たべものラジオ カチャ料理ムト太郎です。ムト太郎です。
このラジオは少し変わった経歴の料理人兄弟が食べ物の知られざる世界をちょっと変わった視点 から学んでいくラジオ番組です
ということで久しぶりの日中撮影収録か 明るい
明るいね ペンションがどこに行っていいかよくわからんぞ
西日がねちょうど入ってくる時間帯ね あの動画の方は逆光でお送りします
そうですねはいということで今回もね質問箱に質問が来ているのでまずそちらの 回答から始めようかなと思います
調べ物AをしていたらBが気になりそっちを深掘りしていたらあれ何を調べていたんだっけ ってなることはないんですか
あるめっちゃある あるんだ
ありますよ やっぱりねもうこの原稿を書いている時点でもそれですね
そうなんだもうなんだか Aを調べているつもりが Bを調べてたら面白くなって
Bを調べたらCが出てきてDが出てきてみたいなのはざら そういうね
あるだろうね深掘りがメインだからね 謎文章というか謎単語をどんどん調べていくうちに
元がどこだかわかんなくなるっていうのは 単語もそうなんだけどプラスアルファでなんでこうなったっていうのはやっぱ大きいっすよね
ああそういうこと 今日は明治から大正にかけての話が中心になるんですけど
例えば明治の時代に思いっきり西洋化に振り切るわけですよね これは海外から西洋文明が入ってきたからそれがオシャンティだねみたいな感じでいった風にも解釈できなくはないんですけど
要考えたら1000年以上当たり前のリズムとして日常生活を送ってきたわけじゃないですか
まあ今風に言えば日本風和風として生きてきたわけですよね 当たり前ですけどそれを思いっきり西洋風に振り切るわけですよ
なんでそんな急にいったってちょっと考えちゃうんですよ じゃあそれなんでだっていうのを掘っていくと
なるほど西洋列挙がこういう活動でこういうような圧力がかかってきたんだね じゃあなんでそんなことなったってずーっといってんですよ
そのうちに新王朝がどうとかを読んでるけどこれなんだってなるみたいなことがよくある ですね
そういうことか 確かにネットで検索してたりパソコン上でやってるって余計ならん
そうですねタブいっぱい出ますね タブの数すごいもんねいつもね
開いていって面白そうなポイントを頭の中に残しとくなりメモに残しておいて でまあさすがにタブ多すぎんだろうと思って閉じる時にずーっと思考今度ね
逆順に戻っていくわけですよね戻って行った時になんかすごい最果ての地に すっごい遠くで発見したものが元の絵とリンクすることがちょいちょいあって
それが面白いんですよね そういうね
なんか出発点が本とかだとさ開いておいておけば戻りやすいような気がする 確かにねなんかネットだとタブ開きすぎるとさ順番入れ替わったりすると
もうよくわかんなくなる それでいくと僕は常に手元に本を開いているのもあるし
原稿書いてますんで 自分用の教科書書いてるからそこに必ず帰ってくるっていうのは大きいですね
文字で残してあるのはね大事だよね多分ね ある意味自分で本書いてるようなもんなんでそこに帰ってこうと思ったらあれ
帰らなきゃってなるんですよね そうこの間昨日かやっとサポーターさん向けの台本サイト
このラジオのその文章版をやっとビールをあげたんだけど ビールがね6万8400文字
そんなもん そんなもんの基準がよくわかんないんだけど
どのくらいなんだろうねそれが多いのか少ないのかの基準がよくわかんないんですけど まあ今ビールが6万8000とかでその後がどんどん多くなっていくもんねさらにね
そうですね多いか 割と長くなったビールが最近は割と長くない方に入ってきたからさ
そうか梅干しとか短いぞきっと いやいやあれ番外編なんだよもともとシリーズ扱いじゃなかったんだよ
シリーズ化しちゃっただけですね あれは番外編が長すぎてシリーズ化したっていうだけで
なるほどね あれはちょっとカウントしちゃうとよくないかな そうかもしれないです
まあ今回の日本料理もね一応番外編でもね概要編なのはずだけど まだそのつもりですよ
そうなんだ 1個1個掘ってたらキリがないのでさらっと様式だけをなぞってる感じなんですよ
様式だけねまあ確かに様式だけなぞってるけどもう10本近くになるんじゃないのかな なりますね
なりますねあと1本から2本いきますね 1本から2本 今日ともう1本ぐらい
あれ1本で終わるって言わなかったの? 終わんねーよ あと2本いくの?
