第26回 価値と建築 Part 2
2026-03-27 34:45

第26回 価値と建築 Part 2

前回に引き続き、、価値と建築!

燃えてきたシュンの意向でPart 2に突入。

少し真面目に、でも楽しく話します!


●建設費高騰は世の中で共有している問題じゃない

・大阪・関西万博の「2億円トイレ」問題

・そもそも衛生設備(トイレや水洗など)が高騰している

・世間に認知されない建築業界の問題

●「そもそもなんでそんなもの作るんだ」という論調

・声を大にして発信できる時代

・「税金」が批判参加しやすい理由になってしまっている

・時代の変化に対して、どうやり方をアップデートするか

●我々は建築家に依頼する意味や価値をどう伝えられるか?

・設計費の設定は難しい

・世の中との対話(=発信)が必要?

・建築家の意図が飛ばされて写真だけが1人歩きしてしまう現象

●プロセスの中で意図を引き出す時間の大切さ

・竣工直後には理解されなくても時間をかけて受け入れられていく場合もある

・受け入れ≒愛着?

・プロセスのなかで価値観の共有をするのが大事

・ちゃんと伝えられればエゴじゃなくなる

・建築は多面的だから価値観の行き違いが多い

●ジェンダーレストイレ問題

・意図や配慮の方向性が違うことが多い

・安心安全が確保された場所にあるジェンダーレストイレは受け入れやすい

・それが公共の場所にくると心配が勝つ

・小さな居酒屋のトイレはたいてい男女共用

・多目的トイレは別の役割

・世間の人が言いたいこともわかる

●作る側と使う側の社会的距離が問題点

・自戒も込めて、変えていかないといけない

・設計途中の切り抜きなどもトラブルが起こりやすい

・建築物の発信タイミングの戦略と価値観の醸成の歩幅を合わせたい

・プレスリリースはネタバレ的?

・何度も見ると人の興味が離れる

・進化し続けている建築CGパース

●スイスの建築家ピーター・ズントーは打合せでCGを使わない

・大事なところだけを共有する

・それを対世間でもやれるのか

・さすがにそれは難しいか?

・スケッチではなくダイアグラムを発信するのはどうか?

・ビックリが怒りにつながる?

●パッと見た時に意図が伝わるように作るのも設計者の使命

・使い方がわかりやすいジェンダーレストイレもある

・設計をしてない人にそう言われると対話を拒絶されてるように感じてしまう

・万博でも対話キャンセルのような会話があった

●結局、価値観の擦り合わせは大事

・論理的思考至上主義の世の中

・意味のあることばかりに注目が集まっている流れを感じるシュン

・本質を捉える流れ(哲学の時代?)になったらいいな

・ロジカルに考えるとお金が絶対基準になりがち

●スター建築家のいない時代

・ある程度価値観を共有しないと議論が成立しない

・多様性の時代だから起こる衝突?

