。
当時は野生動物とかね。
それこそ三匹の小豚だよね。
台風みたいなものから身を守るために、
いろんな建築手法で建築をグレードアップさせていって大死呑んできたっていうストーリーじゃん、あれって。
あれがまさにだよね。
あの話でさ、すごく面白いのは、この話って、
ヨーロッパ、日本の話ではないよね、少なくとも。
三匹の小豚はわかんない。
だってさ、最終的にレンガで建物を作って、それが一番いいって断言してるっていうところがすごく面白くて、
でも日本の江戸時代とか、それぐらいの歴史をたどると全然そうじゃないじゃん。
江戸時代の江戸の町っていうのは、ほとんど木造だったと思うんだけど、
しょっちゅう火事が起きて、村がどんどん焼けて、でもみんなもう一回木の家を建て続けるっていう。
それは、資源がなかったからなのかもしれないけど、
でもそうやってなんかそのリビルドしていく?リビルドしていく?なんか再建築していくっていうところに、
なんか一つの文化はあったんじゃない?
ちょっとこれも勉強しないといけないけどね。
江戸の町とかってさ、火事になった時に両隣の家を潰すのよ。
火が町全体に広がるの。
潰してもいいぜっていうマインドでみんな生きてる社会だから成り立つシステムだったのよね。
そういうのはなんか、なんかすげーよなーって。
ちょっと言葉しか出ないけど、なんかすげーよなーって思ったりはする。
ちなみに三匹の小豚はイギリスでしたね。
あれ巻きそうだよね。
知らない。
イギリスだった。
ジェイムズ・オーチャード・ハリウェル・フィリップスが収録したイギリスの昔話集に載せられてたらしいよ。
ちょっとざっとパッと調べた感じ。
初版は1812年だそうです。
昔話すごいね。
工業、工業家、ちょっとわからないけど。
社会的基盤がある中で、そうすると多分今度は、話したかった中の1個としては、
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そういう運営者とかスタッフによるなんかホスピタリティみたいなところ。
前回もちょろっと出た話ね。
そうそうそうそう。
そのあたりとかもちょっと深掘りできたらなと思っていて。
深掘れ深掘れ。
郊外の方とか、都心と郊外分けるわけじゃないけど、
郊外とかで建築と運営も含めて、
街全体とかを面白くしていく試みみたいなのが、
多分我々よりちょっと上の世代で流行っていた感じをしていて。
それこそ今独立した身だからあるんだけど、
ちょっと上の世代とかは、
例えば公共、大きな公共事業とかをやっていたりして、
そこでその都心の人たちと仲良くなって、
その場所で独立したりとか、
また東京だけじゃなく2拠点で設計をしたりとか、
そういうことって多分建築だけじゃなくて、
何かイベントをしたりとか、
また街の地場の人を巻き込んだりとかするような、
試みもあるかなと思っていて、
完全にその建築計画学としてのホスピタリティだけではなくて、
運営者みたいなのを建築家がやりつつ、
みたいな動きも出てきたようなのかなと。
そっち側に食い込むのもやっぱりすごい大事だよね。
あと同じような話かもしれないけど、
メンテナンスみたいなのを1つキーワードにはなるかなと思ってて、
安藤忠夫さんが大阪で展覧会やってるじゃん。
今も多分やってると思うけど。
あれで安藤さんが週に2回ぐらい講演会してるのよ。
1回講演会聞きに行ったときに安藤さんが言ってたのが、
やっぱりメンテナンスが大事だよねと。
やっぱりよくメンテナンスされている建物は長く残っていくし、
いい建築になっていくみたいな。
逆にメンテナンスされない。
最近はメンテナンスみたいなものに対する意識が薄く感じるから、
建物すぐにダメになっちゃったとかニュースになったりとか、
昔の建物とかも取り壊さなきゃみたいなのが多いけど、
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しっかりしっかりメンテナンスしていくってことが建築にはすごく大事で、
そういう意味でいうと設計者にできることっていうのは、
作るときの段階のことだけして偉そうな顔してる場合じゃなくて、
ちゃんとメンテナンスしてもらえるようにいろいろなことを説明して、
よく使ってもらえるようにしていかなきゃみたいなのを、
すごい要約すると。
そういう話をしてて、確かになって思いました。
本当にそれは確かにっていう話だよね。
すごくいい話だなと思った。
使って、使うとメンテナンスって同じこととして捉えることもできるけど、
一方でやっぱり使うだけ、メンテナンスだけっていう立場で、
建物に関わるっていうのはすごくある話なんだろうなって思ってて、
多分、例えば会社で働いてて、会社の中で過ごして働いて帰るっていう、
割と普通のサラリーマンだったらそういうふうに過ごしていると思うんですけど、
やっぱりその維持管理をしている人が本当はいるんだけど、
多分普通のサラリーマン、オフィスワーカーはあんまり意識しないんだろうなっていう、
でも見えないところでそういう人たちがものすごく頑張って仕事をしてくださっているっていう。
サラリーマンで言うとさ、
今日ラジオ聞いてて、これ建築の話にもつながるのかなと思ったのは、
東京の夜明けは残業しているサラリーマンが作ってる。
あるある。
確かに建築自体が夜光ってられてるっていうのは、中で使っている人がいるっていうことの証というか、
中に誰もいない建築ずっと明かりつけていたまんまにならないから、
まあそういう建物もあるけどね。
だからまあそこに人がいるんだって感じられる一つのきっかけでもあって、
今トッキーのサラリーマンの話から今すごいそれが思い出された。
東京の夜明けって本当にいいよね。
私大好き。
大好き。
夜首都高を走るのめちゃくちゃ好きなんだよね。
はいはいはい。
バイクで?