今日明治大正昭和初期ぐらいまで その戦後も行きたいじゃん
それが次回で終わりかな 次回ね終わりましたということで
ポッドキャスターアーバードの投票とサポーター登録の方ホームページからできますのでよろしくお願いします
はいあと皆様からのコメントメッセージドシドシお待ちしております
重要なの忘れてた 1月21日オフ会 第一回食べ物ラジオオフ会を開催いたします
いたします で募集フォームを概要欄に貼り付けてありますのでそちらから応募いただけます
今回の概要欄に載ってるんですね 今回の概要欄 わかりました
サポーターさんの方はねもうディスコードの中で申し込みというかフォームできる前からもうホテル予約するとかね
すごいよね中に何も決まってない日付が決まった瞬間にホテル通り出す人がいるって恐ろしいんですけど
サポーターさん以外の方は一時会の部分だけの募集になりまして1月21日の土曜日の14時から18時頃まで
参加費が8000円で飲食代込みアルコール別であとイベント参加費込みになりますのでよろしければご参加ください
内容は明日か明後日かこの配信撮った後のあたりに徐々に詰めていく形にはなります
そうですね ということでよろしくお願いします はい では本編いきます
では前回からの続きですで今回は 近代の新日本料理
どっちだ近代の新日本料理 もうね近代というのは明治以降のことを指すわけですけれども
なんというか日本料理ってずっと今本然料理だとか茶外石だとか解析料理だとかってある程度フォーマットに名前がついてたんですよね
で明治以降の日本料理もやっぱり基本的には解析料理とか茶外石とか本然っていうのがベースにあるんですけど
僕の目から見るとこれは従来の解析料理とちょっと違うなーっていう感覚があるんですよ
そのなんだろうね18代2だとか行きだとかを言ってたのお金持ちたちね
あれとはまた違う思想というか美意識みたいなのが出てきて
でそっちに寄ってきてるのでこれ微妙なんですけど僕の感覚的にはまた一つ新しいジャンルができたようにも見えているという意味で新日本料理という風にしてみました
そういうことね はいでそれが起こるのが大正時代なんですがそれちょっと置いといて
置いといて 置いといてその背景知らないと意味が分からないんで うんまあね今のところ何も入ってきてない
全く入ってこないでしょ今日のゴール言っちゃうと大正時代にかの有名な北王子ロサンジンという人が出てきて
で新日本料理の原型みたいなものを思想的に美意識的に作りますでそれを有名なキッチョーというね関西のお店ですね
の創業者である結城定一さんが具現化してとかでそれの同じような動きをした人が実はあんまり有名になってないけどたくさんいて
で近代の日本料理のスタイルというのが確立されていくっていうのが今日の話のゴールです
そういうことね どんな道を辿ってそこに行ったのかというのを幕末からいきましょう
幕末から 幕末ね 幕末といって思い出すのはどんな人だったり出来事でしょう
新選組坂本龍馬 いいねいいねやっぱそこだよねそうなるよね
きっかけになったのが1853年
変換じゃなくて 大正王冠はもうちょっとあったけどな
そこからまだ10年以上あるけど 何が原因なのか
一番最初引き金になったのは開国してくださいという黒船がやってくるわけですよね
この間出てきたね ペリーが黒船で4隻か黒船4隻が浦賀沖にやってきたと
うわなんだこりゃって現代で言ったらあれだよね映画のインディベンティスでみたいな 宇宙戦やってきたみたいな感じだよね
浦賀ってどこだっけ 浦賀ってあれだよあっち横浜の方
まあなんとなくイメージとは合ってれば 横須賀市ですね 横須賀市 神奈川
神奈川県ですよ東京湾の入り口みたいなとこかな ああそっち側なんだ
そっち側になりますねそこら辺に来て 開国しろということを武力を背景に迫ってくるわけですね
でまぁすったもんだといわゆるザ幕末ストーリーがあって 露心戦争があって大正奉還があって1868年だから