・多様な価値観があるということを前提に議論できるように

・双方向の理解が必要

●デザインに正解はないからロジカルに詰めても意味がない

・価値と建築=価値観と建築 だった

・価値ある羽休め


少し議論が白熱しすぎて散らかりましたが、話している方としては楽しかったので、みなさんも楽しく聴いてみてください。

感想

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00:05
トーク・オン・キャノピー 〜羽休めの建築雑談
このチャンネルは、大学の同期で、それぞれ建築関係の仕事に携わるマキ、シュン、トッキーの3人が、毎回一つの日常のテーマと建築の接点を探りながら、
雑談をするトークバラエティーです。
はい、じゃあ今回のテーマをトッキーお願いします。
はい、今日は価値と建築 Part 2 です。
第2回、第2回じゃないか。パート2か。
パート2です。
前回からの続きね。
そうなんですよ。なんかシュンが話したそうなことがあったかなと。前回の終わりに。
燃えてきたんだよね、なんか話してて。
価値、まず一つは価値とお金の話が出てたと思うんだけど、
それを一番ひしひしと考えるというか、ちゃんと考えなきゃなって思った一つのきっかけは万博だったかなと思っていて、
建築協会全体としても結構万博関連のことについては、前回話したけど、建設費がものすごい高騰してるっていう状況みたいなものに対して、
おそらく国民全体として共有してる問題じゃないじゃん、それって。
だから一般の人たちからすると、例えば一番やり玉にあげられたのは2億円トイレみたいな。
あったね。
呼ばれ方を。
そうだね。
なんでトイレを作るだけで2億もかかるんだっていう論調で、ものすごい色々な、
人がSNSとかでコメント書いたりみたいな状況があったと思うんだけど、
結構建築業界、建築関係者側で色々お話を細かく確認してたりとか色んな記事見てると、
そもそも衛生設備めっちゃ高いよねみたいな、今。
トイレとか入れるだけでも結構前までとちょっと違うというかさ。
どんどん上がる。
そう、みたいな状況で、なおかつそのトイレ、衛生器具たちを守るための建物を建てただけで、
普通に建てたとしてもだいぶお金いっちゃうよねみたいな。
それに対して結構そんなに金かけてトイレ作ってどうするんだみたいな。
こととかが結構わーってなった事件だったかなと。
万博全体としてもね、トータルのコストみたいなところで、すごいお金かけて、
なんか大変だったんじゃないかみたいなのを、いまだにまだ残ってると思うんだよね。
03:01
それに全体のお金でもあるからってのがあるから、
なんともなんかそれがどっちがっていうことはパッと言えないんだけど、
前回から今回にかけてのこの価値と建築っていう価値ってものを考える上で、
お金っていうのが一つの指標になり得てしまうってところと、
逆にそれだけで判断したときに、
間違えることもあるよねっていうか。
本当の価値って言うとおかしいけど。
結構お金が高くかかったからといって価値がないってことではないよねというかさ。
そうだね。
結構最近の世の中の論調というか、そういうのを叩くときの勢いとしてはさ、
そんなものを作ってないんだみたいな勢いじゃん。
経済的にどの世界線というかどの時代でもそういうことはあるよねきっとね。
なんでそんなものを作るんだみたいな。
そんなもの必要ないだろうみたいな。
それを声を台にして言える時代になったってことなんだよな。
SNSの発達によって。
確かに。
人が集まらなくてもできるっていうか。
やっぱ税金かかってるのも論調に参加しやすいところだとは思っていて。
確かに。
公金を使ってると自分たちも納税者であるから、
そのお金を使ってデザインばかりするなとは確かに言いやすいというか。
後ろ盾がある分、文章が過激になりやすい。
でもお金がいくらかかってるのかとか何にかかってるのかとかまで判断せずに、
その批判とかが出てくるから。
それをアップデートするべきなのか、
それを誰がやるのか。
我々も建築家に今このご時世で頼む時の価値みたいなのをどう発信していくかみたいなのを
ちょっと考えたいところではあるかなっていうのがあるかな。
デザイン量ってすごい難しくない?
でもやっぱデザイン量がないと我々の収入がなくなっちゃうっていう。
うん。
デザインしてるまでのプロセスみたいなのを提示するのもありかなと思って。
何を建築家が作るときにどういう条件の整理をしてとか、どういう検討をして。
06:01
それすごいわかるな。