バイクは今では走ったことないかな。
危なそうで。
最近トッキーの趣味からバイクかなって思っちゃった。
今日もバイク乗ってた。
首都高めっちゃ気持ちいいよね夜。
気持ちいい。
あれめっちゃいいよね。
全然関係なくなっちゃうかもしれないんだけど、
24:01
うちの実家が荒川の上に走ってる東北道の都圏から遠くに登っていく高速がちょっと見えるところで、
そうすると走ってる車のライトとかも全部見えたりするんだけど、
子供の頃にすごく怖くなった記憶があって、
そのライト一個一個に人が乗って、
それにはその人の生活があるみたいなことを、
ここもない数とおり、
ここもないそれ分の世界とかがあるんだろうなって思って。
怖くなったの?
そうそう。
情報量にアップされなかった。
感受性すごくない?
多分なんかね、海の恐怖症、海に対する恐怖症みたいなのと多分近いのか分かんないけど、
何か途方もなさとか、
自分じゃどうにもできないデカさみたいな。
なんか宇宙の終わりとか、宇宙の大きさを知って恐怖するみたいな、
そういう恐怖症みたいなのもあるんだけど、
多分それにちょっと近いなとは思ってて。
なるほど。
面白いね。
そこまでは考えたことなかったわ。
そういうと多分建築の夜景とか、
彩ってるものの中にも全部それぞれのオフィスとか、
映画とか全部あってっていうところもつながってくるなと思いました。
確かに。
人が使ってるから建築が生きてるみたいな。
それってすごいことだよね。
しかも全部の建物が今そうっていうね。
例外なくだと思うのよ。
例外1個知ってたわ、ごめん。
スーパーコンピューターのオフィスってあるけど、
あれ建物全部コンピューターしか入ってない建物とかって、
それは人と建築とは違う。
データセンターとかそんな感じだよね。
そういうのあるよね。
データセンターって、だって変な話窓もいらないし、
ちょっとメンテナンスでたまに来る人たちのための待合室ぐらいはもしかしたら必要なのかな。
でも人が過ごすような場所じゃなくって、
あくまでも機械をたくさん並べるっていう、
そういう空間。
人のためじゃない建築。
人のためなんだけど、建築自体は人のためじゃないっていう。
確かにね。
人の生活を支えるための基盤であるコンピューターを守る建築というか。
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そう、それって今の時代ならではっていうか、
人間社会で初めてなんじゃない、そんなもの。
あり得るね。
そんなことある?いや、ないよね。
あの規模で。
まあ、特にちょっと人のためじゃない構築物みたいなのはある。
あと、スーパー神岡んで、
用紙を計測するための。
丸がいっぱい付いたね。
そうそうそうそう。
あれね。
あれも地下に実験施設みたいな感じであって、
ほんと空間そのものが実験装置みたいな。
確かにね。
いろいろあるのかもね。
これはゆくゆく人じゃないもののための建築の会も作んなきゃいけない?もしかして。
それはあり得ると思う。
いいね。
そっちはそっちで。
それ探してきたいね。
なんか人のためじゃない建築をひたすらみんなで情報を出し合う会。
オタクだな。
オタクだ。
ちょっとニッチな感じだけど。
ニッチ会だね。
いずれやろう。
建築家と僕家みたいな、なんか往年のテーマもちょっと1回触れたいかなと。
なるほどね。
そうだね。
結構いろいろ話したね。
良かったと思う。
まきさん、今日はいかがでしたか?
また、またいい羽休みになりました。
素晴らしいです。
いいね。
第3回に続き。
良かったです。
じゃあ、今日は一旦お疲れ様でした。
はい、お疲れ様でした。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
29:07

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