黒船が来てから15年後に元号が明治に変わるわけですね ここからが本番なんですけど
明治維新新政府はなぜ西洋化を推し進めたのかってことです なぜ西洋化を進めた
別にいいじゃん日本強いしそこそこ軍事力あったし当時も 人口も結構多い方の国だしまとまってさえいれば別に
俺たちは日本人だっていうアイデンティティを持って今までの服装のまま今までの 生活スタイルのままと渡り合ってもよかったんです
ただそれができない事情があった できない事情 はい無理やりにでも西洋化しなきゃいけない事情があったんですよ
これね前回の話もちょっと一瞬触れたんですけど あのやっぱりね他の国の文化を理解するっていうのはなかなか難しくて
例えば前回の話だとフランシスコザビエルの滞在費用として古書を持ってきたわけ じゃないですか
ヨーロッパで古書はめちゃくちゃ高価だしすごい大人気だからこれさえ持ってれば絶対売れるから 生活困んねえだろと思って持ってきたわけですよ
ところがどっこい日本でそんなに売れてないっていう 売れなかったね 自分たちがありがたいと思ってるものはお前たちもきっとありがたいよねって思っちゃうわけですよね
この感覚って多分現代時代も結構いろんなところでやっちゃうんですね でやっぱり明治の初期でも同じことが起こっていて
ヨーロッパの文脈において産業革命とか文明とかあとカトリック的な世界の捉え方ですね
もう言葉が通じないみたいな感じなんでだから俺たちはお前たちの文脈で見ても確実に文明持ってるぞっていうのを言い張らなきゃいけない
ってことは西洋文明を受け入れてそれを形にしてもう言葉がなくても見やわかんだろう
ちゃんとレンガ作りの建物とか鉄筋コンクリートあるんだろうとか鉄筋ではないから石造りあるしとかガストあるし線路走ってるしとかそういうのを見せないといけないですね
分かりやすいのが洋服を変えることだったりとか軍隊の様式でもうあれですよねちょんまげ切ってさ
今の格好になるぞ洋服にっていうのもあるし食べ物も西洋化させていくっていう見せるために無理くり持っていくっていうのを強行突破するんですね
そういうこと相手の土俵で戦うみたいな そうですそうです
でさらに優位性を見せるっていう 翻訳するみたいな感じ文化を相手の言葉に翻訳しましたみたいな感じ
それが言語ではなくてノンバーバルの世界でやりましたっていう感じかな
よくやったね かなり強引だったと思いますよ
なんとなくおしゃれだなーって言って流行で乗っていくのってだいたいグラデーションだしじわーっといくじゃないですか
違うんですよねイメージいきなりバツンって変えるんですよ 写真というか資料集の絵とか見てるとガラッと変わるよね
いきなり変わるでしょあれ国主導でやってるパワーも結構働いてるんですよね
畳の上に絨毯引いて土俵にしたりとかさ そうですそうですそこで生まれたのがあれですもんねスリッパーですもんね
で大正ローマみたいな混ざったような雰囲気というか絵柄とかねインテリア感が生まれてるよね
いわゆる和洋節中の清みみたいなやつがね 節中したっていうか節中しかできなかったね
建物は和風だからね そうですねこれね分かりやすいとこでいくとね1871年年号をおこなくていいですけど明治4年ですね
8月宮中の食事に西洋料理を採用したと へえ早
明治4年つったらねまだ廃藩知見あったのこのぐらいじゃないかな 4年とか6年とかそんなもんだったと思うんだけどまだねこれより前はね
藩がまだ残ってたんですよちゃんと で年古もあったしお金も今の円になりかかってるけど基本的に流通しているのは
小判と銀と銅みたいな 全然江戸なんですよ
周りの生活習慣が そうだね そのくらいの時代なんだけど朝廷の天皇ですね明治天皇が召し上がるお食事をもう西洋料理採用って言って入れちゃうんですね
それもね採用したらそれが正式な食事は西洋料理ってことにしちゃうんですよ え正式な?