対話が必要だよね、なんかもっと。
対話というか、世の中との対話だからもっと発信なのかもしれないけど、
こういうこと考えてこういうふうにしたいからこうしてるんですよに対して、
何かリアクションが来るとかならわかるんだけれども、
結構こちらの考えていることみたいなことは取っ払われて流れていくものじゃん。
写真とかって。
そうね。
だから一番わかりやすい表現みたいなものとしては、
写真とかがたぶん今一番流れていきやすいもので、
それだけが一人でバーって歩いていったときに、
なんでこんなものを作ってるんだっていう論調が起こりうるんだけど、
そこは難しいよなみたいなのを、前回のパート1のときに、
話してる中でちょっと思ったんだよね。
こっちが考えている価値と受け取る側の価値って違うよねって話のときにすごい思った。
それこそ、我々が持っている価値もそうだし、
お客さん側の価値みたいなのもあるじゃん。
いろんな人にとってのいろんな価値があるよねってことだよね。
作りたいお客さん側が、
なんとなくこういうものが欲しいに対して、
我々がいかにそれをそのまま実現するっていうよりかは、
コミュニケーションの中で本当はこういうことがしたいんじゃないか、
ああいうことをしたいんじゃないかみたいなところを引き出していくみたいな仮定とかあるじゃん。
あるね。
で、それが竣工直後とかは、
結構世間一般には、
万博の話は税金の話が絡んでくるからちょっと難しいけど、
出来上がった建物が周辺に対してどういう影響を及ぼすかみたいなところを、
立った直後とかはあんまり良くなかったとしても、
ちょっとずつ街に受け入れられたり、
周りの人に使ってもらって受け入れられていったり、
前回のパート1で話した愛着みたいなところにつながっていけばいいんだけど、
価値を見出していく作業みたいな、
価値を作っていく作業みたいなところが、
もちろん言葉とのやり取りでもそうだし、
私たちがこういう感じのものみたいな、
そういうイメージを作ったり、プレゼンをするみたいな、
そういう仮定に価値が生まれていく。
価値観の共有なんだと思うね、それこそ。
09:03
そうだね、価値観の共有だね。
だから、何て言うんだろうな、
前回の話で言うと、
ここに愛着込めて作ったから、
これ自体も愛されてほしいっていうのは、
一つのエゴだって話が出たと思うんだけど、
それをちゃんと説明して、
ちゃんと伝えることができれば、
それはエゴではなくなると、なんとなく思うんだよね。
勝手にみんなこう使うだろうは、
それこそエゴだと思う。
満身というか。
そういうふうな意図して作ったから、
こう使ってほしいって、
ちゃんと説明するっていうことは、
一つの価値観の共有であって、
それが押し付ける形になるのもまた良くないとは思うんだけど、
ただそれを放たないと分からないことも多いよね、
っていうのは結構思った。
そういうので結構いろいろ、
そういうことが起こりやすい建築が、
その行き違い、
価値観の行き違いが多分起こりやすいんだと思うんだ。
関わってるものが多すぎて、
意図できる部分が多すぎて、
誤読しやすいというか、
こういうものを作ってんだこいつはって思われやすい。
でも本当はこっちは違うことを考えて作っていました、
みたいな側面が多いっていうのかな。
捉えられる面が多いから、
なんかその辺が、
価値観共有は大事だなみたいなのも、
最近で言うと、
ジェンダーレストイレとか、
みたいなものっていうのも、
結構叩かれやすくなってると思うんだけど、
多分作ってる側には作ってる側の考えが多分あるはずなんだよね。
そうだね。
ただそれが多分、
うまく伝わらない部分もあると思うし、
配慮してる相手が違ったりとかね。
ジェンダーレストイレとかで言うと、
だいたいだけど結構な頻度で、
女性がブチ切れてるイメージあるの。
危ないだろっていう切れ方みたいな。
私怖いよっていうお話。
結構ジェンダーレストイレみたいな、
名前からしても多分、
もう少し、
性的マイノリティと言われる人たちというか、
みたいなのに対して、
どう作っていくかみたいなことを考えているときに、
一部多分配慮が欠ける部分もあると思うんだよね。
でもそれを多分何回かやっていかないと、
そういうのが当たり前の世界にならないよね、
っていう話だと思う。
その役割を担っているのも、
設計者なのかなみたいな。
難しいよね。
この人たちなら安心、安全みたいな、
12:01
そういう人しかいない環境にある、
ジェンダーレストイレとかは、
全然余裕で使えると思うけど、
公共の場にあるものは、