すごいでしょ えそこまで変えるの? 天皇だよ 天皇だよね だから晩餐書いてあるじゃないですか
金のまねーってさわーってやってパーティーですよいわゆる あの時の料理ってのは当たり前ですけどずっと日本の料理なわけじゃないですか
それは何かいつだったかの回で話で出てきてたけどボタン鍋のそのボタンあれインゴだったんだ
大ピラ まあでしょうねおしゃれな感じしますけどね なんか方言的な何かかと思ったけど
大ピラ ボタン鍋はインゴですよイノシシですね あと何の肉かわからないけど山クジラって言ったりね
山クジラ 大ピラ クジラはさ当時魚の扱いだから
ホウニュールかどうか知らないから海のもんだから そうかそういうことね
大ピラ クジラがすき焼き切り使われたりするわけですけど で山クジラって言ってちょっとごまかして食べるみたいな
クジラならいいでしょ山にいるクジラだからクジラだよねって もう男性よって言ってるもんが
大ピラ まあ獣なんだけど実際食べてるのは そういう風にちょっと精神的にやっぱちょっとイレギュラーだよって感覚だったのを
いやいやこれレギュラーにしますよっていう宣言を天皇自身がする ということにして国を変えてこうとするんだけどなかなか腰が重い日本人
いう状態なんですね でもそうは言ってもお前ら食えと言われたからには
国の上流階級って言うとちょっと語弊ありますけど 政治に近い人たち軍事的な人だったりとか
あと役人だったり高級役人とかね あとは銀行家とかさああいう人たちはもうそっちに寄っていくしかないわけじゃないですか
そことこうズブズブにつながってますんで 結果的に上流階級からだんだん肉食い始めてだんだんだんだん庶民に広がってくると
いう感じなんですね でちなみにこの肉料理とか肉料理を取り入れた養殖ですね
この時代の感覚ね養殖と肉食っていうのがセットなんで 肉食ったら養殖っていう感覚があるんですよね
まあそれまでに食べてないからね 今でもあるでしょ伝統的な和食で肉ってあんまり使わないイメージがあるから
ないね まあそういうイメージは多分この時代にできてる感覚で
1872年だから明治5年翌年ね 次の年には築地に西洋圏というこれはフランスの養殖屋さんですね
西洋料理屋さんが登場します 西洋圏わかるよね 西洋圏今もね聞いたことある
これね4年後の1876年に上野に西洋圏ができますね 今でもありますよね
あああるね 上野の駅前に林らしとかゆめのとこね
あれもともと西洋圏ホテルって築地にあったっすよね ああそうなんだ その支店が上野でまあ今築地ないんで上野西洋圏という風になってますね
でそこから10年もしないうちに6名館とかそういうのがバラバラバラバラと出てきて 初めは3軒5軒10軒とか言ってるうちに
15年20年の間にはもう全国100軒とか150軒とかっていう風に養殖屋さんが広がっていくと まあ結構なスピードだったんだね当時からしても
そうですね20年から30年くらいの間にもう当たり前に徐々になっていく まあ当たり前ではないけど広がっていくっていう感じですかね
けどそんだけ食べる人がいなかったら広まんないわけだからさ 食べる人が増えたんだよね あのね20年って言うとね生まれておぎゃあが成人する時間があるんで
子供の頃に肉に慣れ親しんだ人は大人になったらもう当たり前に食べられるようになってるとか そういうのが多分あるでしょうね
この辺のフグと一緒だね ああそうですねあの頃食べてればみたいなのである意味すり込み教育的なことが起こるっすね
こういう洋食文化西洋料理がドーンって入ってきたおかげでですね 逆に日本料理という単語が作り出されるんですよ
ここでね ここでこれはね日本料理という言葉を最初に書籍の中で使った人というのがこれわかっていて
ちょっと後なんですけど1898年明治31年 明治になってから30年経ってますね
この時に日本料理大全という書籍が出ますね 大全かな日本料理大全
日本料理大全 そうこれねすごいよ
ページ数1500ページぐらい 1500ページ すごい隊長だよね すごいね
書いてある内容が日本料理の遠隔とかあと流派あと切り方とかね
剥き物それから調理の方法からこんだての立て方 考え方思想盛り付けなどなどもう全般にわたって網羅して書いてある
えーなんかこんだての立て方とかさ思想とかちょっと見てみたいな この当時のやつ だよね読んだことないけどね