ちょっと別のトイレにしよっかな、
みたいな気持ちになることは、
やっぱりあるっていうか。
ジェンダーレストイレって、
俺がなんとなく思うのはさ、
ちっちゃい居酒屋にあるトイレって、
だいたい男女共用じゃないみたいな。
そうだね。
ああいうシチュエーションなら、
みたいなところとね、
逆にそれが何個も並んでたらどうなの、
みたいなところのギャップは、
まず一つあるかなっていうのと、
あとたまになんか、
話聞くのがなんか、
そういう人はもう多目的トイレ使えばよくない、
みたいな、
いう人もいる。
難しいね。
でも多目的トイレもさ、
違うじゃん。
そうなんだよ。
そのトイレじゃないと、
いけない一定数の人たちがいて、
いるからね。
それにのっとって、
法律でバリアフリー法とかさ、
そういう人たちがこう、
なんていうんだろう、
あらゆるところに、
公共の場に出向けるように、
そういうものを作りましょうねっていう、
法律でもあるし。
枠組みがちょっと違うもんね。
そうそう、違うんだよ。
でもなんか世の中の論調って、
そういう方に行くんだよね、
結構多分。
言いたいこともわかる。
世の中が言いたいこともわかる。
そうそう。
そうなんだよ。
普通の感覚で見たら、
確かにそう思っちゃうよねっていうのも、
わかるんだけど、
そこのなんかこう、
なんか距離が遠いっていうか、
社会的距離が遠い気がするんだよね。
作ってる側と、
使う側との距離感。
ここをなんかこう、
変えていく必要があるのかな、
みたいなのを、
そういうなんかこう、
あれこれを考えていて、
日々なんとなくちょっとぼんやり思ってて、
その中で今回のテーマが、
価値と建築っていうので、
確かにどこに価値を置いてるかって、
いうことによって、
そのズレって生まれるのかなって思ったから、
なんかこれ系の話をしたいなって、
すごい思っちゃって、
すごいなんかこう、
社会テーマみたいなのを今回扱ってて、
ちょっと硬いかもしれないけど。
結構ね、その辺はなんか、
我々もなんか自戒を込めてというかさ、
どう社会と政治を考えなきゃいけないし、
逆に世の中の人にも、
もうちょっとなんかこう、
知ってほしいところいっぱいあるなみたいな。
設計する時にも、
なんかその価値観を、
先行して共有するというか、
やっぱりなんか、
設計途中のものを、
で、こちらから正式なものを出す前に、
なんか切り取られたりとかすると、
そこでやっぱフラストレーション起こしやすいというか。
だからもうこういう価値、
15:00
いやでもそれは難しいなと思うのは、
言っても、
その何か設計をする時とか、
建築を作る時とかって、
ある程度こう、
プレスリリースみたいなタイミングが決まってて、
そこでやっと、
あ、できるんだみたいな。
驚きを与えたいじゃない。
言っても、
消費的な活動の上で建築もあるから、
なんかその発信のタイミングとかは、
絞って代々的に出していくみたいな。
その興味が薄れないように。
っていうところと、
その価値観的なのを醸成していって、
なるべくこうスムーズに社会に接続できるように、
発信していくみたいなのの、
その取り合い方が結構難しいかなとは思っています。
ネタバレになっちゃうじゃないかってことだよね。
そうそうそう。
ネタバレ的なことだ。
物語と建築じゃないけど、
建築物自体を世に発信する一つのコンテンツだと考えたときに、
プレスリリースを増やすってことは結構ネタバレ行為なんだよね、たぶん。
そうそうそう。
で、やっぱり人間の興味って何度も出てくると思うんですよ。
下がってしまうものでもあるから。
程よいバランスでプレスリリースをする。
プレスリリース、そうね。
建築のCGパースがさ、どんどん進化してんじゃん。
してるね。
行ったことない、てかまだできてない建築さ、
あれもうできたんだよねって話すことあるじゃん。
あるあるある。
勢いとして。
あれできてないんだとか。
あれよくよく見たら、これCGかみたいなさ。
それによってネタバレ感みたいなの増してんのかなって気もなんとなくしてて、個人的には。
昔読んだ本で、スイス人の建築家のピーター・ズントーの本を読んでたのよ。
そこで確か書いてあったのが、絶対にCG使わないと。
ピーター・ズントーは。
お客さんとの打ち合わせのときに。
知らなかった。
必ず手描きのスケッチで見せると。
その手描きのスケッチでは表現できないことが明らかに多いんだけども、
お互いに共有するイメージみたいなことの、イメージ感の共有がすごい大事で、
ドローイングだけによってそれを共有していって、
完成したときに立ち上がるものによって、その感動ってそのときにしか味わえないから、
それを先に出すなんてありえないみたいなのを確か書いてたと思うの。
18:00
でもそれすごいね。
それさ、建築家として自信もそうだし、自信がないとできないし、
自信は置いといて、すごい攻めの姿勢だよね。
そうそう。
それができるんだよね。
でもそのときにもドローイングで何が大事かみたいなところを共有することはしてるわけじゃん。
だからプレスリリースみたいなものもなんかその完全なゴリゴリの、
めっちゃもう完成に近いような絵を見せるよりも、
なんかこの建物って何が大事なんだっけを、
世の中と共有できるような在り方の方がいいのかなとかちょっと思ったり。
おかしくないそれ。
お客さんとのお世辞さんとのやりとりはすごく大事だと思うけど。
世の中に対して。
やりとりがない、そうやりとりが何もないところにスケッチだけポンって出てきて、
その後出てきたものに対して、
例えば誰かが写真を撮ってスケッチの次に写真を見たとして、
ちゃんと魅力をちゃんと伝えられるかっていうか。
だからスケッチとかじゃないとは思うの。
スケッチをプレスリリースするってむずいなと思う。
でも例えばもうちょっとダイアグラムみたいなものだけを共有するとか。
ダイアグラムね。
さっきの話とつなげると、
例えばジェンダーレストイレみたいなやつとかって、
先にちょっとダイアグラムみたいなもので使い方の説明しといた方が良くないとかも思う。
結構初めて行った時にいきなりそれが出てくるから、
多分びっくりするんだよと思うんだよね。
俺個人的には。
男子トイレみたいな場所も女性が通るとかさ、
逆に女子トイレのエリアを男性が通るみたいなところが、
急にその現場に行くとびっくりしちゃう。
そのびっくりが最終的に怒りに変わっていくような感じがしてて。
っていう意味で言うと、
そのなんかもう俯瞰の図とかでもさ、
なんかこういう風に使うと誰でも使えるトイレになるから、
それって世の中にとってより良いことですよねみたいな説明みたいなのを先に出すとか、
全体の、全然もっと別の商業建築とかでも、
この建物っていうのはこういうことを大事にしていきたいから、
フロアの分かれ方がこうなってますとか、
みたいな説明、そういう仕組みとか、
考え方みたいなところの、
共有の方だけしてもいいんじゃないかなみたいな。
なるほどね。
建物の規模感とかは伝えた方がいいと思う。
何階建てのビルが建つとかさ、
それこそ生活に影響出る部分じゃん。
21:01
そのボリューム感とかいいと思うけど、
それのデザインを最初に出したからといって、
そのデザインで何感じ取れるかっていうと、
なんかこう限られてるというか。
本当に感じてほしいのは建築を体験して感じてほしいわけじゃん。
確かに。
みたいな、なんかこうバランス?
でもなんかすごいな、
なんかちょっと価値の話からどれぐらい、
ちょっと逸れてるのかもしれないんだけど。
確かに。ごめん。
でもね、ちょっと思ったのは、
なんかそのトイレを見て、
これこういうことでこういう使い方するんだなってわかる状態が、
デザインの力。
それもあるよね。
デザインの価値。
バランス的というかもう。
それもあるんだよな。
最初からそういうふうに感じ取れるように作る仕事じゃんっていう話だよね。
そう。で、例えばなんだけど、
私すごくジェンダーレストイレで、
これは結構成功してるんじゃないかなって思ったところがあって、
本当にいわゆるオフィスビルの一角にある廊下、
そのエレベーターホールの裏とかに、
よくコアとしてトイレスペース作るんだけど、
そこが廊下で、その廊下は直接なんて言うんだろう、
ホールっていうかアトリウム空間とつながってるような、
そうした廊下なの。
で、一個一個ドアがついてて、
で、要はちょっと大きめの、
ちょっとちっちゃめの多目的トイレみたいな。
が並んでるだけみたいな。
で、そこに人が入ってるかどうかの液晶パネルが手前にあって、
何番目は開いてるとか、何番目は閉じてるとかって、
それだけの本当に超シンプルなトイレなんだけど、
なんかそれはいろんな人が使ってるし、
みんなわかって使うんだよね。
奥から男の人でても女の人でても、
いわゆる多目的トイレから人が出てきたみたいな扱いみたいな感じ、
なんじゃないかなと思って。
そういうちょっとした、そんな大げさなことはしてないけど、
違和感もないし、普通に使えるみたいな。
そうね。
自然と溶け込んでるものが一番いいデザインではあるよね。