多分この昔からの食べ物ラジオ的なことをもっともっと厳密にやってるんでしょうね あーそうね
興味深いのは時代も時代なんで西洋料理とか中華料理にも言及されてる
対比として日本料理という言葉が使われてるっていうことですね 分けるためにね
ちなみにこれ著者が石井康二郎さんという方ですね このお父さんが実は石井智平さんかな
智平さんという方がいらっしゃってこの人ね市場流の師範なんですよ へーそうなんだ
市場流ってのは平安時代からずっと続く朝廷の中の料理のトップみたいな人ですよね
この流派の中の一人でこの石井智平さんというお父さんは幕府諸藩の料理師範を務めていて
明治維新後も宮内町大前式傍聴って言って結局朝廷の中の料理のトップやるわけですよね
そういう人が生産をフランス料理に乗っ取られるんで出番なくなるじゃないですか
その浮き沈みを見ていてこれは一度日本料理というものを固め直さねばならんって言って
お父さんと息子が協力し合って日本料理大全という本を出版すると
はーそうなんだね
これぶらされないように一回自分たちのアイデンティティは何だっていうのを見直すタイミングなんですよね
だからこの後しばらくの間は西洋のもの外来のものをなるべく受け付けないように受け付けないようにするんですよ
なんて言ったらいいんだろうな養殖が入ってきたことでこれ養殖が入ってきたことで一口に言っちゃうとわかりづらいんですけど
戦国時代にポルトガルやオランダから西洋料理の片鱗が入ってきますよねこの時はあくまでも一部の料理手法だったりとか食材だったんですよ
ところが今この明治維新の段階っていうのはフランス料理という今の皆さんが想像するあのフランス料理のフォーマットですよね
スープが両サイドになってスープから始まってって言って麺があってとかああいうスタイルが丸ごと入ってきてるんですね
だから思いっきり本然や解析とパッティングする だからこそ俺たちは何者かを見直さなきゃいけないということで
日本料理はより日本らしくあらねばならないというカウンターカルチャーが生まれてくるんですね だからこそ容易に西洋の食材を入れない
西洋の調理技法であるオーブンを使うとかもやらないようにするんですわざと ということでみんなの意識の中に日本料理とはそうではないものとして確立をするという
このカウンターがちょっと興味深いですよね そういうことね
で亀になってガチガチ守るっていう そうじゃないとこの時代きっとあのいろんな情報がさ
バーって開国してから入ってきてそのせいで何が何だかわかんなくなる可能性の方が高いよね そう何が何だかマジわかんなくなるんですよ
これね今からちょうどいい振りだねこの後ね日本人は西洋からやってきた食文化を真改造しながら組み替えしながら理解していくんですよ
もうめちゃくちゃ大変なこと言ってるけど 見たことないものなんですよ
宇宙で拾ってきたこれ食えるのか食えないのかみたいなよくわかんない状態だったりするわけですね 一応地球だけどね
現代的に行くと火星なんか食えそうなの持ってきたぜ食えるよって言われても何何かに似てるやつなのみたいな感じになるじゃないですか
だからみんなこう 自分の知ってるものと似てるものとして認知をしていくんですね
なんか培養された元かそうじゃない そうかもね何だろうな
海藻だけど海藻じゃないじゃん海藻の培養したやつ 今まで食べてないけどさだから海苔に見立ててみたいとかさ
そうなんだけど例え難しいと言ったら 最近あの培養系ね大体食品の情報ばっかり入ってくるから
それ一般的じゃないからね古文センスおかしいからね
例えばさ友人知人とかで僕自分の知らない全然知らない業界の話を聞いたとするじゃない
でそれを理解するのにあーそれって例えばサッカーで言うとこういうこととか野球で言うとこういうこととか
その身近な例に置き換えてあーなるほどなんとなくメタファーとして理解したわみたいな感覚で理解していくじゃないですか
それやるんですよ 既存のものとどうだけ近いかっていうのでやっていくんですね
でまずお肉のところから行くんですけどまず牛肉食い始めます
牛肉食い始めるきっかけはもう単純に外国人が食ってからなんです まあね
すごいよイギリスとかアメリカも来なかったけど主にイギリス人が多く日本にやってきて滞在してたわけですよね
詳しくはビールのシリーズを聞いていただきたいんですが 外国人居留地に外国人がたくさん滞在いたします