でもね、それね、なんかね、俺ね、すごい思っちゃうのが、
作る側の意見として、それは全然あると思ってて、
我々設計者側としては、それを目指すっていうのが、
まずあるとは思うのね。
でもなんかそれを、
全然何かを作ったことがない人に言われる、
24:05
みたいなのは、なんか受け入れ難いっていうのがあって、
だから、こういう議論になった時に、
そんなもう使い方が最初からわかるようにするのが、
そっちの仕事じゃんみたいに言われると、
なんか分かり合えないって思うわけ。
てか分かり合う糸口がないなと思っちゃう。
なるほどね。
設計者同士でそういう話をして、
それは絶対大事。
それは絶対大事だけど。
私、世の中とそういう話するのも大事。
我々の仕事としてはもちろん、
パッと見で分かる空間作るのが大事だとは思ってるけれども、
伝わらないことが多いから、
なんかこう話すべきっていうのが、
なんかこう、俺がなんとなく思っているところ。
最初からそれあり気になると違うよねって話もわかるんだけど、
なんつうんだろうな、絶対わかる。
誰にでも絶対わかるものを作るのって、
なんか難しいことじゃん。
難しいね、そうだね。
それをなんか考えなきゃいけない仕事ではあると思ってる。
自分自身でね。
自分の責任としてね。
でもそれをなんか、
普段そういうことを全く考えてこなかった人に言われたとき、
なんかもうそこまで作るのがお前らの仕事だと言われちゃうと、
なんかすごいあっちがなんかこう、
逆に理解する努力を放棄されてるんだなって感じちゃう。
そこで結局なんか突き放される感じの議論だなって思っちゃうんだよね。
万博とかの発信とか見てても、
それはすごい思ったかな。
拒絶、キャンセルする会話というかさ、
それされるとなんかきついよなって。
もうちょいなんかお互いに話し合いたい。
なんかこう分かりづらいって思ったんなら、
これが分かりづらいって言ってほしいというかさ。
分かるように作れよって言われちゃう。
だからどうせはあんたに分かるのって話じゃんみたいな。
みたいなのも感じる。
でもなんかトキが言ってることはすごくもっともだと思う。
そのパッと見で、
なんか分かる空間を作らなきゃいけないっていうのが我々の使命ではあると思う。
うん。
それむずいよなって思ったり。
価値の話に戻すと、
社会の価値とか、価値でもないのかね、
なんか使いやすさなんだろうね、価値。
戻しきれなかった。
いやなんか価値観みたいなもののすり合わせ?
てかなんか議論していくことって大事だよねとは思う。
そうなんかめっちゃごめん、
27:01
ちょっと離れていくかもしれないけど、
言いたいこと言っていい?
いいよ、言いたいこと言っていいよ。
いいよいいよ。
なんかさ、
これ今言うことなのか分かんないけど、
今世の中って論理的思考大ブームじゃん。
そうなの?
ロジカル思考ブームみたいなのない?
そうなの?
なんとなく感じる。
それはいつと比べて?
いや、ここ10年ぐらいがすごい、
ロジカルに考えるってことの、
あれが強いなって思う。
言語化っていうことってすごいよねとか。
言語化をなんか目指してる、
それがこう、
成功なものとして扱われてるから、
みんなそれを目指してる感じはある。
持ち上げられてる感じがするなってすごい。
持ち上げられてる感じはある。
感覚論じゃなくてってことだよね、きっと。
うん、というかなんかその、
そう、なんかその、なんだろうな、
なんかこう意味のあることばかり。
挫折したり。
そうそうそうそう、
なんかこう意味のあることばかりが注目されてるというか。
なるほど。
みたいなのをなんとなく感じてて。
あるね。
そこに遅れてるかもしれない。
価値観みたいな話で言うと、
なんか、
その辺からもうちょっとこう擦り合わせを始めないと、
そもそもなんか建築とかって作るのむずいよなって、
なんとなく思っている。
なんていうか、
これからもうちょいなんか哲学の方が来るんじゃないかって、
俺の中で思ってるって話をしたかった。
なんか、
もう少し、
哲学に価値が。
本質から考えるみたいな。
だからその価値の話も今日なんかこう、
お金の話って価値の本質じゃないと思う。
うん、そうだね。
でもロジカルに考えると、
お金出す人がいて、
それによって食べられるものがあって、
それをみんなが享受するんだから、
お金とのバランスって大事じゃんって話は分かるんだけど、
そもそもそういうもんじゃなくねえかっていうものの価値っていうのが。
言いたいことはすごい分かるし、
その切羽詰まってる状況っていうのもある。