彼ら肉食いたいですそうすると日本国内でもいなくはないのでそれを購入する場合もあるんですけど
他の国から連れてくるんですよ 他の国から
別に日本以外のアジアの国で牛いるんで別にヨーロッパから連れてくる必要ないですからね
別に東アジアで寄ればそこで牛いるんで まあ何でもいるだろうね
滞在してから連れてくると腐っちゃうんで生きたまま連れてきて船の上で滞在して横浜とか神戸とかでね
食べると でも足りないんで
まあ運ぶには限界があるわ めっちゃ足りない 足りないんでじゃあ日本でもうちょっとたくさん牛飼ってるとこないかなって探してたら
外国人居留地の近くにいいとこあったんですよ 横浜界隈にはなかったんですけど
海辺だしね 神戸の近くにいい牛いっぱい飼ってるところがあったんですね
六甲山脈 六甲山脈 六甲山地の山の中で結構いい牛をたくさん飼ってるところがあったんでそれを買い付けてきて
日本人がやったんですよ 神戸に持って行って神戸の町で滞在して外国人居留地にいる外国人に売ると
そういうことで始めたんですよ だから今でも神戸ビーフって海外で通じるんですね
神戸ビーフって海外も通用するの 神戸牛うめいうめえって初めに食ったのは日本人じゃなくて神戸にいた外国人なんでそもそもが
そういうことね 日本でも神戸の牛牛肉って結構有名じゃないですか
それはこの時始まったブランドなんですね まあ第一号場所みたいな
これがだんだんと広がっていくんですよ 外国人が食べるだけじゃなくて外国人に肉を提供しているのも日本人の業者が入ってくる
ここで冷蔵庫とかなんだかんや出てくるんですけど だんだんと牛肉を卸している人たちも自分たちも食べるようになるし
先ほど言った西洋圏をはじめとした西洋料理屋さんでも肉を扱うようになる
徐々に食べるようになっていくここで流行るのがすき焼きと
ここなんだねすき焼き ここからだんだんすき焼き文化が庶民の間に広がっていくんですね
でこの時代
今のすき焼きの概念と合致しないんですよ面白いことに 合致しない 言葉と食べてるものおかしいんですよ
だってすき焼きじゃないですか すき焼きね 関東風のすき焼きってあれ牛鍋なんですよね
混ざっちゃった 混ざっちゃった ざっくり言いますね関東牛鍋関西すき焼きなんです本来は
関東の牛鍋はどういう文脈から出てきたかというと それこそさっき言ったボタン鍋とかもみじ鍋とか桜鍋の文脈から出てきてるんで
基本的に味噌ベースだったり濃い口醤油ベースの鍋なんです 鍋だね 肉は臭いから当時からだからネギいっぱい入れて
めっちゃ濃い味の鍋のジャンルとしてはありえないぐらい汁濃いですよね 水炊きが一番薄いですよね
で味付けの寄せ鍋みたいなのがあってあれは汁が飲める 増水にもなる すき焼きの汁飲める
塩辛いね 無理でしょあれなんで濃いかって言うともちろん飯のおかずになるって言うのもあるんですけど
肉臭さを消したい だから濃い口醤油もしくは味噌ですね
っていう文脈で出てきたのが関東の牛鍋屋 ルローニケンシンとか漫画見ると牛鍋屋でご飯食べてますよね
あれあれ 食べてるね あれ江戸の話東京の話ですね ああそうなんだ 横浜とかじゃのみ屋さんとか有名ですけど
あれが牛鍋です で関西はどのように出てきたかっていうともともと鉄板焼きです
鉄板焼き 以前ちょっと触れましたけど農具のスキってありますね
板状のやつ農具ね あの板状の金具の部分を外してあれを鉄板にして肉焼いて食べてたんですもともと
その肉はクジラだったりとかイノシシだったり そういったお肉なんです
なんで彼らは鍋を使わずに農具なんかで焼いてんだって話なんですよ
それはね獣肉って穢れなんです日本人の伝統的な観念からすると
この穢れを飯を食う台所に持ち込みたくないわけ
ましてや飯を食うお魚とか野菜を炊くような鍋の上で煮たり焼いたりしたら鍋が穢れるじゃない
だから農具のスキの上であれは綺麗になってねあそこで焼くっていう
それがスキ焼きの発祥 そういう名前なんだ
なんか鉄板焼きって言ってるくらいだから焼いてんだちゃんと
関東は鍋なんこれがだんだんだんだん合流していった結果どっちがどっちやらわからなくなって
牛鍋今はもうね牛鍋が主流ですけどあれをスキ焼きって言い始めちゃった
卵をつけて食べるのはスキ焼き文化なんで関西型の文化なんですけどね
そうなんだ もともとは
へえ結構混ざってんだね 結構ごちゃごちゃに混ざってきてます