実際に。
そのお金とかに関してね、
世の中全体が。
その中で、
なんかその議論と、
そのデザインみたいなものに対する価値の話って、
別物ですよって話は、
なんかもう少しできてもいいのかなみたいな。
なるほど。
なんかそういうこととかを、
もっとなんかこう、
なんかみんなでワイワイ話すような場があってもいいのかなみたいな。
なんか昔までだと、
それこそ、
30:00
例えばスター建築家みたいなのがいた時代っていうのは、
はいはい。
建築家が、
これはいい建築ですって言ったら、
みんな、じゃあそれがいい建築なんだってなったんだと思う。
極端に言えば。
本当にいいものが多かったっていうのもあると思うけどね。
本当にいいものあったと思うんだけど、
マスとのコミュニケーションの方法がないから、
SNSみたいな。
確かに。
そう。だから新聞とかに取り上げられたものがいいものだ、
みたいなさ、
とか、
そういう流れじゃない?
はいはい。
それに対して、
なんか思ってる人がいたとしても、
直接建築家の耳には届かないんだけど、
今の時代って、
それがたぶんシフトチェンジされて、
双方向に対話できるようになってるわけじゃん。
うん。
そうなった時に、
もう少しそもそも価値観の共有みたいなのは、
なんかされてないとそもそも議論できなくないっていう。
難しいね。
なるほどね。
うん。
一方でさ、
その多様性の時代になっているからこそ、
うん。
あの、
その価値観が合わなくなっていくっていう話も、
あると思う。
あるけど、
あ、でも確かに、
哲学のところに話を集約していくと、
うん。
もうちょっと分かり合えるのかな?
分かんないけど。
でもなんか、
いや、
なんつーか、
分かり合いはしないだろうな。
その双方向の理解が、
なんかその、
まとめることはできないと思う。
価値観を一つにまとめることはできないと思う。
うん。
でも、
そんだけいろんな価値観がある上で、
世の中進んでるんだなってことを、
全員が理解しないとむずいなっていう話。
うん。
なんつーか、
その人自身の価値観で判断しちゃうじゃん。
うん。
さっきのトイレの話とかも、
女性目線で見たら、
こんなあり得ないだろーってなるし、
男性からすると、
まぁ別にそんな気にならなくね?っていうのもあるじゃん。
っていう人がいるんだってことを、
お互いになんかもうちょい、
理解するみたいなね。
理解していくし、
作ってる側がこういうこと考えてこうしてるんだってことも、
なんかこう理解してもらって、
逆に使う側としてはこうだってことも、
こっちも理解してみたいな、
だから全員がもっと、
なんかこう、
互いに、
うん。
なんかこういうのもあるんだ、
こういうこともある、
こういう考え方もあるんだって、
うん。
なんないと、
なんかもう、
世に対して発信する何かみたいなのって、
むずいなみたいな。
うん。
うん。
完全な答えがあればいいんだけど、
でもデザインに完全な答えってないじゃん。
ないねー。
うんうん。
正解がないから、
なるほどね。
だからロジカルに詰めていっても、
ぶっちゃけ意味ないというか、
で、何の話だっけ?
今日のテーマですか?
飛ばしすぎた。
今日のテーマは価値と建築です。
飛ばしすぎた。
価値と建築というか、
価値観と建築だったね。
価値観。
そうだね、価値観。
でもね、価値観大事だよ。
うん。
これを今日のこのいろんな出てきた考えとか、
33:03
うん。
その、じゃあ改めて自分にとって何が価値あるものなのか。
うん。
なんかそんなことを考えながら、
いつかまたなんかこのテーマに近いところにまた戻ってくることもあるのかなと。
そうっすねー。
うん。
違う形でまた立ち現れそうだなこいつ。
こいつとか言って。
うん。
我々の前に立ちはだかりそうまたなんか。
まあそんな感じで、
まきさん価値ある羽休めになりましたか?
これは十分また舞い戻ってこれるような羽休めでございましたね。
はい、ということで。
むざけましたね。
いやでもまた、そうね、帰ってくるともうこのポッドキャストがそもそもその価値観の擦り合わせみたいなところもあるし。
うん。
そうね、それ結構大事だなと思ったよ。
はい、ということで。
はい、ということでね。
じゃあ、ありがとうございました。
ありがとうございました。
チャンネルのフォローもよろしくお願いします。
それではみなさん、また来週。
34:45

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